1. DVDレンタルTOP
  2. すべてのジャンル
  3. 洋画のDVDレンタル
  4. ドラマのDVDレンタル
  5. SEX アナベル・チョンのこと

SEX アナベル・チョンのこと

SEX アナベル・チョンのことの画像・ジャケット写真

SEX アナベル・チョンのこと / グレース・クェック

全体の平均評価点:(5点満点)

25

全体の平均評価点:

予告編を検索

DVD

旧作

ジャンル :

「SEX アナベル・チョンのこと」 の解説・あらすじ・ストーリー

DVD

旧作

解説・ストーリー

1995年、10時間で251人の男性とセックスするという前人未踏の大記録打ち立て、マスコミに一大センセーションを巻き起こし、その模様を記録したビデオが驚異的な大ヒットとなったポルノ女優アナベル・チョン。南カリフォルニア大学の学生でもある彼女が、なぜこのような記録に挑むに至ったか? このマラソン・セックスの舞台裏と一人の女優の日常に真摯な姿勢で迫ったドキュメンタリー。

「SEX アナベル・チョンのこと」 の作品情報

作品情報

製作年:

1999年

製作国:

アメリカ/カナダ

原題:

SEX: THE ANNABEL CHONG STORY

「SEX アナベル・チョンのこと」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

ユーザーレビュー:25件

入力内容に誤りがあります。

内容をご確認のうえ、修正いただきますようお願いいたします。

  • 入力内容に誤りがあります。

この作品に関するあなたの感想や意見を書いてみませんか?

1〜 5件 / 全25件

射精の瞬間・・女性は男性の「念」をうけるのだ!

投稿日:2006/10/27 レビュアー:tomoko

女性として、沢山の男性とセックスすることは、青春のシンボルとか自分の魅力のバロメーターなんて考えている女性に一言!
本当の話で沢山の男性と性行為をした結果、旦那さんとの間にできた子供が「似ても似つかない」というケースが稀にあるそうです!
人の「念」と簡単にいいますが、たとえばヌード雑誌なり、アダルトビデオなり、不特定多数の男性の性欲・いわゆる「陰の念」をうけた女性はそれを生涯受け続けるといわれています!
映画とは関係のない抹香臭い話ですが、幸せになりたい女性は真似をしないでくださいね!奥さんが処女だった男性の浮気や離婚の確立はかなり低いそうですから・・・!

このレビューは気に入りましたか? 17人の会員が気に入ったと投稿しています

痛すぎて沈没 ネタバレ

投稿日:2007/06/18 レビュアー:武蔵野婦人

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

この映画を見たのち、毎晩のように見ていた映画が見れなくなりました。DISCASのレビューもかけなくなり、しばし沈没。

やっと復活できたのは、1ヵ月後。ふぅ。

どうにも処理しきれない、多くの感情のささくれを残した映画。10時間で251人とセックスというと、エロな好奇心を刺激されるかと思いきや、全編を通してただ痛い、痛い心の傷を残しただけの映画でした。いやはや。参ったな。

この痛さの根源にあるのは、やはりアナベル・チョンというシンガポール生まれのアジアの女の子の風貌と肢体が、西欧のセックス産業という場所にあまりに不釣合いであること。貧乳でやせすぎ。単に典型的なアジアの顔つきが珍しがられただけで、美しいとはお世辞にも言えないアナベルは、最初ひとめ見ただけで「生育過程で複雑なコンプレックスを抱え込んでいて、精神的にかなり不安定」であることが見てとれる女の子。
そうだなあ。風貌はバランスが崩れちゃった松田聖子。しゃべり方は宇多田ヒカルにそっくり。見ているだけでこちらも不安になってしまう。

進むに従い、彼女が育ったシンガポールという土壌の、性に対する異常なまでの厳格さや、そこから逃げるように飛び出した先のロンドンで6人に輪姦されたことなどが見えてくる。

こうしたいくつものナイフの刃を抱えもっていた女の子が、どこかで「学問としてセックスを研究する」ことと、「フェミニズムの視点から、女性は自分の性を自分の意思で売り物にすることができる」という、ゆがんだ正論を手に入れてしまったとき。
その正論は、結局「女性の性を食い物にするセックス業界」にいいように利用されただけ、という最悪の結末になっちゃったわけで。

結局、外の世界に向けて隠し持っていたはずのナイフの刃で、彼女は自分自身をずたずたにしちゃった、。。。ってなことなのねえ。最後のほうの自傷シーンはほんとにやりきれない気持ちが残ります。

