宮廷画家ゴヤは見た

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宮廷画家ゴヤは見た / ハビエル・バルデム

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「宮廷画家ゴヤは見た」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

「アマデウス」「カッコーの巣の上で」の巨匠ミロス・フォアマン監督が、スペインの天才画家ゴヤが活躍した激動の時代を背景に、異端審問がもたらした一つの悲劇を描いた歴史ドラマ。ゴヤの肖像画のモデルとなった少女と神父が辿る数奇な運命をゴヤの目を通して繊細かつ重厚に描く。スペイン国王カルロス4世の宮廷画家に任命されたゴヤ。1792年、彼は2枚の肖像画に取り掛かっていた。1枚は裕福な商人の娘イネス。もう1枚は威厳に満ちたロレンソ神父。そんな中、カトリック教会では、ロレンソの提案で、形骸化していた異端審問の強化が図られていた。そしてある日、イネスはユダヤ教徒の疑いをかけられ、審問所への出頭を命じられてしまう。

「宮廷画家ゴヤは見た」 の作品情報

作品情報

製作年: 2006年
製作国: アメリカ/スペイン
原題: GOYA’S GHOSTS

「宮廷画家ゴヤは見た」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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1〜 5件 / 全65件

勝てば官軍

投稿日:2009/07/30 レビュアー:JUCE

 勝者が権力を握り、その権力者の立場によって大きく価値観が変わる。しかもその価値観の変化が戦争によって唐突に訪れる。ほとんどの人々がその渦の中でもみくちゃにされるのですが、ただひとり己のスタンスで時代を見守る男、それがゴヤなのです。
 本作ではゴヤは実質的な主人公では無く、あくまでも時代の証人としての役割です。この物語の主役は時代に翻弄された1組の男女です。

 監督は『カッコーの巣の上で』や『アマデウス』で有名なミロス・フォアマン。その経歴はかなり有名ですが、その経歴と本作を重ねてみると監督自身のチェコ時代の経験を作品に投影しているのではないのかと思われます。両親をゲシュタポに逮捕され、その後ナチの収容所で殺されたという経験。それまで父がユダヤ人であることも知らなかったとも。こうした体験をしてきた監督だからこそゴヤの絵をみて、共鳴し深い感銘を受けたであろうと想像に難くありません。
 映画に描かれたゴアは画家として自分の出来ることは絵を通じて真実を残すことに徹していました。これはフォアマン監督自身の思い、映画を通じて真実を伝えるという主張では無いでしょうか。だからあえてゴヤは観察者であって主人公では無かった。

 この作品15年の歳月を隔てて2部構成となっていますが、2部からの人間ドラマは圧巻です。
 この映画はゴヤの伝記物ではありません。権力が持つ危うさ、人が人を裁くと言う事の意味。そうしたものを問う作品になっています。

 日本でも始まる裁判制度、裁判官達の判断は何よって左右されるのでしょうか?その制度の危うさ、そんなこともこの映画を観て考えさせられました。

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宮廷画家ゴヤが見届けたものは? ネタバレ

投稿日:2009/04/06 レビュアー:ミルクチョコ

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スペインの画家ゴヤの視点で、革命期に起きた男女の皮肉な運命を見つめた社会派ドラマです。

「アマデウス」や、「カッコーの巣の上で」の名匠なので期待して観に行ったのですが、それを上回る重厚な激動の時代に翻弄される人間の悲哀を浮き彫りにした物語に、ちょっと帰りは気持ちは沈んでしまいました。
監督ミロス・フォアマンは、この映画の出発点は、チェコスロバキアの学生だった彼が、異端審問所における監視と、共産主義社会には、共通点があることから、この映画を製作したそうです。(パンフより)
ちなみに、この監督自身ユダヤ系で、両親をアウシュビッツで亡くしたという哀しい過去を持つらしいです。

18世紀のスペインは、カトリックの国内統一と安定を目的としてキリスト教以外は異教徒となり、ある日イネス(N・ポートマン)は、豚肉を嫌ったことからユダヤ教徒であるというあらぬ疑いをかけれれ、審問所への出頭を命じられてしまいます。
対する教会側の先導者となったロレンソ神父(ハビエル・バルデム)は、取締りを強化しながら、権力と欲望に流され、都合が悪くなると国外に逃れ、異端審問所による監視や自由と解放を旗印にしたナポレオン軍と共にスペインに凱旋して意気揚々と戻ってくるというちょっと利に聡い男です。

