敬愛なるベートーヴェン

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敬愛なるベートーヴェン / エド・ハリス

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「敬愛なるベートーヴェン」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

“第九”完成前後の晩年のベートーヴェンに光を当て、彼とその創作を支えた一人の若き女性との心の交流を綴る音楽ドラマ。主演は「めぐりあう時間たち」のエド・ハリスと「トロイ」のダイアン・クルーガー。監督は「太陽と月に背いて」のアニエスカ・ホランド。1824年のウィーン。“第九”の初演を4日後に控え、未だ合唱パートが完成していないベートーヴェンのもとに、作曲家を志す若き女性アンナがコピスト(写譜師)として送り込まれる。女性のコピストが現われたことに激怒するベートーヴェンだったが、やがて彼女の才能を認め、写譜の仕事を任せるのだった。

「敬愛なるベートーヴェン」 の作品情報

作品情報

製作年: 2006年
製作国: イギリス/ハンガリー
原題: COPYING BEETHOVEN

「敬愛なるベートーヴェン」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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1〜 5件 / 全99件

少しベートーヴェンとの距離が縮まります。

投稿日:2007/11/23 レビュアー:JUCE

 やはりこの映画で圧巻なのは10分間の『第九』の初演演奏シーンです。このシーンだけでもこの映画を観る価値はあるのではないでしょうか。この演奏シーンは感動しました。
『第九』の音楽だけでも人を感動させる力があるのですが、その『第九』の良さを殺さず、むしろ相乗的に感情を盛り上げていく映像に酔いしれました。強いて難をあげるなら演奏クライマックスで高まる感情を表現するためにつけたカメラの振動は不必要でした。無くても十分に観客も感情を高ぶらせていますし、逆にその揺れで半歩だけ後ろに引いてしまうのを感じました。劇場でこのシーンは観たかったですね。
 ハイライトの演奏シーンを挟む前後のお話としては取り立てて目新しい部分は無く、といっても実在の人物をもとにしたフィクションですから仕方がありませんが。第3の写譜師の謎に迫るとかそういった面白いトピックを期待しても何も出てきません。
 エド・ハリス演じるベートーヴェンは私が肖像画から想像するベートーヴェン像に非常に近く、フィクションでありながらもベートーヴェンをより身近な存在として感じ取る事が出来ました。クラッシク音楽や当時の風俗に造詣の深い人が見ると様々な粗が見えてくるのかも知れませんが、私は十分に満足した音楽映画でした。
 欲を言えばファーストシークエンスとラストは『大フーガ』によって連結されているハズなのだが、アンナがどういった天啓によってこの『大フーガ』を理解できたのか?その部分がハッキリとしない。この部分が描き切れていればドラマ部分も文句無く素晴らしい映画として仕上がっていたと思います。

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「第九」の演奏シーンが 素晴らしい ネタバレ

投稿日:2007/11/12 レビュアー:ミルクチョコ

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「第九」の完成直前、ベートーヴェンと架空の女性コピスト(写譜師)との交流を綴るドラマ。

ありきたりの師弟恋愛物かと思いきや、恋愛のようで、恋愛とは言い切れない微妙な二人の関係を、描いたあたりがいいですね。
見ようによっては、ラブストーリーと取ることもできそうですが、一線を越えていないところが、この映画の主旨でもあり良いのだと思います。
ラスト近くのベートーヴェンの体を拭くシーンにも象徴されているように、天才と、天才に憧れる優秀な音楽家とのやりとりのギリギリな感覚が面白い。
アンナ(ダイアン・クルーガー)は、恋人もいるのに、ベートーヴェンを尊敬する故に、つい惹かれてしまう女心や、三角関係にも似た関係が、小気味良く結末を迎えています。

第九初演の日、タクトを握り、不安そうにアンナを見るベートーヴェンと、オーケストラの音を教えるアンナの指に、第九以上の演奏を見た気がしてしまいました。
この時、二人はお互いに一体となっており、二人による指揮ぶりが、気持ち良さそうで、重なりあうところが、素晴らしい。

