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映画 太陽の子

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映画 太陽の子 / 柳楽優弥

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準新作

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「映画 太陽の子」 の解説・あらすじ・ストーリー

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準新作

解説・ストーリー

柳楽優弥、有村架純、三浦春馬が主演し、日米合作で製作されたNHKドラマの劇場版。原爆開発の密命を受けた若い科学者を主人公に、時代に翻弄された若者たちの悲劇の物語を描く青春群像劇。共演にイッセー尾形、國村隼、田中裕子。監督はTV「ひよっこ」「青天を衝け」の黒崎博。第二次世界大戦末期。京都帝国大学の物理学研究室では、軍の密命を受けた研究員たちが原子核爆弾の開発に心血を注ぎながらも、研究がもたらす結果の恐ろしさに葛藤を深めていた。そんな若き科学者の一人、石村修を兄のように慕う幼なじみの朝倉世津は、“建物疎開”で家を失い、修の家に居候することに。時を同じくして、出征していた修の弟・裕之が、肺の療養のために戦地から一時帰郷し、3人は久々の再会を喜び合うのだったが…。 JAN:4907953220652

「映画 太陽の子」 の作品情報

作品情報

製作年:

2021年

製作国:

日本/アメリカ

「映画 太陽の子」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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ユーザーレビュー:10件

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1〜 5件 / 全10件

僕らは未来を作っていると、思ってた(原爆の研究だったなんて!) ネタバレ

投稿日:2021/12/06 レビュアー:アーモンド

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

2021年(日本・アメリカ合作)監督:脚本:黒崎博(大河:晴天を衝く、他)
プロデューサー:コウ・モリ。音楽:ニコ・マーリー(愛を読む人、などの)

太平洋戦争末期の日本(1944年から1945年)
原爆開発を背景に、時代に翻弄された若者たちの生き様を描いた映画です。
海軍からの依頼で京都帝国大学(現在の京都大学)で「原子核爆弾」の研究開発が行われていたのは史実に基づく事実です。
荒勝教授(國村隼)の指揮下、研究者の石村修(柳楽優弥)等は、
日本が起死回生の勝利を収めるための秘策はこれしかない・・・と、思い詰めていく。

荒勝文策は実在の高名な物理学者でイギリス留学時代には、アインシュタインの
薫陶を受けたそうだ。
映画で、アインシュタイン(声=ピーター・ストーメア)と対話するのは、若き日の
荒勝か他の物理学者だったのかもしれない。
アインシュタインの相対性理論が、原子爆弾に直接利用された訳ではないが、
結果として原子核分裂が核爆弾開発に応用されて、原子爆弾となりアメリカが実際に使用したことを彼は深く悔いて、日本人物理学者に直接そのことを手紙で伝えているとの事だ。

ラストでは当時の京都帝国大学の荒勝文索の写真。
遠心分離機や加速器など大掛かりな機器。
その上に登っている研究員の写真もあります。
そして20名ほどの研究員たちの記念撮影の写真。
明るく楽しげに見える研究員たち・・暗さは見られない。
(彼ら、特に学生は、この時、本当に原子爆弾の殺傷力を知っていたのだろうか?)

実際に、石村修たちが原子爆弾の威力を知ったのは
広島に原爆が投下された8日6日以降で、
8月10日に現地入りした荒勝たち事故調査員が、
「これは原子爆弾である」と結論づけ、はじめて「原子爆弾」と命名された。
その直後、修が「次の投下は京都」と世津(有村架純)と母・フミ(田中裕子)に
避難を勧めて、自分は比叡山で爆発の瞬間を観察する・・・と告げる。
フミは「なんと恐ろしいことを!・・・科学者は!」と、絶句し、
世津は、「ご近所の人はどうするの?」と困惑する。
実際に荒勝文策は「これは千載一遇のチャンス」と公言し、
比叡山に登って京都に投下される爆弾の、
原爆投下から爆発の瞬間の状況を徹底的に観測してやろうと述べたと言う。

この映画は日本で行われていた「原子核爆弾の研究開発」という、
ショックキングでセンシティブなテーマに果敢に挑戦した映画です。
(万一、世界に先駆けて日本で完成を遂げていたら?)
そう思うと空恐ろしくなりました。
しかし映画は青春群像劇の初々しい側面も多く見られ、
石村修(柳楽優弥)
弟の裕之(三浦春馬)
幼なじみの朝倉世津(有村架純)
3人の男女を超えた清々しい友情に溢れ、思わず戦時下の圧力を忘れるひと時でもあります。
柳楽、三浦、有村の好演。
美しすぎる海と空。
格調高く内省的にして場面にマッチングしたニコ・マーリーの音楽。
重く苦しいというより、未来への伝言を感じます。

