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マラソン / チョ・スンウ

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「マラソン」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

シマウマとチョコパイが何より好きなユン・チョウォンは、自閉症のため5歳児並みの知能しかない20歳の青年。感情がコントロールできずいつも周囲に騒動を巻き起こしてしまう。そんなチョウォンに人一倍の愛情を注ぐ母キョンスク。“息子より一日だけ長く生きることが願い”と語るキョンスクは、チョウォンにマラソンの才能があると気づき、それを伸ばしてあげようと元有名ランナーのチョンウクにコーチを依頼する。最初はまともに指導する気のなかったチョンウクだったが、チョウォンの純真さに次第に心動かされていく。

「マラソン」 の作品情報

作品情報

製作年:

2005年

製作国:

韓国

原題:

MARATHON

「マラソン」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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1〜 5件 / 全150件

やっぱり泣いちゃった

投稿日:2006/02/16 レビュアー:RIN

これは映画館に観に行く勇気がありませんでした。
何故かというと我が息子も自閉症だからです。
映画館に行ったら絶対に号泣すると思っていたので 1人で部屋で静かに観たかった。

自閉症といってもその症状にはかなりの幅があります。
「レインマン」も自閉症を扱っていましたし、「光とともに・・」もそうです。 (これは漫画&ドラマですが)
重度、軽度・・という言い方をすれば息子は軽度の方に入りますが、それじゃあ重度よりも楽かと言ったらそれは全く違います。
外から分かり辛い分、何か起きたときに説明するのは本当に大変です。

映画の話に戻りますが、登場人物一人一人に感情移入しながら観ました。
母としてはもちろんですが、父親、弟、コーチ、駅で殴った男の人、それは全部偽りのない姿です。
誰も責めることはできません。
よくできていると思います。


自閉症に生きる人たちは異文化世界の中にいるのです。
どうあがいても私達が彼らを理解するのは無理です。
でも 「こんな風に違う世界で生きてる人もいるんだ」 ってことを知ってもらうためにはとてもいい作品だと思います。

同情なんていらない・・・なんて私は言いません。
いっぱい助けてほしいです。
そしてやっぱり 息子より一日だけ長生きするのが私の夢かな。

うちの息子の記憶力も天才的ですよ。
家で観てもやっぱり思いっきり泣いちゃいました。

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まったく予想通りの展開。でもいい。

投稿日:2006/03/03 レビュアー:吟遊旅人

 食べ物が大好きで、チョコパイとジャージャー麺につられてしまう無邪気なチョウォンがかわいい。けれど彼は感情表現ができないから、笑顔も作れないし、泣きもしないし、他人に無関心で他者とのコミュニケーションもうまくとれない。シマウマが大好きで、ゼブラ柄を見つけると女性のスカートであろうがバッグであろうが触りにいってしまう。

 お涙頂戴のベタベタな話かというと全然そうではなくて、チョウォンのしぐさや言葉遣いがおもしろく、笑える場面がたくさんある。それは障害者をばかにして笑う、という作り方ではない。誰もが日常の中でみせるちょっとした笑える場面ばかりなのだ。

 それに、母親がチョウォンにかかりきりで次男を放擲していたしっぺ返しに次男が非行に走ったり、夫が家に帰らないといった家庭崩壊状態になるのだが、それがとてつもない悲劇を生む前に踏みとどまって、あまり深刻劇にならない。物語全体が美しく明るい。

 この映画は「オアシス」とは違って実話がもとになっているだけに「きれいごと」になってしまった部分もあるけれど、決してスパルタ・スポ根ものにならなかった爽やかさがいい。

 ラストのクライマックス、チョウォンは走る。雨(シャワー)とともに走る。感情表現ができないなんていわれているけれど、彼は喜びを全身に表しながら走る。大好きなスーパーを、プールサイドを、走る走る。大草原をシマウマと一緒に走る。チョウォンは走る。観客もチョウォンとともに草原の風を感じて走る。もう食べ物につられたりしない。大好きなチョコパイを投げ捨てて走る。チョウォンは走るのが好きだから。ジャージャー麺がもらえるからじゃない、チョコパイがあるからじゃない、チョウォンは走ることが好きなんです!

