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アイズ ワイド シャット

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アイズ ワイド シャット / トム・クルーズ

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「アイズ ワイド シャット」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

巨匠スタンリー・キューブリックが、トム・クルーズとニコール・キッドマンというスター夫妻を迎えて描きあげた愛と性のダークファンタジー。ニューヨークに住む内科医のウィリアム・ハーフォードとその妻アリスは、互いに愛し合い幸せに暮らしていた。しかし、ある日妻から、「過去に心を奪われた男性がいて、求められたらすべてを捨ててもいいと思った」と聞き、ウィリアムは衝撃を受ける。それをきっかけに性の妄想にとり憑かれていく彼は、夜の街を徘徊する。やがて、昔の友人に誘われるまま、秘密の乱交パーティに潜入するのだが……。

「アイズ ワイド シャット」 の作品情報

作品情報

製作年:

1999年

製作国:

アメリカ

原題:

EYES WIDE SHUT

「アイズ ワイド シャット」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

関連作品

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クリミナル・マインド/FBI vs. 異常犯罪 シーズン2

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プッシーキャッツ

ミッション:インポッシブル

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11〜 15件 / 全137件

マジメに見るべき?

投稿日:2006/02/24 レビュアー:勝王

この映画をマジメに見るべきなのか?キューブリックはマジメに撮ったのか?すべてはナゾです。奥さんを愛するバブルっぽい医者のトムくんが美女娼婦にクラクラ来て「えーい、買ってしまえ」と思うのですが、エイズと知って恐怖におののく。まるで高校生のような話です。私も経験はありますが。若い頃、ソープランドとか行ってみたいけど怖いなあーとかね。そんなトムを見ていると、半笑いになってしまうのですが、映像だけはやたら豪華かつビューティフルなので、その笑い顔が妙に中途半端に顔に張り付いてしまって。ニューヨークの街角のセットなんか、ムダにお金かけている感じです。乱交パーティーも出てくるんですが、あんなに仮面付けてて、楽しいのかな。エロいのは輝くニコール・キッドマンだけで、乱交パーティーの場面も綺麗に撮ってあるので全然、エロくはありません。一つひとつが妙に大袈裟で、サスペンスフルなのがホント、おかしいです。ニコール・キッドマンみたいな綺麗な奥さんがいたら、浮気なんかする気にならないだろう、と私などは思ってしまいますが、実際にトムはペネロペ・クルスにも手を出していたわけで、この映画の映像以上に、本当に贅沢なことです。キューブリックの変な面を見られたのは面白かった。映画としては非常に奇妙で、その意味で一見の価値はあります。皆さんも是非見て、私と一緒に悩んで下さい。

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巨匠にはすまぬが・・・

投稿日:2007/08/22 レビュアー:tatsuki*

「スタンリー・キューブリック監督入魂の遺作」だそうで。
トム・クルーズと二コール・キッドマンが主演で、その頃現実に夫婦関係であったふたりが夫婦役を演ずるという、スキャンダル効果を狙った抜け目無さがなんだか鼻につくな〜と思っていました。
内容的には・・・・性的妄想サスペンスなのか?

一般的にはニコール・キッドマンの演技は評価されても、トム・クルーズ的には評価が低いようですが、私としてはトム・クルーズに感情移入して見ました。ニューヨークの深夜を彷徨する黒いコート姿のトム・クルーズがカッコいい。

「セックス」ではなく「ファック」と連発されるセリフに淫猥さと直情的なものを感じる。仮面の乱交パーティーはそのものだった。濃い色彩や流れるようなカメラワークに酔いそうになる。
繰り返される生ピアノの単音。不快感を煽る感じがキューブリック監督っぽい。
そんなキューブリック監督の世界を味わう映画なのだろうが、私には理解不十分でした。

私的な楽しみ方としては、ハンサムな医者ビルの診察シーンが好きだな〜とか、ビルのセクシーな声(@森川智之)に浸れて満足。
という、邪道な楽しみ方をしたのでした。
巨匠にはすまぬが・・・

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愛という名でごまかされた欲望に気付く

投稿日:2003/05/26 レビュアー:angel

スタンリー・キューブリック監督の「幸福なカップルに存在するセック
スについての矛盾した精神状態を探り、性的な妄想や実現しなかった夢
を現実と同じぐらい重要なものとして扱おうとした。」というコメント
には納得する。テーマ的には面白いが、残念ながらこれまで監督が与え
てきた衝撃に比べて弱い。それも監督への期待の大きさだと思う。裕福に暮らす医者とその妻。知り合いのいない舞踏会に夫婦で参加することから二人への性的冒険が始まる。妻が夫に「あなたが会う人すべてに誘
惑されるならば、何を根拠に拒否をするのか?」という現実的問いに対
して、夫は平凡な答えで逃げ出してしまう。そういった夫の偽善、欺瞞
をこの映画は告発していく。愛という名でごまかされた欲望に気づかなければ愛は単にまやかしで終わるということに気付きながらもこの夫婦
には、また以前と同じ平凡な日常が戻るが、一度見開き欲望を直視して
しまった以上、ラストの台詞にある「ファックする」以外に二人をつな
ぎとめるものはなにもなくなってしまう・・・。

