東京タワー オカンとボクと、時々、オトン

東京タワー オカンとボクと、時々、オトンの画像・ジャケット写真
東京タワー オカンとボクと、時々、オトン / オダギリジョ-
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「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」 の解説・あらすじ・ストーリー

リリー・フランキーの同名小説を、オダギリジョー、樹木希林主演で映画化した、母子の絆を描いた感動作。昭和の筑豊の炭鉱町で育った主人公・ボクが、平成の東京タワーの下で母・オカンを看取るまでを描く。脚本は、『恋の門』の松尾スズキ。

「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」 の作品情報

製作年: 2007年
製作国: 日本

「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

東京タワー オカンとボクと、時々、オトンの詳細

  • 旧作
収録時間: 字幕: 音声:
142分 1:ドルビーデジタル/ステレオ/日本語
レイティング: 記番: レンタル開始日:
VPBT16317 2007年10月24日
在庫枚数 1位登録者: 2位登録者:
70枚 46人 37人

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ユーザーレビュー:154件

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拝啓、オカン殿。

投稿日:2008/02/12 レビュアー:JUCE

 実は借りるつもりは無かったんですが、妻からのリクエストでレンタル。期待してませんでした、まずまず及第点な作品でした。

 ボクの一人称で語られるこの映画、確かにボクがダメな奴なんです。しかしお金の無心をした事は無いとはいえ、随分親のスネをかじった私には、この主人公をまるっきり非難する事も出来ないし、この歳になってくると親の年齢のこともあり、どこまで親孝行して今までの恩を返せるのかとこの映画に身につまされるものを感じました。

 映画としては淡々と描いていて分かりやすい映画ですので、こうしたわが身を振り返りながら観るという事が出来るのでしょう。押し付けがましくないところが好感を持てます。オカンの闘病のシーンに押付けがましさを感じる人もいるようなのですが、そこまであざといという印象も私は持ちませんでした。実は祖母を癌でなくしましたが、その苦しみようを見ているので、むしろ表現は抑えていると思います。実際には様々な面でもっと凄絶なものがあります。

 長さも気にはならないのですが、これはコンパクトに絞っても良いかなと言う気もします。現在のボクの主観に過去の映像が挟み込まれると言う手法は必然と言うよりは、この長さをカヴァーするため、飽きさせないための手法なのかなと感じます。ちょっと後ろ向きな演出のように思います。

 最近の邦画では定番と言うか、それが無いとヒットしない「死」を扱いながらも、変にお涙頂戴に流れず、適度に抑制が効いていてなかなか良かったと思います。

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九州から東京へと続く オカンとボクの物語ネタバレ

投稿日:2007/10/26 レビュアー:ミルクチョコ

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眉山が、母と娘の物語なら、この作品は、息子と母の物語。
いつかは、世に出るであろうと、期待されながら、親の期待を裏切り続け、どうにかこうにか格好がつき、さあ孝行でもしようかと思ったら、すでに親はいない・・・
誰しも、一度は襲われるであろう、そんな懺悔の念を、普遍的な家族愛の物語として紡ぎだしたところに、この作品の大ヒットの由縁があるのかもしれません。

あえて、泣かせようとしていない、淡々とした演出は、悲しいことだけを誇張した泣かせの作品ではないところに、TVドラマとは違う新しさを出し、母親を失った喪失物語だと思うと納得がいきます。
オダギリさんが横断歩道を、気遣いながら、手を引き、オカンの歩幅に合わせて歩くシーンなど、まさに絶品です。

しかし、オカンの闘病生活が始まって以降、好印象だったイメージが一転してしまいました。
結局、泣かせることを意識しているのだなぁ〜と。
オカンが苦しむ姿を延々と見せられ、涙を誘うための演出が目につき、逆に覚めてしまった私がいました。
そんな事をしなくても、樹木希林さんの演技力で、違和感なく演出できたであろうに・・・

全体としてみれば、オカンは、息子の卒業証書を大切にし、オカンの人生は、全て息子のためにあったこと・・・
そして、オカンの無償の愛、オカンの深い愛情を受けて育ったボクもまた、愛を持ってオカンに接する。
その周りに集まる人たちも、みな温かい。

ボクが、自堕落な生活を送っていたものの、何とか生活を立て直し、故郷から年老いたオカンを呼び寄せて、オカンの最期を看取るという物語の中に、私たちは自らのそれぞれのオカンとボクとを見ていたのではないでしょうか?



