楳図かずお恐怖劇場 「蟲たちの家」「絶食」

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楳図かずお恐怖劇場 「蟲たちの家」「絶食」 / 緒川たまき

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「楳図かずお恐怖劇場 「蟲たちの家」「絶食」」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

ホラーコミック界のパイオニア、楳図かずおのデビュー50周年を記念して製作されたホラー・オムニバス。数多くの原作の中から6つの短編を厳選し、実写映画化。劇場公開にあたっては2本ずつの上映となる。本作は「蟲たちの家」との同時上映。憧れの彼を振り向かせるため驚異的なダイエットで理想の体型を手に入れた少女だったが…。主演は「ウォーターボーイズ」の上野未来。監督はこれが初メガフォンの伊藤匡史。

「楳図かずお恐怖劇場 「蟲たちの家」「絶食」」 の作品情報

作品情報

製作年: 2005年
製作国: 日本

「楳図かずお恐怖劇場 「蟲たちの家」「絶食」」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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「孤独」と「疎外」

投稿日:2007/06/29 レビュアー:JUCE

黒沢清監督が現代の普遍的テーマとして掲げる「孤独」と「疎外」楳図かずおの原作ではあるが、この映画でもそのテーマがきちんと貫かれている。そして人間のアイデンティティの脆さというものは『ドッペルゲンガー』でも語られていたがこの映画の夫婦も虚実が入り混じりながら、そのアイデンティティが崩れて行き観客を息苦しさへと導く。
黒沢清は精神を描かない。カメラが捕らえるのは人間の肉体であって精神では無いから。西島秀俊の演技はそうした黒沢清の意を汲んだものだろう。もしかすると西島は黒沢清の最大の理解者なのかもしれない。

ビデオ映像だと黒沢監督の持ち味がかなり殺されてしまうのま否めないが、中編と言えどやはり黒沢テイストが感じられる作品。
ただし一般受けしないことは間違いないでしょう。

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西島秀俊頌

投稿日:2007/02/09 レビュアー:parole

「フィルム・センター」や「アテネ・フランセ文化センター」あるいは「シネマヴェーラ」と言ったいわゆるシネマテーク的な劇場で最も目撃されることが多い俳優として有名な西島秀俊ですが、私も上記の小屋で何度か目撃したことがあります。有名俳優と言う言葉から想像されるようなきらびやかさや華やかさを特に振りまくというわけではなく、横浜国立大学卒を感じさせるようなインテリ風の物静かな佇まいで、開演前はいつも分厚い書籍を読んでおり、全く気にすることがなければ美男子であるという例外的な要素を除けばシネマテークに集う一般的な男性と何ら変わりはありません。むしろ目立つという点では、西島秀俊以上の頻度で見かける、開演前は何やら怪しげに動き回っていることが多い中原昌也の方が遙かに目立ちます。ですから、場所柄ということもあるでしょうが、西島秀俊に対してサインをねだる姿などとんと見かけることが無く、それはそれで本人の安静のためには良いのでしょうが、彼のファンであるわたくしにとってはちょっと歯がゆい気持ちにもなります。だからと言って若いとは言えない男性であるわたくしなんぞがサインをねだったりしたら、彼にとっては良い迷惑でしょうけど・・・。

シネマテーク(的な劇場)と言うこと以外に、元々はテレビ出身であるにもかかわらず現在では余りテレビ(ドラマ)には出演しないため、一般的な認知度がそれほど高くはないということも理由として上げられるでしょう。一般的な基準からすれば堂々たる美男子である彼も、オダギリジョーのような華ある売れっ子俳優と比べてしまうと地味さが目立ってしまいますしね。

