セッション

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セッション / マイルズ・テラー
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「セッション」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

名門音楽大学に入学したニーマン(マイルズ・テラー)はフレッチャー(J・K・シモンズ)のバンドにスカウトされる。ここで成功すれば偉大な音楽家になるという野心は叶ったも同然。だが、待ち受けていたのは、天才を生み出すことに取りつかれたフレッチャーの常人には理解できない〈完璧〉を求める狂気のレッスンだった。浴びせられる罵声、仕掛けられる罠…。ニーマンの精神はじりじりと追い詰められていく。恋人、家族、人生さえも投げ打ち、フレッチャーが目指す極みへと這い上がろうともがくニーマン。しかし…。

「セッション」 の作品情報

作品情報

製作年: 2014年
製作国: アメリカ
原題: WHIPLASH

「セッション」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

関連作品

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ヒドゥン

ザ・コンサルタント

フットルース 夢に向かって

スパロークリーク 野良犬たちの長い夜

ユーザーレビュー:93件

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6〜 10件 / 全93件

しごきと意地の張り合い ネタバレ

投稿日:2015/08/15 レビュアー:パープルローズ

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

NYの名門音楽院に通うドラマー志望のアンドリュー(マイルズ・テラー、「ラビットホール」の加害者役の子)は、
1年生ながらフレッチャー教授(J・K・シモンズ)のバンドにスカウトされて有頂天。
しかし彼を待っていたのは、フレッチャーの想像を絶するしごきだった。

原題の「Whiplash」はバンドが演奏する曲のタイトルでもありますが、
鞭で打つことを意味する言葉なので、かなりハードな内容であるだろうことが予想できます。

まるで日本の高校の部活動を連想してしまうようなしごきで、アメリカにはこんなのないんじゃないの?と思ってしまったけど、
監督の実体験に基づいていると聞いてびっくりです。今でも夢に見るほど酷かったとか。

フレッチャーの発する言葉が、とにかく汚い言葉のオンパレード。よくぞまあ、こんな言葉を並べるわと感心するほど。
そしてものすごく強権的。
「Not My Tempo!!」といわれても、それは彼にとってのテンポであって、要求される方にはわかるはずがないのに。
亡くなった生徒の死を悼んで涙を見せ、「意外にいい人かも・・・。」と思わせた次の瞬間には、
また悪魔のようになっていて、観客もアンドリューと一緒に翻弄されてしまいます。
心身共に追いつめられたアンドリューは次第に暴走していきます。

後半はフレッチャーとアンドリューの駆け引きが中心で、ジャズや演奏はその駆け引きのための道具になってしまっている感じ。
なのでジャズの専門家から批判がでるのもうなずけるような気がします。

音楽院を退学したアンドリューと、再会したフィレッチャーとのカフェでの会話にはどきどきしました。
「第2のチャーリー・パーカーを育てるために、自分なりに頑張っていた。」というフレッチャー。
「あなたのしごきが才能をつぶしてきたのではないか?」と問うアンドリューに、
「本物の才能ならそんなことでつぶれはしない。」
自分は第2のチャーリー・パーカーとなる才能かもしれないというアンドリューの自尊心をくすぐり、
彼の心を操ろうとするフレッチャーが怖いです。

最後のキャラバンの演奏は、聞いて楽しいものでは全くなく、ただの意地の張り合い。
ふたりにとって、一体音楽ってなんだったんだろうね。
このあと、ふたりはどうするんだろう?といろいろ考えてしまって、後味悪し。
でも、緊迫感があっておもしろかったです。

