裏窓

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　もちろん、『裏窓』が古びることなど断然あり得ないのです。
　他人の家をカメラの望遠で覗き見しようというインモラルな行為を、アメリカの善意の象徴たるジェームズ・スチュワートにさせること。
　清楚にも妖艶にも見える美しきグレース・ケリーを疑惑の家に侵入させ、帰宅した武骨なるレイモンド・バー（アイアンサイドですね）の毒牙にかからんかという場面を、指をくわえてみているしかない主人公。
　この倒錯とサスペンス、ユーモア。『裏窓』は映画を観ることの悦びを十二分に感じさせてくれます。
　採点は似つかわしくないような気がしました。以上、終わり。

　以下は蛇足ですが・・・本作や『勝手にしやがれ』などのレビューにも「古い」「その時代のもの」という声があってヘコんでしまいます。
　他の芸術だと５０年前なんてほんの昨日みたいなものなのになあなどと思っていたら、『裏窓』を観た知人に、
「最後の主人公が落っこちるところは、しょぼく見えた。今の技術がヒチコックにあったらよかったのにね」
　と言われびっくりしました。うーん、そう来たか。
　技術的なことや展開のスピード、映像の派手さなどは映画を構成する個々の要素に過ぎません。もちろん大事な要素ではありますけれど、そこに捉われて映画の面白さを見失ってしまうのは本当にもったいないことだと思うのです。
　たとえばスクリーン・プロセスによる自動車の場面（動いていない車で演技し、背景に映像を合成する）でひっかかってしまえば、ヒチコックをはじめ多くの名作が楽しめなくなってしまうでしょう。
　古いと思われていた作品でも、表面的な古さを剥ぎ取ってみれば実は独創的だったり、その逆に、表面的な新しさを剥ぎ取ってみれば、実に精神の古い作品であったということは珍しくありません。
　そう、きっと、「古い映画」というのはないのです。あるのは「精神の古い映画」なのです。
　たとえば、まだ作られていないエメリッヒやマイケル・ベイの映画がすでに古いということは、十分にあり得ることなのです。
　

　
　

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この『裏窓』は、
ローバート・キャパとイングリット・バーグマンがモデルということ、
最近知りました。
（コリンスキーさんの『ＣＡＰＡ ｉｎ Ｌｏｖｅ ＆ Ｗａｒ　キャパ・イン・ラブ・アンド・ウォー』のレビューを読んで）
同時にバーグマンとキャパの大人の関係も知りました。
いっしょになるつもりのバークマンを、
キャパは断ったそうです…映画のように？

さあどうぞ！ご覧になって下さいと、招かれた芝居小屋で、
銀幕の中の演目を鑑賞しているような感じです。
５６年前の作品。
今は、さあどうだ！と自慢げに見せつけてくる映画が多くなったこと、改めて感じました。
安心して楽しめる懐かしい、本来の映画の姿、
前はこんなにプロポーションがよかった彼女と再会したようでした。
オープニング。
左から一枚ずつ引き揚げられていく三つのブラインドに、
クレジットが重なって、
まさに、お芝居の「はじまりはじまり」です。

スタジオの中の巨大箱庭のようなセット。お見事です。
セットですが、そこに暮らしている人達は、生き生きとしていて生活観があります。
室内の装飾、小物類もしっかりと演技してくれて、
部屋の主の様子や熱い空気も伝えてくれます。
奥行きある遠景も自然で、狭い苦しい感じがしません。
遠くの音は遠くから、声は微かに聞こえ、ほとんど自然音。
カメラが四方八方うろうろすることなく、
自分が主人公ジェフといっしょに窓から覗き見しているよう。
でも、カメラは窓から出るし（でも覗いている部屋には入らない）
ジェフの部屋の中にも入ってくれて、
観ているこちらに親切。
こそこそ、わくわく、はらはら感を味わえます。

見てわかるものは語らない。
映像が語ってくれる。（語らせる）
語られたことは見ていなくても存在する。
だから逆に見えていても、語られなければ存在しない。
覗いていても覗かれていても、
語られなければ、その事実はないということ。
ヒッチコック流イギリス風。
お上手です…そして美味しい。

会話も映像も語りだしたら無駄がなく、とてもおしゃれ。
ジェフと看護婦ステラのやりとり。
リサの気持ちを知って煮え切らないジェフに
「標本みたいに睨み合っていてはだめ。」
「難しい言葉を並べて、お互いを分析して、好きと嫌いの区別もつかなくなる」
　覗き見しているジェフに　
「まったくこの世はのぞき見だらけ。ここもトラブルの臭いがする。
　覗くから余計なものを見るんです」
「サンドイッチに”常識”をはさんであげます。」
…逐一おしゃれです。

覗き行為の言われ方もイギリス流。
Peeping Tom(英伝説の登場人物）。
またこれをのぞき魔ではなく出歯亀と、的を得た日本語訳。

グレース・ケリー…美しいです。
彼女が最初に登場するシーン、
寝起きのぼやけたジェフの目がそのままカメラの目になって、
彼女の顔のアップ。
銀幕にあの顔が大きく映し出された時、
腰の浮かない男性はおられなかったのでは…。
暑い部屋で汗ひとつかかなくても、登場するたび装いが違っても、
まるで自然。
そしてクールなのに、表情は豊か。特に、満足げな表情はうっとりものでした。
キスシーン以上の男女のシーンはないのですが、
ドイル刑事の視線で映し出される、リサの寝具。特にスリッパの雄弁なこと！
その様子をリアルに語ってくれました。
　
（コメント欄につづきます）

