赤目四十八瀧心中未遂

赤目四十八瀧心中未遂の画像・ジャケット写真

赤目四十八瀧心中未遂 / 大西信満

全体の平均評価点:(5点満点)

52

全体の平均評価点:

DVD

ジャンル :

「赤目四十八瀧心中未遂」 の解説・あらすじ・ストーリー

DVD

解説・ストーリー

生島与一は人生に絶望し、この世に自分の居場所はないと思い定め、ここ尼崎に流れ着いた。焼鳥屋の女主人・勢子ねえさんに古いアパートの一室を世話された与一は、来る日も来る日もそこでひたすらに臓物を捌き、串にモツを刺して暮らしていた。そんな与一の前に、ある日、同じアパートに住む彫物師の愛人・綾が現われる。綾に惹かれた与一は、いつしか綾によって至福の時を味わうのだった。そして、綾の“この世の外へ連れてって”というひと言に誘われて死出の旅路へと向かい、赤目四十八瀧を登っていく…。

「赤目四十八瀧心中未遂」 の作品情報

作品情報

製作年: 2003年
製作国: 日本

「赤目四十八瀧心中未遂」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

関連作品

関連作品

イケない足し算「A」+「B」

KAMACHOP カマチョップ

11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち

悪名十八番

ユーザーレビュー:52件

入力内容に誤りがあります。

内容をご確認のうえ、修正いただきますようお願いいたします。

  • 入力内容に誤りがあります。

この作品に関するあなたの感想や意見を書いてみませんか?

1〜 5件 / 全52件

何故か引き込まれる登場人物達美しさに見とれてしまう綾と刺青と瀧

投稿日:2005/04/14 レビュアー:RUSH


素晴らしい作品すぎて何をどう伝えて良いものやら迷ってしまう程の作品。この作品は劇場で見る事が出来ず、ずぅ〜っと見たい作品でした。2003年度の各映画賞を総ナメにしたこの作品がどんな作品であったのか、寺島しのぶさん、大楠道代さん、大西滝次郎氏それぞれの演技が見たかったのです。やっと見る事が出来ました。それだけでも満足だったのですが見終わって充分すぎる満足感を味わう事が出来ました。

原作を読んでいない事と派手な作品ではない事が予想された為、2時間40分集中して見る事が出来るのかどうか最初はちょっと不安でしたが、そんな心配も見始めてすぐになくなってしまいました(^^ゞ。まず舞台が近所の尼崎であった事(笑)と主人公:生島を演じた大西氏の目に何故か引き込まれたのです。この世に自分の居場所を見つけられず狭い部屋で臓物に串を刺す毎日を送る生島。彼の目にはどこか怯えているようなそうでないような変なギラツキが浮かんでいました。その目に引き込まれ見ていく内に焼鳥屋の女将:勢子を演じた大楠道代さんの演技に見とれ、気がつくと個性的すぎるキャラクター達が色々登場し、その中にあって綾を演じた寺島しのぶさんがちょっとずつ姿を現しはじめ、彼女のワンピース姿は何故か強烈な印象を僕に与えたのです。妙に女性を意識させるような存在感・・女性なのだから当然なのですが寺島さんならではの存在感のように思えてなりませんでした。彼女のワンピース姿と目が強烈な印象を僕に与えたのです。そしてとどめは背中一面の刺青、迦陵頻伽(かりょうびんが)でした。僕はヤクザの本物の刺青を見た事がありますが本当に綺麗なものです。彼女の背中にある刺青は偽物ですがそれでも華奢な体に描かれた迦陵頻伽はとても綺麗なものでした。ラストの赤目四十八瀧の映像も見ているだけで癒される程美しいものでした。これらの美しいものは邦画ならではのもので他国の作品では味わえないものだと思います。

