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ブロークン・イングリッシュ

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ブロークン・イングリッシュ / パーカー・ポージー

全体の平均評価点:(5点満点)

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旧作

ジャンル :

「ブロークン・イングリッシュ」 の解説・あらすじ・ストーリー

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旧作

解説・ストーリー

映画監督ジョン・カサヴェテスと大女優ジーナ・ローランズの娘、ゾーイ・カサヴェテスが監督デビューを飾った恋愛物語。恋をあきらめかけていた30代のヒロインに訪れた思いがけないロマンスの行方をリアルに綴る。主演はパーカー・ポージーとメルヴィル・プポー。ニューヨークのホテルで働く30代の独身女性、ノラ。親友は彼女が紹介した人と幸せな結婚をしたというのに、ノラ自身は男運が悪いのか、結婚からますます縁遠くなり、いつしか恋に対しても臆病になり始めていた。そんな時、気分転換に顔を出したパーティでフランス人のジュリアンと出会い、思いがけず情熱的なアプローチを受けるノラだったが…。

「ブロークン・イングリッシュ」 の作品情報

作品情報

製作年:

2007年

製作国:

アメリカ/日本/フランス

原題:

BROKEN ENGLISH

「ブロークン・イングリッシュ」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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ファインダーの中の欲望

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イージー・ライダー☆レイジング・ブル

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ユーザーレビュー:74件

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1〜 5件 / 全74件

幸福の瞬間を掴む ネタバレ

投稿日:2010/02/11 レビュアー:ポッシュ

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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 強面の忙中有閑さんが誉めてる恋愛映画・・・ってことで、どれどれと観てみました。

 いやぁ、いいですね、これ。けっこうハマりました。な〜んてことのないフツーの恋愛模様でフランス映画のようなさりげない脚本と演出。こういうのは役者に魅力がないと退屈してしまうけれど、パーカー・ポージーもメルヴィル・プポーも自然な存在感があって良かった。どっちも別に好きな俳優ではないのに、映画の中に生きてる人物としてとても好ましく見えた・・・ってとこが個人的に「いい作品」に出会えたと思える一つの基準なんですね。

 このノラ(P・ポージー)というヒロイン、30代独身で結婚に焦ってて神経症気味で・・・ってちょっとイタイ女性なんだけど、な〜んか応援したくなっちゃう。打算で結婚を望んでいるのではなく、どっちかと言えば白馬の王子様が現れるのを待ってるタイプ。こういうところもイタイんだけど、映画では夢を見たいおばちゃんとしては全然OK。

 で、せっかくジュリアン(M・プポー)というなかなか誠実そうなフランス男と出会えて、一緒にフランスに行こうとまで言われたのに、彼女ってば肝心なところで尻込みしてしまうのですね。この子の「不幸グセ」っていうのはコレなんすよ。自分が本当のところ何を欲しているのかってことが自分で分かっていない。だから選べない。選ばない。幸福の絶対値なんてないの!それは自分で決めるの!っておばさん、画面に向かって叫んじゃったわよ。彼女の不安も分かる。たった数日の付き合いで信じていいのかしら。彼は本当に私のことを好きなのかしら。そのうち飽きて捨てられちゃうんじゃないかしら、かしら、かしら・・・。

 そりゃそーだわよ、先のことも他人の心の中も分かる訳ない。そんなの当の本人だってよく分かってないんだからね。分かってるのは自分のその時の気持ちだけでしょう。その瞬間に賭けてみろっつぅの。

 彼女が出会う人たちが言うことにゃ、結婚は契約、愛はそれとは別モノ、だそうだ。それは一つの言い分で100%の真理とは思わないけど、愛を感じる「瞬間」の幸福っていうのはアルと思う。そういう瞬間を大事にするのも、人生の豊かなひとときではないのかしらん。

 そして、そして。最後にようやく彼女は奇跡的な「瞬間」を掴む。はにかんだ笑顔の奥に自分の人生を選び取った充足感と安堵感がハッキリと見えて、ちょっと泣きそうになるくらいグッときた。
 
 この先どーなるかなんて誰にも分からない。ダメになっちゃうかもしれない。それでも、いいじゃないの。失うことを恐れていたら何も掴めないのだから。それよりは、かけがえのない「瞬間」を選んでほしい。映画なんだもん。・・・っと恋愛映画大スキおばさん、大満足のラストでありました。(笑)

このレビューは気に入りましたか? 15人の会員が気に入ったと投稿しています

良いです

投稿日:2009/07/11 レビュアー:あき

オーバー30独身で、毎日、独り発泡酒飲んで、寝ている女性に見て欲しい!!私、本当に面白かった。最初、なにげなく見てたんだけど、こんな映画つくられるなんて、海外でも、こういった女性多いんだな〜って、だから作られるんだな〜て、安心したし、オーバー30の、ある意味、よくよく設定考えたら、少女漫画みたいなんだけど、なんか、リアリティ感じられるのは、私自身、こういった展開、憧れているからか?おもしろかったよ〜。金曜、独り、家で過ごす、女子におすすめ!

