ヒストリー・オブ・バイオレンス

この「ヒストリー」と言うのは、歴史より履歴の意味が強いようですね。ある意味「歴史」と言うのは、いろんな解釈が可能であったり、歪曲して伝えることができるシロモノですが、「履歴」となるとそうはいかない、ということでしょう。暴力の権化みたいだったトムがいくら普通の生活を送ろうとしても、暴力の履歴は消えることがない。ただ、クローネンバーグは、トムと言う男をまるでジキルとハイドのように描いてはいないし、暴力と平穏を対立軸として描いてはいない。そこんところが、実に興味深いのです。

象徴的なのは、一番最初にマフィアが尋ねてきた時、「おまえらなんか知らない」というトムの反応。あれは、本当に知らないという反応に見える演出でした。私自身マフィアが人違いしているのかと、途中まで本気で思ってましたから。彼は巧みに2つの人格を使い分けしているわけでは決してない。どこからどこまでがトムで、どこからどこまでがジョーイなのか、というきちっとしたボーダーラインは存在しない。白から黒へのグラデーションのように、曖昧な部分が存在している。その曖昧の存在は、トムという男だけにあるのではなく、我々社会もそうであるということのように思えるのです。

かつては、危ないエリア、例えばニューヨークならブロンクス、といった具合に「ここから向こうは危険」というボーダーラインが存在していたように思いますが、今は都会のど真ん中で、のほほんと電車に乗っていても、刃物で斬りつけられる。そんな時代を見事に映し出していると思います。いつもは臆病な息子が、銃をぶっぱなしてしまうことも。

面白いことに、鑑賞後初期の北野作品を思い出しました。にこやかないいお父ちゃんがふとしたことでビール瓶を振り回す凶暴性を見せたり、子どもの野球バットが凶器になったり。暴力と平穏は、北野作品でも決して表裏の関係ではなく、互いに溶け合って存在する曖昧さを見せています。北野作品の場合、あの独特の「間」によって、見る人を選んでしまいますが、クローネンバーグの場合は、すっかり円熟味も増して、奇才と呼ばれた頃の観る者を選ぶようなエログロな作風は、やや成りを潜めています。しかし、らしさが失われたと言うわけでは決してなく、還暦を過ぎても絶好調という感じですね。というわけで、新作「イースタン・プロミス」もとても良かったです。

たとえそれが殺人者だったとしても。。と、問うているようなラストだった。
娘と息子は彼を受け入れる準備が出来たようです。
そして、妻は。。。？？？
暴力と愛、優しさと憎しみ、すべての人間が持つ感情をどうコントロールして生きていくのか、人間としてのまっとうな生き方は何なのか？悪人は普通の平凡な幸せを求めてはいけないのだろうか？
そんなことを考えさせられた。
ジョーイは相当冷血で非道な人間であっただろうに、トムとなりあんなに優しい顔が出来るこの人は、二重人格か？と思わせる面も。
過去に何があったかは詳しくは描かれていないが、ジョーイの相当な冷血ぶりは、荒野の用心棒なみの強さでよく判る。
（素手の相手にやられてしまう用心棒もちょっとお間抜けだが。。）
バイオレンスっていうくらいだから、けっこう血しぶき飛び散り、顔面ぐちゃぐちゃ、脳みそ出の、と私的にはおえっのシーンが多かった気がする。妻役(弁護士という設定だったらしい。途中で判った）のマリア・ロペってＥＲに出ていたときのイメージかとおもいきや、今回は大胆なヌードを披露して、迫真の演技だった。
普段はおとなしく苛められっ子の息子の切れぶりも、すごかった。

そうか、アメリカって、日本みたいに戸籍制度が無いので、別人に成りすまして結婚までしても、妻には判らないのか！と、納得した次第です。

カウンター越しに静かに微笑むこの男
家族をこよなく愛するこの男
なかなかの働き者　他人が見ても仲睦まじい家族。
裕福ではないかもしれないけれど
それなりの幸せの中に身をおく この男

この男は　違う顔を見せることがある。
どちらがこの男なんだろう。


あっさり観てしまうと　ヒューマンドラマのようでもある。
やり直そうとしても　巻き込まれて抜け出せない男。
ところが　ちょっとよく観てみると怖くて仕方ないのです。
トムは隠れ蓑として　やさしい人間を演じているわけではなく
一面が底なしに優しい男なんです。家族に見せる表情は　すべて本物。
ただし、スイッチが入るまでは。。
いったん冷酷な男になってしまえば　歯止めは効かない。
最初の事件から既に至近距離からの顔への発砲。
そのトムの動きにも演出にも　一切の迷いはない。
過去になってしまった要素ではなく　常に持ちつづけている要素として。

あなたの隣のあの人。
そして　「私」。全く違う一面があるのかも知れません。

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劇場へ足を運び損ねた作品と記憶しています （笑）
何気に レヴュー 拾い読みしていて
「 うへっ クローネンバーグ！！ 即借り 」 みたいな ・・・
主人公が 妻役マリア・ベロを 階段でファッ○するシーン
嫌悪感を持たれた方も 多いのではないでしょうか？
ですが ワタクシ あの場面にこそ この作品の集大成が有るのでは と ・・・
どんな聖人も 結局は 獣の本性を隠している ・・・
圧倒的な力の前に 女は ・・・
見応えのある映画でした

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　彼はなぜ改心したのか？なぜ別人になろうとしたのか？
　そもそもジョーイとはどんな人間だったのだろう？たまたま生まれ育った環境が悪かっただけ？それとも人殺しを愉しんでいた？まるで彼の店に押し入った２人組のように。
　そんな彼の過去を一切私たちは知らない。
　家族や生活を守るために命を張る、善良なトムしか私たちは知らない。

　そして過去の忌まわしい絆を断ち切るため、また彼は罪を犯しました。そうしなければ現在を守れない。でも果たして本当に彼はすべての絆を断ち切れたのでしょうか？とりあえず危機は脱したかのように思えるけど、これからもずっとその不安はまとわりつくのでしょう。彼にも家族にも。
　過去に罪を犯した人は二度とやり直せないのか？人間は本当に変われるのか？そしてそれを知った人々は今までのように彼を愛せるのか？そんなことを色々と考えました。これからもきっと考えさせられるでしょう。

　ヴィゴ・モーテンセンは今までの彼の出演作で一番よかったように思いました。ウィリアム・ハートの出番はめちゃめちゃ少なかったけど、何が買われてこの役であんなに沢山の賞を取ったのか、私には謎でした。。もちろんいい俳優であることはまちがいないのですが。