カリスマ

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カリスマ / 役所広司

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「カリスマ」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

刑事・藪池は、犯人と人質を両方生かそうとして両方死なせてしまう。心に深い傷を負った藪池は、心の傷を癒そうとふらりと入った森で一本の木に出会う。それは、根から分泌する毒素によって周りの木々をすべて枯らしてしまう不思議な木“カリスマ”だった。周辺ではそのカリスマを巡り、森全体のために伐採を主張する者と、カリスマを守ろうとする者とが激しい闘争を繰り広げていた。「CURE」の黒沢清監督が真に自由に生きることの意味を問うた人間ドラマ。

「カリスマ」 の作品情報

作品情報

製作年: 1999年
製作国: 日本
原題: CHARISMA

「カリスマ」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

キャスト・スタッフ

監督: 黒沢清
製作総指揮: 中村雅哉池口頌夫
出演: 役所広司池内博之大杉漣洞口依子戸田昌宏

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1〜 5件 / 全23件

映画終了直後から映画との格闘が始まる。 ネタバレ

投稿日:2007/06/16 レビュアー:JUCE

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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これはまたどんなジャンルとも言えないなんとも形容しがたい映画です。着想は『インディー・ジョーンズ』で「一本の宝の木を巡っての奪い合いを描く」とのことですが、黒沢作品ですので勿論そんなすっきりとした映画ではありません。
ただしラストシーンを見るまでは不可解な部分や寓意的な描写はあるものの、黒沢作品としては見易く、ストーリーにも着いて行けます。いや、付いて行っていたつもりという方が正解かも知れません。

でもやはりこの映画すんなりとは終わりません。ある意味衝撃的なラストシーンです。ここでこれまでこの映画を見てきた視線を一気に突き崩されてしまいます。???えっ、何故。この映画との真の戦いはそのラストシーンを見終わってから始まります。その手法はミヒャエル・ハネケ監督の『隠された記憶』やフランソワ・オゾン監督の『スイミング・プール』に近いものがありますが、この二つは実際の人物や事象を巡って思考を巡らすというものです。それに対して本作は監督の寓意の裏にあるものを読み取るということに挑戦することになります。

とても刺激的な映画です。


以下ネタバレ(解釈)

以下は私なりの解釈が、二通りの解釈をしました。
ひとつの解釈は『神の視点』。役所演じる藪池は神なのではという考えです。この神は一神教的な絶対神ではなく、複数の神のうちの一人です。地上の様々な争いや悲劇を見る神(主人公)は全ての人々の幸福を願うがそれぞれの利害やそれぞれの願望により自分の無力さに悩んでいた。失意のうちに神はカリスマと崇められる自分の分身の神木のもとに降り立つ。そしてその自分の分身を巡る人々の争い(世界の縮図)を目の当たりにし悟りを開く、「あるがままを受け入れる」と。それまで小さな不幸はありながらも曲がりなりにも神の意思、介入によって均衡を保ってきた世界は、その神の呪縛から解き放たれ、「己の生きる為に他を殺す」という本来の摂理に立ち返った世界へと動き始めた。というのがまず一点。この“主人公”=“神”説をとると様々な符号が一致します。主人公こそが世界の法則なのです。

もうひとつは「世界の中心はどこか」と考えた場合にその答えは自分自身であることを指し示したものではないかということ。最初はカリスマという木を中心に人々が回っていますが、主人公が“悟り”を開き始めると、主人公を中心に世界が動き始めます。悟りきった時には森が世界の中心となり、かれの周りには秩序が生まれます。しかし彼という秩序を失った街はどうなっているのかというのがラストに繋がっているという解釈も出来るかとも思います。

ただしこれはあくまでも私のなかでの解釈で正解などもともと無いのかも知れません。ただ映画を租借して自分の世界を構築する。それが出来ることが黒沢清監督の作品の魅力の一つなのではないでしょうか。


注意:かなり画質が悪いです。フィルムを原版としてDVDを作るのでは無く、おそらくアナログダビングを繰り返したコピーのベータカムあたりから映像をデジタイズしているのではないでしょうか。ちょっと画質が悪くて映画の乾いた空気感が失われてしまっているのが残念です。

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生きようとする力と殺そうとする力。妄想か夢か現実か。 ネタバレ

