バベル

バベルの画像・ジャケット写真
バベル / ブラッド・ピット
全体の平均評価点:
(5点満点)

412

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「バベル」 の解説・あらすじ・ストーリー

 「アモーレス・ペロス」「21グラム」の俊英アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督が、旧約聖書の“バベルの塔”をモチーフに描き出す衝撃のヒューマン・ドラマ。モロッコ、アメリカ、メキシコ、日本、それぞれの場所で孤独な魂どうしが織りなす愛と哀しみ、再生への希望の物語が同時並行で鮮やかに綴られていく。日本から役所広司とともに参加した菊地凛子が各国の映画賞レースを賑わせ日本でも大きな話題となる。

「バベル」 の作品情報

製作年: 2006年
製作国: メキシコ
原題: BABEL
受賞記録: 2006年 アカデミー賞 作曲賞
2006年 カンヌ国際映画祭 監督賞
2006年 ゴールデン・グローブ 作品賞(ドラマ)

「バベル」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

バベルの詳細

  • 旧作
収録時間: 字幕: 音声:
143分 日本語 日(劇場公開版) 日(聾唖者用解説) 吹き替え用 1:ドルビーデジタル/ステレオ/英語
2:ドルビーデジタル/ステレオ/日本語
レイティング: 記番: レンタル開始日:
PG-12 GAYR1184 2007年11月02日
在庫枚数 1位登録者: 2位登録者:
44枚 1人 2人

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ユーザーレビュー:412件

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1〜 5件 / 全412件

「人の数」÷2だけディスコミュニケーションがある。

投稿日:2007/11/17 レビュアー:JUCE

 酷評と言うか批判意見が多いようですが、私は良い映画だと思いました。私はあまり理論的に映画を観られるほうでは無く、大雑把で感覚的にしか映画を捉える事が出来ません。本作はあまり各論に囚われずに大雑把に全体を見て、あまり難しく考えずに素直に感じれば良いのではないでしょうか。

 人が生きていくうえで「伝達」「理解」「共有」といったコミュニケーションが不可欠です。しかし実際にはコミュニケーションは往々にして自分達の意思通りには上手く働きません。これは言わば神の与えた試練なのでしょう。こうしたディスコミュニケーションは夫婦や親子、友人間と言ったプライベートな問題から雇用関係、国と個人、国と国と言った政治的なものまで多種多様です。この映画で描かれている4つの国のシチュエーションでそうしたディスコミュニケーションの典型的な形が盛り込まれているとは言えます。まさにディスコミュニケーションのオンパレード作品なのです。
 日本・アメリカ・メキシコ・モロッコのパートが微妙に時間軸がずれていたり、リンクがされているようでその結びつきが弱いというのも穿ち過ぎかも分からないですがこのディスコミュニケーションを暗示しているのかも知れません。
 この時間までをずらしたカットバック手法を用いた演出必要かどうかと言う部分では、私は必要だと思います。これだけの情報量を各パートごとに完結して描いていては後半のパートまで観客の集中力は持たないでしょう。また緊迫感もこれほどには描けないと思います。さらに「バベル」という逸話から考えてもバラバラのパーツに情報(コミュニケーション)が散らばるというというのは相応の意味があるように私には思えるのです。
 
 日本のパートで批判が多いようですが、そもそも全てのパートが世界の人が感じるステレオタイプ的な社会環境の代表例みたいなもので、そう細かく設定のリアリティを追及する必要も無いのではないかと思います。日本のパートは豊かで恵まれた環境であっても、誤解や孤独と言ったディスコミュニケーションが発生するのだというシンボルであって「日本がこうだ」と言っているわけでは無いのでしょう。モロッコにせよ、メキシコにせよ当然富裕層もいるわけでかなり特化されたシチュエーションだと言えます。アメリカ人夫婦にしても離婚率の高いアメリカの代表としてティピカルに描かれた夫婦像です。
 「バベル」という題名からも分かるように監督はこのディスコミュニケーションの問題をワールドワイドで描きたかった。だからアメリカ人(西欧)を夫婦間と政治的な絡みの問題で描いており、アジアを入れるために日本を豊かな設定で入れることでほぼワールドワイドな展開が完成しているのです。ですからこの映画にとっては無くても良いパートはないのです。
 さらにこの日本パートはラストシーンに持ってきていることからも推察されるのですが、この映画の主題となっていると思います。モロッコ、メキシコのパートは特に貧困から来る問題を取り扱っています。では豊かになれば人はすれ違わないのか?その問いかけへの答えが日本パートであり、銃と言う単純なメタファーでのリンクではなくテーマとして日本のパートは他と密接にリンクをしているのです。

