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いまを生きる / ロビン・ウィリアムズ

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映画賞受賞作品

旧作

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「いまを生きる」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

1959年、バーモントにある全寮制の名門進学校にやって来た新任の英語教師。破天荒な授業を通して、詩の美しさや人生の素晴らしさを説く教師に惹かれていった生徒たちは、彼がかつて学生だった頃に作っていた“死せる詩人の会”という同好会を自分たちの手で復活させる。ドラマの背景となる、初秋から冬にかけてのニューイングランド地方の風景も美しい。 JAN:9999203822797

「いまを生きる」 の作品情報

作品情報

製作年:

1989年

原題:

DEAD POETS SOCIETY

受賞記録:

1989年 アカデミー賞 脚本賞

「いまを生きる」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

関連作品

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ゴンゾ宇宙に帰る

嘘はフィクサーのはじまり

マグニフィセント・セブン

パッチ・アダムス

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21〜 25件 / 全103件

切なくも美しい

投稿日:2005/12/02 レビュアー:KEE

やっぱりニューイングランド、紅葉が抜群に美しく、全米から冬の季節には観光客がたくさん訪れる。

この物語とこのニューイングランドの舞台があって名作が生まれる。

ロビン・ウィリアムスは勿論よいとしても、若き日のイーサン・ホークが抜群にかわいい。

アメリカ文学を読み直してみようと思った1本

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わが幻想の都市【10】 バーリントン

投稿日:2017/02/25 レビュアー:ちゅく

米国のバーモント州の都市。(北緯42度、西経71度)

若いとき、いい国語教師に出会うことが、どれほど有り難いことだろう。
「言語や詩で、世界を変えることができる」と思い、それを教示できる人こそ、真の国語教師なのだ。
僕は、そういう素晴らしい国語教師を、出会った順番に言うと、I、M、Y、O、T、K、T、A、S、N、の九人、挙げることができる。

最北部の東岸にある都市。大西洋を隔て、向こうは英国。
全寮制の高校の入学式で、バグパイプが流れる。スコットランド国教会の学校だ。

「いまを生きる」(1989年、米国、カラー、128分)。監督は、ピーター・ウィアー。「刑事ジョン・ブック」(1985)を作った。

1959年、バーリントンのウェルトン高校に、国語教師ジョン・キーティング(ロビン・ウィリアムズ)が赴任してきた。
「今を生きろ」(Carpe diem)と言う。これは、「己の生涯を見つめよ」と意訳してよいかもしれない。

サー・プリチャードの「詩学概論」という教科書について、最初に簡潔に、黒板で図で整理したあと、
「くそくらえだ」と言う。ここまでの部分を破れと言う。
詩は、計量も観測もできないから詩であると、僕は理解した。
詩は、教科書の中に、無い。すべて破るのだ。

ここで、一筆のべると、日本の国語教科書に、詩の創作の技法、あるいは「死せる詩人」たちの名詩をどう評価するか、という技法が、
まったく載っていない。破るに足りる教科書が存在しないのである。

ホイットマンは言った──とキーティングは詠う。
「人生は幾度となく繰り返される問いかけの連続だ」と。
彼の生徒は、基礎学力が優れているが、このままテストで点を取り続け、大学に行くと、弁護士や政治家、研究者、建築家、企業の経営者の2代目などになるが、
心に灯がつかないと、何も生まれないことを、キーティングは知っている。そこで、彼らの固まる前の柔らかい心を揺り動かし、血をみなぎらせようとするのだ。

