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荒野の用心棒 / クリント・イーストウッド

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「荒野の用心棒」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

二人のボスが対立するニューメキシコの小さな町に現れた凄腕のガンマン。御存じ黒澤明の「用心棒」を西部劇に翻案したマカロニ・ウェスタンの代表作。当時、映画俳優としては鳴かず飛ばずだったイーストウッドを一躍トップスターに押し上げ、監督レオーネ、音楽エンニオ・モリコーネ共に出世作となった。

「荒野の用心棒」 の作品情報

作品情報

製作年:

1964年

製作国:

イタリア

原題:

PER UN PUGNO DI DOLLARI/A FISTFUL OF DOL

「荒野の用心棒」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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1〜 5件 / 全40件

西部劇を奈落の底に落とした奴ら

投稿日:2007/09/03 レビュアー:タクシードライバー

60年代初めにドイツでショボい西部劇が何本か製作され(さしずめジャーマンポテト・ウエスタン?)、これを見たアルベルト・グリマルディが『オラも作るだべさ』と言ってアメリカからチンピラ俳優のリチャード・ハリソンを連れてきて発表したのがマカロニ第1弾の「赤い砂の決闘」。本作はその第2弾にして実質的にはパイオニア作品となった。本作から飛び出したレオーネ、テッサリ、モリコーネといった“マカロニ仕掛け人軍団”は、僅か2〜3年で全世界の映画界のモラルと良心をグチャグチャにしてしまったのである^^;  一部の(というよりかなり多数の)真っ当な映画ファンからは『ゲテモノ』と呼ばれ、本物の西部劇ファンからは愛すべき正当派西部劇を壊滅させた極悪人扱いされたが、今となってはその張本人がクラシックな存在となるとは誰が予想したでしょうか?

リアリズム無視(という完全否定)、西部開拓の歴史?そんなの関係ない♪…ひたすら目先の面白さだけを追求するパワーで香港映画にタメを張れるのはイタリア映画しかない。銃口が正確に相手の方に向いていなくてもとにかく早撃ちだけで見せるガンファイト、ラテン系特有のオーバーアクションでぶっ倒れる敵。『棺おけを三つ用意しとけ』と言って4人倒した後、『間違えた、四つだった』という臭いセリフ。どれをとっても好きな人は好き、ダメな人にはどう説明してもダメ、という好みがはっきりしたジャンルであることは間違いありません。(で、俺はどっちかって?…そんな恥かしくて言えませんよ^^;)

昔、マカロニをTV放映する時、淀川長治センセイや荻昌弘センセイは明らかに解説のトーンが下がるか、皮肉っぽい口調になっていた。(水野晴朗センセイだけは例え未公開の三流マカロニさえ絶賛していたが)しかし、意外なことにパクられた当の黒澤明監督は「これ、オモロイで」と評価していたそうだ。
ちなみに、これもスタンダードとなったモリコーネの「さすらいの口笛」ですが、俺は「誇り高き男」のパクリとみたがどうでしょうか? (そんなの知るかー!ってか? ごもっとも)

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文句なしの名作

投稿日:2007/12/27 レビュアー:勝王

 名作シリーズです。映画は作品そのもので評価できるわけではなく、歴史的な位置づけがあると思います。その意味で、この作品はマカロニ・ウエスタンの嚆矢として、行き詰っていた西部劇の世界を大きく開けたわけですので、もう、文句なしの名作でしょう。黒澤明の「用心棒」のパクリではありますが、クリント・イーストウッドなのでまるで違うテイストがあります。こんな面白い映画はめったにありませんよ。極端なアップとロングの対比はセルジオ・レオーネのスタイルですが、マカロニの世界に実に合っております。それはイタリア移民のレオーネの視点が異常なアップかロングになりがちというか、イギリス人と違って冷静な視点は得られなかったと思います。でもその方がリアリティがあって、映画としては西部劇の歴史を大きく転換したわけで、マカロニウエスタンがなければアメリカンニューシネマもホラーもなかったでしょう。何がリアルなのかという立場の変換は非常に重要だったのだと思います。この映画の延長上に「ウエスタン」があり、さらに「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」があるのですから、レオーネは偉大です。酔っ払っていますのでいいかげんなことを書いておりますがそこに真実があるかも知れません。