 それぞれのパートで監督はラストでそれぞれに小さな光をともしています。しかしラストシーンでは日本の摩天楼をズームバックで象徴的に見せる事で新たな「バベルの塔」を暗示しているかのようです。

 この映画とディスコミュニケーションが起こらないように願って・・・。

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う〜ん、鑑賞が難しい作品だ・・・ネタバレ

投稿日:2007/11/03 レビュアー:こんちゃん

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 どうにも割り切れない気分の残る映画でした。
 気持ちが伝わらない、思いが伝わらない(「バベル」ということで言葉の壁によるものなのでしょうが、言葉の壁に関わらず)もどかしさ、いらつきを描いているのでしょうが・・・。

 
 一発の銃弾が引き起こした事件を軸に4つの国で4つのエピソードが展開されます。時系列通りではありません。日本でのエピソードは、スーザンが打たれてから数日経ってからでしょうし、メキシコのエピソードは、リチャードとスーザンが病院に運び込まれてからの話です。そこらへんの混乱のさせ方は、イニャリトゥ監督の十八番(笑)ですな。


 見終わった後のカタルシスというか、満足感はほとんどありません。
「何じゃ、こりゃ?」
「何が言いたいんだ」
と思った人が大多数ではないでしょうか。正直、私もそう思いましたよ。提起した問題に対して、答えらしい答えは全く出してくれていません。全編を通じて、これは必要なのか?と思うシーンがたくさんありました。疑問も沢山残りました。

 山羊使いの親子はどうなったの?
 チエコが若い刑事に渡した手紙の中身は?
 アメリアは、結局どうなるの?
 サンチャゴはいずこ?
 だいたい、16年も住んでいても不法就労の自覚がある人が、そんな簡単に国境を越えようとしないでしょ?
 何故、リチャードはバスを残らせることに執着したの?
 リチャードとスーザンは、うまくやりなおせるの?
 チエコと父親は、本当に理解し合えたの?
 
 まるで、うまくコミュニケーションが取れずに悶々とし、葛藤する登場人物達を描きながら、イニャリトゥ監督も、それをうまく伝えられないジレンマを体現しているようです。
 もしかしたら、このつかみ所のない消化不良感は、監督による確信犯的なものなのかもしれませんね。そう考えると、無駄と思えたシーンも無駄ではなかったのかなぁ・・・?

 ドラマティックに見せようとすれば、スーザンは結局助からずに、彼女の苦しみをわかってやれなかったとリチャードが咆哮したり、チエコが刑事の胸で嗚咽した後、父親が部屋に入ったら、ベランダから飛び降りてしまい、間一髪間に合わなかった父親が号泣しながら懺悔・後悔するとか、兄を撃たれた山羊使いの弟が、警官に発砲しまくって、彼も射殺されてしまうとか、いろいろなシークエンスが考えられるのに、監督はそうしませんでした。言葉に限らず、神に分けられ、うまくコミュニケーションが取れずにもがいている人間達の閉塞感を描いても、そこにいくばくかの希望を残したかったのかも知れませんね。

  多分、この作品の失敗は(あえて失敗といいますが)ブラッド・ピットやケイト・ブランシェット、役所広司といったビッグネームを使って、ロードショー大作にしてしまったところでしょうか。ブラピが観たくて、映画館に行った人が、
「なんだかよくわかんなかった。つまんない」
と言う感想を述べ、それが口コミとなり、大作としての興行成績は芳しくなかったのでしょう。
 観る人を選ぶというか、映画鑑賞眼がある人ならば、きっと評価できるのでしょう。私は、この作品を傑作であると友人に勧めることは出来ません。でも私のごとき
「映画は娯楽だから・・・」
などとのたまっている輩でも、
「表面上で理解できるほど浅薄な映画ではないのだろう」
と思えるのですから(通り一遍に観ると、全体に散漫で、薄っぺらな印象に思えてしまうのですが・・・)
 ビッグネームの役者を使わずに、ミニシアター系で上演し続けたら、もっともっと盛り上がっていったのではないかと思うのです。たとえば「ホテル・ルワンダ」のように。

