インターステラーの画像・ジャケット写真

インターステラー / マシュー・マコノヒー
  • 画質は本編映像とは異なります。

全体の平均評価点:(5点満点)

141

全体の平均評価点:

予告編を観る

DVD

Blu-ray

旧作

ジャンル :

「インターステラー」 の解説・あらすじ・ストーリー

DVD

Blu-ray

旧作

解説・ストーリー

クリストファー・ノーラン監督がマシュー・マコノヒー、アン・ハサウェイの共演で放つSFエンタテインメント。居住可能な惑星を探すというミッションを受けた元エンジニアたちが、前人未踏の未開の地へ旅立つ。

「インターステラー」 の作品情報

作品情報

製作年:

2014年

製作国:

アメリカ

原題:

INTERSTELLAR

「インターステラー」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

関連作品

関連作品

リンカーン弁護士

ドン・ジョン

モナリザ

マシュー・マコノヒー マーシャルの奇跡

ユーザーレビュー:141件

入力内容に誤りがあります。

内容をご確認のうえ、修正いただきますようお願いいたします。

  • 入力内容に誤りがあります。

この作品に関するあなたの感想や意見を書いてみませんか?

16〜 20件 / 全141件

壮大すぎて、正直なところ後半は何がなんだか・・

投稿日:2015/08/07 レビュアー:飛べない魔女

頭の悪い私には、この話は正直一度観ただけではよくわかりません。
相対性理論ですとか
ワームホールですとか
別銀河ですとか
はたまた5次元の世界とか
もう想像を絶する世界観には確かに圧倒されて、食い入るように観ました。
映像と音楽効果も素晴らしく、映画館で見ていたらそれだけで涙したことでしょう。
ところが、自宅の小さなテレビでの鑑賞ですと、
何がなんだかわからない小難しい理論に頭がこんがらがってしまって
観終わったあと、あれほど食い入るように観たのに、頭の中はクエスチョンマークでいっぱいに(笑)
「ゼログラビティー」でも思ったのですが
やはりこの手の映画は、映画館の特大スクリーンで見てこそ価値があるように思いました。
それでも、テーマは父と娘の深い愛ですから、小難しい理論は横に置いてしまえば、DVDでも充分楽しめるのかもしれません。

こんな未来、近い将来起こりうるなぁ、ってちょっと恐ろしくなりました。
(地球が砂漠化、食物もとれなくなり、人類はあと1世代で滅亡・・の方です)

このレビューは気に入りましたか? 5人の会員が気に入ったと投稿しています

今のところ我が人生第1位の作品です ネタバレ

投稿日:2016/01/27 レビュアー:はやむね

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

この映画を見て唯一後悔することは、なぜこの映画を映画館で観なかったのか、ということだけ。
他は完璧です。私の好みという主観に照らせば。

但し、この映画を駄作だ、つまらないと評価する方も大勢いるでしょう。もしかしたらそちらの方が多いかもしれない。

観る(自分)方がバカだ無知だと自虐的なレビューもありましたが、そうではなく、観客をある程度突き放した内容・展開であるが故、そう評価されてしまうこともまた致し方ないと思います。
ただ逆を返せば、万人に愛される映画にしようという配慮をしなければならないのなら、この映画は作れなかった。観る人の知識に一定の条件を設けてしまうことになってしまったからこそ、ここまで素晴らしい映画が表現出来た。
と思います。
だから、素晴らしい!という人と、ダメ、何だこれ、という、賛否両論が極めて激しい映画だと思います。


その上で、物理や航空宇宙についてちょっとわかる人も裏切ってみせる、この展開。本当に参りました。降参です。

音が生じない宇宙空間での描写、破片の動き、何気ない土星の背景やワームホール、ブラックホール、などなど。
いちいち細かく拘って作られていて、いちいち感心。
宇宙空間で爆発して「ぼかーん」なんてSE音がするのは、それってもうSFじゃないんですよね。