日米合作のための利点も縛りもあったでしょう。

狂気に落ちる修を演じる柳楽優弥の確かな演技力。
戦争後に思いを馳せる強さを、美しく演じた有村架純。
石村兄弟の母親役の田中裕子という人間の底力。
そして何より、軍人として国の為に死んでゆく自分の遺書の中で、
「母上とお兄様のご多幸をお祈りします。さようなら」
まるで、私たちへの別れの挨拶のようです。
これが最後の出演作の上映となったこと。
三浦春馬さん、あなたがこの世からいなくなったこと、とても悲しいです。
さようなら、そしてありがとう。





このレビューは気に入りましたか? 7人の会員が気に入ったと投稿しています

大人も若者も葛藤の中で ネタバレ

投稿日:2022/01/09 レビュアー:くまげらの森

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

終戦間近、京都大学原子核物理学の荒勝文策教授は、
「エネルギー問題を解決したら戦争はなくなる。物理学は世界を良い方に変える。」
という思いで研究を進めていたが、海軍からの密命は、アメリカより早く
新型爆弾を作る事、複雑な思いを秘め、学生たちと実験を続けていた。
しかし、機械工具や諸材料も品不足の中、爆弾開発の実験はなかなか進まない、
遠心分離機の段階で行き詰まる。
研究室のメンバーは研究を続けていく事に疑問を持ち始める。本当に世の中の
ためになるのか・・。

実験好きの石村修(柳楽優弥)は、ウランの調達に足を運び、核分裂によって発生する
美しい光に魅せられたり、また計算式の解析に苦労していたりした。
空襲の被害を防ぐため、自宅を軍に提供した幼なじみの朝倉世津(有村架純)は、
修の家に居候することになる。
そこに修の弟の裕之(三浦春馬)が戦地から一時帰宅し、久しぶりの再会を喜ぶ。
『戦争が終わったら教師になる』と、しっかりした夢を語る世津、
『死ぬのがこわくてたまらない』子供のように泣きじゃくる裕之。

そこにいるのはごく普通の若者だ。
かれらは未来の話をするが、戦争は彼らの運命を容赦なく翻弄していく。
本作は、声高に戦争反対を叫ぶのでもなく、お涙頂戴でもない。
ただ夢中になって(国の命令など関係なく)車やロボットでも作るみたいに、
原子爆弾を成功させたいと思う青年がいた・・
何も成し遂げられず、功績も残さないけど、戦争に青春を奪われた若者たちの姿があった。

広島に原爆が落とされて、その跡地に行く場面も、自分はこんなものを作ろうとしていたのか
という絶望と同時に、「アメリカに先を越された悔しさ」を滲ませた表情をしていた柳楽優弥。
しかし、私が感動したのはこの後だ。
「次に京都に爆弾が落ちるから比叡山に登って、観測する。」
という修に、母(田中裕子)は「科学者はそんなにバカなのか!」と言い切る。
しかし・・比叡山で母の作った握り飯を頬張る修の、無音のシーンは1分以上続く。
メシに食らいつきながら、修の目に涙が滲む。
おそらく、無音の間に観賞者にもさまざまな思いが湧くだろう。
おのれの心に問いかける大事な人への気持ち、やりたい事やるべき事の前に、誰かの
親であり子供であること。
説教臭いセリフはないし、ハデな演出もない。
しかし、問いかけるものの大きい作品であった。

このレビューは気に入りましたか? 6人の会員が気に入ったと投稿しています

「 芹沢博士 」の苦悩を想う。

投稿日:2022/01/13 レビュアー:ロキュータス

  ( ネタばれあり ) 
 第二次大戦末期、京都大学による原子爆弾開発研究「 F研究 」の史実をモチーフにつくられたフィクション。
 2020年にNHKでテレビドラマ化され、映画版である本作はそれにいくつかのシーンと違う結末を加えた、言わばディレクターズ・カット版。
 両方観ましたが、映画版は一長一短があります。 後述。
 
