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ザ・マスター / ホアキン・フェニックス
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「ザ・マスター」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」のポール・トーマス・アンダーソン監督が新興宗教を題材に、カリスマ教祖と迷える復員兵の愛憎入り交じる関係性を俳優陣の重厚な演技で描き出した人間ドラマ。出演はホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン、エイミー・アダムス。第二次大戦終結後、帰還兵のフレディはアルコール依存を抜け出せず、トラブルを繰り返しては職場を転々とする日々を送っていた。そんなある日、酒に酔ったフレディは、港に停泊中の船にこっそり乗り込んでしまう。やがて船員に見つかり、“ザ・コーズ”という新興団体を率いる“マスター”の前に引き出される。意外にもマスターはフレディを歓迎し、いつしかフレディはマスターの右腕として行動を共にするようなるが…。

「ザ・マスター」 の作品情報

作品情報

製作年:

2012年

製作国:

アメリカ

原題:

THE MASTER

受賞記録:

2012年 ヴェネチア国際映画祭 銀獅子賞
2012年 LA批評家協会賞 男優賞

「ザ・マスター」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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カリスマ教祖と帰還兵の絆

投稿日:2013/08/16 レビュアー:ミルクチョコ

第二次世界大戦後の米国を舞台に、社会に適応できない帰還兵と新興宗教の指導者のいびつな関係を映し出したドラマ。
海軍から帰還し、写真屋の職を得たフレディ(ホアキン・フェニックス)。アルコール依存症で勤務中もお酒を手放せない彼は、問題を起こして職を失います。
放浪していたフレディは、ある夜停泊中の客船に忍び込みます。そこで思想家のランカスター(フィリップ・シーモア・ホフマン)に出会った事で、彼の人生は大きく変わっていきます。

「ザ・コーズ」と言う教団を率いるランカスター、通称マスターに温かく迎えられたフレディ。お礼にお手製のカクテルを振舞った事で、2人の距離は急速に縮まり、フレディは教団に入信することに。

孤独なフレディはマスターに認められ、必要とされる事の満足感を感じ、絶対的な信頼を置くようになります。父子のような関係を深め、ある種の疑似家族化していったのではないでしょうか?
フィリップ・シーモア・ホフマンが、凄く胡散臭さいのに、信頼感溢れる演技が上手いですね。
フレディが反発しながらも傾倒していく様をきちんと描写したプロセスは良かったです。
一方で、マスターは妻のペギー(エイミー・アダムス)に頭が上がらず、フレディの存在を問題視します。フレディの酒癖と暴力行為を問題視したペギーは、夫に彼を追放するように暗に忠告します。実は全てを操っているのは、マスターの妻だったのかもしれません。

外界と調和できないフレディが擬似的な父親と出会い、親交と離反を繰り返す設定が切なかったです。
依存と自由は共存できないのでしょうか?

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俳優に興味があればぜひ

投稿日:2013/08/01 レビュアー:KEE

これはおそらくすごい傑作なんだと思う。

映画の内容よりなにより、俳優の演技がすごすぎて、胸が痛くなった。

映像の美しさも、カット割りも絶妙でやたらと印象深い映画になったのは間違いないが、迫力ありすぎて、私は後半どっと疲れました。


Joaquin Phoenix は、本当にうまい役者だし、ギリギリでヒリヒリするような演技をする。
あの超問題作「容疑者、ホアキン・フェニックス」から、よくぞここまで身体を絞ったな、と感心した。
お金と努力があれば絞れるんだろうなあ。
でも、お金があれば、パーソナルトレーナーなんかがきっと自宅に来てくれたりして、目標達成も楽勝なんだろうな、と下世話なことを序盤ずっと考えていた。

「容疑者、ホアキン・フェニックス」のときのイタイ感じから、まったく違うんだけど、この作品のフレディを演じるJoaquin Phoenixは、とにかくなんだろう。
どうしようもない何かを抱えて壊れそうであったり爆発しそうであったり、やっぱりイタイわけ。

こんな役をやらせたら途方もなくうまいね。

社会に適応できない。そんな彼が、「マスター」に出会う。
新興宗教の教祖だ、ということだけど、さすが、 Philip Seymour Hoffman 、恐るべきカリスマ性です。
逆にこの人でると、間違いなさ過ぎて、安心してしまうよね。

カルト宗教、みたいな扱いうけてるけど、いわゆる日本でも少し前にブームになったスピリチュアル系な感じなんだよね。
「プロセシング」という実験的なものは、ちょっとチャネリングとか前世療法みたいな、感じかな。

