ビューティフル・マインド

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ビューティフル・マインド / ラッセル・クロウ

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「ビューティフル・マインド」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

1947年9月、プリンストン大学院の数学科に入学を果たしたジョン・ナッシュ。彼の頭にあるのは「この世のすべてを支配する真理を見つけ出したい」という欲求のみ。ひとり研究に没頭するナッシュは次第にクラスメートからも好奇の目で見られるようになる。しかし、ナッシュはついに画期的な“ゲーム理論”を発見する。やがて希望するMITのウィーラー研究所に採用され、愛する人と結婚もしたナッシュ。しかし、米ソ冷戦下、彼の類い希な頭脳が暗号解読という極秘任務に利用され、彼の精神は次第に大きなプレッシャーに追いつめられていく……。

「ビューティフル・マインド」 の作品情報

作品情報

製作年: 2001年
製作国: アメリカ
原題: A BEAUTIFUL MIND
受賞記録: 2001年 アカデミー賞 作品賞
2001年 ゴールデン・グローブ 作品賞(ドラマ)

「ビューティフル・マインド」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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目撃

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1〜 5件 / 全229件

人生とは究極のナッシュ均衡である

投稿日:2006/05/21 レビュアー:aiai

囚人のジレンマという話がある。
二人の共犯者を隔離して取調べる。捜査員が各人にこうもちかける
「二人とも黙秘すれば証拠不十分で懲役1年。自白すれば懲役10年。ただし、相棒が黙秘してもお前が自白すれば捜査協力ということでお前は無罪放免、相棒は懲役30年」
二人にとっての最適な解はお互い黙秘である。しかし、自分が黙秘しても相棒が裏切って自白した場合、懲役1年どころか30年を食らってしまう。ここがジレンマである。結局30年よりは10年のほうがましだということで二人とも自白してしまう。実際にこの手法で自白させた例はあるらしく、世の中いろいろ他にも応用できそうだ。

このように各人が最適な利益を求めて行動した結果が必ずしも全体の最適な利得になっていない状況を、ゲーム理論ではジョン・ナッシュにちなんで「ナッシュ均衡」という。

本作は天才数学者ジョン・ナッシュの学生時代の奇行からノーベル章を受賞するまでを描いた実話であるが、彼の精神病についてはある仕掛けがほどこされており、ミステリータッチな雰囲気もかもしだしていて、最後まで飽きない構成になっている。
彼は精神病院から退院後まもなく病気が再発するが、再び入院することを拒み自力で直す道を選択する。実家に帰るよう薦められた妻は赤ん坊とともに自宅に残りナッシュを介護することを決意する。

さて、ここにゲーム理論を適用するとどうなるか。ナッシュは再入院、妻は実家という選択肢がもっとも二人にとっての最適な解であったろう。病気は難しいものであるし、妻子に危害を与える場合もある。赤ん坊のことを考えると離れて暮らすのが得策だろう。しかし、二人の取った行動は一見理不尽で無謀な道なのである。

なぜか?

ここが本作の最大のテーマ、すなわちこれが人生であり、愛なのである。二人の選択はまさに、ナッシュ均衡そのものなのである。

ジョンナッシュがあみだしたゲーム理論のナッシュ均衡を、物語自体で描いてみせたこの脚本には正直脱帽した。ラッセル・クロウの個性的な演技もくわえ、非常に示唆に富んだ面白い作品。おすすめの一品である。

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本物のジョン・ナッシュはこんな人ではない。

投稿日:2008/08/20 レビュアー:bokensdorf

この映画は、「グッドウィル・ハンティング(1997)」と同様、この数学者のどこが天才かという大事な点を描くのに完全に失敗している。

そもそも、ジョン・ナッシュは「ゲーム理論」で有名なのはそのとおりだが、創始者ではない。また、厳密に言うとノーベル賞に「経済学賞」というのは無いし【アルフレッド・ノーベルは経済学賞を考案しなかった】、ジョン・ナッシュは単独で受賞したのでもない【ラインハルド・ゼルテンとヤノス・ハーサニーとの共同受賞】。おまけに、ジョン・ナッシュはユダヤ人差別主義者であり、ゲイであり、男性との浮気が原因でアリシアと離婚している。

別に、ゲイだからどうのという話しではない。どこが天才なのかを含めて、人物の描写がまったく出来てないのが問題なのである。この映画のジョン・ナッシュは嘘ばっかりである。確かに、数学者を数学者として描くのは難しいかもしれない。スクリーンに数式を並べて、「これを解いたのがジョン・ナッシュです」とやっても、誰もついてこないだろう。しかし、数学の話しをしないで数学者を語れるとは私は思えない。

