世にも怪奇な物語

世にも怪奇な物語の画像・ジャケット写真

世にも怪奇な物語 / オムニバス洋画

全体の平均評価点:(5点満点)

40

全体の平均評価点:

DVD

ジャンル :

「世にも怪奇な物語」 の解説・あらすじ・ストーリー

DVD

解説・ストーリー

エドガー・アラン・ポーの怪奇小説を、フランスとイタリアを代表する3大監督が映画化したオムニバスホラー。ロジェ・ヴァディム監督作『黒馬の哭く館』、ルイ・マル監督作『影を殺した男』、フェデリコ・フェリーニ監督作『悪魔の首飾り』を収録。<br>●ご注意下さい●<BR>本作品は「世にも怪奇な物語」(記番:ASBY2763)と同一内容です<BR>※特典映像なし

「世にも怪奇な物語」 の作品情報

作品情報

製作年: 1967年
製作国: フランス/イタリア
原題: TRE PASSI NEL DELIRIO/HISTOIRES EXTRAORD

「世にも怪奇な物語」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

関連作品

関連作品

悪魔の追跡

グレイス&フランキー シーズン2

白鯨

モア・サティスファクション スクール・ラヴァーズ

ユーザーレビュー:40件

入力内容に誤りがあります。

内容をご確認のうえ、修正いただきますようお願いいたします。

  • 入力内容に誤りがあります。

この作品に関するあなたの感想や意見を書いてみませんか?

6〜 10件 / 全40件

待ってました

投稿日:2005/01/05 レビュアー:ケンザブロウ

この作品がDVD化される日を、待ち望んでいました。TVでは、何度か見たことがあり、その時の印象があまりにも強烈に、頭にこびり付いて、もう一度見たいと思ったときには、見ることが出来ずに・・・。ジャンルは今で言うホラーですか?でも、今のホラーとは、出発点も終点もまったく違う物です。「これでもか」といった演出など無いし、ただ、淡々と物語りは進んでいく。そして見終わった後に、何とも言えない「何か気色悪い映画やったな」ていう、この感覚。最高です。もうこんな作品、二度と作れないであろう。見たことの無い人は、是非、見てください。ただ、寝れなくなるかもしれません、第3話の少女の顔を思い出すと。

このレビューは気に入りましたか? 5人の会員が気に入ったと投稿しています

監督・出演スターが贅沢なオムニバス映画

投稿日:2018/01/28 レビュアー:カマンベール

エドガー・アラン・ポー原作とした3話のオムニバス・ホラー映画です。

それでは最初に
第3話「悪魔の首飾り」から感想を述べます。
監督 フェデリコ・フェリーニ
主演 テレンス・スタンプ

原作の題名の意味は「悪魔に首を賭けるな」
現代のローマを舞台に、テレンス・スタンプの役柄は、イギリス人で、
酒と麻薬に溺れて落ち目のシェークスピア俳優。
イタリアで聖書を題材とした西部劇に出演するためと、報酬のピッカピカの金色のフェラーリを得るためにローマにやってくる。

ここで注目はテレンス・スタンプ。
28歳の若さのテレンス・スタンプを見れただけでも、この映画を観た価値がありました。
1965年の「コレクター」が彼の出演した作品で一番有名ですが、
この映画のテレンスは、青白いメイクに金髪、麻薬中毒にアルコール依存症、落ち目・・・と、アラン・ポーと全く同じなのです。
幻覚に苛まれ、「自分に見える悪魔は、白い鞠をツく純白のドレスの
少女」と公言します。
まさにテレンス・スタンプはこの役のために生まれたような、ナリキリ方です。
フェリーニ監督らしく夢か現か定かでない映像美。
ラストのオドロオドロしいシーンは、ユーモアさえ漂います。
まさに怪奇譚です。

1話はロジェ・ヴァディム監督。
主演はジェーン・フォンダ。ピーター・フォンダが彼女を振る貴族の
役に扮しています。
恋の鞘当てから好きな男の厩舎に放火して、好きな男が焼け死んでしまう。そして現れた黒馬の話です。

2話はルイ・マル監督。
主演はアラン・ドロンとブリジット・バルドー。
悪魔のような青年が自分の幻覚の分身(ドッペルゲンガー)に
破滅させられる話です。
1967年作品。
斬新なアート作品のような映像が、3話とも楽しめます。