このあたりは日本だったら意外となんてことないんだろうね。
紙一重な感じかな。

時代背景もちょっと昔だからね。まあ、いろいろあるね。

とにかくこの二人がかなりガチな感じで、すごいのね。
それで、観客まで力が入ってしまうほどのぶつかり合い。

なんだっていいと思うんだよね。方法だってなんだって救われるのなら。
フレディにとって、マスターに出会えたことが大きな転機になって、最後はかなり希望がみえてくる。

本当に観ながら疲れたんだけど、同時に感動もしました。

映像も音楽も美しい。

ただ、またもや、万民にはおすすめできない映画です。なんだか結局よくわからないんだよね。
印象だけが強烈で。 Amy Adamsも安定感のある演技をみせてます。

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すがりつく魂

投稿日:2013/07/06 レビュアー:ひろぼう

非常に重厚、かつ用意周到な作品で、一つの、荒野をさすらう荒ぶる魂が鎮められるまでを描いた物語なのだと思う。
ポール監督の前作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』から5年、またも宗教を題材に選んだと思った本作だが、前作がオイル・マネーの台頭と新興宗教との対立を描いたように、本作も、宗教に本格的に切り込んだ物語とはなっていない。宗教そのものの在り方を問うのではなく、似たような考えや境遇を持つ者が集まった特異なコミュニティーの場として取り上げているように感じられた。

その場所で対峙するのは第2次大戦で受けたPTSDの影響からかアルコール依存症になったフレディ・クエルと、新興宗教団体「ザ・コーズ」代表の“マスター”ことランカスター・ドッド。フレディは社会に馴染めず急に感情を爆発させてはもめ事を起こし職を失いさすらう日々を過ごしていたが、“マスター”は教団の2で妻でもあるエイミーの支持を得て多くの信者から寄付を集め裕福な暮らしを営んでいた。
出会ったその時から“何か”を感じたように親密な関係になる2人。そんな2人に何を思ったか、教団の行く末に危惧を抱いたのかエイミーはある策略を抱く。

物語はフレディの回想を挟みながら、マスターとその教義にメソッドの実際を描写し、それらの影響を受けて揺れ動くフレディの精神状態を描き出す。過激なシーンは多いが劇的な展開はなく、ラストも曖昧。ただひたすら精神を病んだ男の奇行を見続けるだけの物語、と言っても過言ではないだろう。
こう書くと退屈な作品と思われるだろうが、ホアキンの熱演と、それをもたらした演出に見飽きることが無かった。音楽の用い方もユニークであえてミスマッチを狙ったり陽気な演奏シーンに不安を思わせるBGMを重ねたりと凝っており、フィルム・サイズに今では使われていない65oを選んだのも意図があってのことなんだろうと思わされた。それには時代感の反映が先にあり、横幅を圧縮したことで情景を切り取り役者をクローズアップする狙いもあったのかと感じている。


フレディとマスターは相反するようで非常に似通った人物だったのだろう。それで、互いに求め合うし反発もしたのだろう。マスターは団体を作り妻に支えられたので安定を得たが、フレディにそれは与えられなかったので身も心も荒野をさすらいその不安から爆発を繰り返したのだろう。そして、フレディの不安定な精神は家系に原因があったように思わせる描写もあり、もともと社会不適応の素養を持つ人物だったのかもしれないのに、そのフレディの孤独な魂が打たれ震える様を写し、フレディに真の救いは与えられるのか、それは何によるものかを描いたのだと思う。
私が思うに、フレディに救いをもたらしたものは愛で、ありていに書けば○○○です。冒頭のロールシャッハ・テストのシーンからそれは示され、ラストであからさまにマスターのメソッドと対比していると思えた(このシーンは如何様にも捉えられるのだが)。
そして、それはまたマスターも同様で、家族の愛、それもやや歪んだもので支えられて魂の均衡を保っていると思えた。妻ペギーはマスターを支えているように見えて、実は支配していたと見えるのだ。マスターもまた弱い人で、我も知らずに妻を「マスター」として信奉していないと生きていけない存在なのではと感じさせられたのだった。

大戦という時代の荒波の影響によるものか、元々の人の性なのか、何かにすがらないと生きられない者たちの荒ぶる魂を、重ね合わせることで重厚に描写した作品だと思う、今日この頃。

