牛の鈴音

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牛の鈴音 / チェ・ウォンギュン

全体の平均評価点:(5点満点)

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「牛の鈴音」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

本国韓国で異例の大ヒットを記録したヒューマン・ドキュメンタリー。美しい自然の残る山あいの農村を舞台に、普通は15歳と言われる寿命をはるかに越えた40歳の老いぼれ牛と年老いた農夫との強い絆が紡ぎ出す切なくも感動的な命の営みを温かい眼差しで静かに見つめていく。

「牛の鈴音」 の作品情報

作品情報

製作年: 2008年
製作国: 韓国
原題: OLD PARTNER

「牛の鈴音」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

ユーザーレビュー:23件

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1〜 5件 / 全23件

老父と老牛の信頼関係が涙を誘います ネタバレ

投稿日:2010/09/03 レビュアー:ミルクチョコ

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老いた農夫と牛の生活を淡々と追うことで、互いの信頼関係を浮かび上がらせたドキュメンタリーです。
79歳のチェ爺さんは、農薬をまくこともせずに、昔ながらの農法にこだわり40歳の老牛をこき使って畑を耕しています。牛の寿命は15歳ぐらいなそうなので、かなりの老牛です。
ある日、老牛が立ち上がれなくなり、寿命が迫っていることを知ります。
年老いた牛は今にも倒れそうで遅々とした歩みで、カメラはゆっくりとその姿を追い続けます。
そんな老牛をこき使って農作業をさせているかと思いきや、やっぱり牛は大切で可愛いのでしょうか?自分たちの手で草を刈り、餌を丁寧に作り世話をしています。

今でこそ、見なくなってしまいましたが、ちょっと前までは、昔ながらの農作業をする人たちはいましたね。
本当に、こんな、当たり前の映像なのに、涙してしまったのは、私がいかに便利で無情な世の中に生きていることを痛感しました。
便利なことを幸せだと信じて、気付かないうちに大切なものを失くしてしまったのは、大きいかな〜?と。

近代化する隣の畑を眺めながら、昔からの農作業にこだわるチェ爺さん。それを見ながら、常にグチを言っているお婆さんが、ユーモラスで、煩いのが、まるでBGMのように聞こえるから不思議です。

老牛を、牛市場で売りに出しますが、爺さんの付けた値では買い手が付かず、「食べるにしては肉がかたい」と言われてしまいます。
その時、牛の目にきらりと光った涙が印象的です。


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おばあさんの愚痴が笑えます。 ネタバレ

投稿日:2010/07/24 レビュアー:パープルローズ

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韓国で、ドキュメンタリー映画としては異例のヒットとなり、300万人も動員したとか。

山あいの農村に住む一組の老夫婦と、40歳という超高齢の飼い牛の日常を追った作品です。韓国にも、田舎の生活に憧れたり懐かしんだりする風潮があるのでしょうか?

子供のころの針治療の失敗が原因で、足の悪いおじいさんは、毎日牛と一緒に農作業に出る。
機械を使うと米が無駄になるからと、いまだに手作業で稲を植え、草を刈り、収穫をする。
牛が食べる草に毒がかかるからと農薬は一切使わない。
頑固に昔のやり方を貫くおじいさんのそばには、いつも老いた牛がいる。

ナレーションがわりのおばあさんの愚痴が、とにかくおもしろい。
「いい夫とは、よく働いてくれて、農薬を使ってくれる夫だ。」だの、
「うちのだんなは機械も農薬も使わないから、私はいつまでたっても苦労が絶えない。」だの。
おじいさんが牛の薬だといって、たんぽぽを摘みにいくと、
「牛には薬をやって、私にはないのかい。」
まるで牛(めす牛なんです。)に嫉妬しているかのようなおばあさん。

でも、口は悪いけれども、おじいさんが体調を壊すと心配でならないし、40年間一緒に働いてきた牛に対しても、嫉妬と同時に同志のような気持ちもあるんですよね。

余命わずかといわれた牛を心配しつつも、毎日牛に農作業をさせるおじいさん。
自分も頭が痛い、足が痛いといいながらも、働くことはやめない。
おじいさんにとっても、牛にとっても、働くことが人生の全てなんだなあ。そう思うと、おじいさんの深い皺や汚れた爪が、とても愛しいものに思えてくる。