投稿日:2009/03/01 レビュアー:pokorou

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JUCEさんのお勧めで鑑賞しました。

黒沢作品はJUCEさんのお勧めで数本鑑賞していたので、
「わからない」で、済まさず、狙いを探す旅に出てる気分で観ています。

本作の詳細は書き切れませんので、私なりの解釈のみで失礼します。

役所広司は現実の自分に疲れ果て、家庭を捨て旅に出た。
タクシーを降り、バス停でバスを待つ。
あのバス停はすでにバスの止まらない、ただの、バス停の表示があるだけだったのではないか?もう、この時点で彼は現実世界から逃避してしまっているように感じた。
森の中で起こる様々な出来事。生かす、殺す。木だけの問題では無く、森=組織、木=人間、であり、現実社会と同じような争いが起こる。
巻き込まれてる様にも思えるが、どちら側でも無く、気の向くままに行動をする役所広司。

一難去って又一難。誰を信じる?何を信じる?どれが真実?
私は考えてみたが、役所広司は考えてる様子は無い。

いたって冷静。悟りを開いたのか?

森で起こった様々な出来事。
現実の世界は・・・?

ラストシーンは何とも言い難い映像でした。

これが黒沢ワールドか・・・

考えろ。考えてみろ。答えは出たか?

まるで挑戦状だ・・・


JUCEさん、ハマりそうですw


                pokorou ^−^;

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森=組織、木=個人という隠喩なのか?? ネタバレ

投稿日:2008/09/08 レビュアー:ムーミンママ

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黒沢清監督ファンのJUCEさんのお勧めで見た本作。

「CURE」のような怖い作品かと思ったら、ちょっと違うジャンルなのですね。
怖いというより、心がざわざわする作品ですね。

カリスマと呼ばれる1本の木。
この木が生きようとすればするほど、森が死んでしまうと言う・・・
カリスマと森の共生はできないのか?

事件の容疑者と被害者を死なせてしまって
進むべき道を見失った刑事に役所広司。
ふとたどり着いた森でカリスマと呼ばれる木と
その木をめぐり対立する人々に出会い
カリスマの木と森の共生を願う。

独特の不思議な世界で、全ての事柄の意味は理解できないものの
インパクトの強さは充分です。

私の目には、森と木の共生を願う役所広司演じる藪池の姿が
組織と個人の関係を模索する一人の男に映ります。
組織の中でどこまで個を貫き大切にすることができるのか?
組織と個を共生させるためには、一度既存のものを壊して
新たな道を探らねばならないのか?

もしかしたら、森での出来事は全て
刑事藪池の心の闇の中の物語なのかも・・・
なんて思えてもきたりしています。

でも、本当のところはよくわかりません。
貴方はどう解釈をされますか?

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なんにアテハメても、なんとなくハマる!だって人間だもの←?

投稿日:2012/02/23 レビュアー:KASPAR

黒沢きよっさん作品を観ていっております!
今回は、「CURE」と並ぶ代表作とされてる「カリスマ」を観てみました♪

ふむふむ!なるほどっ!タガを外したい欲求映画ですか?ま、面白かったです(°∀°)b

カリスマさん♪
カリスマさん♪
カリスマさんって、なんですか?

宗教とか主義とか国家とか、集団が拠り所とする法則的なるものの象徴として、
人それぞれ思いつくものに置き換えてみるのが面白い観方かも知んないっすね!

自分は、社会主義とソ連(院長)と中国(桐山)
資本主義とアメリカ(神保)と日本(藪池)なんつー風に置き換えて観ました!

うん、何に置き換えても結構ハマるやん!
まぁ、象徴的なるもんなので、人間が拠り所とするものの何に置き換えてもハマるのは当然っすね。
それが人間の集団、いわゆる社会の法則っすもんね((φ(・д・。)ふむふむ

混沌覚悟で、その拠り所をぽーんっと取っ払っちゃいたい衝動(自由への渇望)に駆られた映画が本作ということっすかね?
ある意味これは、「自由」とはなんぞや?映画ということも出来るかも知れないっすね((φ(・д・。)ふむふむ

拠り所(基準となる法則や思想)がある時点で、それは自由ではない(自由は存在しない)
ともいえるけれども、拠り所がなくなると、「自由」という概念そのものが無くなり、
そこにあるのは、(拠り所が在る社会における)「混沌」という概念に近いものになるっつーね((φ(・д・。)

そーんなかんじの話しなのかもね〜っと、ふわっと考えてみたりしました←
最近忙しいので、ふわっとした感じ以上のことは考えなかったっすけど、うん、オモロかったです♪

オススメは・・・どうっすかね〜・・・面白いけど、結構好き嫌い分かれるかも・・・

個人的満足度 72点! オススメ度 65点!