このレビューは気に入りましたか? 11人の会員が気に入ったと投稿しています

そういう映画を英語でchick flickと言うそうですが、典型

投稿日:2010/07/28 レビュアー:bokensdorf

パーカー・ポージーは演技ではなく地ではないか、というくらいのハマり具合は大変感心しました。

この人は初めて観ましたが、キレイですがもし本当にこういう人なら苦手です。
監督も同世代の女性だそうです。(パーカーは1968年生まれ。監督は1970年生まれ)
この世代の女性を代表している主人公が登場し、この世代の女性を代表するストーリー。
ソフィア・コッポラの作るものに感覚が似ているなと思ったらこの3人は仲良しだそうです【出所:Imdb.com】(ソフィア・コッポラは1971年生まれ)

何がこの世代的かというと、「愛を知らない」

なんでかな、と、よく思います。自分探しの中心もこの世代です。自分が何をしたいのか分からない。自分が生きている理由が分からない。人ができているのに自分ができていない事で落ち込んでいる。癒しを求めている。そして、「人の愛し方が分からない」「誰も愛した事が無い」


たくさんいます。そういう女性。この世代に。知的で美人で。苦手です。
ストーリーはもう、私の感性からは理解はするがまったく共感しません世界です。彼女たち(監督の世代)がこの映画で求めているのはまさに「共感」なのだと思います。「私を分かって欲しい」というアピール。「どうしていいか分からないの」「助けて」コールです。そして主人公は明言します。「わたし、、、人を愛した事が無い」


そういう人の特徴は共通していて、それが抜け出せない唯一の原因なんですが、それは何かと言うと「人と向き合った事が無い」という事に尽きます。他人と真剣に向き合う事が何故か知らないが恐いのですね。だから悩むと内向きになる。自分の中に籠る。人を見ない。人と真剣に向き合わずには理解も愛も生まれないです。だからこの人は(世代は)人を愛せず、愛を知らない「年齢だけの大人」になる。

苦手ですねぇ。体は大人で精神は幼稚という。可哀想な気がします。これは親の世代に由来していると思う事があります。育て方を知らない世代に育てられた(というか育てられなかった)世代がこの世代なのです。

そして見えているのは自分の周囲2メートルぐらいの範囲だけです。ビジョンも人生の展望も無い。生き方を知らないのです。こういう女性に魅力を感じることは私は無いですが、たくさん存在しているのは何とかしてあげたいと常々思います。こういう人たちが親になったらどういう子供ができるのだろうか。大変な事になるように思います。


オードリーという友達が出てきます。主人公の親友で、一緒にパリに男を捜しに行ってくれたりします。比較的しっかりしてますが、彼女も又、実は愛を分かっていない同世代。理想的と描写される夫とうまくいっていない事が示され、オードリーは言う。
「彼の事をクリティックに言う事をやめようと思う」
これが「やり直すための第一歩」だそうです。愛を分かっていない=この女性は結婚は上手くいかない、です。もしかしたら監督(兼脚本)も分かっていなくて本気でこの科白を愛の再生のための決意として書いたのではないかと心配にもなります。いいですか同世代の女性の方、愛と言うのはすべてが好きな状態を言うのです。「ここは素敵だけどここは嫌い」とか「彼のああいう所は直して欲しい」とか「批判」とかの気持ちはまったく浮かんで来ないものなのです。愛とはすべて、全部、なにもかも好きなのです。そう思えないのならそれは愛では無い。断言します。

占い師の所に騙されに行く前に(そういう人が多いのもこの世代の女性の特徴です)、他人としっかり向き合い、その人たちをよく観ることをまずしなさい。


※ゲイの男友達が例によって登場しますが、これも「素敵な男はみんなゲイ」とよく勘違いしている女性がいますがそれは逆で、「男性性と向き合うのが恐くてゲイと友達になっているだけ」のあなたがいるのです。