エド・ハリスのベートーヴェンになりきりぶりが、素晴らしく、美しさと音楽的才能と知性を前面に出したクルーガーは、ぴったりの嵌まり役でした。


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ミューズとビースト ネタバレ

投稿日:2007/11/07 レビュアー:masamune

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Classicの映画と言えば「アマデウス」が余りに傑作で、日頃は馴染みの無い方も巻き込む一大ムーブメントで沸いた。私もClassicには然程造詣が深い訳でも無いのですが「なんとなしに」仕事の合間とかに良く聞いてます。
その「天才」Mozartと対比する、「努力家」Beethovenの映画と言えば「不滅の恋/ベートーヴェン」が有名。「アマデウス」と同じベクトルの映画だけに埋没しがちですが、出来そのものは悪くない。娯楽映画と音楽的史実との整合性と言う意味では、どちらもエンタメ志向が強い。

その流れで行くと本作もエンタメ志向は強い。設定自体もフィクションで、其処にドイツやオーストリアの香りは感じ難い。アンナ・ホルツ自身が架空の人物で有る為か、今一つ本作には音楽映画で肝心なリアリティが大事なパートで欠如してる。
それはロンドン交響楽団等が奏でる演奏の大部分が、19世紀のClassicでは無く、現代のモダンなオーケストレーションだから。ヴラディーミル・アシュケナージ等演奏家は有名でも、肝心の音が映像から乖離しては、一音楽ファンとして興醒め・・・もっとオーセンティックに演奏して欲しかった。

主演のEd Harrisはアメリカ人と言うハンデを克服し、今回も期待に応える演技を披露。Diane Krugerも特筆すべき、とまでは言えないが演技そのものは悪くない。問題なのは、ポーランドの名監督Agnieszka Holland。凛とした演出は相変わらず秀逸なのだが、上手く作品のタッチと融合してない。全体を通じて、突き放した演出が散見され奥行き感に乏しい気もする。
出発点がフィクションの為か、全体のトーンも娯楽作品と文芸作品との狭間で振り子の様に揺れ動くのは、少々残念。監督らしい品位は随所に感じるものの、作劇に人間らしい温かみを感じ難いのも事実。音楽といい演出といい、最後まで人工的なタッチが残るのは、映画の資質が高いだけに勿体無い。
ラストに象徴される様に、恬淡なインプレッションしか目と耳に残らなかった。

若干Classicのカタログ化してる雰囲気も有るが、見る方全てが音楽に慣れ親しんでる訳でも無いので、私はこれで良いと思う。
そして他のレビュアーさんが仰るとおり、ラストは(古楽的には意義アリ!ですが)見応え十分で、お買い得感も高い。此処で「第9番の初演は、ベートーヴェン本人が指揮して無かったよな・・・」なんて野暮は言いっこなし(笑)。
むしろ最近の映画に欠ける、コンサバティブな魅力を持つ本作は一定の年齢から上の真の意味での大人、しかも女性なら尚更共感できると思う。

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指揮者というのは、大変な重労働です ネタバレ

投稿日:2007/11/25 レビュアー:こんちゃん

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 子供の頃、音楽の授業が苦痛でした。楽器を演奏したり、歌を歌ったりするのは好きでも、クラッシックの作曲家達の歴史を学んだりするのは面倒くさいし・・・。でも、年を取ってくるとクラッシックの良さはだんだんとわかるのですね。
 その中で、ベートーヴェンは、あまりにも有名ではあるのですが、さほど好きでは無かったのです。かみさんも、
「ベートーヴェンだったら、シューベルトやショパンの方が好き」
と言うので、年末の第九以外、ほとんど聞いたことがありません(「エリーゼのために」とか「運命」とか、「月光」とか、もちろん知ってはいますが)