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マカロニ・ウェスタン 命名は淀川長治さん

投稿日:2021/02/28 レビュアー:kazupon

監督:セルジオ・レオーネ(1964年・伊・96分)

名画を彩る名曲たち(その4)『さすらいの口笛(Titoli)』

黒澤明の『用心棒』との見比べです。
セルジオ・レオーネ監督が『用心棒』を翻案して、イタリア発の西部劇に作り変えたのだとか…
確かにそっくりの流れで、直前に『用心棒』を観て予習していたので、何だか嬉しいくらいによく分かる。(笑)
二大勢力の対立も一緒。妻を奪われた夫と母を恋しがる幼い息子もいる。三十郎に当たる人物・ジョーを演じるのは、クリント・イーストウッド。(当時34歳)
アメリカとメキシコの国境にあるサン・ミゲルに、何処からともなく現れたジョーの出立ちは、ジーンズにテンガロン・ハット、そしてポンチョ。葉巻を咥えている。
見慣れたガンマンの姿とは違うし、スマートには見えない。
そして、酒場に入り、そこのオヤジからサン・ミゲルの町の情報を得る。隣に棺桶屋があるのも同じ。
私が関心を持っていたのは、「囚われの身となっている人妻をどうやって助けるのか」と、痛めつけられたジョーが「どうやって逃げるのか」そして、ラストの対決シーンだった。
『用心棒』の時にも思ったことだけど、どうして女の夫が住む目と鼻の先に、女を住まわせるのか?
夫への当てつけ?
それとも、女を助け出して夫と子供と一緒に逃がすための便宜上?
ジョーが女の見張りたちを殺して、家の中にある家具・調度をひっくり返し、棚に積んであった木の枝?を全部床に落とすシーンまで再現フィルムを観るように同じだった。(ここまでするとは、かなりのオマージュです。)
ジョーが、監禁された場所から逃げるシーンは、日本家屋との違いもあるのでどうするのか?と興味津々でいたら、ちゃんと床下を這いずり回るので、妙に安心した。(why?)
ついでに言っちゃうと、棺桶の蓋の隙間から覗くのも一緒。
ラストは、オリジナルの包丁と銃の対決のようにはならなくて、ピストルとライフルの対決になるのだが、ジョーの早撃ちの見せ場であると共に、対するラモンの表情が、自分は一瞬遅れたことを察して引き攣るのがよかった。
この対決直前に火薬の爆音と煙が立ち、煙の中からジョーが現れるのはクールだった。その後に続く、ラモンを翻弄するシーンもよかった。
さて、見比べて感じたのは、『用心棒』には有ったコミカルな要素が本作には無く、同じように埃っぽくても、こちらはメキシコの乾燥が感じられたこと。
『用心棒』には対決においても台詞においても、独特の間合い、行間が存在するが、こちらはスピーディーに事が運ぶ。
これは武器の違いが関係しているのだと思う。
刀同士の対決では接近戦になるが、銃を使った対決では距離は関係なくスピード勝負だから。
ラスト、ジョーを二階の日除け越しに狙う銃口が見え、その銃口からジョーを守ったのがオヤジのライフルだった。その後、目くばせだけでの無言のサヨナラが、またクールでフィナーレ(エンディング)のテーマ曲で去って行くのも、無欲な流れ者を送るには相応しいのかも知れないと思った。
このテーマ曲「さすらいの口笛」の作曲者は、エンニオ・モリコーネで、エンニオ・モリコーネ楽団が演奏している。
オープニングでは口笛だけだったのが、エンディングでは男声とギターの音色が加わり、メーンタイトルよりも少しだけ力強さがプラスされたように聴こえた。荒涼とした西部を感じさせる。

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西部劇でイーストウッドを怒らしたらダメダメ(笑)

投稿日:2011/02/06 レビュアー:パンケーキレンズ

最近、イーストウッドの西部劇が続いて
エンニオ・モリコーネの音楽(口笛)が頭の中でグルグルまわってます♪

黒澤監督の『用心棒』は未見ですが
これはこれで一つの西部劇として楽しめました
イーストウッドの記念すべき初主演作品☆

流れ者のジョー(C・イーストウッド)が辿り着いた廃墟のような町
二人のボスが闘争を繰り返すその間を巧みに行き来し
お金を一握り、また一握りと懐にしまっていくのですが・・・

