メアリーの総て

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メアリーの総て / エル・ファニング
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「メアリーの総て」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

「フランケンシュタイン」の著者、メアリー・シェリーの半生を描いたドラマ。19世紀のイギリス。小説家を夢見るメアリーは、妻子ある詩人、パーシー・シェリーと出会う。互いの才能に強く惹かれ合ったふたりは、情熱に身を任せて駆け落ちするが…。※PG12

「メアリーの総て」 の作品情報

作品情報

製作年: 2017年
製作国: イギリス/ルクセンブルク/アメリカ
原題: MARY SHELLEY

「メアリーの総て」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

関連作品

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デジャヴ

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切り裂き魔ゴーレム

Virginia/ヴァージニア

ユーザーレビュー:11件

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1〜 5件 / 全11件

なぜメアリーは《孤独なクリーチャー》を産み落としたのか?!

投稿日:2019/06/08 レビュアー:カマンベール

「フランケンシュタイン」
墓を暴き、死体を手に入れ、それをつなぎ合わせる・・・
産まれた怪物は筆舌に尽くしがたい醜い容貌・・・

SF小説の先駆けでホラーの名作・・・後年に与えた影響は計りきれない。

そんな「フランケンシュタイン」の作者がたった18歳の若い女性、
メアリー・シェリーだった。

彼女の両親は高名な作家。16歳で巡り合ったパーシー・シェリーは
文壇で人気の若き詩人。
妻子あるシェリーと駆け落ちしたメアリーは、身ごもり出産した幼子を
たった11日で亡くししまう。

「自由恋愛」を理想とするシェリーの放蕩と不実そして赤児を亡くした喪失感はメアリーを創作に没頭させる。

200年前の女性とは思えない自我の強さです。
彼女は両親に負けない作品を書きたい・・・
夫シェリーに負けない作品を書きたい・・・
強く願った思います。

あどけない美貌と若さのエル・ファニング・・・彼女は撮影当初まだ17歳だったそうです。
外見に似合わない意志の強さや演技力と存在感と出演映画のユニークさ。
放蕩三昧のシェリーとバイロン・・相関図が書けそうなドロドロの中で、自分を見失わずに、「創作」に情熱を傾けた強い女性メアリーです。

「フランケンシュタイン」はその後50作品を超える関連映画が作られています。
メアリー・シェリーの存在は現代においても大きい。
著作は初めは匿名で出版された。
18歳の若い女性が怪奇小説の著者だと認められるには、しばらく時間が必要だった。
(現在なら若さと美貌に才能は、何よりの宣伝材料なのに・・・。)

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どんな時代に生きていようと自分は自分の文章で表現する

投稿日:2019/06/04 レビュアー:なんの因果

「フランケンシュタイン」という単語は聞いたことがありますよね?
(博士がフランケンシュタインさんで、あの怪物には名前がないそうです)
1818年にイギリスで出版されたこのお話を書き上げたのが、なんとわずか18歳のメアリー・シェリー!18歳!
監督は、ハイファ・アル=マンスール。サウジアラビア初の女性監督さんだ。
「フランケンシュタイン」誕生秘話を含め、一介の女性の人間ドラマとして
女性のうめき声が聞こえてきそうな起伏のあるストーリィである。
メアリーを演じたエル・ファニングが、毅然としてしかも可愛い、そこはかとない色気
(色気と言っちゃうとアレだけど、大人の雰囲気ね、わ!彼女もまだ20歳ですと?!)
ベイビーを幸せそうに抱っこしてる姿なんか、夫のパーシーを殺してやりたくなりますわ。(どゆ意味?)

