Dear Pyongyang−ディア・ピョンヤン−

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Dear Pyongyang−ディア・ピョンヤン−

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「Dear Pyongyang−ディア・ピョンヤン−」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

 日本で生まれ育ったコリアン2世の映像作家ヤン・ヨンヒが、朝鮮総連の幹部として自らの一生を“祖国”に捧げる父親の姿を10年間に渡って記録し続けた感動ドキュメンタリー。ヤン・ヨンヒ監督は4兄妹の末っ子として生まれた。3人の兄は30数年前に“帰国”した。人一倍家族思いの両親が、なぜ息子たちを“祖国”に送ったのか。監督は、優しい父とその政治的信念に違和感を抱きながらも、それを理解しようと父にカメラを向けた。映画は、そんな父と娘の対話を軸に、近くて遠い二つの国に生きる家族の真実の姿を描き出していく。

「Dear Pyongyang−ディア・ピョンヤン−」 の作品情報

作品情報

製作年: 2005年
製作国: 日本
原題: DEAR PYONGYANG

「Dear Pyongyang−ディア・ピョンヤン−」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

キャスト・スタッフ

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かぞくのくに

ユーザーレビュー:13件

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1〜 5件 / 全13件

家族の物語 ネタバレ

投稿日:2008/04/18 レビュアー:おうち大好き

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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監督が「北朝鮮についての映画でも、帰国事業についての映画でもありません。日本に住むひとつの家族の話です。」とインタビューで語っていたとおり、アボジが韓国済州島に生まれて、どんなふうに14歳の時に日本にやってきたのか、何故北の思想に共感したのか、これまでどんな生活をしてきたのか、そんなことは一切描かれていません。
そのかわり、アボジの古希の祝いをピョンヤンで行う為に三人で渡航する様子が克明に映し出されています。
万景峰号の船内、全てが揃っている日本に住んでいる私たちから見て本当に何も無い北朝鮮、旗振りの練習をさせられている人達、無邪気な子供達は別にして、言葉少なく曖昧な笑みしか浮かべない兄たち夫婦、祖父のリクエストに答え、ロウソク一本の灯りの中で孫が弾くピアノの音色、その他、明け透けなまでにカメラは嘘隠しもなく、しっかりと捉えていました。


映画は家族の物語として感傷的に終わります。結局、人というのは今まで自分が生きてきた尺度でしかモノを見られないという事を思い知らされ、何か空しい気持ちで観終えたのでした。
ただひとつ、兄たちを北へ行かせて、今どう思う?の娘の問いに、正に総連の中心メンバーであった人の「こんなふうになるとは・・・」という答えが聞けただけでも、この映画を観て良かったなと思ったのです。
そして、脳梗塞で倒れたアボジを誠心誠意介護するオモニがいて、それを泣きながら撮影する娘がいても、3人の兄たちが父を見舞うことはおそらくないだろうということは容易く想像出来るのでした。
 

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言葉ではない本心の総括を聞いたような気がした。 ネタバレ

投稿日:2008/05/10 レビュアー:花ちゃん

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日本と言う国に育った2世の監督が近くて遠い国にいる3人の兄と、彼らの幸せを信じて祖国に送った両親をドキュメンタリーとして製作している。監督本人がナレーションを勤めており、きわめて静かで優しい語り口であり、画面の中での会話は生活地の大阪弁なのでとてもフレンドリーで暖かい。かなりナイーブな内容を扱っているにもかかわらずこの映画がとても扇情的であったり批判的であったりしないことに驚く。
家族を理解したい。自分の納得の位置を求めたいと願い、また思想的他者受け入れることのできる監督の誠実な感性が伝わってくるようだ。同じく分断された国ドイツで受賞し、ベルリンの壁の前に立つ監督の心情のように「この映画を検閲なしで3人の兄が見れる日」を私たちも望んでいる。

愛する息子たちを敬愛する領主様の治める祖国に送り、自らの信念に基づき共和国の思想を支持布教する模範的指導者のアボジ。在日の暮らしの中で反乱する北朝鮮の情報をシャットアウトしさらに領主様に中世を誓う男。その男がまだ若く力みなぎる年代には3人の息子も父の燃える思想に従った。末の娘も数々の制約を受け、またその期待に沿わなくてはならないと自覚していた。

日本の母親からの大量の物資に助けられたり、父親の地位にも関係するだろうが帰国した兄たちはマスコミで取り上げられたように餓死者がでるような暮らしではなく、都市部に暮らし、子どもも高い専門教育を受けている。しかし彼等が両親の住む日本を訪れることは許されず、訪ねていった妹との間にも踏み入った会話は避けられ続けている。

