黄昏に燃えて

わが幻想の都市【31】ニューヨーク　

「さよならヘレン」

大きな風車が鳴る。蒸気機関車の汽笛ととともに、重い歯車の響きが聞こえる。前へ。

鐘が鳴る。「昔　知っていた連中を訪ねたい」と、男（ジャック・ニコルスン）は言う。
「昼飯も食わず、７時間働いた」と言う。「昔知ってた連中を訪ねたい。」と。
彼を乗せた二頭立ての馬車の馭者は、「拳（こぶし）」の小さな駆け引きのあと、喧嘩相手をそこで降ろしてやる。
男は、くたびれはてているのだったから。そして、最後の根性を光らせていたから。

馭者は知らぬ。彼は、「拳」を敲き合うボクサーではなく、米国のプロ野球の有名選手であったことを。
彼の心に、「スト破り」と言われた若い日のことが甦る。

「黄昏に燃えて」(1987年、米国、カラー、143年）。
監督は、ヘクトール・バベンコ（1946、アルゼンチン生）。この寡作の監督の名作に「蜘蛛女のキス」（1985）があった。

舞台は、1938年、不況下のニューヨーク。

男が「スト破り」をしたのは、自身より、自分の家族より、若い仕事仲間を守りたかったからだ。
男は、死んだ小さな息子の墓にたどり着く。
ホームレスの救済所に行き、お粥を求め、一泊する。

自分の値打ちは自分で決める。ということは、とても難しい。
貧しくても、友だちがいなくとも、他人から攻撃されても、「おのれ」の責任だけは完全にとるという、「座仏」（そのまま成仏）という覚悟を決めるんだ。
そこから、生きていくしかないんだよ。。

男は、彼のクレド（信条）を、確認する。そして、同じように決めた女と出会う。

「ＲＯＹＡＬ　ＴＹＰＥ　ＷＲＩＴＥＲS」という名の酒場。「上等な作家たち」。
顔の長いマスター（フレッド・グウィン）が、バリトンで、★「忘れられぬ　美しい夢よ　愛する君よ　今まで知らなかった　この気持ち」と歌う。
「いい声だわ」と黒い帽子・黒い服のヘレン（メリル・ストリープ）は、かすれた声で言う。

酔った男（ニコルソン）の周りでは、いつも光り輝く男たちが映る。ギャングたち、彼を野球賭博で食いつぶした、鬼ども。

黒い帽子・黒い服のヘレン（ストリープ）は、歌い始める。彼女は、昔、顔の知られぬラジオ歌手だった。

★「気が滅入り憂鬱な時　彼がその気分を追い払ってくれる　生涯　頼りにできる心の友　誰が何と言おうと　すばらしい友
　あれこれと　指図もせずに　思いどおりにさせてくれる　落ち込んだ時はいつも彼のところへ」

これは、女から男への求愛のソングである。女は死んでしまう。

女は、男に尽くすものではない。男が、女に尽くす。俺は、そう思う。どれほど女に尽くしても足りないのに、女は死んでしまう。
女は、男に決して尽くしてはいけない。なぜか？　男は実にくだらん生きものなのだから。
女は長く生きるべきなのだ。

この映画を見ると、それが逆なので、悲しい。
女の棺を、この男（ニコルスン）が前を担ぐ。俺が後を担ぐ。
とぼとぼと、歩いていく。

★の曲名が分かりません。ご存知のかた、どうかご教示願います。

２０１６年７月１３日、リオデジャネイロ・オリンピックの開幕を待たずして、ブラジルのヘクトール・バベンコ監督が亡くなった。７０歳。合掌。
アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれだが、ブラジルの国籍を取得、同国を拠点に活躍していた。
代表作は何といっても８５年「蜘蛛女のキス」である。
本作は、そのＨ・バベンコ監督作品。

１９３８年１０月、大恐慌時代のニューヨーク州オルバニー。
元ワシントン・セネターズの名三塁手だったフランシス・フェラン（ジャック・ニコルソン）は、今や落ちぶれてアルコール中毒の宿無しだった。
かつてラジオのピアノ歌手だったヘレン（メリル・ストリープ）と放浪を続けていたが、２２年ぶりに故郷へと舞い戻ってきた。
彼は誤って自分の息子を死なせてしまい、町を出たきりだった。
くず屋で働いて金を稼いだフランシスは、七面鳥を買って妻アニー（キャロル・ベイカー）と子供たちが暮らす家を訪れたが、アニーは昔の事件の真相を、誰にも話していなかった．．．

名優Ｊ・ニコルソンとＭ・ストリープの演技が素晴らしいが、ここまで人生の悲哀をみせられると、いろいろと考えさせられてしまう。
どこで人生の歯車が狂ってしまったのか．．．

フランシスの相棒のルディー（トム・ウェイツ）は浮浪者狩りの連中によって生を奪われ、ヘレンも病に倒れ、安らかな死顔をフランシスにみせる。
一人残されたフランシス。
街を出ていく夜汽車の中、彼の瞼に、妻のアニーや孫の幻が浮かぶ．．．悲しい、哀しい。

ジャック・ニコルソンとメリル・ストリープという組み合わせでありながら、暗い、ＣＲＹ。
もう、救いがなさすぎで、健康な人が見るにはいいけど、人によっては身につまされる話し。
ジャックもメリルもアル中の演技がリアルで怖い。
ジャックは過去の行いにさいなまれてるけど、酒がそれを増幅させてる。
二人とも、自分の知り合いを避けてるけど、知らない州にはいかないというのもアメリカらしい。
だから、最後の汽車で旅に出るのは、一大決心なんですね。
トム・ウェイツの出演も嬉しいし、バックで流れるラジオが「火星人襲来・ラジオドラマ事件」だったりする。
ハッピーエンドにすれば、もっとウケるのに、そうしないところが監督のこだわりだと思います。
ジャックとメリルはコメディで共演してほしかった。

ジャック・ニコルソンをいろいろ見ていたらこの作品に出合った。アメリカにもこういう時代があったのだと。日本だと山田太一や浅田次郎の世界かな。
父帰るにはならなかったね。メリル・ストリープは美しい。残した家族がつつましく暮らすホームがいいですね。