 絵画や、音楽等、クリエイティブな作品というのは、カプチーノさんがおっしゃるように魂から発するものなので、理解は出来なくても、
「素晴らしい物は素晴らしい」
と魂が感じるのでしょうね。皆さんがおっしゃっているように、作中での第九の演奏には鳥肌が立ちました。先日、劇場で観た「僕のピアノコンチェルト」でも、同じ様な感覚を味わいましたね。映画としては、「僕のピアノコンチェルト」の方が、数段良くできているので、この作品が良いと思った方は、是非ご覧下さい。(ミニシアター系ですけど、まだ上映してます)

 masamuneさんが指摘されているように、アンナ・ホルツという架空の人物を中央に据えての演出が、どうも腰が据わっていないような印象で、リアリティに欠けます。もちろんフィクションですから、史実に忠実である必要もありませんけど、絵空事を現実と混同してしまうようなリアリティを持たせるのが、映画という娯楽なのですから、その製作過程に若干の問題があるのでしょう。
 第一、パープルローズさんのおっしゃるように、あれだけ魅力的なダイアン・クルーガーのアンナに対してベートーヴェンのスタンスがおかしいです。私なら、間違いなく口説きます(え?私だけ・・?そんなことないよね?)

 指揮者というのは、過酷な職業です。全体を把握しながら、一つ一つのパートも聞き分け、アンサンブルしていかなければなりません。男が一度はやってみたいものとして、良く「オーケストラの指揮者」と「プロ野球の監督」と言われます。自分の意向によって、そして自分の指示によって全体が調和し、作品となるというのは喩えようもない感動となるのでしょう。ですが、実際の問題として、全体の音を聞きながら、バイオリンの第一が走りすぎだとか、コントラバスが少し遅れているなどと、すべてのパートが調和するように組み立てなければならないのです。
 難聴の身であっても、魂の中からわき上がる音はあるでしょう。なので、ベートーヴェンの創作活動においては、それは支障にはならなかったのだと思います。
 ですが、実際問題として、聞こえない人がタクトを振ると言うことは、指揮者としては、初めから重大な欠陥を抱えていることになります。事実、第五(運命)第六、合唱幻想曲の初演時、その斬新な演奏形態は絶賛されましたが、ベートーヴェンの指揮自体は酷評されたそうです。
 それでも、彼が自身でタクトを振りたかった、そのモチベーションや思い入れと言うものの描き込みがメタファーとして明確でないが為に、作品に通る芯とも言うべき物が欠落しているような印象なのです。
 女性監督として感性には素晴らしい物もあります。模型の船をたたき壊すシークエンスはなかなかの物ですし、歓喜の第九の音が一瞬にして消えてしまうシークエンスも、エンディングのアンナの後ろ姿なども、非常に美しく目に焼き付くものですが・・・
 なのに、このドラマとしての深みの無さはまあ、監督だけの責任ではなく、脚本にも問題はあるのでしょう。エド・ハリスとダイアン・クルーガーの演技が見事なだけに、残念な気がします。
 「僕のピアノコンチェルト」と見比べてみて下さい。(しつこい?)

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アンナがベートーヴェンを指揮してる!? ネタバレ

投稿日:2008/03/23 レビュアー:kazupon

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小学校時代(1〜3年生)の担任S先生の思い出と重なり、とても感動しました。
S先生は音楽が専門で、当時は器楽クラブの顧問をしていらっしゃいました。
別段、その風貌がベートーヴェンと似ていた訳ではありませんが、子供の私には”ベートーヴェンはS先生のような人”として印象付けられてしまっていたのです。
それは、先生の指揮が、髪を振り乱すほど激しく、指揮台から落ちるのではないかと心配になるくらい音楽に没頭していて、その鋭い目つきが音楽室の肖像とだぶっていたのです。
その意味で、エド・ハリス演じるベートーヴェンは、私には迫力不足に感じられました。
奇人、変人(そういえば、小泉前首相にも似ていたような・・・笑)の部分は、よく表現できていたと思いましたが、もっと一途に、純粋に、神経質に、自分の魂を音楽に変えていく事に情熱と苦悩を抱いている、そういう圧迫感に欠けているように思ったのです。
子供の頃の記憶なので非常に不確かなのですが、オーケストラを指揮していたベートーヴェンは、耳が不自由なため、演奏終了後の聴衆の反応が分からずにじっと佇んだままでした。オーケストラの人が彼を客席に振り向かせると、惜しみない拍手と喝采が待っていたというエピソードをS先生が話してくださったのを覚えていて、子供の頃に受けた感動が、「第九」のシーンでの感動と連なり、涙が浮かぶほどでした。
アンナ役のダイアン・クルーガーがとても美しく、ベートーヴェンに合図を送るというよりは、彼を指揮している感じでした。
そして、恍惚としているような彼女とベートーヴェンの表情も、見せ場の一つなのかも知れませんが、私にはこの場面での彼女の表情が不満でした。
偉大なマエストロであるベートーヴェンに合図を送るのですから、もっと緊張感があっても良かったのではないかと・・・
S先生のお話から勝手に想像して作り出してしまった、私のベートーヴェン像。
懐かしい思い出と共に二重に楽しめた気がして、私のお気に入りの作品となりました。
「第九」の場面だけでも、見る価値は大いにあると思います。

