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ケイン号の叛乱 / ハンフリー・ボガート

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「ケイン号の叛乱」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

『戦争の嵐』等でも有名な作家ハーマン・ウォークのピューリッツァ賞受賞の同名小説を映画化。第二次大戦中、嵐の海上で艦隊からはぐれてしまった軍艦ケイン。それまで威張り散らしていた艦長が沈没の恐怖から精神錯乱に陥った。副長は緊急に艦長を解任、自ら嵐を乗りきり無事帰港するが、彼らを待っていたのは艦長解任の是非を巡る激しい軍事裁判だった……。

「ケイン号の叛乱」 の作品情報

作品情報

製作年:

1954年

製作国:

アメリカ

原題:

THE CAINE MUTINY

「ケイン号の叛乱」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

関連作品

関連作品

スティーブ・マーティンの四つ数えろ

続・荒野の七人

レマゲン鉄橋

テンタクルズ

ユーザーレビュー:9件

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1〜 5件 / 全9件

軍事法廷サスペンスの嚆矢、かな?

投稿日:2006/03/16 レビュアー:よふかし

 ドミトリクというと「赤狩りの」という形容詞がついてしまう。僕の乏しい知識では、確か本作はドミトリクが証言拒否でハリウッドを追われ、雌伏と転向声明のあと、スタンリー・クレイマーに助けられての、スター映画ということになったろうか。
 苦い映画だった。

 もちろん、映画を観るとき製作背景など知る必要はないし、製作者や監督がそこにこめた意味だとかテーマといわれるものだって、実はあまり重要ではないのかもしれない。
 ただそこにある「軍事法廷サスペンス」として、本作は十分に面白いのだから。
 ハンフリー・ボガードは、どうしてこの傷つき、誇りを失った艦長の役を熱望したのだろう。観客には徹底的に嫌われる存在であり、従来の映画では小人物といってもよい役柄だ。
 ところが、この作品の面白さのほとんどすべては、ボギーによっているのだった。新任将校の恋愛劇も、台風にケイン号が翻弄されるスペクタクルも、終盤のホセ・ファーラーの熱弁も、視線を泳がせ鉄の玉を神経質にこねくりまわすボギーの存在の前ではかすんでしまう。
 この見事な、堕ちたヒーローに、ドミトリクは誰を見ていたのかと、また余計なことを考えてしまう。70点。

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スリリングで奥深い人間劇

投稿日:2012/03/16 レビュアー:ykk1976

マーチの音高らかさにだまされ、よく描かれているような、いわゆる自由のために戦う『アメリカの正義』を描いたものか・・・と
勝手に勘違いして見始めました。
個々の人間関係をこれほど掘り下げた作品とは思いませんでした。しかも、とてもディープ(深い)です。

駆逐艦という、逃げも隠れもできない状態の場所で人間性が破たんしているとしか思えないクイーグ艦長(ハンフリー・ボガード)をとりまく人間関係のとてもスリリングなこと。
しかも、各々の人となりの描かれ方も細部まできっちりしています。
手の中でビー玉のようなものを転がしながら、幹部たちにどうでもいいことをさも重要だと話すハンフリー演じる艦長。
目も泳いでいる様子を見ながら、「これって演技だよなあ。演技ってこんなこともできるんだな〜」と改めてそのすごさにふれた気がしました。

駆逐艦が嵐に巻き込まれたシーンで、やっぱり1950年代前半ですから、もちろんCGではまったくなく、ミニチュア模型を水の上で走らせているのでしょうが、
他のシーンと合わせて、かなりの臨場感あります。沈没を感じさせるところなんか、クイーヴ艦長と一緒にちょっぴりびびってしまうほどです。
すべてを手作りに作っていたころでしょう、きっと。これも素晴らしい職人芸です。
最近の技術革新で本当に現実にあるんじゃないかと見まごうほどのシーンがコンピューターの中だけで精巧につくられる時代になりましたが、
手作りの雰囲気も捨てがたいです。こういう映画を観ると、今ほど精巧で現実味がなくとも、こういうのもいいよな・・・と思います。

陸に上がってからの、法廷劇もみどころがあります。
海の上とは違う人間性も見えます。
かなりの見どころがあった艦内での様子ですが、これをもっと時間を短くはしょってしまって、法廷シーンの長さを倍増させても、十分おもしろい映画になったともいます。

