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TAIZO 〜戦場カメラマン・一ノ瀬泰造の真実〜

TAIZO 〜戦場カメラマン・一ノ瀬泰造の真実〜の画像・ジャケット写真

TAIZO 〜戦場カメラマン・一ノ瀬泰造の真実〜 / 坂口憲二

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旧作

「TAIZO 〜戦場カメラマン・一ノ瀬泰造の真実〜」 の解説・あらすじ・ストーリー

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旧作

解説・ストーリー

本作で初監督を務めた中島多圭子と“一ノ瀬泰造”との出会いは、奥山和由プロデューサーが泰造の生涯を映画化した劇映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」の制作発表を伝える新聞記事だった。70年代、西側ジャーナリストでは誰一人近づくことの出来なかった反政府軍の聖域“アンコールワット”への単独潜入を試み、そのまま消息を絶ってしまった泰造。中島監督は、自分の追い求めるものに真っ直ぐに突き進んだ泰造の生き様に惹かれ、カメラ片手にカンボジアやベトナム、佐賀にある泰造の実家を飛び回り、彼の情熱的な行動を支えた心の内面を深く掘り下げていく…。

「TAIZO 〜戦場カメラマン・一ノ瀬泰造の真実〜」 の作品情報

作品情報

製作年:

2003年

製作国:

日本

「TAIZO 〜戦場カメラマン・一ノ瀬泰造の真実〜」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

キャスト・スタッフ

監督:

中島多圭子中島多圭子

製作:

奥山和由

出演:

坂口憲二川津祐介

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未熟なジャーナリスト 親不孝な息子

投稿日:2013/11/29 レビュアー:ロキュータス

( ネタばれあり)
1973年激しい内戦下のカンボジアにアンコールワットを撮りに行き、行方不明となった若き戦場カメラマン、一ノ瀬泰造を浅野忠信主演で描いた『 地雷を踏んだらサヨウナラ 』。  
その製作発表記事で泰造のことを知り、その足跡を追った中島多圭子による初監督作。
ドキュメンタリー作品だが、それとともに、『 地雷を踏んだらサヨウナラ 』が引用される。 両作品の製作は奥山和由。
声の出演で泰造を演じるのは、浅野忠信に代わって坂口憲二。

本作の撮り方、演出は淡々としてメリハリがなく、むしろ大半は作品の意図がよくつかめなくて退屈なくらいだったのが率直な感想。
視聴後、オフィシャルサイトで中島監督の制作動機を読んだ。

私が「泰造」と出会ったころ、私はテレビ番組のMCをしていた。
その後、担当1年で番組を降板したことをきっかけに、今までの自分を振り返った。
果たして私は自分の夢を実現する道を歩んできただろうか?

泰造の26年間の人生、それはあまりにも短すぎる。
しかし、自分の追い求めるものにこれほどまでに純粋に、ただひたすらに突き進んでいった泰造の生き様は、私にはとても眩しかった。
自分の夢を追い求める強さ、揺るぎない信念、あの写真の泰造の眼は何を見ようとしていたのか?
それを自ら確かめたかった。

もし、本作の訴えたいことが、若者のひたむきさ、とか、純粋さとかだけだったら、そんなに感動できるほど、僕はもはやナイーブでもない。

戦争報道家とか戦場カメラマンという存在は、事なかれ、引きこもり、おたくである自分とは真逆な人生、自分には無理な生き方で、逆に、だからこそ惹かれ、何人かの作品や著作に触れましたが、戦争ジャーナリストは理解され評価されることは実際のところ少ないし、それどころか批判と不遇の逆風が強いことを知りました。

何を好き好んで危険な場所へという変人扱い。
何かの政治的プロバガンダや、やらせではないかと常に逆に検証を求められる。
「殺し屋の上前をはねる」つまり、人が殺されるところを映し正義を訴えて名声とカネを得ているという批判、などなど。
だからこそ、戦場ジャーナリストは自分たちにも厳しい。

