女と男のいる舗道

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女と男のいる舗道 / アンナ・カリーナ

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映画賞受賞作品

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「女と男のいる舗道」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

街頭ロケで同時録音されるなど、当時の映画作りの常識を打ち破る作品。『女は女である』とは一転したアンナ・カリーナの虚無感あふれる演技と実存主義的で冷ややかなゴダールの視点。 12のエピソードからなる娼婦ナナの物語。人生に疲れてしまったナナは娼婦として生活をはじめた。無感動にただ淡々と男の相手をするナナ。そんな彼女の前にある日、一人の男が現れた。ナナは彼に恋し、一筋の希望を見つけて、ヒモのラウールと別れる決心をするのだったが、気持ちの変化を知った彼はナナを他の売春業者に売り払おうとする。マルセル・サコットのドキュメンタリー「売春婦のいる場所」にゴダールが脚色を加えた、ゴダールの長篇4作目。 JAN:4949478090655

「女と男のいる舗道」 の作品情報

作品情報

製作年: 1962年
製作国: フランス
原題: VIVRE SA VIE/IT’S MY LIFE/MY LIFE TO LIV
受賞記録: 1962年 ヴェネチア国際映画祭 審査員特別賞

「女と男のいる舗道」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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アンナ・カリーナの塑像 ネタバレ

投稿日:2010/03/04 レビュアー:よふかし

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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 ゴダールの本やゴダールについての本はあまり読んだことがないので、この当時のゴダールとアンナ・カリーナの関係はよく分からないのだけれど、バーのカウンターに座るカリーナの「後ろ頭」を映し出したファーストショットから、監督と主演女優の間のただならぬパッションを感じる映画。
 女優志願が娼婦に堕ちていく微細で陳腐な物語が、ことさらな動きを抑えた演技、抑制された演出で描きだされているのに、ひじょうにドラマティックに感じてしまう。
 たとえばドライヤーの『裁かるるジャンヌ』のファルコネッティのクロースアップと、それを観るアンナ・カリーナのクロースアップのつながれを観ていると、それがカリーナの内面の孤独を表現しているといった「物語」ではなく、あるいは至高の名画に言及せずにはおれない作り手の「映画的な引用」だと考えるわけでもなく、ただただ二人の女性の顔の素晴らしさに圧倒され、感動するのである。ただただふたりの涙に、感動する。このような感動は映画にしかない。
 このような感動は映画にしかないといいながら、あえて他の芸術に比較すると、画家や彫刻家がモデルの女性をアトリエに立たせるように(『美しき諍い女』などを想起されたい)、ゴダールはカリーナを街に立たせて描く。絵筆ならぬカメラで、この美しい女性の塑像をつくる。働くレコード店で客のほしがるレコードを探して歩き、同僚にこそこそと囁くカリーナを捉えた長いショットが何度観ても素晴らしいのは、カリーナのゆったりとした歩み、レコードを探すアクションにナナという女性が息づいているからだ。
 ナナとは、ゴダールの眼に映るアンナ・カリーナそのものだ。それは好きな女を撮ったというようなドキュメンタルな意味ではなく、画家がモデルを絵画として描き出すのがフィクション化の過程であるように、ゴダールは自分の眼に映るカリーナの魅力を、堕ちていく娼婦というフィクションを借りて、まざまざとフィルムに定着させたように感じられるのだ。
 ラストにナナに撃ちこまれる二発の銃弾は、ゴダールからの、映画からの祝福に他ならない。90点。

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意地悪なラブレター

投稿日:2010/01/03 レビュアー:ひきむすび

誰かの背中にすっぽりと隠れる
部屋から出てしまう
逆行で顔が見えない
声が消されてしまう
アンナ・カリーナが故意に隠されて 
まるでしかけ絵本みたい

お話の悲惨さとは 裏腹に
ゴダールのアンナへの愛を感じて ぷっと吹き出してしまう。
彼女を隠す 彼女を見せる
はぐらかしては 引き寄せる
大好きで大好きでくしゅくしゅにしてしまいたいみたい。