映画の中でかなり小柄に見えるハンフリー・ボガードです。その小柄さが演じる人物の矮小さを際立てたのですが、
調べてみると173センチでした。
この映画を観るまで小柄と感じたことがなかったので、とっても意外に感じました。

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複雑微妙な味わい ネタバレ

投稿日:2012/03/15 レビュアー:さっちゃん

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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 随分、昔にテレビの洋画劇場で観て、それっきりだったのですが、今回、映画会のお題ということで、改めて観て、面白さを再認識した次第です。
 エドワード・ドミトリク監督というのは、どうも輻輳したプロットを手際よく整理するのがうまいんじゃないかと思えます。例えば『若き獅子たち』ではドイツとアメリカの兵士の物語が最後で出会うというプロットでした。本作にしても、主人公(というより狂言回し的な役所ですが。)のウィリー・キース少尉(リチャード・フランシス)の恋愛と成長という流れ、ケイン号という老朽掃海艦を舞台にした男たちの軋轢、地味ではありますが1944年ということで戦争ものの側面、ラストは軍法会議ということで法廷劇と様々な要素が絡み合っております。
 そうした重層的な映画というのは、うまくいけば実に豊饒な物語になりますが、凡庸な演出家だととんでもなく雑然とした物語になりかねません。その点からもドミトリク監督の腕前は大したものだと思います。
 ただ、彼がハリウッド・テンの一人であり、かつ、転んだ人という先入主があるせいか、その影を作品に感じてしまうのも否めません。ハーマン・ウォークの原作は読んだことがないので、展開が小説のとおりなのかどうか分からないのがもどかしいですが、キーファ大尉(フレッド・マクマレイ)が軍法会議の証人席で、それまで協力していたマリク副長(ヴァン・ジョンソン)を裏切り、証言を翻すというところに監督自身の暗い過去を見てしまいます。
 また、マリク副長の弁護に付くグリーンウォルド大尉(ホセ・ファーラー)が閉廷後にケイン号の士官たちの前で彼らに投げつける言葉にしても、監督の心の奥にある叫びを感じると言ったら考えすぎと言われるかもしれません。とにかく、この物語自体が正義が為されてめでたしめでたしという単純な話でないのは確かでしょう。
 ところで、私、今回、観なおすまで、ずっとケイン号を駆逐艦だと思っておりましたが、掃海艦だったのですね。そりゃまぁウィリー君でなくともがっかりしますわな。どうしても海軍で目立つ船といえば、大口径の砲にものを言わせる戦艦か、太平洋戦争時には海軍の主力となった航空母艦ですから。せめて敵の戦艦に肉薄して魚雷をぶっ放す駆逐艦くらいはと血の気の多い若者なら思うでしょうね。
 それにしても、1954年頃だと実物がまだ残っていたんでしょうね。結構、色々な角度から眺めさせてもらいました。それと劇中で実物を撮った場面と戦時中の記録フィルム、それにミニチュア撮影を巧みに編集してあったのにも感心しました。特に台風に遭遇したケイン号が嵐に翻弄される場面は、艦が模型だと分かっていても、大波の質感、波に持ち上げられたケイン号の艦尾が海から離れたときに、スクリューが空回りするシーンのリアルさとか鳥肌が立ちました。
 何だかイキナリ“趣味の時間”に突入したみたいですが、実は海軍については空や陸に比べて詳しくないので大分大雑把なものになっていることをお断りしておきます。

(ykk1976さんの映画会:第18回)

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軍の尊厳とは何か

投稿日:2012/03/15 レビュアー:まりこ

「ハリウッド・テンの一人として赤狩りに巻き込まれた」エドワード・ドミトリク監督作。
しかし知識不足故、背景の重みは理解出来ず、ただ法廷劇としてはとても楽しめました。