ジョン・ナッシュは途中から統合失調症がひどくなっていく。そのときの妄想は、自伝にもとづいた映画らしいが、本当にそんな妄想が見えたのか、他の部分が正確に描写されていないだけにこれも疑わしい。映画としてはこの部分は面白いが、実話といわれると、それは無いだろうと思ってしまう。

だまされてはいけない。これは脚色された映画なのだ。本物のジョン・ナッシュはこんな人ではない。

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まっ、マジでっ!? って途中で思いました。

投稿日:2003/07/30 レビュアー:しゃれこうべ

正直、期待を裏切られました。
全然予備知識もなく(オスカーをいくつか獲ったぐらいの知識しかなかった)観たから…というのもその理由ですが。
「これって、こんな映画だったの!?」みたいな、少しサスペンスチックな要素があったのが驚きでした(そこにエド・ハリスが絡んでいたのも驚いたやら嬉しいやら)。
やっぱりすげぇなぁ!と感嘆したのはラッセル・クロウの演技ですね。ちょっと悔しいぐらいで(笑)。
でも、とにかくこの映画で驚愕したのは、夫婦の愛。正直言えば私がジョン・ナッシュの妻なら、絶対ノーベル賞まで一緒に連れ添ってません! だから奥さんに大拍手! これがこの映画の核なのでは? あくまでも私個人の意見ですが、いかがでしょ?

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事実は小説より奇なり

投稿日:2008/07/01 レビュアー:pokorou


優秀であったはずの主人公

自分にしか見えない妄想の人物にのまれて

現実世界の人間に、次第に白い目で見られていく

唯一自分を認め、愛してくれる妻
(ジェニファーコネリー、とても美しくなってて驚きです。)

妄想に支配され壊れていく、自分も、生活も…

病(妄想)は去らないが、妻や友人に支えられ、
強い意思で独自の理論を追い続ける

やがて彼は、長い年月を経て、独自の理論が認められ、素晴らしい評価を受ける事となる



心の病とは自分との戦いです。

何故、彼ら(妄想)はジョンに姿を見せるのか…


この映画が作り物の映画なら、「何故?」と思う所ですが…


事実は小説より奇なり


ノンフィクションにしか出せない味です。



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課題 ネタバレ

投稿日:2010/06/24 レビュアー:蒼生

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今日、学校の実習の一環としてこの作品を観て、感想を書きました。
以下、多少加筆訂正ありますが、ほぼそのままです。
ネタバレもありますので、ご注意ください。





作品中では、字幕でも吹替でも統合失調症と言われているが
ナッシュがノーベル賞を受賞した1994年には、
まだ統合失調症は『精神分裂病』(schizophrenia)と呼ばれていた。
『統合失調症』と変更されたのは2002年のことなので、
実はまだ10年も経っていないのだ。

この『精神分裂病』という疾患名だけでも相当差別的な響きがあり、
またその症状の特異性も、この疾患について詳しい知識のない人には
何かにとり憑かれたようにさえ見えたかもしれない。
どんな職業の人でも、それを継続することはかなり困難であろうが
学者としては致命的なものだろう。

明るい性格のルームメイトの幻覚は
「脳は2倍だがハートは1/2」と言われるほど、
情緒に欠け、人付き合いが苦手な彼の願望が生み出したのかもしれない。
諜報員の幻覚とスパイ活動の妄想は、
自分の能力が思うように発揮できないことや、
正当に評価されていないと感じる意識から生まれたのだろうか。

医師の語った「ほんとうに辛いのは、
今まで自分が存在すると信じてきたものが
消えたり死んだりしたのではなく、初めからいなかったと知ることだ。」
という言葉が印象的だった。
要するに『自分が病気であると認める』ということだろう。

そして家族の苦しみと、
家族を苦しませてしまっているという悲しみも伝わった。
家族の苦しみを取り去るため、
自分自身を取り戻すために社会復帰を目指せば、
一部の心ない人たちから差別を受ける。

温かく迎えてくれる人に支えられても、
社会復帰のためには服薬の継続も障壁となる。
しかし断薬は幻覚を呼び戻してしまう。
自分の見ているもの、体験していることが、
現実なのか、幻覚なのかというストレスもまた
リスクファクターとなり、悪循環という輪が形成される。

しかし彼は、自己の疾患を受け入れ、
幻覚と共存していくことまでできるようになった。
強い意思と数学への情熱、そして家族や理解者の支えが
彼を穏やかな境地へと導いたのだろう。

自分が生きている意味や、自分の人生の価値を見出し
しっかりと持ち続けていくことで
『その疾患をもつひとりの人間』として
社会で生活していくことができるのだと感じた。