※この世代の女性の願望をストレートに描いた作品ですが、一部の女性に共感を得るだけで、大衆の支持は受け得ないでしょう。そういう映画を英語でchick flickと言うそうですが、典型です。

※この世代の女性の願望を描いた映画では「ハート・オブ・ウーマン(2000)」の方が圧倒的な出来だと思います。ナンシー・マイヤーズ監督にかなう訳は無いですが。そちらもどうぞ。

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ペンギンは知っている ネタバレ

投稿日:2010/11/13 レビュアー:裸足のラヴァース

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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この映画にはどこか薄さの印象があります それはデジタルかフィルムかわからない微妙なトーンが落ちた画面からもちろん来るのですが 親父さんのジョン・カサヴェテスのある作品に関し「人間の生のアポリアと崩壊一歩手前での踏みとどまりを あれほどひりひりする緊張と共に描いてくれたシネマ」と評したのは青山真治なのですが そのようなシリアスでディープな主題いや映画そのものの触感と娘のゾーイのシネマではまったく肌合いが違います この映画を青山はずばりフェイストーン(顔色)の映画だと看破します

冒頭は結婚式からの身づくろいから始まり 化粧の肌へののりや衣装合わせが描写され これは男性の親父さんには撮れない繊細さですが そこで映画は薄さを限界まで露呈し 観客に目を凝らして画面を見よと仄めかします 親父のこゆい映画と明らかに離れて 画面の柔らかい肌理 マチエールの選択こそが彼女のやりたいことなのでしょう

薄い画面と相即して 物語内容は薄い人物像の主人公です この娘の母親として ジーナ・ローランズがどうにもこうにも圧倒的な存在感で登場していて いかにもなジョン・カサヴェテス映画の人物像を演じます なんせ母親にボーイフレンドを紹介してもらう娘です この影の薄さもまた薄さの映画として強烈に印象づけられます パリにあってはまた何とトリュフォー映画のベルナデット・ラフォンが登場して仰天します ここでも主人公を圧倒 それとは別にNYの街角で突然占い師のおばちゃんが声をかけ まるでフランス映画のように素敵です とにかくこの映画はおばあちゃんたちが元気なのですね いいことです 

それにしてもこのおねえちゃんねえW 冒頭でローランズにはなから引導を渡されてしまっている映画なんですね おまえらなにやってるんだと この濃さから薄さへと主人公の引きこもりは もうカサヴェテス的物語に入るはるか以前の物語 なんともあっけらかんに主人公は 愛する人が欲しいと悩んでいるのですね ふらりと友人とパリに行ける贅沢な身分 満たされているのに肝心なとこにぽおかり穴が開いてるわけですか つまりポスト・モダンな薄いお話なわけなのでした しかしここからしか現代の映画は始まらないのは事実 ゾーイは聡明です

このいささか憂鬱なお話も メルヴィル・プポーが出てきて フランス映画の自然な活気が生じます 彼はどこか摸してるのでしょうかジャン・クロード・ブリアーリのような飄々とした味わいを出せる男優になっていますね ラストの再会は「ビフォー〜」は忘れてしまいましたが ロメールの某作品をボクは思い出しました いかにもおフランスな適当さがいいと思いますが ゾーイと結託一体化したパーカー・ポージーの演技の勝利です やはり顔で当然終らせる納得の結末ですね

映画内の会話にありますが 人は親に似るそれが親からの最大の贈り物だと ゾーイとニック・キャサヴェテス まったく親に似ない映画を撮る二人の才能は 間違いなく親からの贈り物です

 

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無謀と臆病との間

投稿日:2015/02/23 レビュアー:hinakksk

 (ネタバレありかもしれません) 

 単なる知り合いや友人関係になるのと恋人関係になるのとの間には紙一重だけれど深い隔たりがある。けれども、お互いにリスクを冒し勇気を出してその隔たりを超えなければ親密にはなれない。自分一人が無謀に超えてみても、相手にその気がなければ、深く傷つくし自信を失う。だから、とても怖いし臆病になる。人を好きになるのは簡単だけれど、どちらかに、あるいは両方に、リスクをものともしない情熱がなければ、実は恋人同士になるのは、またその関係を持続するのも案外難しい。失敗を重ねると、人を好きになることにさえ臆病になる。心が疲れて、本当に好きなのかどうかもわからなくなる。