 作・演出は黒崎博。 広島放送局時代の「 帽子 」「 火の魚 」をはじめ、「 セカンド・バージン 」、朝ドラ「 ひよっこ 」大河ドラマ「 青天を衝け ! 」などの良作を演出してきた名ディレクター。  本作も見ごたえのある秀作です。

 ぼくにとつて、日露戦争勝利の「栄光」から先の大戦の大敗の「どん底」までの歴史を、知り、考え、語ることはキツいこと。
 学校できちんと習わなかったけれど、ならば自分から学べばいいとは言うものの、とてもストレスに感じて、知ろうとする段階ですぐに壁となり、なかなか深まりません。
 「 歴史の矛盾が暴力の形で表われるのが戦争 」と思いますが、この時期の日本を擁護する人がいれば批判したくなりますし、逆に批判する人がいれば反論したくなってしまいます。
考えも気持ちも堂々めぐりして精神衛生にはよくないので、こういう題材の作品はコンディションのいい時に限られます。
 
 「 戦争は絶対してはダメ 」「 原爆反対 」はまったくの同感ですが、誰も異論の余地のない正論はもう結論になってしまうので、思索も議論もそこで停止してしまいます。
 ですので、結論がそこにいたることを踏まえつつ、視点を変えて、掘り下げて考えようと思います。

 前にも書きましたが、「 戦争は人殺しに過ぎない 」は平時には戦争を絶対悪として否定する言葉です。
 ですが、「 戦争とは暴力の形で現れる矛盾 」ですから、平和から一線を越えて「 殺らなければ殺られる戦争状態 」に変わると、戦争を否定する同じ言葉が「 割り切って敵方の殺害を徹底することを促す 」ものに変わってしまいます。

 
 本作が問いかけるテーマも「 戦争とはなんでもありなのか ? 」と言えます。
 敵を倒すためとは言え、大量虐殺兵器である「原子爆弾」を作り使うことは正しいことなのか?
 「 カミカゼ攻撃 」にしても、可能性が低くても生還する余地があることと元から命を捨てて人間兵器となることとは全然違う。  生命を捨てて戦うことは美徳なのか ?
生き残ることが戦争の目的なのに、 敵ではなく味方によって無駄な死を強いられることに意味はあるのか?
 一線を越えた後の、二番底、三番底として、戦争倫理を問うていると思います。

 そして、もう一つの問いかけは、NHKで放送中の「 フランケンシュタインの誘惑 」でも取り上げているように、科学の進歩の歴史の闇の側面です。
 近代SFの原点である小説「 フランケンシュタイン 」で作者メアリー・シェリーは、フランケンシュタイン博士が自らが作った怪物に苦悩する様を描きました。

 実際の歴史では、たとえば、ニトログリセリンの安全な使い道として、ノーベルはダイナマイトを発明したが、工事現場だけでなく、兵器として使われることになってしまいました。
 たとえば、第一次世界大戦ではドイツとフランスそれぞれの国のノーベル化学賞受賞者が毒ガスを製造しました。  そして世界各国の優秀な頭脳によって原爆製造が研究され、競争に勝ったアメリカが作りました。

 レビュータイトルの芹沢博士とは『 ゴジラ 』( 1954 )の登場人物。
 『 ゴジラ 』創作のモチーフはビキニ環礁水爆実験と第五福竜丸のヒバク事件。 ゴジラによって破壊される街は、戦災のメタファー。
 芹沢博士( 平田昭彦 )はオキシジェン・デストロイヤーというゴジラを殺せる科学技術を持っています。 しかしその技術を公表すれば、世界の為政者によって殺りく兵器として悪用される恐れがある。  芹沢博士の苦悩は本作のテーマに通じます。
 
本作が描くように、日本も原爆製造を研究していました。 ですが、それはアメリカの原爆投下を何ら正当化するものではありません。 言うまでもないことですが、明確にしておきます。

 本作の出演者の演技はいずれも素晴らしいものですが、本作を遺作とする三浦春馬さんの早すぎる死をあらためて惜しみ、ご冥福をお祈りいたします。


このレビューは気に入りましたか? 2人の会員が気に入ったと投稿しています

7点満点中

投稿日:2022/01/12 レビュアー:ビリケン

4点

まあまあでした。

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戦争は無くなってほしい。

投稿日:2022/01/09 レビュアー:いち映画ファン

太平洋戦争は日本が仕掛けたものだが、米軍の原子爆弾投下と各都市への空爆は日本人大殺戮であって許されることではない。B29から投下された爆弾が地上で次々と爆発していく映像があったが米軍兵の笑い声が微かに聞こえてきて恐ろしくなった。戦争は平気で罪のない人まで殺してしまうのが事実である。