一ノ瀬泰造はどうか。
生前、特に有名だったわけではない。 
ベトナム、カンボジアで命を落とした多くのジャーナリストの中でも、何百万と虐殺された人たちの中でも。

その写真がワシントン・ポストで一面を飾ったことはあるけれども、ロバート・キャパや沢田教一のように、これは、とすぐに思い浮かぶような作品があるわけではない。

本人自身もライフやニューヨーク・タイムスと契約されるようなエリートではない。
試用期間中にUPIを解雇され、以後はフリーランス。 名もなく、金もなく、才能も一番の親友が「ない」、と認めざるを得ない程度。
決してカリスマでもなければ、ヒーローでもない。

登山家でもそうですが、登頂だけではなく、無事に帰還してこそ、成功と言える。
ましてや戦場に赴くのだから、何を、何のために撮るかという「シャッター以前」の準備、
状況判断や危機管理は不可欠。  
フリーランスだからこそ、仕事も自分の命の安全も、「自己責任」。

岡村昭彦なら、キャパや沢田らに対して同様、その死をあえて「不注意が原因」と評したろうし、本作を観てもらえばわかりますが、彼を知る井川一久、古森義久といったジャーナリストも、戦場も知らない立場からは、死者にむち打つと言われそうなのに泰造へのあえての苦言は辞さない。
「ただひたすらに突き進む純粋さ」とか「自分の夢を追い求める強さ」とか、自分探しなら他でやってくれと彼らは言うのではないでしょうか。
戦場の持つ高揚感、ヒロイズムの誘惑が、命とりになることを痛いほどわかっているから。

「 好きな仕事に命を賭けるシアワセな息子が死んでも悲しむことはないよ、母さん 」
決してほめられた言葉ではないですね。

泰造が消息を絶ち、安否確認を各方面に求めていた両親は、1982年2月1日、現地でその死を確認する。

遺されたのは一時帰国したときに置いてきた銃弾で壊れたカメラ、手紙そして、送られてきた2万コマに渡るフィルムだけ。
そのフィルムを両親は自宅で自分たちの手で一枚ずつ現像していき、母は毎年誕生日に赤飯を炊く。

戦争は終わり、当時のポルポト政権も無くなり、カンボジアには平和が訪れて、日本では当時のことも忘れられていく。
写真技術も今やデジタル化され、泰造の撮った当時とは隔世の感がある。

( つづく )

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愛情を感じる作品

投稿日:2012/04/19 レビュアー:chiharu

一ノ瀬泰造という人への家族の愛情を深く感じた。戦場の中で子供たちとのふれあい、現地の人々との友情など、彼の人柄、ジャーナリストのあり方を垣間見れた。

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TAIZO 〜戦場カメラマン・一ノ瀬泰造の真実〜

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未熟なジャーナリスト 親不孝な息子

投稿日

2013/11/29

レビュアー

ロキュータス

( ネタばれあり)
1973年激しい内戦下のカンボジアにアンコールワットを撮りに行き、行方不明となった若き戦場カメラマン、一ノ瀬泰造を浅野忠信主演で描いた『 地雷を踏んだらサヨウナラ 』。  
その製作発表記事で泰造のことを知り、その足跡を追った中島多圭子による初監督作。
ドキュメンタリー作品だが、それとともに、『 地雷を踏んだらサヨウナラ 』が引用される。 両作品の製作は奥山和由。
声の出演で泰造を演じるのは、浅野忠信に代わって坂口憲二。

本作の撮り方、演出は淡々としてメリハリがなく、むしろ大半は作品の意図がよくつかめなくて退屈なくらいだったのが率直な感想。
視聴後、オフィシャルサイトで中島監督の制作動機を読んだ。

私が「泰造」と出会ったころ、私はテレビ番組のMCをしていた。
その後、担当1年で番組を降板したことをきっかけに、今までの自分を振り返った。
果たして私は自分の夢を実現する道を歩んできただろうか?