熱血党員であった父が古希を迎えるに当たり、親類縁者知人が集まり盛大なパーティがピョンヤンで催された。高齢となったアボジが自らを総括し、「領主様のために心から尽くしたがまだ至らない部分もあった。さらに尽くしたい、、、」との挨拶をする。
やんごとなき事情でか、14歳で離れた故郷に対する望郷の思いが、強い共産主義の思想への帰依となったのだと想像する。何よりも大切な我子を帰国事業に参加させることで祖国への忠誠心の証と確信したのではないだろうか。

年を重ねるにつれ祖国の情勢も悪くなって行く。堅固だった父の信念も徐々に軟化する。またはっきり言わないが後悔の気持ちも汲み取れるようになってきた。母の「良くなると信じるしかない。」というのが印象的だった。今日まで差別や偏見の厳しい条件の中でひたすら自分を信じて生きてきたのだ。したことを否定する事は彼らの人生そのものを否定すること。しかし、老いて病床に伏しながら、娘の問いかけに答え、彼女の生き方を認めようとするアポジをみて、言葉ではない本心の総括を聞いた様な気がした。

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11月11日に生まれて ヤン・ヨンヒ序論 その2

投稿日:2013/04/10 レビュアー:ロキュータス


(かなり、もうネタばれ)

(『 かぞくのくに 』のレビューより続く  )

[4]  ある小さき者の物語

強烈な個性を放つ父親と、彼を映す娘ヤン・ヨンヒ。
大阪の自宅での父と娘、家族だんらんでの「娘の結婚相手の条件」の会話に始まり、父が
北朝鮮を訪問し勲章をいっぱい身に着けて祝福される姿を映していく。

だが白眉はそんな栄光の姿ではなく、夜、人の気配のない病院で病床につく父親の姿。
これは天の目、神の視線に思えます。
さらに続くシーンで娘の問いかけに答える姿は残酷なまでに痛々しい。 
ヤン・ヨンヒは鬼か・・・と一瞬思うが、病んで老いた父親がただただ涙ながらに妻への愛、子供たちへの愛を叫ぶその姿は、さまざまな映画的記憶を呼び覚ます。

その姿は『バリー・リンドン』であり『ドクトル・ジバゴ』『ラスト・エンペラー』であり、そして『市民ケーン』そのものではないか。
波瀾万丈な人生も悠久の時の流れから見ればほんの一瞬。 時代は移り変わり、永遠と思われたものも過去のものとなる。

あるいは「 What a Wonderful World」か。
世界はこんなに美しいのに、何を私たちは争っているのだろう。
広い世界からみれば、人間の争いごとなどはすべてコップの中の嵐に過ぎない。 

ヤン・ヨンヒは自分や父親を小さき者たちとして描いている、と、ぼくは思います。
それは国家や民族や時代の大きな動きの前には自分たちは無力なちっぽけな存在、無意味なものと描きたいのではなく、大きく見えるものも、永遠の時間や、広い世界からみれば小さな存在にすぎない。
ちっぽけな人間が最後に求めるものは、ただ愛だけだ。 人間の愛は深く、世界は広くて美しいのだ。 政治やイデオロギーなどは第一義ではない、・・・と言っているように感じました。

家族を映したホームビデオを、世界言語である映画に変えたヤン・ヨンヒの作家性がそこにあると、ぼくは思います。

[5]  エゴイスト

「なぜ映画を撮るのか」と尋ねられて、ヤン・ヨンヒは「自分はエゴイストだから」と答えます。  
ヤン・ヨンヒを知るためのキーワードの1つでしょう。

その意味に対する僕の解釈。
一つは、自分一人の考えで作ったと、作品に対する作者の責任の明確にして、むずかしい立場の家族や、あるいはマイノリティである在日同胞を守るため。  
自分は誰かの代弁者でもないし、自分勝手な私が勝手にやっていることだと。

もう一つは、政治やイデオロギー、国家、民族主義という。誰かが書いた演劇に役を演じて、あるいは演じさせられて、自分たち家族は苦しんできた。 
私は私たち家族の話を、私自身の言葉、考え、思いで描く。
そうすることで、政治やイデオロギー、国家、民族主義の虚構性を明らかにするという態度の表明であると思います。

( ふたたび、『 かぞくのくに 』レビューつづき へと続く)







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真かぞくのくに

投稿日:2013/05/31 レビュアー:TETSUYA

大傑作『かぞくのくに』の元ネタという見方もできるヤン・ヨンヒ監督のデビュー作。
父親を撮り続けることによって浮かび上がる父娘の確執、家族の歴史、この国とあの国の歴史、そして更に浮かび上がる家族の愛。
ヘヴィーなテーマを内包しながらも、一貫してユーモラスに振る舞うカメラと被写体。そのユニークさが本作の強みであり、凄みでもある。