 ピアノの音色がころころと響いていた音楽も美しくてよかった。予想通りの展開で予想通りに終わるけど、爽やかな気持ちになれる佳作です。モデルになった若者と1年間一緒に走ったという監督だからこそ描けたマラソンシーンだった。

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母親の苦悩に心が痛んだ。

投稿日:2006/02/02 レビュアー:パープルローズ

「韓国で五百万人が涙した」という宣伝文句がついていたので、「どうせお涙ちょうだいじゃないの〜。」とちょっとバカにしながら観たのですが、ほんとに内容の濃い、すばらしい映画でした。

自閉症の青年を演じた俳優さんの演技もさることながら、母親役の女優さんもすばらしく(韓国人俳優の名前がなかなか覚えられない私・・・)、その苦悩が痛いほど伝わってきました。
子どもに障害があろうとなかろうと、親というものは時として子どもに自分の夢を託したり、過度の期待をしたりしてしまうものです。子どもも親の期待には答えようと努力します。たとえそれが子ども本人の希望や夢ではなくても。
ましてこの映画のように、自分の意思を伝えられない自閉症の子どもならどうでしょう。「この子はほんとうにマラソンが好きなのか?それとも自分が押し付けているだけなのか?」という母親の苦悩に心が痛みました。

ラストのマラソンのシーンはとても感動的。実際にはこんなにうまくいかないのかもしれませんが。主人公はほんとうにシマウマのように走っていましたね。

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★★★★ 最初はシマウマ、雨が降ればチーターになって ネタバレ

投稿日:2008/04/16 レビュアー:ガラリーナ

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自閉症の青年がマラソンを走り抜く感動物語と思っていたら、これはその母の葛藤を描く物語でした。息子のために良かれと思って応援しているマラソン。それは、果たして息子自らが望んでいることなのか。彼の頑張る姿を見たい母親のエゴイズムではないのか、という問いかけ。これは、全ての子を持つ親への問いかけでもあります。お受験させる親、野球教室に通わせる親…etc。

息子が自閉症だとわかり、一旦はその手を離した母。しかし、そんな自分を深く戒め、何が何でも私がこの子を育てるという決心に至る。そんな、母が「彼があなたを必要としているのではなく、あなたが彼なしでは生きられないのだ」となじられた時の哀しみはいかばかりか。そして、兄にかまけてばかりの母と弟の溝は深まるばかり。

これは、親と子の距離感を描いた作品なんですね。ずっとべったりでもダメで、ずっと突き放しっぱなしでもダメで。その距離はTPOに応じて、縮めたり、伸ばしたりして、努力して良い距離感をキープしていくもの。そして、そのキープに欠かせぬものは、対話であり、信頼。タイトルから予期できる通り、主人公はマラソンを完走します。しかし、過剰な感動演出は全くありません。逆に、もっと泣かせてくれよ、と思うほどです。恐らく、観客を泣かせるためには「自閉症という症状、そして自閉症の息子を育てることってたいへん」という苦労の前フリが必要なんですよ。でも、あまりそれをしてない。そこに、これが実話であることを踏まえた製作者側の、ご本人たちへのリスペクトを感じます。息子に鏡を見せながら笑顔の作り方を指導するシーンなんて、とっても微笑ましくて、微笑ましくて。ストーリーの概要と韓国発と聞いて、ベタベタの湿っぽい感動作かと思いましたが、全くそんなことはありませんでした。親子の距離感、そして家族の幸福とは何かを静かに考えさせられる秀作です。

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too pure

投稿日:2006/02/20 レビュアー:裸足のラヴァース

娘がアトピーだったので 小さい頃大変で不憫でした ましてやRINさんのようにお子さんが自閉症とのことで ご苦労されたと想います 娘のクラスに今から思うに自閉症の子の絵が 壁に貼ってあって その絵に胸が痛みました 彼は概念を把握できない 抽象的に物を考えられない 要するに健常者と見ている感じている世界が違うらしいのです よって社会性 コミュニケーション 想像力に問題が起こる 知的にはすぐれた人もいるわけでそういった人の手記には「私には家の中は 色彩の洪水に見え物も人もすごいスピードで流れていて はっきりと輪郭をつかむことが出来なかった」とあります 単なる知的障害とは違い 世に認知されにくい病のようです 自閉とゆうより どこまでも純粋に開かれてしまってるような 病なのではないでしょうか

彼らの世界の受け入れ方がわからないので 訓練の反復が効果があるのかはわかりません 彼らは苦しみながら 感情の学習をしているのでしょうか チョウォンがスマイルを形として覚えさせられるとき それは学習の成果なのか 単なる反射神経なのか 触覚や視覚から何かを徐々に学んでいるのか・・・

映画と自閉症児を比べるのは不謹慎なのですが 映画もまたそれ自体は白いスクリーンに光が投射されるだけのものであり あっけらかんとしたもの そこに100年をかけて 感情や思想や情動の記憶が刻み込まれてきました この映画がとりわけ美しいのは チョウォンが世界を受容学習するように映画もまた 光を風を流れる水を そのスクリーンに描ききることです 映画の中で正しく輝くチョウォンのスマイルは ヘレン・ケラーが水の概念を把握した瞬間のように 感情とコミュニケーションの確かな手ごたえを彼が把握した事態なのだとは思われないでしょうか