宮廷画家ゴヤは、主役ではなく傍観者です。
宗教という名を借りた独裁政治だったスペインで、反発できない中、宮廷画家に任命されながら、権力の批判を描き続け事実を伝え、ゴヤが見つめ続ける物語です。
非人情的な異端審問によってそそのかされ、翻弄された当時の事実をゴヤはストリーテラーのような存在で進んでいきます。

イネスが、拷問で精神が崩壊した後に解放された時の変貌振りは、かなり辛いものがあります。
時代に翻弄された彼女の得たものは、いったい何だったのでしょうか?未熟さと後悔しかないとするならば、ちょっといたたまれません。

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バルデムの宙づりプレイ ネタバレ

投稿日:2009/04/05 レビュアー:よふかし

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 エル・グレコやゴヤ、あるいはダリもそうかもしれないが、スペイン絵画はどこかひじょうに暴力的というか血の匂いがして、フランス絵画やオランダ絵画とは一味もふた味も違う。
 この映画も、いちおうは歴史ロマン、文芸ロマンという範疇にあるけれど、長く幽閉されたナタリー・ポートマンの獄中妊娠をはじめ、随所でどぎつく露悪的な展開、描写が目を引く。中でも一番の見ものは、ハビエル・バルデムの宙づりプレイだ。ここは一見の価値があると思った。
 主要な登場人物は当時社会的に高い地位にいる人ばかりなのだが、みな俗物として描かれている。これはミロス・フォアマンの作品には共通するテーマで、社会的地位と人間性は関係がない、というもの。その視点から起用されただろうランディ・クエイドが、思いがけずカルロス4世役が似合っていたり、お気に入りのミシェル・ロンズデールの異端審問所長も人間味があってよい。この作品、俳優陣が豪華で楽しいことは間違いない。
 けれどどうして、この映画は面白くならなかったのだろうか。もちろん、昨年ぴあのおかげでようやく観ることができたフォアマンの『パパ ずれてるゥ!』や『黒いピーター』の瑞々しさ、映画としての美しさを今更求めるわけもない。コスチューム・プレイとしては、個人的にはあまり面白いとは言えない『アマデウス』に連なる作品なのだが、どうだろう、『アマデウス』より面白くはあるまい。
 撮影や美術面では落ち着きがあって好感を持つ反面、演出は一言で言えば散漫だと思う。この作品は、タイトル・ロール「ゴヤ」はなくてもよいのではないかとすら思えてしまう。絵を描くことの業や悦びが表現されないので、ゴヤは(パンフレットでは否定されているが)単なる傍観者に過ぎない。映画を観終わった後、印象に強いのはバルデム、ポートマンの悲劇だろう。ゴヤの割り込む余地はないのだ。55点。
 

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★★★★ イネスはその1人にしか過ぎない ネタバレ

投稿日:2009/05/20 レビュアー:ガラリーナ

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昨年、「怖い絵」という本にハマりました。これは名画に隠された恐ろしいエピソードを紹介しながら、名だたる有名画家の1作を解説する本なのですが、ゴヤで取り上げられていたのは「我が子を喰らうサトゥルヌス」です。晩年マドリード郊外に居を構えたゴヤは、キャンパスではなく壁に『黒い絵』と呼ばれる連作を残していて、その1作が「我が子を喰らうサトゥルヌス」。

著者の中野京子氏によると、“拷問、強姦、斬殺、銃殺、絞殺、四肢切断…人間のもろい肉体に加えられる、目を背けたくなるような残虐さをゴヤは見つめ続け、描き続けた。それがサトゥルヌスへ凝結した”とのこと。子供の体をしっかと握り、首を食いちぎるサトゥルヌスの形相は、まさしく地獄を見た人間にしか描けない。そんな圧倒的な力を放っていて、背筋が凍ります。