タイトルからもわかるように「ドブ川の泥の粥すすって育った女」と「この世に自分の居場所がないと思っている男」が赤目四十八瀧へ心中する為に行き、生きる事を選択する様を描いた作品ですが、僕としてはそのまま心中して欲しかったです。ただ、エンディングの後の生島の行動が知りたくなりました。時間を感じさせない作品でした(人によると思いますが(^^ゞ)。

このレビューは気に入りましたか? 14人の会員が気に入ったと投稿しています

下駄とオフェーリア

投稿日:2006/06/07 レビュアー:裸足のラヴァース

これも今頃観てるのですが 侵入テーマでもあり 逃亡の物語でもあります どうも車谷って人はまだ還暦になったくらいで その反時代的な偽隠者ぶりは鼻について好きになれないのですが その文学作品は一級品といっていいでしょう{一冊しか読んでないけど) 映画のほうも良いですね 一見古い映画観に頑固に固執する荒戸源次郎の骨太さを肯定します こうゆう人がいないと日本映画が痩せちゃうからね

落ちていく人生 落魄者の人間観察 それでも世界は多様で面白い この主人公役立たずに見えてけっこう人に 何かを頼まれ続ける男 また傍観者であるので目で女を楽しむ奴 その眼が大西君ジョニー・デップで予期せぬユーモアが この映画始ってすぐに あこれ心中は未遂に終わるなってわかったんだけど それってタイトルにあるじゃんとほほ タイトルちゃんとみんな読めるの? 結局大西君は侵犯も同化も出来ずに それは文学として昇華するしかないものなのでしょう

ラッシュ君も言ってるのですが 寺島しのぶのワンピースがいいですね 皮膚には背中ですが刺青が彫られています それは綾の人生の深い刻印なのですが この皮膚の重さみたいなものに対し それに軽やかにまといつく もう一つの映画の皮膚としてのこの衣がとても魅力的に映ります 原作ではどうなってるのでしょうか

このレビューは気に入りましたか? 11人の会員が気に入ったと投稿しています

「あんたはここにいる人やない」と言わせるナルシズム

投稿日:2007/12/05 レビュアー:港のマリー

 映画自体が特にナルシスティックなわけではない。尼崎の町の一角に住む、いや棲息すると言うべきか、怪しい人々の暮らしぶりを活写しておもしろい。映像にも密度というか、凝集力を感じさせる緊密な質感がある。原作者の年齢から考えると時代は日本経済高度成長期、70年代なかばといったところか。
 小市民道徳など通用しないアウトローの世界、剥き出しの欲望が充満する猥雑な町には薄汚れたアパートや怪しい飲食店がひしめき、ヤクザや売春婦が闊歩する。(こっちでいうと昔の黄金町か)そこへ「人生に絶望した」文学青年生島が流れ着く。

 生島を取り巻く人間ではヒロインの綾と焼き鳥屋の勢子姐さんが抜群にいい。赤いワンピースの寺島しのぶが汚い路地を歩くさまはゆらゆら泳ぐ金魚のようだし、赤目の滝の緑陰を白いワンピースが見え隠れする様子は蝶が舞う如くファンタスティックだ。泥川の粥をすすって生きてきた女なのに健気で可憐、男の欲望を優しく受け止める。大楠道代の勢子姐さんは、線香の束で自分の肌の彫り物を焼き消してしまうような剛の者。アウトローの町で百戦錬磨してきた凄味がある。彫り物師の内田裕也はもう、鳥肌が立つほどの迫力。クスリでもやってんじゃないのと心配になるほど。

 問題は生島である。演じた俳優のことはさておいて、この人物の絶望を気取ったナルシズムが何とも鼻につく。毎日毎日暗く不潔な部屋で一人、臓物を串に刺しながら、心の底では自分はこんな場所にいるべき人間じゃない、こんな社会の底辺で生きる人間とは違うのだと思い続けている。それを自分では口にしない。綾や勢子といった周囲の人間に言わせるのである。勢子姐さんに至っては、「あんたいい大学を出ているのになんで」とまで言わせている。いい大学を出ていることをどうして知ったのか。焼き鳥屋の仕込みを請け負うのに詳細な履歴書を書いたのか。まあ映画ではなく原作の問題だが。本当は世俗の栄達を望みながらも、それを屈折させて底辺の社会に逃げ込み、自分は本当は特別な人間なんだと周囲にそれとなく告げるナルシズムには全身むず痒くなる。本当に絶望している人間は、絶望を小説にして売る才覚なんてないんですよ。