以上なんですが、実はクラスメイトに精神科に勤めている人がいて
彼の話では、統合失調症の幻覚は
あんなにはっきりとは見えないようです。
あそこまでとなるとアルコール依存症の離脱症状に近いという話です。
それでは余計に、統合失調症に対する誤解や偏見を
助長するような気もするのですが、
作品という目線で見た場合、どんでん返しにはなっているので、
監督さんはそちらを選ばれたんですね。
実話ベースとはいえ、ドキュメンタリーではないのですから
仕方ないのかもしれません。

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ビューティフル・マインド

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人生とは究極のナッシュ均衡である

投稿日

2006/05/21

レビュアー

aiai

囚人のジレンマという話がある。
二人の共犯者を隔離して取調べる。捜査員が各人にこうもちかける
「二人とも黙秘すれば証拠不十分で懲役1年。自白すれば懲役10年。ただし、相棒が黙秘してもお前が自白すれば捜査協力ということでお前は無罪放免、相棒は懲役30年」
二人にとっての最適な解はお互い黙秘である。しかし、自分が黙秘しても相棒が裏切って自白した場合、懲役1年どころか30年を食らってしまう。ここがジレンマである。結局30年よりは10年のほうがましだということで二人とも自白してしまう。実際にこの手法で自白させた例はあるらしく、世の中いろいろ他にも応用できそうだ。

このように各人が最適な利益を求めて行動した結果が必ずしも全体の最適な利得になっていない状況を、ゲーム理論ではジョン・ナッシュにちなんで「ナッシュ均衡」という。

本作は天才数学者ジョン・ナッシュの学生時代の奇行からノーベル章を受賞するまでを描いた実話であるが、彼の精神病についてはある仕掛けがほどこされており、ミステリータッチな雰囲気もかもしだしていて、最後まで飽きない構成になっている。
彼は精神病院から退院後まもなく病気が再発するが、再び入院することを拒み自力で直す道を選択する。実家に帰るよう薦められた妻は赤ん坊とともに自宅に残りナッシュを介護することを決意する。

さて、ここにゲーム理論を適用するとどうなるか。ナッシュは再入院、妻は実家という選択肢がもっとも二人にとっての最適な解であったろう。病気は難しいものであるし、妻子に危害を与える場合もある。赤ん坊のことを考えると離れて暮らすのが得策だろう。しかし、二人の取った行動は一見理不尽で無謀な道なのである。

なぜか?

ここが本作の最大のテーマ、すなわちこれが人生であり、愛なのである。二人の選択はまさに、ナッシュ均衡そのものなのである。

ジョンナッシュがあみだしたゲーム理論のナッシュ均衡を、物語自体で描いてみせたこの脚本には正直脱帽した。ラッセル・クロウの個性的な演技もくわえ、非常に示唆に富んだ面白い作品。おすすめの一品である。

本物のジョン・ナッシュはこんな人ではない。

投稿日

2008/08/20

レビュアー

bokensdorf

この映画は、「グッドウィル・ハンティング(1997)」と同様、この数学者のどこが天才かという大事な点を描くのに完全に失敗している。

そもそも、ジョン・ナッシュは「ゲーム理論」で有名なのはそのとおりだが、創始者ではない。また、厳密に言うとノーベル賞に「経済学賞」というのは無いし【アルフレッド・ノーベルは経済学賞を考案しなかった】、ジョン・ナッシュは単独で受賞したのでもない【ラインハルド・ゼルテンとヤノス・ハーサニーとの共同受賞】。おまけに、ジョン・ナッシュはユダヤ人差別主義者であり、ゲイであり、男性との浮気が原因でアリシアと離婚している。

別に、ゲイだからどうのという話しではない。どこが天才なのかを含めて、人物の描写がまったく出来てないのが問題なのである。この映画のジョン・ナッシュは嘘ばっかりである。確かに、数学者を数学者として描くのは難しいかもしれない。スクリーンに数式を並べて、「これを解いたのがジョン・ナッシュです」とやっても、誰もついてこないだろう。しかし、数学の話しをしないで数学者を語れるとは私は思えない。

ジョン・ナッシュは途中から統合失調症がひどくなっていく。そのときの妄想は、自伝にもとづいた映画らしいが、本当にそんな妄想が見えたのか、他の部分が正確に描写されていないだけにこれも疑わしい。映画としてはこの部分は面白いが、実話といわれると、それは無いだろうと思ってしまう。

