北の桜守

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北の桜守 / 吉永小百合
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「北の桜守」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

『おくりびと』の滝田洋二郎監督、吉永小百合主演による感動ドラマ。1945年。ソ連軍が侵攻する樺太で暮らす江蓮てつは、息子ふたりを連れて網走へと逃れる。時は流れて1971年。樺太を離れる時に再会を約束した夫を、彼女はひとりで待ち続けていたが…。

「北の桜守」 の作品情報

作品情報

製作年: 2017年
製作国: 日本

「北の桜守」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

キャスト・スタッフ

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ユーザーレビュー:9件

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1〜 5件 / 全9件

日本人なら泣ける素材だが、重苦しくない後味

投稿日:2018/10/05 レビュアー:なんの因果

吉永小百合、120本目にしてなお、新しい表情とナチュラルな魅力をみせつける事に驚嘆した。
樺太からの引き上げ、戦後の貧しさ、いじめ、死別の悲しみなどを描いているが、
あれから30年後、現在パートでは「認知症」という隠れテーマも含める。
吉永小百合が鏡に写る自分を見て、
「あら、どなた?またいらしてくれたのね?」と話しかける場面は、目がクリッとして無性に可愛い。
失われてゆく日常の記憶と、ふいに襲ってくる過去の辛い出来事、しかし小百合の心には一貫して
「息子のためを思う」気持ちがある。結果的に息子(堺雅人)とその嫁(篠原涼子)に迷惑をかけてしまうのだが。

息子とともに北海道縦断の旅に出る。雄大な景色が素晴らしい。
昔、畑で「このじゃがいもは盗んだんじゃない、落ちてたのを拾ったのよ」
そう子供に言い聞かせて二人でガツガツ食べた思い出。

見事に美しく開花した桜の映像でのオープニング。「桜守」というワードが不発に終わった気もするが、
重苦しくならずに時々涙腺が緩みながら観賞できた。
(個人的に、阿部寛が夫で子供が堺雅人、佐藤浩市にプロポーズされてお断りしてなお愛される、という
キャスティングやらを許せるかどうかだが、小百合さんの気迫に負けたという事で許してやろう!・・・タジタジ。)

構成において、作中でひんぱんに舞台劇パートに切り替わる。こういう試みは反応に困るが、
物語が中断されるというマイナスは感じた。クラリーノ・サンドロヴィッチさんという方の演出らしい。
演じている方たちの歌と踊り、体のキレは抜群で、素晴らしいのだとはわかる。
舞台を見たというお得感があるかどうかは、受け取り方次第と思います。

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桜(いのち)を守り、桜の精になる

投稿日:2019/03/17 レビュアー:hinakksk

 最後、ヒロインてつの物語が、もっとシンプルにもっとストレートに、美しく清らに咲き誇る満開の桜に昇華していたら、きっとずっと感動したことと思う。最初と最後の舞台劇のシーンも、もっと効果的だったことだろう。枝葉末節を描きすぎて、何か大切なものを損なっている。

 たまたま続けて観た洋画と邦画で、同じような感想を言う羽目になろうとは…。登場人物やエピソードが多過ぎて煩雑だ。樺太から引き上げるという悲惨な体験、子どもを助けられなかったという秘められた心の痛み、極貧の中残された子どもを守り生き抜く強さ、必ず帰還するという夫の言葉を信じて待ち続ける深い思い。そのうえ、吉永小百合のさすがの存在感があれば、これだけでも十分すぎるほどだ。

 戦中戦後を生き抜いた人々の群像劇を意図していたのなら、ヒロインてつの存在は圧倒的すぎる。てつの過酷な人生を中心に描くのなら、修二郎の事業の詳細、妻との夫婦関係、苛めの仕返し、スパイ行為への悔恨、妻の父や親友光江のエピソード等はもっと簡略にしてもよかったのではないかという気がする。シーンのひとつひとつは悪くはないのだけれど、筋を通すためには集中と選択は不可避だ。

 ストーリーがごたごたしているうえに、実写と舞台劇、現在(1971年、その2年後)と過去の回想と、構成も複雑なので、最後の幻想的で美しい桜に素直に感動できない自分がいて、残念な思いだ。

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吉永小百合と阿部寛の《年の差》が、最後までキツイ!!