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あんにょんピョンヤン

投稿日:2010/07/14 レビュアー:あざみ

まんぼんぎょん、…じゃなく、
まんぎょんぼん号の内部の映像や、
平壌の様子など、
珍しく、
凄く興味深かったです。

これは活動家の娘という立場だからこそ
堂々と撮れた映像やろなーと思います。

貴重だと思います。

最後のお父さんのシーンが痛々しく、
監督の矢継早な
お父さんへの語りかけが、
私にはちょっと辛かったです。。

全体を通して広角でとられていたようですが、
それが不幸にも
「ラッパー慕情」と「神様の愛い奴」の画面を
ひゅんと思い出してしまい、
あの二本のトラウマが、
未だ自分の中に
どすんと居座っていると自覚しました。。

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Dear Pyongyang−ディア・ピョンヤン−

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家族の物語

投稿日

2008/04/18

レビュアー

おうち大好き

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監督が「北朝鮮についての映画でも、帰国事業についての映画でもありません。日本に住むひとつの家族の話です。」とインタビューで語っていたとおり、アボジが韓国済州島に生まれて、どんなふうに14歳の時に日本にやってきたのか、何故北の思想に共感したのか、これまでどんな生活をしてきたのか、そんなことは一切描かれていません。
そのかわり、アボジの古希の祝いをピョンヤンで行う為に三人で渡航する様子が克明に映し出されています。
万景峰号の船内、全てが揃っている日本に住んでいる私たちから見て本当に何も無い北朝鮮、旗振りの練習をさせられている人達、無邪気な子供達は別にして、言葉少なく曖昧な笑みしか浮かべない兄たち夫婦、祖父のリクエストに答え、ロウソク一本の灯りの中で孫が弾くピアノの音色、その他、明け透けなまでにカメラは嘘隠しもなく、しっかりと捉えていました。


映画は家族の物語として感傷的に終わります。結局、人というのは今まで自分が生きてきた尺度でしかモノを見られないという事を思い知らされ、何か空しい気持ちで観終えたのでした。
ただひとつ、兄たちを北へ行かせて、今どう思う?の娘の問いに、正に総連の中心メンバーであった人の「こんなふうになるとは・・・」という答えが聞けただけでも、この映画を観て良かったなと思ったのです。
そして、脳梗塞で倒れたアボジを誠心誠意介護するオモニがいて、それを泣きながら撮影する娘がいても、3人の兄たちが父を見舞うことはおそらくないだろうということは容易く想像出来るのでした。
 

言葉ではない本心の総括を聞いたような気がした。

投稿日

2008/05/10

レビュアー

花ちゃん

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日本と言う国に育った2世の監督が近くて遠い国にいる3人の兄と、彼らの幸せを信じて祖国に送った両親をドキュメンタリーとして製作している。監督本人がナレーションを勤めており、きわめて静かで優しい語り口であり、画面の中での会話は生活地の大阪弁なのでとてもフレンドリーで暖かい。かなりナイーブな内容を扱っているにもかかわらずこの映画がとても扇情的であったり批判的であったりしないことに驚く。
家族を理解したい。自分の納得の位置を求めたいと願い、また思想的他者受け入れることのできる監督の誠実な感性が伝わってくるようだ。同じく分断された国ドイツで受賞し、ベルリンの壁の前に立つ監督の心情のように「この映画を検閲なしで3人の兄が見れる日」を私たちも望んでいる。

愛する息子たちを敬愛する領主様の治める祖国に送り、自らの信念に基づき共和国の思想を支持布教する模範的指導者のアボジ。在日の暮らしの中で反乱する北朝鮮の情報をシャットアウトしさらに領主様に中世を誓う男。その男がまだ若く力みなぎる年代には3人の息子も父の燃える思想に従った。末の娘も数々の制約を受け、またその期待に沿わなくてはならないと自覚していた。

日本の母親からの大量の物資に助けられたり、父親の地位にも関係するだろうが帰国した兄たちはマスコミで取り上げられたように餓死者がでるような暮らしではなく、都市部に暮らし、子どもも高い専門教育を受けている。しかし彼等が両親の住む日本を訪れることは許されず、訪ねていった妹との間にも踏み入った会話は避けられ続けている。

熱血党員であった父が古希を迎えるに当たり、親類縁者知人が集まり盛大なパーティがピョンヤンで催された。高齢となったアボジが自らを総括し、「領主様のために心から尽くしたがまだ至らない部分もあった。さらに尽くしたい、、、」との挨拶をする。
やんごとなき事情でか、14歳で離れた故郷に対する望郷の思いが、強い共産主義の思想への帰依となったのだと想像する。何よりも大切な我子を帰国事業に参加させることで祖国への忠誠心の証と確信したのではないだろうか。