そのゴヤが目の当たりにしたスペインの地獄絵図を描いたのがこの作品。確かにゴヤは狂言回しであり、ロレンソ神父とイネスを中心に物語は進むのですが、それは地獄のほんの一端であり、彼らの背後に幾万の民の世にも残虐な殺戮が隠されているのだと想像を広げると、身震いを起こします。そのイマジネーションのスイッチは、そこかしこで紹介されるゴヤの版画であり、イネスを演じたナタリー・ポートマンの鬼気迫る演技です。

天井画に天使として描かれるほどの美貌と清楚さを持ち合わせていたイネスのあまりの変容ぶり。その変わり果てた姿にナタリー・ポートマンのとてつもない女優魂を見、また、この時代に生きた何千何万のイネスに思いを馳せずにはいられません。

できることなら、スペイン語で見たかった。怒りの時は猛々しく、哀しみの時は闇夜に響き渡るようなスペイン語の語感が、この救いようのない悲劇に更なる深みを加えたに違いないのです。

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激動の時代の悲劇 ネタバレ

投稿日:2009/05/15 レビュアー:みなみ

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いきなり立場が変わって、自分の信じていたことが罪になってしまう、
怖い時代の話だった。
高貴な家に生まれ、それが当たり前の生活をしていたら、
民衆やひどい暮らしの人々のことなど
考えないのは当然かもしれない。
物心つく前から刷り込まれていた信仰心も、ゆるぎないもので
それを信じない人は人間ではないと考え、迫害してしまう。
(↓ネタバレあります)

バビエル・バルデムが演じる、ロレンソ神父は、こんな時代に振り回された人。
ひどいことをしている。
彼が提案したことが元で、異端狩りが厳しくなり、
何の罪も無い信心深い令嬢、イリスは囚われたのに
なんと牧師の身でありながら自分の欲望に負けて、彼女を妊娠させてしまう彼。
そして解放され、頼ってきたイリスを、精神病院に入れてしまう。
なんて卑劣で最悪な奴なんだっ!と思ったけれど、
本能に負けてしまい、自己保身するのは、人間の本来の姿なのかもしれない。
最後は、さすがに自分が情けないと思ったのだろうか。潔かった。

イリスを演じたナタリー・ポートマン、凄かった。
後半、顔がゆがんでいた…熱演でしたね。
バビエル・バルデムは、さすがの存在感。

イリスの父親の起こした行動が痛快、娘への愛情が痛いほど伝わってきた。
ほんとに、なんでこんな理不尽なことがまかり通るの?!

痛ましくて、辛い物語ではあるけれど、見ごたえがあった。
自分が何をしたい、どうしたいなどと考える余裕も無く、
時代の大きな波に、ただ流されていく。
こんな時代があって、人々が血を流しながら、自由を勝ち取っていったんだなあ。
自由・平等があたり前ではなかった時代のこと、忘れてはいけないと思う。

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宮廷画家ゴヤは見た

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勝てば官軍

投稿日

2009/07/30

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JUCE

 勝者が権力を握り、その権力者の立場によって大きく価値観が変わる。しかもその価値観の変化が戦争によって唐突に訪れる。ほとんどの人々がその渦の中でもみくちゃにされるのですが、ただひとり己のスタンスで時代を見守る男、それがゴヤなのです。
 本作ではゴヤは実質的な主人公では無く、あくまでも時代の証人としての役割です。この物語の主役は時代に翻弄された1組の男女です。

 監督は『カッコーの巣の上で』や『アマデウス』で有名なミロス・フォアマン。その経歴はかなり有名ですが、その経歴と本作を重ねてみると監督自身のチェコ時代の経験を作品に投影しているのではないのかと思われます。両親をゲシュタポに逮捕され、その後ナチの収容所で殺されたという経験。それまで父がユダヤ人であることも知らなかったとも。こうした体験をしてきた監督だからこそゴヤの絵をみて、共鳴し深い感銘を受けたであろうと想像に難くありません。
 映画に描かれたゴアは画家として自分の出来ることは絵を通じて真実を残すことに徹していました。これはフォアマン監督自身の思い、映画を通じて真実を伝えるという主張では無いでしょうか。だからあえてゴヤは観察者であって主人公では無かった。

 この作品15年の歳月を隔てて2部構成となっていますが、2部からの人間ドラマは圧巻です。
 この映画はゴヤの伝記物ではありません。権力が持つ危うさ、人が人を裁くと言う事の意味。そうしたものを問う作品になっています。

 日本でも始まる裁判制度、裁判官達の判断は何よって左右されるのでしょうか?その制度の危うさ、そんなこともこの映画を観て考えさせられました。

宮廷画家ゴヤが見届けたものは?