そもそも軍法会議とは何か。
「主たる目的は軍紀を維持する事で、軍隊内には同時に警察機関(憲兵)や検察機関(法務士官)が設けられている。
アメリカでは裁判管轄・司法権・その他各種制度気候は独立しておらず、職業裁判官でない軍人が裁判官役を担い、審理は当然非公開。
組織防衛が起こりがちで、外部の不信、内部では上層部への反感が生まれる事が多く、また政治的理由等により恣意的な判決が出る事もある」という密室裁判。
劇中、検察官は、
「弁護側には艦長の無能をつく意図があるだろうが、法倫理と軍の尊厳は守らねばならない」
と述べるのだが、では「軍の尊厳」とは何か。
軍は完全な縦組織、上官を無能(この場合は精神疾患)と判断し指揮権を剥奪するなどという暴挙は当然許されない。
大体無能な人間が艦長である筈は無く、もし仮にそうなら海軍省の任命責任を問う事になるのではないか。
この結末は果たして「無罪」と記録されたのか、それとも「無かった事」として闇に葬られたのか。
単純な法廷劇として手に汗握ったのですが、パーティーの席での弁護人の態度に頭が混乱し、辻褄合わせたあげくの結論がこれでした。
弁護人はこの「勝訴」を喜んではいない。
この大荒れぶりは「自分を一番知っている艦長が不器用にも部下に歩み寄ろうとした事実」を伏せねばならなかった憤りの現れ。
艦長に代表される、過去にあまたいる「国を守りつづけてきた猛者達」(それは「軍」では無い)をないがしろにした自分への忸怩たる想いがあるのではないか。
弁護人が無実の副長と「軍の尊厳」を守る為、敢えて見放さねばならなかった哀れな艦長が、余人でなくハンフリー・ボガートなのにここで納得するのです。
このイヤや役を熱望したという、大スターの意図が分かるような気がします。
軍=国家の尊厳を守る為には、小さな「個人」なぞ塵に等しい……それが現実なのでしょう。
(とは、もの知らずな人間の勝手な解釈ですが。)

法廷に至るまでがかなり冗長で、少々間延びしたのは残念でした。
少尉のロマンスは不要でしたね。(ビジネス的には必要だったんでしょうけど。)
ハンフリー・ボガートが意外に小柄なのには驚きました。

軍紀に背いても人心掌握に長けた前艦長を好意的に描き、敢えて成功者として配したのは、監督の強い抵抗の現れではなかったかと思います。

(ykk1976さんの映画会・第18回)

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「 嵐 」の後の 後悔 と 傷心

投稿日:2012/03/15 レビュアー:ロキュータス

(ネタバレあり)
重箱の隅をつつくような規則一点張りの一方で、作戦にかかわる重大なミスをごまかすような艦長が、船の重大なときにパニックを起こしたので、副官が指揮権を剥奪し事態を収拾。
上官の命令は絶対の軍隊で叛乱はご法度。 軍法会議に掛かれば罪状は死刑。 果たして「適切なことをした」副官の運命は・・・。

[ 素晴らしき哉、クラシック映画 ]によると、軍隊を批判したセンセーショナルな話題作のベストセラーの小説で、チャールズ・ロートン演出・ヘンリー・フォンダ主演の舞台も成功した作品の映画化には、4つの映画会社が興味を示し、うち2社が企画を持ちかけたが、海軍が協力を拒んだので映画化は難航したという。
原作がピュリッツアー賞を獲り、ベストセラーとなったことで、国防省としては拒否するよりも取り込んだほうが軍の意向が反映されると方針転換したが、 独立プロデューサーのスタンリー・クレーマー( のちに 『渚にて』や『手錠のままの脱獄』などを監督 )が企画を開始してからも準備に15ヶ月かかったらしい。

作品を見ると、最初と最後の告知字幕を初め、空母での壮観なシーンや、人情味ある古参の前艦長を始め、海軍のイメージ保持のため、海軍の「全面協力」ぶり、製作側の気の遣いようが痛いほど感じられます。
たとえばIMDBによれば、役作りのため、ボギーがパンを細かくちぎろうとすると、セットにいた軍事アドバイサーが「海軍将校はそんな食べ方はしない」と指摘したとか・・・・。

さらに会社からの干渉。 コロンビアの”タイクーン”ハリー・コーンに「長すぎる、2時間にしろ」と言われ、脚色したスタンリー・ロバーツは降板、50ページ近くカットする役目を担ったのは、「セリフ補足」とクレジットされたマイケル・ブランクフォート。 赤狩りのブラックリストに挙げられたことがあった、『 折れた矢 』の脚本家。

