地獄の逃避行

地獄の逃避行の画像・ジャケット写真

地獄の逃避行 / マーティン・シーン

全体の平均評価点:(5点満点)

15

全体の平均評価点:

DVD

ジャンル :

「地獄の逃避行」 の解説・あらすじ・ストーリー

DVD

解説・ストーリー

25歳のキット・カラザースは、ジェームス・ディーンに憧れ、そのイメージを追い求める若者だ。その彼がある日出会った15歳の少女ホリー。彼女の純粋な魅力に惹かれて恋に落ちたキットに、ホリーの父親は2人の交際を禁じた。思い余って父親を殺してしまったキットは、ホリーとともにあてのない逃避の旅に出る。1958年にネブラスカ州で実際に起った連続殺人事件を基に、15歳の少女ホリーと、交際を禁じられたため彼女の父親を殺した25歳のキットとの逃避行を、広大な荒野をバックに描いたカントリー色鮮やかなロード・ムービー。

「地獄の逃避行」 の作品情報

作品情報

製作年: 1973年
製作国: アメリカ
原題: BADLANDS

「地獄の逃避行」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

関連作品

関連作品

アメイジング・スパイダーマン

アメリカン・ホーンティング

ザ・ホワイトハウス 2ndシーズン

デッドゾーン

ユーザーレビュー:15件

入力内容に誤りがあります。

内容をご確認のうえ、修正いただきますようお願いいたします。

  • 入力内容に誤りがあります。

この作品に関するあなたの感想や意見を書いてみませんか?

1〜 5件 / 全15件

バッドランズ

投稿日:2006/10/13 レビュアー:よふかし

 邦題は、なんというか、あれだけど。
 観てほしい、テレンス・マリックの長編デビュー作。

 自然描写も美しいけど、屋内撮影も美しい。
 キュートなシシー・スペイセク、感情を抑えたナレーションも印象的。僕はジェームズ・ディーンに少しも似ていないと思うのだけれど、映画の中では二度ほど似ているといわれる、若々しいチャーリー・シーンもいい。

 ふたりがいたのはサウス・ダコタの田舎町で、そこは楽園ではなかった。なんにもなかった。ふたりは誰にも愛されていなかった。互いを除いては。
 人を殺したことで、ふたりは田舎町を出て、自分たちの楽園をつくる。でもそれは当然のように、永遠ではない。

 いろんな読み方ができるし、比較したい映画もあるけれど。
 そういうアプローチを拒否するように、同時代の映画を拒否するように、なにか起こっているようでいて何も起こっていない、不思議な世界。心に残る。90点。

このレビューは気に入りましたか? 17人の会員が気に入ったと投稿しています

シシー・スペイセクの魅力に感服

投稿日:2006/10/19 レビュアー:パープルローズ

paroleさん、さっそく「ニューワールド」のレビューをいただいて、ありがとうございました。「白バラの祈り」のカメラ万年筆論とともに、大変参考になりました。
よふかしさん、「地獄の逃避行」「天国の日々」と順にレビューをしてくださっていて、楽しく読ませてもらっています。次の「シンレッドライン」そして「ニューワルド」を楽しみに待っています。

よふかしさんのおすすめのこの作品、さっそくレンタルしてみました。
「天国の日々」といろいろ共通点があり、興味深くみました。
シシー・スペイセクはこの頃24,5歳じゃないかと思うのですが、15歳の役も違和感なくこなしてしまうすごさ。時に少女の顔をみせると思えば、時にものすごく大人びていて、そのエキセントリックな魅力に感服しました。

実は私、Badlandsって行ったことがあるんですよね。延々と荒涼とした大地の広がるところで、観光客もまばらでした。互いだけを愛するふたりが築きあげた楽園の果てのBadlands=地獄の土地。何故か心に残る映画でした。