メアリーは政治学者で小説家でもある父・ウィリアム・ゴドウィン、
「女性の権利の擁護」を書いたウルストンクラフトを母に生まれた。
しかし、母はメアリを出産後10日で死亡。(私が生まれたので母は死んだと暗い影を落とす)。
継母とは折り合いが悪く、(思想家の母を尊敬していていつも文章を書いてるメアリーを良く思うはずがない)、
メアリーはスコットランドにある父の友人宅にお預かりとなる。
そこで詩人のパーシー・シェリー(ダグラス・ブース)と巡り合い、愛を誓い合うが・・。
パーシーには妻がいた。二人は駆け落ちしてヨーロッパ大陸へと旅立った。
メアリは女児を出産するが、幸福もつかの間、借金したパーシーが強引に連れ出して赤ちゃんは死んでしまう。
パーシーの元妻は自殺し、スイスで二人は人気の詩人バイロンと出会う。
(う、色々ありすぎて中々本の話までゆけないな・・まて、もう少しだ)

或夜、バイロンは「みんなで一つずつ怪奇談を書こう!」と持ちかける。
メアリーはこれまでの苦闘の人生を託して一気に物語を書き上げる。「フランケンシュタイン」の誕生だ!
しかし、メアリーの困難はまだ続く。当時、女性の出版は難しく、ジェイン・オースティンは名前なしで、ブロンテ三姉妹も最初は性別不明のペンネームを使った。
女性という事だけで偏見や障壁がある。連綿と続く戦い、その意味では今、観るべき映画とも言える。
「フランケンシュタイン」は美しい文体で悲しい怪物を語る。しかし女たちは強いメッセージを放つ。

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メアリ・シェリーと映画について ネタバレ

投稿日:2019/06/09 レビュアー:hinakksk

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(レビューとしては、少々逸脱しているかもしれませんが、ご容赦ください。)

 数年にわたって『フランケンシュタイン』とその作者メアリ・シェリーに傾倒していた時期があり、知らない人が多いだろう小説誕生の経緯とそれまでの彼女の人生が映画になって、とても嬉しいです。ほぼ史実に近い描き方ではあるのですが、当然のことながら、分かり易くするため、またドラマティックにするため、単純化と誇張がされているのは否めません。エル・ファニングは、才能溢れる若きメアリを違和感なくしっかりと演じていてすばらしいのですが、欲を言えば、もう少しメアリの思索的な面や才気煥発なところが表現されていたらいいのにと思います。これは俳優というより、脚本のせいでもあるのですが…。

 『フランケンシュタイン』執筆の発端は、映画にもあるように、1816年、スイスのレマン湖畔にあるディオダティ荘滞在中のバイロンの提案によるもので、この時メアリは18歳。すでに2回の出産と子どもの死を経験しています。(映画では長男ウィリアムの誕生は省略されている。)スイスからイギリスに帰国すると、10月には異父姉ファニー(映画では省略)が、ゴドウィンが実の父親ではないと知って自殺。12月にはシェリーの正妻ハリエットが不義の子を妊娠したことにより投身自殺。映画では描かれていませんが、その年末、皮肉にも正妻の死によって、メアリはシェリーと正式に結婚します。このような騒然とした、生と死がないまぜになった複雑な状況のなかで執筆は続けられ、夫シェリーの序文をつけて、匿名で出版されたのは1818年、メアリ20歳の時。

 そもそもメアリは普通の10代の少女ではありません。母親のメアリ・ウルストンクラフトは自由恋愛主義者で先駆的フェミニスト、そして『女性の権利の擁護』の著者。(映画にもあるように、メアリは母親のお墓で、しばしば母の著作を読みふけっていたと言われています。)父親のゴドウィンは、多くの有為の青年たちを惹きつけた急進思想家で、ゴシック小説『ケイレブ・ウィリアムズ』等の作者。メアリは天賦の才と豊かな文学的環境に恵まれていただけではなく、後に夫となるパーシー・シェリーは当時を時めく詩人で、その交友関係を通して、最先端の科学や思想に積極的に触れる機会も多くあるという境遇。『フランケンシュタイン』は偶然に誕生したわけではないのです。

