シン・レッド・ライン

　『シン・レッド・ライン』は第二次世界大戦を描いた戦争映画ではない。この指摘はすでに多くの批評で見られるが、この出発点は重要だと思う。
　
　ちまたで“形而上的”と評される通り、詩的なモノローグや繰り返し挿入される自然描写、島の人々の隠喩的ショットなど、この作品には抽象的表現が多い。一方で“戦場”の描写は極めてリアルだ。たとえば敵側トーチカから一望される斜面を進むＣ中隊の丘陵における戦闘シーン。草叢に身を潜めた兵士達の絶望と恐怖を浮かべた顔、そして意を決した一歩が狙撃の瞬間となる悪夢。これらの現実的な映像からは戦争の悲惨さが十分に伝わってくる。しかし、決して声高なメッセージではないのだ。島の生き物や自然の“静けさ”と生々しい戦闘シーンとは不思議に中和し、全体に落ち着いたトーンを保っている。この対照的な映像の意図的な交差は、実は両者の等価性を表しているのではないかと私には思えた。

　ウィット二等兵が見たと言う「別の世界」とは、彼がつぶやく「ここ（地上）にいる人々は実はたくさんの顔を持った“一人”なのでは」という想念そのものではないかと思う。そしてそれこそが、テレンス・マリック監督が本作で描いている世界ではないのか。すなわち、すべての存在が同じ源をもつ一つの生命なのだと。自然も人間も同じ魂の表象の一つ一つにすぎず、数百年を生きた大樹も、儚げにうちしおれるおじぎ草も、それぞれの生の営みをまっとうしている同じ生き物であり、人間もまた同じ存在であると。
　
　この作品は、どこまでも水平なパースペクティヴで“戦争”を人間の行う一つの「行為」、「営み」として静かに見つめている。兵士達のモノローグと回想によって命の一つ一つを丹念に拾い上げ、それらが戦いの内に磨り減り散っていく様を描いているのだ。そして戦いの相手もまた“戦争”という同じ「行為」に没入している同じ命であると語っている。もはや敵も味方もない。

　地上の命たちを見つめるカメラはそれらを神の目で俯瞰することはせず、被造物の目線で靄を散らす突風や陽射のひと撫でに輝く草原に、神の御手が降りてきた瞬間を見る。『シン・レッド・ライン』は戦争をジャッジしてはいない。時おり息を継ぐように垂直に空を仰ぐカメラが表しているように、ただ、天上の存在に問いかけ語りかけているのだ。
　あなたが創られたこの世界を見てくださいと。

　テレンス・マリックの映画はすべて、何度観ても面白いのだけれど、『シン・レッド・ライン』は本当に飽きない。何しろ、よく意味が分からないからだ（長い原作のほうがまだ分かりやすい）。
　戦いに臨んだ米軍兵士たちの人間像、彼らの衝突や葛藤、アクションを交えての作戦遂行、教訓として残る戦争の愚かさといった、スター大挙出演の戦争大作に予想できるような「お話」が、ここにはないのだ。ただ画面を眺めていれば、軽やかな「お話」の線上を心地よくエンドクレジットまで運んでくれるような映画ではないのだ。

　けれども、『シン・レッド・ライン』は、その見かけに反して、実に多弁な映画でもある。
　耳を澄ませ、と映画は言う。上陸用舟艇が波を切る音に、ワニが水に滑り込む音に、草原のざわめきに、兵たちの心の声に。
　目を凝らせ、と映画は言う。稜線に上がる土煙に、羽ばたく鳥たちに、死にゆく敵兵に、僚兵の恐怖に、木漏れ日の美しさに。
　鼻を利かせろ、とも映画は言う。火薬、死臭、花の香りに。

　２０年の不可解なブランクの後も、登場人物のモノローグの多用というマリックの特徴は変わらなかった。ことに本作はバトンが手渡されるように、つぎつぎとその主体が変わっていく。その中身も、場面と関係がなかったり、虚勢やウソが混じっていたり、誰のモノローグか判然としないこともある。
　けれど、善でも悪でもない、英雄でも卑怯者でもない複雑な人間という存在を、戦争という極限状況の中で描き出すには、もっとも効率がよい方法であったことも確かだ。この煩雑なモノローグがあってこそ、本作は三時間程度に納まっているのではないだろうか。
　自分たちはなぜここにいて、戦っているのか。兵たちの幾人かは、神を呪う。だが、死に瀕した幾人かが神にすがると、その者には神は確かに姿を現すのだ！　そこまで、人間の心を深く描いた戦争映画は他になかった、と僕は思う。８０点。