イロモノ的に面白く見れる人もいるかもしれません。
また、かなり意図的にアナベルのストーリーを構成しすぎているあざとさも垣間見える。本当のところ、ここまで痛い状態だったのかもよくわかりません。
でも、私は思うところがありすぎて痛すぎる。
アナベルの記録は、すぐにアメリカ人の女の子に塗り替えられちゃうわけですが、10時間で300人! って記録を打ち立てたポルノ女優のほうが、数倍安心してみていられます。

アナベル・チョンはこの映画のあと、ポルノ業界に戻りますが、その後この芸名を捨てて、いまはコンピュータ系の会社で普通に働いているそうです。
今年、シンガポールでこの映画が舞台化されるというニュースが流れました。性の規制が厳しかったこの国で、これはかなりのニュースになったのだとか。いまだに、アナベルを国の恥だという人もいる中、改めて彼女の軌跡をたどることで、女性性について考えようってことなのかもしれませんが。
この舞台に関しても、アナベルは沈黙を守って、一切表には登場していないそうです。アナベル・チョンというポルノ女優の自分とは、永久に決別した、ということでしょうか。

そんな部分も含めて、消化しきれないものが数多く残ってしまったこの映画。見てよかったのか、見なきゃよかったのかようわからん。とりあえず、沈没からは抜け出したのでレビュー書いておきます。

このレビューは気に入りましたか? 14人の会員が気に入ったと投稿しています

単なるポルノ映画でなく、ドキュメンタリー。

投稿日:2003/05/27 レビュアー:angel

アナベル・チョン。どことなく松田聖子に似てる。10時間で251人
の男性とセックスをし、世界記録を樹立したポルノ女優である。10時
間でなどというと、単なるポルノ映画かと言えば、その裏に隠された彼
女の女性としての葛藤を描くドキュメンタリー映画なのである。
彼女は、本当の意味でのフェミニズムというものに大いに懐疑的な女性
で、彼女はその苦悩に真正面から直面することになっていく。本名のグ
レース・クェックである自分とアナベル・チョンである自分の間で揺れ
動く、女性の弱さとアジア系のそれとが、彼女の中で存在する。だか
ら、説得力がある映画だった。彼女の記録を破るアメリカ人ポルノ女優
が現れるが、アナベルはセックスが好きなだけのバカ女ではなく、セッ
クスというものを非常に客観的に見ていることに驚かされた。



このレビューは気に入りましたか? 14人の会員が気に入ったと投稿しています

愛もなければ憎しみもない ネタバレ

投稿日:2007/07/10 レビュアー:parole

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

武蔵野婦人さんのレビューを読んで興味を抱いた『SEX アナベル・チョンのこと』を鑑賞。作品の概要やその感想に関しては武蔵野婦人さんのレビューに非常にうまくまとめられているので是非参照していただきたいと思うが、私には「かなり意図的にアナベルのストーリーを構成しすぎているあざとさ」ばかりが気になってしまった作品だった。

10時間で251人とセックスすると言う当時の世界記録を樹立。フェミニズムを専攻する、教授にも認められた知性の持ち主。保守的なシンガポールに生まれた華僑で、その環境から逃れるためにイギリスとアメリカを渡り歩き、ロンドン時代に輪姦された経験あり。本物のセックス好きで、出演したビデオでも演技ではなく本気で感じていた。自傷癖がある。

本作で提示される彼女こうした属性は、もし本当にアナベル・チョンという世界記録を打ち立てたポルノ女優が実在したのなら、恐らく事実なのだろうと思う。日本人の感覚からすれば三ヶ国を渡り歩いた東洋人のポルノ女優と言うのは今一つ実感が伴わないと思うが、華僑による人工的なコスモポリタン国家シンガポールの出自ならこれもあり得ない話ではないだろう。しかし、これらの要素が余りに整然とし過ぎていてまさに「意図的に」「ストーリーを構成」するあざとさばかりが鼻に付いてしまい、「記録映画」としてもと「教養番組」としても、もちろん「ドキュメンタリー作品」としても素直に楽しむことができないのだ。