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薄れつつある、親子の絆・・・ネタバレ

投稿日:2008/04/25 レビュアー:こんちゃん

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 主演2人は、確かに素晴らしいです。オダギリジョーは、基本的にカッコイイ男なのに、そう言う面を極力抑えて演じています。樹木希林は、今更私が言うまでもなく、日本を代表する性格俳優なので、これくらい演じていて当たり前(笑)この程度の演技を褒めてしまっては彼女に失礼です。
 その娘時代を演じる実の娘の内田也哉子。まあ、親子といえどもこれほど似ているものかと驚いちゃいます。内田裕也の血はよっぽど薄いのでしょうか?口調、しぐさまでが自然に似ているのはやっぱり親子だなあと思うし、それをうまく生かしているとは思うのですが、役者の資質、努力とは別の部分だと思うんですよね。
 同じDNAを受け継いでいるとしても、育つ環境や様々な要因で人格は作られていくのですから、同一人物とはなりえないのです。役者を職業としている人は、本来自分とは違う役柄を、脚本を読んだり監督とやりとりする中で、自分なりに租借し、自分の中にある似た部分を増幅、そうでない部分を抑えて役作りというものをします。自分にあまりにも似ている役柄というのは、かえって演じにくいし、ある意味つまらないとも言えるのです。
 ドキュメンタリーフィルムで「樹木希林の一生」でも作っているのなら、その娘役を彼女が演じるのは最適だと思いますが、こと「映画」と言う、虚構を積み重ねて観客に提示する媒体では逆効果でないかと思ってしまいます。
 どなたかがおっしゃってましたが、小林薫は若い頃から妻を看取る老境まで1人で演じています。それに比べると、たまたま娘がいたので、話題性もあるし、若い頃の役に起用してみましたって、安易な使い方だなあと思っちゃうんですね。

 もう思いっきり、私小説と言うべき物語(パロさんがおっしゃるミーイズムというのは、言い得て妙です)なのですが、そう言うものは映像化が非常に難しいのだと思います。島崎藤村、田山花袋から連綿と続く日本的私小説における大家(と私は思っている)吉行淳之介の小説などが、あまり映画化されていないのも、そういった難しさがあるからなのでしょう。
 そもそも私小説は(と偉そうに定義などできんのですが)すべてをありのままに描くことではありませんよね。自分から見た周りの事象を、自意識という自己のメンタリティーのフィルターにかけて描くものであり、言い換えればウソも「アリ」なのです。自分に都合の悪いことは無視したり、自分に都合良く脚色したりしてあるからこそ読者には面白いのでしょう。そういう意味では、この作品は充分私小説であって(原作は読んでないのですが)ボクが、ボクはで表現することは間違っていないのです。
 ところが、それを映像化した場合にどうしても、その美化されていたりウソが混じっていることが顕在化されて、ある種の胡散臭さを感じてしまうんですよね。
「そんない都合良くいくかよ?」
と思われてしまいかねない危険性があるのでしょう。
「オレはマザコンだよ。マザコンのどこが悪い!?」
と開き直ってしまうのは、それはそれで表現として間違ってはいないと思うのです。男は多かれ少なかれそういう部分があるものですし、母親としてはマザコンの息子を作り上げることは理想とも言えるでしょうから。でも、どこかにきれい事が感じられてしまうとキツイのかなと・・・。
 
 映画としての出来は悪くないとは思うのですが、この尺の長さは辛いし、穿った見方をすれば、
「それなりに成功した人間の感傷的かつ懐古的な自伝」
だと思えてしまいます。周りがすべていい人過ぎるしね・・・。オトンも根本的にはいい人ですよね。まあ、これは作者のフィルターにかかっているのですから、それはそれでかまわないのですが、現状幸せな人の視点なんだろうなと・・・。
 そして、これを観て泣ける人もまた幸せな人なんだろうなと思うのです。それはいいことなんだろうなと思うのですが、実際の世相を見ると、金欲しさに親族を殺したり、
「誰でも良かった」
と無差別に人を刺しておいて、
「別に悪いとは思っていない」
とほざく人間がいたり、暗澹たる思いがする世の中であって、この作品世界が現実と乖離しているような気がするのです。
 幸せな人間が、その幸せの中で幸せを語っても、そこから発展するものがあまり無いと思ってしまうのですね(ひねくれものだなあ・・・)

 物語としてはお涙頂戴に作っていないのに、映像作品として「泣かせよう」と言うあざとさが、オカンが死んでしまってからの小道具に感じられて(位牌だの、手紙だの・・)感動が薄められてしまったようです。泣けそうだったのが、す〜っと引いていく音が聞こえた様な気がしました。

 こういう映画を観て、手放しで感動して泣ける人ばかりになれば、日本はいい国になれるんでしょうね。
 尺の長さより、このレビューが長いよ〜。
 

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★★★★ 主演ふたりによって救われたネタバレ

投稿日:2007/10/07 レビュアー:ガラリーナ

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原作を読んで泣きまくった人間の感想です。(少々長いですがご勘弁下さい)

本作は「小説」と言う媒体においては、ボクのあまりに身勝手な行動も、全ては「ボクはオカンを誰よりも愛している」と告白することで赦されていたのです。彼女とも縁を切り、オカンの人生の最後をただ見届けるためだけにボクは生きる、と言う選択。ボクはマザコンです、と世間様に堂々と語る中年作家を、世の人々は大歓迎した。それは、あまりにも赤裸々な告白であり、自分自身を否定してもなお母への思慕を語ろうとした、そのリリー・フランキーを突き動かした思いに読者は深く感動したからです。

