哀しみのトリスターナ

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（ブニュエルまつり、である。先日突然廉価でリリースされた後期の５作品が、discasでもレンタルされるとは嬉しい。このシリーズは従来盤とランニングタイムが違っていたり、字幕翻訳の荒いことが気になるけれど、もちろん全部面白い作品である）

『哀しみのトリスターナ』の原題は、“Tristana”。カトリーヌ・ドヌーヴ演じる主人公の名前である。けれどその名には、“triste”（哀しい）が内包されているから、邦題はなかなか正確と言えるのだろう。
　美しい少女（ドヌーヴ）は母親の死後、（母と関係があったかもしれない）没落貴族に引き取られ、愛人にされる。彼女は自ら愛人を作り、駆け落ちする。しかし、重い病に冒され、不本意にも帰ってくる。
　腫瘍のため片脚を切断され、怒りをその身に溜めていくトリスターナ――原作の小説に由来する、若く美しい女の脚が切断される、それがブニュエルを惹きつけた（古くはヒチコックも引き付けられたらしい）。
　あるいは、ドヌーヴの片脚を切る、ただそれだけのための映画であると言ってもいいのかもしれない。『ロバと王女』と同じ年に作られた本作のドヌーヴは、とても美しい。ジャック・ドゥミのドヌーヴはファンタジックに輝いているが、ブニュエルのドヌーブは、生々しく、同時にマネキン人形のような被虐性をも強く感じさせて魅力的だ。
　片脚を失い、松葉杖をつき、喪服に身を包むドヌーヴ。ブニュエルは『昼顔』よりもはるかにケレン味を抑えて、抑制した描写に徹している。鐘楼に揺れる生首、というのも悪くはないが、ほんとうはブニュエルにはもっと奔放なイメージを期待したい。
　だが演出を抑制しているゆえに却って、美しいものの一部が欠損したことから生まれる「歪んだ美」を定着し得ているとも感じられるのである。
　また、労働者を弾圧する官憲の暴力性や、トリスターナがそれと意識せずに聾唖の少年を性的に挑発している官能が、作品に禍々しさを与えている。
　トリスターナが何かにつけ、「どれがいちばん好きか」と自問し、意識的な選択を自分に課していることも面白い。『フレンチコネクション』で知られるフェルナンド・レイが、資本家の台頭で没落しつつある貴族――プライド高く、底の浅い俗物を見事に演じているのだが、彼は文句をいうばかりで自分からは何も選択しようとはしないのだ。トリスターナが侮蔑に満ちた眼で、彼の大事なスリッパを生ゴミの中に投げ込むのも、むべなるかな。７０点。

哀しみのトリスターナ（１９７０年、フランス・イタリア・スペイン、カラー、９４分）

１９２０年代のスペインを舞台に、偽善的な貴族の老人と、まるで彼の従属物のような養女との、不可思議な関係を描いたルイス・ブニュエルの傑作。

両親に死なれて孤児になった若きトリスターナ（カトリーヌ・ドヌーヴ）は、母の知人の没落貴族ドン・ロペ（フェルナンド・レイ）に引き取られた。ロペの邸では、サトゥルナ（ローラ・ガオス）という女中が彼の身の回りの世話をしていた。サトゥルナの息子は聾唖だが、トリスターナと気が合い、２人は教会の鐘楼に上がって鐘をついた。その夜、トリスターナは夢の中で、目を見開いたドン・ロペの生首が鐘にぶら下がっているのを見た。悲鳴をあげて目を覚ますトリスターナに、ドン・ロペは彼女を女として見るようになる。征服欲の強いドン・ロペに嫌気がさしたカトリーヌは、街に出て、若い画家のオラーシオ（フランコ・ネロ）に出会い、心惹かれるが．．．。