最後に自閉症の子を持ったおとうさんが書いた本から「5,6歳の しかも障害を持った子だって 自分の人生を切り開こうとする強い意志を示すことがある そうした姿を間近で見せられれば 親がへこたれるわけにはいかないのだ」






 

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マラソン

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やっぱり泣いちゃった

投稿日

2006/02/16

レビュアー

RIN

これは映画館に観に行く勇気がありませんでした。
何故かというと我が息子も自閉症だからです。
映画館に行ったら絶対に号泣すると思っていたので 1人で部屋で静かに観たかった。

自閉症といってもその症状にはかなりの幅があります。
「レインマン」も自閉症を扱っていましたし、「光とともに・・」もそうです。 (これは漫画&ドラマですが)
重度、軽度・・という言い方をすれば息子は軽度の方に入りますが、それじゃあ重度よりも楽かと言ったらそれは全く違います。
外から分かり辛い分、何か起きたときに説明するのは本当に大変です。

映画の話に戻りますが、登場人物一人一人に感情移入しながら観ました。
母としてはもちろんですが、父親、弟、コーチ、駅で殴った男の人、それは全部偽りのない姿です。
誰も責めることはできません。
よくできていると思います。


自閉症に生きる人たちは異文化世界の中にいるのです。
どうあがいても私達が彼らを理解するのは無理です。
でも 「こんな風に違う世界で生きてる人もいるんだ」 ってことを知ってもらうためにはとてもいい作品だと思います。

同情なんていらない・・・なんて私は言いません。
いっぱい助けてほしいです。
そしてやっぱり 息子より一日だけ長生きするのが私の夢かな。

うちの息子の記憶力も天才的ですよ。
家で観てもやっぱり思いっきり泣いちゃいました。

まったく予想通りの展開。でもいい。

投稿日

2006/03/03

レビュアー

吟遊旅人

 食べ物が大好きで、チョコパイとジャージャー麺につられてしまう無邪気なチョウォンがかわいい。けれど彼は感情表現ができないから、笑顔も作れないし、泣きもしないし、他人に無関心で他者とのコミュニケーションもうまくとれない。シマウマが大好きで、ゼブラ柄を見つけると女性のスカートであろうがバッグであろうが触りにいってしまう。

 お涙頂戴のベタベタな話かというと全然そうではなくて、チョウォンのしぐさや言葉遣いがおもしろく、笑える場面がたくさんある。それは障害者をばかにして笑う、という作り方ではない。誰もが日常の中でみせるちょっとした笑える場面ばかりなのだ。

 それに、母親がチョウォンにかかりきりで次男を放擲していたしっぺ返しに次男が非行に走ったり、夫が家に帰らないといった家庭崩壊状態になるのだが、それがとてつもない悲劇を生む前に踏みとどまって、あまり深刻劇にならない。物語全体が美しく明るい。

 この映画は「オアシス」とは違って実話がもとになっているだけに「きれいごと」になってしまった部分もあるけれど、決してスパルタ・スポ根ものにならなかった爽やかさがいい。

 ラストのクライマックス、チョウォンは走る。雨(シャワー)とともに走る。感情表現ができないなんていわれているけれど、彼は喜びを全身に表しながら走る。大好きなスーパーを、プールサイドを、走る走る。大草原をシマウマと一緒に走る。チョウォンは走る。観客もチョウォンとともに草原の風を感じて走る。もう食べ物につられたりしない。大好きなチョコパイを投げ捨てて走る。チョウォンは走るのが好きだから。ジャージャー麺がもらえるからじゃない、チョコパイがあるからじゃない、チョウォンは走ることが好きなんです!

 ピアノの音色がころころと響いていた音楽も美しくてよかった。予想通りの展開で予想通りに終わるけど、爽やかな気持ちになれる佳作です。モデルになった若者と1年間一緒に走ったという監督だからこそ描けたマラソンシーンだった。

母親の苦悩に心が痛んだ。

投稿日

2006/02/02

レビュアー

パープルローズ

「韓国で五百万人が涙した」という宣伝文句がついていたので、「どうせお涙ちょうだいじゃないの〜。」とちょっとバカにしながら観たのですが、ほんとに内容の濃い、すばらしい映画でした。