（ひとつだけ、日本兵の描き方でおかしなナショナリズムを煽られるのはまったく意味がないということだけ追記したい。）

私はこの作品について何の知識も持たずに拝見した。その為か誰が主役か全くわけがわからなかった。オープニングシーンからウィットニ（ジム・ガヴィーゼル）が主役だと思っていたが、ウェルシュ軍曹（ショーン・ペン）のようでもあり、スタロス大尉のようでもあり一体誰が主役かわからずじまいで見終わってしまった。彼ら以外にもいい俳優達がたくさんいるのにとても残念な気がした。一体誰に焦点を当てこの作品で何を視聴者に訴えたかったのか私には理解出来なかった。

ガダルカナル島での激戦は正直こんなものではなかったであろう。アメリカ軍より日本軍の方が遙かに悲惨だったはずだ。火炎放射器などを使われ洞窟内を丸焼きにされ焼き殺されたりとそれはひどいものだったはずである。この作品の戦闘シーンは正直生ぬるい。まるで緊張感が伝わってこなかった。まるで聖書を紐解くかのようなセリフや回顧描写が沢山出てくるからかもしれない。宗教にかけて戦争の悲惨さでも訴えたかったのだろうか。それとも兵士達の視点でそれぞれの兵士達の叙情詩にでもしたかったのだろうか。私にはまるでピントの合っていない惚けた作品に映ってしまって全く説得力のない戦争の恐怖すら伝わってこなかったので残念だった。ガダルカナル島の激戦を映画にした作品はあまりないので期待したが全くはずれてしまった。二度と見る事はないだろう。

娯楽性、エンターテイメント性などありません。
ストーリー性も重視していないし、「ショーン・ペンが出てるから」みたいに主役が誰とか、俳優に焦点あてた作りもありません。
ひたすら、美しい南国の島、自然の中で繰り広げられる殺戮の悲惨さを描いています。

ここには、アメリカ＝善、その他＝悪といった図式も成り立ちません。
観終わった後で残るものは、戦争、殺戮がいかに愚弄で、悲惨で、無駄なものか…という事です。

ここでの相手は日本兵です。その事もこの作品では重くのしかかってきます。
私は、日本兵の描き方に疑問は持ちませんでした。実際には、負けた側はもっとズタボロでしょうから。
また、日本兵が彼らに言います。「貴様もいつか死ぬ」。勝ってもヒーローなど存在しません。

この作品は、覚悟して観ましょう。かなり難解で哲学的でもあります。はっきり言って疲れるでしょう。
でも戦争映画ではトップレベルの素晴らしい作品です。覚悟してでも絶対に観てください。

日本兵役で若手俳優が数人出ています。スーパー戦隊ものなんかに出てた人達ですが、彼らの戦闘後の表情の演技が素晴らしいと思いました。

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映画の冒頭は、いまだかつてないほど圧倒的な映像美です。
こんな美しい世界にわたしは生きているのか、ありがたいなあと
感銘すら覚えます。
土に根付いた島民の暮らし、極彩色の鳥、空の青、雲の白と、豊かな世界を
あふれんばかりに描かれています。
観る前から、第二次世界大戦時の対日本人でガナルカナル島の戦闘を描いている映画と知っていながらも、
この余韻にしばらくひたっていたいと思わせます。

しかし、自然の調和はいきなり破られます。
実際の戦闘シーンになると、風景ダイナミックに描かれた冒頭から一転、
兵士それぞれの視線で進んでいくことになります。
彼らは、会話を交わし、銃を手に取り、敵を殺し（敵は日本人であるし、きちんと描かれています）、
命令を受け、ひたすら進んでいきます。
個々の目線に落としたからこその、死に相対しなければならない兵士の恐怖が、
手に取るように感じられます。

彼らは常に問いかけています。
「神よ、これがあなたが創った完全なる美しい世界ですか」
「ひとりひとりの命はこんなにも軽いのか」
「自分が生き残るのは神のご意思か」
哲学的とも思える神への問いかけを、自分自身へ向かってつぶやき続けます。
自分が死ぬことへの恐怖と、人を殺してしまうことへの畏怖を胸に抱えて。
戦争で戦う人たちは特別じゃない、私のような普通の人が行くのでしょう。
だから、問いかけたくなるのでしょう。
こんな戦争がこの世界で起こるのも、神の意思なのか？と。

アメリカ側の視点で描かれているから、神がキリスト教的な感じです。
敵として戦っている日本人は、何かに手を合わしたりしている人を描いたりしていますが、
彼らは何に祈ったのでしょうか。
愛国心や大和魂だけではない問いかけを、彼らも持っていたでしょう。
そのささやきも聞いてみたかったなあと、思いました。
同じ日本人だけど、わたしにはわからないから。

ショーン・ペン、これまでの映画の中で、いちばんかっこよく見えました。
今まで、すごいなと思っても、男前だなと思ったことはなかったのに。
ああいう場所で光って見える俳優さんなんだなあと、しみじみしました。