　不思議なことは、アパートの住人たちが全員、窓を開け放して生活していることだ。なんで？　不思議でたまらないし、出かけるときまで、ドアは鍵を掛けるくせに窓を開けていくなんて、笑止！　まあ、彼らが窓やカーテンを閉めたりしたら映画にならないんで、えっか（笑）。

　それから、もう一つ不思議なのは、住人たちは一方的に覗かれるだけであり、ジェフ自身は、自分もまた覗かれる立場にあるということを自覚していないこと。あるいは、住人たちは誰もジェフを覗かない。これはどういうことだろう？　最後にたった一度、住人とジェフが視線を合わせる。それこそが、この作品のサスペンスが最も盛り上がるとき。殺人犯とジェフの目が合ってしまう。犯人が、覗かれていたことを知った瞬間だ。ここはなかなか戦慄のシーンで、たぶん、この効果を狙うために、ヒチコック監督はずっと他の住人とジェフが視線を合わせないようにしたのだろう。

　中年看護婦役のセルマ・リッターの演技が素晴らしい。身のこなし、表情、科白が自然で、画面に生き生きとした活力とリズムを与えている。また、言うまでもないことだが、グレース・ケリーはうっとりするほど美しく優雅だ。ファッションショーのように次々着替えて登場するところも観客の目を奪う。あんな美人に言い寄られて煮え切らない男なんて、信じられない（と夫が言うてました）。この映画でグレース・ケリーはNY批評家協会賞を受賞したが、わたしはセルマ・リッターに与えてほしかったね。

　なお、この映画に関して、内田樹さんが『映画の構造分析』（晶文社、2003年）の中で詳細に分析・解説を試みておられる。たいへんおもしろい（映画そのものよりおもしろい）ので参考にどうぞ。

死ぬほど興奮する映画！

着想　プロット　展開　スリル　サスペンス　どれをとっても
現代のマトリックソのような凡庸な映画の対極にある作品　これちょっと　
まともじゃない　映画の畸形といってもいいんじゃないか

ヒッチコックをまとめて観て　君の映画の感性を高めよう！

監督：アルフレッド・ヒッチコック（1954年・米・114分）
原作：ウィリアム・アイリッシュ『It Had
to Be Murder』
第20回ニューヨーク映画批評家協会賞主演女優賞受賞（グレース・ケリー）

物覚えの悪い私でも、一回観たら忘れ様のないくらいシンプルで分かり易い映画。
主人公のジェフ（ジェームズ・スチュアート）は、左足を骨折し車椅子生活である。
退屈しのぎにジェフは、自分の部屋の裏窓から近隣の人々の日常を覗いていた。
覗き見と言えば、大抵は人目を偲んでコッソリと行うものだけど、向かいの窓に見えるバレリーナや、暑い夏の夜をバルコニーで眠る中年夫婦、ちょっと視線をずらして作曲家の部屋など、自分の姿を隠すこともなく堂々と覗いている。
そんな窓の風景の中に気になる夫婦の姿があった。妻は病気らしく常にベッドにいて、夫婦はいつも喧嘩ばかりしていた。
それがある日を境に妻の姿が見えなくなったのだ。
そして、雨の降る夜中に夫は何度も家を出入りし、それを不審に思ったジェフは望遠カメラで夫を観察する。ジェフは、この夫が妻を殺害したのではないかと疑いを持ち・・・

それにしても、舞台劇を観るようにジェフの部屋も向かい側のアパートも一望できるシチュエーションは秀逸だと思う。
観客の視線はジェフのそれと一体化しており、不思議なことに逆方向からの視線（向かいの住人たちからの視線）は感じられないか、あるいは無視されている。それが、たった一度だけ犯人とジェフが視線を合わす瞬間があり、その瞬間から向かいの窓の中の人物とジェフとが同じ空間に存在することになるのだ。
ジェフの部屋を出入りする人物は、ジェフの世話に訪れる看護師のステラ（セルマ・リッター）、恋人のリザ（グレース・ケリー）、友人で刑事のドイル（ウェンデル・コーリイ）の3人だけで、ラストで犯人のラーズ・ソーワルド（レイモンド・リッター）が現れる。
リザを演じるグレース・ケリーは、こんな暑苦しい狭い部屋には不似合いな美しさで、彼女の周囲だけ特別に明るく感じる。（なのに、暑苦しく感じさせない清涼感が漂い、目の保養。笑）
それとは反対に看護人のステラを演じるリッターは、現実的で常識的でありながら推理オタクの面も併せ持った中年女性をユーモラスに演じている。
ドイル刑事も友人の言葉に半信半疑ながらも動いてはくれるが、持ってくる調査結果は、向かいの男の証言を裏付ける報告ばかりで、やきもきさせる。
灯りの消えた向かいの部屋に、タバコの火だけが赤くなったり暗くなったりするシーンは緊迫の第一歩。
勇敢すぎるリザとステラの行動はハラハラの助走部分で、リザが現場へと潜入し犯人と対峙してしまうシーンで緊張感が張りつめる。
やがて、ジェフの元へと犯人がやって来て迎えるクライマックス。
緩急織り交ぜた上質のサスペンスだと思う。