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ボタンを掛け違えた喜劇 ネタバレ

投稿日:2008/02/19 レビュアー:べっち

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  「タイム・オブ・ザ・ウルフ」(ハネケ)を観てこれを観てちょっと疲れたから「機械仕掛けの小児病棟」を見たんだけどハズレ。っで口直しに「叫」を観たアチキは変態でしょうか。だって黒沢清なら安心して観られるんだもん。
  安心して「ヘンなもん」を見せてくれるって。

  さて「カリスマ」。製作が1999年、「回路」の直前だそうな。今回再見して、へぇぇ、こんなに洗練された作品をそのころ撮ってたんだ、とクロサワ(清)ビギナーのアチキは思ったわけであります。もっともこれのもと脚本がサンダンスで認められたらしいんで、相当練りこまれたホンなのかもしれない(と推測が多いのも、具体的なプロセスを知らないからで、もと脚本からどれくらいの改変があるのかも知らずに書いております)。
  初めて観たのはクロサワ作品に接触しだしたころで、同時期に観た「ドッペルゲンガー」にはまだコメディとしてついていけたものの、本作についてはメモも残していない。なんか変な木をめぐるヘンな人たちの話という印象しかなく、ラストシーンすら覚えていなかった。

  そして再見、いやぁたのしかった。

  のっけから、上司にたたき起こされて気を付けする役所広司、なんだもん。しかもあの画面構成。黒枠に開いた扉、そこに立つ役所とその上司はまるで漫才コンビ、しかも背景音はなんとタイプライター。うっひゃぁ、ありえねぇぇぇ、とのけぞってしまいました。

  クロサワ作品のたのしみの一つに、ジャンルいじりがあると思う。ジャンルの枠を超えた、とかジャンルを破壊するとかではなくて、はっきりジャンルというものを意識した上でその境界線の上で遊ぶ、というような。
  顕著なのが「叫」で、まるでドリフのコントのようなシーンを入れるのだけれども、観客としてはそこで笑っていいのか怖がっていいのか混乱し思考が一瞬フリーズする。さすがに何度も見れば固まることこそ無いけれども、笑いと恐怖とが混沌としたあの感覚はなんともクセになる。

(以下若干のネタバレがあります)

  本作も基本的に受ける印象はコメディだ。森でキノコを拾って(あ、コラ!)喰って(だめだって!)陽気になっちゃう役所広司、森の中をラデツキー行進曲を歌いながら歩いてるさまは見ていて不気味に愉しげ。そういえば主役二人が藪池(役所広司)、桐山(池内博之)と木に関係した苗字なのもそれっぽい。
  廃墟となった「グランドホテル(実は療養所)」でぶっ倒れている藪池が「魂を抜かれる」シーンも、恐怖を演出しているようでいて、実はマッドサイエンティストもののパロディとなっている(特に背景音はまるでウルトラQのよう)。

  だが微妙に笑えない。笑おうとする顔はこわばってしまう。そう、正確に五ミリほど笑いのツボをはずされている、そんな気がする。

  たとえば冒頭、藪池が気を付けをして上司にしかられているシーン。たしかに可笑しい、可笑しいのだけれども何かがおかしい。違和感だけではない、なにかもっと別のものが・・・・

  舞台が森にうつりそれはだんだんとはっきりしてくる。終末「感」とでも言うような空気。
  多くのクロサワ作品で感じる「ここは実はあの世ではないのか」という雰囲気を、オチというよりも舞台設定として濃厚に感じる。
  そう、あの世で演じられる喜劇はこちら側にいるものにとっては笑いのセンスが微妙に違う。そして希望の無い世界で語られる希望はどこか可笑しいのだが、しかしその可笑しさを感じる「器官」をアチキは持たない。

