ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜

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ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜 / 松たか子
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「ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜」 の解説・あらすじ・ストーリー

太宰治の同名短編を「隠し剣 鬼の爪」の松たか子と「母べえ」の浅野忠信主演で映画化。放蕩者の小説家と、そんなダメ夫をしなやかな逞しさで包み込んでしまう妻が織りなす心の機微と愛の形を繊細に描き出す。監督は「遠雷」「サイドカーに犬」の根岸吉太郎。第33回モントリオール世界映画祭でみごと監督賞を受賞。戦後間もない混乱期の東京。小説家の大谷は才能に恵まれながらも、私生活では酒を飲み歩き、借金を重ね、おまけに浮気を繰り返す自堕落な男。放蕩を尽くしては健気な妻・佐知を困らせてばかりの日々。やがて佐知は、夫がつくった飲み屋の借金を肩代わりするため、自らそこで働き始めるのだったが…。

「ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜」 の作品情報

製作年: 2009年
製作国: 日本

「ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜の詳細

  • 旧作
収録時間: 字幕: 音声:
114分 日本語 1:ドルビーデジタル/ステレオ/日本語
レイティング: 記番: レンタル開始日:
PG-12 PCBC71730 2010年04月07日
在庫枚数 1位登録者: 2位登録者:
23枚 4人 1人

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ユーザーレビュー:46件

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1〜 5件 / 全46件

太宰を支える妻の物語ネタバレ

投稿日:2010/03/25 レビュアー:ミルクチョコ

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太宰治の自伝的小説「ヴィヨンの妻」と「桜桃」「二十世紀旗手」の短編小説を繋ぎ合わせた独自の脚本家田中陽造氏のオリジナル脚本らしいです。
放蕩作家の夫に振り回されながらも、全て穏やかに、凛として夫を愛しぬく妻の姿を描いた作品です。

第二次大戦後の東京。行きつけの飲み屋からお金を盗んだ大谷(浅野忠信)の尻拭いをするために、そこで働き始めた妻左知(松たか子)。しかし、夫に尽くすだけの妻かと思いきや、そこで自分らしき生きる女性像を松たか子は表情豊かに体現しています。

夫の借金を返すために飲み屋の「椿屋」で働き始めた左知は、あっという間にお店の人気者になり、チップを貰うように。
その時の彼女の言葉が「私お金になるんですね!」
最初は身勝手な夫の犠牲で働きだしたのに、新しい自分を発見した左知が、働く喜びを感じ、だんだんと自立していく姿がいいです。

中でも、女優陣が素晴らしいです。「椿屋」のおかみ、室井滋の左知を見守りながら逞しく生きる姿、広末涼子は、大谷の愛人役で、一緒に心中をするのですが、落ち着いた淑女。悪役に昇華しています。松たか子演じる左知は、持ち前の明るさを発揮しながらも、夫の心中相手の殺人容疑を掛けられた弁護を頼むため、元恋人の弁護士(堤真一)に会いに行くのですが、口紅1本である決意をした辺りの演技と、そこで何かあったのかを感じさせるところも凄いです。

浅野演じる大谷は、周囲の人を自然と不幸に引きずり込むネガティブな男で、むしろ生き生きとした左知への嫉妬を募らせていくようなタイプなのに、そんなつかみどころのない主人公に運命のように振り回されても寄り添う妻。
むしろ、本作は大谷を支える妻の物語と言った方が良いのかもしれません。
お互いに手探りの状態で、夫婦が遠回りをして最後は絆を築く。
ラスト繁華街のガード下で佇む二人。二人は寄り添いしっかりと手を繋ぐ。「私たち生きてさえいればいいのよ」と言った妻の言葉が重かったです。