ストーリーそのものよりも彼女を見て欲しい。
ゴダールのこういう やんちゃさがとても楽しい。

蛇足
哲学おじさんの目線がとても気になる。
カンペかしら。

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ナナの人生

投稿日:2010/01/02 レビュアー:neko

女優になりたかったナナが娼婦になるまでを12のエピソードで描いた作品。
アンナ・カリーナの美しさと、ミシェル・ルグランの音楽がとても印象的。
83分という短さと、12のパートに分かれていることで、とてもテンポよく観ることができます。
堕ちていくのを描きながら、途中まではそこまで暗い感じはしませんね。
ナナ(アンナ・カリーナ)のコケティッシュさのおかげかな。

女優になりたいということもあり、ナナは自分が可愛いこと、美しいことが分かっていて、それがまたちょっと哀しく映ります。
舗道に立つナナのバックに流れるルグランの音楽、あぁっと哀しみが溢れてきます。
貴婦人のような娼婦。堕ちていくナナ。

ナナが映画館で観る「裁かるるジャンヌ」。
映画の中の引用にしてはとても長く、そしてジャンヌ・ダルクのアップがそのままナナのアップになり、流れる涙。
あまりに印象的だったので「裁かるるジャンヌ」も鑑賞しました。
(こちらも言葉を失うほどの凄まじい迫力、素晴らしい映画でした。)

昔、観たときは特別深く印象に残らなかったけれど、再見してみるとこんなに切ない映画だったのだなぁと驚きました。
明るいナナとは対照的にナナを見つめる視線がとてもクールな気がして、ちょっと哀しかった。とても印象に残る映画です。
ゴダール監督は、この映画で、演技を終えた後のアンナ・カリーナもフィルムに収めたみたいですね。カメラを見つめるあのシーン?と想像して観ても楽しいかも。

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路上のダンスと不条理な死

投稿日:2021/10/28 レビュアー:ちゅく

「女と男のいる舗道」(1962、フランス、白黒、84分)。
ゴダールと書くほどのこともない名作。アンナ・カリーナの娼婦が、路上で踊り、流れ弾にあって死ぬ。映画を観たことのないひとも、ミシェル・ルグランの音楽を聴けば、「ああ」と思われることでしょう。ここで、レビュー本文の大半は終わりです。

映画の最初に受賞歴があり、「B級映画(フロンベルジェ)に捧ぐ」というメッセージにぐっときます。「12景からなる映画」の字幕が出て、その「12」とは、
【1】とあるビストロ ──ナナはポールを棄ててしまいたい──下にある機械
【2】レコード屋 -──2,000フラン── ナナは自分の人生を生きている
【3】コンシェルジュ ── ポール ── 裁かるゝジャンヌ──あるジャーナリスト
【4】警察─ナナの反対尋問
【5】外の大通り──最初の男── 部屋
【6】イヴェットと会う──郊外のとあるカフェ・ラウール ── 外での銃撃
【7】手紙──またラウール ── シャンゼリゼ
【8】午後──金銭 ── 化粧室 ──快楽 ── ホテル
【9】若い男── ルイジ ── ナナは自分が幸せなのか疑問に思う
【10】舗道 ──あるタイプ ── 幸福とは華やかなものではない
【11】シャトレ広場── 見知らぬ男 ── ナナは知識をもたずに哲学する
【12】また若い男── 楕円形の肖像 ──ラウールは再びナナを売る

以上で、この映画のストーリーが見えてきます。
1960年代前半のパリ。「ナナ」(アンナ・カリーナ)は、地方にいる夫「ポール」(アンドレ・S・ラバルト)と離婚し、女優を夢見てこの都会に出てきたが、今は、レコード屋の店員をして食をつないでいる。ある日、舗道で男(ジル・ケアン)に誘われて、報酬を得て、彼女はしだいに娼婦になった。「ラウール」(サディ・レボ)という女衒に食いものにされる。自分より若い男(ペテ・カソヴィッツ)への愛がありました。あふれる体で衝動を表現したい彼女は、路上で踊ります。この場面がこの映画の絶頂です。「ナナ・クランフランケンハイム」という名から推定されますが、彼女は収容所からの生還者だったのです。

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ナナの横顔 ネタバレ

投稿日:2010/01/03 レビュアー:☆marion☆

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ナナの1920年代の女優ばりの短いボブカットが、
薄幸な運命を現しているようで、痛々しく感じました。
冒頭のナナの横顔だけでも、見といて損はないです。
あと、ビリヤード台の周りでナナが踊りまくるところとか、
「裁かるるジャンヌ」を見て、涙するところとか、
見どころはたくさんありますね。
(きっと、レオス・カラックスが「汚れた血」で、
パクってると思う。女の名前もアンナだし)

