ミッシング

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ミッシング / ジャック・レモン

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「ミッシング」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

 南米チリに滞在していたアメリカ人チャールズが行方不明になった。父親のエドワードは、早速現地に飛び、チャールズの妻と共に調査を開始する。そして、チャールズの失踪には、クーデターが深く関わっていることが判明していく……。南米の軍事クーデターを題材に、コスタ=ガヴラスがハリウッド・スターを起用して描いた社会派ドラマ。

「ミッシング」 の作品情報

作品情報

製作年: 1982年
製作国: アメリカ
原題: MISSING
受賞記録: 1982年 アカデミー賞 脚色賞
1982年 カンヌ国際映画祭 パルム・ドール

「ミッシング」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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ユーザーレビュー:14件

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1〜 5件 / 全14件

重厚な展開に究極のリアリティを見た。 ネタバレ

投稿日:2008/10/12 レビュアー:MonPetit

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

ストーリーとしては単純明快。実話をベースにしたとされる話のようだが、南米で
行方不明になった男を父親が息子の妻と一緒に必死に探すという話である。現地
ではクーデターの真っ只中であり、本当にそこにいるかのような描写が延々と続く。
これは本当にロケなのだろうか、まるでクーデターの街中で撮影されたかのような
リアリティだ。ストーリーは淡々とそして重厚に進んでいく。この作り方で2時間を
長いと感じさせないのはあまりにも凄い。完全に私はその街にいるかのような気分
にさせられ、銃声に気を配り、戒厳令におびえる人たちに本気で心配してしまう始
末だ。時折、織り込まれたクーデターの悲惨さを表す映像、これらが絶妙に配置
され、決してカットの真ん中には出てこないのだがこれがまたリアリティを増す。
死体置場のシーンではほんの短い時間だが、クーデーターの人権軽視を一気に
表して見せ、画面の端で銃弾に倒れる男を描いている目線、これは映画監督と
いうよりは戦場カメラマンのようにも感じる。

クーデターという正気を失った状態の国や街がどんなに酷いかについてはあえて
言及しない。しかし、この作品はそれを酷すぎるようにも描いていないところに逆
にクーデターの怖さも感じてしまう。完全に人命が軽視されている状態を淡々と
描いているのだ。そこには映画というものでありながら究極のリアリズムが存在し
ているのは間違いない。ドキュメンタリーさえも超えている。

どんな戦争映画やクーデター、内紛映画をみてもここまでのリアリティを感じたのは
過去に記憶がない。秀作であることは間違いない。

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もう一つの「9.11」

投稿日:2007/07/04 レビュアー:カープ好き

1970年にチリで政権を獲ったサルバトール・アジェンデの左翼政権は、銅鉱山の国有化など社会主義的政策を進め、イデオロギーと利権の双方から危機感を抱いたアメリカの支援により、1973年9月11日に、アウグスト・ピノチェット将軍がクーデターを起こしました。クーデター後のピノチェットによる左翼狩りで、数多くの一般市民が犠牲になりました。
チリの人々にとって、「9.11」は、アメリカが加害者側に立つ虐殺の記憶なのです。

このチリ・クーデターを題材にしたのが、本作ミッシングです。
上記の説明のようなクーデターを当事者の立場から、描くこともできたでしょうが、本作ではクーデターに巻き込まれた外国人、しかも、事件の後から関わりを持つという第三者の立場から描かれています。
当然、観客も過度な思い入れから離れて、客観的な視点で鑑賞することになります。

ジャック・レモン演じる保守的な父親は、アメリカの一般市民の代表です。熱心なクリスチャンであり、反共的です。
行方不明となった息子を探しにきた父親は、「進歩的でリベラル」と称する息子夫婦を、世間知らずで思慮の足りない若者として扱います。
観客の私たちも、わざわざ外国に来て、自分たちの価値観で無鉄砲に行動するアメリカの若者を見て、眉をひそめます。

