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犬猫 / 榎本加奈子

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「犬猫」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

東京近郊、静かな街の一軒家。ここに暮らすアベチャンが中国へ留学することになり、ヨーコが留守を預かることに。ところが中国出発の前日、彼氏の家を飛び出してきたスズがアベチャンを頼って転がり込んでくる。仕方なく一緒に暮らすことになったヨーコとスズ。2人は幼なじみだけど性格は正反対。そのくせ男の好みは一緒で、実はあまり仲が良くなかった。どうやら男のことで昔何かあったらしい。そんな波乱の2人暮らしもようやく落ち着いてきたある日、ヨーコが秘かに想いを寄せる三鷹とスズがふとしたキッカケで出会い、急接近してしまう。

「犬猫」 の作品情報

作品情報

製作年:

2004年

製作国:

日本

「犬猫」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

キャスト・スタッフ

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アラサーちゃん 無修正

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1〜 5件 / 全37件

猫っぽい犬と 犬っぽい猫 ネタバレ

投稿日:2008/11/08 レビュアー:ミルクチョコ

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これといって、派手な動きのある映画ではないけれども、日常の一瞬を冷静に、愛情を持って見つめている映画ですね。

主人公ヨーコとスズの微妙な関係。
仲が良いのか、悪いのか二人の距離感が微妙。
スズは、天真爛漫で、マイペース。そんなスズに苛立ちや、複雑な思いを感じながらも、微妙な距離感で接するヨーコ。

そして、男の方は、グズグズしている。
西島秀俊が、ヨーコに「あんたの余計な優しさがよくない・・・」と言われて何にも言えなくなってしまった西島が可笑しい。
ヨーコに「何で私じゃダメなの?」と言われて、ヨーコを傷つけてしまうから、やっぱり答えられない西島。
彼らのやり取りを、クールに捉えていて、コメディタッチで見せるところのセンスや、彼女達の生活を隠しカメラでこっそり覗いているような感じが面白いと思います。

ヨーコは、スズに彼を取られてしまったことを根に思っていて、冷たい態度を取るのに、かといって、スズのことを嫌っているとか、拒否しているという訳でもなく、ちゃんと友達として思っている。だからふて寝をしてしまったスズの代わりに犬の散歩も引き受けるんだよねぇ。
犬と猫は対照的。だけれども、猫でも犬っぽいところもあれば、犬でも猫っぽいところもある。そんな部分を持ち合わせている女の子たちといったところかな?
猫のムーちゃんも名演技を見せていて、可愛かった。

ところで、電車は渋谷と吉祥寺を結ぶ井の頭線。
しかし、ロケ地は、見覚えのある風景。
ヤマザキショップが、今はデイーリーヤマザキと多摩川の土手。
大きくは、多摩地区だったのですね。

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演出が立っている。

投稿日:2008/08/01 レビュアー:JUCE

 映画のスクリーンは四角い、レンズは丸いんだから丸でも良いようなものですが何故か四角い。人間の目玉だって丸いんだから当然視野は丸い。スクリーンの隅を注視しようとして視線を動かすと行き止まりで視線が止まる。そこは袋小路。
 
映画はとにかくこの長方形の中に風景やら人物の所作などを切り出して行きます。


 監督によってこの長方形の作り方は様々でしょうが、大きく分けると2タイプでしょうか。ひとつはカメラは「空気のような存在」でカメラの前で行われていることをあるがままに捉えるタイプ。対して「明確な意思を持つ存在」としてのカメラ。こちらは被写体や風景に対して積極的に干渉を行うタイプ。

 一見この映画はさりげなさから前者のように思われるかもしれませんが、実はそうでは無く後者の方。1カット1カットが監督の強い意思が反映されて作り出された画面なのです。これはよふかしさんの言う「待っている構図」なのではないでしょうか。
 撮影では「待ちポジ」と言って、下手くそな撮影と言われている方法があります。この作品ではルーズなサイズのフィックスで画面の構図にこだわって入るため、人物のアクションがある場合には若干この「待ちポジ」の傾向も見うけられます。
 こうして監督の演出あるいは思い入れが強いので、作品全体はのんびりしている様に思えても、少し緊迫感あるいは緊張感が漂っていて、少し窮屈に感じる気もします。
 俳優には「常にリラックス、力を抜く」と言うことを口を酸っぱくして要求していたよですが、監督自身ももう少し力を抜く箇所もあっても良かったのでは。