 こういったメアリの経歴からも『フランケンシュタイン』が単純な怪物の物語ではないと予想がつくと思うのですが、メアリ自ら大幅に内容を改定し、自分自身のまえがきをつけて出版した1831年の第3版は、彼女の意図がより明確になっていると言われていて、現在ではこの第3版が定本となっています。数ある怪物映画を観たことはあっても、原作を読んだことはないという方は、この機会にぜひ一度読んでみてください。メアリのまえがきだけでも読むと、この映画が一層興味深くなることと思います。新潮、角川、光文社、創元推理文庫等の文庫版で簡単に入手できます。

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衝撃を受けました

投稿日:2020/02/20 レビュアー:kazupon

監督:ハイファ・アル=マンスール(2017年・121分)
原題:MARY SHELLEY

本作の主人公である“メアリー・シェリー”は、怪奇映画で有名な『フランケンシュタイン』の原作者です。
この小説を書きあげた時、メアリーはまだ18歳だったと言うのですから驚きました。
映画で観たのは、ジェームス・ホエール監督の『フランケンシュタイン(1931年)』と、その続編『フランケンシュタインの花嫁(1935年)』の2作品だけです。
こんな所でお名前を出して申し訳ありませんが、“hinakksk”さんのレビューに触発されて本作鑑賞の前に原作小説を読みました。
小説の原題は『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』で、
“プロメテウス”を調べると「人間を創造した」と言われる男神のようです。
また、小説の扉には
― 創造主よ、わたしを土塊(つちくれ)から人の姿に創ってくれと頼んだことがあったか?
わたしを暗闇から起こしてくれと願ったことがあったか? ―
という『失楽園(ミルトン著)』の一節が引用されていました。
原作小説を読んだことにより、本作への関心と理解も深まりましたが、混乱も付いて来ました。
小説から滲み出ていたのは、フランケンシュタインによって生み出されてしまったモンスターの“無垢な内面”と“愛への渇望”“孤独”でした。

物語序盤のシーンから分かるように、メアリーの両親は共に「文学界にその人あり」と知られた有名人。(母親はメアリー出産後、産褥熱で死亡)
この母の死から4年後、父は再婚することになります。(メアリーの母も新しい母も名前が「メアリー」でややこしい。)
劇中の会話から、新しい母とメアリーの仲が上手くいってなかったのは想像がつきます。
メアリーが詩人のパーシー・シェリーと恋に落ちた時、この母は彼の噂を知っていて反対します。
父にも彼が既婚者であることを理由に反対され、メアリーとパーシーは大陸に駆け落ちしてしまいます。
あの時代の社交界など、華やかな世界を垣間見ると、何とも怠惰で、放蕩、放埓、遊び呆けているようにしか見えません。
メアリーとパーシーの駆け落ちに妹のクレアが付いて行ったことなど史実の通りで、バイロン卿を頼って再び大陸へ渡るまでに、パーシーは破産し、メアリーは生後11日で娘を亡くしています。
クレアはバイロン卿の子を身籠っていました。

「それぞれ1作ずつ幽霊物語を書いてみないか?」というバイロン卿の提案が、フランケンシュタイン誕生のきっかけとなりました。
メアリーの少女時代からの夢想癖、ディオダディ荘で夢枕に見たという、黄色く潤んだ物思わしげな目をした怪物。
メアリーが自身の小説の中に産み落とした怪物に何を託し、何を語らせたのか?
フランケンシュタイン誕生の背景は本作により想像がつくと思います。
メアリーが産み落とした怪物の内面の叫びは、原作小説で是非お確かめ下さい。
ただの怪奇物ではないことが分かるでしょう。
このような奥深い作品だと気づかせて下さった“hinakksk”さんに感謝いたします。