 この映画けっこうギャグが出てくる。傑作を一つ。
   「お手々のふしとふしを合わせてふしあわせ」ふし=節
仏壇メーカーのコマーシャルのパロディだが爆笑した。このCMをみると今でもにやにやしてしまい家人に気味悪がられている。

 

このレビューは気に入りましたか? 10人の会員が気に入ったと投稿しています

★★★★ 何も変えれぬ男に用などないわ! ネタバレ

投稿日:2007/06/11 レビュアー:ガラリーナ

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

と過激な啖呵を切ってしまいましたが、生きる意味を失った男・生島のいじけぶりが、いかにも芥川賞受賞作といったところでしょうか。ただ、「ぼくには甲斐性がありません」と黙々と臓物を串に刺すシーンには、非常に惹きつけられるものがありました。来る日も来る日も臓物にまみれるという極めて劣悪な仕事にこそ、自分の居場所を見いだす生島自身に。

しかし、最終的には彼自身は生きる意味を見つけることも、自分に自信を取り戻すこともできなかった。ふたりの愛の証である新聞紙にくるまれたパンティーも消えてしまった。何とかわいそうな男よ、生島。おまえは「尼(あま)」という異空間に自ら飛び込み臓物と共に自らを埋没させるつもりであったのに、「アンタはここにいる人やない」と自分の意思とは関係なく引っ張り上げられてしまった。それでもなお、自分を変えることはできなかった。そういうひとりの男の絶望のお話。生島のナルシスト的な自虐愛に終盤少々疲れを感じました。

むしろ、本作の見どころは「尼」という異空間そのもの。異空間というよりも、もはや異次元。ぼろアパートを中心に猥雑な商店街を徘徊する奇々怪々な尼の人々がいる風景は、ワンダーランドです。私は関西人ですが、関西を描けばどれも一緒なそんじょそこらの作品とはまるで異質。中でも、彫物師を演じる内田裕也の収まり具合は恐ろしいほどで、この人がいないと「尼」は「尼」でなくなる。それくらいの存在感を放ってました。映画俳優、内田裕也がこんなに光って見えたのは「十階のモスキート」以来で、実に感慨深い。

赤目四十八滝の美しい滝のシーンと対比すれば、醜悪な「尼」の街ではあるけれど、私には夢の世界に見えました。蝶を追いかける少年が見た白昼夢。夢の世界であるならば、生島という男の一生にも哀れを感じます。

このレビューは気に入りましたか? 9人の会員が気に入ったと投稿しています

生死のはざまに見る、哀しくも妖しい輝きを感じて ネタバレ

投稿日:2005/03/11 レビュアー:オタエドン

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

何と形容すればいいか言葉に詰まってしまいますが、すばらしい作品に出会えた幸せを味わっています。なかなか見ることが出来なかったが、やっと見ることができました。
近年の邦画の傑作といえるでしょう。映像のすばらしさ、登場人物の奇想天外なほどの存在感。そして寺島しのぶの演技力と背中一面の刺青。『ヴァイブレーター』でもぞっこん参りましたが。焼き鳥やの女主人の大楠道代、大家で刺青師の内田裕也、その他大勢の芸達者な俳優達の名演で、とてつもない作品が生み出されました。尼崎の、それこそ人生の吹き溜まりのような、ぼろアパートで起こる日常が、驚きの連続。かなり生生しい描写も多く、ちょっと引いてしまう方もあるかも。アパートの一室で、臓物を串に刺し続ける男の姿も異常でしょう。また、自分の居場所を見失った男が、10年持ち歩いた本が、何と、新解さんなんですよ!!ことあるごとに、新明解の国語辞典を引くなんて。車谷長吉の原作を読んでなかったので、とても新鮮な印象を受けました。題名から、かなり悲壮感を受けますが、決してただの心中物ではありません。辛い運命を背負いながら、死にたい程の思いを胸の奥に秘め、生きる道を選択する。その姿に泣かされました。160分という長さが、全く気にならないほど、画面に釘付け。赤目四十八瀧の自然の映像の美しさ、打楽器の魂を揺さぶる音楽に、後半、涙が止まりませんでした。
誰にでもお勧め出来るかは?ですが、私は、感動を受けました。