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来いよ

投稿日:2016/03/10 レビュアー:ビンス

来いよ
フレッチャーの口から
何度もその言葉が吐き出されているようでした。
来いよ
ここまで来いよ
ここまで、とは
彼の目指す音楽
その音楽の到達点
音楽院の指導者であるフレッチャー
一切の妥協を自他に認めないその姿勢は
スパルタだ、なんだ、を通り越して揺るぎなく
その道を邪魔する者にも一切の容赦を与えません。
ついてこれない者
必要なし
弱音吐く者
必要なし
足を引っ張る者
容赦なし
それは観方によっては
彼の目指す
彼の愛する音楽に対する
真摯な向き合い方と言えるかもしれません。
フレッチャーにはそれが唯一愛でるもの
その高みを目指す生徒との
ジャズというセッションは
最早格闘技と形容してもいいぐらいです。
格闘技は勝たなければいけません
いくら試合内容が良くても
負ければ0です。
生徒がいくら肉体を、時間を、恋愛を犠牲にしても
到達点に届いてなければ
フレッチャーにとってのその生徒は0なのです。
ここまで来いよ、と
鬼のフレッチャー
必ず届いてやる、と
鬼気迫るアンドリュー(生徒)
作品中で奏でられるメイン曲は「ウィップラッシュ」
ウィップラッシュとは、ムチ打ち
Fワード乱れ飛ぶ
ジャズという格闘技をお楽しみください

ラストが好きです。
フレッチャーの表情がいい。

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モラハラ音楽教師 ネタバレ

投稿日:2015/11/29 レビュアー:alterd

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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途中までなかなか良く出来た映画だと思っていたが残念ながら盛り下がった。

特に、ラストの盛り上げないといけない演奏にジャズのビッグバンド特有のスリルと迫力が欠けた。巧いが綺麗にまとまり過ぎていた。
そして、肝心のドラムソロもなんぼなんでも長過ぎだった。

最初、罵倒を繰り返し異常なまでに生徒を追い込む教師のしごきにモラハラ教師の話かと思ったが、それは、自分の生徒からチャーリー・パーカークラスの偉大なミュージシャンを育てようという願いからだと聞き、一応の納得はした。

しかし、その教師のせいで自殺した生徒もいる事が判明し
教師に殴りかかった為退学になった主人公が学校側の調査員に実態を明かす。

その後、しばらくし主人公がふらっと入ったジャズ・ライヴハウスで学校をクビになった教師が演奏しているのを見掛ける。

教師は自分の生徒への熱い思いを告白した後、主人公に自分が予定しているコンサートでドラムを叩いてくれないかと頼む。
主人公は音楽修行の為、一旦、振った元ガールフレンドに謝罪しコンサートに招く。

しかし、始まってみると、主人公が知らない曲を演奏して恥を搔かせるという陰湿な仕返しだった。
教師は主人公が密告した事を知っていたのだ。

そこで、一度、舞台から去ろうとした主人公が思い直し勝手に演奏を始めたのが「キャラバン」だった。
アレンジがゴージャスでドラムソロの為にはこの曲の方が良かったのかも知れないが盛り上がるという意味では「マンテカ」や「チュニジアの夜」辺りが良かったのではあるまいか。

いずれにせよ、音楽への愛はあまり感じられない映画だった。

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不条理と理不尽を超えてこそ、一流???

投稿日:2015/10/06 レビュアー:にょにょん

スポーツマンでも、サラリーマンでも、
どの分野でも「苦境を超え、理不尽をかみしめ、不条理を乗り越えた」先に一流の道がある、と書いてあったりコメントしたりする世界は多い。
芸術でもそれは通じるところがあるとは思うのだけど、、、、
でもさ、その先にはやっぱり「喜び」とか「解放」とか「目指したい世界」があるからこそ、見ている人の共感を呼ぶのではないかと思うのです
でもこの映画にはそれをあんまり感じませんでした。
「怒り」「成功への渇望」はすごく感じたけど、それは怒りであって、個人の感情なんだよね。
なんか、バンドである必要がないじゃない?
と思ってしまった。
でも、確かにこの演奏を実際にしてやっている俳優さんは大したものでそこは圧倒されます。
んーーー
でもやっぱりすっきりはしない。
これがたくさんの賞を受賞したのはアメリカならではじゃないかと思う。
絶対何かを得たい勝ち取りたい、その気持ちで一点突破しようとする成功への渇望に対する賞賛はアメリカだからじゃないかなぁ。
そう感じながら見ました。