 菊池凛子は、頑張っているとは思いましたが・・・目力もあるし、聾唖者の感情の機微をうまく演じているとは思うのですが、オスカーに値するかというと、今ひとつ・・・。これくらいの演技力の女優は、たくさんいるのです。
 これは彼女の責任ではありませんが、彼女の行動のメンタリティがわからんのです。何でパンツ脱いでるのかわからないし、刑事の前で全裸になるのも、その意味がわかりません。ただの変態色ぼけ(あ、私がよく言われている!)女子高生にしか見えんのですが・・・
 演技としては、本当に聾唖の女子高校生に見えて素晴らしいのに、脱いでしまうと年齢なりでしかなく、しかもそれが貧弱と来てしまっては・・・・もったいない。





 

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難しいシネマですかネタバレ

投稿日:2008/03/05 レビュアー:裸足のラヴァース

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たまった話題作をランダムに今頃観てます なんだかわかりやすすぎて 娯楽映画として良く出来ていますね イリニャトはどうも「シティ・オブ・ゴッド」の監督と混同してるようで 「アモーレ・ペロス」なんかそうですね ワンちゃんがかわいそうで 不快なシネマでした 「バベル」は商業主義的センスがずっと洗練されています

冒頭から 銃をめぐる兄弟のアベルとカインのような確執 暴力にさらされる子供達 最近のシネマの世界的傾向で 子供達の諸問題が急速に主題化しています 映画の描写は子供をもろに標的にし オナニーが射殺がこの映画でも平気で描写されます これは趨勢とゆうやつで ボクが前々から指摘していたことなのですが 憂慮を越えすでに前景化していますね もう止められません 映画の描写のモラルの流動化の典型です

イニリャトの皮肉は 貧しい人々の受難やその行動に対し アメリカ人は勝手で態度がでかい おとなしい日本人は表面は穏やかだけど 銃を提供してしまうような 善意ながら不注意な行動が世界に悲劇を知らないうちに広げてしまう 少女が聾唖者で裸になるのは 裸で無防備な日本人は 世界に語り掛けない 語れないってことだろうか そんな作為は感じてしまうのだけど

異質な諸世界の物語でも 日本はさらに異質 通俗的な「バベル」に見るべきところがあるとすれば やはりこの日本パートが優れているからでしょう このシネマが凡庸さから免れているのは その異質で鈍い光を放っている日本編 それをささえる菊池凛子の演技あってゆえだと思います アカデミー賞ノミネートは珍しく慧眼ではないでしょうか そしてこのパートは銃が社会にあって浸透してないので 暴力の主題からエロスに移行しているのも 異質なゆえなのです

モロッコ編の子供はオナニーも射殺されるのも ただ演技をしているだけなのですが 日本編のノーパンと全裸もまた イニリャトの恣意的で唐突な演出であるのですが 菊池凛子は自身の演技によって 監督の演出意図以上のものを表出しているのであり とても見事でありました このシネマでは彼女が通俗性の殻を破り突出しているのです パロちゃんが菊池凛子に涙したなら ボクはモロッコ弟の 高らかな態度表明のそれに 通俗的な演出ながら 思わず「ヨシッ!」と叫んでしまったことを書き添えましょう

      

 

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マイノリティーの慟哭ネタバレ

投稿日:2007/09/28 レビュアー:masamune

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本作ほど今年の映画で評価が割れる作品も無い・・・壮大なテーマに対し感動するか違和感を憶えるか、二者択一の余地しか残さない監督も罪深い。「バベル」とは、神様が天にも昇る人工塔を画策した人間の傲慢さを糾弾すべく、地上に居る者へ雑多な言語を与え、コミュニケーションを阻害したと言う旧約聖書「バベルの塔」が由来だが、このテーマの散漫さも分かり辛い要因。

