愛の落日 〜クワイエット・アメリカン〜

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愛の落日 〜クワイエット・アメリカン〜 / マイケル・ケイン

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「愛の落日 〜クワイエット・アメリカン〜」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

1952年、フランス占領下のサイゴンでは、ベトナム解放戦線が独立をかけて戦っていた。ロンドン・タイムスの特派員トーマス・ファウラーは、イギリスに妻子を残したまま、この地で美しいベトナム女性フォングを愛人として囲い、ジャーナリストとは名ばかりの優雅な暮らしを満喫していた。彼はある日、アメリカの援助団体の一人として着任したばかりの青年パイルと出会う。アメリカ人にしては物静かな彼に好感を抱き、親しくなるファウラー。しかし、ある時ファウラーからフォングを紹介されたパイルは、一目でその魅力に取り憑かれてしまうのだった…。

「愛の落日 〜クワイエット・アメリカン〜」 の作品情報

作品情報

製作年:

2002年

製作国:

アメリカ

原題:

THE QUIET AMERICAN

「愛の落日 〜クワイエット・アメリカン〜」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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1〜 5件 / 全10件

原作に忠実で誠実な映画

投稿日:2021/08/29 レビュアー:ちゅく

最近、G・グリーンの原作「おとなしいアメリカ人(The Quiet American)」(1955)を読みました。
原作は1958年に映画されているようですが(未見)、グリーンはかなり不満だったようです。
原作の物語は、第1次インドシナ戦争でフランスが泥沼にはまっている時代を描き、米国が軍事介入する(1955年11月)直前のベトナムが舞台になっています。
この「愛の落日」(2002)は、原作に忠実に描かれた映画です。とても丁寧に原作を尊重しているのは、ベトナム戦争で米国が敗北した歴史(1975年4月30日サイゴン陥落)をふまえているからでしょう。
グリーン(1904〜1991)は、どう思ったのか──彼は英国の作家で、フランスの植民政策にも米国の新たな介入にも反対でした。このカトリックの作家は、無神論の共産主義に一定の理解を示していたのです。意外なことですが、最近、彼の小説を読むと、無意識的な信仰を忌避するゆえ、意識的な神の否定を認める志向が繰り返し読めるのです。
この「愛の落日」という良心的な映画は、2001年9月11日の米国の同時多発テロの影響で公開延期という憂き目に遭います。
さて、この原作を忠実に映画化した作品は、政治映画、スパイ映画であるとともに、恋愛映画でもあります。
英国の初老のジャーナリスト「ファウラー」(マイケル・ケイン)は、アジアに身を埋めたいと思い、サイゴンで娘のような若いベトナム人の女性「フォン」(ドー・ハーイ・イエン)と一緒に暮らしています。彼自身は無神論者だが、英国にカトリックの妻がいて長く離婚に応じてくれない。そこに「おとなしいアメリカ人」である「パイル」(B・フレイザー)が現われ、「フォン」に一目ぼれする。
「ファウラー」と「パイル」は「フォン」を廻る鞘当てを続ける。北部の取材で、「ファウラー」は「パイル」に命を救われる。男二人の闘いは、旧・大国イギリスと、新・大国アメリカの覇権の最後の闘いでもある。陰険・老獪だが衰亡する前者と、資本・資金力に勝るが大ざっぱで乱暴な後者と、その交代を象徴しているように、グリーンは原作で書きながら、後者を揶揄し警告しているように思えるのです。
映画では、やはり、マイケル・ケインが圧倒的な名演でしょうか。老獪かつ色気もある。B・フレイザーも「ハムナプトラ」とは異なる性格演技。「フォン」を演じた女優は、トラン・アン・ユン監督に出ていたのかと思って調べましたがわかりません。

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これがあの戦争の仕組みだった、と捉えるには力不足で食い足りない

投稿日:2009/05/14 レビュアー:bokensdorf

ヨーロッパ列強の植民地支配の終わり、新興アメリカ帝国主義の登場、舞台はベトナム、視点は英国からの特派員記者、という映画。この映画は個人の視点なのでベトナム戦争を俯瞰したものにはなっていない。「ベトナムの思ひ出」とかタイトルをつけた方が似合っている。だから「愛の落日」なのかと納得してしまう。