武蔵野婦人さんが指摘されている通り、また上述の彼女のエピソードからもわかる通り、アナベル・チョンという人物像も彼女が辿った経歴も実は相当に痛い。作中では演出や構成故か、あるいはそもそも彼女がそんな人物なのかはわからないがその「痛み」を自身が口にすることは殆ど無いので、逆により強くその「痛み」を感じてしまうほどなのだが、監督のガフ・リュイスはその「痛み」自身を表出させることよりも、その現実を説明することばかりに終始している。かといって容易には言い尽くせぬ原因を解明すべくアナベル・チョンに執拗に迫るかというとそう言うわけでもなく、母親を始めとする知人、友人へのインタビューなどにより事実関係(と思われるもの)を提示するばかりなのだ。

穿った見方をするならば、決して自分の内奥を明らかにしようとはしないアナベル・チョンの実体を、彼女自身に踏み込むことはせずにいわば帰納的に明らかにしようとしたと見なせるかもしれないが、だとするならそこで語られることは監督自身のフィルターが色濃く感じられてしまうため、さして面白くもない人間ドキュメンタリー風番組にしかなり得ていない。要するに、言葉で論理的に筋道を立てて説明可能な程度のことを、「証人」のコメントによって立証しているに過ぎない。

ドキュメンタリー作品において本当に必要で、私たちが、少なくとも私自身が観たいのは、監督の解釈ではない。それがあってもいいとは思うが、答えとして提示するのではなく、一つの見解として提示するに留めるべきだろう。そうではなくて、決して単線的に了解することはできないし、そもそも了解、理解などと言った解決が見出せないような事柄に対しその異物感をも提示しうるのがドキュメンタリーの価値であり有効性なのではないだろうか?

こういった観点に立つなら、アナベル・チョンという人物は10時間で251人とセックスしたというスキャンダラスな事実以上に、いやこうした週刊誌ネタを遙かに超えた奥行きと闇を抱えた人物であると感じられたのでとても残念だと思う。

このレビューは気に入りましたか? 10人の会員が気に入ったと投稿しています

確かにドキュメンタリーでした。

投稿日:2006/02/07 レビュアー:ちゃい

本当に興味本位で借りてみたのですが、一人の女の生き様みたいな感じの仕上がりになってました。
エロさはあまりない、ドキュメンタリー。(まあ251人と10時間続けてSEXといううたい文句は別にして・・・)

これはただの個人的な感傷なのですが。
アナベル・チョンが私の昔のルームメイトのサチコに見えてしょうがなかったです。
サチコはとても頭が良く、アメリカの大学を出て日本の有名企業に就職していました。
彼女は部屋にすぐオトコを連れて帰ります。
毎回違うオトコでした。
彼女の部屋は真っ赤なソファベッドに真っ赤なベッドシーツ。そして真っ赤なカーテン。壁には赤いバラの造花だらけ。
私の母は彼女の部屋を一目見て言いました。
「まるで娼婦の部屋みたい」

サチコもアナベル・チョンも決してバカな女ではないと思います。でも、二人とも結果は同じ。自分の母親を泣かせて、自分自身も精神的に傷つきました。
私はどちらも正しいとは思えません。
この映画は、サチコを思い出して、つらい気分になりました。

このレビューは気に入りましたか? 9人の会員が気に入ったと投稿しています

1〜 5件 / 全25件

SEX アナベル・チョンのこと

ユーザーレビュー

入力内容に誤りがあります。

内容をご確認のうえ、修正いただきますようお願いいたします。

  • 入力内容に誤りがあります。

ユーザーレビュー:25件

射精の瞬間・・女性は男性の「念」をうけるのだ!

投稿日

2006/10/27

レビュアー

tomoko

女性として、沢山の男性とセックスすることは、青春のシンボルとか自分の魅力のバロメーターなんて考えている女性に一言!
本当の話で沢山の男性と性行為をした結果、旦那さんとの間にできた子供が「似ても似つかない」というケースが稀にあるそうです!
人の「念」と簡単にいいますが、たとえばヌード雑誌なり、アダルトビデオなり、不特定多数の男性の性欲・いわゆる「陰の念」をうけた女性はそれを生涯受け続けるといわれています!
映画とは関係のない抹香臭い話ですが、幸せになりたい女性は真似をしないでくださいね!奥さんが処女だった男性の浮気や離婚の確立はかなり低いそうですから・・・!