投稿日:2018/10/15 レビュアー:カマンベール

2017年。滝田洋二郎監督作品。

吉永小百合と阿部寛が親子にしか見えませんでした。
やはり【小百合ファースト】の映画でした。

でも、結構工夫があり、特に《舞台パート》の部分は
面白かった。
この手法で戦争場面の回想をシンプルに簡素化して、時間も予算も
削減したのだなぁと感心しました。

そして1971年。
次男の江連修二郎(堺雅人)がロサンゼルスから帰り、
ホットドッグのチェーン店を開店することに。

時同じく、母の江連てつ(吉永小百合)に、認知症の兆候がからわれる。

てつ(吉永)と次男の修二郎(堺)の記憶を辿るふたり旅は、
てつの封印してきた辛い記憶の封印を解く旅でもありました。

戦後の貧しさを死に物狂いで生き抜いてきたてつの健気さ過酷さが
身に染みるシーンでした。
そして修二郎の優しさも印象的でした。

舞台演出に合唱曲(作曲は小椋佳)も、良く映えて
気持ちが救われました。

(ただし、題名の『桜守》は誇張ですね。
てつは桜守ではありません。
桜を愛するひとりにすぎませんから)

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ハンカチ必須

投稿日:2018/09/13 レビュアー:じゃじゃまる

滝田洋二郎監督「北の桜守」を見ました。
主演吉永小百合、共演堺雅人、阿部寛、岸部一徳、篠原涼子、佐藤浩市などなど。

大出俊とか中村雅俊、安田顕とか、有名どころがちょいちょいと出てます。

1945年 樺太。江連テツはそこで、夫と子供と製材店を営み、暮らしていた。
しかし、ソ連軍が迫り、テツの夫、徳次郎は戦争へ、「内地に子供と戻って網走で満月の下で桜を見よう」と、江連の表札を渡し、網走まで命からがら引き上げてくる。

1971年、次男修二郎はアメリカで成功し、北海道に戻ってくる。
すると網走から電話が入る。一人暮らしの母テツが、一人暮らしが困難な状況だというが。。


戦争から引き上げ、貧乏の中、親子2人が必死で生きてきた話です。

やっぱり、泣きますね。母の子を思う心、子の、母を思う心。
そして、この映画、善人がおおいんですよ(笑)

アメリカにわたり、母との交流を絶たれていた息子が、網走に帰りたがる母と、過去のかけらを拾いながら、2人で旅行をする。

結構、南方の悲惨さは映画になりますが、北海道の、引き上げとかの映画ってあまりなりませんよね。
 ただ、この映画、肝心なところを舞台演出にして、新しい挑戦だったと思うんですが、私的には???
でして。。。
これは賛否両論でしょうねぇ。

でも阿部寛にお姫様だっこされる吉永小百合がうらやますぃぃぃ。

1970年代なので「働け、働け。日本人には体しか資本がない!」というシーンがあって、たしかに私たちは日本人は「勤勉さ」でしか対抗できないって学校でも言ってましたよ。

週休2日が当たり前な時代がくるとはね。それどころか、、、(自粛)

お母さん、お母さんという修二郎に、嫁が「べたべたして気持ち悪い!」とうんですが、「僕たち親子の間はわからない。あの人は僕を守るためだけに生きてきた」というシーン。
いや〜むつかしいですね。あの時代を生きてきた人達の意識なんですよね〜
今これ言ったら嫁姑戦争勃発です(おいおい

罪の意識を背負って生きているテツの、ラストにはやっぱり泣けます。

彼女が最後まで待っていたのは、、これはネタバレになるから、やめとこう。

ハンカチ必須の映画です。

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絶対に思い出したくない記憶

投稿日:2020/01/15 レビュアー:こうさま

吉永小百合の120本目の出演作品だという。
30代から70代の大戦末期から高度成長時代を生き抜いた女性を演じる彼女にやはり大女優としての風格を感じる。
共演陣も豪華キャストで固められている。
舞台は1945年の南樺太、夫が内地から持ち帰った桜の苗を育てやっと開花した桜の花を笑顔で愛でる幸せな一家4人の姿がそこにある。
これが家族の約束の桜となる。
大戦末期、原子爆弾が投下されたとの報にも遠く離れた樺太の地では平和な時が過ぎていたが突然のソ連軍の樺太侵攻、状況は一変する。
夫は銃を携えて戦地へ、妻のてつは着の身着のままで網走まで逃れるべく二人の子供を連れての逃避行、ここからてつの想像を絶する苦難がはじまる。
時は流れて1971年、札幌で日本初のホッド・ドッグ店をオープンする次男修二郎、音信不通だった母を訪ねて網走へ、記憶障害と軽い認知症に陥っている母を連れて札幌へ戻る。
1971年と回想場面に加えて前衛的な劇中劇を絡め母子のたどってきた苦難の日々、戦争の悲惨さや生きることの尊さを描いているがさほど違和感は感じない。
てつは息子を網走から送り出した後、記憶障害になったのであろうが彼女の脳裏には絶対に思い出したくない記憶があり、それが要因になっていたのだろう。
未だに夫の帰還を信じながら「自分は幸せになってはいけない」と潜在的な罪の意識を持ち続けるてつ、「日本の母」の象徴と言うべきであろう。
修二郎と昔の思い出をたどる旅、でもついに絶対に思い出したくない記憶にたどり着いてしまう哀しみはなんとも深い。
エンディングは幻想的なシーンで巧くまとめてある。