監督のエドワード・ドミトリク。 かつてユダヤ人差別をハリウッドで初めて真正面から取上げた『 十字砲火 』を監督。 「あなたは共産主義者ですか?」「誰か共産主義者を知っていますか?」との議会での証言を拒否した、いわゆる「ハリウッド10」の1人。

ハンフリー・ボガートはハリウッド映画人が組織した「憲法修正1條項(思想・言論の自由)委員会」の発起人の一人として、ウィリアム・ワイラーやジョン・ヒューストンらとともに、そんなハリウッド10を応援しようと飛行機をチャーターし、ワシントンまで乗り込んで傍聴した1人。

しかし・・・
議会侮辱罪での6ヵ月の刑期を終え、失業状態のドミトリクは声明を発表し、議会への協力を申し出る。
ダルトン・トランボ(『ローマの休日』『ジョニーは戦場に行った』)やジョゼフ・ロージー({『唇からナイフ』『夕なぎ』}が節を曲げない一方で、自分がかつて共産党員だったこと、そして知っている共産主義者としてジュールス・ダッシン(『日曜はダメよ』)の名を挙げた。  
エリア・カザン(『 エデンの東』『波止場』)らととともに「転向組」と呼ばれることになった一人。
結局、その後も議会からの査問は3年にも及び、小品で監督復帰した後、メジャーの大作である本索でカムバックすることになりました。

そしてボギーは、猛烈なプレッシャーの中で、最も早く言い訳をして脱落し、政治的発言をしなくなった映画スターの1人。  ホセ・フェラーはブラック・リスト入りを常に噂されながら、かわしてきたリベラル派。

晩年のボギーは、スターとなった『マルタの鷹』『カサブランカ』のクールなタフガイ・イメージと違って、オスカーを獲った『アフリカの女王』『黄金』『麗しのサブリナ』など、さまざまな役に取り組んで演技が充実しています。
本作の艦長役は熱望するあまり、足元を見られてかなりギャラを値切られてまで獲得した役。
法廷シーンを撮り終えたとき、その会心の演技に現場のスタッフ、キャストから喝采を浴びたと言われています。

ボギーはこの臆病者の艦長役になぜそこまで、思いいれたのでしょうか。
また友を裏切り、その報いを受けるフレッド・マクマレー( 本人は奥さんを亡くして落ち込んでいるところを、クレーマーに起用されて気が紛れたと言いますが・・・・)に、ぼくはドミトリクの屈折した思いが投影されているように感じてしまうのです。
ウラ読みしすぎでしょうか?

(ykk1976さんの映画会 第18回のレビュー)

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ケイン号の叛乱

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軍事法廷サスペンスの嚆矢、かな?

投稿日

2006/03/16

レビュアー

よふかし

 ドミトリクというと「赤狩りの」という形容詞がついてしまう。僕の乏しい知識では、確か本作はドミトリクが証言拒否でハリウッドを追われ、雌伏と転向声明のあと、スタンリー・クレイマーに助けられての、スター映画ということになったろうか。
 苦い映画だった。

 もちろん、映画を観るとき製作背景など知る必要はないし、製作者や監督がそこにこめた意味だとかテーマといわれるものだって、実はあまり重要ではないのかもしれない。
 ただそこにある「軍事法廷サスペンス」として、本作は十分に面白いのだから。
 ハンフリー・ボガードは、どうしてこの傷つき、誇りを失った艦長の役を熱望したのだろう。観客には徹底的に嫌われる存在であり、従来の映画では小人物といってもよい役柄だ。
 ところが、この作品の面白さのほとんどすべては、ボギーによっているのだった。新任将校の恋愛劇も、台風にケイン号が翻弄されるスペクタクルも、終盤のホセ・ファーラーの熱弁も、視線を泳がせ鉄の玉を神経質にこねくりまわすボギーの存在の前ではかすんでしまう。
 この見事な、堕ちたヒーローに、ドミトリクは誰を見ていたのかと、また余計なことを考えてしまう。70点。

スリリングで奥深い人間劇

投稿日

2012/03/16

レビュアー

ykk1976

マーチの音高らかさにだまされ、よく描かれているような、いわゆる自由のために戦う『アメリカの正義』を描いたものか・・・と
勝手に勘違いして見始めました。
個々の人間関係をこれほど掘り下げた作品とは思いませんでした。しかも、とてもディープ(深い)です。