自閉症の青年を演じた俳優さんの演技もさることながら、母親役の女優さんもすばらしく(韓国人俳優の名前がなかなか覚えられない私・・・)、その苦悩が痛いほど伝わってきました。
子どもに障害があろうとなかろうと、親というものは時として子どもに自分の夢を託したり、過度の期待をしたりしてしまうものです。子どもも親の期待には答えようと努力します。たとえそれが子ども本人の希望や夢ではなくても。
ましてこの映画のように、自分の意思を伝えられない自閉症の子どもならどうでしょう。「この子はほんとうにマラソンが好きなのか?それとも自分が押し付けているだけなのか?」という母親の苦悩に心が痛みました。

ラストのマラソンのシーンはとても感動的。実際にはこんなにうまくいかないのかもしれませんが。主人公はほんとうにシマウマのように走っていましたね。

★★★★ 最初はシマウマ、雨が降ればチーターになって

投稿日

2008/04/16

レビュアー

ガラリーナ

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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自閉症の青年がマラソンを走り抜く感動物語と思っていたら、これはその母の葛藤を描く物語でした。息子のために良かれと思って応援しているマラソン。それは、果たして息子自らが望んでいることなのか。彼の頑張る姿を見たい母親のエゴイズムではないのか、という問いかけ。これは、全ての子を持つ親への問いかけでもあります。お受験させる親、野球教室に通わせる親…etc。

息子が自閉症だとわかり、一旦はその手を離した母。しかし、そんな自分を深く戒め、何が何でも私がこの子を育てるという決心に至る。そんな、母が「彼があなたを必要としているのではなく、あなたが彼なしでは生きられないのだ」となじられた時の哀しみはいかばかりか。そして、兄にかまけてばかりの母と弟の溝は深まるばかり。

これは、親と子の距離感を描いた作品なんですね。ずっとべったりでもダメで、ずっと突き放しっぱなしでもダメで。その距離はTPOに応じて、縮めたり、伸ばしたりして、努力して良い距離感をキープしていくもの。そして、そのキープに欠かせぬものは、対話であり、信頼。タイトルから予期できる通り、主人公はマラソンを完走します。しかし、過剰な感動演出は全くありません。逆に、もっと泣かせてくれよ、と思うほどです。恐らく、観客を泣かせるためには「自閉症という症状、そして自閉症の息子を育てることってたいへん」という苦労の前フリが必要なんですよ。でも、あまりそれをしてない。そこに、これが実話であることを踏まえた製作者側の、ご本人たちへのリスペクトを感じます。息子に鏡を見せながら笑顔の作り方を指導するシーンなんて、とっても微笑ましくて、微笑ましくて。ストーリーの概要と韓国発と聞いて、ベタベタの湿っぽい感動作かと思いましたが、全くそんなことはありませんでした。親子の距離感、そして家族の幸福とは何かを静かに考えさせられる秀作です。

too pure

投稿日

2006/02/20

レビュアー

裸足のラヴァース

娘がアトピーだったので 小さい頃大変で不憫でした ましてやRINさんのようにお子さんが自閉症とのことで ご苦労されたと想います 娘のクラスに今から思うに自閉症の子の絵が 壁に貼ってあって その絵に胸が痛みました 彼は概念を把握できない 抽象的に物を考えられない 要するに健常者と見ている感じている世界が違うらしいのです よって社会性 コミュニケーション 想像力に問題が起こる 知的にはすぐれた人もいるわけでそういった人の手記には「私には家の中は 色彩の洪水に見え物も人もすごいスピードで流れていて はっきりと輪郭をつかむことが出来なかった」とあります 単なる知的障害とは違い 世に認知されにくい病のようです 自閉とゆうより どこまでも純粋に開かれてしまってるような 病なのではないでしょうか

彼らの世界の受け入れ方がわからないので 訓練の反復が効果があるのかはわかりません 彼らは苦しみながら 感情の学習をしているのでしょうか チョウォンがスマイルを形として覚えさせられるとき それは学習の成果なのか 単なる反射神経なのか 触覚や視覚から何かを徐々に学んでいるのか・・・

映画と自閉症児を比べるのは不謹慎なのですが 映画もまたそれ自体は白いスクリーンに光が投射されるだけのものであり あっけらかんとしたもの そこに100年をかけて 感情や思想や情動の記憶が刻み込まれてきました この映画がとりわけ美しいのは チョウォンが世界を受容学習するように映画もまた 光を風を流れる水を そのスクリーンに描ききることです 映画の中で正しく輝くチョウォンのスマイルは ヘレン・ケラーが水の概念を把握した瞬間のように 感情とコミュニケーションの確かな手ごたえを彼が把握した事態なのだとは思われないでしょうか

最後に自閉症の子を持ったおとうさんが書いた本から「5,6歳の しかも障害を持った子だって 自分の人生を切り開こうとする強い意志を示すことがある そうした姿を間近で見せられれば 親がへこたれるわけにはいかないのだ」






 

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