このレビューは気に入りましたか? 9人の会員が気に入ったと投稿しています

1〜 5件 / 全52件

赤目四十八瀧心中未遂

ユーザーレビュー

入力内容に誤りがあります。

内容をご確認のうえ、修正いただきますようお願いいたします。

  • 入力内容に誤りがあります。

ユーザーレビュー:52件

何故か引き込まれる登場人物達美しさに見とれてしまう綾と刺青と瀧

投稿日

2005/04/14

レビュアー

RUSH


素晴らしい作品すぎて何をどう伝えて良いものやら迷ってしまう程の作品。この作品は劇場で見る事が出来ず、ずぅ〜っと見たい作品でした。2003年度の各映画賞を総ナメにしたこの作品がどんな作品であったのか、寺島しのぶさん、大楠道代さん、大西滝次郎氏それぞれの演技が見たかったのです。やっと見る事が出来ました。それだけでも満足だったのですが見終わって充分すぎる満足感を味わう事が出来ました。

原作を読んでいない事と派手な作品ではない事が予想された為、2時間40分集中して見る事が出来るのかどうか最初はちょっと不安でしたが、そんな心配も見始めてすぐになくなってしまいました(^^ゞ。まず舞台が近所の尼崎であった事(笑)と主人公:生島を演じた大西氏の目に何故か引き込まれたのです。この世に自分の居場所を見つけられず狭い部屋で臓物に串を刺す毎日を送る生島。彼の目にはどこか怯えているようなそうでないような変なギラツキが浮かんでいました。その目に引き込まれ見ていく内に焼鳥屋の女将:勢子を演じた大楠道代さんの演技に見とれ、気がつくと個性的すぎるキャラクター達が色々登場し、その中にあって綾を演じた寺島しのぶさんがちょっとずつ姿を現しはじめ、彼女のワンピース姿は何故か強烈な印象を僕に与えたのです。妙に女性を意識させるような存在感・・女性なのだから当然なのですが寺島さんならではの存在感のように思えてなりませんでした。彼女のワンピース姿と目が強烈な印象を僕に与えたのです。そしてとどめは背中一面の刺青、迦陵頻伽(かりょうびんが)でした。僕はヤクザの本物の刺青を見た事がありますが本当に綺麗なものです。彼女の背中にある刺青は偽物ですがそれでも華奢な体に描かれた迦陵頻伽はとても綺麗なものでした。ラストの赤目四十八瀧の映像も見ているだけで癒される程美しいものでした。これらの美しいものは邦画ならではのもので他国の作品では味わえないものだと思います。

タイトルからもわかるように「ドブ川の泥の粥すすって育った女」と「この世に自分の居場所がないと思っている男」が赤目四十八瀧へ心中する為に行き、生きる事を選択する様を描いた作品ですが、僕としてはそのまま心中して欲しかったです。ただ、エンディングの後の生島の行動が知りたくなりました。時間を感じさせない作品でした(人によると思いますが(^^ゞ)。