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北の桜守

ユーザーレビュー

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ユーザーレビュー:9件

日本人なら泣ける素材だが、重苦しくない後味

投稿日

2018/10/05

レビュアー

なんの因果

吉永小百合、120本目にしてなお、新しい表情とナチュラルな魅力をみせつける事に驚嘆した。
樺太からの引き上げ、戦後の貧しさ、いじめ、死別の悲しみなどを描いているが、
あれから30年後、現在パートでは「認知症」という隠れテーマも含める。
吉永小百合が鏡に写る自分を見て、
「あら、どなた?またいらしてくれたのね?」と話しかける場面は、目がクリッとして無性に可愛い。
失われてゆく日常の記憶と、ふいに襲ってくる過去の辛い出来事、しかし小百合の心には一貫して
「息子のためを思う」気持ちがある。結果的に息子(堺雅人)とその嫁(篠原涼子)に迷惑をかけてしまうのだが。

息子とともに北海道縦断の旅に出る。雄大な景色が素晴らしい。
昔、畑で「このじゃがいもは盗んだんじゃない、落ちてたのを拾ったのよ」
そう子供に言い聞かせて二人でガツガツ食べた思い出。

見事に美しく開花した桜の映像でのオープニング。「桜守」というワードが不発に終わった気もするが、
重苦しくならずに時々涙腺が緩みながら観賞できた。
(個人的に、阿部寛が夫で子供が堺雅人、佐藤浩市にプロポーズされてお断りしてなお愛される、という
キャスティングやらを許せるかどうかだが、小百合さんの気迫に負けたという事で許してやろう!・・・タジタジ。)

構成において、作中でひんぱんに舞台劇パートに切り替わる。こういう試みは反応に困るが、
物語が中断されるというマイナスは感じた。クラリーノ・サンドロヴィッチさんという方の演出らしい。
演じている方たちの歌と踊り、体のキレは抜群で、素晴らしいのだとはわかる。
舞台を見たというお得感があるかどうかは、受け取り方次第と思います。

桜(いのち)を守り、桜の精になる

投稿日

2019/03/17

レビュアー

hinakksk

 最後、ヒロインてつの物語が、もっとシンプルにもっとストレートに、美しく清らに咲き誇る満開の桜に昇華していたら、きっとずっと感動したことと思う。最初と最後の舞台劇のシーンも、もっと効果的だったことだろう。枝葉末節を描きすぎて、何か大切なものを損なっている。

 たまたま続けて観た洋画と邦画で、同じような感想を言う羽目になろうとは…。登場人物やエピソードが多過ぎて煩雑だ。樺太から引き上げるという悲惨な体験、子どもを助けられなかったという秘められた心の痛み、極貧の中残された子どもを守り生き抜く強さ、必ず帰還するという夫の言葉を信じて待ち続ける深い思い。そのうえ、吉永小百合のさすがの存在感があれば、これだけでも十分すぎるほどだ。

 戦中戦後を生き抜いた人々の群像劇を意図していたのなら、ヒロインてつの存在は圧倒的すぎる。てつの過酷な人生を中心に描くのなら、修二郎の事業の詳細、妻との夫婦関係、苛めの仕返し、スパイ行為への悔恨、妻の父や親友光江のエピソード等はもっと簡略にしてもよかったのではないかという気がする。シーンのひとつひとつは悪くはないのだけれど、筋を通すためには集中と選択は不可避だ。

 ストーリーがごたごたしているうえに、実写と舞台劇、現在(1971年、その2年後)と過去の回想と、構成も複雑なので、最後の幻想的で美しい桜に素直に感動できない自分がいて、残念な思いだ。

吉永小百合と阿部寛の《年の差》が、最後までキツイ!!

投稿日

2018/10/15

レビュアー

カマンベール

2017年。滝田洋二郎監督作品。

吉永小百合と阿部寛が親子にしか見えませんでした。
やはり【小百合ファースト】の映画でした。

でも、結構工夫があり、特に《舞台パート》の部分は
面白かった。
この手法で戦争場面の回想をシンプルに簡素化して、時間も予算も
削減したのだなぁと感心しました。

そして1971年。
次男の江連修二郎(堺雅人)がロサンゼルスから帰り、
ホットドッグのチェーン店を開店することに。

時同じく、母の江連てつ(吉永小百合)に、認知症の兆候がからわれる。

てつ(吉永)と次男の修二郎(堺)の記憶を辿るふたり旅は、
てつの封印してきた辛い記憶の封印を解く旅でもありました。

戦後の貧しさを死に物狂いで生き抜いてきたてつの健気さ過酷さが
身に染みるシーンでした。
そして修二郎の優しさも印象的でした。

舞台演出に合唱曲(作曲は小椋佳)も、良く映えて
気持ちが救われました。

(ただし、題名の『桜守》は誇張ですね。
てつは桜守ではありません。
桜を愛するひとりにすぎませんから)