このレビューは気に入りましたか? 11人の会員が気に入ったと投稿しています

感情の欠落 ネタバレ

投稿日:2008/10/10 レビュアー:MonPetit

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

まずは邦題のタイトルが凄い「地獄の逃避行」ってなんでしょ(笑)まるで火曜サ
スペンスみたいなタイトルだ。主役キット役のマーティン・シーンは「地獄の黙示
録」のウィラード大尉を演じているが、本作は製作年度は古いものの「地獄の黙
示録」の後につけられたらしい。つまりあの「地獄の黙示録」マーティン・シーン
が出てるぞ!ってことでこんなタイトルが考えられたようだ。

本作のヒロインはシシー・スペイセク。当時24歳であるが15歳を何の違和感も
なく演じている。そしてこの3年後、キャリーで主役を演じることになるのだが、
年齢もうまいこと進んで18歳を演じている(ってことはキャリーの時は27歳なん
ですね)、特に童顔ってわけでもないんだけど、この違和感のなさは凄いな。

地獄の逃避行というタイトルからもうドロドロな状態で逃げまくり最後はとんでも
ない死に方をする映画を想像してたが、雰囲気は確かにロードムービー。
自然を背景にしたシーンが多く、動物や植物などのアップまでよくでてくる。
主役の2人も爽やかに演じているのだが、やっていることは確かに地獄の逃避
行だ(邦題も意外と言い当ててるのかもしれない)。キレると見境がなくなり平気
で人を殺すキット。それをいろんな理由で容認するハリー。そもそも父親を殺した
相手と逃げているのだから既に想像の粋を超えてるといってもいい。

当然の如く、逮捕されるのだが彼は取り乱すこともなくあくまでも淡々としていた。
感情の欠落と、追い詰められた時の異常性。下手なホラーよりもよっぽど恐怖を
感じる。

このレビューは気に入りましたか? 10人の会員が気に入ったと投稿しています

西部劇に対するオマージュ?

投稿日:2006/11/06 レビュアー:parole

『地獄の逃避行』は良い意味で非常に不可思議な作品だと思う。モノローグによる物語の進行、説明的な要素を排した断片的な編集、手持ちとフィックスとを時宜によって使い分けたカメラワークなど、最近作の『ニュー・ワールド』に至るまでほぼ踏襲されている基本要素が満たされており、こうした観点から見るならテレンス・マリックは処女作において既に手法的には完成していたと言える。

ならば、作品そのものも完成度が高いかと言えば、私見では『ニュー・ワールド』はもちろんのこと、『天国の日々』や『シン・レッド・ライン』と比べてもまだまだ熟成されていない感じがするのだが、このこなれていない様こそが本作の持ち味であり、良さなのだと思う。

テレンス・マリックの作品はいずれも表面的な見通しが悪く、安易に直線的/単線的なメッセージを紡ぎ出せるような代物ではないのだが、彼のある種の集大成と言える『シン・レッド・ライン』においては少なくともベクトル・レベルにおいては強力な磁力が働いていたように思う。しかし本作においては、作品のタイプ故か、未熟さ故か、あるいはテレンス・マリックの明確な意図故か、一点に収束していくような力強さが感じられない。むしろ、本作の核心とも言える主役であるマーティン・シーンの行動原理や心情が解き明かされていない、いやろくな説明さえされていないことからわかるように、描写は事実(出来事)を辿るだけの即物的なものであり、作品の持つベクトルもラスト・シークエンスに至るまで拡散したままだ。多くの人物のモノローグが出てくるにもかかわらずトーンや「主張」に明確に共通したものが感じられる『シン・レッド・ライン』に対し、『地獄の逃避行』においてはシシー・スペイセクの一人語りであるのに事実の口述に徹しているがため何を伝えようとしているのか真意が判然としないことも本作の特徴を形作っていると言えよう。それは一面から捉えるなら未完成と言うことにもなるかもしれないが、拙さとは異なった豊かな未熟さと言えるのではなかろうか。

このレビューの論調からわかるように、私はこの作品がいたく気に入ったのだが、実はその一番の理由は上述の作品構造よりも、「ロード・ムーヴィー」のパートに入ってから断続的かつ基調音のように現れる、赤茶けた大地とどこまでも広く高い空とが織りなす美しい地平線、そう西部劇的な光景だった。いやよくよく考えてみると、地平線だけではなく、作品のトーンも基本構造も私には現代版西部劇であるように強く感じられ、深読みするなら本作は「西部劇(的なものに対する)オマージュ」であるとすら感じられた。