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敬愛なるベートーヴェン

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少しベートーヴェンとの距離が縮まります。

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2007/11/23

レビュアー

JUCE

 やはりこの映画で圧巻なのは10分間の『第九』の初演演奏シーンです。このシーンだけでもこの映画を観る価値はあるのではないでしょうか。この演奏シーンは感動しました。
『第九』の音楽だけでも人を感動させる力があるのですが、その『第九』の良さを殺さず、むしろ相乗的に感情を盛り上げていく映像に酔いしれました。強いて難をあげるなら演奏クライマックスで高まる感情を表現するためにつけたカメラの振動は不必要でした。無くても十分に観客も感情を高ぶらせていますし、逆にその揺れで半歩だけ後ろに引いてしまうのを感じました。劇場でこのシーンは観たかったですね。
 ハイライトの演奏シーンを挟む前後のお話としては取り立てて目新しい部分は無く、といっても実在の人物をもとにしたフィクションですから仕方がありませんが。第3の写譜師の謎に迫るとかそういった面白いトピックを期待しても何も出てきません。
 エド・ハリス演じるベートーヴェンは私が肖像画から想像するベートーヴェン像に非常に近く、フィクションでありながらもベートーヴェンをより身近な存在として感じ取る事が出来ました。クラッシク音楽や当時の風俗に造詣の深い人が見ると様々な粗が見えてくるのかも知れませんが、私は十分に満足した音楽映画でした。
 欲を言えばファーストシークエンスとラストは『大フーガ』によって連結されているハズなのだが、アンナがどういった天啓によってこの『大フーガ』を理解できたのか?その部分がハッキリとしない。この部分が描き切れていればドラマ部分も文句無く素晴らしい映画として仕上がっていたと思います。

「第九」の演奏シーンが 素晴らしい

投稿日

2007/11/12

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ミルクチョコ

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「第九」の完成直前、ベートーヴェンと架空の女性コピスト(写譜師)との交流を綴るドラマ。

ありきたりの師弟恋愛物かと思いきや、恋愛のようで、恋愛とは言い切れない微妙な二人の関係を、描いたあたりがいいですね。
見ようによっては、ラブストーリーと取ることもできそうですが、一線を越えていないところが、この映画の主旨でもあり良いのだと思います。
ラスト近くのベートーヴェンの体を拭くシーンにも象徴されているように、天才と、天才に憧れる優秀な音楽家とのやりとりのギリギリな感覚が面白い。
アンナ(ダイアン・クルーガー)は、恋人もいるのに、ベートーヴェンを尊敬する故に、つい惹かれてしまう女心や、三角関係にも似た関係が、小気味良く結末を迎えています。

第九初演の日、タクトを握り、不安そうにアンナを見るベートーヴェンと、オーケストラの音を教えるアンナの指に、第九以上の演奏を見た気がしてしまいました。
この時、二人はお互いに一体となっており、二人による指揮ぶりが、気持ち良さそうで、重なりあうところが、素晴らしい。

エド・ハリスのベートーヴェンになりきりぶりが、素晴らしく、美しさと音楽的才能と知性を前面に出したクルーガーは、ぴったりの嵌まり役でした。


ミューズとビースト

投稿日

2007/11/07

レビュアー

masamune

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Classicの映画と言えば「アマデウス」が余りに傑作で、日頃は馴染みの無い方も巻き込む一大ムーブメントで沸いた。私もClassicには然程造詣が深い訳でも無いのですが「なんとなしに」仕事の合間とかに良く聞いてます。
その「天才」Mozartと対比する、「努力家」Beethovenの映画と言えば「不滅の恋/ベートーヴェン」が有名。「アマデウス」と同じベクトルの映画だけに埋没しがちですが、出来そのものは悪くない。娯楽映画と音楽的史実との整合性と言う意味では、どちらもエンタメ志向が強い。