ハンカチ必須

投稿日

2018/09/13

レビュアー

じゃじゃまる

滝田洋二郎監督「北の桜守」を見ました。
主演吉永小百合、共演堺雅人、阿部寛、岸部一徳、篠原涼子、佐藤浩市などなど。

大出俊とか中村雅俊、安田顕とか、有名どころがちょいちょいと出てます。

1945年 樺太。江連テツはそこで、夫と子供と製材店を営み、暮らしていた。
しかし、ソ連軍が迫り、テツの夫、徳次郎は戦争へ、「内地に子供と戻って網走で満月の下で桜を見よう」と、江連の表札を渡し、網走まで命からがら引き上げてくる。

1971年、次男修二郎はアメリカで成功し、北海道に戻ってくる。
すると網走から電話が入る。一人暮らしの母テツが、一人暮らしが困難な状況だというが。。


戦争から引き上げ、貧乏の中、親子2人が必死で生きてきた話です。

やっぱり、泣きますね。母の子を思う心、子の、母を思う心。
そして、この映画、善人がおおいんですよ(笑)

アメリカにわたり、母との交流を絶たれていた息子が、網走に帰りたがる母と、過去のかけらを拾いながら、2人で旅行をする。

結構、南方の悲惨さは映画になりますが、北海道の、引き上げとかの映画ってあまりなりませんよね。
 ただ、この映画、肝心なところを舞台演出にして、新しい挑戦だったと思うんですが、私的には???
でして。。。
これは賛否両論でしょうねぇ。

でも阿部寛にお姫様だっこされる吉永小百合がうらやますぃぃぃ。

1970年代なので「働け、働け。日本人には体しか資本がない!」というシーンがあって、たしかに私たちは日本人は「勤勉さ」でしか対抗できないって学校でも言ってましたよ。

週休2日が当たり前な時代がくるとはね。それどころか、、、(自粛)

お母さん、お母さんという修二郎に、嫁が「べたべたして気持ち悪い!」とうんですが、「僕たち親子の間はわからない。あの人は僕を守るためだけに生きてきた」というシーン。
いや〜むつかしいですね。あの時代を生きてきた人達の意識なんですよね〜
今これ言ったら嫁姑戦争勃発です(おいおい

罪の意識を背負って生きているテツの、ラストにはやっぱり泣けます。

彼女が最後まで待っていたのは、、これはネタバレになるから、やめとこう。

ハンカチ必須の映画です。

絶対に思い出したくない記憶

投稿日

2020/01/15

レビュアー

こうさま

吉永小百合の120本目の出演作品だという。
30代から70代の大戦末期から高度成長時代を生き抜いた女性を演じる彼女にやはり大女優としての風格を感じる。
共演陣も豪華キャストで固められている。
舞台は1945年の南樺太、夫が内地から持ち帰った桜の苗を育てやっと開花した桜の花を笑顔で愛でる幸せな一家4人の姿がそこにある。
これが家族の約束の桜となる。
大戦末期、原子爆弾が投下されたとの報にも遠く離れた樺太の地では平和な時が過ぎていたが突然のソ連軍の樺太侵攻、状況は一変する。
夫は銃を携えて戦地へ、妻のてつは着の身着のままで網走まで逃れるべく二人の子供を連れての逃避行、ここからてつの想像を絶する苦難がはじまる。
時は流れて1971年、札幌で日本初のホッド・ドッグ店をオープンする次男修二郎、音信不通だった母を訪ねて網走へ、記憶障害と軽い認知症に陥っている母を連れて札幌へ戻る。
1971年と回想場面に加えて前衛的な劇中劇を絡め母子のたどってきた苦難の日々、戦争の悲惨さや生きることの尊さを描いているがさほど違和感は感じない。
てつは息子を網走から送り出した後、記憶障害になったのであろうが彼女の脳裏には絶対に思い出したくない記憶があり、それが要因になっていたのだろう。
未だに夫の帰還を信じながら「自分は幸せになってはいけない」と潜在的な罪の意識を持ち続けるてつ、「日本の母」の象徴と言うべきであろう。
修二郎と昔の思い出をたどる旅、でもついに絶対に思い出したくない記憶にたどり着いてしまう哀しみはなんとも深い。
エンディングは幻想的なシーンで巧くまとめてある。

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