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はまる

投稿日:2011/02/22 レビュアー:ロンリー火真西

はまりました
時間を忘れて見てしまいラストの佐知の台詞でふっと肩の力が抜けたところで映画が終わりました

思っていたほど暗い映画ではないです
暗いどころかつかみどころが無く少し風変わりな大谷が可笑しかったくらいです

その大谷を浅野忠信が演じるのは絶妙でした

ヴィヨンとは何か?
と思って調べましたところフランソワ・ヴィヨンという放蕩の芸術家だそうです

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いっしょに墜ちてほしかったのね。

投稿日:2013/01/30 レビュアー:港のマリー

あるじの荒れた生活をそのまま映しているような貧窮極まる大谷邸のすさまじく侘びしいようすや、居酒屋「椿屋」のほの暗さ、間取りの面白さ、怪しげな小店が軒を連ねる路地裏の、淪落と猥雑な活気が入り交じったような雰囲気。
と、一転青い目の進駐軍の兵士と、その腕にぶらさがる派手なスカート、真っ赤な口紅の日本女性たちが闊歩するさまを、さんさんと白い陽光のもとに置き、脇にはGINZAと記されたアメリカ映画に出てくるような道路標識が。
じつは私も知らない敗戦直後、進駐軍占領下の東京界隈が、臭いや不潔さや当然孕んでいたであろう不穏な空気をいっさい抜き取った、国民みなが共有すべき「適切な」イメージとして再現されているかのようだ。太宰のお話だからデカダンスの香りは多少ある。
この「適切さ」にわたしは抗する術はないので、本作の丁寧に作り込んだ美術はすばらしいと思う。
それと照明がまた見事。荒れすさんだ大谷の家、ふすまが開いて粗末なねまき姿の松たか子が顔をのぞかせる。その顔の内側から微光を発しているかのような白さ。
居酒屋で働いているうちに、松たか子の顔の白さに底のほうから紅が差してくるように艶が増す。肌がきれいなこともあるけれど、照明のあて方もいいのかも。
対照的だったのは広末涼子。どこまでも青白く翳りを帯び、闇の底でまたたく妖しい燐光といった気配。いい光を当てられて広末さんは健闘していました。こういう役に挑戦していってほしいものです。
太宰モノとして特徴的だと思ったところは、作家としての苦悩よりその人格障害ぶりを強調している部分。
懇意の人から当然のごとく金を盗み、それをさらに懇意の人に肩代わりをしてもらい、妻をストーカーし、純情な青年の心をもてあそび、いよいよとなったら自殺未遂をくり返す。しかも女を道連れに。
とほうもない醜態をさらし続けるおのれに、どこか自身では快楽を感じているふしすらある大谷の異常さを、淡々と映す。
ちょっとドストエフスキーの「地下室の手記」の主人公を思わせる。ずっとひ弱ではあるけれど。自己愛過剰の魔物は、日本では優しく弱々しい姿をしていることを、浅野忠信は伝えています。
結局大谷が望んだことは、聖母のように清らかで、どんな時でも慈愛で包み続ける妻さちを、じぶんのいる地獄まで引きずり下ろすことだったのかもしれない。
娼婦から買った真っ赤な国紅をつけ、かつての恋人に身をまかせ、子どもに与えるべき桜桃を、夫婦でいっしょにこっそり食べてしまったさち。
これで妻さちも堕落したと、大谷は安心したようにも見えるふたり手をつなぐラスト、でもそれは誤解だったと、わたしたちは知っている。

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悪魔の妻

投稿日:2011/03/25 レビュアー:裸足のラヴァース

レヴューは みみちゃんに近い感想だねボクは あまりのれませんでしたがな ボクは高校生の頃その自意識過剰を周りに振りまいていたので よくお前は太宰治ないし三島の小説の登場人物のようだと言われたもの 心外だけどその誤解はわからぬでもない しかし自分としては小説の人物で一番近いのはロビンソン・クルーソーと一貫して主張しているのだ と言ってもあなたは「ロビンソン・クルーソー」を読んでないから イメージの彼しかわからない けけけ
太宰本人と彼のエクリチュール(書かれたもの)はまったく違う そして読者のレクリュール(読むこと)にも当然 落差と断絶が生じうると さて映画はどうかと

のれないと言うのは端的に この太宰ワールドの戦後の侘しさやデカダンスは ボクの世代あたりを最後にしてもう理解不能の感受できないものだからではないか 例えばボクのレヴュー広場のリアルフレンドで一番多いのが四十代の人達だけど 彼らには太宰はおろか 全共闘運動もビートルズでさえもそのリアルな相はもうわからないのです

だから演出家の根岸吉太郎の力量のせいではなく せいぜい美術が頑張る以外はこの時代を描くのはしんどいのです 近い過去は意外にわからないものなのです ここでは堤真一が登場するとたちまち「三丁目の夕日」と区別がつかなくなります 逆にチャンバラに飛べば 映画的記憶でしか違和感がないから 制作費は大変ですがいくらか楽になります

この映画は田中陽造への興味で見たのですが さすが彼の本は巧妙に出来ています冒頭の泥棒のエピソードでつかんで ある種のリズムを作ろうとします お金の主題が真っ先に出てくるのですね 貧困とそれが生み出す侘しさとデカダンスはいかにもな現代に通底する問題圏 この主題が日本映画を覆ってきていますでしょう その伝で言えば荒戸源次郎の「人間失格」のほうはストレートに太宰でいささか説得力に欠けているでしょうかね

