一番美しく

「一番美しく」は国策映画として製作された戦意高揚のための作品だ。動員された工場で幾多の困難に挫けそうになりながらも高い増産目標を達成する女学生達の物語で、単独作品としてどうのこうのという代物ではないだろう。もちろん、戦意高揚映画だからすなわち悪いと言うつもりはないけれど、主題(こそが)が重要な黒澤明の場合、主題の善し悪しは作品の善し悪しと非常に近しい関係にあるし、黒澤明には主題とは関係のない映画的なるもの(のみ)で自立できるほどの力強さはないから、まあ致し方ないだろう。

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　軍需工場で働く女子挺身隊員達の姿を描いた話。

　戦時中の国策映画なので登場人物みんなが軍需工場でノルマを一生懸命達成しようとする姿が現代視点で見ると不気味で逆に反戦映画になっている映画でした。

　冒頭から増産指示してそれは精神力で達成されるという鼓舞されて、女子行員たちはなぜ男性たちよりノルマが低いのかもっと上げてくれと訴えて国に尽くしたい兵隊さんたちのために頑張りたいという。

　戦時下で自分を犠牲にして努力して頑張るけれど、時には仲の良かった登場人物たちがぶつかり、故郷の家族が病気だとしても帰ろうとせず、病気になってもそれを隠して勤労に励む。みんながみんな健気でした。

　いっけん大きな事件もなくお国のために頑張る映画ですが、タイトルの意味とかを考えながら見るとまた別の意味を考えさせてくれる映画でした。

戦時中、もんぺ姿の女の子たちがひたすら頑張る姿を追った、いじらしくて可愛い映画です。
しかしどこまでもしつこい演出は黒澤ならでは。2000枚のレンズの中からたった1枚の不良品のレンズを探し出すクライマックスシーンは、見る側までイライラして肩が凝って疲れます。それでヒロインに感情を同調させてしまう、さすがの演出でした。
悪くない内容です。予算も物資も人手もない時代、これだけのものが作れるのですから、映画の良し悪しは本当に制作者の才能ひとつだと思います。

行進する主人公たちの鼓笛隊が急に止まり、「うみゆかば」が短く流れ、「タラワ」「マキン」「クウェゼリン」という文字が黒地の画面に白抜きで大きく挿入される。これらの島々は冷戦時代には米国の核実験が繰り返される場所となったのだけど、本作品製作当時は「玉砕」の戦場でした。その実態は“宝石が砕けて散る”なんていうキラキラしたものじゃなかったようですが。（05年7月NHKスペシャル「僕らは玉砕しなかった」、水木しげる『総員玉砕せよ！』他いろいろ）
映画の進行を断ち切るようなインパクトのあるこの構成は「玉砕」批判かと一瞬勘違いし、思わず拳を握ってしまう。
しかし、これはフィルムの分配を受けるための取り引き、情報局への鼻薬だったのだろうと思い直す。言い換えれば、時局性を最も強く意識した部分。

同時代の目で見れば少女たちの一生懸命さを重ね合わせ、「玉砕」した兵士たちの心情もこの少女たちのように誠心誠意、一生懸命だったのだと「玉砕」を賛美する狙いだっただろうか。
しかし、少女たちは生産性を170％上げるという明確な数値目標を示した限定的なゴールを持っていたのに対して、「玉砕」は戦争の常識を放棄して内向きな精神主義に陥り一種異様な死へと向かったもので、同列に置けるものとも思えない。そのために「玉砕」批判かと思わせますが、「玉砕」に批判的な目が向けられるのは戦後でしょうね。

一方、本作品を「黒澤映画」として鑑賞すると、黒澤を黒澤たらしめている部分が少女たちによって初々しく表現されていると感じる。大体、主人公たちが出勤時に鼓笛隊を組んで行進するのはヒットラーユーゲントを下敷きにしたのかもしれないけど、「夢」で楽器を演奏しながら行進する葬列を描いていたりして、鼓笛隊は結構黒澤的なるもの、かもしれないｗ
絶えざる緊張感、仕事をする人間にオンもオフもない的な切れ目のない責任感、そういう倫理観。これは「七人の侍」や「生きる」だけじゃなく「椿三十郎」とか「赤ひげ」等々を含めて黒澤作品の根底を流れるものじゃあるまいか。
今日びの報道に見る厚労省や防衛省など国の行政機関における職業倫理の弛緩。それとは正反対の心のあり方とでもいうのか。（一部に見られる倫理観の欠如を押し広げて全体を規定しようというつもりはないけど）。
もっとも、過剰な責任感がかえって不都合な結果をもたらすこともある。

