ドリーマーズ

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ドリーマーズ / マイケル・ピット

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「ドリーマーズ」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

1968年、パリ。創設者のアンリ・ラングロワの解雇に抗議するため多くの学生がシネマテーク・フランセーズに集う。アメリカ人留学生マシューはそこで双子の姉弟イザベルとテオと出会う。3人は映画の話で盛り上がり意気投合、姉弟はマシューを自宅のアパルトマンに招き入れる。バカンスで両親が長期不在の中ヽ人は映画ゲームに興じる。やがてそれは奔放な性的戯れへと発展していく。こうして、学生運動が激しさを増す外の世界とは対照的に、3人はアパルトマンの一室で奇妙で危うい共同生活を満喫していくのだったが…。

「ドリーマーズ」 の作品情報

作品情報

製作年: 2003年
製作国: イギリス/フランス/イタリア
原題: THE DREAMERS/I SOGNATORI

「ドリーマーズ」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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1〜 5件 / 全40件

気恥ずかしく、凡庸

投稿日:2007/01/08 レビュアー:よふかし

 気恥ずかしい映画だ。
 冒頭のラングロワ事件の再現、トリュフォーの演説をそっくりさん(あまり似ていないが)が演じるあたりから、僕は同時代人でもないのに、気恥ずかしくていたたまれない気持ちがしてくる。『はなればなれに』も『トップハット』もいつ観ても楽しい映画だけれど、この『ドリーマーズ』はそうではないね。
 五月革命をベルトルッチは単なる背景として、手垢にまみれた三角関係を描く。そのノスタルジー、そこに込めた悔恨、文革への盲信のごとく抽象的理念を上位におきたくなる若さなど分からないでもないけれど、それにしたってこの映画の三人は、あまりに幼すぎやしないか?
 こうした運動がファッションであったりお祭りであったという側面があることは僕にも分かる。けれど本作よりはるかに真剣な、時代も主演者も衣装なども共通しているというフィリップ・ガレル『恋人たちの失われた革命』は、いろいろ不満もあるけれど、カルチェラタンでの攻防を延々と描いた前半は実に素晴らしかった。
 本作に見られるベルトルッチの皮肉なノスタルジーは、青春を無理やり皮相なドラマに押し込めてしまったようで、結局は凡庸と言うほかないと感じた。ベルトルッチはどんどん悪くなるような気がする40点。

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まぶしい青春 ネタバレ

投稿日:2005/03/24 レビュアー:裸足のラヴァース

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あれこれ出てたのか パープルの言うように青春の回顧だ
これが今ひとつわからない ベルトルーチはもう自分でも枯れたジジイになっちゃったと思ってるのか

主人公はシネフィルのアメリカ人で暴力反対のフラワーチルドレン アンリ・ラングロワのシネマテーク閉鎖の時に双子のフランス人と邂逅 三人の密室の共同生活が始まる
ここで政治は後景にのいて 性的な三角関係がベルトリーチ的に展開される ゴダール「はなればなれ」のような 曖昧なユートピアのような閉塞空間 それに耐えられずに自死を選ぶばんとするイザベル その密閉された部屋に窓ガラスを破って 5月革命のデモ隊の石が投げ込まれる
稚拙な偽ユートピアの崩壊 機動隊がなだれこみ 三人は街頭にそれぞれ歩みだすだろう 無人のバリケード ストリートにエンドロールが流れる 甘い夢の終焉と荒々しい時代の波 世界は強烈な変化を迎えた しかしそれも35年以上も前の話
21世紀の若者は何をここにみるのだろうか?

リミックスされたジミヘンはともかく スティーヴ・ミラー・バンドの「セイラー」なんて選曲は俺並みの渋さだなベルナルド
洗面台での小便はまあ西洋人はやるわけね 人のことは言えない発見でした


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映画との向き合い方について再認識した作品

投稿日:2007/11/07 レビュアー:ポッシュ

 ヨーロッパ系の映画には疎いし、背景となっている五月革命に関しても知識がなく、作中引用される数々の古典映画にしてもタイトルは知ってるけど観たことないのばっか…という「へたれ映画好き」の自分には、かなり困った作品でした。

 いつもだったら、こういう“一見さんお断り”“映画に関して一通り修行した人だけお楽しみ下さい”みたいな、シネ・エリート(私の造語です)向け作品に関しては、「参りました」ってことで、レビューなんか死んでも書かない(書けない)のですが、少しだけ言いたいことはあってこうして書いてしまっています。大汗かきながら。
 