駆逐艦という、逃げも隠れもできない状態の場所で人間性が破たんしているとしか思えないクイーグ艦長(ハンフリー・ボガード)をとりまく人間関係のとてもスリリングなこと。
しかも、各々の人となりの描かれ方も細部まできっちりしています。
手の中でビー玉のようなものを転がしながら、幹部たちにどうでもいいことをさも重要だと話すハンフリー演じる艦長。
目も泳いでいる様子を見ながら、「これって演技だよなあ。演技ってこんなこともできるんだな〜」と改めてそのすごさにふれた気がしました。

駆逐艦が嵐に巻き込まれたシーンで、やっぱり1950年代前半ですから、もちろんCGではまったくなく、ミニチュア模型を水の上で走らせているのでしょうが、
他のシーンと合わせて、かなりの臨場感あります。沈没を感じさせるところなんか、クイーヴ艦長と一緒にちょっぴりびびってしまうほどです。
すべてを手作りに作っていたころでしょう、きっと。これも素晴らしい職人芸です。
最近の技術革新で本当に現実にあるんじゃないかと見まごうほどのシーンがコンピューターの中だけで精巧につくられる時代になりましたが、
手作りの雰囲気も捨てがたいです。こういう映画を観ると、今ほど精巧で現実味がなくとも、こういうのもいいよな・・・と思います。

陸に上がってからの、法廷劇もみどころがあります。
海の上とは違う人間性も見えます。
かなりの見どころがあった艦内での様子ですが、これをもっと時間を短くはしょってしまって、法廷シーンの長さを倍増させても、十分おもしろい映画になったともいます。

映画の中でかなり小柄に見えるハンフリー・ボガードです。その小柄さが演じる人物の矮小さを際立てたのですが、
調べてみると173センチでした。
この映画を観るまで小柄と感じたことがなかったので、とっても意外に感じました。

複雑微妙な味わい

投稿日

2012/03/15

レビュアー

さっちゃん

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 随分、昔にテレビの洋画劇場で観て、それっきりだったのですが、今回、映画会のお題ということで、改めて観て、面白さを再認識した次第です。
 エドワード・ドミトリク監督というのは、どうも輻輳したプロットを手際よく整理するのがうまいんじゃないかと思えます。例えば『若き獅子たち』ではドイツとアメリカの兵士の物語が最後で出会うというプロットでした。本作にしても、主人公(というより狂言回し的な役所ですが。)のウィリー・キース少尉(リチャード・フランシス)の恋愛と成長という流れ、ケイン号という老朽掃海艦を舞台にした男たちの軋轢、地味ではありますが1944年ということで戦争ものの側面、ラストは軍法会議ということで法廷劇と様々な要素が絡み合っております。
 そうした重層的な映画というのは、うまくいけば実に豊饒な物語になりますが、凡庸な演出家だととんでもなく雑然とした物語になりかねません。その点からもドミトリク監督の腕前は大したものだと思います。
 ただ、彼がハリウッド・テンの一人であり、かつ、転んだ人という先入主があるせいか、その影を作品に感じてしまうのも否めません。ハーマン・ウォークの原作は読んだことがないので、展開が小説のとおりなのかどうか分からないのがもどかしいですが、キーファ大尉(フレッド・マクマレイ)が軍法会議の証人席で、それまで協力していたマリク副長(ヴァン・ジョンソン)を裏切り、証言を翻すというところに監督自身の暗い過去を見てしまいます。
 また、マリク副長の弁護に付くグリーンウォルド大尉(ホセ・ファーラー)が閉廷後にケイン号の士官たちの前で彼らに投げつける言葉にしても、監督の心の奥にある叫びを感じると言ったら考えすぎと言われるかもしれません。とにかく、この物語自体が正義が為されてめでたしめでたしという単純な話でないのは確かでしょう。
 ところで、私、今回、観なおすまで、ずっとケイン号を駆逐艦だと思っておりましたが、掃海艦だったのですね。そりゃまぁウィリー君でなくともがっかりしますわな。どうしても海軍で目立つ船といえば、大口径の砲にものを言わせる戦艦か、太平洋戦争時には海軍の主力となった航空母艦ですから。せめて敵の戦艦に肉薄して魚雷をぶっ放す駆逐艦くらいはと血の気の多い若者なら思うでしょうね。
 それにしても、1954年頃だと実物がまだ残っていたんでしょうね。結構、色々な角度から眺めさせてもらいました。それと劇中で実物を撮った場面と戦時中の記録フィルム、それにミニチュア撮影を巧みに編集してあったのにも感心しました。特に台風に遭遇したケイン号が嵐に翻弄される場面は、艦が模型だと分かっていても、大波の質感、波に持ち上げられたケイン号の艦尾が海から離れたときに、スクリューが空回りするシーンのリアルさとか鳥肌が立ちました。
 何だかイキナリ“趣味の時間”に突入したみたいですが、実は海軍については空や陸に比べて詳しくないので大分大雑把なものになっていることをお断りしておきます。