このレビューは気に入りましたか? 4人の会員が気に入ったと投稿しています

悪魔の指導者

投稿日:2018/03/27 レビュアー:カマンベール

2014年作品。監督・脚本デミアン・チャゼル(33歳)

音楽の世界を少しでも齧った者なら、分かると思うが、
芸術の世界は、才能のある者が強者。
弱肉強食の汚い世界だ。
そこが嫌だと思う者は、去るしかない。

この映画「セッション」は、アメリカ最高の音楽学校、シェイファー音楽学校の一年生、19歳のアンドリュー・ニーマンが、専攻のジャズ・ドラマーとして、常勝の学内のバンドの指揮者で指導者のフレッチャーとの、音楽的格闘及び、精神的確執とその破綻そして再生までが描かれる。
この映画で圧倒的なのは指揮者(指導者)のニーマン(J・K・シモンズ)の
人格破綻者のような強烈な個性だ。

私が音大でピアノの指導を受けた教授もお世辞にも人格者と言える人ではなかった。
差別は当たり前。前の上級生に一時間指導して、待たされた私は10分のレッスン。そんなことは当たり前、文句なんて付けようものなら、破門だ。
ピアノの腕が下手だと叱られるならまだしも、親の財力で差をつけられるのは我慢ならなかった。
ニーマンも父親の仕事や母親が家を出たことで、難癖をつけられていたが、心を傷つけるのは意外と効果的なのである。
音楽の練習の現場でフレッチャーのようなパワハラ指導者が幅を利かせてるのはよくあることだ。
芸術の世界である音楽も、スポーツマンシップの歌われるスポーツ界も
似たようなものである。
屈辱はいわゆる「負けじ魂」に火を付けるのだ。

ラストのニーマンの演奏に思わず込み上げるものがあった。
しかし、虐待を受けた被害者は虐待の加害者になりやすいとの
統計がある。
ニーマンは大丈夫だろうか?
それにしても、フレッチャーはイかれてる。
嘘をつく、人格を否定する、傷つける。
フレッチャーのような人間はたとえ指導者として優れていても、葬り去られるべきだと思った。

しかし映画「セッション」は地味な題材を料理して、人間の向上心や野心そして心の闇に迫る、最高のヒューマン・ドラマだった。

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6〜 10件 / 全93件

セッション

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しごきと意地の張り合い

投稿日

2015/08/15

レビュアー

パープルローズ

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NYの名門音楽院に通うドラマー志望のアンドリュー(マイルズ・テラー、「ラビットホール」の加害者役の子)は、
1年生ながらフレッチャー教授(J・K・シモンズ)のバンドにスカウトされて有頂天。
しかし彼を待っていたのは、フレッチャーの想像を絶するしごきだった。

原題の「Whiplash」はバンドが演奏する曲のタイトルでもありますが、
鞭で打つことを意味する言葉なので、かなりハードな内容であるだろうことが予想できます。

まるで日本の高校の部活動を連想してしまうようなしごきで、アメリカにはこんなのないんじゃないの?と思ってしまったけど、
監督の実体験に基づいていると聞いてびっくりです。今でも夢に見るほど酷かったとか。

フレッチャーの発する言葉が、とにかく汚い言葉のオンパレード。よくぞまあ、こんな言葉を並べるわと感心するほど。
そしてものすごく強権的。
「Not My Tempo!!」といわれても、それは彼にとってのテンポであって、要求される方にはわかるはずがないのに。
亡くなった生徒の死を悼んで涙を見せ、「意外にいい人かも・・・。」と思わせた次の瞬間には、
また悪魔のようになっていて、観客もアンドリューと一緒に翻弄されてしまいます。
心身共に追いつめられたアンドリューは次第に暴走していきます。