 あくまでも書物からの知識で自分自身の映画体験でないところからの発想なので、大きな声では言えませんが(?)、もしかしたらゴダールのパスティーシュをやってるの?と感じました。数多くの作品へのオマージュ、というよりは、そういう引用をやってたゴダールの真似なのか?と。ゴダールは“引用”による古典映画と自作のぶっつけ合いによって読み換え(脱構築)をやってたと言うけど、この作品ではその手法そのものを“引用”しちゃってるのかなぁ、とか。

**************************

 映画を観るのに「このように観るべし」みたいな規律を自分は持ちたくないと思っている。各人が好きなように理解して好きなように楽しめばいーじゃん、というスタンス。だから、作品によって、とことんテーマを追ってみたり、登場人物の心理を分析してみたり、ただただ空気感に身を任せてみたり、物語性など放り投げてひたすら表層・表象の運動性やら瞬発力やらに感動してみたり、といつも自由でいる。映画がこれだけ開放されたテキストなのだから、それに対峙する自分も開放されていたい、と。この映画を観てなんだか知らないけれど、そのことを再確認してしまった。少しだけ言いたかったのはそういうことです。

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巨大なのは乳首じゃなくて乳輪でしょう

投稿日:2007/02/26 レビュアー:parole

例えばよふかしさんが指摘されているとおり、アンリ・ラングロワ事件やパリ五月革命を単なる通俗的な素材としてしか使っていないところなど、同じ題材を用いてほぼ同じ時期にに製作された(ついでに主演者ルイ・ガレルまで同じの)フィリップ・ガレル『恋人たちの失われた革命』とは比べるまでも無いほど自堕落だと思うし、吟遊旅人さんを始め多くの方が指摘されている数多くの作品へのオマージュとやらも、懐かしさ(?)よりもジャン=ピエール・レオ自身を敢えて登場させるあざとさや、オリジナルのシーンを同期させるわざとらしさの方が遙かに鼻に付き、イザベル(エヴァ・グリーン)が心中を試みるシーンでブレッソンの『少女ムシェット』を用いているところなど噴飯ものでさえあると思う。これだけを取っても、吟遊旅人さんやよふかしさん、あるいは多くの識者達が指摘する通り、ベルトルッチは『ラスト・エンペラー』より後は悪くなる一方だと言うことを裏付けていると言えるだろう。

だが、しかし、冒頭近くで出てくる、テオ(ルイ・ガレル)が二人の家に招かれた食事の後に、テオとイザベルがキスをしようとする際ににイザベルの髪が燃えてしまうシーンを始め、いちいち指摘するのが嫌になるほど見事としか言う外ない映像美が展開されているのもまた事実なのだ。もちろん、ここで言う映像美とは「絵葉書的」な切り出した絵柄の美しさのことではなく、映画のシーンとしての美しさのことであって、照明、構図、カメラの動かし方や止め方など、あるとあらゆる点において昨今の凡百のアメリカ映画(そして多くの日本映画)とは歴然とした差が感じられるものだと思う。

だが、再びしかし、だからと言ってこの映画が愉しいかと言うとやはり答えに詰まってしまう。思えば、この作品でも参照されているゴダールの『はなればなれに』などは、あざとくもあるし、わざとらしくもあるし、いかにもゴダールらしいいかがわし政治臭さも漂わせたあやしい作品だ。でも、『はなればなれ』にはこれらのマイナス要素をものともしない幸福感、映画としての愉しさに満ち溢れており、個々の要素の危うさなんてどうだっていいと感じてしまうし、それを感じさせるだけの底知れぬ力強さがあるのだ。

結局才気のみで作られた映画はかくも脆弱なものだと言うことになってしまうのだろうが、同じく才気溢れる作家として登場しベルトルッチ同様ゴダールの再来と持て囃されたフィリップ・ガレルがまるで本作と双生児ででもあるような『恋人たちの失われた革命』を成し得たのはどうしたことなのだろう。『恋人たちの失われた革命』とて、決して政治的な意図と、過去を決済するという決意を持って作られた作品ではないし、フィリップ・ガレル自身自分が二十歳だった時のことを息子が二十歳の時に演じさせたかっただけだと、のうのうと言ってのけている。もちろん方やイギリスの商業資本によって世界的なヒットを求めて作られた作品であり、方や映画祭の受賞という錦の御旗を持ってかろうじて公開の手段が得られるような作品という根本的な位置付け違いはあるが、両者を隔てている距離にはそんな製作事情による相違を遙かに超えた物があるように思う。