ちなみに、地平線が美しいと言ったが、個々のシーン(光景)自体も美しいのだが、それにもまして本作のように作品の中で意図を込め価値を持たせて用いてこそ初めて映画的な美しさと言えるのだと思う。これは、単にきれいな(と一般的に思われるであろう)絵柄だけを切り貼りしただけの「映像がい美しい」作品とは似て非なるものであることは言うまでもない。

このレビューは気に入りましたか? 10人の会員が気に入ったと投稿しています

そこに自然が黙して佇んでいる。

投稿日:2010/05/25 レビュアー:bokensdorf

テレンス・マリック監督作品狙いで観ました。この監督の映画は私はどれもこれも非常によく分かり、ゴッドの視点があり、自然がプレイヤーの一人であるという点がどの映画にも確実に埋め込まれていますね。この作品はそういう彼の作風の原点なのでしょうが、すでに文句無しの大傑作だと思います。

サウス・ダコタ州というのがどういう所か知らないとしょっぱなのストーリーについて行けないと思いますが、あそこは何にも無いとこです。行った事ありますが、ダイナソーの化石なんかが出てくる荒野ばっかり(グレートプレーンズ)の土地です。あの広さの土地に人口が今でも80万人しかいなくて、全米最貧困州。こんな町に生まれたら初めから大きなハンデを背負っているような気がするのではなかろうか。オレは絶対にサウス・ダコタには生まれたくない、訪れた人はみんなそう言う……かどうか分からないが私はつくづくそう思いました。字幕には書いてないがキットが「ラピッド・シティなんか消えてなくなれ!」と言うんだけどラピッド・シティとは、そんな町であるのです。

アメリカの地方都市(と書くと聞こえは良いが実際は日本のどこよりも酷い貧困がある)の閉塞感はいろんな映画に出てくるけれど、いまひとつ本物を観た事が無いと実感がまさしく湧かないと思う。行きどころが(生きどころ)が無いのです。アメリカは辛い国だと思うよ、つくづく。日本人で良かった。ありがとうお父さん、お母さん。

そういう映画である。

これじゃあんまりのレビューだけど、この「人間のどうしようも無さ」を静かに観ている視点をこの映画に感じないだろうか。それがテレンス・マリックなんだなぁ、と思う。そこに自然が黙して佇んでいる。

※テレンス・マリックはあのお金持ちの家(まさしくアメリカの成金趣味の醜悪さが爆発している。伝統の無い国、文化の無い国をうまく象徴していた)に尋ねて来るおじさんが本人だそうです。(出所:http://www.imdb.com/title/tt0069762/trivia )

このレビューは気に入りましたか? 7人の会員が気に入ったと投稿しています

1〜 5件 / 全15件

地獄の逃避行

ユーザーレビュー

入力内容に誤りがあります。

内容をご確認のうえ、修正いただきますようお願いいたします。

  • 入力内容に誤りがあります。

ユーザーレビュー:15件

バッドランズ

投稿日

2006/10/13

レビュアー

よふかし

 邦題は、なんというか、あれだけど。
 観てほしい、テレンス・マリックの長編デビュー作。

 自然描写も美しいけど、屋内撮影も美しい。
 キュートなシシー・スペイセク、感情を抑えたナレーションも印象的。僕はジェームズ・ディーンに少しも似ていないと思うのだけれど、映画の中では二度ほど似ているといわれる、若々しいチャーリー・シーンもいい。

 ふたりがいたのはサウス・ダコタの田舎町で、そこは楽園ではなかった。なんにもなかった。ふたりは誰にも愛されていなかった。互いを除いては。
 人を殺したことで、ふたりは田舎町を出て、自分たちの楽園をつくる。でもそれは当然のように、永遠ではない。

 いろんな読み方ができるし、比較したい映画もあるけれど。
 そういうアプローチを拒否するように、同時代の映画を拒否するように、なにか起こっているようでいて何も起こっていない、不思議な世界。心に残る。90点。