しかし、映像になるとボクの行動は、まさしく身勝手男のワガママとして眼前に迫ります。これは「小説」から「映画」という媒体へ変わることが決まった時点である程度避けられないことでした。あんなにバカだったボクを許しておくれ、と言われても、小倉でたった1人で節約して生きるオカンと仕送りを麻雀に使い果たしてしまうボクを映像で交互に見せられるとつらい部分はあります。だからこそ、全てボクの告白で成り立っている小説を、映画がそのままなぞらえてしまう必要はないと私は思っていました。

結果としては、Paroleさんがおっしゃっているミーイズム、元々小説が持っているそれをさらに強調してしまう作品となってしまった。私は、そのミーイズムを最も盛り立ててしまったものが、ボクによるモノローグだと思います。しつこいのです。そして、闘病中の現在を軸に、時間が前後するという描き方。これも、あまり効果的には見えなかった。いつまでたっても、放蕩息子の映像がインサートされるのですから。むしろ時間通りに進めた方がオカンの死に向けてより感情移入できたでしょう。しかも、その手法のせいか実に尺が長い。ボクとオカンの密度の濃さをダラダラと語ることで薄めさせてしまったような気がしてなりません。

とはいえ、どうしようもないボクをオダギリジョーが演じたことは大きかった。オカンのために生きようと決意したボク自身に酔いしれてしまうような演技をする役者だったら、そこらへんのお涙頂戴物語に成り下がっていたでしょう。どうしようもない自分を嫌いでしょうがないんじゃないか、セリフにはない、そういう内面的な葛藤を彼の演技を通じて感じることができて良かった。ボクは決して好青年なんかじゃない。ここはこの物語のキモだと思っていたからです。

そして、樹木希林。すばらしいオカンでした。遊びほうけて留年しようという息子に「なんで、がんばれんかったんやろうねえ」とつぶやく。息子を信じて疑わぬその姿は、ただの溺愛であり甘やかしでしかないと言われても仕方ありません。しかし、そんな批判を一蹴してしまうほどのあまりにも深くて広い母の愛を熱演。樹木希林のおかげで、もっとオカンの愛を感じていたいと思わせてもらいました。だからこそ、松たか子の出番や少年時代のエピソードなど無用に長い部分が邪魔に感じられて残念です。原作を好きな人間としては、まだまだ細部において語りたいことはありますが、ひとまず主演二人の演技によって、親を持ち、子を持つ全ての人が感動できる秀作にすることができた、と締めくくっておきたいと思います。

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オカンはピラミッドの頂点!ネタバレ

投稿日:2008/05/03 レビュアー:裸足のラヴァース

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「バブルへGO」がボディコンならこちらはマザコンなんだ 確かにパロールさんが 言いますようにそのミーイズムには辟易としてしまいます オゾンの「ボクを葬る」の死生観から観ても やはりあちゃらと東洋ではえらい違いでしょうかね 黒澤天皇の「生きる」のように葬儀で送る場面はもちろんありますし 蛇足のように東京タワーにオカンの位牌をもっていくのには 口あんぐり甲子園かよ げらげら笑ってしまいました

ボクのおふくろはいまは不安神経症なんですが 若いころから神経質でその気配は濃厚に漂わせていまして 高校生のころそれに気がついて こりゃやばいこの人の影響下にいるとと それ以来母親からの離脱を意識的に生きてきたので ある意味ではこのばか息子の母に対する愛と 九州女の懐の深さには嫉妬を覚えたりもしますね それは映画がよく描いていると思うんです もちろんボクは普通に母を愛していますよ

ところでこのところやたらに TVやシネマで東京タワーが増殖していますね ボクのようにタワー建設中から東京人からすると 生粋の東京生まれは トウキョウタワーになんの感慨もないと思うんだけど違うかな 10回以上上った人なんかあまりいないでしょう エフェッル塔の文化的象徴性に比べると そんなものはなくてなんだかキッチュ その表現内増殖振りには違和感がありますね 人工的に表象化していませんかね

このシネマの魅力があるとすると 親子の情愛はちゃんと描いていていいと思います それとは別にある種の人工性 その東京タワーの偽の象徴性ともあいまって 九州と東京 炭鉱町と都会の仕事と風景の それはなるほど小説とはまた違って視覚的に作り上げていく 製作者もまた苦労して楽しんだであろう 映画的構築物の楽しさは許容できるのではないでしょうか

さて私事ですが この4月からわけありで 映画の東京と九州の中間ですか 京都に移住しました そんなこんなで忙しく レヴューもいまだに中途半端ですが 今月からは少しがんばるかな 一年に一回くらい宣伝も許容してくれますか ボクのコミュ「ラヴァースのデスカスな日々」もメンバ50人になって ちょうどいい按配ですが 新しいレヴュアーの方もだいぶ増えてきましたね お仕事勉学の新生活も落ち着きましたら 気楽に参加してください ではでは 

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