エル・クラン

ペドロ・アルモドバルが製作を務め、アルゼンチンで実際に起こった身代金誘拐事件を「セブン・デイズ・イン・ハバナ」のパブロ・トラペロ監督により映画化。
アルゼンチンの平和な町でラグビー選手のアレハンドロの友人が誘拐されます。以降、金持ちだけを狙った身代金事件が多発し、近所の住民たちが不安な毎日を送っています。

実話という事だけに、その後も含めすごい後味の悪さです。
この映画の背景として、軍が強権をふるった独裁政治から民主化が徐々に進んでいったアルゼンチンの社会状況があったとしても、よくこんな犯罪がまかり通ったものだと唖然としてしまいます。
プッチオ家の主人のアルキメデスは、妻の作った夕食をなぜか2階にある鍵のかけられた部屋に運ぶという不審な動きをしています。
監禁された人質がうめき声をあげている中、同じ家のダイニングでは何事もなかったかのように家族が夕食のテーブルを囲んでいます。

父に逆らう事ができずに、ズルズルと犯罪を手伝う長男のアレハンドロ。
父の非情な態度と、友人を裏切った後悔に沈み込むアレハンドロの表情が対照的でした。

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連投です。（笑）ネタバレしています。ご注意ください。

長男アレックスはラグビーの選手。
犯罪が露見して父ともに牢に収監された時、父は「自白強要されたと言うから、俺を
思いっ切り殴れ！」と言いますが、
その悪どさに、これまで父だからと我慢してきたアレックスは「人生を狂わされた！」と
本気で殴りつけます。
ここでアレックスは自らを解放したのでしょうね、
モニカとも幸せに暮らしたかったし、親友だって失いたくなかった、
他人を憎むのはいつかは終わりがあり、時として忘れる事もできる。
でも身内を憎むのは、永遠とも感じる深き憎しみであり、
また自分を憎むことでもあり、内に向かう憎しみって本当に苦しいと思う。

裁判に向かう廊下で、父を振り返り、ニヤリと笑ったアレックス、
（この笑いは何だ？と思った瞬間・・・）後ろ手に手を縛られたままのアレックスは、
鮮やかにらせん階段のフチから飛び降りる・・・。
水泳の飛び込みのようにきれいな画面でした。
予想外で意表をついた一瞬でありながら、あぁそうなんだと思わせる。
この監督、本当にうまいというか熟慮したんだなと感じました。

観る前は「気色悪そうだな、アルゼンチンにハマっているから一応観てみるか」くらいの
気持ちでしたが、
人間の弱さ、社会の病理、家族について考えさせる何かが残った。
アレックスは一命をとりとめましたが、その後牢獄で何度も自殺を計ったそうです。
父は牢獄で勉強して資格を取ったりしたようですが、自分に罪はないと最後まで訴えたそうです。

1980年代アルゼンチン。実話が元になっている。
父アルキメデスは政府の要職につき、妻、子供5人と裕福に暮らしていた。
フォークランド紛争で政府が転覆。父は無職になる。
エル・クランとは「一族」という意味だそうです。

それにしても、食前に皆で祈りを捧げるこの家族が・・・。
家族が、とは言っても実質犯罪者は父のアルキメデスのみ。
長男アレックス（字幕で。アレハンドロとも表記。）は、父の要請を断る事も出来ず、
悩みつつ加担してゆく。
アレックスこそ被害者だと私は思う。父親以外はまともな感覚の人間のようだ。
気づいた者から早くに通報していれば、のちに続く一家離散にならず別の結果だったろう。
その父親も、仕事さえあればやらなかったと思うが、政府要職についている者さえ簡単に
無職になるという、政権不安定だという社会の罪深さ、この罪は許されるものではないが
病んだ社会、不足した社会から悪が走り出すのだと監督は言いたかったのか。

なかなか理解しがたいお国柄のお話です。ラストは意表を突かれ、油断していたところに思わぬ結末が。