この映画は三浦春馬さんが撮影後に亡くなられたので観ていてなおさら辛いです、悲しいです。
主役3人が京都府京丹後市にある平海水浴場の美しい波に溶け込んだエンディングのシーンは心に刻まれました。柳楽優弥さんが釜いそに行く途中の法観寺八坂の塔が見える路地の映像は素晴らしいものがあります。  悲しい物語を美しい映像が癒してくれました。

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1〜 5件 / 全10件

映画 太陽の子

ユーザーレビュー

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僕らは未来を作っていると、思ってた(原爆の研究だったなんて!)

投稿日

2021/12/06

レビュアー

アーモンド

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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2021年(日本・アメリカ合作)監督:脚本:黒崎博(大河:晴天を衝く、他)
プロデューサー:コウ・モリ。音楽:ニコ・マーリー(愛を読む人、などの)

太平洋戦争末期の日本(1944年から1945年)
原爆開発を背景に、時代に翻弄された若者たちの生き様を描いた映画です。
海軍からの依頼で京都帝国大学(現在の京都大学)で「原子核爆弾」の研究開発が行われていたのは史実に基づく事実です。
荒勝教授(國村隼)の指揮下、研究者の石村修(柳楽優弥)等は、
日本が起死回生の勝利を収めるための秘策はこれしかない・・・と、思い詰めていく。

荒勝文策は実在の高名な物理学者でイギリス留学時代には、アインシュタインの
薫陶を受けたそうだ。
映画で、アインシュタイン(声=ピーター・ストーメア)と対話するのは、若き日の
荒勝か他の物理学者だったのかもしれない。
アインシュタインの相対性理論が、原子爆弾に直接利用された訳ではないが、
結果として原子核分裂が核爆弾開発に応用されて、原子爆弾となりアメリカが実際に使用したことを彼は深く悔いて、日本人物理学者に直接そのことを手紙で伝えているとの事だ。

ラストでは当時の京都帝国大学の荒勝文索の写真。
遠心分離機や加速器など大掛かりな機器。
その上に登っている研究員の写真もあります。
そして20名ほどの研究員たちの記念撮影の写真。
明るく楽しげに見える研究員たち・・暗さは見られない。
(彼ら、特に学生は、この時、本当に原子爆弾の殺傷力を知っていたのだろうか?)

実際に、石村修たちが原子爆弾の威力を知ったのは
広島に原爆が投下された8日6日以降で、
8月10日に現地入りした荒勝たち事故調査員が、
「これは原子爆弾である」と結論づけ、はじめて「原子爆弾」と命名された。
その直後、修が「次の投下は京都」と世津(有村架純)と母・フミ(田中裕子)に
避難を勧めて、自分は比叡山で爆発の瞬間を観察する・・・と告げる。
フミは「なんと恐ろしいことを!・・・科学者は!」と、絶句し、
世津は、「ご近所の人はどうするの?」と困惑する。
実際に荒勝文策は「これは千載一遇のチャンス」と公言し、
比叡山に登って京都に投下される爆弾の、
原爆投下から爆発の瞬間の状況を徹底的に観測してやろうと述べたと言う。

この映画は日本で行われていた「原子核爆弾の研究開発」という、
ショックキングでセンシティブなテーマに果敢に挑戦した映画です。
(万一、世界に先駆けて日本で完成を遂げていたら?)
そう思うと空恐ろしくなりました。
しかし映画は青春群像劇の初々しい側面も多く見られ、
石村修(柳楽優弥)
弟の裕之(三浦春馬)
幼なじみの朝倉世津(有村架純)
3人の男女を超えた清々しい友情に溢れ、思わず戦時下の圧力を忘れるひと時でもあります。
柳楽、三浦、有村の好演。
美しすぎる海と空。
格調高く内省的にして場面にマッチングしたニコ・マーリーの音楽。
重く苦しいというより、未来への伝言を感じます。