 「映画は演出無しで撮るに越したことは無い。しかしどうしても止むに止まれぬ事情から、あるいは拭い去れない欲求から演出は施される」。これは黒沢清監督の言葉ですが、この言葉は一見するとこの作品と黒沢監督作品の表面上似ている雰囲気がある部分(台詞の回しや、ロングフィックス長回しなどの相似)も本質的な部分においてまったく違っていることを示唆しています。
 ルーズフィックスが多いのは、被写体や背景を真正面から受けて構図を作るために、切り返しのカットがつくれないという要因もあると思います。これは「狙い」と「出来ない」という理由が相半ばしているのでは無いでしょうか。

 よふかしさんが奇しくもカラックスの『汚れた血』を引き合いに出されたように、この作品はテンポはまったく違っていて受ける印象も違うように見えて、実はカラックスのように若さゆえの切迫感、緊迫感に満ち溢れた作品だと感じました。監督の豊かな才能ゆえに少しその才気が走りすぎているのかもしれません。このあたりは井口監督が老練さを身に着けてくると変わってくるのでしょうか。

 しかし作品としては「これぞ映画」という作品で、テレビ局主導による昨今の邦画大作とは質的(画面の質ではないです)も違っており、ドラマの延長の邦画に物足りなさを感じる方は是非ご覧頂きです。
 私自身も手放しで素晴らしいとは思いませんが、とても興味深く面白い作品だと感じました。

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あなたは犬派猫派? しょの2

投稿日:2005/07/19 レビュアー:裸足のラヴァース

あそうか 犬と猿じゃないんだ う〜ん近くて遠い仲ってことかなあ なるほどそりゃうまい と一人で納得

「ハナとありす」みたいな親和的なふたりじゃないの 女性監督はそんな甘ちゃんじゃないよかな
なんか久しぶり 西島君が例によって ぶっきらぼにぼそぼそ会話が聞こえない それに対してグラスを置く音や 台所の音が不必要にでかい 鈴木昭彦は音のほうで沢山の仕事してる人
ほんとは不自然にはっきり 話し言葉を取ることで観客にわかるようにするんだけど 回りの音と人の会話を 等価であつかってるのかな よくわからん まあ最初のほうだけかな

と思ったら鈴木 ありゃ撮影担当だ 撮影なんかキャリアにあったかな? でこれがなかなか良いのだ せまっくるしい室内劇と犬の散歩の広い空間なんかが交互に出てきて うっとうしくはずまない狙いの関係のドラマ に絶妙にシンクロして まあ映画の快感だね

この女性心理の綾は 女性レヴュアーの方々 語ってください 

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待っている構図 ネタバレ

投稿日:2008/03/22 レビュアー:よふかし

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 台詞がぼそぼそとしていると悪評ふんぷんですが、ヘッドホン装着でほぼ聞き取れました。ワイヤレスにしたので便利です(邦画には必須かも)。
 目新しくはないけれど、小さくて可愛い映画でした。紅茶とかタバコとかふとんとか鏡とか、日常のどうということはない小道具を媒介にして、ふたりの女の子の気持ちがズレていったり、また近づいていったりが繊細に伝わってきます。
 アベチャンの存在感もなかなかだと思いましたが、どうしてもヨーコとスズを比べてしまうと、僕はヨーコ派ですね。スズは、僕がむかし女の子に感じたちょっとした怖さ、気持ち悪さ、不可解さを体現しているような人です。でも、現実ではそんなの見抜けませんね(白旗)。
 さて、そんな繊細な感情の起伏を、ほとんど動かさないカメラの長めのカットが豊かに捉えていることは確かではないでしょうか。とはいうものの、いつも信頼するparoleさんがたいへんに激賞されていてちょっと困ってしまうのですが、この映画の工夫された構図は僕には案外に才気を感じられませんでした。
 向こうからだんだんこっちへやってくる登場人物を捉えた長いショットや(中にはあえて反復するカットもあることは分かりますが)、人物や物を左右対称に置いた美しい構図はこの映画の大きな魅力ですが、あまり繰り返されるとそのショットの力が減少していくというか、だんだん退屈に思えてきます。
 だんだん計算が目に付き始めます。
 なかでも、「待っている構図」が多いことが気になりました。珍しくヨーコのアップが画面の左半分を占めているなあと思っていると、右からスズが入ってくる。ふたりの顔が並んで、この構図は完成するわけです。つまり、スズのフレームインを「待っている構図」です。あるいは、スズがミタカ君の自転車の後ろにのって、コンビニの前を通り過ぎると、中からヨーコが飛び出してくる。このショットは、ヨーコが構図の中心に飛び出してきて、完成します。つまりヨーコを「待っている構図」になっているわけです。
 構図の完成形自体は美しいのですが、ショットの始まりが構図的に未完成であることはすぐに観客に感知され、完成形が予想されてしまいます。僕にとっては、その予想通りに構図が完成することは、けして心躍ることなく、むしろ安心と退屈を呼ぶもののように感じられました。
 終盤、映画がそれまでのフレームを崩して、スズが走り出したときに少しの映画的な興奮とともに、カラックスの『汚れた血』などを想起したのですが、それは終幕前の一瞬の光に過ぎなかったように思います。60点。