それはともあれ、
相対性理論や多次元の話なども出てきますが、愛を量子の1つとして扱い始めたあたりから「おっ?」と。

小さすぎる粒である量子は、普段は波で、観測すると粒になる、という分けのわからない、けれど"そういうもの"。
身近なものでは電子や中性子で、この映画の中で出てくるものでは重力なんかもそうと言われているんだけど、まさか愛を量子として捉えるなんて!と。

とそこまででもびっくり表現だったんだけど、

ここから猛烈にネタばれ。

まさか愛を、次元の1つとして表現するなんて。

でも確かに、愛は時空も超えることが出来る。
私たちの三次元世界や、重力や時間にもとらわれることなく、深い愛は遥か彼方にも馳せることが出来る。

ラストシーンは、単なる多次元の世界というだけではなく、時間、重力、そしてクープがマーフを思う愛で開かれた、6次元の世界。

こんな重厚で奥深いガチんこSFのラストシーンが、まさかのトンデモファンタジックな世界。

でも、ファンタジーって、人間が人間の常識に照らした上でのあり得ない世界というだけで、量子論や宇宙に関する世界は、極めてリアルな事実でも充分にファンタジーなんですよね。

人間の心、精神、意識って、量子の1つだったりするのかも??確かにそう言われれば色んなことが説明ついてしまうじゃないか、なんていうことまで思わせてくれました。
そんなことが駆け巡りながらのラストシーン。

うわあすげえ。なんてすげえ発想。そして表現。

観る人によってはバカバカしい極まりない、なんだこのオチ!って風になってしまうのかもしれないけど、なんだか、これってファンタジーとは言い切れない気がしてきてしまう。
結構まじめに、これってリアル表現を最後まで貫いて描いた、と言えなくもない。これを否定できる科学者は、今現在地球上にはいないんじゃないか。

こんな心の動きをもたらしてくれた映画は、他にありません。

その先の終わり方もまた良い。
クープがブランドに会いに行くところでトドメです。
私たちは、3次元世界と時間、重力に支配された世界で生きているけど、想いや愛は時空を軽々と超えて往くことが出来る。

すごいです。
ここまで作り切った製作陣に、全力の喝采を送りたい。
素晴らしい映画をありがとうと言いたいです。
本当に、本当に面白かった。

このレビューは気に入りましたか? 4人の会員が気に入ったと投稿しています

SFとは、この事だ!!

投稿日:2015/02/15 レビュアー:かっぴ

古典的ではあるものの、本格派のSF映画を久しぶりに見た。いい映画だ!!

このレビューは気に入りましたか? 4人の会員が気に入ったと投稿しています

わかりづらくて楽しめなかった・・という人のために・・

投稿日:2020/09/24 レビュアー:勇光

今、ユーチューブで、この作品をきっちり解説してる動画を発見しました。
URLはこれです。
https://www.youtube.com/watch?v=RYkP1x1WWn4
【検証】映画「インターステラー」はSFではない(完全ネタバレ注意)・・・というタイトルになっています。実に詳しい説明がありまして感心しました。

球形のワームホールに入ったところでトンネルのような空間を抜けるシーンがあるのがへん・・っという指摘は目からウロコでした。

あと、クーパーたちが最初に着陸した星で巨大な波に呑まれそうになりますが、あの星での1時間が通常の空間での7年となるためには、あの星が光速にかぎりなく近いスピードで動いて(ブラックホールの周りを公転)いなければならないそうで、そんな星にどうやって着陸できたのかと思っちゃいました。

それから、マット・デイモンが壊した母船にドッキングするシーンでの母船の回転が非常に速いことがわかりました。その回転に合わせてクーパーたちが乗っていたシャトルみたいなのを回転させると、人体にかかるGが凄まじくなり、回転の中心部から2mも離れると首の骨が折れてしまいかねないそうです。