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主演二人の演技合戦は見もの。

投稿日:2014/04/16 レビュアー:ゆういちろう

僕はポール・トーマス・アンダーソンの、「思わせぶりに間引きすぎて、結局なにも語ってないのと変わらない」ような脚本と演出が、あんまり好きじゃないのだが、本作は随分と丁寧な作りで観やすかった。

カルトと呼ばれる集団の洗脳の手法や、そこに惹かれていく人の感情というのが興味深く描写されており、特にホアキン・フェニックス演じるフレディとフィリップ・シーモア・ホフマン演じるマスターの、まるで心理戦のようなプロセシングシーンは両者の熱演もあって見応え充分だった。正直、ここだけでレンタル料の元は取れたと思えるくらいだ。(あらためて名優ホフマンの急逝が惜しまれる。合掌)

こうした絶賛したいシーンがある一方で、終盤あたりはやっぱり好きになれない。アンダーソン得意の投げっぱなし感というかな、監督にはそれなりの理屈があるんだろうが、観客の想像や思考に委ねるつもりなのであれば、与える情報があまりに少なすぎる。自己満映画と呼ばれても、ギリギリ否定できないレベルなのではないだろうか。
『マグノリア』あたりから、こうした尻切れの気味のエンディングを繰り返しているところをみると、高度な演出というより、実は物語をうまくまとめられないだけなのでは?とさえ思ってしまう。

とはいえ、先に書いたプロセシングシーンのように、これまでのアンダーソン作品では感じたことがないほど、ゾクゾクさせられる“映画的瞬間”も確かにあった。なんだかそのうち、めちゃくちゃ自分好みの作品を作りそうな予感もあって、無視しきれないところが、また腹立つんだ(笑)。

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「どんな話なんやろ」と思い、そして「・・・」で終わる

投稿日:2013/10/12 レビュアー:Yohey

始めから1時間ほどはなんか主旨が見えてこん、ホアキンが相変わらず役に入り込んどるなぁ、とか思いながら観てました。ホフマンもうまいのですが、新興宗教の教主としては、人のえぇおっさん臭がすごくて、人を惹きつけるほどのものがこの方に本当にあるんだろうかってちょっと疑問に思いながら観てました。多分、ダニエル・デイ=ルイスとかだったらそこらへんうまく表現してくれたはず。

なんかよく分からん宗教儀式や、ホアキンの人が少しづつ変わっていくさまなどがうまく描かれていました。ただ、まぁ、色々と示唆するところはあるんだろうけど、あんまり興味のない内容だったので、結局のところはまれずに終わりました。

映像はきれいでしたね。最近の映画ってほんま、美しく出来てますね。色々考えたくなる作品が好きな人にはいいのかな、と思いつつ、最後「・・・」となってしまった私でした。うーーーん、「だからどやねん」って言いたくなる・・・

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ザ・マスター

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カリスマ教祖と帰還兵の絆

投稿日

2013/08/16

レビュアー

ミルクチョコ

第二次世界大戦後の米国を舞台に、社会に適応できない帰還兵と新興宗教の指導者のいびつな関係を映し出したドラマ。
海軍から帰還し、写真屋の職を得たフレディ(ホアキン・フェニックス)。アルコール依存症で勤務中もお酒を手放せない彼は、問題を起こして職を失います。
放浪していたフレディは、ある夜停泊中の客船に忍び込みます。そこで思想家のランカスター(フィリップ・シーモア・ホフマン)に出会った事で、彼の人生は大きく変わっていきます。

「ザ・コーズ」と言う教団を率いるランカスター、通称マスターに温かく迎えられたフレディ。お礼にお手製のカクテルを振舞った事で、2人の距離は急速に縮まり、フレディは教団に入信することに。

孤独なフレディはマスターに認められ、必要とされる事の満足感を感じ、絶対的な信頼を置くようになります。父子のような関係を深め、ある種の疑似家族化していったのではないでしょうか?
フィリップ・シーモア・ホフマンが、凄く胡散臭さいのに、信頼感溢れる演技が上手いですね。
フレディが反発しながらも傾倒していく様をきちんと描写したプロセスは良かったです。
一方で、マスターは妻のペギー(エイミー・アダムス)に頭が上がらず、フレディの存在を問題視します。フレディの酒癖と暴力行為を問題視したペギーは、夫に彼を追放するように暗に忠告します。実は全てを操っているのは、マスターの妻だったのかもしれません。

外界と調和できないフレディが擬似的な父親と出会い、親交と離反を繰り返す設定が切なかったです。
依存と自由は共存できないのでしょうか?