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若き天才に乾盃! ネタバレ

投稿日:2006/01/06 レビュアー:parole

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文句なしに素晴らしい傑作だ。同じように若い女性二人が中心物語ということで同じ頃に公開された岩井俊二の「花とアリス」などと並べて比較するようなこともあるようだが、この作品においては女性が二人だとかそれが若いだとか、そんなことは全く作品の本質には関係ない。純粋に、あるいは絶対的な映画的な価値という点においてこの映画は実に素晴らしいのだ。基本的にカメラは動かないし、カット割りは多い方ではない。いわゆる物語も淡々として進み、事件的な出来事もあるのだけれど描き方に脈拍の乱れはなくトーンは一部を除くとほぼ統一されている。ともすれば遅くて緩くて退屈などと言われてしまいそうな佇まいの作品なのだが、退屈どころか全編映画そのものが露出しており、監督である井口の映画的な才能には賞賛を超えたものを感じる。天才。そう、彼女はジム・ジャームッシュや黒沢清やあるいはジャン・ヴィゴら歴史に名を残す作家達がそうであったような天才であり、映画語で語ることを難なくこなしてしまう映画の申し子とでも呼ぶべき作家なのだ。というもの元々この作品、ピア・シネマ・フェスティバルで確か大賞を取った8mm作品の自身によるリメイク作品であるのだが、DVDにはその一部シーンが収められておりそれを見る限りカット割りが殆ど同じなのだ。主演の二人、つまり榎本加奈子と藤田陽子の方が遙かに可愛いという違いはあるものの、初めて作った作品であのようなフレーミングとカット割りを生み出し得たのは驚嘆に値するし、リメイク作品においてもそれを大きな手直し無く作り得たと言うことは、完成度が始めから高かったと言うことと一つ一つのシーンに自分なりの自信と確信があると言うことに他ならず、こうしたことが可能なのは天才以外のなにものでもないのだ。

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犬猫

ユーザーレビュー

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猫っぽい犬と 犬っぽい猫

投稿日

2008/11/08

レビュアー

ミルクチョコ

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これといって、派手な動きのある映画ではないけれども、日常の一瞬を冷静に、愛情を持って見つめている映画ですね。

主人公ヨーコとスズの微妙な関係。
仲が良いのか、悪いのか二人の距離感が微妙。
スズは、天真爛漫で、マイペース。そんなスズに苛立ちや、複雑な思いを感じながらも、微妙な距離感で接するヨーコ。

そして、男の方は、グズグズしている。
西島秀俊が、ヨーコに「あんたの余計な優しさがよくない・・・」と言われて何にも言えなくなってしまった西島が可笑しい。
ヨーコに「何で私じゃダメなの?」と言われて、ヨーコを傷つけてしまうから、やっぱり答えられない西島。
彼らのやり取りを、クールに捉えていて、コメディタッチで見せるところのセンスや、彼女達の生活を隠しカメラでこっそり覗いているような感じが面白いと思います。

ヨーコは、スズに彼を取られてしまったことを根に思っていて、冷たい態度を取るのに、かといって、スズのことを嫌っているとか、拒否しているという訳でもなく、ちゃんと友達として思っている。だからふて寝をしてしまったスズの代わりに犬の散歩も引き受けるんだよねぇ。
犬と猫は対照的。だけれども、猫でも犬っぽいところもあれば、犬でも猫っぽいところもある。そんな部分を持ち合わせている女の子たちといったところかな?
猫のムーちゃんも名演技を見せていて、可愛かった。

ところで、電車は渋谷と吉祥寺を結ぶ井の頭線。
しかし、ロケ地は、見覚えのある風景。
ヤマザキショップが、今はデイーリーヤマザキと多摩川の土手。
大きくは、多摩地区だったのですね。