痛すぎて沈没

投稿日

2007/06/18

レビュアー

武蔵野婦人

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

この映画を見たのち、毎晩のように見ていた映画が見れなくなりました。DISCASのレビューもかけなくなり、しばし沈没。

やっと復活できたのは、1ヵ月後。ふぅ。

どうにも処理しきれない、多くの感情のささくれを残した映画。10時間で251人とセックスというと、エロな好奇心を刺激されるかと思いきや、全編を通してただ痛い、痛い心の傷を残しただけの映画でした。いやはや。参ったな。

この痛さの根源にあるのは、やはりアナベル・チョンというシンガポール生まれのアジアの女の子の風貌と肢体が、西欧のセックス産業という場所にあまりに不釣合いであること。貧乳でやせすぎ。単に典型的なアジアの顔つきが珍しがられただけで、美しいとはお世辞にも言えないアナベルは、最初ひとめ見ただけで「生育過程で複雑なコンプレックスを抱え込んでいて、精神的にかなり不安定」であることが見てとれる女の子。
そうだなあ。風貌はバランスが崩れちゃった松田聖子。しゃべり方は宇多田ヒカルにそっくり。見ているだけでこちらも不安になってしまう。

進むに従い、彼女が育ったシンガポールという土壌の、性に対する異常なまでの厳格さや、そこから逃げるように飛び出した先のロンドンで6人に輪姦されたことなどが見えてくる。

こうしたいくつものナイフの刃を抱えもっていた女の子が、どこかで「学問としてセックスを研究する」ことと、「フェミニズムの視点から、女性は自分の性を自分の意思で売り物にすることができる」という、ゆがんだ正論を手に入れてしまったとき。
その正論は、結局「女性の性を食い物にするセックス業界」にいいように利用されただけ、という最悪の結末になっちゃったわけで。

結局、外の世界に向けて隠し持っていたはずのナイフの刃で、彼女は自分自身をずたずたにしちゃった、。。。ってなことなのねえ。最後のほうの自傷シーンはほんとにやりきれない気持ちが残ります。

イロモノ的に面白く見れる人もいるかもしれません。
また、かなり意図的にアナベルのストーリーを構成しすぎているあざとさも垣間見える。本当のところ、ここまで痛い状態だったのかもよくわかりません。
でも、私は思うところがありすぎて痛すぎる。
アナベルの記録は、すぐにアメリカ人の女の子に塗り替えられちゃうわけですが、10時間で300人! って記録を打ち立てたポルノ女優のほうが、数倍安心してみていられます。

アナベル・チョンはこの映画のあと、ポルノ業界に戻りますが、その後この芸名を捨てて、いまはコンピュータ系の会社で普通に働いているそうです。
今年、シンガポールでこの映画が舞台化されるというニュースが流れました。性の規制が厳しかったこの国で、これはかなりのニュースになったのだとか。いまだに、アナベルを国の恥だという人もいる中、改めて彼女の軌跡をたどることで、女性性について考えようってことなのかもしれませんが。
この舞台に関しても、アナベルは沈黙を守って、一切表には登場していないそうです。アナベル・チョンというポルノ女優の自分とは、永久に決別した、ということでしょうか。

そんな部分も含めて、消化しきれないものが数多く残ってしまったこの映画。見てよかったのか、見なきゃよかったのかようわからん。とりあえず、沈没からは抜け出したのでレビュー書いておきます。

単なるポルノ映画でなく、ドキュメンタリー。

投稿日

2003/05/27

レビュアー

angel

アナベル・チョン。どことなく松田聖子に似てる。10時間で251人
の男性とセックスをし、世界記録を樹立したポルノ女優である。10時
間でなどというと、単なるポルノ映画かと言えば、その裏に隠された彼
女の女性としての葛藤を描くドキュメンタリー映画なのである。
彼女は、本当の意味でのフェミニズムというものに大いに懐疑的な女性
で、彼女はその苦悩に真正面から直面することになっていく。本名のグ
レース・クェックである自分とアナベル・チョンである自分の間で揺れ
動く、女性の弱さとアジア系のそれとが、彼女の中で存在する。だか
ら、説得力がある映画だった。彼女の記録を破るアメリカ人ポルノ女優
が現れるが、アナベルはセックスが好きなだけのバカ女ではなく、セッ
クスというものを非常に客観的に見ていることに驚かされた。



愛もなければ憎しみもない

投稿日

2007/07/10

レビュアー

parole

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

武蔵野婦人さんのレビューを読んで興味を抱いた『SEX アナベル・チョンのこと』を鑑賞。作品の概要やその感想に関しては武蔵野婦人さんのレビューに非常にうまくまとめられているので是非参照していただきたいと思うが、私には「かなり意図的にアナベルのストーリーを構成しすぎているあざとさ」ばかりが気になってしまった作品だった。