バックグラウンドに流れる鳥や蝉の声、牛の鈴音や息遣いなどの音がとても印象的。

牛をせりにかけにいくシーンで挿入されている、牛が涙を流すカットと、ラスト近くの積みあげられた薪のカットは、意図的すぎてやりすぎだと思いました。

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こんな人生もあるんだなあ・・・ ネタバレ

投稿日:2010/11/20 レビュアー:みなみ

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牛と老夫婦の静かな生活が淡々と描かれている。

おじいさんは今でも機械を使わず、牛を使って田畑を耕す。
「ラクしたらロクなことが無い」と言って、農薬は使わない。
こだわりがあって、がんこ。

足が悪いのに「休むのは死んでからだ」と
食事と寝るとき以外はほとんど、ひたすら働いている。
そういう人生もあるんだなあ…

40年間、牛の世話をし、牛もそれに応えてきた。

街に出る時も牛に引かせて行く。病院の駐車場でおとなしく待っている賢い老牛。
年をとりすぎた牛の代わりに飼ってきた若い牛は、全く言うことを聞かない。
この老牛とおじいさんの間には特別な絆があるようだ。

働くことがおじいさんのすべてであり、誇りでもあった。
自分が自分であるために働き続ける…それがおじいさんと老牛の共通点であり
強い絆につながったのかもしれない。

多くの子供たちを育て、独り立ちさせてきた老夫婦。
子供たちは皆まっとうで、やさしい大人になっているけれど
おばあさんは「遠慮する生活は送りたくない」と子供には頼らない。
でも辛い生活のグチはこぼしまくる。まあそれは人間として当然だ。
もうちょっと、おばあさんを気遣ってあげてもいいような…。

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父の手…その朽ちた無骨さに秘められる意味^^ ネタバレ

投稿日:2010/09/22 レビュアー:アルディ

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ドキュメンタリータッチの写実的な映像に時折「時間軸の逆転」とファンタジーの要素を隠し味に詰め込んで観客を圧倒する独特の雰囲気を持った作品です。
老いに関する表現が半端なく辛辣に描かれており、老醜の中にある筈の「含蓄」と「人生の達観」さえ否定する台詞回しに時折愕然とさせられます。
人はいつまでも苦悩をぶら下げて生きているんですね。
人生の黄昏を迎えても人は己の業(カルマ)から抜け出せる「訳がない!」。
生有る限り、それを克服する為にもがき苦しむ事が尊くも美しい。
朴訥として美しさも無く、大した起伏も無い場面展開に痛いほど生きる事についての渇望が描き込まれています。
美しく老いると言う事が絵空事で有ると言う現実を農耕用の老いさらばえた牝牛が、その骨ばった背中と年月に侵食されて剥がれかけた艶の無い体毛で言葉以上に明確に語ってくれます。
本来演技なんて出来る「訳」が無い家畜が何故演じている様に見えるのでしょう?。
この作品の監督は映画の神様に愛されたのでしょうか?。
これにはロードオブザリングでアラゴルンの愛馬が後足で立った時と同じ感覚を覚えます。
死を嘆き悲しむ事は実は容易い。
エンディングの遺影のシーンで人生の大半を共にした財産で有り、大切な家族で有った牝牛の形見が咽び鳴く中で、力無く己の人生の全てを象徴する場所に座り込む老いた農夫には既に永劫の平穏が訪れていたのでしょうか?。
だが忘れてはいけません。
既に老いた「父」の身体は九つの「生」に分かれて更に未来に生きているのです。
その結末を見続けるのは大気に無限に連携して流れる鈴の音と過去から引き継がれる「命の言霊」なのでしょう。
それこそが(もしかすると)「神」と呼ばれる存在なのかも知れませんね。

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牛の鈴音はお仏壇のりんの音に聞こえました。 ネタバレ

投稿日:2010/11/20 レビュアー:まりこ

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家族が寝静まった夜中、私だけが何故か眠れず、居間で独りボリュームを落として観ました。

山深い、日本の田舎と見紛う農村風景。
荷車をとぼとぼと引き、耕具を引き摺って農作業する老いた雌牛。
深い皺の刻まれた、老いた農夫の陽に焼けた顔と枯れ枝の様な不自由な脚。
寡黙な農夫に寄り添って働きながら、一人愚痴をこぼす老いた妻。
その愚痴は際限なく延々と続くかと思えば、時に農夫を気遣い、時に雌牛を哀れむ言葉となります。
永年の過酷な労働を経て老境に至り、そして今なお土にまみれて働き続ける夫婦と一頭の雌牛の姿に、不覚にも涙しました。

近代化には目もくれず、昔からの農作業を正しいと信じて疑わず、意固地に守り続ける農夫。
生ある内は労働にこだわり、老いて弱った雌牛も引退させず、農夫と雌牛は生涯の戦友・同志なのでしょう。
時代に取り残された感のある農夫と雌牛に対して、妻はこの場にあっては影が薄い乍らも現代です。
雌牛を「可哀想だ」と言いながら、ちゃっかりその引く荷車に乗り込みます。
苦労だ、疲れると言いながらその大声には張りがあり、生気に溢れ、老いてなお盛んな女のバイタリティを感じます。
地域の若いモノには饒舌になるものの、家でも畑でもひたすら寡黙な農夫との好対照が印象的でした。