俳優に興味があればぜひ

投稿日

2013/08/01

レビュアー

KEE

これはおそらくすごい傑作なんだと思う。

映画の内容よりなにより、俳優の演技がすごすぎて、胸が痛くなった。

映像の美しさも、カット割りも絶妙でやたらと印象深い映画になったのは間違いないが、迫力ありすぎて、私は後半どっと疲れました。


Joaquin Phoenix は、本当にうまい役者だし、ギリギリでヒリヒリするような演技をする。
あの超問題作「容疑者、ホアキン・フェニックス」から、よくぞここまで身体を絞ったな、と感心した。
お金と努力があれば絞れるんだろうなあ。
でも、お金があれば、パーソナルトレーナーなんかがきっと自宅に来てくれたりして、目標達成も楽勝なんだろうな、と下世話なことを序盤ずっと考えていた。

「容疑者、ホアキン・フェニックス」のときのイタイ感じから、まったく違うんだけど、この作品のフレディを演じるJoaquin Phoenixは、とにかくなんだろう。
どうしようもない何かを抱えて壊れそうであったり爆発しそうであったり、やっぱりイタイわけ。

こんな役をやらせたら途方もなくうまいね。

社会に適応できない。そんな彼が、「マスター」に出会う。
新興宗教の教祖だ、ということだけど、さすが、 Philip Seymour Hoffman 、恐るべきカリスマ性です。
逆にこの人でると、間違いなさ過ぎて、安心してしまうよね。

カルト宗教、みたいな扱いうけてるけど、いわゆる日本でも少し前にブームになったスピリチュアル系な感じなんだよね。
「プロセシング」という実験的なものは、ちょっとチャネリングとか前世療法みたいな、感じかな。

このあたりは日本だったら意外となんてことないんだろうね。
紙一重な感じかな。

時代背景もちょっと昔だからね。まあ、いろいろあるね。

とにかくこの二人がかなりガチな感じで、すごいのね。
それで、観客まで力が入ってしまうほどのぶつかり合い。

なんだっていいと思うんだよね。方法だってなんだって救われるのなら。
フレディにとって、マスターに出会えたことが大きな転機になって、最後はかなり希望がみえてくる。

本当に観ながら疲れたんだけど、同時に感動もしました。

映像も音楽も美しい。

ただ、またもや、万民にはおすすめできない映画です。なんだか結局よくわからないんだよね。
印象だけが強烈で。 Amy Adamsも安定感のある演技をみせてます。

すがりつく魂

投稿日

2013/07/06

レビュアー

ひろぼう

非常に重厚、かつ用意周到な作品で、一つの、荒野をさすらう荒ぶる魂が鎮められるまでを描いた物語なのだと思う。
ポール監督の前作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』から5年、またも宗教を題材に選んだと思った本作だが、前作がオイル・マネーの台頭と新興宗教との対立を描いたように、本作も、宗教に本格的に切り込んだ物語とはなっていない。宗教そのものの在り方を問うのではなく、似たような考えや境遇を持つ者が集まった特異なコミュニティーの場として取り上げているように感じられた。

その場所で対峙するのは第2次大戦で受けたPTSDの影響からかアルコール依存症になったフレディ・クエルと、新興宗教団体「ザ・コーズ」代表の“マスター”ことランカスター・ドッド。フレディは社会に馴染めず急に感情を爆発させてはもめ事を起こし職を失いさすらう日々を過ごしていたが、“マスター”は教団の2で妻でもあるエイミーの支持を得て多くの信者から寄付を集め裕福な暮らしを営んでいた。
出会ったその時から“何か”を感じたように親密な関係になる2人。そんな2人に何を思ったか、教団の行く末に危惧を抱いたのかエイミーはある策略を抱く。

物語はフレディの回想を挟みながら、マスターとその教義にメソッドの実際を描写し、それらの影響を受けて揺れ動くフレディの精神状態を描き出す。過激なシーンは多いが劇的な展開はなく、ラストも曖昧。ただひたすら精神を病んだ男の奇行を見続けるだけの物語、と言っても過言ではないだろう。
こう書くと退屈な作品と思われるだろうが、ホアキンの熱演と、それをもたらした演出に見飽きることが無かった。音楽の用い方もユニークであえてミスマッチを狙ったり陽気な演奏シーンに不安を思わせるBGMを重ねたりと凝っており、フィルム・サイズに今では使われていない65oを選んだのも意図があってのことなんだろうと思わされた。それには時代感の反映が先にあり、横幅を圧縮したことで情景を切り取り役者をクローズアップする狙いもあったのかと感じている。