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父との闘いだったのかもしれない

投稿日:2019/08/06 レビュアー:ちゅく

メアリ―・W・G・シェリー(1797年8月30日〜1851年2月1日)の「フランケンシュタイン」は1818年3月11日に、ロンドンで匿名出版されました。
彼女が小説の着想を得たのは1816年5月のスイス・レマン湖畔だったと言われています。前年(1815)に、のちに夫となるパーシー・B(ビシュ)・シェリー(1792〜1822)との恋愛を彼が既婚者だったため父から反対され、ロンドンから欧州大陸へ駆け落ちしたあと、最初の息子「ウィリアム」を1816年初めに英国で産みますが、そのあと夫を追ってレマン湖へ行くのです。
パーシーの詩人仲間ジョージ・G・バイロン(1788〜1824)も身重の妻をスコットランドに置いて、逐電してきていた。レマン湖畔にバイロンが借りていた「ディオダティ荘」に、メアリーが着いた。パーシー、バイロンと彼の両性・近親の愛人が数人(吸う人)が集まった。バイロンは怪奇物語をそれぞれの着想のもとに書こうと提案する。その結果、書かれて近世古典として残ったのが「フランケンシュタイン」(1818出版)でした。言い出しっぺのバイロンは短編「吸血鬼」(「The Vampyre」1819)を書きますが、これは「吸血鬼」伝説を近世文学に定着した最初と言われています。
「フランケンシュタイン」はメアリーの作品そのものが傑作で、「怪物」の製造過程が特異だったため、追随する作品は書かれなかった。バイロンの「吸血鬼」は中世からの伝奇を背負っていて、近代のB・ストーカー「ドラキュラ」、レ・ファニュ「カーミラ」の継承・拡大が行われた。それは、今も映画の世界で続いています。

メアリ―・シェリーの「フランケンシュタイン」そのものの映画化作品としては、英国のケネス・ブラナーが監督、主演した1994年版の英国映画に行き尽きます。「怪物」をロバート・デニーロ、「フランケンシュタイン博士」をブラナー、「エリザベス」をヘレナ・ボナム=カーターが演じています。

今回の「メアリーの総て」は、「フランケンシュタイン」を書いたメアリー・シェリーの人生を「総て」描こうとして作られました。初めての試みではないでしょうか。

メアリは、なぜ、「フランケンシュタイン」の怪物を20歳前後で着想し、執筆し、匿名出版しなければならなかったか。
メアリの父ウィリアム・ゴドウィン「G](1756〜1836)は、プロテスタントのカルヴァン派の牧師であったが、政治評論家に転じ、無神論者となり、無政府主義に傾斜した人である。
地方牧師の家ではない。宗教指導者になる希望を失ったあとも、意慾満々で、高い場所に着地しようとして、極端な島を選んでしまったのだろう。政治家ではなく、言論家であった。
メアリに母メアリ・ウルストンクラフト「W」(1759〜1797)は、社会思想家で、女性解放思想に先駆者として取り組んだ人です。この二人の間に生れたのが、メアリ―・W・G・シェリー(1797年8月30日〜1851年2月1日)。メアリ・シェリーのミドルネーム「W」「G」の意味はここにあります。
メアリーの母は、満38歳でメアリーを産んだ直後、産褥熱で亡くなります。その4年後、父は新しい妻・メアリー・J・クレモント(ジョアンヌ・フロガット)を迎えます。
1813〜1814年ころに、メアリ(ダコタ・ファニング)は、パーシー・ビッシュ・シェリー(ダグラス・ブース)と出会い、恋に落ちますが、父は反対します。パーシーには、妻があったのです。サセックスの貴族の長男で「しゅっ」とした男前であり、酔った時に演説をし、詩を朗誦する。当時の英国詩人は皆、バイロンを筆頭に「女たらし」だったのですね。1816年、スイスから英国にメアリーがビッシュと帰国すると、彼の妻が自殺したため、二人は結婚し、翌年(1817)、「クレアラ」という長女を生みますが、翌年に早逝する。
メアリーの「フランケンシュタイン」の着想・執筆・出版は、「クレアラ」の死の前に終えられていた。さらに翌年(1819)に長男「ウイリアム」も死亡。夫シェリーは1822年に帆船の沈没で死亡。不幸が続きますが、編年で整理すると、「フランケンシュタイン」の着想、執筆、出版は、これらの前に終えられていたことがわかります。では、天才の予見なのか。あるいは、自分を産んだあと産褥熱で亡くなった実母への憧憬なのか。

今、僕らが読むことができる「フランケンシュタイン」の決定版は、メアリーが推敲を重ねた1831年版と言われる。こども(1818・1819)、夫(帆船沈没で1822没)、バイロン(ギリシャで戦病死、1824没)、「フランケンシュタイン」の最終稿(1831)、父(1836没)を見送って、メアリーはやっと自由になれたのだろう。

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メアリーの総て

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なぜメアリーは《孤独なクリーチャー》を産み落としたのか?!