投稿日

2009/04/06

レビュアー

ミルクチョコ

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スペインの画家ゴヤの視点で、革命期に起きた男女の皮肉な運命を見つめた社会派ドラマです。

「アマデウス」や、「カッコーの巣の上で」の名匠なので期待して観に行ったのですが、それを上回る重厚な激動の時代に翻弄される人間の悲哀を浮き彫りにした物語に、ちょっと帰りは気持ちは沈んでしまいました。
監督ミロス・フォアマンは、この映画の出発点は、チェコスロバキアの学生だった彼が、異端審問所における監視と、共産主義社会には、共通点があることから、この映画を製作したそうです。(パンフより)
ちなみに、この監督自身ユダヤ系で、両親をアウシュビッツで亡くしたという哀しい過去を持つらしいです。

18世紀のスペインは、カトリックの国内統一と安定を目的としてキリスト教以外は異教徒となり、ある日イネス(N・ポートマン)は、豚肉を嫌ったことからユダヤ教徒であるというあらぬ疑いをかけれれ、審問所への出頭を命じられてしまいます。
対する教会側の先導者となったロレンソ神父(ハビエル・バルデム)は、取締りを強化しながら、権力と欲望に流され、都合が悪くなると国外に逃れ、異端審問所による監視や自由と解放を旗印にしたナポレオン軍と共にスペインに凱旋して意気揚々と戻ってくるというちょっと利に聡い男です。

宮廷画家ゴヤは、主役ではなく傍観者です。
宗教という名を借りた独裁政治だったスペインで、反発できない中、宮廷画家に任命されながら、権力の批判を描き続け事実を伝え、ゴヤが見つめ続ける物語です。
非人情的な異端審問によってそそのかされ、翻弄された当時の事実をゴヤはストリーテラーのような存在で進んでいきます。

イネスが、拷問で精神が崩壊した後に解放された時の変貌振りは、かなり辛いものがあります。
時代に翻弄された彼女の得たものは、いったい何だったのでしょうか?未熟さと後悔しかないとするならば、ちょっといたたまれません。

バルデムの宙づりプレイ

投稿日

2009/04/05

レビュアー

よふかし

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 エル・グレコやゴヤ、あるいはダリもそうかもしれないが、スペイン絵画はどこかひじょうに暴力的というか血の匂いがして、フランス絵画やオランダ絵画とは一味もふた味も違う。
 この映画も、いちおうは歴史ロマン、文芸ロマンという範疇にあるけれど、長く幽閉されたナタリー・ポートマンの獄中妊娠をはじめ、随所でどぎつく露悪的な展開、描写が目を引く。中でも一番の見ものは、ハビエル・バルデムの宙づりプレイだ。ここは一見の価値があると思った。
 主要な登場人物は当時社会的に高い地位にいる人ばかりなのだが、みな俗物として描かれている。これはミロス・フォアマンの作品には共通するテーマで、社会的地位と人間性は関係がない、というもの。その視点から起用されただろうランディ・クエイドが、思いがけずカルロス4世役が似合っていたり、お気に入りのミシェル・ロンズデールの異端審問所長も人間味があってよい。この作品、俳優陣が豪華で楽しいことは間違いない。
 けれどどうして、この映画は面白くならなかったのだろうか。もちろん、昨年ぴあのおかげでようやく観ることができたフォアマンの『パパ ずれてるゥ!』や『黒いピーター』の瑞々しさ、映画としての美しさを今更求めるわけもない。コスチューム・プレイとしては、個人的にはあまり面白いとは言えない『アマデウス』に連なる作品なのだが、どうだろう、『アマデウス』より面白くはあるまい。
 撮影や美術面では落ち着きがあって好感を持つ反面、演出は一言で言えば散漫だと思う。この作品は、タイトル・ロール「ゴヤ」はなくてもよいのではないかとすら思えてしまう。絵を描くことの業や悦びが表現されないので、ゴヤは(パンフレットでは否定されているが)単なる傍観者に過ぎない。映画を観終わった後、印象に強いのはバルデム、ポートマンの悲劇だろう。ゴヤの割り込む余地はないのだ。55点。
 