  あのラストを蛇足だと思うのもそんな理由からだ。あれさえなければこの映画をもっと純粋に楽しめたのに。
  あの世の喜劇、というめったに観られないものを鑑賞するという経験を。

  少なくとも今はそう位置づけてるわけだが、またしばし他のクロサワ作品めぐりをしてここにも再び立ち寄ることだろう。
  そのときアチキはどんな印象を持つのだろうか。

  そのときが今からたのしみだ。

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カリスマ

ユーザーレビュー

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映画終了直後から映画との格闘が始まる。

投稿日

2007/06/16

レビュアー

JUCE

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これはまたどんなジャンルとも言えないなんとも形容しがたい映画です。着想は『インディー・ジョーンズ』で「一本の宝の木を巡っての奪い合いを描く」とのことですが、黒沢作品ですので勿論そんなすっきりとした映画ではありません。
ただしラストシーンを見るまでは不可解な部分や寓意的な描写はあるものの、黒沢作品としては見易く、ストーリーにも着いて行けます。いや、付いて行っていたつもりという方が正解かも知れません。

でもやはりこの映画すんなりとは終わりません。ある意味衝撃的なラストシーンです。ここでこれまでこの映画を見てきた視線を一気に突き崩されてしまいます。???えっ、何故。この映画との真の戦いはそのラストシーンを見終わってから始まります。その手法はミヒャエル・ハネケ監督の『隠された記憶』やフランソワ・オゾン監督の『スイミング・プール』に近いものがありますが、この二つは実際の人物や事象を巡って思考を巡らすというものです。それに対して本作は監督の寓意の裏にあるものを読み取るということに挑戦することになります。

とても刺激的な映画です。


以下ネタバレ(解釈)

以下は私なりの解釈が、二通りの解釈をしました。
ひとつの解釈は『神の視点』。役所演じる藪池は神なのではという考えです。この神は一神教的な絶対神ではなく、複数の神のうちの一人です。地上の様々な争いや悲劇を見る神(主人公)は全ての人々の幸福を願うがそれぞれの利害やそれぞれの願望により自分の無力さに悩んでいた。失意のうちに神はカリスマと崇められる自分の分身の神木のもとに降り立つ。そしてその自分の分身を巡る人々の争い(世界の縮図)を目の当たりにし悟りを開く、「あるがままを受け入れる」と。それまで小さな不幸はありながらも曲がりなりにも神の意思、介入によって均衡を保ってきた世界は、その神の呪縛から解き放たれ、「己の生きる為に他を殺す」という本来の摂理に立ち返った世界へと動き始めた。というのがまず一点。この“主人公”=“神”説をとると様々な符号が一致します。主人公こそが世界の法則なのです。

もうひとつは「世界の中心はどこか」と考えた場合にその答えは自分自身であることを指し示したものではないかということ。最初はカリスマという木を中心に人々が回っていますが、主人公が“悟り”を開き始めると、主人公を中心に世界が動き始めます。悟りきった時には森が世界の中心となり、かれの周りには秩序が生まれます。しかし彼という秩序を失った街はどうなっているのかというのがラストに繋がっているという解釈も出来るかとも思います。

ただしこれはあくまでも私のなかでの解釈で正解などもともと無いのかも知れません。ただ映画を租借して自分の世界を構築する。それが出来ることが黒沢清監督の作品の魅力の一つなのではないでしょうか。


注意:かなり画質が悪いです。フィルムを原版としてDVDを作るのでは無く、おそらくアナログダビングを繰り返したコピーのベータカムあたりから映像をデジタイズしているのではないでしょうか。ちょっと画質が悪くて映画の乾いた空気感が失われてしまっているのが残念です。

生きようとする力と殺そうとする力。妄想か夢か現実か。

投稿日

2009/03/01

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pokorou

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JUCEさんのお勧めで鑑賞しました。

黒沢作品はJUCEさんのお勧めで数本鑑賞していたので、
「わからない」で、済まさず、狙いを探す旅に出てる気分で観ています。

本作の詳細は書き切れませんので、私なりの解釈のみで失礼します。

役所広司は現実の自分に疲れ果て、家庭を捨て旅に出た。
タクシーを降り、バス停でバスを待つ。
あのバス停はすでにバスの止まらない、ただの、バス停の表示があるだけだったのではないか?もう、この時点で彼は現実世界から逃避してしまっているように感じた。
森の中で起こる様々な出来事。生かす、殺す。木だけの問題では無く、森=組織、木=人間、であり、現実社会と同じような争いが起こる。
巻き込まれてる様にも思えるが、どちら側でも無く、気の向くままに行動をする役所広司。