年を重ねるにつれ祖国の情勢も悪くなって行く。堅固だった父の信念も徐々に軟化する。またはっきり言わないが後悔の気持ちも汲み取れるようになってきた。母の「良くなると信じるしかない。」というのが印象的だった。今日まで差別や偏見の厳しい条件の中でひたすら自分を信じて生きてきたのだ。したことを否定する事は彼らの人生そのものを否定すること。しかし、老いて病床に伏しながら、娘の問いかけに答え、彼女の生き方を認めようとするアポジをみて、言葉ではない本心の総括を聞いた様な気がした。

11月11日に生まれて ヤン・ヨンヒ序論 その2

投稿日

2013/04/10

レビュアー

ロキュータス


(かなり、もうネタばれ)

(『 かぞくのくに 』のレビューより続く  )

[4]  ある小さき者の物語

強烈な個性を放つ父親と、彼を映す娘ヤン・ヨンヒ。
大阪の自宅での父と娘、家族だんらんでの「娘の結婚相手の条件」の会話に始まり、父が
北朝鮮を訪問し勲章をいっぱい身に着けて祝福される姿を映していく。

だが白眉はそんな栄光の姿ではなく、夜、人の気配のない病院で病床につく父親の姿。
これは天の目、神の視線に思えます。
さらに続くシーンで娘の問いかけに答える姿は残酷なまでに痛々しい。 
ヤン・ヨンヒは鬼か・・・と一瞬思うが、病んで老いた父親がただただ涙ながらに妻への愛、子供たちへの愛を叫ぶその姿は、さまざまな映画的記憶を呼び覚ます。

その姿は『バリー・リンドン』であり『ドクトル・ジバゴ』『ラスト・エンペラー』であり、そして『市民ケーン』そのものではないか。
波瀾万丈な人生も悠久の時の流れから見ればほんの一瞬。 時代は移り変わり、永遠と思われたものも過去のものとなる。

あるいは「 What a Wonderful World」か。
世界はこんなに美しいのに、何を私たちは争っているのだろう。
広い世界からみれば、人間の争いごとなどはすべてコップの中の嵐に過ぎない。 

ヤン・ヨンヒは自分や父親を小さき者たちとして描いている、と、ぼくは思います。
それは国家や民族や時代の大きな動きの前には自分たちは無力なちっぽけな存在、無意味なものと描きたいのではなく、大きく見えるものも、永遠の時間や、広い世界からみれば小さな存在にすぎない。
ちっぽけな人間が最後に求めるものは、ただ愛だけだ。 人間の愛は深く、世界は広くて美しいのだ。 政治やイデオロギーなどは第一義ではない、・・・と言っているように感じました。

家族を映したホームビデオを、世界言語である映画に変えたヤン・ヨンヒの作家性がそこにあると、ぼくは思います。

[5]  エゴイスト

「なぜ映画を撮るのか」と尋ねられて、ヤン・ヨンヒは「自分はエゴイストだから」と答えます。  
ヤン・ヨンヒを知るためのキーワードの1つでしょう。

その意味に対する僕の解釈。
一つは、自分一人の考えで作ったと、作品に対する作者の責任の明確にして、むずかしい立場の家族や、あるいはマイノリティである在日同胞を守るため。  
自分は誰かの代弁者でもないし、自分勝手な私が勝手にやっていることだと。

もう一つは、政治やイデオロギー、国家、民族主義という。誰かが書いた演劇に役を演じて、あるいは演じさせられて、自分たち家族は苦しんできた。 
私は私たち家族の話を、私自身の言葉、考え、思いで描く。
そうすることで、政治やイデオロギー、国家、民族主義の虚構性を明らかにするという態度の表明であると思います。

( ふたたび、『 かぞくのくに 』レビューつづき へと続く)







真かぞくのくに

投稿日

2013/05/31

レビュアー

TETSUYA

大傑作『かぞくのくに』の元ネタという見方もできるヤン・ヨンヒ監督のデビュー作。
父親を撮り続けることによって浮かび上がる父娘の確執、家族の歴史、この国とあの国の歴史、そして更に浮かび上がる家族の愛。
ヘヴィーなテーマを内包しながらも、一貫してユーモラスに振る舞うカメラと被写体。そのユニークさが本作の強みであり、凄みでもある。

あんにょんピョンヤン

投稿日

2010/07/14

レビュアー

あざみ

まんぼんぎょん、…じゃなく、
まんぎょんぼん号の内部の映像や、
平壌の様子など、
珍しく、
凄く興味深かったです。

これは活動家の娘という立場だからこそ
堂々と撮れた映像やろなーと思います。

貴重だと思います。

最後のお父さんのシーンが痛々しく、
監督の矢継早な
お父さんへの語りかけが、
私にはちょっと辛かったです。。

全体を通して広角でとられていたようですが、
それが不幸にも
「ラッパー慕情」と「神様の愛い奴」の画面を
ひゅんと思い出してしまい、
あの二本のトラウマが、
未だ自分の中に
どすんと居座っていると自覚しました。。

1〜 5件 / 全13件