町にやってきたジョーはまず
「二人のボスの間に俺がいるのか・・・」とニヤッと笑う
もうそれだけで彼に与えられた人格がスッと掴めます

棺桶3つ・・・いや4つのくだり
鎧の胸にハート型に銃で射抜いたり
「どうも、ありがと」って素直に楽しめました

名前も知らない流れ者の彼を手厚く迎える住人の中でも
棺桶のおじいちゃんが一番いいキャラ
両家を衝突するように仕向けたはいいものの、死体の数がちと多い
おじいちゃん大忙し(笑)

「拳銃とライフルでは拳銃に勝ち目はない」というセリフに
その言葉通りにラストにもってくるのも気持ちいい☆
思わずニンマリしてしまいました
エンニオ・モリコーネの音楽が二人のにらみ合いを更に盛り上げます

ジョーに負けず劣らず悪党ラモンのライフルの腕前も相当なもの
その腕前を逆手にとっての、お手製防弾チョッキ
ラモンの腕に数センチでも狂いがあれば、ジョーはあそこで死んでるんですから!

強きを挫き弱きを助ける
途中ズタボロになりながらも一直線に進むイーストウッドはやっぱりかっちょよかったです

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用心棒などA 装弾数は7発

投稿日:2008/09/28 レビュアー:ひきむすび

これは黒沢明監督の「用心棒」よりも先に観たかったですね。
ストーリーが丹念になぞってあるだけに ひたすら長く感じるんですね。
知っているから長いのか?ともう一度「用心棒」を鑑賞しても
こちらは長く感じる。続けてご覧になるなら先に観ることをお勧めします。

ただし


最後の対決のカッコ良さは別格です。

ローアングルからのブーツの大写し。
拍車を鳴らし悪漢どもが立ちはだかる。ぎらつく顔、顔、顔。
この一連の流れだけでも観て良かったと思える箇所。
何回見ても男の世界に酔います。。

そして、、実際の銃はどうかわかりませんが 
作品ではともに七発装填されているようですね。
互いに残りの弾数を知っている 見ている者も知っている
だからこその表情や 呼吸などを観るのはとてもスリリングで
面白かったです。私にとっての作品の良さは この対決に尽きます。

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荒野の用心棒

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西部劇を奈落の底に落とした奴ら

投稿日

2007/09/03

レビュアー

タクシードライバー

60年代初めにドイツでショボい西部劇が何本か製作され(さしずめジャーマンポテト・ウエスタン?)、これを見たアルベルト・グリマルディが『オラも作るだべさ』と言ってアメリカからチンピラ俳優のリチャード・ハリソンを連れてきて発表したのがマカロニ第1弾の「赤い砂の決闘」。本作はその第2弾にして実質的にはパイオニア作品となった。本作から飛び出したレオーネ、テッサリ、モリコーネといった“マカロニ仕掛け人軍団”は、僅か2〜3年で全世界の映画界のモラルと良心をグチャグチャにしてしまったのである^^;  一部の(というよりかなり多数の)真っ当な映画ファンからは『ゲテモノ』と呼ばれ、本物の西部劇ファンからは愛すべき正当派西部劇を壊滅させた極悪人扱いされたが、今となってはその張本人がクラシックな存在となるとは誰が予想したでしょうか?

リアリズム無視(という完全否定)、西部開拓の歴史?そんなの関係ない♪…ひたすら目先の面白さだけを追求するパワーで香港映画にタメを張れるのはイタリア映画しかない。銃口が正確に相手の方に向いていなくてもとにかく早撃ちだけで見せるガンファイト、ラテン系特有のオーバーアクションでぶっ倒れる敵。『棺おけを三つ用意しとけ』と言って4人倒した後、『間違えた、四つだった』という臭いセリフ。どれをとっても好きな人は好き、ダメな人にはどう説明してもダメ、という好みがはっきりしたジャンルであることは間違いありません。(で、俺はどっちかって?…そんな恥かしくて言えませんよ^^;)