でも、恐らくは赤裸様にサインをねだられることがない一番の理由は、彼の面持ちというか佇まいというか、安易にミーハー的にサインをねだることを言葉なく拒絶するような雰囲気にこそあるんじゃないかと思います。雑誌などのインタビューで好きな映画を聞かれ、「ブレッソンの『ラルジャン』は、このような映画が存在すること自体が凄いと思った」などと答えるほどの筋金入りのシネ・フィルである彼は、そんな言葉が出てきても全く違和感が感じられないような静謐なムードを漂わせています。彼を一般人としてみるなら、そんなムードはただの近寄りがたい気むずかしい人にしかならないのですが、俳優である彼は自身のそんなムードを知ってか知らずか、それを半ば生のままに活かすことによって俳優としての独自性を発揮しており、それがまたとても良い感じになっていると思うのです。

黒沢清の『LOFT』においてはその静謐さを極端にまで推し進めそれが狂気に転じる様をそれなりに巧く演じていると思いますし、『カナリア』におけるカルト教団の元指導者という難しい役柄を適切にこなしていたとは思いますが、彼のファンであるわたくしにはやっぱに西島秀俊に怒声は似合わないなどと感じてしまうわけで、本作『蟲たちの家』における不気味さの方が遙かに恐く彼のキャラクターには合っていると思います。「棒読み」「棒立ち」という「演技」は実は相当大変なことであり、それは単に演技が下手であることとはまた区別なものだと思うのですが、西島秀俊こそベスト・オブ・棒立ち(笑)であることを立証しているという点でも意義ある作品じゃないかと思います。

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LOFT

投稿日:2005/11/21 レビュアー:裸足のラヴァース

青山真治 北野武の新作が揃って 黒沢清の「LOFT」が年内公開されないのはなんとも はがゆい この三人の新作を毎年観るのが映画ファンの俺の大きな楽しみなのに

黒沢と梅津が遭遇するこの作品で渇を少しは癒そうかな
短い作品ながらやはり見るべきところ多い まあ二人の方向の違いとかを話し出すと長くなるから置いといて 黒沢は人の心理なんか描かないので 新作(ロフトだから)はどうなのか この2階の奥の部屋とそこに至る階段をどう描くのかに大いに興味があったんだけど あっさりしてたな 「呪怨」でその実験には飽きたかな 
夫婦の心理の攻防戦のような内容なのだが 梅津における変身のテーマはきっちり押さえている 梅津にあっては深層心理の恐ろしさより それが姿かたちを変えるとこまでゆくのがすごいのだ これは怪物をテーマとする黒沢に通ずる

二人のすれ違いがよくある風に進んで つまんないかもしれないけど その反復とずれていくいかにも黒沢な映画的演出は充分興奮するものであり 人の怖さより喫茶店で会話する二人の テーブルの位置などがカットで変ってたりするのに ぎょっとなるのであった 

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ああああああ・・・・ ネタバレ

投稿日:2008/03/06 レビュアー:べっち

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(ネタバレしてます。絶望的な解釈もしてます。例によってなるべく具体的なネタには触れないようにはしてますが、オチにもちょっと触れてます)

  企画モノ、ですね。ま、黒沢清でなければ観ないとまでは言わないけれど、あまり食指は動かない。
  楳図かずおはきらいじゃないけど、それを実写化するって言うのはかなり難しい。個人的には映画版「漂流教室」は結構好みなんだけど、あれも楳図ワールドじゃないよな。ただあれくらい翻案してしまえば「楳図かずお原作」というノリとは違った楽しみもできるけどね。

  本作もいわゆる楳図ワールドとは違うし、純然たるクロサワものとも違う雰囲気。それは脚本家という因子が加わっているせいかもしれないけど。
  っていうか、クロサワ作品としては比較的筋は追いやすい。それは企画モノ、脚本家、という要素が影響はしているわけで、そして監督は良い意味でそうした環境と妥協しているんじゃないかなと、今振り返るとそんな感想を抱く。
  実際ラストはあっけないくらいだ。クロサワ作品としても楳図ワールドとしても、それを期待して観ていると拍子抜けしてしまうかもしれない。

  「語り手」によって出来事の解釈が違うという構成も実にわかりやすく表現されている。いわゆる巨匠のほうの黒澤の「羅生門」ではその「解釈の違い」が作品の核をなしていたが、ここでは「ま、そんなもんで」と突き放されているところが面白い。
  突き放されてはいるが、しかし小道具としてはうまいこと機能している。