で、この作品の終盤におけるブラックホールに近い空間での怪しげな映像で多くの人が悩んだりシラケたりしたようですが、そこの解説はけっこう面白かったです。
要約しますと、あのマーフィの部屋が何層にもなっている格子状の空間は未来の人類が過去の人類のためにつくったもの、ということです。ワームホールもそうです。未来の人類は過去の人類を救うためにクーパーとクーパーの娘を使ったということですね。つまり、重力の秘密を解き明かして重力を操作する方法を伝えさせた・・というですが、それをするためには4次元の上をいく5次元空間からのアプローチだったということですが、ここはSFというよりもファンタジーになっています。
絶滅の危機にひんしていた人類はマーフィーが解明した重力の秘密によって巨大な宇宙ステーションを土星の軌道に乗せることができて、絶滅をまぬがれるわけですが、あのモールス信号の件については、たしかにちょっと無理があるみたいです。送るべきデータが3D画像のようなものだとそのデータ量は膨大なものになりますから、それをモールスで送るとなると何十年とか何百年とかかかるかもしれません。ただし、私の見解では、ちょっと長い方程式を送るっていう程度のことなら可能じゃないかと思います。マーフィーはクーパーから受け取ったデータをもとに研究を進めて重力をあやつる方法を解明するわけですが、詳細な重力の仕組みについては受け取った方程式が正しいとして、それを道しるべのようにつかって研究すれば究極の解答が得られる・・ということになるのかなと思いました。

なんにしても、このユーチューブでの解説はスゴイです!

このレビューは気に入りましたか? 3人の会員が気に入ったと投稿しています

「時間」を哲学する監督へ

投稿日:2015/05/19 レビュアー:ちゅく

最近、旧・ソ連のアンドレイ・タルコフスキーという監督の作品が、DISCASで、連続レンタルされる。
これは、事件だ。

「惑星ソラリス」という底恐ろしい映画を見た人は、きっと多いと思う。

「エイリアン」の概念が、変わってしまう。

ほかの映画では、四足歩行の怪物ばかりでしょう。

人間からの類推で、決め込んでいるのです。

「エイリアン」が、「ウィルス」であったら、大変。

「惑星ソラリス」は、もっと、違うのですから、どんな「エイリアン」か、確かめる価値はあると思う。
びっくり、した。


さて、この映画も、面白かった。

時間は、まっすぐ直進していくものではなく、変転していくものです。

時間というものを、少し考えると、空間にも存在することが、わかるでしょう。
空間は、決して、空洞なものではない。

僕らが、今ある。と思っているのは、3次元の空間と言われている。
そこに、「確か」なものは、ない。

時間の一滴も、空間の一秒も、確かではない。
空間が「不確か」と思うのは、僕らが一方で信仰している、「時間」教の宗旨からの妄想にすぎない。
「時間」という概念も、腕時計や携帯を放棄すれば、空間との関係が近しくなり、
本当の時間が、計測できない、もっと残酷なものであることに気づくあろう。
そして、「時間」は、僕らの痛みを撫(な)で、浚(さら)ってくれるはずだ。波のように。

時間というものを、よく考えているな、と思ったのは、クリストファー・ノーラン監督。
「メメント」という映画。

「インターステラ―」という映画。

砂だらけの農家に、書斎があり、そこから本が落ちるのです。
それは、オルガンの鍵盤が鳴るように、落ちるのです。

昔、今、リルケという詩人の「秋」という作品を思っている。

「この手も落ちる」

その落下を受け止める手があるのだ、という詩を、彼は書くのですが、
これは、縦の時間です。

リルケが落ちる、と言った「手」を、過ぎると言ってもよいではないか?

「落ちる」も「過ぎる」も、人間がいかに、「空間的」にしか「ものを考えない」ことの証明であるでしょう。

「インターステラ―」では、6次元の発想が出てきます。

時間を飛び越え、空間を飛び越え、しかし、父も娘も、、神になりたい、わけでは、決してないのす。

これは、宗教ではない。

二人が会うための、ドラマなのです。

タルコフスキー監督の「鏡」を見ていると、ノーラン監督の「インターステラ―」を見ていた。

知の行き着くオーロラのような、ものかもしれない。

時間が、棒のように、まっすぐ伸びれば、宇宙は、すでに無いでしょう。
空間が、絨毯のように、ひらべったく敷き延べられば、宇宙は、すでに無いでしょう。

こういうことを、考えるのは、幸福なのです。

今、自分のいる「場所」や「時間」が、人間によって規定されたものとは、全く違うものごとであれば、
不安よりも、それは、面白いことではないでしょうか?

