五番町夕霧楼（佐久間良子）

この映画は、一言で言えば、大純愛物語である。
家族のため犠牲になって娼婦となる女性と、重度の吃音のため孤独な若い僧との純愛を描く。

佐久間良子の美しく健気な姿に胸を打たれる。
戦後の日本映画界を代表する清純派女優と言っていいだろう。
売られて夕霧楼に行き、身を固くしている姿は、救い出してやりたいほどだ。

この映画を見て意外だったのは、遊廓は決して地獄のような世界ではないということだ。
夕子が水揚げするまでの「おかあさん」の気の遣い方は相当なものだ。一番いい相手に、しかも夕子の気持ちを尊重しながら水揚げさせてやりたいという心遣いが伝わってくる。文字どおり「おかあさん」なのだ。
いじわるをする同僚もいない。
金の取り持つ縁ではあるが、客と店とのやりとりにも人情が感じられる。

この映画に出てくるのは、夕子の旦那・竹末甚造を除けば、みな情に厚い人たちである。
その厚意が結果的に悲劇をもたらすのだが……。

木暮実千代が優しい「おかあさん」を演じている。
彼女は溝口健二の「赤線地帯」では、夫と子どもをのために身を売る、悲しい女を演じていたが、ここでは堂々たるものだ。

岩崎加根子は、知的で自立した女性を演じて印象に残る。

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水上勉の筆によって描かれる世界とは、宗教的背景の要素も含んだ純文学的素材の上に、社会派推理小説作家と当時呼ばれたが如く、キャラクターを巡る社会の有様が客観的な視点から盛り込まれることで、その独特の魅力を放っていたように思う。
この「五番町夕霧楼」は、三島の「金閣寺」と同様、かの金閣放火事件を素材にしているが、水上文学の中では幾分か純文学的要素が強いようで、事件の周囲よりも主人公の悲恋の方が鮮やかに浮かび上がってくる。

そこで、この作品なのだが、田坂具隆の演出は、他の作品にも共通して言える事だが、しっとり良い雰囲気なのだが無駄に長い。
この作品に至っては、長いくせにショットも台詞も説明的過ぎて薄っぺらい。
文学的な風景である二人の間の純粋な感情は懇切丁寧に描かれていて白眉である。
しかしながら、青年がなぜ仏閣を放火しなければならなかったのか、その具体的な理由は全く描かれておらず、ただ主人公が懇々と、彼は可哀想な人なのだ、語って聞かせるだけでまるで説得力がない。
（尚、イントロダクションの説明は誤り）
悲恋物のウェートを置く余り、原作において魅力的であった厚みが全く削がれてしまっているのである。
お遊び的なサイレント的演出を施したシーンなど、この作品の品位を貶め、興醒めさせるものでしかない。

後年の松坂慶子が主演したリメイク作では、青年僧・奥田瑛二の屈折した過去、三島・市川の『炎上』では描かれていた僧界の腐敗等が、それなりに描写されており、松坂の妖艶な魅力も手伝い（風吹ジュンも良かった）後作の方が私は断然好きだ。

東映映画ではあまり見ない気もするが、ロケによる美しい風景の画がフンダンに盛り込まれている所が、本作ならではの特色であり且つ魅力だろうか。
しかしそこに映るのは、明るい日差しの下の海辺の家々と、赤々と萌える想い出の百日紅であり、青年の過去を反映した暗いものでは決してない。
やはりそこが個人的には不満だ。

佐久間良子がまま肉感的な演技を披露してそこそこ満足。
河原崎長一郎の屈折した表情も賞を得ただけあって迫力あり。

原作は読んでいないが、そのせいか単純にスッーと一気に見れた。情の深い女主人役の木暮実千代の顔が少々怖い。ＤＶＤにはなっていないようだが、三島由紀夫原作、市川昆監督、市川雷蔵主演の「炎上」（大映）とあわせてみるのもよいかもしれない。

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出す本出す本映画化された水上勉ですが、今回の作品も２度映画化になっています。三島由紀夫とは違う視点で、金閣寺放火の話を書いた小説がベースになっていますが、その小説に実に忠実に映像化されていると思いました。小説が持つ情緒や人間のエゴ。そしてここでも偽善者が登場します。
水上氏は幼少のころから寺に預けられていたといいます。「土を喰らう」という名著では、当時の話が語られていますが、その寺住まいで、実に徳の高い人物とお会いになっているようです。しかし現実はどうでしょうか？水上氏はそこを鋭く突いています。
小説評ではないので、映画評に戻りますが、映画ではそれを当事者たちは語りません。不遇の境遇にある女性たちを通して語られます。その女性たちの描き方が、全てが善人っぽくて「作り過ぎ」の感はありますが、それでも胸を打ちます。
佐久間良子は夕霧以外に何者ではない、という一世一代の演技をしていると思います。悲劇のヒロインでありながらも、そこに秘めた強さとエロスは誰にも演じ得ないのではないかと思うほどです。
物語の前段が少々長い気もしますが、それも小説に忠実であるからでしょう。小説を読んだ人にはそれ以上のものは得られない、と思われるかもしれませんが、熟練の演出に２時間ほど身を任せるのもお勧めです。

金閣寺放火犯の心理描写としては三島由紀夫の方が優れている。女郎夕子と純真な小僧の悲恋を軸に、夕霧楼の女たちの生き様を描く。海際のサルスベリの木が印象的。