「アメリカ人だからって、何でも許されるわけじゃないだろ!」

特権意識が鼻につきます。
このように、必ずしも主人公に感情移入できないまま、映画は進みます。
しかし、「長いものには巻かれろ。政府に楯突くなんてとんでもない。」と考えていた父親が、反感を覚えながら息子の嫁とともに息子の行動をたどるうちに、チリで起こったことの意味を理解し始め、その非道に怒り、息子たちの行動を容認するようになります。嫁との連帯感、共感もね。
見ている観客も、同様です。
はじめに、アメリカの若者に感じていた違和感は、軍事政権への驚愕、怒りに変わっていきます。

ただ、アメリカ人の特権意識は変わりませんね。日本人だから感じるのかもしれませんが、日本人の観光客が外国でこんなに日本政府を頼りにするかな?ちょっとうらやましい気もしtきます。
これは亡命者である監督のコスタ・ガブラスの皮肉かもしれません。

結局、この映画では、クーデターの詳細な内容は明らかにされませんし、アメリカの関与もあいまいなままです。この点で、不満を感じる方もおられるでしょうが、この映画のポイントは、現実に起こったクーデターや虐殺を指弾することでも、アメリカの国際的な陰謀を描くことでもないのではないでしょうか。

私には、この映画の訴えたかったこととは、次のように思えました。

現実から目を背けるな。
考えることを怠るな。
決してあきらめるな。
そして、行動すべき時は行動せよ。

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父と娘 ネタバレ

投稿日:2008/08/17 レビュアー:よふかし

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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(関連作についても重大なネタバレがあります)

 ことし前半、あまり期待していなかったのにとても面白かった一本は、ジュリー・ガブラス『ぜんぶ、フィデルのせい』。コミカルなおしゃれ少女映画っぽく宣伝されていましたが、実際は瑞々しくも、骨太な作品でした。
 そのラスト近くで思い出されたのが、ジュリー・ガブラスの父親であるコスタ・ガブラスが撮った、この『ミッシング』です。『ぜんぶ…』ではチリのアジェンデ政権がピノチェトの軍事クーデタによって倒されるニュースを遠くパリのテレビが報じ、間もなく映画は幕を下ろすのですが、『ミッシング』はまさにその瞬間のチリで幕を開けるのです。ほぼ三十年の時を経て、父娘ふたりの作品が時空を超え結びついたと感じられた、不思議で幸福な瞬間でした。

『ミッシング』はいま見ても、とても強烈で恐ろしい、政治スリラーです。スリラーというと娯楽作品の匂いがしてしまいますが、社会派と形容されるガブラスですから、露骨なエンタテインメントというわけではありません。個人を押しつぶす「政治の冷酷さ」こそが、『Z』に始まり彼が追及してきてそしてここでも追及されているテーマです。流血のクーデタ、そこに巻き込まれた米国人の家族、次第に暴かれる陰謀を、事実をもとに淡々と描いて、けして観る者をスリルや謎解きで楽しませようとはしていません。
 けれども、そのアプローチがかえって、普通のサスペンス映画以上に手に汗握る緊迫した場面を作りあげていると感じられました。
 たとえば冒頭間もない、シシー・スペイセクが戒厳令のため家に帰れず、銃声の響く町を彷徨って道端で夜を明かすシークエンスの恐ろしさは凡百のサスペンス映画のかなわないところです。エンタテインメントの手法を援用しながら、説明的なショットを排し、視点をスペイセクの周囲に限ることで、状況が見えないことへの不安感を醸成しています。あるいは何の前触れなく淡々と案内される遺体置場の凄み、事実が露呈したのち豹変する米国人の軍人、政治家、行政官の冷酷さなど、息苦しさを感じるほどでした。
 振り返れば事件のディテールに不明な部分も少なくなく、アメリカ的な青年夫婦の理想主義にやや臭みを感じたり、ガブラスの過去作に比べるとちょっと落ちると思わなくもありません。
 しかし、笑いを封じたジャック・レモンの感動的な演技、対するスペイセクの繊細さ、確かさはまさに素晴らしく、このふたりによって演じられる父と娘(義理の娘)の和解、家族の再生はやはり心を打ちます。そして、この家族のあり方が『ぜんぶ…』で見事に変奏されているのを見て、とても微笑ましく思いました。70点。

