怒りの葡萄

１９３０年代のアメリカ。凶作の土地から放り出されたオクラホマの農民一家は、仕事を求めてカリフォルニアへと向かう。
その道のり、そして到着してからの現実は過酷そのものだった。
アメリカの貧困、飢え、経済弱者からの容赦ない搾取、そんな彼らに向けられる不条理な暴力を直視したアメリカ映画。

ヘンリー・フォンダ演じるトム・ジョードが、母との別れのときに言う有名なせりふにも感動しますが、全編通してのリアリズムが改めてすごいと思います。
撮影監督グレッグ・トーランドの映像は時に詩的で美しいですが、描かれる現実はやはりすさまじい。　こんなアメリカを見せるアメリカ映画はあまり記憶にない。

オスカーを撮った母親役のジェーン・ダーウェルがさすがに存在感を見せますが、ぼくはケーシー役のジョン・キャラダインに強烈な印象を受けました。

この「怒りの葡萄」は昔話だろうかと思う。　よその国の話だろうかとも。
もちろん形態も程度も違いますが、格差社会へ移行し、派遣切りなどの大量解雇、ネット難民の存在がある。
残念ながら、時代も国も超えた普遍性がある映画だと思います。

蛇足。　細かいことで恐縮です。
All Cinema さんでも、Discusさんも、作品のイントロダクションで「あからさまにニューディール政策の側に立って」と言っておられます。
ぼくは「あからさま」というのは、どうも批判的なニュアンスの言葉と思いますので、そういう意図がないなら、いかがなものかと思います。　

わたしは、途方もない金額で作られた満艦飾のようなハリウッドの映画が大好きです。
スターがたくさん出て、最新技術を駆使し、文字通り「夢のような」映画を見せてくれます。

いつからかわたしは、ハリウッドが見せてくれる満艦飾が、アメリカの姿だと思い始めていたようです。
アメリカは、世界一豊かな国で、貧困や生きる苦しみから無縁だと。
そんなことはないのに。実際のニュースでは、わたしが思っている「夢のような」アメリカはどこにもいやしません。

映画の公開は１９４０年、描かれている時代は１９３０年代。描かれているのは、大恐慌下のアメリカです。
社会問題化するほどの農民の貧困を、ヘンリー・フォンダ演じるトム・ジョードを通して描かれています。
刑務所帰りのトムは、故郷オクラホマに戻りますが、そこでは凶作にあえぐ家族が、一家をあげて新天地カルフォルニアへ向かおうとしています。
トムは故郷に帰る道中に出会ったケーシーも交えて、一家でカルフォルニアに向けた旅に出ます。

ヘンリー・フォンダ演じるトムはもちろん、トムの母親役のジェーン・ダーウェルもすばらしいです。
貧しいながらも家族を愛し、その屋台船として懸命に生きる姿がけなげで胸をうちます。
どんな状況下においても、家族のために生きる…母は強しだと畏敬の念を抱きます。
ラストのトムの名台詞も映画史に残るすばらしいものですが、『赤い河の谷間』でトムと母が踊るシーンは美しいシーンでした。

この映画を古い時代の話だと、今のアメリカは違うんだと、そう思うこともできますが、果たしてそうでしょうか。
日本だって、アメリカの話だよとは言えない状況にあるのではないでしょうか。
「痛み」という言葉で、下へ下へと苦しみを手渡ししている状況は、もっと深刻なのではないでしょうか。

なんど踏みつけにされても、それでも一生懸命に生きていこうとするトムとその母の姿に感銘。
まわりを悪く言うのは簡単ですが、どんな状況でも自分らしく力強く生きていくこそが、大切なんだと示してくれます。

戦後「赤狩り」の大旋風が吹き起こり、ハリウッドからはこういう映画が失われていったのでしょうか。
こんなに「生きる力」を再認識させてくれる映画はなかなかありません。

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こちらの映画の時代感のリアルなこと。
1940年に作られたので、時代が近かったせいであるだけではないと思う。

あのムショは待遇が良かったのか。知識層はいい暮らしをしていたということか。『グリーン・マイル』の刑務所のトイレは水洗だった。

こちらの低所得層の移住地はまるでスラムのようだ。水洗トイレを見て(雇い主のものだが)子供が驚くシーンがある。貧富の差の激しいこと、まるで第二の奴隷のようだ。

それでも、白人ばかりを集めていて、おそらく、彼らの下には黒人がもっと低賃金で働かされていたと思われる。

これでもか、これでもかという不幸と労働、貧困に見舞われるムショ帰りのトム一家だ。じい様が死に、ばあ様が死に、婿は嫌になって出てゆき、生み月になった娘は…。トムはいさかいにまきこまれ仮出所の身の自分が家族の邪魔になっては、と身を隠す。不幸のドミノ現象だ。