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ペルソナ〜人は誰もが仮面を被っている

投稿日:2012/10/12 レビュアー:哲郎

キューブリック作品ということで、だいぶ前に観たんだけど、その時はなんかよくわからなかった。
今回は注意深く観てみたけど、う〜ん...監督の思いがよくわからん。
というわけで、自分の観方をサラッと書くしかないだろう。

評論家某氏の談によれば、「テーマはSEXで“人間の心の底に眠る性的欲望とその強さ”だ」などと書いてあるのを目にしたが、ほんとうにそうだろうか。原作(小説)がそうだとしても、映画となった本作においてはそれはあくまでも媒体であって、私には監督が伝えたいことは別にあるように思えてならない。そのヒントになるモノ、監督が我々に与えたその鍵は“仮面”だ。

この作品においては「仮面」が重要なアイテムとなっており、作品の要となっているあの秘密結社的な集まりの儀式や乱交パーティー、そこに集まる人々はみな仮面で自身の素顔を隠しているのだ。その面々はおそらく、政財界をはじめ各界のトップに位置し、誰もがその名を知る特別な名士ばかりに違いない。仮面で隠された素顔こそが実は本当の自分であり、つけている仮面は表(日常)で社会の一員として振舞う名士としての顔のアバターともいえる。
同じく、主役であるハーフォード夫妻においても性の問題を媒介として、お互いの仮面の下の顔を覗いたことから夫婦の危機がはじまりだす。アリス(N・キッドマン)から、性についての女としての本心を吐露されたビル(T・クルーズ)は、それによって妄想を抱くようになり、そこではじめて自身の仮面を意識し羽目をはずした挙句、危うく破滅しそうになる。
この“仮面”はすべての人間が持っているものであり、また人間の生活・人生には必然的に備わるものとして、分身のような関係にあるともいえよう。
私は、キューブリック監督が描きたかったのは、こうした心理学でいうところの“ペルソナ(仮面)”と素顔(本心)との間で葛藤する人間の実態ではなかったかと思うのだ。

もう一つ、視覚的に私が気になったものに「クリスマス・ツリー」の映しの多さがある。
ツリーは路上で商いをする娼婦の部屋にも飾られていた。時期がクリスマスに設定され、いろいろな場面(部屋)できらびやかなツリーがフレームに取り込まれた理由はなんだろうか。
キリストの生誕を祝うときですら、人の下半身には人格がない。仮面をつけての乱交パーティーや、表のパーティーでも不倫を探りあう紳士淑女の飽くなき欲望...、「実は宗教に身を置く者でさえ、そこには仮面(ペルソナ)が備わっているのだ」...キューブリックはこの作品にそんなメッセージも、あるいは込めているのかもしれないなどと考えてしまう。
視覚といえばさらに、この映画は’70年代風の色彩を取り入れてるかなと新たに気づいた。主に空間色としての光の使い方なんだけど、西欧で嫌悪色とされる黄色を背徳的な場面で多用したり、窓に映る闇夜を青で見せたりと、昔ダリオ・アルジェント監督が手がけたサスペンス・スリラーのような雰囲気がある。

さて、Wikipediaの記述によれば、リー・アーメイ(『フルメタル・ジャケット』でハートマン軍曹役)が、キューブリック監督が亡くなる2週間前に監督本人から電話を受け、キューブリックが「『アイズ・ワイド・シャット』は、クルーズとキッドマンが滅茶苦茶にした完全な矢敗作だ」と語っていたと、2006年に発言しているとのこと。
おそらくこれは事実だろう。
この作品の内容からすると、トム・クルーズ夫妻(当時)の出演というのはなんかスッキリはまってないように思う。
当初はスティーブ・マーティン夫妻がキャスティングされていたそうだが、確かにクルーズ夫妻よりマーティン夫妻の方がイメージ的に内容に合っていると思うし、たぶん原作の雰囲気にも監督の狙いにも沿う起用だったはずだ。第一、トム・クルーズはとても医者には見えない。
これは想像だが、トム・クルーズ夫妻の起用は出資側の意向が働いた結果ではないだろうか。
原作の小説が1926年発表で内容的にも古臭いことから、内容を現代風に改めることと、主演には売れっ子俳優を起用し、その妖艶な官能美を強調するなどといった面倒な注文がついたのかもしれない。そう考えれば、リー・アーメイが聞いたキューブリック監督のことばも十分納得がいくことなのだ。

この作品の完成後まもなくキューブリック監督は急逝するのだが、その正式な死因が明らかにされていないことや、劇中の秘密結社的な集まりの儀式がフリーメーソンリーのそれであるかのような都市伝説的な話題とも相俟って、この作品には妙に妖しげな雰囲気がある。

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???の作品デシタ。

投稿日:2004/04/15 レビュアー:hinahinahina

ウーン。ハッキリ言って私には解らない作品でした。
確かに宣伝出来る事柄はあるんでしょうケド・・・。
なんか流されて観てしまった。と、いう感じです。

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アイズ ワイド シャット

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マジメに見るべき?