アメリカが建前は救済、本音は帝国主義、である、とかなり悪者に描かれている。しかしアメリカの本当の悪はそれではない。

アメリカの本当の悪はこれである。【長いです。47分】
http://video.google.com/videoplay?docid=2172429313
954008035&hl=en

金融の話で始まるが、ベトナム戦争の参戦の目的がはっきり示される。
当時はドミノ理論で説明されたがそんなものは屁理屈である。
【物事を判断するのにもっとも有効なのは「それで誰が得するか?」である】

あと、若くて美しいベトナム娘がなぜあの中年男に惚れてるのかが分からない。映画はそれを説明するつもりが無いらしい。グレアム・グリーンにしてはゴッドがまったく出てこないのが意外だった。老ジャーナリストの「ベトナムの思ひ出」という個人の記録としてなら受け入れても良いが、これがあの戦争の仕組みだった、と捉えるには力不足で食い足りない映画である。

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素晴らしい映画でした

投稿日:2008/01/14 レビュアー:忙中有閑

マイケル・ケイン出演作というだけでレンタルしてみたのですが、大変気に入りました。客観的に見ても良い映画だと思いますが、多分に個人的思い入れがあるかもしれません。オハナシは1952年のフランス占領下ベトナムと冒頭に紹介されますが、ここで既に引き込まれてしまいました。私は1952年(昭和27年)の生まれですし、ベトナム戦争は1975年4月に当時の南ベトナムの首都サイゴンが陥落して終戦したことになっているのですが、私が大学を卒業して社会人になったのが1975年の4月でしたから、私にとってアメリカとは、学生時代には常に「ベトナムで戦争しているアメリカ」でしたし、商社に就職してからは常にビジネスの対象、目標でしたし、そして何よりも子供時代に「ビーバーちゃん」「パパ大好き」などのTVホームドラマから「ローマの休日」「風と共に去りぬ」などのハリウッド映画まで、ロマンスとヒューマニズムへの憧れを徹底的に植え付けてくれた大きな存在でもあります。
この映画でマイケル・ケイン演ずるベトナム駐在の年老いたイギリス人記者が、ブレンダン・フレイザー演ずるアメリカ青年に抱いた複雑な感情も決して「一人の女性をめぐる三角関係」などという単純な表現で片付けられるものではありません。2度の世界大戦を通して大英帝国から一介の島国に凋落した英国から流れてきた老ジャーナリストが「フランス植民地」のベトナムで若くて美しい現地人の愛人との「最後の恋」に溺れているところへ、新興の世界覇者アメリカから若く理想に燃えた、しかも実はCIAの回し者でしたたかな野心を秘めた「物静かなアメリカ人(Quiet American)がやって来て愛人を奪われそうになる。知性も教養も愛嬌もある魅力的な女性とは言え所詮「愛人」であり(所詮「植民地」であることと同様に)勝ち目は無い。彼の心に宿ったのは「殺意」だったか?それとも「歴史」を理解する者の「諦念」だったのか?
観客である我々はこの後半世紀の間にアメリカが(少なくともベトナムにおいては)無残にも敗れ去り、当時「ゲリラ」でしかなかった共産軍とそれを後押しした中国の現在の繁栄を知った上でこの映画を観ており、私も個人的にアメリカへの複雑な思いをあらためて心に巡らせながら、マイケル・ケインの悲しみを湛えた名演技を堪能した次第です。

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ありふれた三角関係ではない ネタバレ

投稿日:2005/09/20 レビュアー:スターダスト

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ありふれた三角関係の恋愛ドラマで終わっていない。ファウラー(M・ケイン)が旧ヨーロッパ帝国主義、フォング(ドー・ハイ・イエン)がアジアの植民地、パイル(B・フレイザー)がアメリカをそれぞれ象徴されている。その微妙な関係が政治的背景と重なり実に興味深い。

「ハムナプトラ」シリーズなどコメディータッチの作品が多いB・フレイザーであるが、本作品では影ある人物を好演している。テロが発生した直後に負傷者よりも自分のスラックスについた血を気にするところなど、この男の本質をずばりついていてゾォーとさせる。

本作品の撮影監督はクリストファー・ドイル。フィリップ・ノイス監督とは「裸足の1500マイル」(2002)に続き2度目のコンビとなる。優美で情感あふれる映像が素晴らしい。赤を基調にしてフォングを美しく撮っているところなど、ウォン・カーウァイ作品を連想させます。