投稿日

2019/06/08

レビュアー

カマンベール

「フランケンシュタイン」
墓を暴き、死体を手に入れ、それをつなぎ合わせる・・・
産まれた怪物は筆舌に尽くしがたい醜い容貌・・・

SF小説の先駆けでホラーの名作・・・後年に与えた影響は計りきれない。

そんな「フランケンシュタイン」の作者がたった18歳の若い女性、
メアリー・シェリーだった。

彼女の両親は高名な作家。16歳で巡り合ったパーシー・シェリーは
文壇で人気の若き詩人。
妻子あるシェリーと駆け落ちしたメアリーは、身ごもり出産した幼子を
たった11日で亡くししまう。

「自由恋愛」を理想とするシェリーの放蕩と不実そして赤児を亡くした喪失感はメアリーを創作に没頭させる。

200年前の女性とは思えない自我の強さです。
彼女は両親に負けない作品を書きたい・・・
夫シェリーに負けない作品を書きたい・・・
強く願った思います。

あどけない美貌と若さのエル・ファニング・・・彼女は撮影当初まだ17歳だったそうです。
外見に似合わない意志の強さや演技力と存在感と出演映画のユニークさ。
放蕩三昧のシェリーとバイロン・・相関図が書けそうなドロドロの中で、自分を見失わずに、「創作」に情熱を傾けた強い女性メアリーです。

「フランケンシュタイン」はその後50作品を超える関連映画が作られています。
メアリー・シェリーの存在は現代においても大きい。
著作は初めは匿名で出版された。
18歳の若い女性が怪奇小説の著者だと認められるには、しばらく時間が必要だった。
(現在なら若さと美貌に才能は、何よりの宣伝材料なのに・・・。)

どんな時代に生きていようと自分は自分の文章で表現する

投稿日

2019/06/04

レビュアー

なんの因果

「フランケンシュタイン」という単語は聞いたことがありますよね?
(博士がフランケンシュタインさんで、あの怪物には名前がないそうです)
1818年にイギリスで出版されたこのお話を書き上げたのが、なんとわずか18歳のメアリー・シェリー!18歳!
監督は、ハイファ・アル=マンスール。サウジアラビア初の女性監督さんだ。
「フランケンシュタイン」誕生秘話を含め、一介の女性の人間ドラマとして
女性のうめき声が聞こえてきそうな起伏のあるストーリィである。
メアリーを演じたエル・ファニングが、毅然としてしかも可愛い、そこはかとない色気
(色気と言っちゃうとアレだけど、大人の雰囲気ね、わ!彼女もまだ20歳ですと?!)
ベイビーを幸せそうに抱っこしてる姿なんか、夫のパーシーを殺してやりたくなりますわ。(どゆ意味?)

メアリーは政治学者で小説家でもある父・ウィリアム・ゴドウィン、
「女性の権利の擁護」を書いたウルストンクラフトを母に生まれた。
しかし、母はメアリを出産後10日で死亡。(私が生まれたので母は死んだと暗い影を落とす)。
継母とは折り合いが悪く、(思想家の母を尊敬していていつも文章を書いてるメアリーを良く思うはずがない)、
メアリーはスコットランドにある父の友人宅にお預かりとなる。
そこで詩人のパーシー・シェリー(ダグラス・ブース)と巡り合い、愛を誓い合うが・・。
パーシーには妻がいた。二人は駆け落ちしてヨーロッパ大陸へと旅立った。
メアリは女児を出産するが、幸福もつかの間、借金したパーシーが強引に連れ出して赤ちゃんは死んでしまう。
パーシーの元妻は自殺し、スイスで二人は人気の詩人バイロンと出会う。
(う、色々ありすぎて中々本の話までゆけないな・・まて、もう少しだ)