投稿日

2006/02/24

レビュアー

勝王

この映画をマジメに見るべきなのか?キューブリックはマジメに撮ったのか?すべてはナゾです。奥さんを愛するバブルっぽい医者のトムくんが美女娼婦にクラクラ来て「えーい、買ってしまえ」と思うのですが、エイズと知って恐怖におののく。まるで高校生のような話です。私も経験はありますが。若い頃、ソープランドとか行ってみたいけど怖いなあーとかね。そんなトムを見ていると、半笑いになってしまうのですが、映像だけはやたら豪華かつビューティフルなので、その笑い顔が妙に中途半端に顔に張り付いてしまって。ニューヨークの街角のセットなんか、ムダにお金かけている感じです。乱交パーティーも出てくるんですが、あんなに仮面付けてて、楽しいのかな。エロいのは輝くニコール・キッドマンだけで、乱交パーティーの場面も綺麗に撮ってあるので全然、エロくはありません。一つひとつが妙に大袈裟で、サスペンスフルなのがホント、おかしいです。ニコール・キッドマンみたいな綺麗な奥さんがいたら、浮気なんかする気にならないだろう、と私などは思ってしまいますが、実際にトムはペネロペ・クルスにも手を出していたわけで、この映画の映像以上に、本当に贅沢なことです。キューブリックの変な面を見られたのは面白かった。映画としては非常に奇妙で、その意味で一見の価値はあります。皆さんも是非見て、私と一緒に悩んで下さい。

巨匠にはすまぬが・・・

投稿日

2007/08/22

レビュアー

tatsuki*

「スタンリー・キューブリック監督入魂の遺作」だそうで。
トム・クルーズと二コール・キッドマンが主演で、その頃現実に夫婦関係であったふたりが夫婦役を演ずるという、スキャンダル効果を狙った抜け目無さがなんだか鼻につくな〜と思っていました。
内容的には・・・・性的妄想サスペンスなのか?

一般的にはニコール・キッドマンの演技は評価されても、トム・クルーズ的には評価が低いようですが、私としてはトム・クルーズに感情移入して見ました。ニューヨークの深夜を彷徨する黒いコート姿のトム・クルーズがカッコいい。

「セックス」ではなく「ファック」と連発されるセリフに淫猥さと直情的なものを感じる。仮面の乱交パーティーはそのものだった。濃い色彩や流れるようなカメラワークに酔いそうになる。
繰り返される生ピアノの単音。不快感を煽る感じがキューブリック監督っぽい。
そんなキューブリック監督の世界を味わう映画なのだろうが、私には理解不十分でした。

私的な楽しみ方としては、ハンサムな医者ビルの診察シーンが好きだな〜とか、ビルのセクシーな声(@森川智之)に浸れて満足。
という、邪道な楽しみ方をしたのでした。
巨匠にはすまぬが・・・

愛という名でごまかされた欲望に気付く

投稿日

2003/05/26

レビュアー

angel

スタンリー・キューブリック監督の「幸福なカップルに存在するセック
スについての矛盾した精神状態を探り、性的な妄想や実現しなかった夢
を現実と同じぐらい重要なものとして扱おうとした。」というコメント
には納得する。テーマ的には面白いが、残念ながらこれまで監督が与え
てきた衝撃に比べて弱い。それも監督への期待の大きさだと思う。裕福に暮らす医者とその妻。知り合いのいない舞踏会に夫婦で参加することから二人への性的冒険が始まる。妻が夫に「あなたが会う人すべてに誘
惑されるならば、何を根拠に拒否をするのか?」という現実的問いに対
して、夫は平凡な答えで逃げ出してしまう。そういった夫の偽善、欺瞞
をこの映画は告発していく。愛という名でごまかされた欲望に気づかなければ愛は単にまやかしで終わるということに気付きながらもこの夫婦
には、また以前と同じ平凡な日常が戻るが、一度見開き欲望を直視して
しまった以上、ラストの台詞にある「ファックする」以外に二人をつな
ぎとめるものはなにもなくなってしまう・・・。