しかし、暗くならないのは力強い「生き抜こう」という力が描かれているからかな。

虐げられる者と支配する者との調和は可能なのか、ということを書いたスタインベック。

出て行く時にトムは言う「暴動があり飢えている人がいたら俺がいる。警察が暴動を加えている時俺がいる」
これは、スタインベックの叫びだ。

モノクロの影の美しさ、観えない緑の鮮やかさ、舞い散るほこり、画面は今の映画と比べても引けを取らない美しさである。

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　ジョード一家が仕事を求めてたどり着いた果樹園では、実は労働者たちがストライキをしていた。下げられる一方の賃金に抗議してピケを張るストライキのリーダーが、途中までジョード家と一緒に旅をしていた説教師のケーシー（ジョン・キャラダイン）。映画の冒頭でトム・ジョード（ヘンリー・フォンダ）と運命的な出会いをする人物。
彼は言う。「桃は熟れている。いま、おれたちが一斉に働くのを止めれば雇い主は困って労賃を上げるはずだ。７セントになる」
トムはしかし納得できない。今日貰える５セントを手放すことなんてできない、それで充分だと。ケーシーは重ねて、おれたちがストをしているからこそ、５セントを下げられないでいるんだと諭す。「止めれば奴らは２セント半にする」
ケーシーは殺されストライキは敗れ労賃は彼の予言どおりになる。

　映画全篇是名場面の傑作だが、私はこの場面にいちばん胸えぐられる。原作の政治色が映画では薄められているだって？とんでもない。資本とそれに追随する人間の酷薄さと、自分さえよければという利己心をいっとき捨てて連帯するしか立ち向かう術のない貧しい労働者の境遇を、これほどはっきりと描いた映画はないとさえ思う。さらに凄いのは、プロパガンダとしてではなく人間の真実として映画的な美を伴っての表現であること。
「アカ」って何だと、トムがたびたび尋ねるように、社会主義や共産主義がどうのという問題ではない。皆が充分食べて清潔で安全な場所で寝て子どもに教育を受けさせることができる、つまりは人間らしい生活ができる世の中を、どうやったらつくれるかというシンプルな問いかけを映画はしている。
　いっとき利己心を捨てることも、仲間を信じて連帯することも、簡単ではないことは、今のわたしたちの方が残念ながらよくわかっている。でも歴史のブレイクスルーは無数のケーシーやトムがいなければ為されなかったということもまた、事実である。

　敢えて政治的な部分を挙げたが、スタインベックの長編の人間群像の描写の力強さを、そのまま映画の話法に翻訳したかのように見える本作は、人間の喜びと悲しみ、希望と絶望、善意と悪意、怒りと諦め等を、このうえなく生き生きと映し出して深く滔々と流れ、汲めども尽きぬ生命力を感じさせる。とても７０年以上昔の作品とは思えない。いや、２千年以上前の文学作品に今でも感銘を受けるわけだから、７０年ぐらいで驚く必要はないのかもしれないが。
　政治的のついでに言えば、「あからさまにニューディール政策の側に立った」の証拠とも見られる農務省の「国営キャンプ」の別天地のような快適環境は、「公」というものの重要さを私に教えてくれた。安くこき使おうとする雇い主や汚い難民は来るなと棒を振り上げて追い返す住民たちとは、全く異なる原理で行動する組織が必要なのだ、絶対に。それがたまたま「国」だったということ。

　出エジプトふうロードムービーとも言われるが、モーゼはやっぱりおっかさん、ジェーン・ダーウェルか。息子ヘンリー・フォンダと「赤い河の谷間」を踊るところは、「楢山節考」並みの母と息子の名シーン。なんか嫉妬しちゃいます。
　で、ジョン・キャラダインはイエス・キリストです。（またか）
ヘンリー・フォンダの息子が同じルート６６を今度はバイクで走ったというのも素敵です。映画は続くどこまでも。

　借金の肩代わりした後に、契約社員で地方に出稼ぎに行きました。契約時に長期（半年以上）勤務の話をしました。一週間後に夜間勤務廃止で従業員の半分が首と言われ、頭にきて、労働組合を作りました。

　現在は生活が安定して、超過勤務をしているが、組合を作る気力がないようになりました。

　赤狩り当時ジョン・フォードは「セシル・B・デミル？こいつは観客を呼び込むナンバーワンの監督だ。わしはただの西部劇を作るだけの監督だ。そんなわしだけど、わしはこいつが大嫌いだ」と言った。

　本当は無責任な経営者が多いので、現在でも組合は、小さなところほど必要だと思うのだが、世の中表面上賢い人間が多くなって、労働運動が萎えてしまった。ヘタにすると賃金の安い国に仕事をシフトできるからだ。ヤな世の中になったもんだ。ヤな政治家が悠々自適な国だ。