或夜、バイロンは「みんなで一つずつ怪奇談を書こう!」と持ちかける。
メアリーはこれまでの苦闘の人生を託して一気に物語を書き上げる。「フランケンシュタイン」の誕生だ!
しかし、メアリーの困難はまだ続く。当時、女性の出版は難しく、ジェイン・オースティンは名前なしで、ブロンテ三姉妹も最初は性別不明のペンネームを使った。
女性という事だけで偏見や障壁がある。連綿と続く戦い、その意味では今、観るべき映画とも言える。
「フランケンシュタイン」は美しい文体で悲しい怪物を語る。しかし女たちは強いメッセージを放つ。

メアリ・シェリーと映画について

投稿日

2019/06/09

レビュアー

hinakksk

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(レビューとしては、少々逸脱しているかもしれませんが、ご容赦ください。)

 数年にわたって『フランケンシュタイン』とその作者メアリ・シェリーに傾倒していた時期があり、知らない人が多いだろう小説誕生の経緯とそれまでの彼女の人生が映画になって、とても嬉しいです。ほぼ史実に近い描き方ではあるのですが、当然のことながら、分かり易くするため、またドラマティックにするため、単純化と誇張がされているのは否めません。エル・ファニングは、才能溢れる若きメアリを違和感なくしっかりと演じていてすばらしいのですが、欲を言えば、もう少しメアリの思索的な面や才気煥発なところが表現されていたらいいのにと思います。これは俳優というより、脚本のせいでもあるのですが…。

 『フランケンシュタイン』執筆の発端は、映画にもあるように、1816年、スイスのレマン湖畔にあるディオダティ荘滞在中のバイロンの提案によるもので、この時メアリは18歳。すでに2回の出産と子どもの死を経験しています。(映画では長男ウィリアムの誕生は省略されている。)スイスからイギリスに帰国すると、10月には異父姉ファニー(映画では省略)が、ゴドウィンが実の父親ではないと知って自殺。12月にはシェリーの正妻ハリエットが不義の子を妊娠したことにより投身自殺。映画では描かれていませんが、その年末、皮肉にも正妻の死によって、メアリはシェリーと正式に結婚します。このような騒然とした、生と死がないまぜになった複雑な状況のなかで執筆は続けられ、夫シェリーの序文をつけて、匿名で出版されたのは1818年、メアリ20歳の時。

 そもそもメアリは普通の10代の少女ではありません。母親のメアリ・ウルストンクラフトは自由恋愛主義者で先駆的フェミニスト、そして『女性の権利の擁護』の著者。(映画にもあるように、メアリは母親のお墓で、しばしば母の著作を読みふけっていたと言われています。)父親のゴドウィンは、多くの有為の青年たちを惹きつけた急進思想家で、ゴシック小説『ケイレブ・ウィリアムズ』等の作者。メアリは天賦の才と豊かな文学的環境に恵まれていただけではなく、後に夫となるパーシー・シェリーは当時を時めく詩人で、その交友関係を通して、最先端の科学や思想に積極的に触れる機会も多くあるという境遇。『フランケンシュタイン』は偶然に誕生したわけではないのです。

 こういったメアリの経歴からも『フランケンシュタイン』が単純な怪物の物語ではないと予想がつくと思うのですが、メアリ自ら大幅に内容を改定し、自分自身のまえがきをつけて出版した1831年の第3版は、彼女の意図がより明確になっていると言われていて、現在ではこの第3版が定本となっています。数ある怪物映画を観たことはあっても、原作を読んだことはないという方は、この機会にぜひ一度読んでみてください。メアリのまえがきだけでも読むと、この映画が一層興味深くなることと思います。新潮、角川、光文社、創元推理文庫等の文庫版で簡単に入手できます。