後半はフレッチャーとアンドリューの駆け引きが中心で、ジャズや演奏はその駆け引きのための道具になってしまっている感じ。
なのでジャズの専門家から批判がでるのもうなずけるような気がします。

音楽院を退学したアンドリューと、再会したフィレッチャーとのカフェでの会話にはどきどきしました。
「第2のチャーリー・パーカーを育てるために、自分なりに頑張っていた。」というフレッチャー。
「あなたのしごきが才能をつぶしてきたのではないか?」と問うアンドリューに、
「本物の才能ならそんなことでつぶれはしない。」
自分は第2のチャーリー・パーカーとなる才能かもしれないというアンドリューの自尊心をくすぐり、
彼の心を操ろうとするフレッチャーが怖いです。

最後のキャラバンの演奏は、聞いて楽しいものでは全くなく、ただの意地の張り合い。
ふたりにとって、一体音楽ってなんだったんだろうね。
このあと、ふたりはどうするんだろう?といろいろ考えてしまって、後味悪し。
でも、緊迫感があっておもしろかったです。

来いよ

投稿日

2016/03/10

レビュアー

ビンス

来いよ
フレッチャーの口から
何度もその言葉が吐き出されているようでした。
来いよ
ここまで来いよ
ここまで、とは
彼の目指す音楽
その音楽の到達点
音楽院の指導者であるフレッチャー
一切の妥協を自他に認めないその姿勢は
スパルタだ、なんだ、を通り越して揺るぎなく
その道を邪魔する者にも一切の容赦を与えません。
ついてこれない者
必要なし
弱音吐く者
必要なし
足を引っ張る者
容赦なし
それは観方によっては
彼の目指す
彼の愛する音楽に対する
真摯な向き合い方と言えるかもしれません。
フレッチャーにはそれが唯一愛でるもの
その高みを目指す生徒との
ジャズというセッションは
最早格闘技と形容してもいいぐらいです。
格闘技は勝たなければいけません
いくら試合内容が良くても
負ければ0です。
生徒がいくら肉体を、時間を、恋愛を犠牲にしても
到達点に届いてなければ
フレッチャーにとってのその生徒は0なのです。
ここまで来いよ、と
鬼のフレッチャー
必ず届いてやる、と
鬼気迫るアンドリュー(生徒)
作品中で奏でられるメイン曲は「ウィップラッシュ」
ウィップラッシュとは、ムチ打ち
Fワード乱れ飛ぶ
ジャズという格闘技をお楽しみください

ラストが好きです。
フレッチャーの表情がいい。

モラハラ音楽教師

投稿日

2015/11/29

レビュアー

alterd

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

途中までなかなか良く出来た映画だと思っていたが残念ながら盛り下がった。

特に、ラストの盛り上げないといけない演奏にジャズのビッグバンド特有のスリルと迫力が欠けた。巧いが綺麗にまとまり過ぎていた。
そして、肝心のドラムソロもなんぼなんでも長過ぎだった。

最初、罵倒を繰り返し異常なまでに生徒を追い込む教師のしごきにモラハラ教師の話かと思ったが、それは、自分の生徒からチャーリー・パーカークラスの偉大なミュージシャンを育てようという願いからだと聞き、一応の納得はした。

しかし、その教師のせいで自殺した生徒もいる事が判明し
教師に殴りかかった為退学になった主人公が学校側の調査員に実態を明かす。

その後、しばらくし主人公がふらっと入ったジャズ・ライヴハウスで学校をクビになった教師が演奏しているのを見掛ける。

教師は自分の生徒への熱い思いを告白した後、主人公に自分が予定しているコンサートでドラムを叩いてくれないかと頼む。
主人公は音楽修行の為、一旦、振った元ガールフレンドに謝罪しコンサートに招く。

しかし、始まってみると、主人公が知らない曲を演奏して恥を搔かせるという陰湿な仕返しだった。
教師は主人公が密告した事を知っていたのだ。

そこで、一度、舞台から去ろうとした主人公が思い直し勝手に演奏を始めたのが「キャラバン」だった。
アレンジがゴージャスでドラムソロの為にはこの曲の方が良かったのかも知れないが盛り上がるという意味では「マンテカ」や「チュニジアの夜」辺りが良かったのではあるまいか。

いずれにせよ、音楽への愛はあまり感じられない映画だった。

不条理と理不尽を超えてこそ、一流???