昔、マカロニをTV放映する時、淀川長治センセイや荻昌弘センセイは明らかに解説のトーンが下がるか、皮肉っぽい口調になっていた。(水野晴朗センセイだけは例え未公開の三流マカロニさえ絶賛していたが)しかし、意外なことにパクられた当の黒澤明監督は「これ、オモロイで」と評価していたそうだ。
ちなみに、これもスタンダードとなったモリコーネの「さすらいの口笛」ですが、俺は「誇り高き男」のパクリとみたがどうでしょうか? (そんなの知るかー!ってか? ごもっとも)

文句なしの名作

投稿日

2007/12/27

レビュアー

勝王

 名作シリーズです。映画は作品そのもので評価できるわけではなく、歴史的な位置づけがあると思います。その意味で、この作品はマカロニ・ウエスタンの嚆矢として、行き詰っていた西部劇の世界を大きく開けたわけですので、もう、文句なしの名作でしょう。黒澤明の「用心棒」のパクリではありますが、クリント・イーストウッドなのでまるで違うテイストがあります。こんな面白い映画はめったにありませんよ。極端なアップとロングの対比はセルジオ・レオーネのスタイルですが、マカロニの世界に実に合っております。それはイタリア移民のレオーネの視点が異常なアップかロングになりがちというか、イギリス人と違って冷静な視点は得られなかったと思います。でもその方がリアリティがあって、映画としては西部劇の歴史を大きく転換したわけで、マカロニウエスタンがなければアメリカンニューシネマもホラーもなかったでしょう。何がリアルなのかという立場の変換は非常に重要だったのだと思います。この映画の延長上に「ウエスタン」があり、さらに「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」があるのですから、レオーネは偉大です。酔っ払っていますのでいいかげんなことを書いておりますがそこに真実があるかも知れません。

マカロニ・ウェスタン 命名は淀川長治さん

投稿日

2021/02/28

レビュアー

kazupon

監督:セルジオ・レオーネ(1964年・伊・96分)

名画を彩る名曲たち(その4)『さすらいの口笛(Titoli)』

黒澤明の『用心棒』との見比べです。
セルジオ・レオーネ監督が『用心棒』を翻案して、イタリア発の西部劇に作り変えたのだとか…
確かにそっくりの流れで、直前に『用心棒』を観て予習していたので、何だか嬉しいくらいによく分かる。(笑)
二大勢力の対立も一緒。妻を奪われた夫と母を恋しがる幼い息子もいる。三十郎に当たる人物・ジョーを演じるのは、クリント・イーストウッド。(当時34歳)
アメリカとメキシコの国境にあるサン・ミゲルに、何処からともなく現れたジョーの出立ちは、ジーンズにテンガロン・ハット、そしてポンチョ。葉巻を咥えている。
見慣れたガンマンの姿とは違うし、スマートには見えない。
そして、酒場に入り、そこのオヤジからサン・ミゲルの町の情報を得る。隣に棺桶屋があるのも同じ。
私が関心を持っていたのは、「囚われの身となっている人妻をどうやって助けるのか」と、痛めつけられたジョーが「どうやって逃げるのか」そして、ラストの対決シーンだった。
『用心棒』の時にも思ったことだけど、どうして女の夫が住む目と鼻の先に、女を住まわせるのか?
夫への当てつけ?
それとも、女を助け出して夫と子供と一緒に逃がすための便宜上?
ジョーが女の見張りたちを殺して、家の中にある家具・調度をひっくり返し、棚に積んであった木の枝?を全部床に落とすシーンまで再現フィルムを観るように同じだった。(ここまでするとは、かなりのオマージュです。)
ジョーが、監禁された場所から逃げるシーンは、日本家屋との違いもあるのでどうするのか?と興味津々でいたら、ちゃんと床下を這いずり回るので、妙に安心した。(why?)
ついでに言っちゃうと、棺桶の蓋の隙間から覗くのも一緒。
ラストは、オリジナルの包丁と銃の対決のようにはならなくて、ピストルとライフルの対決になるのだが、ジョーの早撃ちの見せ場であると共に、対するラモンの表情が、自分は一瞬遅れたことを察して引き攣るのがよかった。
この対決直前に火薬の爆音と煙が立ち、煙の中からジョーが現れるのはクールだった。その後に続く、ラモンを翻弄するシーンもよかった。
さて、見比べて感じたのは、『用心棒』には有ったコミカルな要素が本作には無く、同じように埃っぽくても、こちらはメキシコの乾燥が感じられたこと。
『用心棒』には対決においても台詞においても、独特の間合い、行間が存在するが、こちらはスピーディーに事が運ぶ。
これは武器の違いが関係しているのだと思う。
刀同士の対決では接近戦になるが、銃を使った対決では距離は関係なくスピード勝負だから。
ラスト、ジョーを二階の日除け越しに狙う銃口が見え、その銃口からジョーを守ったのがオヤジのライフルだった。その後、目くばせだけでの無言のサヨナラが、またクールでフィナーレ(エンディング)のテーマ曲で去って行くのも、無欲な流れ者を送るには相応しいのかも知れないと思った。
このテーマ曲「さすらいの口笛」の作曲者は、エンニオ・モリコーネで、エンニオ・モリコーネ楽団が演奏している。
オープニングでは口笛だけだったのが、エンディングでは男声とギターの音色が加わり、メーンタイトルよりも少しだけ力強さがプラスされたように聴こえた。荒涼とした西部を感じさせる。