このレビューは気に入りましたか? 4人の会員が気に入ったと投稿しています

悪魔の象徴?少女の目が脳裏に焼きつく

投稿日:2012/06/13 レビュアー:kazupon

1967年の作品。
テレビで観たことがあったような、なかったような・・・という感じだったが、三話目のラストの部分は記憶にあった。
一番怖いシーンで子供心にも印象に残っていたのだろう。
原作はエドガー・アラン・ポーの怪奇小説で、ヨーロッパの三人の巨匠(ロジェ・パディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニ)によって映画化されたもの。
フェデリコ・フェリーニなんて、何年ぶりに聞く名前だろう?
第1話『黒馬の哭く館』
ジェーン・フォンダの必要以上の露出がどうかと思ったが、怪しい美しさと退廃的なムードを醸し出す効果はあったと思う。
何でも自分の思い通りにしてきた若き女当主が、どうしても手に入れることが出来なかったある一人の男性の心。
ちょっとした腹いせのつもりが、その男の命を奪う結果になってしまい、彼女は永遠にその男の心を手に入れることができなくなってしまった。
ジェーン・フォンダの抜け殻のようになってしまった虚ろな瞳が印象的。
第2話『影を殺した男』
アラン・ドロンには、冷酷なサディストがよく似合う。
この作品で怖いのは、アラン・ドロン演じるウィリアム・ウィルソンと同姓同名で顔かたちまでそっくりの人物が現れ、それがウィリアム・ウィルソンの影のように付き纏うこと。
いわば、もう一人の彼は、ウィルソンの「良心」の部分をもった分身のようだった。
成人して士官となったウィルソンは、カードの賭けでブリジット・バルドーにイカサマで勝つ。
勝者のウィルソンは、彼女を鞭打つが、そこにもう一人のウィルソンが現れて、ゲームのからくりを暴く。
ウィルソンは、もう一人のウィルソンを追いかけ、ナイフで刺してしまう。
・・・誰でも気づくと思うけど、死んだはずのウィルソンが瞬きをするのがハッキリ見えるのだ。どうした、アラン・ドロン?・・・
第3話『悪魔の首飾り』
これが一番怖かった。
この作品があって、初めて“世にも怪奇な”物語が成立したとも言える。
冒頭の空港の雰囲気からして、観客の心を掴む。
エスカレーターの上でボールを持った不気味な少女は、みんなの目にも見えているのか?それとも・・・
報酬にもらったフェラーリを暴走させるダミットの狂気は、アル中のせいだけではないはずだ。
フェラーリのライトが照らし出す景色だけが、目まぐるしく画面に映し出され、観ている方は行く先の見えない恐怖と不安に鼓動が速くなる。
工事中の橋の上。
この先は行き止まり。
夜の濃い霧の中で、どこにどう続いているのか分からないが、ダミットは道の向こうにボールを持った少女の姿を見たのだった。
悪魔に魅入られるとは、正しくこういうことだろうか?
フェラーリをバックさせ、急発進。全速力で突き進むダミット。
夜が明け、霧が晴れたあとには、血の滴るワイヤーと少女の姿。
少女の手からボールが転がり、替わりに少女が手にしたのは、ダミットの首・・・
映像の美しさとともに、人間の心理に訴えてくる「得体の知れないもの」への恐怖がよく描かれている3作品だった。

このレビューは気に入りましたか? 4人の会員が気に入ったと投稿しています

重厚で芸術的

投稿日:2010/09/09 レビュアー:みなみ

DVD雑誌の「映画ファンに聞いた怖い映画ベスト100」の
40位にランクインしていたので、
ホラー好きとしては見ておくべきかなと思い、レンタルしました。

3つとも巨匠と言われる監督(私は知らないんですが)の作品だったんですね。
道理で重厚な感じでした。
登場人物は、みんな美しいです。
今は個性の時代ですが、昔の映画は絵に書いたような美男美女揃いですね。

面白くて引き込まれるというものでもないし、怖くもないですが
高貴で芸術的で、たまにはこういう作品を見るのもいいかも。
3作目の「悪魔の首飾り」は特に映像が芸術的で
空港のシーンとか、ダリオ・アルジェント監督もこの作品の影響を受けてるのでは?と思ったりしました。