こういう型破りの教師は、放逐される。それを覚悟して来ている。

「I」先生は、落ちこぼれて、「九九」も読めない問題児だった僕に、「五・七・五・七・七」という韻律を、小5・6の二年間かけて教えてくださった。
「M]先生は、「鉄棒」の詩人だが、当時、旺文社の「中三時代」に投稿した僕の詩を、「下手くそだが、心がある」と言ってくださった。
「時代」の詩のコーナーを継がれた「Y」先生は、「中学くらいから、上手くなる必要はないよ 心を大切にしなさい」と言ってくれた。
  高校に入ると、「O]先生が居て、漱石や朔太郎、中也のことをずいぶん教えてくれた。怖かったのは、「死ぬ」と言う言葉の解釈だった。
  誰も、死んでから死ぬことを書いた作家はいない、芥川も太宰も誰も書いていない、だから、「死ぬ」ということを軽々と口にするな、
小説というものは、「死ぬ」を生きているうちに準備するために書くんだと、烈火のように怒られた。
「T」先生は、樋口一葉の「たけくらべ」の肉筆原稿(コピーの教科書)を、一年間、読むことを教えてくださった。君は「字が下手だ」と言われた。
「K」先生は、僕に、もう一度、詩を書くことを教えてくださった。この映画のキーティング先生だ。「君の小説はつまらん。詩を書きなさい」。
「T」先生は、仕事で、もう20年以上、お世話になっている、現役の中学の国語教師だが、詩人である・
「A」先生は、現役の中学校の国語教師だったが、これから、ロンドンに行こうとなさっている。鴎外の「高瀬舟」を、裁判員制度で授業にする天才だ。
「S」先生は、草野心平の「河童と蛙」を、教室で演じられる人だ。彼は野人である。早期退職したあと、不登校児の家庭訪問を続けている・
「N」先生は、この三月で定年退職する。僕の親友だ。詩の仲間だ。これから、素敵な小説を書くだろう。

放逐されても、教師の言葉は、生徒の心に残る。彼は、言葉を紡いでいる。
教机の上に立った彼は、「別の角度から見ることを知れ」と言い、生徒全員に上らせる。

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踏み台にして、生きて

投稿日:2009/08/12 レビュアー:arara

この映画は、気になりながら、今まで観ませんでした。
実は、100円コーナーに並んでいたので、借りてきました。

青春感動物語は、先が読めて、苦手です。
でも、これは、ちょっと、「それはないだろう」の連発でした。

アル・パチーノの「セント・オブ・ウーマン」は、同じように追い詰められても、自分の信念を曲げず、理解ある大人の助けで、首がつながったではないですか。

こんなにも、親に従順な子どもたちって、なんですか?
こんなにも、子どもに高圧的な大人たちって、ありますか?

わたしが、同じ年頃の子どもだったとしても、同じ年頃の子を持つ親としても、これは理解できません。

実際、同じ年頃の息子がいます。
「親の言うことは、とりあえず否定する。」事を身上としているようですし、「学費を出すのは、親の義務」と嘯くしたたかさです。
実は、「悪魔の子供か?」と、密かに怪しんでいますが、親の沽券に関わるから、断固として対峙せねばと思っています。
が、どこかで、「犯罪さえ起こさなければ、好きにさせてやりたい。」と思いますし、全力で反抗する強さを小気味良くも思います。

どちらかが、折れるとしたら、それは大人でしょう。
人生の入り口に立ち、あらゆることに悩む年頃の子どもたちが、本気で生きようとするなら、大人は、それを阻んではいけないでしょう。

恩師を踏み台にして生きることも、生きる知恵、生きる力でしょうか。
それなら、親と縁を切るくらいの覚悟をして欲しいし、退学が何だくらいの気骨はないのかしら。

後味の悪さの残る映画でした。

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詩は我々の生きる糧だ、なんて格好いい

投稿日:2009/05/08 レビュアー:bell

 教師と生徒の触れ合いや摩擦を描いたほろ苦い青春の1ページという点では、よくある学園もの。10代20代の若いときに観たら感激したと思うが、いまの私には内容的には感動までは至らなかった。ただものすごくアプローチが格好良い映画だと言うことは理解できる。

 それはキーティング先生が引き合いに論じる「詩」を題材にした点。いわゆる詩(言葉)から発せられる自由や発想を、個々の生き方と結びつけている点で、これが哲学的、思想的でもあり、俗っぽく言うとここが格好良いのである。
 教師個人の生き方ではなく、詩という大きな文学的、普遍的な視点から生き方を考えさせるという、思想をメッセージ化した作品とも言えるだろう。
 なのでこの作品自体が扇動的のようでもあり、影響を与えやすいとも言える。「死せる詩人の会」に突き動かされて、実際に同人を作って活動はじめた人たちもいるのではないだろうか。

 つまり詩(言葉)を書いたり好んでいる人たちから見れば、この映画は大きな励みにもなるし勇気づけられるだろう。なにしろ詩の本質を、キーティング先生は生徒を前にして堂々と論じているのだからたまらない。
 そして女性への誠実な想いを数行の詩にしたためて、女性の心をも揺り動かすという点で、詩はロマンでもあり、我々の生きる糧と言うのも納得出来るだろう。
 しかしわたしがむかし詩を贈った女性には簡単に無視されたので、そういう行動をするときはある程度、覚悟も必要だろう。
★★★