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後でずしんと効いてくる。

投稿日:2012/09/04 レビュアー:港のマリー

再見するまで忘れていた。1973年9月11日、チリで軍事クーデターが勃発し、世界初の合法的選挙で誕生したアジェンデ大統領の社会主義政権が崩壊して、ピノチェット将軍率いる軍部による独裁政治が行われ、無辜の人々への逮捕・監禁・拷問・殺害が相次いだ、重大な人道危機の事実があった。忘れてはいけないもうひとつの9・11。
映画に登場するスタジアムは、軍の左翼狩りによって集められた労働組合員や学生、左翼的な芸術家らが留めおかれた場所。拷問や処刑も行われた。
アメリカ人の青年がそうした混乱に巻き込まれて消息を絶ち、妻と本国から駆けつけた父親が、銃声が絶え間欠く響き、血まみれの死体が転がるなか、必死に彼を捜すストーリー。
青年チャーリーと妻、その仲間たちの、ヒッピー精神をそのままアメリカからチリに持ち込んだようなお気楽な暮らしぶりが、なんとも鼻につき、最初は乗れなかった。
自宅でアヒルを飼って、それを題材に童話を書こうなんていう、およそ命がけのジャーナリストの気概とは対極にある、軟弱ぶりである。
クーデターから5日たった16日、そんな彼が失踪する。隣人は兵士に拉致されたという。妻と父、ジャック・レモンはアメリカ領事館に何度も調査を依頼する。領事館側はのらりくらり、「善処します」とだけ。そのうち、他の人々の協力も得られて、チャーリーがクーデターのかげにアメリカの暗躍があるという事実を、つかんだらしいことを知る。
その過程の描写は、時間軸が変わってちょっとわかりづらいが、青年のお気楽ぶりというか、純朴ぶりは変わらない。
だからこそ、こんな「無害な」若者にまで及ぶ狂った権力の怖ろしさ、自国民をも平然と切り捨てる国家の非情に、言葉を失ってしまう。ラストの粗末な木箱と輸送量の先払いの請求。アメリカ300企業がチリに進出しているんです、今度のクーデターで国益が守られる、あなたのところへだってと、実業家の父親の痛いところを突く領事館の答弁。
重いものがいつまでも胸につかえる。

おもしろ半分に銃を撃ちまくる兵士を乗せた軍用ジープに、タクシーに乗ったジャック・レモンが怒鳴りかかろうとして、同乗者たちに必死に押しとどめられるシーンがある。
「すまない、見ていたら胸くそ悪くなって」
まったくもって同感である。シリア内戦のニュース映像と重なる。市街地を戦闘機が飛び爆撃するなど事態はもっと深刻で、狂気の暴力の跳梁を許しているようだ。拷問、虐殺もあるかもしれない。嫁と舅の心の交流でほろりとさせられるだけではない、いまとつながる厳しく重い映画である。

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娘が父に差し出す手 ネタバレ

投稿日:2008/10/12 レビュアー:パープルローズ

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私もよふかしさんのレビューでこの作品を知り、「ぜんぶ、フィデルのせい」とセットで見ようと思って借りました。

1973年チリでのクーデターについては、オムニバス映画「セプテンバー11」の中のケン・ローチによる短編で、「もうひとつの911」と知り衝撃を受けましたが、この映画を見て、単に日付が同じ9月11日だというだけではないのだと改めて感じました。
アメリカが自国の利益を守るためにひそかに軍部を援助していたこと、軍人や政治家たちが真剣に自国民を守ろうとしないところなど、時代は変わってもあまり変わりません。

行方不明になった息子を探すため、はるばるNYからやってきた父親(ジャック・レモン)と、義理の娘ベス(シシー・スペイセク)は反発しあいながらも、なんとか息子・夫の無事な姿を見たいという共通の思いに支えられて、次第に歩み寄ってゆきます。
地震の夜、ホテルのロビーで義理の娘は父親の腕に、自分の手をそっとからませるのですが、これが「ぜんぶ、フィデルのせい」でアンナが傷心のパパにそっと自分の手をさしだすシーンと重なりました。