このレビューは気に入りましたか? 4人の会員が気に入ったと投稿しています

フェラーリとの「道行き」 ネタバレ

投稿日:2008/06/29 レビュアー:港のマリー

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

 ポーの原作をもとにした、第1話ロジェ・ヴァディム、第2話ルイ・マル、第3話フェデリコ・フェリーニによるホラーオムニバス。それぞれに趣があるが、私のなかでは1+2<3と思えるほどフェリーニ編は素晴らしい。ただヴァディムのエロティシズムは味わい深かった。監督がヒロインを妻(ジェーン・フォンダ)に演じさせるのはよくあることだが、妻の相手役に実弟(ピーター・フォンダ)というのがなかなか倒錯的。城で毎夜繰り広げられる淫らな宴より、この姉弟のツーショットのほうにはるかにどきどきしました。
 
 さて、第3話「悪魔の首飾り」、これはすさまじく怖い。怖いと同時に西洋近代の宗教・思想史のダイジェスト版をみせられたような深遠さを感じた。
 イタリア国際空港にイギリス人俳優トビー・ダミット(テレンス・スタンプ)が降り立つ。イタリア映画への出演のオファーに応じるためだ。トビーの様子はこの時点で既に尋常ではない。痩せた蒼白な顔に落ち着かない表情、怯えたような不安げな瞳。アルコールと薬物で深く精神が蝕まれているのである。そんな彼の目に映る空港の様子もどこか不吉な気配をはらんでいる。彼を招いたプロデューサーというのがキリストの贖罪劇を西部劇スタイルで描こうという怪しげな企画を持っていて、トビーのそのキリスト役だという。フェリーニのキリスト教へのこだわりが早くも出現する。

 テレビ局で気怠げにインタビューに答えているトビーに突然「神を信じますか」という問いが降りかかる。しばしの沈黙の後「信じません」と答え、「悪魔ならば信じます」と付け加える。空港で、おそらく彼だけに見えた白い衣装の少女を思い浮かべたのだ。彼はこの少女に何度か会っており、正体が悪魔であることにも気づいているらしい。ただまだ悪魔は決定的な攻撃を仕掛けてはこない。トビーのほうにも破滅へと完全に踏み出すにはためらいが残っている。酒とクスリで自暴自棄になりながらも彼はまだ何かを「待っている」のである。

 「待っているもの」がけっして来ないことを知るのはイタリアオスカー賞の授賞式でのことである。このシーンも幻想的で妖しく禍々しくて、その中に青白いテレンス・スタンプの顔が沈んでいる様子など息を呑んでしまう。その彼に一人の女が話しかける。メークは濃いが神秘的な顔立ちの女だ。「私はあなたを昔から知っていたわ」と。彼女こそトビーが待っていた人間であり彼女によってトビーは孤独とエゴイズムから永遠に救われるのだと囁かれる。おそらくこれはキリスト教の救済思想のことなのだろう。しかしトビーは微笑を返すことで拒絶する。そして自分はほんとうは何も待ってはいなかったことに気づいて会場を飛び出す。そこには彼への報酬である金色のフェラーリが待機していた。

 ここからがほんとうの死と絶望への道行きだ。同行するのはひとではなく機械。轟音をあげて爆走するマシーンと一体化して深夜の街路をひた走る。途中車を止めてトビーは天に向かって叫び声を上げる。何度もだんだん大きく。しかし当然天からは何の返答もない。
 「この無間の空間の永遠の沈黙は私をおびえさせる」
再びフェラーリを走らせる。高速道路に出たが突然車が跳ね返された。先にある橋が崩落しており車止めが設置してあったのだ。橋の下で小屋がけしていた男が迂回路を教えてくれた。これがトビーの引き返す最後のチャンスだったのかもしれない。が、崩落した橋の向こう側で彼はあの少女を見つけてしまう。夜目にも白いその姿。悪魔がカードを切った瞬間だ。トビーは一瞬ためらう。小屋の男に話しかけるがすげなく窓を閉められてしまう。トビーは誘いに乗ってしまった。フェラーリで橋を飛び越えようとしたのだ。一瞬視界は闇と夜霧に閉ざされる。どこかで犬の吠える声がする。決定的な瞬間にニーチェもよく犬を吠えさせたっけ。試みは成功した。しかし橋の上にはワイヤーが張ってあり車はカブリオレタイプだった。ワイヤーの一部にべったり血が・・。この後のシーンは私には不要に思われる。

 昔はあの白い少女が怖かった。今はそれほどでもない。かわりにわかっていながら破滅へとトビーを向かわせるその力が怖い。救われるチャンスをことごとく逃して、誤った道を選び続ける人間の、愚かさというのとは少し違う、傲慢さのようなものが怖い。もっともそれもなにものかの力でそう仕向けられるのか。
 「恐怖と宿命はいつの世にもある」とポオは書いた。「誰のうえにも」とそれに付け加えるべきであろう。
 それにしてもフェリーニは凄い。