だまされてはいけない。これは脚色された映画なのだ。本物のジョン・ナッシュはこんな人ではない。

まっ、マジでっ!? って途中で思いました。

投稿日

2003/07/30

レビュアー

しゃれこうべ

正直、期待を裏切られました。
全然予備知識もなく(オスカーをいくつか獲ったぐらいの知識しかなかった)観たから…というのもその理由ですが。
「これって、こんな映画だったの!?」みたいな、少しサスペンスチックな要素があったのが驚きでした(そこにエド・ハリスが絡んでいたのも驚いたやら嬉しいやら)。
やっぱりすげぇなぁ!と感嘆したのはラッセル・クロウの演技ですね。ちょっと悔しいぐらいで(笑)。
でも、とにかくこの映画で驚愕したのは、夫婦の愛。正直言えば私がジョン・ナッシュの妻なら、絶対ノーベル賞まで一緒に連れ添ってません! だから奥さんに大拍手! これがこの映画の核なのでは? あくまでも私個人の意見ですが、いかがでしょ?

事実は小説より奇なり

投稿日

2008/07/01

レビュアー

pokorou


優秀であったはずの主人公

自分にしか見えない妄想の人物にのまれて

現実世界の人間に、次第に白い目で見られていく

唯一自分を認め、愛してくれる妻
(ジェニファーコネリー、とても美しくなってて驚きです。)

妄想に支配され壊れていく、自分も、生活も…

病(妄想)は去らないが、妻や友人に支えられ、
強い意思で独自の理論を追い続ける

やがて彼は、長い年月を経て、独自の理論が認められ、素晴らしい評価を受ける事となる



心の病とは自分との戦いです。

何故、彼ら(妄想)はジョンに姿を見せるのか…


この映画が作り物の映画なら、「何故?」と思う所ですが…


事実は小説より奇なり


ノンフィクションにしか出せない味です。



課題

投稿日

2010/06/24

レビュアー

蒼生

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今日、学校の実習の一環としてこの作品を観て、感想を書きました。
以下、多少加筆訂正ありますが、ほぼそのままです。
ネタバレもありますので、ご注意ください。





作品中では、字幕でも吹替でも統合失調症と言われているが
ナッシュがノーベル賞を受賞した1994年には、
まだ統合失調症は『精神分裂病』(schizophrenia)と呼ばれていた。
『統合失調症』と変更されたのは2002年のことなので、
実はまだ10年も経っていないのだ。

この『精神分裂病』という疾患名だけでも相当差別的な響きがあり、
またその症状の特異性も、この疾患について詳しい知識のない人には
何かにとり憑かれたようにさえ見えたかもしれない。
どんな職業の人でも、それを継続することはかなり困難であろうが
学者としては致命的なものだろう。

明るい性格のルームメイトの幻覚は
「脳は2倍だがハートは1/2」と言われるほど、
情緒に欠け、人付き合いが苦手な彼の願望が生み出したのかもしれない。
諜報員の幻覚とスパイ活動の妄想は、
自分の能力が思うように発揮できないことや、
正当に評価されていないと感じる意識から生まれたのだろうか。

医師の語った「ほんとうに辛いのは、
今まで自分が存在すると信じてきたものが
消えたり死んだりしたのではなく、初めからいなかったと知ることだ。」
という言葉が印象的だった。
要するに『自分が病気であると認める』ということだろう。

そして家族の苦しみと、
家族を苦しませてしまっているという悲しみも伝わった。
家族の苦しみを取り去るため、
自分自身を取り戻すために社会復帰を目指せば、
一部の心ない人たちから差別を受ける。

温かく迎えてくれる人に支えられても、
社会復帰のためには服薬の継続も障壁となる。
しかし断薬は幻覚を呼び戻してしまう。
自分の見ているもの、体験していることが、
現実なのか、幻覚なのかというストレスもまた
リスクファクターとなり、悪循環という輪が形成される。

しかし彼は、自己の疾患を受け入れ、
幻覚と共存していくことまでできるようになった。
強い意思と数学への情熱、そして家族や理解者の支えが
彼を穏やかな境地へと導いたのだろう。

自分が生きている意味や、自分の人生の価値を見出し
しっかりと持ち続けていくことで
『その疾患をもつひとりの人間』として
社会で生活していくことができるのだと感じた。


以上なんですが、実はクラスメイトに精神科に勤めている人がいて
彼の話では、統合失調症の幻覚は
あんなにはっきりとは見えないようです。
あそこまでとなるとアルコール依存症の離脱症状に近いという話です。
それでは余計に、統合失調症に対する誤解や偏見を
助長するような気もするのですが、
作品という目線で見た場合、どんでん返しにはなっているので、
監督さんはそちらを選ばれたんですね。
実話ベースとはいえ、ドキュメンタリーではないのですから
仕方ないのかもしれません。

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