苦い涙

原作は70年代の、ファスビンダー監督（ドイツ）の『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』。
これをフランソワ・オゾン監督がリメイクしたフランス映画。
リメイクといっても女性だらけの登場人物を男性に変え、ファッション業界を映画監督周辺の話に置き換えた。

オゾン監督のインタビューによると、オゾンは『ペトラ〜の苦い涙』をファスビンダーの自伝的な作品として捉えていて、
時代的にゲイの話じゃなく女性の話にしたのを、それをオゾンは現代に即した形で焼き直してみたということになる。
そればかりでなく、近年盛んに報じられる映画監督やプロデューサーたちの不祥事、#MeToo問題を彷彿させる内容で
ゲイを公表しているオゾンもその一人かもしれないと、どことなく可笑しみと悲哀のある作品になっている。

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映画監督のピーター（ドゥニ・メノーシェ）はボーイフレンドと別れたばかりで落ち込んでいる。、
が、旧友である女優のシドニー（イザベル・アジャーニ）がたまたま連れてきた若い北アフリカ系のアミール（ハリル・ガルビア）に一目惚れし、
アミールを主演に映画を作ろうと盛り上がる。
アミールは役欲しさに、監督の要求なら何でもきこうとするが、いきなりキスされたり
ベッドに引きずり込まれるのは、目の端にイヤだという気持ちが浮かんでいて、演技としてはオーケーだと思う。
イヤな部分にも気が付かず、いい中年であるピーターがホイホイ浮かれるのを見る映画だろうね。
（監督たるもの視野狭窄になっちゃ終わりだと思うが、独善的でお山の大将なのもまた監督、才能と豊富な金がまた自信となる。
よって、50近いお腹ポコリンのピーターが、クルクル天然パーマのアミール君のミツグ君になっても、ただ気持ち悪いだけなのだが、
恋は盲目とやらで己だけ満足してるらしいのが、あわれなりけり。）
しかし、やがて現実を知る時が来る・・・。

テーマとしては珍しくもない話、ピーターを演じたドゥニ・メノーシェが、泣きはらした目に涙を浮かべても、
全然同情する気も起こらないのがいっそ小気味好い。
それと、ピーターの助手（秘書）で、食事の世話から代筆やらなんでもやってくれるカール（ステファン・クレポン）という人物がいるんですが、
この人の立ち居振る舞いが非常に美しい！（私も欲しい♪）
ピーターからはパワハラのごとくぞんざいに扱われるのですが、カールは口がきけないのでしょうか。一言も発しません。
ただ表情は豊かで、「マジかよ」「やりたくねーよ」と内心思ってるのが顔でわかります。
このステファン・クレポンがいるのが感情の幅を広げて素晴らしい空間を作っています。

（でも、フランソワ・オゾンはやっぱりサスペンスの方が私は好きだな。）

　映画が始まると、タイトルバックの前にまず、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーによる「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」を自由に脚色したものだと、表示されている。このオリジナル版は未見。今作の舞台は、オリジナルの制作年である1972年のケルンと設定されていて、主人公ピーター・フォン・カント（この映画の原題）に起きた数カ月間の出来事が描かれ、主人公が40歳の誕生日を迎える雪の舞う冬の夜に終わる。物語は、ほぼすべてがピーターの住居内に限られた室内劇。

　物語の舞台として単調にならないよう配慮され、家具調度や室内のインテリア等は実に見事な意匠が凝らされている。白い格子窓に懸かる深紅のカーテンが開けられる冒頭の朝のシーン等、白や原色を効果的に使った色彩感覚や美術はすばらしい。ただ、物語自体は、ピーターを戯画的な喜劇的人物だと捉えられたら面白いのかもしれないけれど、喜劇を通り越していると感じてしまうと、辛辣にならざるを得ない。ピーターは、自分の利己的な欲望や執着を愛ということばに置き換えているだけだという気がする。このような人物に純粋な愛などと言われたくない。「人は愛するものを殺す」とリフレインするほどに愛が深く考察されているわけでもない。

　ピーターは、独占欲の強いエゴイスティックな「愛」に自ら翻弄されていて、社会的には立派な映画監督であっても、精神的に自立しているかどうかは怪しい限り。厄介ごとは黙って従うカールに押しつけ、14歳の娘に対する態度も父親らしいとは言い難い。長年献身的に自分に仕えてきた、助手であり秘書でもあるカールを思い遣ることもせず、邪険に扱って憚らない。狂おしいほどの愛というよりもむしろ、欲望が叶えられずに暴れている子どものように見える。母親は、40歳にもなる彼を諭し、慰撫するように子守唄を歌う。

　やっとせっかくカールの存在に目覚めても、不用意に彼の矜持を蔑ろにして、所詮ピーターにとって彼は孤独を紛らわすアミールの代用に過ぎないのだ、今までと同じことを繰り返すだけなのだと、カールに直感させてしまう。その他者への無神経さには呆れ果てる。ひとり孤独にアミールの映像を眺めているのが彼にはお似合いなのかもしれない。原作が戯曲というだけあって、引用したくなるような洒落た台詞に、曲の選択も気が利いているのだけれど、好みの作品ではなく、評価は辛口です。

ピーターという中年の男。映画の監督をしたり脚本を書いたりしているらしい。自宅兼オフィスにはカールという、ゲイのドイツ人みたいな秘書がいる。電話応対、口述筆記、出張の手配などのほか、食事の世話まで任されている。愛人ではないようだ。
シドニーという元売れっ子女優がときどき訪ねてくる。彼女のおかげでピーターも売れた。仲がいい時期もあったけど今は友達。ある日彼女が「若いつばめ」アミールを連れてくる。彼をひと目見てピーターはメロメロ。「ホテルは高いだろう、うちに来い。」
「モナムール、ジュテーム」と一日中イチャイチャ。俳優として売り出したい気持ちと、素敵なおもちゃがやってきて嬉しい気持ちがごっちゃになっている。ふたりの関係はぜんぜん対等ではない。＃Me tooとかジャニーズとかこんな感じなんだろうか。
アミールに出ていかれると、こんなに愛しているのに、と嫉妬に狂うピーターだったが、自分のことしか考えていないのがミエミエ。それでシドニーからも捨てられたんだろう。犬のように扱っていたカールからも手痛いしっぺ返しを喰らっていい気味だった。