一難去って又一難。誰を信じる?何を信じる?どれが真実?
私は考えてみたが、役所広司は考えてる様子は無い。

いたって冷静。悟りを開いたのか?

森で起こった様々な出来事。
現実の世界は・・・?

ラストシーンは何とも言い難い映像でした。

これが黒沢ワールドか・・・

考えろ。考えてみろ。答えは出たか?

まるで挑戦状だ・・・


JUCEさん、ハマりそうですw


                pokorou ^−^;

森=組織、木=個人という隠喩なのか??

投稿日

2008/09/08

レビュアー

ムーミンママ

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黒沢清監督ファンのJUCEさんのお勧めで見た本作。

「CURE」のような怖い作品かと思ったら、ちょっと違うジャンルなのですね。
怖いというより、心がざわざわする作品ですね。

カリスマと呼ばれる1本の木。
この木が生きようとすればするほど、森が死んでしまうと言う・・・
カリスマと森の共生はできないのか?

事件の容疑者と被害者を死なせてしまって
進むべき道を見失った刑事に役所広司。
ふとたどり着いた森でカリスマと呼ばれる木と
その木をめぐり対立する人々に出会い
カリスマの木と森の共生を願う。

独特の不思議な世界で、全ての事柄の意味は理解できないものの
インパクトの強さは充分です。

私の目には、森と木の共生を願う役所広司演じる藪池の姿が
組織と個人の関係を模索する一人の男に映ります。
組織の中でどこまで個を貫き大切にすることができるのか?
組織と個を共生させるためには、一度既存のものを壊して
新たな道を探らねばならないのか?

もしかしたら、森での出来事は全て
刑事藪池の心の闇の中の物語なのかも・・・
なんて思えてもきたりしています。

でも、本当のところはよくわかりません。
貴方はどう解釈をされますか?

なんにアテハメても、なんとなくハマる!だって人間だもの←?

投稿日

2012/02/23

レビュアー

KASPAR

黒沢きよっさん作品を観ていっております!
今回は、「CURE」と並ぶ代表作とされてる「カリスマ」を観てみました♪

ふむふむ!なるほどっ!タガを外したい欲求映画ですか?ま、面白かったです(°∀°)b

カリスマさん♪
カリスマさん♪
カリスマさんって、なんですか?

宗教とか主義とか国家とか、集団が拠り所とする法則的なるものの象徴として、
人それぞれ思いつくものに置き換えてみるのが面白い観方かも知んないっすね!

自分は、社会主義とソ連(院長)と中国(桐山)
資本主義とアメリカ(神保)と日本(藪池)なんつー風に置き換えて観ました!

うん、何に置き換えても結構ハマるやん!
まぁ、象徴的なるもんなので、人間が拠り所とするものの何に置き換えてもハマるのは当然っすね。
それが人間の集団、いわゆる社会の法則っすもんね((φ(・д・。)ふむふむ

混沌覚悟で、その拠り所をぽーんっと取っ払っちゃいたい衝動(自由への渇望)に駆られた映画が本作ということっすかね?
ある意味これは、「自由」とはなんぞや?映画ということも出来るかも知れないっすね((φ(・д・。)ふむふむ

拠り所(基準となる法則や思想)がある時点で、それは自由ではない(自由は存在しない)
ともいえるけれども、拠り所がなくなると、「自由」という概念そのものが無くなり、
そこにあるのは、(拠り所が在る社会における)「混沌」という概念に近いものになるっつーね((φ(・д・。)

そーんなかんじの話しなのかもね〜っと、ふわっと考えてみたりしました←
最近忙しいので、ふわっとした感じ以上のことは考えなかったっすけど、うん、オモロかったです♪

オススメは・・・どうっすかね〜・・・面白いけど、結構好き嫌い分かれるかも・・・

個人的満足度 72点! オススメ度 65点!

