さざなみ

結婚45周年を祝うパーティを土曜日に控え、準備に追われていた熟年夫婦ジェフとケイト。ところがその週の月曜日、彼らのもとに1通の手紙が届きます。それは、50年前に氷山で行方不明になったジェフの元恋人の遺体が発見されたというものでした。その時からジェフは過去の恋愛の記憶を反芻するようになり、妻は存在しない女への嫉妬心や夫への不信感を募らせていきます。

手紙を読んで、呆然とする夫の様子から事態の大きさを理解したケイトの心に、さざなみが起きます。やがてその波紋はどんどん広がり、消し去ることのできない不協和音を奏でていきます。
ジェフは、２７歳でクレバスに消えたカチャに思いを馳せ、元恋人への思慕を隠しません。裏返せば、ジェフが誠実で一途な人柄だから、隠せなかったのかもしれません。
ケイトは、初めて知ったカチャの存在に心穏やかではありません。しかもその恋人はすでに死んでいるというのに。
今まで築いて来た人間関係が何ともろいものか？と思ってしまいます。いかにももろくも崩壊する様は、ちょっと辛いです。
夫婦は難しいですね。

葛藤するランプリングの存在感は凄まじく、眉が動くだけでも怖いです。

ネタバレを含みます。

結婚45周年パーティーを6日後に控えた仲良し夫婦
ジェフ(トム・コートネー)とケイト(シャーロット・ランブリング)

ジェフに手紙が届きます。
ケイトと知り合う以前の恋人のカチャが、氷河のクレパスから、
姿を現したという報せです。

大きく動揺するジェフ。
その日を境にふたりの平穏な生活は「さざなみ」が、立ちはじめるのです。
夫は45年間、私を愛していたのだろうか？
カチャを、思い続けていたのではないのか？
私との生活に満足していたのだろうか？
ケイトの心は嫉妬で苦しいほど乱れます。

決定的だったのは、ジェフが屋根裏に隠していた、ケイトの写真。
不鮮明なスライド写真のガチャを食い入るように見つめるケイト。
ケイトの顔が衝撃に信じられないほど、歪みます。
【カチャは、なんと妊娠しているようなのです】
子供を持てなかったケイトにとって、どんなに衝撃的だったでしょう！！
ふたりはなんとか気持ちを取り繕って、
結婚45周年パーティーに臨みます。
ジェフの感動的なスピーチ。
感極まって泣き出すジェフ。
結婚式で踊った思い出の曲で、ふたりは踊ります。
そしてラストの15秒間。

結末をどう決めるかは、観客の私達・・・の様です。
夫婦・・人間の信頼と疑い。
シャーロット・ランブリングの表情は見ものです。
何通りにも解釈出来る複雑な心理描写でした。
夫役のトム・コートネーも「死んだふりをしていたタヌキ？」
というか、前半の呆けたような老人から、
パーティーで見せる「一世一代のスピーチ」の世慣れた紳士まで、
ベネチア国際映画祭主演男優賞受賞も、なるほどという
「タヌキ振り」でした。
高齢の夫を震えあがらせる心理サスペンスでした。

この映画には黒人が全くでてこない。宗主国が英国だったインド系統も見られない。しかし今の英国は黒人とインド系だらけだ。夫の会社は製造業でサッチャー政権後合理化を進め夫は反サッチャーで労働党支持風である。
そして彼はバリバリの英国中産階級で知的レベルも高い。
妻はなぜもう４０年以上前に山で亡くなった夫の恋人に囚われるか？結局は夫の問題ではなく自分の問題なのだ。これは推測でしかないが夫も若い頃は直情径行なところがあったが自分は子供も作らず
世間体を気にして生きてきてなにか時代に取り残されたような気分になったのではないか？
彼女だけではなく堅実、知的レベルの高いと言われる英国中産階級自体も多かれ少なかれそのような気分と退潮を感じているのではないか？

現在の英国が抱えている移民問題は主としてハンガリーポーランドからのスラブ系白人の増加であり
勤勉でハングリーな彼らはもともと英国中間層の多い職場にも進出し圧迫している。
結果としてそれが大方の予想を裏切って国民投票で英国のUEからの離脱につながったと私は見ている。

　結婚45周年を祝うパーティまでのわずか１週間で夫婦の45年間の関係が露になり、最後に夫婦のこれからまでもが暗示されるという語りは、秀逸。しかし、自己中心的で、献身的な妻への思いやりに欠ける夫の態度は、優しさの仮面を被っているだけよけいに妻を傷つける。愛しているという言葉が虚しく響く。

　思い出を縁に老後の退屈な日々を生きる夫には、過去の恋人の遺体発見の知らせは望外の刺激となる。妻の思いも配慮せず、その記憶をたどることに熱中する。妻は退屈な生活の一部に過ぎないが、発見された若い恋人は、夫にとって、自分の若さをもよみがえらせる興奮を誘う現在なのだ。当然妻も巻き込まれずにすむわけはない。

　現実には過去であっても、眠っていた記憶をよみがえらせた夫にとっては、恋人は生きているのも同然。すべての関心が恋人に結びついていく。だから、老後の集まりにも気が進まない。妻は勝てない相手と競わなければならないのだから、当然少なからぬ焦燥を感じるし、葛藤も大きい。単なる嫉妬とは別次元だ。

　反省したように見える夫は、結婚45周年のパーティでは感動的なスピーチをして、甘い言葉をささやくが、一旦知ってしまったら、もう知らなかった以前と同じ生活には戻れない（かもしれない）。

映画のスチール写真に、‘ラスト１５秒に世界が驚愕！’と書かれている。
ホントに世界が驚愕したかどうかは別としても、個人的には驚愕（あるいはそれに近い）した。

映画は結婚４５周年の祝賀パーティーをラストにもってきている。
夫ジェフ（トム・コートネイ）に対する妻ケイト（シャーロット・ランプリング）の不信の気持ちは、まさにこのパーティーでのジェフのスピーチによって、拭い去られたかと思ってみていた。
ましてや、スピーチ後のダンスは、プラターズの「煙が目にしみる」である。
（余談だが、この名曲が大好きで、まさかここで聞けるとは思わなかった）
優雅に寄り添って踊る夫婦。だが、曲が終わったときのジェフの笑顔に対し、ケイトの表情は明らかに曇っていた。ジェフの手を振りほどく様（サマ）に、更なる不信を見た。
勿論、ハッピーエンドではない。

映画は夫婦のみに焦点を当て、不必要な脚色は一切排除されている。
夫婦の会話、表情、思いやり、葛藤、空虚さ、そういったものに絞って、実に繊細に描かれている。

それにしても、ジェフは何故、昔の恋人のことをペラペラ喋るのか。５０年も前のことを。
送られてきた手紙の内容の意味は理解できるが、そこから昔に想いを馳せ、‘ぼくのカチャ’などと口にする軽薄さが理解できない。
それにもまして、屋根裏部屋の実態はどういうことなのか。
夫婦２人で長く暮らしていながら、夫の秘密の場所だった？　これまた理解できない。

ケイトが云う。
‘カチャがそこらじゅうにいる。匂いがしみ込んでいる’
ここまで言わせる夫はまったくだらしない．．．そう思うのは吾輩だけか．．．

この映画は２０１５年の作品。
シャーロット・ランプリング６９歳、トム・コートネイ７８歳の名演技を堪能した。