僕らは、棒のような、一方通行の時間に縛られている。
あるいは、落としたグラスが割れたまま永続するという固定観念を疑うこともしない。

このパソコンをキーボードをたたく指さえ、今、まっすぐに消える。

このレビューは気に入りましたか? 3人の会員が気に入ったと投稿しています

16〜 20件 / 全141件

インターステラー

ユーザーレビュー

入力内容に誤りがあります。

内容をご確認のうえ、修正いただきますようお願いいたします。

  • 入力内容に誤りがあります。

ユーザーレビュー:141件

壮大すぎて、正直なところ後半は何がなんだか・・

投稿日

2015/08/07

レビュアー

飛べない魔女

頭の悪い私には、この話は正直一度観ただけではよくわかりません。
相対性理論ですとか
ワームホールですとか
別銀河ですとか
はたまた5次元の世界とか
もう想像を絶する世界観には確かに圧倒されて、食い入るように観ました。
映像と音楽効果も素晴らしく、映画館で見ていたらそれだけで涙したことでしょう。
ところが、自宅の小さなテレビでの鑑賞ですと、
何がなんだかわからない小難しい理論に頭がこんがらがってしまって
観終わったあと、あれほど食い入るように観たのに、頭の中はクエスチョンマークでいっぱいに(笑)
「ゼログラビティー」でも思ったのですが
やはりこの手の映画は、映画館の特大スクリーンで見てこそ価値があるように思いました。
それでも、テーマは父と娘の深い愛ですから、小難しい理論は横に置いてしまえば、DVDでも充分楽しめるのかもしれません。

こんな未来、近い将来起こりうるなぁ、ってちょっと恐ろしくなりました。
(地球が砂漠化、食物もとれなくなり、人類はあと1世代で滅亡・・の方です)

今のところ我が人生第1位の作品です

投稿日

2016/01/27

レビュアー

はやむね

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

この映画を見て唯一後悔することは、なぜこの映画を映画館で観なかったのか、ということだけ。
他は完璧です。私の好みという主観に照らせば。

但し、この映画を駄作だ、つまらないと評価する方も大勢いるでしょう。もしかしたらそちらの方が多いかもしれない。

観る(自分)方がバカだ無知だと自虐的なレビューもありましたが、そうではなく、観客をある程度突き放した内容・展開であるが故、そう評価されてしまうこともまた致し方ないと思います。
ただ逆を返せば、万人に愛される映画にしようという配慮をしなければならないのなら、この映画は作れなかった。観る人の知識に一定の条件を設けてしまうことになってしまったからこそ、ここまで素晴らしい映画が表現出来た。
と思います。
だから、素晴らしい!という人と、ダメ、何だこれ、という、賛否両論が極めて激しい映画だと思います。


その上で、物理や航空宇宙についてちょっとわかる人も裏切ってみせる、この展開。本当に参りました。降参です。

音が生じない宇宙空間での描写、破片の動き、何気ない土星の背景やワームホール、ブラックホール、などなど。
いちいち細かく拘って作られていて、いちいち感心。
宇宙空間で爆発して「ぼかーん」なんてSE音がするのは、それってもうSFじゃないんですよね。

それはともあれ、
相対性理論や多次元の話なども出てきますが、愛を量子の1つとして扱い始めたあたりから「おっ?」と。

小さすぎる粒である量子は、普段は波で、観測すると粒になる、という分けのわからない、けれど"そういうもの"。
身近なものでは電子や中性子で、この映画の中で出てくるものでは重力なんかもそうと言われているんだけど、まさか愛を量子として捉えるなんて!と。