「一人一人が立派になれば全体が立派になる」みたいなセリフが本作品にあったような気がするけど、そういう張り詰めた責任感を肯定的に評価することは別に悪いことではない。しかし、それが精神主義にすり替えられ、倫理としてそれ自体が目的化され、達成すべき中味と切り離して無条件に賛美されるときに、たとえば「玉砕」の美化に結び付き得るものだということを一方で冷静に認識することの重要性を、まあいわば反面教師的に示す映画と言えるのかもしれません。
TSUTAYA DISCAS＞レビュー広場＞2007年12月16日（日）午前4時09分

一番美しく（１９４４年、日本・東宝、モノクロ、８５分）

「一番美しく」．．．これは本作に登場する女子挺身隊の乙女たちの、純真なこころの象徴です。
失敗をしながらも素直さを失わず、屈託のない笑顔で乗り超えていく彼女たちの姿に、思わず目頭が熱くなりました。

第二次世界大戦末期の昭和１９年。東亜光学平塚製作所には数十人の女子挺身隊が配属された。戦時非常態勢で、工場に増産強調運動が始まると、女子工員たちは進んで目標の割り増しを申し出る。工場長の石田（志村喬）は彼女たちの積極性を歓迎するが、青年隊長の渡辺ツル（矢口陽子）と寮母の水島先生（入江たか子）にまとめられた彼女たちにも、やがて疲れの兆候が見えてくる。突如、体調を崩して泣く泣く帰郷する者や、陽気な性格ながら不注意で屋根から落ちて怪我をする者等々。残った工員たちも努力を続けるが、生産はなかなか伸びない。状況を心配した渡辺は、気分転換にバレーボールで元気づけさせようとする。さらに鼓笛隊の一糸乱れぬ練習で、彼女たちは青春を燃焼させていった。再び生産力は持ち直すが、ある日、ふとしたことから彼女たちの不満が爆発し、誤解もあって工員同士がいがみ合う事態に陥っていく．．．。

映画の冒頭、「情報局選定　国民映画」の字幕が出ます。「画の文字」は昔の漢字表記です。
日本映画が国家の管理統制下にあった時代だと思いますが、黒澤明監督は、戦意高揚映画として、国内産業維持のため未婚女性を勤労動員した女子挺身隊の姿を描いた作品を作ったのです。

しかし、この映画を観て、単に戦意高揚映画とか、戦禍における何がし．．．そうとしか感じられないとすれば、何とも寂しい鑑賞の仕方ではないかと思うのです。
時代は変われど、描かれている人間の性（サガ）は変わらず、優しさや苦しみ、怒り、そして協力しあうことの大切さ、満足感と幸福感、多くのことを女子工員たちは観客に教えてくれます。

女子工員たちは、仕事が辛いということではなく、女子への生産割り当てが低すぎると嘆いているのです。（映画の最初の部分）結果、男子の３分の２の割り増し目標が与えられると、彼女たちは喜びはしゃぎます。なんと健気なのでしょう。そういうシーンひとつとってみても、素直に映画の良きワンシーンとして受け留めればいいと思うのです。

後に黒澤監督の妻となる矢口陽子の演技は見事でした。
又、女子工員たちを温かく見守る寮母を、入江たか子が肩の力を抜いて演じているように見えます。
調べてみると、彼女は明治４４年生まれで、本作出演時は３３歳でした。そういえば、過日観た「椿三十郎」にも出演していました。

多くの無名新人女優が出演していますが、黒澤監督は実際に彼女たちを「日本光学工業戸塚製作所」に入所させ、寮で生活させながら撮影したといいますから、さすがにリアリティが出ています。
未見の方には是非とも観ていただきたいと、率直に感じた映画でした。