  さて、クロサワ作品の個人的な愉しみといえばそこここで感じる「違和感」なのだけれども、本作ではそれがあまりない。いや、不必要なほどの吹き抜けがある家だとか、思いっきりクロサワを感じるところはあるんだけれどね・・・・ って、あれ?
  そう、実は最初から大きな違和感を感じていたのだが、それは常に見えていたからかえって気がつかない。
  ビデオ撮り、なんですわ。
  それも結構チープな(ああ、こういうとき自分の無知が呪わしい、とにかくコントラストが飛んじゃうような、いかにもビデオですってわかる映像)。

  けれども本来欠点となるそのチープな画質も、「ま、人によって出来事の解釈なんてかわるもんで」という突き放した姿勢と相俟って、奇妙な質感を覚える。
  つくりもの、まがいもの・・・うーん、そんな月並みな表現じゃないな。
  っで、あのあっけないラスト。

  あっけなくて拍子抜けしちゃうはずなんだけれども、なぜか ぞわぞわ してしまう。

  観ている最中から、ああ、これはコミュニケーション、あるいはディスコミュニケーションの物語だなとは思うのだけれども、それにしてもあのラストは。
  意思の疎通など取れていない二人なのに、ああ、どうしてどうしてそうなの、どうしてなの。

  どうしてなの??

  そしてまったく、本当に絶望的なギャグが浮かんじまった・・・ 「愛だろ、愛!」

  ぎゃぁぁぁぁああ
     ↑
(楳図かずおの書き文字で)

  ・・・・思わず自分の思考にのけぞってしまうが、しかし息が落ち着いてくると案外そうなのかもとも思う。
  いやもちろん真実の愛が描かれているなんてことは言わない。けれども「これが愛だ」と思っているもの、あるいはそう思いたいもの、「ひとによって受け取り方はいろいろですから」と。そのうつろな幸せが。

  そうか、観終わって感じた ぞわぞわ はこれのせいだったか。

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ぐわしっ

投稿日:2006/09/05 レビュアー:

え・・・・・・・・

棒読み、棒立ち、棒セット、棒衣装。
こっちで
十分恐怖。

謀図先生こんなんでいいのですか?!
黒沢清監督これって?!
緒川たまきちゃんこんなお仕事引き受けちゃってよかったんですか!?

お目めぱちくり。

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「孤独」と「疎外」

投稿日

2007/06/29

レビュアー

JUCE

黒沢清監督が現代の普遍的テーマとして掲げる「孤独」と「疎外」楳図かずおの原作ではあるが、この映画でもそのテーマがきちんと貫かれている。そして人間のアイデンティティの脆さというものは『ドッペルゲンガー』でも語られていたがこの映画の夫婦も虚実が入り混じりながら、そのアイデンティティが崩れて行き観客を息苦しさへと導く。
黒沢清は精神を描かない。カメラが捕らえるのは人間の肉体であって精神では無いから。西島秀俊の演技はそうした黒沢清の意を汲んだものだろう。もしかすると西島は黒沢清の最大の理解者なのかもしれない。

ビデオ映像だと黒沢監督の持ち味がかなり殺されてしまうのま否めないが、中編と言えどやはり黒沢テイストが感じられる作品。
ただし一般受けしないことは間違いないでしょう。