 この映画は、こういう状況に陥ったヒロイン(ノラ)の寄る辺ない孤独や不安、あきらめ、抜け出すために藁をもつかみたい気持をうまく描いているように思う。無謀と臆病との間を揺れるノラは、意気投合したジュリアンが情熱的に、隔たりを超えようと誘ってくれたのに、肝心なところで一歩踏み出す勇気がなく後込みしてしまう。そして失ったものの大きさを知る。

 友人オードリーの協力もあり、心機一転、ジュリアンを捜しにパリにやって来たノラ。受け身でいることをやめ、自分の気持に正直に、自ら隔たりを埋めようと行動することによって、苦境を脱したノラには、もはやジュリアンに再会できるかどうかは、あまり大きな問題ではない。

 人生ってほんとうに不思議で、他力本願に待っているだけをやめ、自らポジティブに行動すると、必ず幸運が訪れる。奇跡のようなラストは、実はとても現実的なのです。

 

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ブロークン・イングリッシュ

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幸福の瞬間を掴む

投稿日

2010/02/11

レビュアー

ポッシュ

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 強面の忙中有閑さんが誉めてる恋愛映画・・・ってことで、どれどれと観てみました。

 いやぁ、いいですね、これ。けっこうハマりました。な〜んてことのないフツーの恋愛模様でフランス映画のようなさりげない脚本と演出。こういうのは役者に魅力がないと退屈してしまうけれど、パーカー・ポージーもメルヴィル・プポーも自然な存在感があって良かった。どっちも別に好きな俳優ではないのに、映画の中に生きてる人物としてとても好ましく見えた・・・ってとこが個人的に「いい作品」に出会えたと思える一つの基準なんですね。

 このノラ(P・ポージー)というヒロイン、30代独身で結婚に焦ってて神経症気味で・・・ってちょっとイタイ女性なんだけど、な〜んか応援したくなっちゃう。打算で結婚を望んでいるのではなく、どっちかと言えば白馬の王子様が現れるのを待ってるタイプ。こういうところもイタイんだけど、映画では夢を見たいおばちゃんとしては全然OK。

 で、せっかくジュリアン(M・プポー)というなかなか誠実そうなフランス男と出会えて、一緒にフランスに行こうとまで言われたのに、彼女ってば肝心なところで尻込みしてしまうのですね。この子の「不幸グセ」っていうのはコレなんすよ。自分が本当のところ何を欲しているのかってことが自分で分かっていない。だから選べない。選ばない。幸福の絶対値なんてないの!それは自分で決めるの!っておばさん、画面に向かって叫んじゃったわよ。彼女の不安も分かる。たった数日の付き合いで信じていいのかしら。彼は本当に私のことを好きなのかしら。そのうち飽きて捨てられちゃうんじゃないかしら、かしら、かしら・・・。

 そりゃそーだわよ、先のことも他人の心の中も分かる訳ない。そんなの当の本人だってよく分かってないんだからね。分かってるのは自分のその時の気持ちだけでしょう。その瞬間に賭けてみろっつぅの。

 彼女が出会う人たちが言うことにゃ、結婚は契約、愛はそれとは別モノ、だそうだ。それは一つの言い分で100%の真理とは思わないけど、愛を感じる「瞬間」の幸福っていうのはアルと思う。そういう瞬間を大事にするのも、人生の豊かなひとときではないのかしらん。

 そして、そして。最後にようやく彼女は奇跡的な「瞬間」を掴む。はにかんだ笑顔の奥に自分の人生を選び取った充足感と安堵感がハッキリと見えて、ちょっと泣きそうになるくらいグッときた。
 
 この先どーなるかなんて誰にも分からない。ダメになっちゃうかもしれない。それでも、いいじゃないの。失うことを恐れていたら何も掴めないのだから。それよりは、かけがえのない「瞬間」を選んでほしい。映画なんだもん。・・・っと恋愛映画大スキおばさん、大満足のラストでありました。(笑)

良いです

投稿日

2009/07/11

レビュアー

あき

オーバー30独身で、毎日、独り発泡酒飲んで、寝ている女性に見て欲しい!!私、本当に面白かった。最初、なにげなく見てたんだけど、こんな映画つくられるなんて、海外でも、こういった女性多いんだな〜って、だから作られるんだな〜て、安心したし、オーバー30の、ある意味、よくよく設定考えたら、少女漫画みたいなんだけど、なんか、リアリティ感じられるのは、私自身、こういった展開、憧れているからか?おもしろかったよ〜。金曜、独り、家で過ごす、女子におすすめ!