下駄とオフェーリア

投稿日

2006/06/07

レビュアー

裸足のラヴァース

これも今頃観てるのですが 侵入テーマでもあり 逃亡の物語でもあります どうも車谷って人はまだ還暦になったくらいで その反時代的な偽隠者ぶりは鼻について好きになれないのですが その文学作品は一級品といっていいでしょう{一冊しか読んでないけど) 映画のほうも良いですね 一見古い映画観に頑固に固執する荒戸源次郎の骨太さを肯定します こうゆう人がいないと日本映画が痩せちゃうからね

落ちていく人生 落魄者の人間観察 それでも世界は多様で面白い この主人公役立たずに見えてけっこう人に 何かを頼まれ続ける男 また傍観者であるので目で女を楽しむ奴 その眼が大西君ジョニー・デップで予期せぬユーモアが この映画始ってすぐに あこれ心中は未遂に終わるなってわかったんだけど それってタイトルにあるじゃんとほほ タイトルちゃんとみんな読めるの? 結局大西君は侵犯も同化も出来ずに それは文学として昇華するしかないものなのでしょう

ラッシュ君も言ってるのですが 寺島しのぶのワンピースがいいですね 皮膚には背中ですが刺青が彫られています それは綾の人生の深い刻印なのですが この皮膚の重さみたいなものに対し それに軽やかにまといつく もう一つの映画の皮膚としてのこの衣がとても魅力的に映ります 原作ではどうなってるのでしょうか

「あんたはここにいる人やない」と言わせるナルシズム

投稿日

2007/12/05

レビュアー

港のマリー

 映画自体が特にナルシスティックなわけではない。尼崎の町の一角に住む、いや棲息すると言うべきか、怪しい人々の暮らしぶりを活写しておもしろい。映像にも密度というか、凝集力を感じさせる緊密な質感がある。原作者の年齢から考えると時代は日本経済高度成長期、70年代なかばといったところか。
 小市民道徳など通用しないアウトローの世界、剥き出しの欲望が充満する猥雑な町には薄汚れたアパートや怪しい飲食店がひしめき、ヤクザや売春婦が闊歩する。(こっちでいうと昔の黄金町か)そこへ「人生に絶望した」文学青年生島が流れ着く。

 生島を取り巻く人間ではヒロインの綾と焼き鳥屋の勢子姐さんが抜群にいい。赤いワンピースの寺島しのぶが汚い路地を歩くさまはゆらゆら泳ぐ金魚のようだし、赤目の滝の緑陰を白いワンピースが見え隠れする様子は蝶が舞う如くファンタスティックだ。泥川の粥をすすって生きてきた女なのに健気で可憐、男の欲望を優しく受け止める。大楠道代の勢子姐さんは、線香の束で自分の肌の彫り物を焼き消してしまうような剛の者。アウトローの町で百戦錬磨してきた凄味がある。彫り物師の内田裕也はもう、鳥肌が立つほどの迫力。クスリでもやってんじゃないのと心配になるほど。

 問題は生島である。演じた俳優のことはさておいて、この人物の絶望を気取ったナルシズムが何とも鼻につく。毎日毎日暗く不潔な部屋で一人、臓物を串に刺しながら、心の底では自分はこんな場所にいるべき人間じゃない、こんな社会の底辺で生きる人間とは違うのだと思い続けている。それを自分では口にしない。綾や勢子といった周囲の人間に言わせるのである。勢子姐さんに至っては、「あんたいい大学を出ているのになんで」とまで言わせている。いい大学を出ていることをどうして知ったのか。焼き鳥屋の仕込みを請け負うのに詳細な履歴書を書いたのか。まあ映画ではなく原作の問題だが。本当は世俗の栄達を望みながらも、それを屈折させて底辺の社会に逃げ込み、自分は本当は特別な人間なんだと周囲にそれとなく告げるナルシズムには全身むず痒くなる。本当に絶望している人間は、絶望を小説にして売る才覚なんてないんですよ。

 この映画けっこうギャグが出てくる。傑作を一つ。
   「お手々のふしとふしを合わせてふしあわせ」ふし=節
仏壇メーカーのコマーシャルのパロディだが爆笑した。このCMをみると今でもにやにやしてしまい家人に気味悪がられている。

 

★★★★ 何も変えれぬ男に用などないわ!