老夫婦の節くれだった手脚の指に、曲がった足腰に、雌牛の苔生した身体に、這いつくばっても働く事をやめないその姿に、女手ひとつで私と弟を育ててくれた母親を重ね合わせて、しばし涙が止まりませんでした。
チリンチリンと鳴り続ける牛の鈴音は、朝晩母親が手を合わせる仏壇の「りん」の音にも聞こえました。

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牛の鈴音

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老父と老牛の信頼関係が涙を誘います

投稿日

2010/09/03

レビュアー

ミルクチョコ

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老いた農夫と牛の生活を淡々と追うことで、互いの信頼関係を浮かび上がらせたドキュメンタリーです。
79歳のチェ爺さんは、農薬をまくこともせずに、昔ながらの農法にこだわり40歳の老牛をこき使って畑を耕しています。牛の寿命は15歳ぐらいなそうなので、かなりの老牛です。
ある日、老牛が立ち上がれなくなり、寿命が迫っていることを知ります。
年老いた牛は今にも倒れそうで遅々とした歩みで、カメラはゆっくりとその姿を追い続けます。
そんな老牛をこき使って農作業をさせているかと思いきや、やっぱり牛は大切で可愛いのでしょうか?自分たちの手で草を刈り、餌を丁寧に作り世話をしています。

今でこそ、見なくなってしまいましたが、ちょっと前までは、昔ながらの農作業をする人たちはいましたね。
本当に、こんな、当たり前の映像なのに、涙してしまったのは、私がいかに便利で無情な世の中に生きていることを痛感しました。
便利なことを幸せだと信じて、気付かないうちに大切なものを失くしてしまったのは、大きいかな〜?と。

近代化する隣の畑を眺めながら、昔からの農作業にこだわるチェ爺さん。それを見ながら、常にグチを言っているお婆さんが、ユーモラスで、煩いのが、まるでBGMのように聞こえるから不思議です。

老牛を、牛市場で売りに出しますが、爺さんの付けた値では買い手が付かず、「食べるにしては肉がかたい」と言われてしまいます。
その時、牛の目にきらりと光った涙が印象的です。


おばあさんの愚痴が笑えます。

投稿日

2010/07/24

レビュアー

パープルローズ

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韓国で、ドキュメンタリー映画としては異例のヒットとなり、300万人も動員したとか。

山あいの農村に住む一組の老夫婦と、40歳という超高齢の飼い牛の日常を追った作品です。韓国にも、田舎の生活に憧れたり懐かしんだりする風潮があるのでしょうか?

子供のころの針治療の失敗が原因で、足の悪いおじいさんは、毎日牛と一緒に農作業に出る。
機械を使うと米が無駄になるからと、いまだに手作業で稲を植え、草を刈り、収穫をする。
牛が食べる草に毒がかかるからと農薬は一切使わない。
頑固に昔のやり方を貫くおじいさんのそばには、いつも老いた牛がいる。

ナレーションがわりのおばあさんの愚痴が、とにかくおもしろい。
「いい夫とは、よく働いてくれて、農薬を使ってくれる夫だ。」だの、
「うちのだんなは機械も農薬も使わないから、私はいつまでたっても苦労が絶えない。」だの。
おじいさんが牛の薬だといって、たんぽぽを摘みにいくと、
「牛には薬をやって、私にはないのかい。」
まるで牛(めす牛なんです。)に嫉妬しているかのようなおばあさん。

でも、口は悪いけれども、おじいさんが体調を壊すと心配でならないし、40年間一緒に働いてきた牛に対しても、嫉妬と同時に同志のような気持ちもあるんですよね。

余命わずかといわれた牛を心配しつつも、毎日牛に農作業をさせるおじいさん。
自分も頭が痛い、足が痛いといいながらも、働くことはやめない。
おじいさんにとっても、牛にとっても、働くことが人生の全てなんだなあ。そう思うと、おじいさんの深い皺や汚れた爪が、とても愛しいものに思えてくる。

バックグラウンドに流れる鳥や蝉の声、牛の鈴音や息遣いなどの音がとても印象的。

牛をせりにかけにいくシーンで挿入されている、牛が涙を流すカットと、ラスト近くの積みあげられた薪のカットは、意図的すぎてやりすぎだと思いました。

こんな人生もあるんだなあ・・・

投稿日

2010/11/20

レビュアー

みなみ

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牛と老夫婦の静かな生活が淡々と描かれている。

おじいさんは今でも機械を使わず、牛を使って田畑を耕す。
「ラクしたらロクなことが無い」と言って、農薬は使わない。
こだわりがあって、がんこ。

足が悪いのに「休むのは死んでからだ」と
食事と寝るとき以外はほとんど、ひたすら働いている。
そういう人生もあるんだなあ…

40年間、牛の世話をし、牛もそれに応えてきた。

街に出る時も牛に引かせて行く。病院の駐車場でおとなしく待っている賢い老牛。
年をとりすぎた牛の代わりに飼ってきた若い牛は、全く言うことを聞かない。
この老牛とおじいさんの間には特別な絆があるようだ。