とそこまででもびっくり表現だったんだけど、

ここから猛烈にネタばれ。

まさか愛を、次元の1つとして表現するなんて。

でも確かに、愛は時空も超えることが出来る。
私たちの三次元世界や、重力や時間にもとらわれることなく、深い愛は遥か彼方にも馳せることが出来る。

ラストシーンは、単なる多次元の世界というだけではなく、時間、重力、そしてクープがマーフを思う愛で開かれた、6次元の世界。

こんな重厚で奥深いガチんこSFのラストシーンが、まさかのトンデモファンタジックな世界。

でも、ファンタジーって、人間が人間の常識に照らした上でのあり得ない世界というだけで、量子論や宇宙に関する世界は、極めてリアルな事実でも充分にファンタジーなんですよね。

人間の心、精神、意識って、量子の1つだったりするのかも??確かにそう言われれば色んなことが説明ついてしまうじゃないか、なんていうことまで思わせてくれました。
そんなことが駆け巡りながらのラストシーン。

うわあすげえ。なんてすげえ発想。そして表現。

観る人によってはバカバカしい極まりない、なんだこのオチ!って風になってしまうのかもしれないけど、なんだか、これってファンタジーとは言い切れない気がしてきてしまう。
結構まじめに、これってリアル表現を最後まで貫いて描いた、と言えなくもない。これを否定できる科学者は、今現在地球上にはいないんじゃないか。

こんな心の動きをもたらしてくれた映画は、他にありません。

その先の終わり方もまた良い。
クープがブランドに会いに行くところでトドメです。
私たちは、3次元世界と時間、重力に支配された世界で生きているけど、想いや愛は時空を軽々と超えて往くことが出来る。

すごいです。
ここまで作り切った製作陣に、全力の喝采を送りたい。
素晴らしい映画をありがとうと言いたいです。
本当に、本当に面白かった。

SFとは、この事だ!!

投稿日

2015/02/15

レビュアー

かっぴ

古典的ではあるものの、本格派のSF映画を久しぶりに見た。いい映画だ!!

わかりづらくて楽しめなかった・・という人のために・・

投稿日

2020/09/24

レビュアー

勇光

今、ユーチューブで、この作品をきっちり解説してる動画を発見しました。
URLはこれです。
https://www.youtube.com/watch?v=RYkP1x1WWn4
【検証】映画「インターステラー」はSFではない(完全ネタバレ注意)・・・というタイトルになっています。実に詳しい説明がありまして感心しました。

球形のワームホールに入ったところでトンネルのような空間を抜けるシーンがあるのがへん・・っという指摘は目からウロコでした。

あと、クーパーたちが最初に着陸した星で巨大な波に呑まれそうになりますが、あの星での1時間が通常の空間での7年となるためには、あの星が光速にかぎりなく近いスピードで動いて(ブラックホールの周りを公転)いなければならないそうで、そんな星にどうやって着陸できたのかと思っちゃいました。

それから、マット・デイモンが壊した母船にドッキングするシーンでの母船の回転が非常に速いことがわかりました。その回転に合わせてクーパーたちが乗っていたシャトルみたいなのを回転させると、人体にかかるGが凄まじくなり、回転の中心部から2mも離れると首の骨が折れてしまいかねないそうです。

で、この作品の終盤におけるブラックホールに近い空間での怪しげな映像で多くの人が悩んだりシラケたりしたようですが、そこの解説はけっこう面白かったです。
要約しますと、あのマーフィの部屋が何層にもなっている格子状の空間は未来の人類が過去の人類のためにつくったもの、ということです。ワームホールもそうです。未来の人類は過去の人類を救うためにクーパーとクーパーの娘を使ったということですね。つまり、重力の秘密を解き明かして重力を操作する方法を伝えさせた・・というですが、それをするためには4次元の上をいく5次元空間からのアプローチだったということですが、ここはSFというよりもファンタジーになっています。
絶滅の危機にひんしていた人類はマーフィーが解明した重力の秘密によって巨大な宇宙ステーションを土星の軌道に乗せることができて、絶滅をまぬがれるわけですが、あのモールス信号の件については、たしかにちょっと無理があるみたいです。送るべきデータが3D画像のようなものだとそのデータ量は膨大なものになりますから、それをモールスで送るとなると何十年とか何百年とかかかるかもしれません。ただし、私の見解では、ちょっと長い方程式を送るっていう程度のことなら可能じゃないかと思います。マーフィーはクーパーから受け取ったデータをもとに研究を進めて重力をあやつる方法を解明するわけですが、詳細な重力の仕組みについては受け取った方程式が正しいとして、それを道しるべのようにつかって研究すれば究極の解答が得られる・・ということになるのかなと思いました。