父親と義理の娘が、愛する息子、夫をさがして、収容所、病院、はては死体安置所まで探し回るシーンは、とても恐ろしかったです。
特に病院を訪れたベスが川の濁流に流される死体を見つめるシーン、拉致された人々があんなふうに扱われたのではどうしようもないという絶望が伝わってきました。競技場が拉致された人たちの収容所、そして処刑所として使われていたというのもショックでした。

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1〜 5件 / 全14件

ミッシング

ユーザーレビュー

入力内容に誤りがあります。

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  • 入力内容に誤りがあります。

ユーザーレビュー:14件

重厚な展開に究極のリアリティを見た。

投稿日

2008/10/12

レビュアー

MonPetit

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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ストーリーとしては単純明快。実話をベースにしたとされる話のようだが、南米で
行方不明になった男を父親が息子の妻と一緒に必死に探すという話である。現地
ではクーデターの真っ只中であり、本当にそこにいるかのような描写が延々と続く。
これは本当にロケなのだろうか、まるでクーデターの街中で撮影されたかのような
リアリティだ。ストーリーは淡々とそして重厚に進んでいく。この作り方で2時間を
長いと感じさせないのはあまりにも凄い。完全に私はその街にいるかのような気分
にさせられ、銃声に気を配り、戒厳令におびえる人たちに本気で心配してしまう始
末だ。時折、織り込まれたクーデターの悲惨さを表す映像、これらが絶妙に配置
され、決してカットの真ん中には出てこないのだがこれがまたリアリティを増す。
死体置場のシーンではほんの短い時間だが、クーデーターの人権軽視を一気に
表して見せ、画面の端で銃弾に倒れる男を描いている目線、これは映画監督と
いうよりは戦場カメラマンのようにも感じる。

クーデターという正気を失った状態の国や街がどんなに酷いかについてはあえて
言及しない。しかし、この作品はそれを酷すぎるようにも描いていないところに逆
にクーデターの怖さも感じてしまう。完全に人命が軽視されている状態を淡々と
描いているのだ。そこには映画というものでありながら究極のリアリズムが存在し
ているのは間違いない。ドキュメンタリーさえも超えている。

どんな戦争映画やクーデター、内紛映画をみてもここまでのリアリティを感じたのは
過去に記憶がない。秀作であることは間違いない。

もう一つの「9.11」

投稿日

2007/07/04

レビュアー

カープ好き

1970年にチリで政権を獲ったサルバトール・アジェンデの左翼政権は、銅鉱山の国有化など社会主義的政策を進め、イデオロギーと利権の双方から危機感を抱いたアメリカの支援により、1973年9月11日に、アウグスト・ピノチェット将軍がクーデターを起こしました。クーデター後のピノチェットによる左翼狩りで、数多くの一般市民が犠牲になりました。
チリの人々にとって、「9.11」は、アメリカが加害者側に立つ虐殺の記憶なのです。

このチリ・クーデターを題材にしたのが、本作ミッシングです。
上記の説明のようなクーデターを当事者の立場から、描くこともできたでしょうが、本作ではクーデターに巻き込まれた外国人、しかも、事件の後から関わりを持つという第三者の立場から描かれています。
当然、観客も過度な思い入れから離れて、客観的な視点で鑑賞することになります。

ジャック・レモン演じる保守的な父親は、アメリカの一般市民の代表です。熱心なクリスチャンであり、反共的です。
行方不明となった息子を探しにきた父親は、「進歩的でリベラル」と称する息子夫婦を、世間知らずで思慮の足りない若者として扱います。
観客の私たちも、わざわざ外国に来て、自分たちの価値観で無鉄砲に行動するアメリカの若者を見て、眉をひそめます。

「アメリカ人だからって、何でも許されるわけじゃないだろ!」

特権意識が鼻につきます。
このように、必ずしも主人公に感情移入できないまま、映画は進みます。
しかし、「長いものには巻かれろ。政府に楯突くなんてとんでもない。」と考えていた父親が、反感を覚えながら息子の嫁とともに息子の行動をたどるうちに、チリで起こったことの意味を理解し始め、その非道に怒り、息子たちの行動を容認するようになります。嫁との連帯感、共感もね。
見ている観客も、同様です。
はじめに、アメリカの若者に感じていた違和感は、軍事政権への驚愕、怒りに変わっていきます。