そういう映画を英語でchick flickと言うそうですが、典型

投稿日

2010/07/28

レビュアー

bokensdorf

パーカー・ポージーは演技ではなく地ではないか、というくらいのハマり具合は大変感心しました。

この人は初めて観ましたが、キレイですがもし本当にこういう人なら苦手です。
監督も同世代の女性だそうです。(パーカーは1968年生まれ。監督は1970年生まれ)
この世代の女性を代表している主人公が登場し、この世代の女性を代表するストーリー。
ソフィア・コッポラの作るものに感覚が似ているなと思ったらこの3人は仲良しだそうです【出所:Imdb.com】(ソフィア・コッポラは1971年生まれ)

何がこの世代的かというと、「愛を知らない」

なんでかな、と、よく思います。自分探しの中心もこの世代です。自分が何をしたいのか分からない。自分が生きている理由が分からない。人ができているのに自分ができていない事で落ち込んでいる。癒しを求めている。そして、「人の愛し方が分からない」「誰も愛した事が無い」


たくさんいます。そういう女性。この世代に。知的で美人で。苦手です。
ストーリーはもう、私の感性からは理解はするがまったく共感しません世界です。彼女たち(監督の世代)がこの映画で求めているのはまさに「共感」なのだと思います。「私を分かって欲しい」というアピール。「どうしていいか分からないの」「助けて」コールです。そして主人公は明言します。「わたし、、、人を愛した事が無い」


そういう人の特徴は共通していて、それが抜け出せない唯一の原因なんですが、それは何かと言うと「人と向き合った事が無い」という事に尽きます。他人と真剣に向き合う事が何故か知らないが恐いのですね。だから悩むと内向きになる。自分の中に籠る。人を見ない。人と真剣に向き合わずには理解も愛も生まれないです。だからこの人は(世代は)人を愛せず、愛を知らない「年齢だけの大人」になる。

苦手ですねぇ。体は大人で精神は幼稚という。可哀想な気がします。これは親の世代に由来していると思う事があります。育て方を知らない世代に育てられた(というか育てられなかった)世代がこの世代なのです。

そして見えているのは自分の周囲2メートルぐらいの範囲だけです。ビジョンも人生の展望も無い。生き方を知らないのです。こういう女性に魅力を感じることは私は無いですが、たくさん存在しているのは何とかしてあげたいと常々思います。こういう人たちが親になったらどういう子供ができるのだろうか。大変な事になるように思います。


オードリーという友達が出てきます。主人公の親友で、一緒にパリに男を捜しに行ってくれたりします。比較的しっかりしてますが、彼女も又、実は愛を分かっていない同世代。理想的と描写される夫とうまくいっていない事が示され、オードリーは言う。
「彼の事をクリティックに言う事をやめようと思う」
これが「やり直すための第一歩」だそうです。愛を分かっていない=この女性は結婚は上手くいかない、です。もしかしたら監督(兼脚本)も分かっていなくて本気でこの科白を愛の再生のための決意として書いたのではないかと心配にもなります。いいですか同世代の女性の方、愛と言うのはすべてが好きな状態を言うのです。「ここは素敵だけどここは嫌い」とか「彼のああいう所は直して欲しい」とか「批判」とかの気持ちはまったく浮かんで来ないものなのです。愛とはすべて、全部、なにもかも好きなのです。そう思えないのならそれは愛では無い。断言します。

占い師の所に騙されに行く前に(そういう人が多いのもこの世代の女性の特徴です)、他人としっかり向き合い、その人たちをよく観ることをまずしなさい。


※ゲイの男友達が例によって登場しますが、これも「素敵な男はみんなゲイ」とよく勘違いしている女性がいますがそれは逆で、「男性性と向き合うのが恐くてゲイと友達になっているだけ」のあなたがいるのです。

※この世代の女性の願望をストレートに描いた作品ですが、一部の女性に共感を得るだけで、大衆の支持は受け得ないでしょう。そういう映画を英語でchick flickと言うそうですが、典型です。

※この世代の女性の願望を描いた映画では「ハート・オブ・ウーマン(2000)」の方が圧倒的な出来だと思います。ナンシー・マイヤーズ監督にかなう訳は無いですが。そちらもどうぞ。

ペンギンは知っている

投稿日

2010/11/13

レビュアー

裸足のラヴァース

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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この映画にはどこか薄さの印象があります それはデジタルかフィルムかわからない微妙なトーンが落ちた画面からもちろん来るのですが 親父さんのジョン・カサヴェテスのある作品に関し「人間の生のアポリアと崩壊一歩手前での踏みとどまりを あれほどひりひりする緊張と共に描いてくれたシネマ」と評したのは青山真治なのですが そのようなシリアスでディープな主題いや映画そのものの触感と娘のゾーイのシネマではまったく肌合いが違います この映画を青山はずばりフェイストーン(顔色)の映画だと看破します