シシー・スペイセクの魅力に感服

投稿日

2006/10/19

レビュアー

パープルローズ

paroleさん、さっそく「ニューワールド」のレビューをいただいて、ありがとうございました。「白バラの祈り」のカメラ万年筆論とともに、大変参考になりました。
よふかしさん、「地獄の逃避行」「天国の日々」と順にレビューをしてくださっていて、楽しく読ませてもらっています。次の「シンレッドライン」そして「ニューワルド」を楽しみに待っています。

よふかしさんのおすすめのこの作品、さっそくレンタルしてみました。
「天国の日々」といろいろ共通点があり、興味深くみました。
シシー・スペイセクはこの頃24,5歳じゃないかと思うのですが、15歳の役も違和感なくこなしてしまうすごさ。時に少女の顔をみせると思えば、時にものすごく大人びていて、そのエキセントリックな魅力に感服しました。

実は私、Badlandsって行ったことがあるんですよね。延々と荒涼とした大地の広がるところで、観光客もまばらでした。互いだけを愛するふたりが築きあげた楽園の果てのBadlands=地獄の土地。何故か心に残る映画でした。

感情の欠落

投稿日

2008/10/10

レビュアー

MonPetit

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

まずは邦題のタイトルが凄い「地獄の逃避行」ってなんでしょ(笑)まるで火曜サ
スペンスみたいなタイトルだ。主役キット役のマーティン・シーンは「地獄の黙示
録」のウィラード大尉を演じているが、本作は製作年度は古いものの「地獄の黙
示録」の後につけられたらしい。つまりあの「地獄の黙示録」マーティン・シーン
が出てるぞ!ってことでこんなタイトルが考えられたようだ。

本作のヒロインはシシー・スペイセク。当時24歳であるが15歳を何の違和感も
なく演じている。そしてこの3年後、キャリーで主役を演じることになるのだが、
年齢もうまいこと進んで18歳を演じている(ってことはキャリーの時は27歳なん
ですね)、特に童顔ってわけでもないんだけど、この違和感のなさは凄いな。

地獄の逃避行というタイトルからもうドロドロな状態で逃げまくり最後はとんでも
ない死に方をする映画を想像してたが、雰囲気は確かにロードムービー。
自然を背景にしたシーンが多く、動物や植物などのアップまでよくでてくる。
主役の2人も爽やかに演じているのだが、やっていることは確かに地獄の逃避
行だ(邦題も意外と言い当ててるのかもしれない)。キレると見境がなくなり平気
で人を殺すキット。それをいろんな理由で容認するハリー。そもそも父親を殺した
相手と逃げているのだから既に想像の粋を超えてるといってもいい。

当然の如く、逮捕されるのだが彼は取り乱すこともなくあくまでも淡々としていた。
感情の欠落と、追い詰められた時の異常性。下手なホラーよりもよっぽど恐怖を
感じる。

西部劇に対するオマージュ?

投稿日

2006/11/06

レビュアー

parole

『地獄の逃避行』は良い意味で非常に不可思議な作品だと思う。モノローグによる物語の進行、説明的な要素を排した断片的な編集、手持ちとフィックスとを時宜によって使い分けたカメラワークなど、最近作の『ニュー・ワールド』に至るまでほぼ踏襲されている基本要素が満たされており、こうした観点から見るならテレンス・マリックは処女作において既に手法的には完成していたと言える。

ならば、作品そのものも完成度が高いかと言えば、私見では『ニュー・ワールド』はもちろんのこと、『天国の日々』や『シン・レッド・ライン』と比べてもまだまだ熟成されていない感じがするのだが、このこなれていない様こそが本作の持ち味であり、良さなのだと思う。

