ながらえば

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あなたはその人を大切にしていますか？


じいちゃんは名古屋に行きたかった。名古屋に残してきた妻に会いたかった。
富山に来てから、気づいたのだ。
病床の妻が今日にでも急変したら、もう二度と会えなくなってしまうことに。
気づいてしまったら、いてもたってもいられなくなった。
富山にたつ前日、面会に行った時に、検査のために病室にいなかった妻を
たった４０分しか待ちきれず帰ったことを、富山に来てしまってから悔やんだ。
悔やんだから尚更、すぐにでも名古屋に行きたかった。妻に会いたかった。
会わなくてはならないと思った。

朝早く家を出れば、日帰りできないこともない距離なのに、
じいちゃんは、なかなか名古屋へ辿りつけない。
老人版『母をたずねて三千里』か！
ってくらいに、障害や自分の過失に阻まれまくる。

そうして、ある小さな駅で足止めをくらい、仕方なく駅の近くの小さな旅館に宿をとった。
その夜、旅館の老主人の妻が亡くなった。以前から入退院を繰り返していたと言う。
じいちゃんにとってその老主人は、明日の自分のように映ったのか。
老主人にとってじいちゃんは、何ヶ月か前の自分に重なるものがあったのか。
未来と過去は、お互いの境遇を語り合った。
そして過去は、未来に、
「今ならまだ名古屋への夜行列車に間に合う。
電車賃もお貸しするからそれにお乗りなさい。
そして奥さんにいいことを言ってあげてください。」と言われた。

その頃、じいちゃんの妻は容体が急変しＩＣＵへと移され、
息子がその夜行列車に乗って名古屋へ駆けつけようとしていた。
じいちゃん、もう一晩待てば、息子と一緒に夜行列車に乗れていたのに。
しかしそれでは、ダメだ。
この物語の、おそらくはキモであろう、
なかなか会いたい人のもとへたどり着けないもどかしさと、未来と過去の出会いが描かれないから。
じいちゃんにはどうしてもフライングしてもらわなくてはならなかった。

じいちゃんが、妻の急変を虫の知らせのように感じたのか名古屋へと懸命に向かい、
じいちゃんの妻が、夫が来るような気がしてしかたがないと感じた、
長年連れ添ったからこその以心伝心なのかなー、という、ほっこり感と、
じいちゃんの息子・娘、それぞれの夫婦が諍う様子が、対比的に感じられた。
けれど、
じいちゃん夫婦だって、若い頃はこんな夫婦だったかもしれない。
ながらえて、おたがいを想い合える夫婦になれたのかもしれない。
それぞれの歴史は、それぞれにしかわからないことだ。

じいちゃんは願う。もう妻と離れたくないと。
しかし、名古屋に住む娘夫婦との同居は難しい。
娘の夫は、妻が危篤状態になった母親に夜中まで付き添っていることに腹を立て、
酔っ払って病院に乱入し、妻に暴言暴力を振るうような正真正銘のアホタレ妻依存症男だ。
じいちゃんが同居しようものなら虐待された挙句に殺されかねない。
話は逸れるが、このアホタレ男、もし妻に先立たれるか捨てられたら、
何も手につかないようになり、肝硬変になるまで泣き続け酒浸りになることだろう。
その前に改心して、妻を大事にすることを切に願う。
本人は自業自得だからどうでもいいが、妻や娘たちのために。

話を戻して、
じいちゃんは願う。このまま妻と一緒にいたいと。
不覚にも妻の目の前で涙を流してしまうほどに。
私は思った。ばあちゃんを富山の病院に転院させることはできないのかと。
そういった解決策や、その方向性さえも示されず
ドラマは終る。そっけなく。
いや、そっけなさを装って。


メッセージを限定させてしまいたくないから、
人それぞれ、その人の状況次第のものを受けとめてほしいから、
敢えてそっけなく終らせたように感じられるのです。

大切な人を大切にしていますか？
言葉じゃなくてもいいけれど、
あなたを大切に思っている、と伝えていますか？
もし、明日突然会えなくなっても、できるだけ後悔が少なくてすむくらいに、

大切にしていますか？

脚本の山田太一が、倉本聰の向こうをはり、
ノリにノッていた1980年代前半の作品。

山田太一脚本特有の「押し付けがましさ」が、
この作品では薄く、素晴らしい快作に仕上がって
いる。ラストは一瞬笑えて、泣ける。

笠智衆、宇野重吉の競演が見どころだったり、
長山藍子の名古屋弁が上手すぎてビックリしたり、
佐藤オリエは最近見ないけど…と思ったり、とか
そういうディテールを超越した濃密でナチュラルな
65分が味わえた。
もし、本放送当時にこのドラマを見逃さずに
テレビ鑑賞していたら、その後の自分の人生に
影響を与えていたと思う。

演出の伊豫田静弘氏は、朝ドラや大河ドラマも
手がけているけど、間違いなく本作が代表作と
言えると思う。一瞬の隙もない見事な演出ぶり。