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ハッピーエンドではない ネタバレ

投稿日:2007/06/07 レビュアー:ハセ君

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最後に自殺とは!
なにかやるせない
ほかに他の方法のラストは
かんがえられなかったのか

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いまを生きる

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切なくも美しい

投稿日

2005/12/02

レビュアー

KEE

やっぱりニューイングランド、紅葉が抜群に美しく、全米から冬の季節には観光客がたくさん訪れる。

この物語とこのニューイングランドの舞台があって名作が生まれる。

ロビン・ウィリアムスは勿論よいとしても、若き日のイーサン・ホークが抜群にかわいい。

アメリカ文学を読み直してみようと思った1本

わが幻想の都市【10】 バーリントン

投稿日

2017/02/25

レビュアー

ちゅく

米国のバーモント州の都市。(北緯42度、西経71度)

若いとき、いい国語教師に出会うことが、どれほど有り難いことだろう。
「言語や詩で、世界を変えることができる」と思い、それを教示できる人こそ、真の国語教師なのだ。
僕は、そういう素晴らしい国語教師を、出会った順番に言うと、I、M、Y、O、T、K、T、A、S、N、の九人、挙げることができる。

最北部の東岸にある都市。大西洋を隔て、向こうは英国。
全寮制の高校の入学式で、バグパイプが流れる。スコットランド国教会の学校だ。

「いまを生きる」(1989年、米国、カラー、128分)。監督は、ピーター・ウィアー。「刑事ジョン・ブック」(1985)を作った。

1959年、バーリントンのウェルトン高校に、国語教師ジョン・キーティング(ロビン・ウィリアムズ)が赴任してきた。
「今を生きろ」(Carpe diem)と言う。これは、「己の生涯を見つめよ」と意訳してよいかもしれない。

サー・プリチャードの「詩学概論」という教科書について、最初に簡潔に、黒板で図で整理したあと、
「くそくらえだ」と言う。ここまでの部分を破れと言う。
詩は、計量も観測もできないから詩であると、僕は理解した。
詩は、教科書の中に、無い。すべて破るのだ。

ここで、一筆のべると、日本の国語教科書に、詩の創作の技法、あるいは「死せる詩人」たちの名詩をどう評価するか、という技法が、
まったく載っていない。破るに足りる教科書が存在しないのである。

ホイットマンは言った──とキーティングは詠う。
「人生は幾度となく繰り返される問いかけの連続だ」と。
彼の生徒は、基礎学力が優れているが、このままテストで点を取り続け、大学に行くと、弁護士や政治家、研究者、建築家、企業の経営者の2代目などになるが、
心に灯がつかないと、何も生まれないことを、キーティングは知っている。そこで、彼らの固まる前の柔らかい心を揺り動かし、血をみなぎらせようとするのだ。

こういう型破りの教師は、放逐される。それを覚悟して来ている。

「I」先生は、落ちこぼれて、「九九」も読めない問題児だった僕に、「五・七・五・七・七」という韻律を、小5・6の二年間かけて教えてくださった。
「M]先生は、「鉄棒」の詩人だが、当時、旺文社の「中三時代」に投稿した僕の詩を、「下手くそだが、心がある」と言ってくださった。
「時代」の詩のコーナーを継がれた「Y」先生は、「中学くらいから、上手くなる必要はないよ 心を大切にしなさい」と言ってくれた。
  高校に入ると、「O]先生が居て、漱石や朔太郎、中也のことをずいぶん教えてくれた。怖かったのは、「死ぬ」と言う言葉の解釈だった。
  誰も、死んでから死ぬことを書いた作家はいない、芥川も太宰も誰も書いていない、だから、「死ぬ」ということを軽々と口にするな、
小説というものは、「死ぬ」を生きているうちに準備するために書くんだと、烈火のように怒られた。
「T」先生は、樋口一葉の「たけくらべ」の肉筆原稿(コピーの教科書)を、一年間、読むことを教えてくださった。君は「字が下手だ」と言われた。
「K」先生は、僕に、もう一度、詩を書くことを教えてくださった。この映画のキーティング先生だ。「君の小説はつまらん。詩を書きなさい」。
「T」先生は、仕事で、もう20年以上、お世話になっている、現役の中学の国語教師だが、詩人である・
「A」先生は、現役の中学校の国語教師だったが、これから、ロンドンに行こうとなさっている。鴎外の「高瀬舟」を、裁判員制度で授業にする天才だ。
「S」先生は、草野心平の「河童と蛙」を、教室で演じられる人だ。彼は野人である。早期退職したあと、不登校児の家庭訪問を続けている・
「N」先生は、この三月で定年退職する。僕の親友だ。詩の仲間だ。これから、素敵な小説を書くだろう。