カトリーヌ・ドヌーヴの美しさが際立ちます。
本作出演時は２７歳くらいですが、背筋が寒くなるほどクールな美貌がスクリーンに映えます。
ルイス・ブニュエル監督には、６７年「昼顔」でも起用されており、衝撃的なシーンが残像として脳裏にあります。本作での彼女の役柄は、まさに薄幸の女性ですが、ラストは解放感を感じました。

強欲な没落貴族の老人役で、フェルナンド・レイが出ています。
「フレンチ・コネクション」での暗黒街のボス役のように、不気味な怖さを感じるスペイン人俳優です。
ルイス・ブニュエル監督の作品では、本作２年後、７２年「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」で主演を張っていますが、同作はなんとも理解し難い映画でした。

ルイス・ブニュエル監督は超現実主義者と云われておりますが、異人とか奇才といった表現もあるように、結構分かりにくいです。（少なくとも私には）
しかし６４年「小間使の日記」のように、分かりにくさのなかにも面白さを感じる作品もあります。
５９年「熱狂はエル・パオに達す」という映画も観ましたが、こちらは難解でした。

邦題にある「哀しみ」という言葉がずっと記憶に残っていて、気になっていた作品でしたが、観終えてスッキリしました。

優美・幽玄の美を愛でる日本人としては、川端康成「片腕」のように、たおやかな美少女がそっと片方の腕をはずし、コトリと卓上に置く…　というような状況のほうに萌えるのではないでしょうか。
市川雷蔵の「薄桜記」も腕だからいいわけです。
ところが西洋人、なかでもとりわけ脂っこいブニュエルは、太ももの付け根から脚をまるまる一本、ハイヒールをはかせたまま、どしんとソファの上に投げ出します。
エロティックというべきか、野蛮というべきか。肉食獣のエロティシズムとでも名付けるべきでしょうか。とにかく異形の美、歪んだ美がもの凄すぎて、背中がぞわぞわしてくる。私たちの隠された嗜虐願望をあからさまなかたちにして煽り立てるわけです。ヒッチコックが興奮したのはとてもよくわかる。
「欲望のあいまいな対象」や「自由の幻想」のような奇妙奇天烈さはないので安心したのもつかの間、古びた田舎町で悲しい運命に翻弄される美女、カトリーヌ・ドヌーブの暮らしぶりを描いた一見端正な正統派映画に仕込まれた毒に当たった気分でした。
男のスリッパを残飯のなかに捨てるというのにも、なかなか毒気があります。ロマンチックなタイトルにかかわらず、ブニュエル独特の不穏な気配は相変わらずでした。

そのタイトルですが、邦題の「哀しみ」というのは、ちょっと違うかと、感じました。トリスターナのいちばん激しい感情は「憎しみ」ですね。下心を抱いて養父になった俗物根性丸出しの男、それでも土地の名士、を全身全霊で憎んでいます。ドストエフスキー「白痴」に登場するナスターシャ・フィリポヴナは、金の力で自分を囲っている商人を狂おしいほどに憎み、囲われているわが身が口惜しくて毎晩敷布を引きちぎるほど。その激しい情念が暗く凄艶な美貌となって周囲を圧倒するわけですが、映画後半のトリスターナにも似たところがあります。フランスふうに洗練されてはいますが。
道化役、狂言回し役をになった聾唖の青年を、窓から誘惑する場面のドヌーブの表情には鳥肌が立ちました。
ドヌーブにあんな醜悪な、悪魔的な感情を演じさせるブニュエルも凄い。
「愛か憎しみが共演していない時には、女は平凡な役者だ」
は、ニーチェの言葉ですが、カトリーヌ・ドヌーブは本作において、憎しみと共演することによって非凡な女優になったのでした。

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　ドヌーヴつながりで、こちらを鑑賞。

　いやぁ、またタイヘンなヘンタイ映画を観てしまった。養女として引き取った年若い娘を愛人にする老人ロペ。この傲岸不遜な好色オヤジの妄想に取りこまれてしまった女の哀しい生涯の物語。カトリーヌ・ドヌーヴはあどけなさと無垢の宿る少女時代から、後年の妖艶な悪女までを見事に演じ切っている。養父に初めて性的にアプローチされた時、驚きつつもキャキャッとはじけるように笑ったその笑顔に、女の淫靡な喜びがチラと浮かんでいたのにはゾッとした。女って生まれた瞬間から女なのだ。幼い頃から男性に対して媚びる術を、そして男を惹きつける快感を知っている、それが女という生き物。