テレンス・マリックの作品はいずれも表面的な見通しが悪く、安易に直線的/単線的なメッセージを紡ぎ出せるような代物ではないのだが、彼のある種の集大成と言える『シン・レッド・ライン』においては少なくともベクトル・レベルにおいては強力な磁力が働いていたように思う。しかし本作においては、作品のタイプ故か、未熟さ故か、あるいはテレンス・マリックの明確な意図故か、一点に収束していくような力強さが感じられない。むしろ、本作の核心とも言える主役であるマーティン・シーンの行動原理や心情が解き明かされていない、いやろくな説明さえされていないことからわかるように、描写は事実(出来事)を辿るだけの即物的なものであり、作品の持つベクトルもラスト・シークエンスに至るまで拡散したままだ。多くの人物のモノローグが出てくるにもかかわらずトーンや「主張」に明確に共通したものが感じられる『シン・レッド・ライン』に対し、『地獄の逃避行』においてはシシー・スペイセクの一人語りであるのに事実の口述に徹しているがため何を伝えようとしているのか真意が判然としないことも本作の特徴を形作っていると言えよう。それは一面から捉えるなら未完成と言うことにもなるかもしれないが、拙さとは異なった豊かな未熟さと言えるのではなかろうか。

このレビューの論調からわかるように、私はこの作品がいたく気に入ったのだが、実はその一番の理由は上述の作品構造よりも、「ロード・ムーヴィー」のパートに入ってから断続的かつ基調音のように現れる、赤茶けた大地とどこまでも広く高い空とが織りなす美しい地平線、そう西部劇的な光景だった。いやよくよく考えてみると、地平線だけではなく、作品のトーンも基本構造も私には現代版西部劇であるように強く感じられ、深読みするなら本作は「西部劇(的なものに対する)オマージュ」であるとすら感じられた。

ちなみに、地平線が美しいと言ったが、個々のシーン(光景)自体も美しいのだが、それにもまして本作のように作品の中で意図を込め価値を持たせて用いてこそ初めて映画的な美しさと言えるのだと思う。これは、単にきれいな(と一般的に思われるであろう)絵柄だけを切り貼りしただけの「映像がい美しい」作品とは似て非なるものであることは言うまでもない。

そこに自然が黙して佇んでいる。

投稿日

2010/05/25

レビュアー

bokensdorf

テレンス・マリック監督作品狙いで観ました。この監督の映画は私はどれもこれも非常によく分かり、ゴッドの視点があり、自然がプレイヤーの一人であるという点がどの映画にも確実に埋め込まれていますね。この作品はそういう彼の作風の原点なのでしょうが、すでに文句無しの大傑作だと思います。

サウス・ダコタ州というのがどういう所か知らないとしょっぱなのストーリーについて行けないと思いますが、あそこは何にも無いとこです。行った事ありますが、ダイナソーの化石なんかが出てくる荒野ばっかり(グレートプレーンズ)の土地です。あの広さの土地に人口が今でも80万人しかいなくて、全米最貧困州。こんな町に生まれたら初めから大きなハンデを背負っているような気がするのではなかろうか。オレは絶対にサウス・ダコタには生まれたくない、訪れた人はみんなそう言う……かどうか分からないが私はつくづくそう思いました。字幕には書いてないがキットが「ラピッド・シティなんか消えてなくなれ!」と言うんだけどラピッド・シティとは、そんな町であるのです。

アメリカの地方都市(と書くと聞こえは良いが実際は日本のどこよりも酷い貧困がある)の閉塞感はいろんな映画に出てくるけれど、いまひとつ本物を観た事が無いと実感がまさしく湧かないと思う。行きどころが(生きどころ)が無いのです。アメリカは辛い国だと思うよ、つくづく。日本人で良かった。ありがとうお父さん、お母さん。

そういう映画である。

これじゃあんまりのレビューだけど、この「人間のどうしようも無さ」を静かに観ている視点をこの映画に感じないだろうか。それがテレンス・マリックなんだなぁ、と思う。そこに自然が黙して佇んでいる。

※テレンス・マリックはあのお金持ちの家(まさしくアメリカの成金趣味の醜悪さが爆発している。伝統の無い国、文化の無い国をうまく象徴していた)に尋ねて来るおじさんが本人だそうです。(出所:http://www.imdb.com/title/tt0069762/trivia )

1〜 5件 / 全15件