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ベルトリッチ監督の青春回顧録

投稿日:2005/03/02 レビュアー:パープルローズ

なのかなと思いながらみましたが、残念ながら私はあまりフランス映画は詳しくないし、時代背景もいまひとつわからないので、なんともいえません。好きな映画のワンシーンをまねて美術館の廊下を疾走したり、「映画の題名あてクイズ」も楽しそうで、最近の映画なら私にもできるかも・・・と思いましたが、あの罰ゲームはいただけません。
尋常ならざる絆で結ばれた双子、それを見て見ぬふりをする両親は私の理解の範囲を超えていました。ふたりを愛するマシューはなんとかふたりを外へ連れ出して、外の世界へ眼を向かせようとするのですが・・・
デカプリオ似とよくいわれるマイケル・ピットですが、Hedwig and Angry Inchのトミー役といいこの役といい、完全にデカプリオとは別路線をいく、特異なキャラクターですね。

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気恥ずかしく、凡庸

投稿日

2007/01/08

レビュアー

よふかし

 気恥ずかしい映画だ。
 冒頭のラングロワ事件の再現、トリュフォーの演説をそっくりさん(あまり似ていないが)が演じるあたりから、僕は同時代人でもないのに、気恥ずかしくていたたまれない気持ちがしてくる。『はなればなれに』も『トップハット』もいつ観ても楽しい映画だけれど、この『ドリーマーズ』はそうではないね。
 五月革命をベルトルッチは単なる背景として、手垢にまみれた三角関係を描く。そのノスタルジー、そこに込めた悔恨、文革への盲信のごとく抽象的理念を上位におきたくなる若さなど分からないでもないけれど、それにしたってこの映画の三人は、あまりに幼すぎやしないか?
 こうした運動がファッションであったりお祭りであったという側面があることは僕にも分かる。けれど本作よりはるかに真剣な、時代も主演者も衣装なども共通しているというフィリップ・ガレル『恋人たちの失われた革命』は、いろいろ不満もあるけれど、カルチェラタンでの攻防を延々と描いた前半は実に素晴らしかった。
 本作に見られるベルトルッチの皮肉なノスタルジーは、青春を無理やり皮相なドラマに押し込めてしまったようで、結局は凡庸と言うほかないと感じた。ベルトルッチはどんどん悪くなるような気がする40点。

まぶしい青春

投稿日

2005/03/24

レビュアー

裸足のラヴァース

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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あれこれ出てたのか パープルの言うように青春の回顧だ
これが今ひとつわからない ベルトルーチはもう自分でも枯れたジジイになっちゃったと思ってるのか

主人公はシネフィルのアメリカ人で暴力反対のフラワーチルドレン アンリ・ラングロワのシネマテーク閉鎖の時に双子のフランス人と邂逅 三人の密室の共同生活が始まる
ここで政治は後景にのいて 性的な三角関係がベルトリーチ的に展開される ゴダール「はなればなれ」のような 曖昧なユートピアのような閉塞空間 それに耐えられずに自死を選ぶばんとするイザベル その密閉された部屋に窓ガラスを破って 5月革命のデモ隊の石が投げ込まれる
稚拙な偽ユートピアの崩壊 機動隊がなだれこみ 三人は街頭にそれぞれ歩みだすだろう 無人のバリケード ストリートにエンドロールが流れる 甘い夢の終焉と荒々しい時代の波 世界は強烈な変化を迎えた しかしそれも35年以上も前の話
21世紀の若者は何をここにみるのだろうか?

リミックスされたジミヘンはともかく スティーヴ・ミラー・バンドの「セイラー」なんて選曲は俺並みの渋さだなベルナルド
洗面台での小便はまあ西洋人はやるわけね 人のことは言えない発見でした


映画との向き合い方について再認識した作品

投稿日

2007/11/07

レビュアー

ポッシュ

 ヨーロッパ系の映画には疎いし、背景となっている五月革命に関しても知識がなく、作中引用される数々の古典映画にしてもタイトルは知ってるけど観たことないのばっか…という「へたれ映画好き」の自分には、かなり困った作品でした。

 いつもだったら、こういう“一見さんお断り”“映画に関して一通り修行した人だけお楽しみ下さい”みたいな、シネ・エリート(私の造語です)向け作品に関しては、「参りました」ってことで、レビューなんか死んでも書かない(書けない)のですが、少しだけ言いたいことはあってこうして書いてしまっています。大汗かきながら。
 
 あくまでも書物からの知識で自分自身の映画体験でないところからの発想なので、大きな声では言えませんが(?)、もしかしたらゴダールのパスティーシュをやってるの?と感じました。数多くの作品へのオマージュ、というよりは、そういう引用をやってたゴダールの真似なのか?と。ゴダールは“引用”による古典映画と自作のぶっつけ合いによって読み換え(脱構築)をやってたと言うけど、この作品ではその手法そのものを“引用”しちゃってるのかなぁ、とか。