★★★★ イネスはその1人にしか過ぎない

投稿日

2009/05/20

レビュアー

ガラリーナ

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昨年、「怖い絵」という本にハマりました。これは名画に隠された恐ろしいエピソードを紹介しながら、名だたる有名画家の1作を解説する本なのですが、ゴヤで取り上げられていたのは「我が子を喰らうサトゥルヌス」です。晩年マドリード郊外に居を構えたゴヤは、キャンパスではなく壁に『黒い絵』と呼ばれる連作を残していて、その1作が「我が子を喰らうサトゥルヌス」。

著者の中野京子氏によると、“拷問、強姦、斬殺、銃殺、絞殺、四肢切断…人間のもろい肉体に加えられる、目を背けたくなるような残虐さをゴヤは見つめ続け、描き続けた。それがサトゥルヌスへ凝結した”とのこと。子供の体をしっかと握り、首を食いちぎるサトゥルヌスの形相は、まさしく地獄を見た人間にしか描けない。そんな圧倒的な力を放っていて、背筋が凍ります。

そのゴヤが目の当たりにしたスペインの地獄絵図を描いたのがこの作品。確かにゴヤは狂言回しであり、ロレンソ神父とイネスを中心に物語は進むのですが、それは地獄のほんの一端であり、彼らの背後に幾万の民の世にも残虐な殺戮が隠されているのだと想像を広げると、身震いを起こします。そのイマジネーションのスイッチは、そこかしこで紹介されるゴヤの版画であり、イネスを演じたナタリー・ポートマンの鬼気迫る演技です。

天井画に天使として描かれるほどの美貌と清楚さを持ち合わせていたイネスのあまりの変容ぶり。その変わり果てた姿にナタリー・ポートマンのとてつもない女優魂を見、また、この時代に生きた何千何万のイネスに思いを馳せずにはいられません。

できることなら、スペイン語で見たかった。怒りの時は猛々しく、哀しみの時は闇夜に響き渡るようなスペイン語の語感が、この救いようのない悲劇に更なる深みを加えたに違いないのです。

激動の時代の悲劇

投稿日

2009/05/15

レビュアー

みなみ

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いきなり立場が変わって、自分の信じていたことが罪になってしまう、
怖い時代の話だった。
高貴な家に生まれ、それが当たり前の生活をしていたら、
民衆やひどい暮らしの人々のことなど
考えないのは当然かもしれない。
物心つく前から刷り込まれていた信仰心も、ゆるぎないもので
それを信じない人は人間ではないと考え、迫害してしまう。
(↓ネタバレあります)

バビエル・バルデムが演じる、ロレンソ神父は、こんな時代に振り回された人。
ひどいことをしている。
彼が提案したことが元で、異端狩りが厳しくなり、
何の罪も無い信心深い令嬢、イリスは囚われたのに
なんと牧師の身でありながら自分の欲望に負けて、彼女を妊娠させてしまう彼。
そして解放され、頼ってきたイリスを、精神病院に入れてしまう。
なんて卑劣で最悪な奴なんだっ!と思ったけれど、
本能に負けてしまい、自己保身するのは、人間の本来の姿なのかもしれない。
最後は、さすがに自分が情けないと思ったのだろうか。潔かった。

イリスを演じたナタリー・ポートマン、凄かった。
後半、顔がゆがんでいた…熱演でしたね。
バビエル・バルデムは、さすがの存在感。

イリスの父親の起こした行動が痛快、娘への愛情が痛いほど伝わってきた。
ほんとに、なんでこんな理不尽なことがまかり通るの?!

痛ましくて、辛い物語ではあるけれど、見ごたえがあった。
自分が何をしたい、どうしたいなどと考える余裕も無く、
時代の大きな波に、ただ流されていく。
こんな時代があって、人々が血を流しながら、自由を勝ち取っていったんだなあ。
自由・平等があたり前ではなかった時代のこと、忘れてはいけないと思う。

1〜 5件 / 全65件