てっきり、この映画は「はなればなれに」の後だと思ってたのですが、それより2年も前の映画なのですね。
若くて美しいナナがずるずると、流されて行く様子の描写が
12章に整理してあるので、わかりやすいと思います。

ラストのナナが撃たれるところ、
ピストルの音がチャチ過ぎて、
人がひとり死んでる感じがしなかったんですよね。
何度見ても、ラストで置いてきぼり喰らった感があります。

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女と男のいる舗道

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アンナ・カリーナの塑像

投稿日

2010/03/04

レビュアー

よふかし

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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 ゴダールの本やゴダールについての本はあまり読んだことがないので、この当時のゴダールとアンナ・カリーナの関係はよく分からないのだけれど、バーのカウンターに座るカリーナの「後ろ頭」を映し出したファーストショットから、監督と主演女優の間のただならぬパッションを感じる映画。
 女優志願が娼婦に堕ちていく微細で陳腐な物語が、ことさらな動きを抑えた演技、抑制された演出で描きだされているのに、ひじょうにドラマティックに感じてしまう。
 たとえばドライヤーの『裁かるるジャンヌ』のファルコネッティのクロースアップと、それを観るアンナ・カリーナのクロースアップのつながれを観ていると、それがカリーナの内面の孤独を表現しているといった「物語」ではなく、あるいは至高の名画に言及せずにはおれない作り手の「映画的な引用」だと考えるわけでもなく、ただただ二人の女性の顔の素晴らしさに圧倒され、感動するのである。ただただふたりの涙に、感動する。このような感動は映画にしかない。
 このような感動は映画にしかないといいながら、あえて他の芸術に比較すると、画家や彫刻家がモデルの女性をアトリエに立たせるように(『美しき諍い女』などを想起されたい)、ゴダールはカリーナを街に立たせて描く。絵筆ならぬカメラで、この美しい女性の塑像をつくる。働くレコード店で客のほしがるレコードを探して歩き、同僚にこそこそと囁くカリーナを捉えた長いショットが何度観ても素晴らしいのは、カリーナのゆったりとした歩み、レコードを探すアクションにナナという女性が息づいているからだ。
 ナナとは、ゴダールの眼に映るアンナ・カリーナそのものだ。それは好きな女を撮ったというようなドキュメンタルな意味ではなく、画家がモデルを絵画として描き出すのがフィクション化の過程であるように、ゴダールは自分の眼に映るカリーナの魅力を、堕ちていく娼婦というフィクションを借りて、まざまざとフィルムに定着させたように感じられるのだ。
 ラストにナナに撃ちこまれる二発の銃弾は、ゴダールからの、映画からの祝福に他ならない。90点。

意地悪なラブレター

投稿日

2010/01/03

レビュアー

ひきむすび

誰かの背中にすっぽりと隠れる
部屋から出てしまう
逆行で顔が見えない
声が消されてしまう
アンナ・カリーナが故意に隠されて 
まるでしかけ絵本みたい

お話の悲惨さとは 裏腹に
ゴダールのアンナへの愛を感じて ぷっと吹き出してしまう。
彼女を隠す 彼女を見せる
はぐらかしては 引き寄せる
大好きで大好きでくしゅくしゅにしてしまいたいみたい。

ストーリーそのものよりも彼女を見て欲しい。
ゴダールのこういう やんちゃさがとても楽しい。

蛇足
哲学おじさんの目線がとても気になる。
カンペかしら。

ナナの人生

投稿日

2010/01/02

レビュアー

neko

女優になりたかったナナが娼婦になるまでを12のエピソードで描いた作品。
アンナ・カリーナの美しさと、ミシェル・ルグランの音楽がとても印象的。
83分という短さと、12のパートに分かれていることで、とてもテンポよく観ることができます。
堕ちていくのを描きながら、途中まではそこまで暗い感じはしませんね。
ナナ(アンナ・カリーナ)のコケティッシュさのおかげかな。

女優になりたいということもあり、ナナは自分が可愛いこと、美しいことが分かっていて、それがまたちょっと哀しく映ります。
舗道に立つナナのバックに流れるルグランの音楽、あぁっと哀しみが溢れてきます。
貴婦人のような娼婦。堕ちていくナナ。