**************************

 映画を観るのに「このように観るべし」みたいな規律を自分は持ちたくないと思っている。各人が好きなように理解して好きなように楽しめばいーじゃん、というスタンス。だから、作品によって、とことんテーマを追ってみたり、登場人物の心理を分析してみたり、ただただ空気感に身を任せてみたり、物語性など放り投げてひたすら表層・表象の運動性やら瞬発力やらに感動してみたり、といつも自由でいる。映画がこれだけ開放されたテキストなのだから、それに対峙する自分も開放されていたい、と。この映画を観てなんだか知らないけれど、そのことを再確認してしまった。少しだけ言いたかったのはそういうことです。

巨大なのは乳首じゃなくて乳輪でしょう

投稿日

2007/02/26

レビュアー

parole

例えばよふかしさんが指摘されているとおり、アンリ・ラングロワ事件やパリ五月革命を単なる通俗的な素材としてしか使っていないところなど、同じ題材を用いてほぼ同じ時期にに製作された(ついでに主演者ルイ・ガレルまで同じの)フィリップ・ガレル『恋人たちの失われた革命』とは比べるまでも無いほど自堕落だと思うし、吟遊旅人さんを始め多くの方が指摘されている数多くの作品へのオマージュとやらも、懐かしさ(?)よりもジャン=ピエール・レオ自身を敢えて登場させるあざとさや、オリジナルのシーンを同期させるわざとらしさの方が遙かに鼻に付き、イザベル(エヴァ・グリーン)が心中を試みるシーンでブレッソンの『少女ムシェット』を用いているところなど噴飯ものでさえあると思う。これだけを取っても、吟遊旅人さんやよふかしさん、あるいは多くの識者達が指摘する通り、ベルトルッチは『ラスト・エンペラー』より後は悪くなる一方だと言うことを裏付けていると言えるだろう。

だが、しかし、冒頭近くで出てくる、テオ(ルイ・ガレル)が二人の家に招かれた食事の後に、テオとイザベルがキスをしようとする際ににイザベルの髪が燃えてしまうシーンを始め、いちいち指摘するのが嫌になるほど見事としか言う外ない映像美が展開されているのもまた事実なのだ。もちろん、ここで言う映像美とは「絵葉書的」な切り出した絵柄の美しさのことではなく、映画のシーンとしての美しさのことであって、照明、構図、カメラの動かし方や止め方など、あるとあらゆる点において昨今の凡百のアメリカ映画(そして多くの日本映画)とは歴然とした差が感じられるものだと思う。

だが、再びしかし、だからと言ってこの映画が愉しいかと言うとやはり答えに詰まってしまう。思えば、この作品でも参照されているゴダールの『はなればなれに』などは、あざとくもあるし、わざとらしくもあるし、いかにもゴダールらしいいかがわし政治臭さも漂わせたあやしい作品だ。でも、『はなればなれ』にはこれらのマイナス要素をものともしない幸福感、映画としての愉しさに満ち溢れており、個々の要素の危うさなんてどうだっていいと感じてしまうし、それを感じさせるだけの底知れぬ力強さがあるのだ。

結局才気のみで作られた映画はかくも脆弱なものだと言うことになってしまうのだろうが、同じく才気溢れる作家として登場しベルトルッチ同様ゴダールの再来と持て囃されたフィリップ・ガレルがまるで本作と双生児ででもあるような『恋人たちの失われた革命』を成し得たのはどうしたことなのだろう。『恋人たちの失われた革命』とて、決して政治的な意図と、過去を決済するという決意を持って作られた作品ではないし、フィリップ・ガレル自身自分が二十歳だった時のことを息子が二十歳の時に演じさせたかっただけだと、のうのうと言ってのけている。もちろん方やイギリスの商業資本によって世界的なヒットを求めて作られた作品であり、方や映画祭の受賞という錦の御旗を持ってかろうじて公開の手段が得られるような作品という根本的な位置付け違いはあるが、両者を隔てている距離にはそんな製作事情による相違を遙かに超えた物があるように思う。

ベルトリッチ監督の青春回顧録

投稿日

2005/03/02

レビュアー

パープルローズ

なのかなと思いながらみましたが、残念ながら私はあまりフランス映画は詳しくないし、時代背景もいまひとつわからないので、なんともいえません。好きな映画のワンシーンをまねて美術館の廊下を疾走したり、「映画の題名あてクイズ」も楽しそうで、最近の映画なら私にもできるかも・・・と思いましたが、あの罰ゲームはいただけません。
尋常ならざる絆で結ばれた双子、それを見て見ぬふりをする両親は私の理解の範囲を超えていました。ふたりを愛するマシューはなんとかふたりを外へ連れ出して、外の世界へ眼を向かせようとするのですが・・・
デカプリオ似とよくいわれるマイケル・ピットですが、Hedwig and Angry Inchのトミー役といいこの役といい、完全にデカプリオとは別路線をいく、特異なキャラクターですね。

1〜 5件 / 全40件