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見なくても良かったかも・・・ ネタバレ

投稿日:2006/05/26 レビュアー:akko

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三角関係の話だが、さっぱり理解できなかった。
ファウラーはパイルを殺す必要があった(もしくは、殺されるのを知っていてもパイルに注意をしなかった)のか?フォングを独占する為だろうか?
見終わったあとは、「だから何?」の一言の感想しかなかった。

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愛の落日 〜クワイエット・アメリカン〜

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原作に忠実で誠実な映画

投稿日

2021/08/29

レビュアー

ちゅく

最近、G・グリーンの原作「おとなしいアメリカ人(The Quiet American)」(1955)を読みました。
原作は1958年に映画されているようですが(未見)、グリーンはかなり不満だったようです。
原作の物語は、第1次インドシナ戦争でフランスが泥沼にはまっている時代を描き、米国が軍事介入する(1955年11月)直前のベトナムが舞台になっています。
この「愛の落日」(2002)は、原作に忠実に描かれた映画です。とても丁寧に原作を尊重しているのは、ベトナム戦争で米国が敗北した歴史(1975年4月30日サイゴン陥落)をふまえているからでしょう。
グリーン(1904〜1991)は、どう思ったのか──彼は英国の作家で、フランスの植民政策にも米国の新たな介入にも反対でした。このカトリックの作家は、無神論の共産主義に一定の理解を示していたのです。意外なことですが、最近、彼の小説を読むと、無意識的な信仰を忌避するゆえ、意識的な神の否定を認める志向が繰り返し読めるのです。
この「愛の落日」という良心的な映画は、2001年9月11日の米国の同時多発テロの影響で公開延期という憂き目に遭います。
さて、この原作を忠実に映画化した作品は、政治映画、スパイ映画であるとともに、恋愛映画でもあります。
英国の初老のジャーナリスト「ファウラー」(マイケル・ケイン)は、アジアに身を埋めたいと思い、サイゴンで娘のような若いベトナム人の女性「フォン」(ドー・ハーイ・イエン)と一緒に暮らしています。彼自身は無神論者だが、英国にカトリックの妻がいて長く離婚に応じてくれない。そこに「おとなしいアメリカ人」である「パイル」(B・フレイザー)が現われ、「フォン」に一目ぼれする。
「ファウラー」と「パイル」は「フォン」を廻る鞘当てを続ける。北部の取材で、「ファウラー」は「パイル」に命を救われる。男二人の闘いは、旧・大国イギリスと、新・大国アメリカの覇権の最後の闘いでもある。陰険・老獪だが衰亡する前者と、資本・資金力に勝るが大ざっぱで乱暴な後者と、その交代を象徴しているように、グリーンは原作で書きながら、後者を揶揄し警告しているように思えるのです。
映画では、やはり、マイケル・ケインが圧倒的な名演でしょうか。老獪かつ色気もある。B・フレイザーも「ハムナプトラ」とは異なる性格演技。「フォン」を演じた女優は、トラン・アン・ユン監督に出ていたのかと思って調べましたがわかりません。

これがあの戦争の仕組みだった、と捉えるには力不足で食い足りない

投稿日

2009/05/14

レビュアー

bokensdorf

ヨーロッパ列強の植民地支配の終わり、新興アメリカ帝国主義の登場、舞台はベトナム、視点は英国からの特派員記者、という映画。この映画は個人の視点なのでベトナム戦争を俯瞰したものにはなっていない。「ベトナムの思ひ出」とかタイトルをつけた方が似合っている。だから「愛の落日」なのかと納得してしまう。

アメリカが建前は救済、本音は帝国主義、である、とかなり悪者に描かれている。しかしアメリカの本当の悪はそれではない。

アメリカの本当の悪はこれである。【長いです。47分】
http://video.google.com/videoplay?docid=2172429313
954008035&hl=en

金融の話で始まるが、ベトナム戦争の参戦の目的がはっきり示される。
当時はドミノ理論で説明されたがそんなものは屁理屈である。
【物事を判断するのにもっとも有効なのは「それで誰が得するか?」である】