投稿日

2007/06/11

レビュアー

ガラリーナ

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

と過激な啖呵を切ってしまいましたが、生きる意味を失った男・生島のいじけぶりが、いかにも芥川賞受賞作といったところでしょうか。ただ、「ぼくには甲斐性がありません」と黙々と臓物を串に刺すシーンには、非常に惹きつけられるものがありました。来る日も来る日も臓物にまみれるという極めて劣悪な仕事にこそ、自分の居場所を見いだす生島自身に。

しかし、最終的には彼自身は生きる意味を見つけることも、自分に自信を取り戻すこともできなかった。ふたりの愛の証である新聞紙にくるまれたパンティーも消えてしまった。何とかわいそうな男よ、生島。おまえは「尼(あま)」という異空間に自ら飛び込み臓物と共に自らを埋没させるつもりであったのに、「アンタはここにいる人やない」と自分の意思とは関係なく引っ張り上げられてしまった。それでもなお、自分を変えることはできなかった。そういうひとりの男の絶望のお話。生島のナルシスト的な自虐愛に終盤少々疲れを感じました。

むしろ、本作の見どころは「尼」という異空間そのもの。異空間というよりも、もはや異次元。ぼろアパートを中心に猥雑な商店街を徘徊する奇々怪々な尼の人々がいる風景は、ワンダーランドです。私は関西人ですが、関西を描けばどれも一緒なそんじょそこらの作品とはまるで異質。中でも、彫物師を演じる内田裕也の収まり具合は恐ろしいほどで、この人がいないと「尼」は「尼」でなくなる。それくらいの存在感を放ってました。映画俳優、内田裕也がこんなに光って見えたのは「十階のモスキート」以来で、実に感慨深い。

赤目四十八滝の美しい滝のシーンと対比すれば、醜悪な「尼」の街ではあるけれど、私には夢の世界に見えました。蝶を追いかける少年が見た白昼夢。夢の世界であるならば、生島という男の一生にも哀れを感じます。

生死のはざまに見る、哀しくも妖しい輝きを感じて

投稿日

2005/03/11

レビュアー

オタエドン

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

何と形容すればいいか言葉に詰まってしまいますが、すばらしい作品に出会えた幸せを味わっています。なかなか見ることが出来なかったが、やっと見ることができました。
近年の邦画の傑作といえるでしょう。映像のすばらしさ、登場人物の奇想天外なほどの存在感。そして寺島しのぶの演技力と背中一面の刺青。『ヴァイブレーター』でもぞっこん参りましたが。焼き鳥やの女主人の大楠道代、大家で刺青師の内田裕也、その他大勢の芸達者な俳優達の名演で、とてつもない作品が生み出されました。尼崎の、それこそ人生の吹き溜まりのような、ぼろアパートで起こる日常が、驚きの連続。かなり生生しい描写も多く、ちょっと引いてしまう方もあるかも。アパートの一室で、臓物を串に刺し続ける男の姿も異常でしょう。また、自分の居場所を見失った男が、10年持ち歩いた本が、何と、新解さんなんですよ!!ことあるごとに、新明解の国語辞典を引くなんて。車谷長吉の原作を読んでなかったので、とても新鮮な印象を受けました。題名から、かなり悲壮感を受けますが、決してただの心中物ではありません。辛い運命を背負いながら、死にたい程の思いを胸の奥に秘め、生きる道を選択する。その姿に泣かされました。160分という長さが、全く気にならないほど、画面に釘付け。赤目四十八瀧の自然の映像の美しさ、打楽器の魂を揺さぶる音楽に、後半、涙が止まりませんでした。
誰にでもお勧め出来るかは?ですが、私は、感動を受けました。

1〜 5件 / 全52件