ペルソナ〜人は誰もが仮面を被っている

投稿日

2012/10/12

レビュアー

哲郎

キューブリック作品ということで、だいぶ前に観たんだけど、その時はなんかよくわからなかった。
今回は注意深く観てみたけど、う〜ん...監督の思いがよくわからん。
というわけで、自分の観方をサラッと書くしかないだろう。

評論家某氏の談によれば、「テーマはSEXで“人間の心の底に眠る性的欲望とその強さ”だ」などと書いてあるのを目にしたが、ほんとうにそうだろうか。原作(小説)がそうだとしても、映画となった本作においてはそれはあくまでも媒体であって、私には監督が伝えたいことは別にあるように思えてならない。そのヒントになるモノ、監督が我々に与えたその鍵は“仮面”だ。

この作品においては「仮面」が重要なアイテムとなっており、作品の要となっているあの秘密結社的な集まりの儀式や乱交パーティー、そこに集まる人々はみな仮面で自身の素顔を隠しているのだ。その面々はおそらく、政財界をはじめ各界のトップに位置し、誰もがその名を知る特別な名士ばかりに違いない。仮面で隠された素顔こそが実は本当の自分であり、つけている仮面は表(日常)で社会の一員として振舞う名士としての顔のアバターともいえる。
同じく、主役であるハーフォード夫妻においても性の問題を媒介として、お互いの仮面の下の顔を覗いたことから夫婦の危機がはじまりだす。アリス(N・キッドマン)から、性についての女としての本心を吐露されたビル(T・クルーズ)は、それによって妄想を抱くようになり、そこではじめて自身の仮面を意識し羽目をはずした挙句、危うく破滅しそうになる。
この“仮面”はすべての人間が持っているものであり、また人間の生活・人生には必然的に備わるものとして、分身のような関係にあるともいえよう。
私は、キューブリック監督が描きたかったのは、こうした心理学でいうところの“ペルソナ(仮面)”と素顔(本心)との間で葛藤する人間の実態ではなかったかと思うのだ。

もう一つ、視覚的に私が気になったものに「クリスマス・ツリー」の映しの多さがある。
ツリーは路上で商いをする娼婦の部屋にも飾られていた。時期がクリスマスに設定され、いろいろな場面(部屋)できらびやかなツリーがフレームに取り込まれた理由はなんだろうか。
キリストの生誕を祝うときですら、人の下半身には人格がない。仮面をつけての乱交パーティーや、表のパーティーでも不倫を探りあう紳士淑女の飽くなき欲望...、「実は宗教に身を置く者でさえ、そこには仮面(ペルソナ)が備わっているのだ」...キューブリックはこの作品にそんなメッセージも、あるいは込めているのかもしれないなどと考えてしまう。
視覚といえばさらに、この映画は’70年代風の色彩を取り入れてるかなと新たに気づいた。主に空間色としての光の使い方なんだけど、西欧で嫌悪色とされる黄色を背徳的な場面で多用したり、窓に映る闇夜を青で見せたりと、昔ダリオ・アルジェント監督が手がけたサスペンス・スリラーのような雰囲気がある。

さて、Wikipediaの記述によれば、リー・アーメイ(『フルメタル・ジャケット』でハートマン軍曹役)が、キューブリック監督が亡くなる2週間前に監督本人から電話を受け、キューブリックが「『アイズ・ワイド・シャット』は、クルーズとキッドマンが滅茶苦茶にした完全な矢敗作だ」と語っていたと、2006年に発言しているとのこと。
おそらくこれは事実だろう。
この作品の内容からすると、トム・クルーズ夫妻(当時)の出演というのはなんかスッキリはまってないように思う。
当初はスティーブ・マーティン夫妻がキャスティングされていたそうだが、確かにクルーズ夫妻よりマーティン夫妻の方がイメージ的に内容に合っていると思うし、たぶん原作の雰囲気にも監督の狙いにも沿う起用だったはずだ。第一、トム・クルーズはとても医者には見えない。
これは想像だが、トム・クルーズ夫妻の起用は出資側の意向が働いた結果ではないだろうか。
原作の小説が1926年発表で内容的にも古臭いことから、内容を現代風に改めることと、主演には売れっ子俳優を起用し、その妖艶な官能美を強調するなどといった面倒な注文がついたのかもしれない。そう考えれば、リー・アーメイが聞いたキューブリック監督のことばも十分納得がいくことなのだ。

この作品の完成後まもなくキューブリック監督は急逝するのだが、その正式な死因が明らかにされていないことや、劇中の秘密結社的な集まりの儀式がフリーメーソンリーのそれであるかのような都市伝説的な話題とも相俟って、この作品には妙に妖しげな雰囲気がある。

???の作品デシタ。

投稿日

2004/04/15

レビュアー

hinahinahina

ウーン。ハッキリ言って私には解らない作品でした。
確かに宣伝出来る事柄はあるんでしょうケド・・・。
なんか流されて観てしまった。と、いう感じです。

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