(ykk1976さんの映画会:第18回)

軍の尊厳とは何か

投稿日

2012/03/15

レビュアー

まりこ

「ハリウッド・テンの一人として赤狩りに巻き込まれた」エドワード・ドミトリク監督作。
しかし知識不足故、背景の重みは理解出来ず、ただ法廷劇としてはとても楽しめました。

そもそも軍法会議とは何か。
「主たる目的は軍紀を維持する事で、軍隊内には同時に警察機関(憲兵)や検察機関(法務士官)が設けられている。
アメリカでは裁判管轄・司法権・その他各種制度気候は独立しておらず、職業裁判官でない軍人が裁判官役を担い、審理は当然非公開。
組織防衛が起こりがちで、外部の不信、内部では上層部への反感が生まれる事が多く、また政治的理由等により恣意的な判決が出る事もある」という密室裁判。
劇中、検察官は、
「弁護側には艦長の無能をつく意図があるだろうが、法倫理と軍の尊厳は守らねばならない」
と述べるのだが、では「軍の尊厳」とは何か。
軍は完全な縦組織、上官を無能(この場合は精神疾患)と判断し指揮権を剥奪するなどという暴挙は当然許されない。
大体無能な人間が艦長である筈は無く、もし仮にそうなら海軍省の任命責任を問う事になるのではないか。
この結末は果たして「無罪」と記録されたのか、それとも「無かった事」として闇に葬られたのか。
単純な法廷劇として手に汗握ったのですが、パーティーの席での弁護人の態度に頭が混乱し、辻褄合わせたあげくの結論がこれでした。
弁護人はこの「勝訴」を喜んではいない。
この大荒れぶりは「自分を一番知っている艦長が不器用にも部下に歩み寄ろうとした事実」を伏せねばならなかった憤りの現れ。
艦長に代表される、過去にあまたいる「国を守りつづけてきた猛者達」(それは「軍」では無い)をないがしろにした自分への忸怩たる想いがあるのではないか。
弁護人が無実の副長と「軍の尊厳」を守る為、敢えて見放さねばならなかった哀れな艦長が、余人でなくハンフリー・ボガートなのにここで納得するのです。
このイヤや役を熱望したという、大スターの意図が分かるような気がします。
軍=国家の尊厳を守る為には、小さな「個人」なぞ塵に等しい……それが現実なのでしょう。
(とは、もの知らずな人間の勝手な解釈ですが。)

法廷に至るまでがかなり冗長で、少々間延びしたのは残念でした。
少尉のロマンスは不要でしたね。(ビジネス的には必要だったんでしょうけど。)
ハンフリー・ボガートが意外に小柄なのには驚きました。

軍紀に背いても人心掌握に長けた前艦長を好意的に描き、敢えて成功者として配したのは、監督の強い抵抗の現れではなかったかと思います。

(ykk1976さんの映画会・第18回)

「 嵐 」の後の 後悔 と 傷心

投稿日

2012/03/15

レビュアー

ロキュータス

(ネタバレあり)
重箱の隅をつつくような規則一点張りの一方で、作戦にかかわる重大なミスをごまかすような艦長が、船の重大なときにパニックを起こしたので、副官が指揮権を剥奪し事態を収拾。
上官の命令は絶対の軍隊で叛乱はご法度。 軍法会議に掛かれば罪状は死刑。 果たして「適切なことをした」副官の運命は・・・。