ただ、アメリカ人の特権意識は変わりませんね。日本人だから感じるのかもしれませんが、日本人の観光客が外国でこんなに日本政府を頼りにするかな?ちょっとうらやましい気もしtきます。
これは亡命者である監督のコスタ・ガブラスの皮肉かもしれません。

結局、この映画では、クーデターの詳細な内容は明らかにされませんし、アメリカの関与もあいまいなままです。この点で、不満を感じる方もおられるでしょうが、この映画のポイントは、現実に起こったクーデターや虐殺を指弾することでも、アメリカの国際的な陰謀を描くことでもないのではないでしょうか。

私には、この映画の訴えたかったこととは、次のように思えました。

現実から目を背けるな。
考えることを怠るな。
決してあきらめるな。
そして、行動すべき時は行動せよ。

父と娘

投稿日

2008/08/17

レビュアー

よふかし

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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(関連作についても重大なネタバレがあります)

 ことし前半、あまり期待していなかったのにとても面白かった一本は、ジュリー・ガブラス『ぜんぶ、フィデルのせい』。コミカルなおしゃれ少女映画っぽく宣伝されていましたが、実際は瑞々しくも、骨太な作品でした。
 そのラスト近くで思い出されたのが、ジュリー・ガブラスの父親であるコスタ・ガブラスが撮った、この『ミッシング』です。『ぜんぶ…』ではチリのアジェンデ政権がピノチェトの軍事クーデタによって倒されるニュースを遠くパリのテレビが報じ、間もなく映画は幕を下ろすのですが、『ミッシング』はまさにその瞬間のチリで幕を開けるのです。ほぼ三十年の時を経て、父娘ふたりの作品が時空を超え結びついたと感じられた、不思議で幸福な瞬間でした。

『ミッシング』はいま見ても、とても強烈で恐ろしい、政治スリラーです。スリラーというと娯楽作品の匂いがしてしまいますが、社会派と形容されるガブラスですから、露骨なエンタテインメントというわけではありません。個人を押しつぶす「政治の冷酷さ」こそが、『Z』に始まり彼が追及してきてそしてここでも追及されているテーマです。流血のクーデタ、そこに巻き込まれた米国人の家族、次第に暴かれる陰謀を、事実をもとに淡々と描いて、けして観る者をスリルや謎解きで楽しませようとはしていません。
 けれども、そのアプローチがかえって、普通のサスペンス映画以上に手に汗握る緊迫した場面を作りあげていると感じられました。
 たとえば冒頭間もない、シシー・スペイセクが戒厳令のため家に帰れず、銃声の響く町を彷徨って道端で夜を明かすシークエンスの恐ろしさは凡百のサスペンス映画のかなわないところです。エンタテインメントの手法を援用しながら、説明的なショットを排し、視点をスペイセクの周囲に限ることで、状況が見えないことへの不安感を醸成しています。あるいは何の前触れなく淡々と案内される遺体置場の凄み、事実が露呈したのち豹変する米国人の軍人、政治家、行政官の冷酷さなど、息苦しさを感じるほどでした。
 振り返れば事件のディテールに不明な部分も少なくなく、アメリカ的な青年夫婦の理想主義にやや臭みを感じたり、ガブラスの過去作に比べるとちょっと落ちると思わなくもありません。
 しかし、笑いを封じたジャック・レモンの感動的な演技、対するスペイセクの繊細さ、確かさはまさに素晴らしく、このふたりによって演じられる父と娘(義理の娘)の和解、家族の再生はやはり心を打ちます。そして、この家族のあり方が『ぜんぶ…』で見事に変奏されているのを見て、とても微笑ましく思いました。70点。