西島秀俊頌

投稿日

2007/02/09

レビュアー

parole

「フィルム・センター」や「アテネ・フランセ文化センター」あるいは「シネマヴェーラ」と言ったいわゆるシネマテーク的な劇場で最も目撃されることが多い俳優として有名な西島秀俊ですが、私も上記の小屋で何度か目撃したことがあります。有名俳優と言う言葉から想像されるようなきらびやかさや華やかさを特に振りまくというわけではなく、横浜国立大学卒を感じさせるようなインテリ風の物静かな佇まいで、開演前はいつも分厚い書籍を読んでおり、全く気にすることがなければ美男子であるという例外的な要素を除けばシネマテークに集う一般的な男性と何ら変わりはありません。むしろ目立つという点では、西島秀俊以上の頻度で見かける、開演前は何やら怪しげに動き回っていることが多い中原昌也の方が遙かに目立ちます。ですから、場所柄ということもあるでしょうが、西島秀俊に対してサインをねだる姿などとんと見かけることが無く、それはそれで本人の安静のためには良いのでしょうが、彼のファンであるわたくしにとってはちょっと歯がゆい気持ちにもなります。だからと言って若いとは言えない男性であるわたくしなんぞがサインをねだったりしたら、彼にとっては良い迷惑でしょうけど・・・。

シネマテーク(的な劇場)と言うこと以外に、元々はテレビ出身であるにもかかわらず現在では余りテレビ(ドラマ)には出演しないため、一般的な認知度がそれほど高くはないということも理由として上げられるでしょう。一般的な基準からすれば堂々たる美男子である彼も、オダギリジョーのような華ある売れっ子俳優と比べてしまうと地味さが目立ってしまいますしね。

でも、恐らくは赤裸様にサインをねだられることがない一番の理由は、彼の面持ちというか佇まいというか、安易にミーハー的にサインをねだることを言葉なく拒絶するような雰囲気にこそあるんじゃないかと思います。雑誌などのインタビューで好きな映画を聞かれ、「ブレッソンの『ラルジャン』は、このような映画が存在すること自体が凄いと思った」などと答えるほどの筋金入りのシネ・フィルである彼は、そんな言葉が出てきても全く違和感が感じられないような静謐なムードを漂わせています。彼を一般人としてみるなら、そんなムードはただの近寄りがたい気むずかしい人にしかならないのですが、俳優である彼は自身のそんなムードを知ってか知らずか、それを半ば生のままに活かすことによって俳優としての独自性を発揮しており、それがまたとても良い感じになっていると思うのです。

黒沢清の『LOFT』においてはその静謐さを極端にまで推し進めそれが狂気に転じる様をそれなりに巧く演じていると思いますし、『カナリア』におけるカルト教団の元指導者という難しい役柄を適切にこなしていたとは思いますが、彼のファンであるわたくしにはやっぱに西島秀俊に怒声は似合わないなどと感じてしまうわけで、本作『蟲たちの家』における不気味さの方が遙かに恐く彼のキャラクターには合っていると思います。「棒読み」「棒立ち」という「演技」は実は相当大変なことであり、それは単に演技が下手であることとはまた区別なものだと思うのですが、西島秀俊こそベスト・オブ・棒立ち(笑)であることを立証しているという点でも意義ある作品じゃないかと思います。

LOFT

投稿日

2005/11/21

レビュアー

裸足のラヴァース

青山真治 北野武の新作が揃って 黒沢清の「LOFT」が年内公開されないのはなんとも はがゆい この三人の新作を毎年観るのが映画ファンの俺の大きな楽しみなのに

黒沢と梅津が遭遇するこの作品で渇を少しは癒そうかな
短い作品ながらやはり見るべきところ多い まあ二人の方向の違いとかを話し出すと長くなるから置いといて 黒沢は人の心理なんか描かないので 新作(ロフトだから)はどうなのか この2階の奥の部屋とそこに至る階段をどう描くのかに大いに興味があったんだけど あっさりしてたな 「呪怨」でその実験には飽きたかな 
夫婦の心理の攻防戦のような内容なのだが 梅津における変身のテーマはきっちり押さえている 梅津にあっては深層心理の恐ろしさより それが姿かたちを変えるとこまでゆくのがすごいのだ これは怪物をテーマとする黒沢に通ずる

二人のすれ違いがよくある風に進んで つまんないかもしれないけど その反復とずれていくいかにも黒沢な映画的演出は充分興奮するものであり 人の怖さより喫茶店で会話する二人の テーブルの位置などがカットで変ってたりするのに ぎょっとなるのであった 