あと、若くて美しいベトナム娘がなぜあの中年男に惚れてるのかが分からない。映画はそれを説明するつもりが無いらしい。グレアム・グリーンにしてはゴッドがまったく出てこないのが意外だった。老ジャーナリストの「ベトナムの思ひ出」という個人の記録としてなら受け入れても良いが、これがあの戦争の仕組みだった、と捉えるには力不足で食い足りない映画である。

素晴らしい映画でした

投稿日

2008/01/14

レビュアー

忙中有閑

マイケル・ケイン出演作というだけでレンタルしてみたのですが、大変気に入りました。客観的に見ても良い映画だと思いますが、多分に個人的思い入れがあるかもしれません。オハナシは1952年のフランス占領下ベトナムと冒頭に紹介されますが、ここで既に引き込まれてしまいました。私は1952年(昭和27年)の生まれですし、ベトナム戦争は1975年4月に当時の南ベトナムの首都サイゴンが陥落して終戦したことになっているのですが、私が大学を卒業して社会人になったのが1975年の4月でしたから、私にとってアメリカとは、学生時代には常に「ベトナムで戦争しているアメリカ」でしたし、商社に就職してからは常にビジネスの対象、目標でしたし、そして何よりも子供時代に「ビーバーちゃん」「パパ大好き」などのTVホームドラマから「ローマの休日」「風と共に去りぬ」などのハリウッド映画まで、ロマンスとヒューマニズムへの憧れを徹底的に植え付けてくれた大きな存在でもあります。
この映画でマイケル・ケイン演ずるベトナム駐在の年老いたイギリス人記者が、ブレンダン・フレイザー演ずるアメリカ青年に抱いた複雑な感情も決して「一人の女性をめぐる三角関係」などという単純な表現で片付けられるものではありません。2度の世界大戦を通して大英帝国から一介の島国に凋落した英国から流れてきた老ジャーナリストが「フランス植民地」のベトナムで若くて美しい現地人の愛人との「最後の恋」に溺れているところへ、新興の世界覇者アメリカから若く理想に燃えた、しかも実はCIAの回し者でしたたかな野心を秘めた「物静かなアメリカ人(Quiet American)がやって来て愛人を奪われそうになる。知性も教養も愛嬌もある魅力的な女性とは言え所詮「愛人」であり(所詮「植民地」であることと同様に)勝ち目は無い。彼の心に宿ったのは「殺意」だったか?それとも「歴史」を理解する者の「諦念」だったのか?
観客である我々はこの後半世紀の間にアメリカが(少なくともベトナムにおいては)無残にも敗れ去り、当時「ゲリラ」でしかなかった共産軍とそれを後押しした中国の現在の繁栄を知った上でこの映画を観ており、私も個人的にアメリカへの複雑な思いをあらためて心に巡らせながら、マイケル・ケインの悲しみを湛えた名演技を堪能した次第です。

ありふれた三角関係ではない

投稿日

2005/09/20

レビュアー

スターダスト

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ありふれた三角関係の恋愛ドラマで終わっていない。ファウラー(M・ケイン)が旧ヨーロッパ帝国主義、フォング(ドー・ハイ・イエン)がアジアの植民地、パイル(B・フレイザー)がアメリカをそれぞれ象徴されている。その微妙な関係が政治的背景と重なり実に興味深い。

「ハムナプトラ」シリーズなどコメディータッチの作品が多いB・フレイザーであるが、本作品では影ある人物を好演している。テロが発生した直後に負傷者よりも自分のスラックスについた血を気にするところなど、この男の本質をずばりついていてゾォーとさせる。

本作品の撮影監督はクリストファー・ドイル。フィリップ・ノイス監督とは「裸足の1500マイル」(2002)に続き2度目のコンビとなる。優美で情感あふれる映像が素晴らしい。赤を基調にしてフォングを美しく撮っているところなど、ウォン・カーウァイ作品を連想させます。

見なくても良かったかも・・・

投稿日

2006/05/26

レビュアー

akko

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三角関係の話だが、さっぱり理解できなかった。
ファウラーはパイルを殺す必要があった(もしくは、殺されるのを知っていてもパイルに注意をしなかった)のか?フォングを独占する為だろうか?
見終わったあとは、「だから何?」の一言の感想しかなかった。

1〜 5件 / 全10件