[ 素晴らしき哉、クラシック映画 ]によると、軍隊を批判したセンセーショナルな話題作のベストセラーの小説で、チャールズ・ロートン演出・ヘンリー・フォンダ主演の舞台も成功した作品の映画化には、4つの映画会社が興味を示し、うち2社が企画を持ちかけたが、海軍が協力を拒んだので映画化は難航したという。
原作がピュリッツアー賞を獲り、ベストセラーとなったことで、国防省としては拒否するよりも取り込んだほうが軍の意向が反映されると方針転換したが、 独立プロデューサーのスタンリー・クレーマー( のちに 『渚にて』や『手錠のままの脱獄』などを監督 )が企画を開始してからも準備に15ヶ月かかったらしい。

作品を見ると、最初と最後の告知字幕を初め、空母での壮観なシーンや、人情味ある古参の前艦長を始め、海軍のイメージ保持のため、海軍の「全面協力」ぶり、製作側の気の遣いようが痛いほど感じられます。
たとえばIMDBによれば、役作りのため、ボギーがパンを細かくちぎろうとすると、セットにいた軍事アドバイサーが「海軍将校はそんな食べ方はしない」と指摘したとか・・・・。

さらに会社からの干渉。 コロンビアの”タイクーン”ハリー・コーンに「長すぎる、2時間にしろ」と言われ、脚色したスタンリー・ロバーツは降板、50ページ近くカットする役目を担ったのは、「セリフ補足」とクレジットされたマイケル・ブランクフォート。 赤狩りのブラックリストに挙げられたことがあった、『 折れた矢 』の脚本家。

監督のエドワード・ドミトリク。 かつてユダヤ人差別をハリウッドで初めて真正面から取上げた『 十字砲火 』を監督。 「あなたは共産主義者ですか?」「誰か共産主義者を知っていますか?」との議会での証言を拒否した、いわゆる「ハリウッド10」の1人。

ハンフリー・ボガートはハリウッド映画人が組織した「憲法修正1條項(思想・言論の自由)委員会」の発起人の一人として、ウィリアム・ワイラーやジョン・ヒューストンらとともに、そんなハリウッド10を応援しようと飛行機をチャーターし、ワシントンまで乗り込んで傍聴した1人。

しかし・・・
議会侮辱罪での6ヵ月の刑期を終え、失業状態のドミトリクは声明を発表し、議会への協力を申し出る。
ダルトン・トランボ(『ローマの休日』『ジョニーは戦場に行った』)やジョゼフ・ロージー({『唇からナイフ』『夕なぎ』}が節を曲げない一方で、自分がかつて共産党員だったこと、そして知っている共産主義者としてジュールス・ダッシン(『日曜はダメよ』)の名を挙げた。  
エリア・カザン(『 エデンの東』『波止場』)らととともに「転向組」と呼ばれることになった一人。
結局、その後も議会からの査問は3年にも及び、小品で監督復帰した後、メジャーの大作である本索でカムバックすることになりました。

そしてボギーは、猛烈なプレッシャーの中で、最も早く言い訳をして脱落し、政治的発言をしなくなった映画スターの1人。  ホセ・フェラーはブラック・リスト入りを常に噂されながら、かわしてきたリベラル派。

晩年のボギーは、スターとなった『マルタの鷹』『カサブランカ』のクールなタフガイ・イメージと違って、オスカーを獲った『アフリカの女王』『黄金』『麗しのサブリナ』など、さまざまな役に取り組んで演技が充実しています。
本作の艦長役は熱望するあまり、足元を見られてかなりギャラを値切られてまで獲得した役。
法廷シーンを撮り終えたとき、その会心の演技に現場のスタッフ、キャストから喝采を浴びたと言われています。

ボギーはこの臆病者の艦長役になぜそこまで、思いいれたのでしょうか。
また友を裏切り、その報いを受けるフレッド・マクマレー( 本人は奥さんを亡くして落ち込んでいるところを、クレーマーに起用されて気が紛れたと言いますが・・・・)に、ぼくはドミトリクの屈折した思いが投影されているように感じてしまうのです。
ウラ読みしすぎでしょうか?

(ykk1976さんの映画会 第18回のレビュー)

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