後でずしんと効いてくる。

投稿日

2012/09/04

レビュアー

港のマリー

再見するまで忘れていた。1973年9月11日、チリで軍事クーデターが勃発し、世界初の合法的選挙で誕生したアジェンデ大統領の社会主義政権が崩壊して、ピノチェット将軍率いる軍部による独裁政治が行われ、無辜の人々への逮捕・監禁・拷問・殺害が相次いだ、重大な人道危機の事実があった。忘れてはいけないもうひとつの9・11。
映画に登場するスタジアムは、軍の左翼狩りによって集められた労働組合員や学生、左翼的な芸術家らが留めおかれた場所。拷問や処刑も行われた。
アメリカ人の青年がそうした混乱に巻き込まれて消息を絶ち、妻と本国から駆けつけた父親が、銃声が絶え間欠く響き、血まみれの死体が転がるなか、必死に彼を捜すストーリー。
青年チャーリーと妻、その仲間たちの、ヒッピー精神をそのままアメリカからチリに持ち込んだようなお気楽な暮らしぶりが、なんとも鼻につき、最初は乗れなかった。
自宅でアヒルを飼って、それを題材に童話を書こうなんていう、およそ命がけのジャーナリストの気概とは対極にある、軟弱ぶりである。
クーデターから5日たった16日、そんな彼が失踪する。隣人は兵士に拉致されたという。妻と父、ジャック・レモンはアメリカ領事館に何度も調査を依頼する。領事館側はのらりくらり、「善処します」とだけ。そのうち、他の人々の協力も得られて、チャーリーがクーデターのかげにアメリカの暗躍があるという事実を、つかんだらしいことを知る。
その過程の描写は、時間軸が変わってちょっとわかりづらいが、青年のお気楽ぶりというか、純朴ぶりは変わらない。
だからこそ、こんな「無害な」若者にまで及ぶ狂った権力の怖ろしさ、自国民をも平然と切り捨てる国家の非情に、言葉を失ってしまう。ラストの粗末な木箱と輸送量の先払いの請求。アメリカ300企業がチリに進出しているんです、今度のクーデターで国益が守られる、あなたのところへだってと、実業家の父親の痛いところを突く領事館の答弁。
重いものがいつまでも胸につかえる。

おもしろ半分に銃を撃ちまくる兵士を乗せた軍用ジープに、タクシーに乗ったジャック・レモンが怒鳴りかかろうとして、同乗者たちに必死に押しとどめられるシーンがある。
「すまない、見ていたら胸くそ悪くなって」
まったくもって同感である。シリア内戦のニュース映像と重なる。市街地を戦闘機が飛び爆撃するなど事態はもっと深刻で、狂気の暴力の跳梁を許しているようだ。拷問、虐殺もあるかもしれない。嫁と舅の心の交流でほろりとさせられるだけではない、いまとつながる厳しく重い映画である。

娘が父に差し出す手

投稿日

2008/10/12

レビュアー

パープルローズ

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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私もよふかしさんのレビューでこの作品を知り、「ぜんぶ、フィデルのせい」とセットで見ようと思って借りました。

1973年チリでのクーデターについては、オムニバス映画「セプテンバー11」の中のケン・ローチによる短編で、「もうひとつの911」と知り衝撃を受けましたが、この映画を見て、単に日付が同じ9月11日だというだけではないのだと改めて感じました。
アメリカが自国の利益を守るためにひそかに軍部を援助していたこと、軍人や政治家たちが真剣に自国民を守ろうとしないところなど、時代は変わってもあまり変わりません。

行方不明になった息子を探すため、はるばるNYからやってきた父親(ジャック・レモン)と、義理の娘ベス(シシー・スペイセク)は反発しあいながらも、なんとか息子・夫の無事な姿を見たいという共通の思いに支えられて、次第に歩み寄ってゆきます。
地震の夜、ホテルのロビーで義理の娘は父親の腕に、自分の手をそっとからませるのですが、これが「ぜんぶ、フィデルのせい」でアンナが傷心のパパにそっと自分の手をさしだすシーンと重なりました。

父親と義理の娘が、愛する息子、夫をさがして、収容所、病院、はては死体安置所まで探し回るシーンは、とても恐ろしかったです。
特に病院を訪れたベスが川の濁流に流される死体を見つめるシーン、拉致された人々があんなふうに扱われたのではどうしようもないという絶望が伝わってきました。競技場が拉致された人たちの収容所、そして処刑所として使われていたというのもショックでした。

1〜 5件 / 全14件