その流れで行くと本作もエンタメ志向は強い。設定自体もフィクションで、其処にドイツやオーストリアの香りは感じ難い。アンナ・ホルツ自身が架空の人物で有る為か、今一つ本作には音楽映画で肝心なリアリティが大事なパートで欠如してる。
それはロンドン交響楽団等が奏でる演奏の大部分が、19世紀のClassicでは無く、現代のモダンなオーケストレーションだから。ヴラディーミル・アシュケナージ等演奏家は有名でも、肝心の音が映像から乖離しては、一音楽ファンとして興醒め・・・もっとオーセンティックに演奏して欲しかった。

主演のEd Harrisはアメリカ人と言うハンデを克服し、今回も期待に応える演技を披露。Diane Krugerも特筆すべき、とまでは言えないが演技そのものは悪くない。問題なのは、ポーランドの名監督Agnieszka Holland。凛とした演出は相変わらず秀逸なのだが、上手く作品のタッチと融合してない。全体を通じて、突き放した演出が散見され奥行き感に乏しい気もする。
出発点がフィクションの為か、全体のトーンも娯楽作品と文芸作品との狭間で振り子の様に揺れ動くのは、少々残念。監督らしい品位は随所に感じるものの、作劇に人間らしい温かみを感じ難いのも事実。音楽といい演出といい、最後まで人工的なタッチが残るのは、映画の資質が高いだけに勿体無い。
ラストに象徴される様に、恬淡なインプレッションしか目と耳に残らなかった。

若干Classicのカタログ化してる雰囲気も有るが、見る方全てが音楽に慣れ親しんでる訳でも無いので、私はこれで良いと思う。
そして他のレビュアーさんが仰るとおり、ラストは(古楽的には意義アリ!ですが)見応え十分で、お買い得感も高い。此処で「第9番の初演は、ベートーヴェン本人が指揮して無かったよな・・・」なんて野暮は言いっこなし(笑)。
むしろ最近の映画に欠ける、コンサバティブな魅力を持つ本作は一定の年齢から上の真の意味での大人、しかも女性なら尚更共感できると思う。

指揮者というのは、大変な重労働です

投稿日

2007/11/25

レビュアー

こんちゃん

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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 子供の頃、音楽の授業が苦痛でした。楽器を演奏したり、歌を歌ったりするのは好きでも、クラッシックの作曲家達の歴史を学んだりするのは面倒くさいし・・・。でも、年を取ってくるとクラッシックの良さはだんだんとわかるのですね。
 その中で、ベートーヴェンは、あまりにも有名ではあるのですが、さほど好きでは無かったのです。かみさんも、
「ベートーヴェンだったら、シューベルトやショパンの方が好き」
と言うので、年末の第九以外、ほとんど聞いたことがありません(「エリーゼのために」とか「運命」とか、「月光」とか、もちろん知ってはいますが)

 絵画や、音楽等、クリエイティブな作品というのは、カプチーノさんがおっしゃるように魂から発するものなので、理解は出来なくても、
「素晴らしい物は素晴らしい」
と魂が感じるのでしょうね。皆さんがおっしゃっているように、作中での第九の演奏には鳥肌が立ちました。先日、劇場で観た「僕のピアノコンチェルト」でも、同じ様な感覚を味わいましたね。映画としては、「僕のピアノコンチェルト」の方が、数段良くできているので、この作品が良いと思った方は、是非ご覧下さい。(ミニシアター系ですけど、まだ上映してます)

 masamuneさんが指摘されているように、アンナ・ホルツという架空の人物を中央に据えての演出が、どうも腰が据わっていないような印象で、リアリティに欠けます。もちろんフィクションですから、史実に忠実である必要もありませんけど、絵空事を現実と混同してしまうようなリアリティを持たせるのが、映画という娯楽なのですから、その製作過程に若干の問題があるのでしょう。
 第一、パープルローズさんのおっしゃるように、あれだけ魅力的なダイアン・クルーガーのアンナに対してベートーヴェンのスタンスがおかしいです。私なら、間違いなく口説きます(え?私だけ・・?そんなことないよね?)