泰造の26年間の人生、それはあまりにも短すぎる。
しかし、自分の追い求めるものにこれほどまでに純粋に、ただひたすらに突き進んでいった泰造の生き様は、私にはとても眩しかった。
自分の夢を追い求める強さ、揺るぎない信念、あの写真の泰造の眼は何を見ようとしていたのか?
それを自ら確かめたかった。

もし、本作の訴えたいことが、若者のひたむきさ、とか、純粋さとかだけだったら、そんなに感動できるほど、僕はもはやナイーブでもない。

戦争報道家とか戦場カメラマンという存在は、事なかれ、引きこもり、おたくである自分とは真逆な人生、自分には無理な生き方で、逆に、だからこそ惹かれ、何人かの作品や著作に触れましたが、戦争ジャーナリストは理解され評価されることは実際のところ少ないし、それどころか批判と不遇の逆風が強いことを知りました。

何を好き好んで危険な場所へという変人扱い。
何かの政治的プロバガンダや、やらせではないかと常に逆に検証を求められる。
「殺し屋の上前をはねる」つまり、人が殺されるところを映し正義を訴えて名声とカネを得ているという批判、などなど。
だからこそ、戦場ジャーナリストは自分たちにも厳しい。

一ノ瀬泰造はどうか。
生前、特に有名だったわけではない。 
ベトナム、カンボジアで命を落とした多くのジャーナリストの中でも、何百万と虐殺された人たちの中でも。

その写真がワシントン・ポストで一面を飾ったことはあるけれども、ロバート・キャパや沢田教一のように、これは、とすぐに思い浮かぶような作品があるわけではない。

本人自身もライフやニューヨーク・タイムスと契約されるようなエリートではない。
試用期間中にUPIを解雇され、以後はフリーランス。 名もなく、金もなく、才能も一番の親友が「ない」、と認めざるを得ない程度。
決してカリスマでもなければ、ヒーローでもない。

登山家でもそうですが、登頂だけではなく、無事に帰還してこそ、成功と言える。
ましてや戦場に赴くのだから、何を、何のために撮るかという「シャッター以前」の準備、
状況判断や危機管理は不可欠。  
フリーランスだからこそ、仕事も自分の命の安全も、「自己責任」。

岡村昭彦なら、キャパや沢田らに対して同様、その死をあえて「不注意が原因」と評したろうし、本作を観てもらえばわかりますが、彼を知る井川一久、古森義久といったジャーナリストも、戦場も知らない立場からは、死者にむち打つと言われそうなのに泰造へのあえての苦言は辞さない。
「ただひたすらに突き進む純粋さ」とか「自分の夢を追い求める強さ」とか、自分探しなら他でやってくれと彼らは言うのではないでしょうか。
戦場の持つ高揚感、ヒロイズムの誘惑が、命とりになることを痛いほどわかっているから。

「 好きな仕事に命を賭けるシアワセな息子が死んでも悲しむことはないよ、母さん 」
決してほめられた言葉ではないですね。

泰造が消息を絶ち、安否確認を各方面に求めていた両親は、1982年2月1日、現地でその死を確認する。

遺されたのは一時帰国したときに置いてきた銃弾で壊れたカメラ、手紙そして、送られてきた2万コマに渡るフィルムだけ。
そのフィルムを両親は自宅で自分たちの手で一枚ずつ現像していき、母は毎年誕生日に赤飯を炊く。

戦争は終わり、当時のポルポト政権も無くなり、カンボジアには平和が訪れて、日本では当時のことも忘れられていく。
写真技術も今やデジタル化され、泰造の撮った当時とは隔世の感がある。

( つづく )

愛情を感じる作品

投稿日

2012/04/19

レビュアー

chiharu

一ノ瀬泰造という人への家族の愛情を深く感じた。戦場の中で子供たちとのふれあい、現地の人々との友情など、彼の人柄、ジャーナリストのあり方を垣間見れた。

1〜 2件 / 全2件