日米合作のための利点も縛りもあったでしょう。

狂気に落ちる修を演じる柳楽優弥の確かな演技力。
戦争後に思いを馳せる強さを、美しく演じた有村架純。
石村兄弟の母親役の田中裕子という人間の底力。
そして何より、軍人として国の為に死んでゆく自分の遺書の中で、
「母上とお兄様のご多幸をお祈りします。さようなら」
まるで、私たちへの別れの挨拶のようです。
これが最後の出演作の上映となったこと。
三浦春馬さん、あなたがこの世からいなくなったこと、とても悲しいです。
さようなら、そしてありがとう。





大人も若者も葛藤の中で

投稿日

2022/01/09

レビュアー

くまげらの森

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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終戦間近、京都大学原子核物理学の荒勝文策教授は、
「エネルギー問題を解決したら戦争はなくなる。物理学は世界を良い方に変える。」
という思いで研究を進めていたが、海軍からの密命は、アメリカより早く
新型爆弾を作る事、複雑な思いを秘め、学生たちと実験を続けていた。
しかし、機械工具や諸材料も品不足の中、爆弾開発の実験はなかなか進まない、
遠心分離機の段階で行き詰まる。
研究室のメンバーは研究を続けていく事に疑問を持ち始める。本当に世の中の
ためになるのか・・。

実験好きの石村修(柳楽優弥)は、ウランの調達に足を運び、核分裂によって発生する
美しい光に魅せられたり、また計算式の解析に苦労していたりした。
空襲の被害を防ぐため、自宅を軍に提供した幼なじみの朝倉世津(有村架純)は、
修の家に居候することになる。
そこに修の弟の裕之(三浦春馬)が戦地から一時帰宅し、久しぶりの再会を喜ぶ。
『戦争が終わったら教師になる』と、しっかりした夢を語る世津、
『死ぬのがこわくてたまらない』子供のように泣きじゃくる裕之。

そこにいるのはごく普通の若者だ。
かれらは未来の話をするが、戦争は彼らの運命を容赦なく翻弄していく。
本作は、声高に戦争反対を叫ぶのでもなく、お涙頂戴でもない。
ただ夢中になって(国の命令など関係なく)車やロボットでも作るみたいに、
原子爆弾を成功させたいと思う青年がいた・・
何も成し遂げられず、功績も残さないけど、戦争に青春を奪われた若者たちの姿があった。

広島に原爆が落とされて、その跡地に行く場面も、自分はこんなものを作ろうとしていたのか
という絶望と同時に、「アメリカに先を越された悔しさ」を滲ませた表情をしていた柳楽優弥。
しかし、私が感動したのはこの後だ。
「次に京都に爆弾が落ちるから比叡山に登って、観測する。」
という修に、母(田中裕子)は「科学者はそんなにバカなのか!」と言い切る。
しかし・・比叡山で母の作った握り飯を頬張る修の、無音のシーンは1分以上続く。
メシに食らいつきながら、修の目に涙が滲む。
おそらく、無音の間に観賞者にもさまざまな思いが湧くだろう。
おのれの心に問いかける大事な人への気持ち、やりたい事やるべき事の前に、誰かの
親であり子供であること。
説教臭いセリフはないし、ハデな演出もない。
しかし、問いかけるものの大きい作品であった。

「 芹沢博士 」の苦悩を想う。

投稿日

2022/01/13

レビュアー

ロキュータス

  ( ネタばれあり ) 
 第二次大戦末期、京都大学による原子爆弾開発研究「 F研究 」の史実をモチーフにつくられたフィクション。
 2020年にNHKでテレビドラマ化され、映画版である本作はそれにいくつかのシーンと違う結末を加えた、言わばディレクターズ・カット版。
 両方観ましたが、映画版は一長一短があります。 後述。
 
 作・演出は黒崎博。 広島放送局時代の「 帽子 」「 火の魚 」をはじめ、「 セカンド・バージン 」、朝ドラ「 ひよっこ 」大河ドラマ「 青天を衝け ! 」などの良作を演出してきた名ディレクター。  本作も見ごたえのある秀作です。

 ぼくにとつて、日露戦争勝利の「栄光」から先の大戦の大敗の「どん底」までの歴史を、知り、考え、語ることはキツいこと。
 学校できちんと習わなかったけれど、ならば自分から学べばいいとは言うものの、とてもストレスに感じて、知ろうとする段階ですぐに壁となり、なかなか深まりません。
 「 歴史の矛盾が暴力の形で表われるのが戦争 」と思いますが、この時期の日本を擁護する人がいれば批判したくなりますし、逆に批判する人がいれば反論したくなってしまいます。
考えも気持ちも堂々めぐりして精神衛生にはよくないので、こういう題材の作品はコンディションのいい時に限られます。
 