 指揮者というのは、過酷な職業です。全体を把握しながら、一つ一つのパートも聞き分け、アンサンブルしていかなければなりません。男が一度はやってみたいものとして、良く「オーケストラの指揮者」と「プロ野球の監督」と言われます。自分の意向によって、そして自分の指示によって全体が調和し、作品となるというのは喩えようもない感動となるのでしょう。ですが、実際の問題として、全体の音を聞きながら、バイオリンの第一が走りすぎだとか、コントラバスが少し遅れているなどと、すべてのパートが調和するように組み立てなければならないのです。
 難聴の身であっても、魂の中からわき上がる音はあるでしょう。なので、ベートーヴェンの創作活動においては、それは支障にはならなかったのだと思います。
 ですが、実際問題として、聞こえない人がタクトを振ると言うことは、指揮者としては、初めから重大な欠陥を抱えていることになります。事実、第五(運命)第六、合唱幻想曲の初演時、その斬新な演奏形態は絶賛されましたが、ベートーヴェンの指揮自体は酷評されたそうです。
 それでも、彼が自身でタクトを振りたかった、そのモチベーションや思い入れと言うものの描き込みがメタファーとして明確でないが為に、作品に通る芯とも言うべき物が欠落しているような印象なのです。
 女性監督として感性には素晴らしい物もあります。模型の船をたたき壊すシークエンスはなかなかの物ですし、歓喜の第九の音が一瞬にして消えてしまうシークエンスも、エンディングのアンナの後ろ姿なども、非常に美しく目に焼き付くものですが・・・
 なのに、このドラマとしての深みの無さはまあ、監督だけの責任ではなく、脚本にも問題はあるのでしょう。エド・ハリスとダイアン・クルーガーの演技が見事なだけに、残念な気がします。
 「僕のピアノコンチェルト」と見比べてみて下さい。(しつこい?)

アンナがベートーヴェンを指揮してる!?

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2008/03/23

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小学校時代(1〜3年生)の担任S先生の思い出と重なり、とても感動しました。
S先生は音楽が専門で、当時は器楽クラブの顧問をしていらっしゃいました。
別段、その風貌がベートーヴェンと似ていた訳ではありませんが、子供の私には”ベートーヴェンはS先生のような人”として印象付けられてしまっていたのです。
それは、先生の指揮が、髪を振り乱すほど激しく、指揮台から落ちるのではないかと心配になるくらい音楽に没頭していて、その鋭い目つきが音楽室の肖像とだぶっていたのです。
その意味で、エド・ハリス演じるベートーヴェンは、私には迫力不足に感じられました。
奇人、変人(そういえば、小泉前首相にも似ていたような・・・笑)の部分は、よく表現できていたと思いましたが、もっと一途に、純粋に、神経質に、自分の魂を音楽に変えていく事に情熱と苦悩を抱いている、そういう圧迫感に欠けているように思ったのです。
子供の頃の記憶なので非常に不確かなのですが、オーケストラを指揮していたベートーヴェンは、耳が不自由なため、演奏終了後の聴衆の反応が分からずにじっと佇んだままでした。オーケストラの人が彼を客席に振り向かせると、惜しみない拍手と喝采が待っていたというエピソードをS先生が話してくださったのを覚えていて、子供の頃に受けた感動が、「第九」のシーンでの感動と連なり、涙が浮かぶほどでした。
アンナ役のダイアン・クルーガーがとても美しく、ベートーヴェンに合図を送るというよりは、彼を指揮している感じでした。
そして、恍惚としているような彼女とベートーヴェンの表情も、見せ場の一つなのかも知れませんが、私にはこの場面での彼女の表情が不満でした。
偉大なマエストロであるベートーヴェンに合図を送るのですから、もっと緊張感があっても良かったのではないかと・・・
S先生のお話から勝手に想像して作り出してしまった、私のベートーヴェン像。
懐かしい思い出と共に二重に楽しめた気がして、私のお気に入りの作品となりました。
「第九」の場面だけでも、見る価値は大いにあると思います。

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