ナナが映画館で観る「裁かるるジャンヌ」。
映画の中の引用にしてはとても長く、そしてジャンヌ・ダルクのアップがそのままナナのアップになり、流れる涙。
あまりに印象的だったので「裁かるるジャンヌ」も鑑賞しました。
(こちらも言葉を失うほどの凄まじい迫力、素晴らしい映画でした。)

昔、観たときは特別深く印象に残らなかったけれど、再見してみるとこんなに切ない映画だったのだなぁと驚きました。
明るいナナとは対照的にナナを見つめる視線がとてもクールな気がして、ちょっと哀しかった。とても印象に残る映画です。
ゴダール監督は、この映画で、演技を終えた後のアンナ・カリーナもフィルムに収めたみたいですね。カメラを見つめるあのシーン?と想像して観ても楽しいかも。

路上のダンスと不条理な死

投稿日

2021/10/28

レビュアー

ちゅく

「女と男のいる舗道」(1962、フランス、白黒、84分)。
ゴダールと書くほどのこともない名作。アンナ・カリーナの娼婦が、路上で踊り、流れ弾にあって死ぬ。映画を観たことのないひとも、ミシェル・ルグランの音楽を聴けば、「ああ」と思われることでしょう。ここで、レビュー本文の大半は終わりです。

映画の最初に受賞歴があり、「B級映画(フロンベルジェ)に捧ぐ」というメッセージにぐっときます。「12景からなる映画」の字幕が出て、その「12」とは、
【1】とあるビストロ ──ナナはポールを棄ててしまいたい──下にある機械
【2】レコード屋 -──2,000フラン── ナナは自分の人生を生きている
【3】コンシェルジュ ── ポール ── 裁かるゝジャンヌ──あるジャーナリスト
【4】警察─ナナの反対尋問
【5】外の大通り──最初の男── 部屋
【6】イヴェットと会う──郊外のとあるカフェ・ラウール ── 外での銃撃
【7】手紙──またラウール ── シャンゼリゼ
【8】午後──金銭 ── 化粧室 ──快楽 ── ホテル
【9】若い男── ルイジ ── ナナは自分が幸せなのか疑問に思う
【10】舗道 ──あるタイプ ── 幸福とは華やかなものではない
【11】シャトレ広場── 見知らぬ男 ── ナナは知識をもたずに哲学する
【12】また若い男── 楕円形の肖像 ──ラウールは再びナナを売る

以上で、この映画のストーリーが見えてきます。
1960年代前半のパリ。「ナナ」(アンナ・カリーナ)は、地方にいる夫「ポール」(アンドレ・S・ラバルト)と離婚し、女優を夢見てこの都会に出てきたが、今は、レコード屋の店員をして食をつないでいる。ある日、舗道で男(ジル・ケアン)に誘われて、報酬を得て、彼女はしだいに娼婦になった。「ラウール」(サディ・レボ)という女衒に食いものにされる。自分より若い男(ペテ・カソヴィッツ)への愛がありました。あふれる体で衝動を表現したい彼女は、路上で踊ります。この場面がこの映画の絶頂です。「ナナ・クランフランケンハイム」という名から推定されますが、彼女は収容所からの生還者だったのです。

ナナの横顔

投稿日

2010/01/03

レビュアー

☆marion☆

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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ナナの1920年代の女優ばりの短いボブカットが、
薄幸な運命を現しているようで、痛々しく感じました。
冒頭のナナの横顔だけでも、見といて損はないです。
あと、ビリヤード台の周りでナナが踊りまくるところとか、
「裁かるるジャンヌ」を見て、涙するところとか、
見どころはたくさんありますね。
(きっと、レオス・カラックスが「汚れた血」で、
パクってると思う。女の名前もアンナだし)

てっきり、この映画は「はなればなれに」の後だと思ってたのですが、それより2年も前の映画なのですね。
若くて美しいナナがずるずると、流されて行く様子の描写が
12章に整理してあるので、わかりやすいと思います。

ラストのナナが撃たれるところ、
ピストルの音がチャチ過ぎて、
人がひとり死んでる感じがしなかったんですよね。
何度見ても、ラストで置いてきぼり喰らった感があります。

1〜 5件 / 全5件