処女の泉

「処女の泉」（製作：1960年）
（ポニー版の旧版ＶＨＳでの鑑賞。）

ベルイマンの50年代から60年代のモノクロ傑作群で、有名な映画ですが、比較的、後期に属する作品です。

これは、生まれたての人間、神により創造された最初期の人間というものが、どういうものかを考えた映画であろうと思います。
「処女」という言葉に、現代の解釈を加えてはいけない。もっと根源的な問いがあるのです。ここに描かれているのは、女ではなく、人間なのです。
「処人間」です。

映画の最初に出てくる人間は、13世紀のスウェーデンですが、髪の毛が伸びたかれは、竈の薪を吹いている。産湯を自ら沸かしているのだ。獣のような眼で。
鶏鳴。かれは、別の女が生むための糸を編む。この家の女は近く、父なし子を産むのだ。
この家族は、教会には行かないだろう。
獣のようなかれは、ガマをつかまえ、パンで包る。かれは魔女です。

ここまできて、これは堕胎の場面だと分かるのです。
知らないのは、産褥で産もうとする女だけだ。

重要なのは、堕胎をさせる「かれ」がいたことです。

マリアもこの女のような存在であった。
マリアは懐胎したときに処女になった。
マリアのほかに、死んでいった女はたくさんいたはずだ。
今もいるはずだ。
処女の泉は、堕胎して死んだ人間の生命の源泉、生まれなかったイエスの遺骸につながるのだ。

こんなことを考えさせられる映画だった。

う〜ん、あの感動のラストが待っていたとは...邦題の意味が納得できました。
ここでもベルイマン監督は、過酷な現実と沈黙する神との間で苦悩する信仰者を生々しく描いています。
ああした偶然ともいえる自然の技を目にして、人間はそこに神の声を聞き、その御業を歴史の中で繰り返し見てきたのでしょう。
キリスト者の心を激しく揺さぶる作品で、映像文学といった趣きがありますね。

また、現代に続く不条理な格差社会を押し出しているのもいい。
不義の子を宿すインゲリは、生まれに恵まれた主テーレの娘を妬み、彼女の不幸を願っていた。権利の平等などという理念はもっと後の時代になって出てきた概念だから、身分制があたり前の中世においてインゲリのような女性は特異な存在かもしれない。それでも、不条理な格差に翻弄される恵まれない人々のなかには、キリスト教の説く平等に内心疑念を抱く人が少なからずいたはず...

ここでは北欧神話の主神オーディンが悪神とされている。キリスト教布教の過程において、その土地における土着の信仰は否定され、その神々はみな悪魔とされたということがあった。しかし、キリストの福音を信じることができず、旧神を崇め続けた人もいたはずなのだ。キリスト教信仰者と旧神を崇める者、それがその時代に生きる人々の色分けになり、また神の子とサタンの子といった区分にもなったのかもしれない。そこら辺の様子も、多分に想像があるとはいえ、生々しい描出が印象深く、ガマガエルのサンドイッチはその際たるものだった。

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

ベルイマンは大好きなので観たい映画だった。
タッチは溝口に似てどこか凄みのあるリアリズムだがテーマは宗教的だった。

中世のスウェーデンが舞台で、裕福かつ敬虔なキリスト教徒の地主夫婦に甘やかされた一人娘が居た。
その娘に嫉妬し秘かに憎悪している下女は異教の神オーディーンの呪いを掛けている。

ある日、父の命令で遠く離れた教会へロウソクを届けるよう命じられた娘は下女と一緒に向かうが途中口論になり自分だけ森を進む。

そこへ山羊泥棒等で生計を立てている悪党の三兄弟と出会い
哀れに思った娘は弁当を分けてやる事にする。

食事が終わった時、最初からそれが目的だった兄弟は娘をレイプし殺害する。
尾行していた下女は一部始終物陰から見ていた。

そして、この辺りがいかにも物語だが、その日、兄弟はそれとは知らず娘の親の家に泊めて欲しいと懇願する。
心優しい父親は食事を与え仕事まで世話しようとしてやる。

しかし、兄弟が娘から剥ぎ取った服を母親に売ろうとしたのが運の尽きだった。
怒りに燃えた父親は罪の無い末っ子の弟もろとも兄弟を殺害する。

そして、顛末を父親から問い質された下女を連れ娘の遺体を探しに行く。
遺体と対面した父親は、娘が遭遇した酷い運命と自分がした復讐を黙って見ていた神に疑問を持つが神を否定する事は出来ない。
やがて贖罪の為、娘の遺体があった場所に立派な教会を建てる事を誓う。

ラスト、娘の遺体を抱きあげた場所から泉が湧き出す。
下女はその水で自分の顔を洗う。
それは改心の行為だったのだろう。

最近観た「汚れなき悪戯」同様キリスト教の奇跡物語だった。
人間の願望を都合良く聞いてくれる人格神を信じる事は到底出来ないが善良で敬虔な気持ちは善く生きる上で必須であるとは思う。