投稿日

2015/10/06

レビュアー

にょにょん

スポーツマンでも、サラリーマンでも、
どの分野でも「苦境を超え、理不尽をかみしめ、不条理を乗り越えた」先に一流の道がある、と書いてあったりコメントしたりする世界は多い。
芸術でもそれは通じるところがあるとは思うのだけど、、、、
でもさ、その先にはやっぱり「喜び」とか「解放」とか「目指したい世界」があるからこそ、見ている人の共感を呼ぶのではないかと思うのです
でもこの映画にはそれをあんまり感じませんでした。
「怒り」「成功への渇望」はすごく感じたけど、それは怒りであって、個人の感情なんだよね。
なんか、バンドである必要がないじゃない?
と思ってしまった。
でも、確かにこの演奏を実際にしてやっている俳優さんは大したものでそこは圧倒されます。
んーーー
でもやっぱりすっきりはしない。
これがたくさんの賞を受賞したのはアメリカならではじゃないかと思う。
絶対何かを得たい勝ち取りたい、その気持ちで一点突破しようとする成功への渇望に対する賞賛はアメリカだからじゃないかなぁ。
そう感じながら見ました。

悪魔の指導者

投稿日

2018/03/27

レビュアー

カマンベール

2014年作品。監督・脚本デミアン・チャゼル(33歳)

音楽の世界を少しでも齧った者なら、分かると思うが、
芸術の世界は、才能のある者が強者。
弱肉強食の汚い世界だ。
そこが嫌だと思う者は、去るしかない。

この映画「セッション」は、アメリカ最高の音楽学校、シェイファー音楽学校の一年生、19歳のアンドリュー・ニーマンが、専攻のジャズ・ドラマーとして、常勝の学内のバンドの指揮者で指導者のフレッチャーとの、音楽的格闘及び、精神的確執とその破綻そして再生までが描かれる。
この映画で圧倒的なのは指揮者(指導者)のニーマン(J・K・シモンズ)の
人格破綻者のような強烈な個性だ。

私が音大でピアノの指導を受けた教授もお世辞にも人格者と言える人ではなかった。
差別は当たり前。前の上級生に一時間指導して、待たされた私は10分のレッスン。そんなことは当たり前、文句なんて付けようものなら、破門だ。
ピアノの腕が下手だと叱られるならまだしも、親の財力で差をつけられるのは我慢ならなかった。
ニーマンも父親の仕事や母親が家を出たことで、難癖をつけられていたが、心を傷つけるのは意外と効果的なのである。
音楽の練習の現場でフレッチャーのようなパワハラ指導者が幅を利かせてるのはよくあることだ。
芸術の世界である音楽も、スポーツマンシップの歌われるスポーツ界も
似たようなものである。
屈辱はいわゆる「負けじ魂」に火を付けるのだ。

ラストのニーマンの演奏に思わず込み上げるものがあった。
しかし、虐待を受けた被害者は虐待の加害者になりやすいとの
統計がある。
ニーマンは大丈夫だろうか?
それにしても、フレッチャーはイかれてる。
嘘をつく、人格を否定する、傷つける。
フレッチャーのような人間はたとえ指導者として優れていても、葬り去られるべきだと思った。

しかし映画「セッション」は地味な題材を料理して、人間の向上心や野心そして心の闇に迫る、最高のヒューマン・ドラマだった。

6〜 10件 / 全93件