西部劇でイーストウッドを怒らしたらダメダメ(笑)

投稿日

2011/02/06

レビュアー

パンケーキレンズ

最近、イーストウッドの西部劇が続いて
エンニオ・モリコーネの音楽(口笛)が頭の中でグルグルまわってます♪

黒澤監督の『用心棒』は未見ですが
これはこれで一つの西部劇として楽しめました
イーストウッドの記念すべき初主演作品☆

流れ者のジョー(C・イーストウッド)が辿り着いた廃墟のような町
二人のボスが闘争を繰り返すその間を巧みに行き来し
お金を一握り、また一握りと懐にしまっていくのですが・・・

町にやってきたジョーはまず
「二人のボスの間に俺がいるのか・・・」とニヤッと笑う
もうそれだけで彼に与えられた人格がスッと掴めます

棺桶3つ・・・いや4つのくだり
鎧の胸にハート型に銃で射抜いたり
「どうも、ありがと」って素直に楽しめました

名前も知らない流れ者の彼を手厚く迎える住人の中でも
棺桶のおじいちゃんが一番いいキャラ
両家を衝突するように仕向けたはいいものの、死体の数がちと多い
おじいちゃん大忙し(笑)

「拳銃とライフルでは拳銃に勝ち目はない」というセリフに
その言葉通りにラストにもってくるのも気持ちいい☆
思わずニンマリしてしまいました
エンニオ・モリコーネの音楽が二人のにらみ合いを更に盛り上げます

ジョーに負けず劣らず悪党ラモンのライフルの腕前も相当なもの
その腕前を逆手にとっての、お手製防弾チョッキ
ラモンの腕に数センチでも狂いがあれば、ジョーはあそこで死んでるんですから!

強きを挫き弱きを助ける
途中ズタボロになりながらも一直線に進むイーストウッドはやっぱりかっちょよかったです

用心棒などA 装弾数は7発

投稿日

2008/09/28

レビュアー

ひきむすび

これは黒沢明監督の「用心棒」よりも先に観たかったですね。
ストーリーが丹念になぞってあるだけに ひたすら長く感じるんですね。
知っているから長いのか?ともう一度「用心棒」を鑑賞しても
こちらは長く感じる。続けてご覧になるなら先に観ることをお勧めします。

ただし


最後の対決のカッコ良さは別格です。

ローアングルからのブーツの大写し。
拍車を鳴らし悪漢どもが立ちはだかる。ぎらつく顔、顔、顔。
この一連の流れだけでも観て良かったと思える箇所。
何回見ても男の世界に酔います。。

そして、、実際の銃はどうかわかりませんが 
作品ではともに七発装填されているようですね。
互いに残りの弾数を知っている 見ている者も知っている
だからこその表情や 呼吸などを観るのはとてもスリリングで
面白かったです。私にとっての作品の良さは この対決に尽きます。

1〜 5件 / 全40件