 「 戦争は絶対してはダメ 」「 原爆反対 」はまったくの同感ですが、誰も異論の余地のない正論はもう結論になってしまうので、思索も議論もそこで停止してしまいます。
 ですので、結論がそこにいたることを踏まえつつ、視点を変えて、掘り下げて考えようと思います。

 前にも書きましたが、「 戦争は人殺しに過ぎない 」は平時には戦争を絶対悪として否定する言葉です。
 ですが、「 戦争とは暴力の形で現れる矛盾 」ですから、平和から一線を越えて「 殺らなければ殺られる戦争状態 」に変わると、戦争を否定する同じ言葉が「 割り切って敵方の殺害を徹底することを促す 」ものに変わってしまいます。

 
 本作が問いかけるテーマも「 戦争とはなんでもありなのか ? 」と言えます。
 敵を倒すためとは言え、大量虐殺兵器である「原子爆弾」を作り使うことは正しいことなのか?
 「 カミカゼ攻撃 」にしても、可能性が低くても生還する余地があることと元から命を捨てて人間兵器となることとは全然違う。  生命を捨てて戦うことは美徳なのか ?
生き残ることが戦争の目的なのに、 敵ではなく味方によって無駄な死を強いられることに意味はあるのか?
 一線を越えた後の、二番底、三番底として、戦争倫理を問うていると思います。

 そして、もう一つの問いかけは、NHKで放送中の「 フランケンシュタインの誘惑 」でも取り上げているように、科学の進歩の歴史の闇の側面です。
 近代SFの原点である小説「 フランケンシュタイン 」で作者メアリー・シェリーは、フランケンシュタイン博士が自らが作った怪物に苦悩する様を描きました。

 実際の歴史では、たとえば、ニトログリセリンの安全な使い道として、ノーベルはダイナマイトを発明したが、工事現場だけでなく、兵器として使われることになってしまいました。
 たとえば、第一次世界大戦ではドイツとフランスそれぞれの国のノーベル化学賞受賞者が毒ガスを製造しました。  そして世界各国の優秀な頭脳によって原爆製造が研究され、競争に勝ったアメリカが作りました。

 レビュータイトルの芹沢博士とは『 ゴジラ 』( 1954 )の登場人物。
 『 ゴジラ 』創作のモチーフはビキニ環礁水爆実験と第五福竜丸のヒバク事件。 ゴジラによって破壊される街は、戦災のメタファー。
 芹沢博士( 平田昭彦 )はオキシジェン・デストロイヤーというゴジラを殺せる科学技術を持っています。 しかしその技術を公表すれば、世界の為政者によって殺りく兵器として悪用される恐れがある。  芹沢博士の苦悩は本作のテーマに通じます。
 
本作が描くように、日本も原爆製造を研究していました。 ですが、それはアメリカの原爆投下を何ら正当化するものではありません。 言うまでもないことですが、明確にしておきます。

 本作の出演者の演技はいずれも素晴らしいものですが、本作を遺作とする三浦春馬さんの早すぎる死をあらためて惜しみ、ご冥福をお祈りいたします。


7点満点中

投稿日

2022/01/12

レビュアー

ビリケン

4点

まあまあでした。

戦争は無くなってほしい。

投稿日

2022/01/09

レビュアー

いち映画ファン

太平洋戦争は日本が仕掛けたものだが、米軍の原子爆弾投下と各都市への空爆は日本人大殺戮であって許されることではない。B29から投下された爆弾が地上で次々と爆発していく映像があったが米軍兵の笑い声が微かに聞こえてきて恐ろしくなった。戦争は平気で罪のない人まで殺してしまうのが事実である。

この映画は三浦春馬さんが撮影後に亡くなられたので観ていてなおさら辛いです、悲しいです。
主役3人が京都府京丹後市にある平海水浴場の美しい波に溶け込んだエンディングのシーンは心に刻まれました。柳楽優弥さんが釜いそに行く途中の法観寺八坂の塔が見える路地の映像は素晴らしいものがあります。  悲しい物語を美しい映像が癒してくれました。

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