本作は言葉が伝わらない「もどかしさ」が物語の素地。それが映画として上手く昇華出来てないから、見る側も戸惑い、難解な考察を放棄する・・・スリラー好きの私も、映像で咀嚼する事を棄権した。
では何で咀嚼するかと言えば「音楽」だと思う。よく「行間を読む」と表現するが、本作はソレを音楽で成し遂げてる。これはもの凄い高等戦術だが、しかし観客へ伝える事は至難の技。Oscarで作品賞を含む6部門にノミニーしながら、受賞は「作曲賞」のみ。逆に言えばハリウッドも物語の行間を埋める秀逸な音楽だけは認めざる負えなかった・・・なぜハリウッドが本作を黙殺したかは後程。

混乱させるもう一つの要因は、手法にドキュメンタリー要素を加味した点だ。手持ちカメラで撮影する事は良く有るが、監督は撮り方が上手過ぎる・・・故に観客を引き込む手腕に長けても、説明不足は拭えない。
本作では言語や人種が違う、3つの家族が登場するが、映画としての作劇を放棄し、ニュース映像の如く撮る手法は敢て疑問符を付けたい。鑑賞後の充足感が薄い・・・つまり「どう感動して良いか分からない」風に感じるのは、作品のテーマ性と娯楽映画としての整合性の無さに尽きる。
物語の最後のピースが「あの手紙」と咀嚼出来た人が大多数とは、とても思えない。

では駄作かと言えば絶対違う。私なら作品賞は本作に与えたろう・・・それは本作を「なに目線で見るか」で異なる。私はメキシコ人のAlejandro G. Inarritu監督の比類無い才能を尊敬するが、彼が描きたかったのは常に隣国のメキシコを蔑む、アメリカ人への魂の叫びと思う。
彼らヒスパニックが蒙った鬱積した感情と、隣国のアメリカの混沌を憂う視点を本作で痛烈に叩き付けた。そしてハリウッドは監督の示唆が真実ゆえに、受け止める事に拒否反応を示し、尽く賞レースから黙殺した。これは本作の思慮が正答で有る事の、ハリウッドからのアンサーとも言える。

日本が第三者の視点で描かれる理由も、此れだ。アメリカとメキシコの双方と友好関係に有る先進国の中立的視点が有って、初めて本作は成立する。それは物語が実質的に日本で始まり、日本で終わる点でも明らかだ。大袈裟に言えばバベルの塔とは、菊地凛子とも言えるし、だからノミニーされたと思う。
人類が脈々と築いた文明を、たった一発の銃弾で打ち砕く・・・その苛烈な描写と秀逸なヴィジュアルで圧倒し、肝心のテーマさえ打ち砕いた点は残念だ。

菊地凛子について。私は聾唖者の方が本作を見てどう思ったか考えると、とてもOscarを与える気に為らない。確かに言語で表現出来ない制約下で、素晴らしい演技を見せてくれた。其の事とは別に、強い嫌悪感を抱いた点も否めない。
職業柄、多くの障がい者(障害者と言う表記は改めるべき)の方と接するが、意思疎通が不出来な描き方は他に幾らでも有る筈。彼女に何の罪も無いが、この点だけは監督のセンスを疑う。

本作を一言で言うと「詰めが甘い」此れに尽きる。秀逸なテーマと流麗な映像で素晴らしい映画で有る一方で、観客を置き去りにした脚本と演出が災いし、多くの人々の共感を得たとは言い難い。
私は本作を何度でも繰り返して見たくなる一人だが、作品の本質を考えると同時期に公開された「スパイダーマン3」の様に、大劇場で興行すべき作品では無いと思う。何故なら本作は娯楽作品では無いからだ。
配給元のギャガの広告手法にも猛省を促がしたい(何時もの事だが)。

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負の連鎖に打ちのめされつつ・・・・

投稿日:2007/11/29 レビュアー:オタエドン

これまたすぐにレビューの書けなかった稀有な傑作の1本。

驚愕、不快、共感、孤独、やり切れなさ、哀しみ、同情、そして一筋の希望・・・いやもっと様々な感情が混迷した気もしました。

錚々たるレビュアーさんの書き込みも読めず、稚拙な感想ではありますが、心底疲労困憊させられた作品でもあります。

不協和音に苛まれつつ、何故?どうして?と問う事すら憚れる。

現代社会の持つまるで人類の坩堝、憎しみの連鎖、異なる言語のもたらす不信。それでも人は愛を信じ、世界の共生を信じていたい。

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