演出が立っている。

投稿日

2008/08/01

レビュアー

JUCE

 映画のスクリーンは四角い、レンズは丸いんだから丸でも良いようなものですが何故か四角い。人間の目玉だって丸いんだから当然視野は丸い。スクリーンの隅を注視しようとして視線を動かすと行き止まりで視線が止まる。そこは袋小路。
 
映画はとにかくこの長方形の中に風景やら人物の所作などを切り出して行きます。


 監督によってこの長方形の作り方は様々でしょうが、大きく分けると2タイプでしょうか。ひとつはカメラは「空気のような存在」でカメラの前で行われていることをあるがままに捉えるタイプ。対して「明確な意思を持つ存在」としてのカメラ。こちらは被写体や風景に対して積極的に干渉を行うタイプ。

 一見この映画はさりげなさから前者のように思われるかもしれませんが、実はそうでは無く後者の方。1カット1カットが監督の強い意思が反映されて作り出された画面なのです。これはよふかしさんの言う「待っている構図」なのではないでしょうか。
 撮影では「待ちポジ」と言って、下手くそな撮影と言われている方法があります。この作品ではルーズなサイズのフィックスで画面の構図にこだわって入るため、人物のアクションがある場合には若干この「待ちポジ」の傾向も見うけられます。
 こうして監督の演出あるいは思い入れが強いので、作品全体はのんびりしている様に思えても、少し緊迫感あるいは緊張感が漂っていて、少し窮屈に感じる気もします。
 俳優には「常にリラックス、力を抜く」と言うことを口を酸っぱくして要求していたよですが、監督自身ももう少し力を抜く箇所もあっても良かったのでは。

 「映画は演出無しで撮るに越したことは無い。しかしどうしても止むに止まれぬ事情から、あるいは拭い去れない欲求から演出は施される」。これは黒沢清監督の言葉ですが、この言葉は一見するとこの作品と黒沢監督作品の表面上似ている雰囲気がある部分(台詞の回しや、ロングフィックス長回しなどの相似)も本質的な部分においてまったく違っていることを示唆しています。
 ルーズフィックスが多いのは、被写体や背景を真正面から受けて構図を作るために、切り返しのカットがつくれないという要因もあると思います。これは「狙い」と「出来ない」という理由が相半ばしているのでは無いでしょうか。

 よふかしさんが奇しくもカラックスの『汚れた血』を引き合いに出されたように、この作品はテンポはまったく違っていて受ける印象も違うように見えて、実はカラックスのように若さゆえの切迫感、緊迫感に満ち溢れた作品だと感じました。監督の豊かな才能ゆえに少しその才気が走りすぎているのかもしれません。このあたりは井口監督が老練さを身に着けてくると変わってくるのでしょうか。

 しかし作品としては「これぞ映画」という作品で、テレビ局主導による昨今の邦画大作とは質的(画面の質ではないです)も違っており、ドラマの延長の邦画に物足りなさを感じる方は是非ご覧頂きです。
 私自身も手放しで素晴らしいとは思いませんが、とても興味深く面白い作品だと感じました。

あなたは犬派猫派? しょの2

投稿日

2005/07/19

レビュアー

裸足のラヴァース

あそうか 犬と猿じゃないんだ う〜ん近くて遠い仲ってことかなあ なるほどそりゃうまい と一人で納得

「ハナとありす」みたいな親和的なふたりじゃないの 女性監督はそんな甘ちゃんじゃないよかな
なんか久しぶり 西島君が例によって ぶっきらぼにぼそぼそ会話が聞こえない それに対してグラスを置く音や 台所の音が不必要にでかい 鈴木昭彦は音のほうで沢山の仕事してる人
ほんとは不自然にはっきり 話し言葉を取ることで観客にわかるようにするんだけど 回りの音と人の会話を 等価であつかってるのかな よくわからん まあ最初のほうだけかな

と思ったら鈴木 ありゃ撮影担当だ 撮影なんかキャリアにあったかな? でこれがなかなか良いのだ せまっくるしい室内劇と犬の散歩の広い空間なんかが交互に出てきて うっとうしくはずまない狙いの関係のドラマ に絶妙にシンクロして まあ映画の快感だね