ボタンを掛け違えた喜劇

投稿日

2008/02/19

レビュアー

べっち

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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  「タイム・オブ・ザ・ウルフ」(ハネケ)を観てこれを観てちょっと疲れたから「機械仕掛けの小児病棟」を見たんだけどハズレ。っで口直しに「叫」を観たアチキは変態でしょうか。だって黒沢清なら安心して観られるんだもん。
  安心して「ヘンなもん」を見せてくれるって。

  さて「カリスマ」。製作が1999年、「回路」の直前だそうな。今回再見して、へぇぇ、こんなに洗練された作品をそのころ撮ってたんだ、とクロサワ(清)ビギナーのアチキは思ったわけであります。もっともこれのもと脚本がサンダンスで認められたらしいんで、相当練りこまれたホンなのかもしれない(と推測が多いのも、具体的なプロセスを知らないからで、もと脚本からどれくらいの改変があるのかも知らずに書いております)。
  初めて観たのはクロサワ作品に接触しだしたころで、同時期に観た「ドッペルゲンガー」にはまだコメディとしてついていけたものの、本作についてはメモも残していない。なんか変な木をめぐるヘンな人たちの話という印象しかなく、ラストシーンすら覚えていなかった。

  そして再見、いやぁたのしかった。

  のっけから、上司にたたき起こされて気を付けする役所広司、なんだもん。しかもあの画面構成。黒枠に開いた扉、そこに立つ役所とその上司はまるで漫才コンビ、しかも背景音はなんとタイプライター。うっひゃぁ、ありえねぇぇぇ、とのけぞってしまいました。

  クロサワ作品のたのしみの一つに、ジャンルいじりがあると思う。ジャンルの枠を超えた、とかジャンルを破壊するとかではなくて、はっきりジャンルというものを意識した上でその境界線の上で遊ぶ、というような。
  顕著なのが「叫」で、まるでドリフのコントのようなシーンを入れるのだけれども、観客としてはそこで笑っていいのか怖がっていいのか混乱し思考が一瞬フリーズする。さすがに何度も見れば固まることこそ無いけれども、笑いと恐怖とが混沌としたあの感覚はなんともクセになる。

(以下若干のネタバレがあります)

  本作も基本的に受ける印象はコメディだ。森でキノコを拾って(あ、コラ!)喰って(だめだって!)陽気になっちゃう役所広司、森の中をラデツキー行進曲を歌いながら歩いてるさまは見ていて不気味に愉しげ。そういえば主役二人が藪池(役所広司)、桐山(池内博之)と木に関係した苗字なのもそれっぽい。
  廃墟となった「グランドホテル(実は療養所)」でぶっ倒れている藪池が「魂を抜かれる」シーンも、恐怖を演出しているようでいて、実はマッドサイエンティストもののパロディとなっている(特に背景音はまるでウルトラQのよう)。

  だが微妙に笑えない。笑おうとする顔はこわばってしまう。そう、正確に五ミリほど笑いのツボをはずされている、そんな気がする。

  たとえば冒頭、藪池が気を付けをして上司にしかられているシーン。たしかに可笑しい、可笑しいのだけれども何かがおかしい。違和感だけではない、なにかもっと別のものが・・・・

  舞台が森にうつりそれはだんだんとはっきりしてくる。終末「感」とでも言うような空気。
  多くのクロサワ作品で感じる「ここは実はあの世ではないのか」という雰囲気を、オチというよりも舞台設定として濃厚に感じる。
  そう、あの世で演じられる喜劇はこちら側にいるものにとっては笑いのセンスが微妙に違う。そして希望の無い世界で語られる希望はどこか可笑しいのだが、しかしその可笑しさを感じる「器官」をアチキは持たない。

  あのラストを蛇足だと思うのもそんな理由からだ。あれさえなければこの映画をもっと純粋に楽しめたのに。
  あの世の喜劇、というめったに観られないものを鑑賞するという経験を。

  少なくとも今はそう位置づけてるわけだが、またしばし他のクロサワ作品めぐりをしてここにも再び立ち寄ることだろう。
  そのときアチキはどんな印象を持つのだろうか。

  そのときが今からたのしみだ。

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