　鐘楼の生首に魅入られた時から、トリスターナは老人から逃れられない運命にあり後年までこの悪夢にうなされる。現実の人生も自由に羽ばたくことを許されない籠の鳥であったが、そもそもそれは彼女自身がロペを虜にしてしまったが故なのだ。「自由に生きる」ときっぱり言って好きな男の元へ駆けつける情熱を持っている一方で、死を覚悟したときには老人の元へと帰る、トリスターナはそういう女で、結局は全て彼女自身が望み志向し呼び寄せた運命で、実は自ら老人の妄想に飛び込み絡め取られていったのではないか、そういう「性」の女なのではないか、と思わせられた。

　だから、悲劇のあとで彼女は更に美しくなる。前半でロペが「脚でも折って家にいれば貞淑でいられる」と呟いたことを、彼女は体現してしまう訳だが、老人の手中に落ち、彼を憎めば憎むほど、彼女の美貌が輝きを増していくのは、その名が示すとおりトリスターナは「哀しみ」を貪って美に昇華していく女性なんだと思う。

　冒頭の喪服の女２人のショットに続くブルーが印象的な少年たちの戯れるシーンや、後半の、長閑な庭に立つ青年が見上げるバルコニーにトリスターナが神々しく現れ、妖婦の姿態を見せつけるショットなど、牧歌的な情景の中に緊張感を走らせる画（え）にも引きつけられた。時間の経過が唐突で説明がないのに面食らうところもあったが、最近の分かりやす過ぎる映画の幼稚さに比べるとスマートな語法と思える。たまに古い作品を観るといろいろ発見があり、忘れていた感覚が蘇る感じがするのがちょっと楽しい。

　うん、なかなか面白かったです。

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物語は、現代ではなんてことのない不倫ものとして片付けられそうだが、制作当時の社会の反応はどうだったのか、衝撃的ではなかったかと思わせる内容。表現もブニュエルにしては鮮烈さは控え目で、そのためか丁寧な作りが強く印象に残りました。女の、ドヌーヴの妖しさや怖さが際立ったのも、控え目な表現によるものなのでしょうね。

筋書きは単純で映像もどちらかと言えば地味なのだが、脚本や表現の細部が凝っているため、終幕まで緊張感を保ち興味深く観続けることができる。それは、物語の進展と終盤を予想させるかのモチーフを前半で出し尽くし、不穏な空気感を醸成するとともに鑑賞者に物語のイメージを植え付けるという凝ったつくりにある。老貴族の序盤の性癖や発言に、度々挿入される死のイメージ。さりげなく街並みと同時に写し込まれるのは片足の物乞い。公園を散歩するトリスターナが見つめる先は赤ん坊。これらは後に実現することへの備えであり、トリスターナの心象風景なのだろう。また聾唖の少年を配置したのはトリスターナの変貌ぶりを見せつけるために、ベランダでのトリスターナ行動を、ああえて意味深にし印象付けるためだったのかと思わさる。これらの緻密な前振りが、ドヌーブが縁取りの濃い化粧で分かり易く見せてくれる、無垢な少女から私利私欲にまみれた悪女へと変わる過程に、怖さと悲しみに哀れみも同時に感じさせてくれる。またその変貌を、不可解に思わせることなくすんなりと受け止めさせてくれる。

落ちぶれた老人の繰り言のような望みは、結局のところ最期を迎える前にすべてかなえられる。
やや、見え方は違うのだが・・・。といった物語なのでしょう。

初めに控え目な表現と書きましたがよく見るとかなり怖く、巧みの技には唸らされる作品です。★４