放逐されても、教師の言葉は、生徒の心に残る。彼は、言葉を紡いでいる。
教机の上に立った彼は、「別の角度から見ることを知れ」と言い、生徒全員に上らせる。

踏み台にして、生きて

投稿日

2009/08/12

レビュアー

arara

この映画は、気になりながら、今まで観ませんでした。
実は、100円コーナーに並んでいたので、借りてきました。

青春感動物語は、先が読めて、苦手です。
でも、これは、ちょっと、「それはないだろう」の連発でした。

アル・パチーノの「セント・オブ・ウーマン」は、同じように追い詰められても、自分の信念を曲げず、理解ある大人の助けで、首がつながったではないですか。

こんなにも、親に従順な子どもたちって、なんですか?
こんなにも、子どもに高圧的な大人たちって、ありますか?

わたしが、同じ年頃の子どもだったとしても、同じ年頃の子を持つ親としても、これは理解できません。

実際、同じ年頃の息子がいます。
「親の言うことは、とりあえず否定する。」事を身上としているようですし、「学費を出すのは、親の義務」と嘯くしたたかさです。
実は、「悪魔の子供か?」と、密かに怪しんでいますが、親の沽券に関わるから、断固として対峙せねばと思っています。
が、どこかで、「犯罪さえ起こさなければ、好きにさせてやりたい。」と思いますし、全力で反抗する強さを小気味良くも思います。

どちらかが、折れるとしたら、それは大人でしょう。
人生の入り口に立ち、あらゆることに悩む年頃の子どもたちが、本気で生きようとするなら、大人は、それを阻んではいけないでしょう。

恩師を踏み台にして生きることも、生きる知恵、生きる力でしょうか。
それなら、親と縁を切るくらいの覚悟をして欲しいし、退学が何だくらいの気骨はないのかしら。

後味の悪さの残る映画でした。

詩は我々の生きる糧だ、なんて格好いい

投稿日

2009/05/08

レビュアー

bell

 教師と生徒の触れ合いや摩擦を描いたほろ苦い青春の1ページという点では、よくある学園もの。10代20代の若いときに観たら感激したと思うが、いまの私には内容的には感動までは至らなかった。ただものすごくアプローチが格好良い映画だと言うことは理解できる。

 それはキーティング先生が引き合いに論じる「詩」を題材にした点。いわゆる詩(言葉)から発せられる自由や発想を、個々の生き方と結びつけている点で、これが哲学的、思想的でもあり、俗っぽく言うとここが格好良いのである。
 教師個人の生き方ではなく、詩という大きな文学的、普遍的な視点から生き方を考えさせるという、思想をメッセージ化した作品とも言えるだろう。
 なのでこの作品自体が扇動的のようでもあり、影響を与えやすいとも言える。「死せる詩人の会」に突き動かされて、実際に同人を作って活動はじめた人たちもいるのではないだろうか。

 つまり詩(言葉)を書いたり好んでいる人たちから見れば、この映画は大きな励みにもなるし勇気づけられるだろう。なにしろ詩の本質を、キーティング先生は生徒を前にして堂々と論じているのだからたまらない。
 そして女性への誠実な想いを数行の詩にしたためて、女性の心をも揺り動かすという点で、詩はロマンでもあり、我々の生きる糧と言うのも納得出来るだろう。
 しかしわたしがむかし詩を贈った女性には簡単に無視されたので、そういう行動をするときはある程度、覚悟も必要だろう。
★★★

ハッピーエンドではない

投稿日

2007/06/07

レビュアー

ハセ君

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最後に自殺とは!
なにかやるせない
ほかに他の方法のラストは
かんがえられなかったのか

21〜 25件 / 全103件