衝撃を受けました

投稿日

2020/02/20

レビュアー

kazupon

監督:ハイファ・アル=マンスール(2017年・121分)
原題:MARY SHELLEY

本作の主人公である“メアリー・シェリー”は、怪奇映画で有名な『フランケンシュタイン』の原作者です。
この小説を書きあげた時、メアリーはまだ18歳だったと言うのですから驚きました。
映画で観たのは、ジェームス・ホエール監督の『フランケンシュタイン(1931年)』と、その続編『フランケンシュタインの花嫁(1935年)』の2作品だけです。
こんな所でお名前を出して申し訳ありませんが、“hinakksk”さんのレビューに触発されて本作鑑賞の前に原作小説を読みました。
小説の原題は『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』で、
“プロメテウス”を調べると「人間を創造した」と言われる男神のようです。
また、小説の扉には
― 創造主よ、わたしを土塊(つちくれ)から人の姿に創ってくれと頼んだことがあったか?
わたしを暗闇から起こしてくれと願ったことがあったか? ―
という『失楽園(ミルトン著)』の一節が引用されていました。
原作小説を読んだことにより、本作への関心と理解も深まりましたが、混乱も付いて来ました。
小説から滲み出ていたのは、フランケンシュタインによって生み出されてしまったモンスターの“無垢な内面”と“愛への渇望”“孤独”でした。

物語序盤のシーンから分かるように、メアリーの両親は共に「文学界にその人あり」と知られた有名人。(母親はメアリー出産後、産褥熱で死亡)
この母の死から4年後、父は再婚することになります。(メアリーの母も新しい母も名前が「メアリー」でややこしい。)
劇中の会話から、新しい母とメアリーの仲が上手くいってなかったのは想像がつきます。
メアリーが詩人のパーシー・シェリーと恋に落ちた時、この母は彼の噂を知っていて反対します。
父にも彼が既婚者であることを理由に反対され、メアリーとパーシーは大陸に駆け落ちしてしまいます。
あの時代の社交界など、華やかな世界を垣間見ると、何とも怠惰で、放蕩、放埓、遊び呆けているようにしか見えません。
メアリーとパーシーの駆け落ちに妹のクレアが付いて行ったことなど史実の通りで、バイロン卿を頼って再び大陸へ渡るまでに、パーシーは破産し、メアリーは生後11日で娘を亡くしています。
クレアはバイロン卿の子を身籠っていました。

「それぞれ1作ずつ幽霊物語を書いてみないか?」というバイロン卿の提案が、フランケンシュタイン誕生のきっかけとなりました。
メアリーの少女時代からの夢想癖、ディオダディ荘で夢枕に見たという、黄色く潤んだ物思わしげな目をした怪物。
メアリーが自身の小説の中に産み落とした怪物に何を託し、何を語らせたのか?
フランケンシュタイン誕生の背景は本作により想像がつくと思います。
メアリーが産み落とした怪物の内面の叫びは、原作小説で是非お確かめ下さい。
ただの怪奇物ではないことが分かるでしょう。
このような奥深い作品だと気づかせて下さった“hinakksk”さんに感謝いたします。