フレディとマスターは相反するようで非常に似通った人物だったのだろう。それで、互いに求め合うし反発もしたのだろう。マスターは団体を作り妻に支えられたので安定を得たが、フレディにそれは与えられなかったので身も心も荒野をさすらいその不安から爆発を繰り返したのだろう。そして、フレディの不安定な精神は家系に原因があったように思わせる描写もあり、もともと社会不適応の素養を持つ人物だったのかもしれないのに、そのフレディの孤独な魂が打たれ震える様を写し、フレディに真の救いは与えられるのか、それは何によるものかを描いたのだと思う。
私が思うに、フレディに救いをもたらしたものは愛で、ありていに書けば○○○です。冒頭のロールシャッハ・テストのシーンからそれは示され、ラストであからさまにマスターのメソッドと対比していると思えた(このシーンは如何様にも捉えられるのだが)。
そして、それはまたマスターも同様で、家族の愛、それもやや歪んだもので支えられて魂の均衡を保っていると思えた。妻ペギーはマスターを支えているように見えて、実は支配していたと見えるのだ。マスターもまた弱い人で、我も知らずに妻を「マスター」として信奉していないと生きていけない存在なのではと感じさせられたのだった。

大戦という時代の荒波の影響によるものか、元々の人の性なのか、何かにすがらないと生きられない者たちの荒ぶる魂を、重ね合わせることで重厚に描写した作品だと思う、今日この頃。

主演二人の演技合戦は見もの。

投稿日

2014/04/16

レビュアー

ゆういちろう

僕はポール・トーマス・アンダーソンの、「思わせぶりに間引きすぎて、結局なにも語ってないのと変わらない」ような脚本と演出が、あんまり好きじゃないのだが、本作は随分と丁寧な作りで観やすかった。

カルトと呼ばれる集団の洗脳の手法や、そこに惹かれていく人の感情というのが興味深く描写されており、特にホアキン・フェニックス演じるフレディとフィリップ・シーモア・ホフマン演じるマスターの、まるで心理戦のようなプロセシングシーンは両者の熱演もあって見応え充分だった。正直、ここだけでレンタル料の元は取れたと思えるくらいだ。(あらためて名優ホフマンの急逝が惜しまれる。合掌)

こうした絶賛したいシーンがある一方で、終盤あたりはやっぱり好きになれない。アンダーソン得意の投げっぱなし感というかな、監督にはそれなりの理屈があるんだろうが、観客の想像や思考に委ねるつもりなのであれば、与える情報があまりに少なすぎる。自己満映画と呼ばれても、ギリギリ否定できないレベルなのではないだろうか。
『マグノリア』あたりから、こうした尻切れの気味のエンディングを繰り返しているところをみると、高度な演出というより、実は物語をうまくまとめられないだけなのでは?とさえ思ってしまう。

とはいえ、先に書いたプロセシングシーンのように、これまでのアンダーソン作品では感じたことがないほど、ゾクゾクさせられる“映画的瞬間”も確かにあった。なんだかそのうち、めちゃくちゃ自分好みの作品を作りそうな予感もあって、無視しきれないところが、また腹立つんだ(笑)。

「どんな話なんやろ」と思い、そして「・・・」で終わる

投稿日

2013/10/12

レビュアー

Yohey

始めから1時間ほどはなんか主旨が見えてこん、ホアキンが相変わらず役に入り込んどるなぁ、とか思いながら観てました。ホフマンもうまいのですが、新興宗教の教主としては、人のえぇおっさん臭がすごくて、人を惹きつけるほどのものがこの方に本当にあるんだろうかってちょっと疑問に思いながら観てました。多分、ダニエル・デイ=ルイスとかだったらそこらへんうまく表現してくれたはず。

なんかよく分からん宗教儀式や、ホアキンの人が少しづつ変わっていくさまなどがうまく描かれていました。ただ、まぁ、色々と示唆するところはあるんだろうけど、あんまり興味のない内容だったので、結局のところはまれずに終わりました。

映像はきれいでしたね。最近の映画ってほんま、美しく出来てますね。色々考えたくなる作品が好きな人にはいいのかな、と思いつつ、最後「・・・」となってしまった私でした。うーーーん、「だからどやねん」って言いたくなる・・・

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