ああああああ・・・・

投稿日

2008/03/06

レビュアー

べっち

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(ネタバレしてます。絶望的な解釈もしてます。例によってなるべく具体的なネタには触れないようにはしてますが、オチにもちょっと触れてます)

  企画モノ、ですね。ま、黒沢清でなければ観ないとまでは言わないけれど、あまり食指は動かない。
  楳図かずおはきらいじゃないけど、それを実写化するって言うのはかなり難しい。個人的には映画版「漂流教室」は結構好みなんだけど、あれも楳図ワールドじゃないよな。ただあれくらい翻案してしまえば「楳図かずお原作」というノリとは違った楽しみもできるけどね。

  本作もいわゆる楳図ワールドとは違うし、純然たるクロサワものとも違う雰囲気。それは脚本家という因子が加わっているせいかもしれないけど。
  っていうか、クロサワ作品としては比較的筋は追いやすい。それは企画モノ、脚本家、という要素が影響はしているわけで、そして監督は良い意味でそうした環境と妥協しているんじゃないかなと、今振り返るとそんな感想を抱く。
  実際ラストはあっけないくらいだ。クロサワ作品としても楳図ワールドとしても、それを期待して観ていると拍子抜けしてしまうかもしれない。

  「語り手」によって出来事の解釈が違うという構成も実にわかりやすく表現されている。いわゆる巨匠のほうの黒澤の「羅生門」ではその「解釈の違い」が作品の核をなしていたが、ここでは「ま、そんなもんで」と突き放されているところが面白い。
  突き放されてはいるが、しかし小道具としてはうまいこと機能している。

  さて、クロサワ作品の個人的な愉しみといえばそこここで感じる「違和感」なのだけれども、本作ではそれがあまりない。いや、不必要なほどの吹き抜けがある家だとか、思いっきりクロサワを感じるところはあるんだけれどね・・・・ って、あれ?
  そう、実は最初から大きな違和感を感じていたのだが、それは常に見えていたからかえって気がつかない。
  ビデオ撮り、なんですわ。
  それも結構チープな(ああ、こういうとき自分の無知が呪わしい、とにかくコントラストが飛んじゃうような、いかにもビデオですってわかる映像)。

  けれども本来欠点となるそのチープな画質も、「ま、人によって出来事の解釈なんてかわるもんで」という突き放した姿勢と相俟って、奇妙な質感を覚える。
  つくりもの、まがいもの・・・うーん、そんな月並みな表現じゃないな。
  っで、あのあっけないラスト。

  あっけなくて拍子抜けしちゃうはずなんだけれども、なぜか ぞわぞわ してしまう。

  観ている最中から、ああ、これはコミュニケーション、あるいはディスコミュニケーションの物語だなとは思うのだけれども、それにしてもあのラストは。
  意思の疎通など取れていない二人なのに、ああ、どうしてどうしてそうなの、どうしてなの。

  どうしてなの??

  そしてまったく、本当に絶望的なギャグが浮かんじまった・・・ 「愛だろ、愛!」

  ぎゃぁぁぁぁああ
     ↑
(楳図かずおの書き文字で)

  ・・・・思わず自分の思考にのけぞってしまうが、しかし息が落ち着いてくると案外そうなのかもとも思う。
  いやもちろん真実の愛が描かれているなんてことは言わない。けれども「これが愛だ」と思っているもの、あるいはそう思いたいもの、「ひとによって受け取り方はいろいろですから」と。そのうつろな幸せが。

  そうか、観終わって感じた ぞわぞわ はこれのせいだったか。

ぐわしっ

投稿日

2006/09/05

レビュアー

え・・・・・・・・

棒読み、棒立ち、棒セット、棒衣装。
こっちで
十分恐怖。

謀図先生こんなんでいいのですか?!
黒沢清監督これって?!
緒川たまきちゃんこんなお仕事引き受けちゃってよかったんですか!?

お目めぱちくり。

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