働くことがおじいさんのすべてであり、誇りでもあった。
自分が自分であるために働き続ける…それがおじいさんと老牛の共通点であり
強い絆につながったのかもしれない。

多くの子供たちを育て、独り立ちさせてきた老夫婦。
子供たちは皆まっとうで、やさしい大人になっているけれど
おばあさんは「遠慮する生活は送りたくない」と子供には頼らない。
でも辛い生活のグチはこぼしまくる。まあそれは人間として当然だ。
もうちょっと、おばあさんを気遣ってあげてもいいような…。

父の手…その朽ちた無骨さに秘められる意味^^

投稿日

2010/09/22

レビュアー

アルディ

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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ドキュメンタリータッチの写実的な映像に時折「時間軸の逆転」とファンタジーの要素を隠し味に詰め込んで観客を圧倒する独特の雰囲気を持った作品です。
老いに関する表現が半端なく辛辣に描かれており、老醜の中にある筈の「含蓄」と「人生の達観」さえ否定する台詞回しに時折愕然とさせられます。
人はいつまでも苦悩をぶら下げて生きているんですね。
人生の黄昏を迎えても人は己の業(カルマ)から抜け出せる「訳がない!」。
生有る限り、それを克服する為にもがき苦しむ事が尊くも美しい。
朴訥として美しさも無く、大した起伏も無い場面展開に痛いほど生きる事についての渇望が描き込まれています。
美しく老いると言う事が絵空事で有ると言う現実を農耕用の老いさらばえた牝牛が、その骨ばった背中と年月に侵食されて剥がれかけた艶の無い体毛で言葉以上に明確に語ってくれます。
本来演技なんて出来る「訳」が無い家畜が何故演じている様に見えるのでしょう?。
この作品の監督は映画の神様に愛されたのでしょうか?。
これにはロードオブザリングでアラゴルンの愛馬が後足で立った時と同じ感覚を覚えます。
死を嘆き悲しむ事は実は容易い。
エンディングの遺影のシーンで人生の大半を共にした財産で有り、大切な家族で有った牝牛の形見が咽び鳴く中で、力無く己の人生の全てを象徴する場所に座り込む老いた農夫には既に永劫の平穏が訪れていたのでしょうか?。
だが忘れてはいけません。
既に老いた「父」の身体は九つの「生」に分かれて更に未来に生きているのです。
その結末を見続けるのは大気に無限に連携して流れる鈴の音と過去から引き継がれる「命の言霊」なのでしょう。
それこそが(もしかすると)「神」と呼ばれる存在なのかも知れませんね。

牛の鈴音はお仏壇のりんの音に聞こえました。

投稿日

2010/11/20

レビュアー

まりこ

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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家族が寝静まった夜中、私だけが何故か眠れず、居間で独りボリュームを落として観ました。

山深い、日本の田舎と見紛う農村風景。
荷車をとぼとぼと引き、耕具を引き摺って農作業する老いた雌牛。
深い皺の刻まれた、老いた農夫の陽に焼けた顔と枯れ枝の様な不自由な脚。
寡黙な農夫に寄り添って働きながら、一人愚痴をこぼす老いた妻。
その愚痴は際限なく延々と続くかと思えば、時に農夫を気遣い、時に雌牛を哀れむ言葉となります。
永年の過酷な労働を経て老境に至り、そして今なお土にまみれて働き続ける夫婦と一頭の雌牛の姿に、不覚にも涙しました。

近代化には目もくれず、昔からの農作業を正しいと信じて疑わず、意固地に守り続ける農夫。
生ある内は労働にこだわり、老いて弱った雌牛も引退させず、農夫と雌牛は生涯の戦友・同志なのでしょう。
時代に取り残された感のある農夫と雌牛に対して、妻はこの場にあっては影が薄い乍らも現代です。
雌牛を「可哀想だ」と言いながら、ちゃっかりその引く荷車に乗り込みます。
苦労だ、疲れると言いながらその大声には張りがあり、生気に溢れ、老いてなお盛んな女のバイタリティを感じます。
地域の若いモノには饒舌になるものの、家でも畑でもひたすら寡黙な農夫との好対照が印象的でした。

老夫婦の節くれだった手脚の指に、曲がった足腰に、雌牛の苔生した身体に、這いつくばっても働く事をやめないその姿に、女手ひとつで私と弟を育ててくれた母親を重ね合わせて、しばし涙が止まりませんでした。
チリンチリンと鳴り続ける牛の鈴音は、朝晩母親が手を合わせる仏壇の「りん」の音にも聞こえました。

1〜 5件 / 全23件