浅野はこゆう彼の演技は見たくないが無難 松たか子はどうもかまととぽくって好きになれないのだけど ここでも自分なりの不思議ちゃんで太宰への理解は二の次な感じかしら あまり評価はしないとはいえ「三丁目」もこの太宰も難物 製作御苦労様とは思いますね 

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女性讃歌に男性哀歌ネタバレ

投稿日:2010/04/12 レビュアー:まりもってぃ

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太宰治生誕100年を迎えた2009年は
太宰作品が次々と映像化されました。
正直『斜陽』は残念な作品でしたが、
本作は太宰の名を汚すことの無い素晴らしい出来です。
松たか子の艶っぽい演技と
浅野忠信のダメ男っぷりな演技はお見事でした。
尚、松たか子は本作で主演女優賞4冠を達成しました。

教養の無い私がこのタイトルを見てまず思ったこと。
それは、、「ヴィヨンって何?!」^^;
とりあえず公式サイトに何か記載があるかもっ…と思い、
覗いてみたらありました〜^^

高い学識を持ちながらも悪事に加わり、
入獄・放蕩生活を送ったフランス近代詩の先駆者
フランソワ・ヴィヨンという人物像から転じて
無頼で放蕩な人の例えとして使われているそうです。
まさに主人公・佐知が愛してしまった大谷そのものですね。
両者とも文学者という点も共通しているし、
ひょっとしたら大谷はヴィヨンの生まれ変わりかもっ?^^

しかしまぁ、、
今でいう「だめんず」なお話も文豪の手に掛かると
こんなにも重厚で文学的に仕上がるから凄いものです。

秘かに想いを寄せていた苦学生の為、衝動的に万引きを働き、
逮捕されてしまった佐知を救ったのが大谷でした。
これがきっかけとなり二人は目出度く夫婦となるわけですが、
こんな勇敢な男性が女ったらしで
借金まみれの男に成り下がるなんて…
そんなこと思いもしなかったでしょうね、当時の佐知は。。

夫の借金返済の為に居酒屋「椿屋」で働くことになった佐知でしたが、、
まだ26歳と若い佐知が店の看板娘になるのもそう時間はかからず、
働き出してからというもの本来の輝きを取り戻した佐知に
男の嫉妬を露わにする夫の大谷。
女性の逞しさに男性の情けなさ…。
女性の強さと男性の弱さの典型的な描写ですね。。

「私ってお金になるのですね」
お客からチップを貰った際の佐知の顔が印象的でした。
有能な作家である夫と比べて
自分は平凡な子持の主婦でしかなかった…。
そんな自分の可能性を見出し自我に芽生えた佐知は
自信に満ち溢れていて…。
「(大谷の)奥様じゃなくて椿屋のさっちゃんよ」
何気ないこの言葉に佐知の心境の変化がよく表れていたと思います。

真赤なルージュを唇に塗って
昔想いを寄せていた弁護士・辻の元へと向かう佐知。
そしてその後の佐知にはもう以前の陰欝としていた姿は
どこにも見当たらない…。
人としてだけでなく女性として
佐知はもう一度生まれ変わったのです。
思えばこれは強烈な女性讃歌でした。
そして同時に大谷や辻の様な
男性の生きにくさや苦悩を描いた男性哀歌でもありました。
「男には不幸ばかりがあるのです。
 いつも恐怖と闘っているのです。」
大谷のこの一言にその想いが込められていました。

そして夫婦とは理屈では割り切れない、
最も不可解な人間関係なのだと実感です。
伊武雅刀と室井滋が演じる椿屋の夫婦は
人情味に溢れた素敵なカップルで、
私にとってまさに理想の夫婦です。

大谷の愛人、バーの女を演じた広末涼子は
当初は役に合っていない様な気がしたものの
(巻髪も違和感があり…)、
後半からじわりじわりと退廃的な魅力が出てきて、
特に佐知とすれ違う場面での表情に凄みがあって良かったです。
もう清純派アイドル広末じゃないのね〜としみじみ。。

サブタイトルにもなっている
本作のキーアイテム「桜桃とタンポポ」は、
痛みやすいけれど甘みがあって愛される桜桃が大谷、
どんな環境にも対応して成長し、
華やかさはないけれど誠実な美しさをもったタンポポが佐知
という解説が公式サイトにあり、なるほど納得した次第です^^

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