冒頭は結婚式からの身づくろいから始まり 化粧の肌へののりや衣装合わせが描写され これは男性の親父さんには撮れない繊細さですが そこで映画は薄さを限界まで露呈し 観客に目を凝らして画面を見よと仄めかします 親父のこゆい映画と明らかに離れて 画面の柔らかい肌理 マチエールの選択こそが彼女のやりたいことなのでしょう

薄い画面と相即して 物語内容は薄い人物像の主人公です この娘の母親として ジーナ・ローランズがどうにもこうにも圧倒的な存在感で登場していて いかにもなジョン・カサヴェテス映画の人物像を演じます なんせ母親にボーイフレンドを紹介してもらう娘です この影の薄さもまた薄さの映画として強烈に印象づけられます パリにあってはまた何とトリュフォー映画のベルナデット・ラフォンが登場して仰天します ここでも主人公を圧倒 それとは別にNYの街角で突然占い師のおばちゃんが声をかけ まるでフランス映画のように素敵です とにかくこの映画はおばあちゃんたちが元気なのですね いいことです 

それにしてもこのおねえちゃんねえW 冒頭でローランズにはなから引導を渡されてしまっている映画なんですね おまえらなにやってるんだと この濃さから薄さへと主人公の引きこもりは もうカサヴェテス的物語に入るはるか以前の物語 なんともあっけらかんに主人公は 愛する人が欲しいと悩んでいるのですね ふらりと友人とパリに行ける贅沢な身分 満たされているのに肝心なとこにぽおかり穴が開いてるわけですか つまりポスト・モダンな薄いお話なわけなのでした しかしここからしか現代の映画は始まらないのは事実 ゾーイは聡明です

このいささか憂鬱なお話も メルヴィル・プポーが出てきて フランス映画の自然な活気が生じます 彼はどこか摸してるのでしょうかジャン・クロード・ブリアーリのような飄々とした味わいを出せる男優になっていますね ラストの再会は「ビフォー〜」は忘れてしまいましたが ロメールの某作品をボクは思い出しました いかにもおフランスな適当さがいいと思いますが ゾーイと結託一体化したパーカー・ポージーの演技の勝利です やはり顔で当然終らせる納得の結末ですね

映画内の会話にありますが 人は親に似るそれが親からの最大の贈り物だと ゾーイとニック・キャサヴェテス まったく親に似ない映画を撮る二人の才能は 間違いなく親からの贈り物です

 

無謀と臆病との間

投稿日

2015/02/23

レビュアー

hinakksk

 (ネタバレありかもしれません) 

 単なる知り合いや友人関係になるのと恋人関係になるのとの間には紙一重だけれど深い隔たりがある。けれども、お互いにリスクを冒し勇気を出してその隔たりを超えなければ親密にはなれない。自分一人が無謀に超えてみても、相手にその気がなければ、深く傷つくし自信を失う。だから、とても怖いし臆病になる。人を好きになるのは簡単だけれど、どちらかに、あるいは両方に、リスクをものともしない情熱がなければ、実は恋人同士になるのは、またその関係を持続するのも案外難しい。失敗を重ねると、人を好きになることにさえ臆病になる。心が疲れて、本当に好きなのかどうかもわからなくなる。

 この映画は、こういう状況に陥ったヒロイン(ノラ)の寄る辺ない孤独や不安、あきらめ、抜け出すために藁をもつかみたい気持をうまく描いているように思う。無謀と臆病との間を揺れるノラは、意気投合したジュリアンが情熱的に、隔たりを超えようと誘ってくれたのに、肝心なところで一歩踏み出す勇気がなく後込みしてしまう。そして失ったものの大きさを知る。

 友人オードリーの協力もあり、心機一転、ジュリアンを捜しにパリにやって来たノラ。受け身でいることをやめ、自分の気持に正直に、自ら隔たりを埋めようと行動することによって、苦境を脱したノラには、もはやジュリアンに再会できるかどうかは、あまり大きな問題ではない。

 人生ってほんとうに不思議で、他力本願に待っているだけをやめ、自らポジティブに行動すると、必ず幸運が訪れる。奇跡のようなラストは、実はとても現実的なのです。

 

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