10時間で251人とセックスすると言う当時の世界記録を樹立。フェミニズムを専攻する、教授にも認められた知性の持ち主。保守的なシンガポールに生まれた華僑で、その環境から逃れるためにイギリスとアメリカを渡り歩き、ロンドン時代に輪姦された経験あり。本物のセックス好きで、出演したビデオでも演技ではなく本気で感じていた。自傷癖がある。

本作で提示される彼女こうした属性は、もし本当にアナベル・チョンという世界記録を打ち立てたポルノ女優が実在したのなら、恐らく事実なのだろうと思う。日本人の感覚からすれば三ヶ国を渡り歩いた東洋人のポルノ女優と言うのは今一つ実感が伴わないと思うが、華僑による人工的なコスモポリタン国家シンガポールの出自ならこれもあり得ない話ではないだろう。しかし、これらの要素が余りに整然とし過ぎていてまさに「意図的に」「ストーリーを構成」するあざとさばかりが鼻に付いてしまい、「記録映画」としてもと「教養番組」としても、もちろん「ドキュメンタリー作品」としても素直に楽しむことができないのだ。

武蔵野婦人さんが指摘されている通り、また上述の彼女のエピソードからもわかる通り、アナベル・チョンという人物像も彼女が辿った経歴も実は相当に痛い。作中では演出や構成故か、あるいはそもそも彼女がそんな人物なのかはわからないがその「痛み」を自身が口にすることは殆ど無いので、逆により強くその「痛み」を感じてしまうほどなのだが、監督のガフ・リュイスはその「痛み」自身を表出させることよりも、その現実を説明することばかりに終始している。かといって容易には言い尽くせぬ原因を解明すべくアナベル・チョンに執拗に迫るかというとそう言うわけでもなく、母親を始めとする知人、友人へのインタビューなどにより事実関係(と思われるもの)を提示するばかりなのだ。

穿った見方をするならば、決して自分の内奥を明らかにしようとはしないアナベル・チョンの実体を、彼女自身に踏み込むことはせずにいわば帰納的に明らかにしようとしたと見なせるかもしれないが、だとするならそこで語られることは監督自身のフィルターが色濃く感じられてしまうため、さして面白くもない人間ドキュメンタリー風番組にしかなり得ていない。要するに、言葉で論理的に筋道を立てて説明可能な程度のことを、「証人」のコメントによって立証しているに過ぎない。

ドキュメンタリー作品において本当に必要で、私たちが、少なくとも私自身が観たいのは、監督の解釈ではない。それがあってもいいとは思うが、答えとして提示するのではなく、一つの見解として提示するに留めるべきだろう。そうではなくて、決して単線的に了解することはできないし、そもそも了解、理解などと言った解決が見出せないような事柄に対しその異物感をも提示しうるのがドキュメンタリーの価値であり有効性なのではないだろうか?

こういった観点に立つなら、アナベル・チョンという人物は10時間で251人とセックスしたというスキャンダラスな事実以上に、いやこうした週刊誌ネタを遙かに超えた奥行きと闇を抱えた人物であると感じられたのでとても残念だと思う。

確かにドキュメンタリーでした。

投稿日

2006/02/07

レビュアー

ちゃい

本当に興味本位で借りてみたのですが、一人の女の生き様みたいな感じの仕上がりになってました。
エロさはあまりない、ドキュメンタリー。(まあ251人と10時間続けてSEXといううたい文句は別にして・・・)

これはただの個人的な感傷なのですが。
アナベル・チョンが私の昔のルームメイトのサチコに見えてしょうがなかったです。
サチコはとても頭が良く、アメリカの大学を出て日本の有名企業に就職していました。
彼女は部屋にすぐオトコを連れて帰ります。
毎回違うオトコでした。
彼女の部屋は真っ赤なソファベッドに真っ赤なベッドシーツ。そして真っ赤なカーテン。壁には赤いバラの造花だらけ。
私の母は彼女の部屋を一目見て言いました。
「まるで娼婦の部屋みたい」

サチコもアナベル・チョンも決してバカな女ではないと思います。でも、二人とも結果は同じ。自分の母親を泣かせて、自分自身も精神的に傷つきました。
私はどちらも正しいとは思えません。
この映画は、サチコを思い出して、つらい気分になりました。

1〜 5件 / 全25件