この女性心理の綾は 女性レヴュアーの方々 語ってください 

待っている構図

投稿日

2008/03/22

レビュアー

よふかし

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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 台詞がぼそぼそとしていると悪評ふんぷんですが、ヘッドホン装着でほぼ聞き取れました。ワイヤレスにしたので便利です(邦画には必須かも)。
 目新しくはないけれど、小さくて可愛い映画でした。紅茶とかタバコとかふとんとか鏡とか、日常のどうということはない小道具を媒介にして、ふたりの女の子の気持ちがズレていったり、また近づいていったりが繊細に伝わってきます。
 アベチャンの存在感もなかなかだと思いましたが、どうしてもヨーコとスズを比べてしまうと、僕はヨーコ派ですね。スズは、僕がむかし女の子に感じたちょっとした怖さ、気持ち悪さ、不可解さを体現しているような人です。でも、現実ではそんなの見抜けませんね(白旗)。
 さて、そんな繊細な感情の起伏を、ほとんど動かさないカメラの長めのカットが豊かに捉えていることは確かではないでしょうか。とはいうものの、いつも信頼するparoleさんがたいへんに激賞されていてちょっと困ってしまうのですが、この映画の工夫された構図は僕には案外に才気を感じられませんでした。
 向こうからだんだんこっちへやってくる登場人物を捉えた長いショットや(中にはあえて反復するカットもあることは分かりますが)、人物や物を左右対称に置いた美しい構図はこの映画の大きな魅力ですが、あまり繰り返されるとそのショットの力が減少していくというか、だんだん退屈に思えてきます。
 だんだん計算が目に付き始めます。
 なかでも、「待っている構図」が多いことが気になりました。珍しくヨーコのアップが画面の左半分を占めているなあと思っていると、右からスズが入ってくる。ふたりの顔が並んで、この構図は完成するわけです。つまり、スズのフレームインを「待っている構図」です。あるいは、スズがミタカ君の自転車の後ろにのって、コンビニの前を通り過ぎると、中からヨーコが飛び出してくる。このショットは、ヨーコが構図の中心に飛び出してきて、完成します。つまりヨーコを「待っている構図」になっているわけです。
 構図の完成形自体は美しいのですが、ショットの始まりが構図的に未完成であることはすぐに観客に感知され、完成形が予想されてしまいます。僕にとっては、その予想通りに構図が完成することは、けして心躍ることなく、むしろ安心と退屈を呼ぶもののように感じられました。
 終盤、映画がそれまでのフレームを崩して、スズが走り出したときに少しの映画的な興奮とともに、カラックスの『汚れた血』などを想起したのですが、それは終幕前の一瞬の光に過ぎなかったように思います。60点。

若き天才に乾盃!

投稿日

2006/01/06

レビュアー

parole

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文句なしに素晴らしい傑作だ。同じように若い女性二人が中心物語ということで同じ頃に公開された岩井俊二の「花とアリス」などと並べて比較するようなこともあるようだが、この作品においては女性が二人だとかそれが若いだとか、そんなことは全く作品の本質には関係ない。純粋に、あるいは絶対的な映画的な価値という点においてこの映画は実に素晴らしいのだ。基本的にカメラは動かないし、カット割りは多い方ではない。いわゆる物語も淡々として進み、事件的な出来事もあるのだけれど描き方に脈拍の乱れはなくトーンは一部を除くとほぼ統一されている。ともすれば遅くて緩くて退屈などと言われてしまいそうな佇まいの作品なのだが、退屈どころか全編映画そのものが露出しており、監督である井口の映画的な才能には賞賛を超えたものを感じる。天才。そう、彼女はジム・ジャームッシュや黒沢清やあるいはジャン・ヴィゴら歴史に名を残す作家達がそうであったような天才であり、映画語で語ることを難なくこなしてしまう映画の申し子とでも呼ぶべき作家なのだ。というもの元々この作品、ピア・シネマ・フェスティバルで確か大賞を取った8mm作品の自身によるリメイク作品であるのだが、DVDにはその一部シーンが収められておりそれを見る限りカット割りが殆ど同じなのだ。主演の二人、つまり榎本加奈子と藤田陽子の方が遙かに可愛いという違いはあるものの、初めて作った作品であのようなフレーミングとカット割りを生み出し得たのは驚嘆に値するし、リメイク作品においてもそれを大きな手直し無く作り得たと言うことは、完成度が始めから高かったと言うことと一つ一つのシーンに自分なりの自信と確信があると言うことに他ならず、こうしたことが可能なのは天才以外のなにものでもないのだ。

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