なんにしても、このユーチューブでの解説はスゴイです!

「時間」を哲学する監督へ

投稿日

2015/05/19

レビュアー

ちゅく

最近、旧・ソ連のアンドレイ・タルコフスキーという監督の作品が、DISCASで、連続レンタルされる。
これは、事件だ。

「惑星ソラリス」という底恐ろしい映画を見た人は、きっと多いと思う。

「エイリアン」の概念が、変わってしまう。

ほかの映画では、四足歩行の怪物ばかりでしょう。

人間からの類推で、決め込んでいるのです。

「エイリアン」が、「ウィルス」であったら、大変。

「惑星ソラリス」は、もっと、違うのですから、どんな「エイリアン」か、確かめる価値はあると思う。
びっくり、した。


さて、この映画も、面白かった。

時間は、まっすぐ直進していくものではなく、変転していくものです。

時間というものを、少し考えると、空間にも存在することが、わかるでしょう。
空間は、決して、空洞なものではない。

僕らが、今ある。と思っているのは、3次元の空間と言われている。
そこに、「確か」なものは、ない。

時間の一滴も、空間の一秒も、確かではない。
空間が「不確か」と思うのは、僕らが一方で信仰している、「時間」教の宗旨からの妄想にすぎない。
「時間」という概念も、腕時計や携帯を放棄すれば、空間との関係が近しくなり、
本当の時間が、計測できない、もっと残酷なものであることに気づくあろう。
そして、「時間」は、僕らの痛みを撫(な)で、浚(さら)ってくれるはずだ。波のように。

時間というものを、よく考えているな、と思ったのは、クリストファー・ノーラン監督。
「メメント」という映画。

「インターステラ―」という映画。

砂だらけの農家に、書斎があり、そこから本が落ちるのです。
それは、オルガンの鍵盤が鳴るように、落ちるのです。

昔、今、リルケという詩人の「秋」という作品を思っている。

「この手も落ちる」

その落下を受け止める手があるのだ、という詩を、彼は書くのですが、
これは、縦の時間です。

リルケが落ちる、と言った「手」を、過ぎると言ってもよいではないか?

「落ちる」も「過ぎる」も、人間がいかに、「空間的」にしか「ものを考えない」ことの証明であるでしょう。

「インターステラ―」では、6次元の発想が出てきます。

時間を飛び越え、空間を飛び越え、しかし、父も娘も、、神になりたい、わけでは、決してないのす。

これは、宗教ではない。

二人が会うための、ドラマなのです。

タルコフスキー監督の「鏡」を見ていると、ノーラン監督の「インターステラ―」を見ていた。

知の行き着くオーロラのような、ものかもしれない。

時間が、棒のように、まっすぐ伸びれば、宇宙は、すでに無いでしょう。
空間が、絨毯のように、ひらべったく敷き延べられば、宇宙は、すでに無いでしょう。

こういうことを、考えるのは、幸福なのです。

今、自分のいる「場所」や「時間」が、人間によって規定されたものとは、全く違うものごとであれば、
不安よりも、それは、面白いことではないでしょうか?

僕らは、棒のような、一方通行の時間に縛られている。
あるいは、落としたグラスが割れたまま永続するという固定観念を疑うこともしない。

このパソコンをキーボードをたたく指さえ、今、まっすぐに消える。

16〜 20件 / 全141件