父との闘いだったのかもしれない

投稿日

2019/08/06

レビュアー

ちゅく

メアリ―・W・G・シェリー(1797年8月30日〜1851年2月1日)の「フランケンシュタイン」は1818年3月11日に、ロンドンで匿名出版されました。
彼女が小説の着想を得たのは1816年5月のスイス・レマン湖畔だったと言われています。前年(1815)に、のちに夫となるパーシー・B(ビシュ)・シェリー(1792〜1822)との恋愛を彼が既婚者だったため父から反対され、ロンドンから欧州大陸へ駆け落ちしたあと、最初の息子「ウィリアム」を1816年初めに英国で産みますが、そのあと夫を追ってレマン湖へ行くのです。
パーシーの詩人仲間ジョージ・G・バイロン(1788〜1824)も身重の妻をスコットランドに置いて、逐電してきていた。レマン湖畔にバイロンが借りていた「ディオダティ荘」に、メアリーが着いた。パーシー、バイロンと彼の両性・近親の愛人が数人(吸う人)が集まった。バイロンは怪奇物語をそれぞれの着想のもとに書こうと提案する。その結果、書かれて近世古典として残ったのが「フランケンシュタイン」(1818出版)でした。言い出しっぺのバイロンは短編「吸血鬼」(「The Vampyre」1819)を書きますが、これは「吸血鬼」伝説を近世文学に定着した最初と言われています。
「フランケンシュタイン」はメアリーの作品そのものが傑作で、「怪物」の製造過程が特異だったため、追随する作品は書かれなかった。バイロンの「吸血鬼」は中世からの伝奇を背負っていて、近代のB・ストーカー「ドラキュラ」、レ・ファニュ「カーミラ」の継承・拡大が行われた。それは、今も映画の世界で続いています。

メアリ―・シェリーの「フランケンシュタイン」そのものの映画化作品としては、英国のケネス・ブラナーが監督、主演した1994年版の英国映画に行き尽きます。「怪物」をロバート・デニーロ、「フランケンシュタイン博士」をブラナー、「エリザベス」をヘレナ・ボナム=カーターが演じています。

今回の「メアリーの総て」は、「フランケンシュタイン」を書いたメアリー・シェリーの人生を「総て」描こうとして作られました。初めての試みではないでしょうか。

メアリは、なぜ、「フランケンシュタイン」の怪物を20歳前後で着想し、執筆し、匿名出版しなければならなかったか。
メアリの父ウィリアム・ゴドウィン「G](1756〜1836)は、プロテスタントのカルヴァン派の牧師であったが、政治評論家に転じ、無神論者となり、無政府主義に傾斜した人である。
地方牧師の家ではない。宗教指導者になる希望を失ったあとも、意慾満々で、高い場所に着地しようとして、極端な島を選んでしまったのだろう。政治家ではなく、言論家であった。
メアリに母メアリ・ウルストンクラフト「W」(1759〜1797)は、社会思想家で、女性解放思想に先駆者として取り組んだ人です。この二人の間に生れたのが、メアリ―・W・G・シェリー(1797年8月30日〜1851年2月1日)。メアリ・シェリーのミドルネーム「W」「G」の意味はここにあります。
メアリーの母は、満38歳でメアリーを産んだ直後、産褥熱で亡くなります。その4年後、父は新しい妻・メアリー・J・クレモント(ジョアンヌ・フロガット)を迎えます。
1813〜1814年ころに、メアリ(ダコタ・ファニング)は、パーシー・ビッシュ・シェリー(ダグラス・ブース)と出会い、恋に落ちますが、父は反対します。パーシーには、妻があったのです。サセックスの貴族の長男で「しゅっ」とした男前であり、酔った時に演説をし、詩を朗誦する。当時の英国詩人は皆、バイロンを筆頭に「女たらし」だったのですね。1816年、スイスから英国にメアリーがビッシュと帰国すると、彼の妻が自殺したため、二人は結婚し、翌年(1817)、「クレアラ」という長女を生みますが、翌年に早逝する。
メアリーの「フランケンシュタイン」の着想・執筆・出版は、「クレアラ」の死の前に終えられていた。さらに翌年(1819)に長男「ウイリアム」も死亡。夫シェリーは1822年に帆船の沈没で死亡。不幸が続きますが、編年で整理すると、「フランケンシュタイン」の着想、執筆、出版は、これらの前に終えられていたことがわかります。では、天才の予見なのか。あるいは、自分を産んだあと産褥熱で亡くなった実母への憧憬なのか。

今、僕らが読むことができる「フランケンシュタイン」の決定版は、メアリーが推敲を重ねた1831年版と言われる。こども(1818・1819)、夫(帆船沈没で1822没)、バイロン(ギリシャで戦病死、1824没)、「フランケンシュタイン」の最終稿(1831)、父(1836没)を見送って、メアリーはやっと自由になれたのだろう。

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