このレビューは気に入りましたか? 4人の会員が気に入ったと投稿しています

6〜 10件 / 全40件

世にも怪奇な物語

ユーザーレビュー

入力内容に誤りがあります。

内容をご確認のうえ、修正いただきますようお願いいたします。

  • 入力内容に誤りがあります。

ユーザーレビュー:40件

待ってました

投稿日

2005/01/05

レビュアー

ケンザブロウ

この作品がDVD化される日を、待ち望んでいました。TVでは、何度か見たことがあり、その時の印象があまりにも強烈に、頭にこびり付いて、もう一度見たいと思ったときには、見ることが出来ずに・・・。ジャンルは今で言うホラーですか?でも、今のホラーとは、出発点も終点もまったく違う物です。「これでもか」といった演出など無いし、ただ、淡々と物語りは進んでいく。そして見終わった後に、何とも言えない「何か気色悪い映画やったな」ていう、この感覚。最高です。もうこんな作品、二度と作れないであろう。見たことの無い人は、是非、見てください。ただ、寝れなくなるかもしれません、第3話の少女の顔を思い出すと。

監督・出演スターが贅沢なオムニバス映画

投稿日

2018/01/28

レビュアー

カマンベール

エドガー・アラン・ポー原作とした3話のオムニバス・ホラー映画です。

それでは最初に
第3話「悪魔の首飾り」から感想を述べます。
監督 フェデリコ・フェリーニ
主演 テレンス・スタンプ

原作の題名の意味は「悪魔に首を賭けるな」
現代のローマを舞台に、テレンス・スタンプの役柄は、イギリス人で、
酒と麻薬に溺れて落ち目のシェークスピア俳優。
イタリアで聖書を題材とした西部劇に出演するためと、報酬のピッカピカの金色のフェラーリを得るためにローマにやってくる。

ここで注目はテレンス・スタンプ。
28歳の若さのテレンス・スタンプを見れただけでも、この映画を観た価値がありました。
1965年の「コレクター」が彼の出演した作品で一番有名ですが、
この映画のテレンスは、青白いメイクに金髪、麻薬中毒にアルコール依存症、落ち目・・・と、アラン・ポーと全く同じなのです。
幻覚に苛まれ、「自分に見える悪魔は、白い鞠をツく純白のドレスの
少女」と公言します。
まさにテレンス・スタンプはこの役のために生まれたような、ナリキリ方です。
フェリーニ監督らしく夢か現か定かでない映像美。
ラストのオドロオドロしいシーンは、ユーモアさえ漂います。
まさに怪奇譚です。

1話はロジェ・ヴァディム監督。
主演はジェーン・フォンダ。ピーター・フォンダが彼女を振る貴族の
役に扮しています。
恋の鞘当てから好きな男の厩舎に放火して、好きな男が焼け死んでしまう。そして現れた黒馬の話です。

2話はルイ・マル監督。
主演はアラン・ドロンとブリジット・バルドー。
悪魔のような青年が自分の幻覚の分身(ドッペルゲンガー)に
破滅させられる話です。
1967年作品。
斬新なアート作品のような映像が、3話とも楽しめます。

悪魔の象徴?少女の目が脳裏に焼きつく

投稿日

2012/06/13

レビュアー

kazupon

1967年の作品。
テレビで観たことがあったような、なかったような・・・という感じだったが、三話目のラストの部分は記憶にあった。
一番怖いシーンで子供心にも印象に残っていたのだろう。
原作はエドガー・アラン・ポーの怪奇小説で、ヨーロッパの三人の巨匠(ロジェ・パディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニ)によって映画化されたもの。
フェデリコ・フェリーニなんて、何年ぶりに聞く名前だろう?
第1話『黒馬の哭く館』
ジェーン・フォンダの必要以上の露出がどうかと思ったが、怪しい美しさと退廃的なムードを醸し出す効果はあったと思う。
何でも自分の思い通りにしてきた若き女当主が、どうしても手に入れることが出来なかったある一人の男性の心。
ちょっとした腹いせのつもりが、その男の命を奪う結果になってしまい、彼女は永遠にその男の心を手に入れることができなくなってしまった。
ジェーン・フォンダの抜け殻のようになってしまった虚ろな瞳が印象的。
第2話『影を殺した男』
アラン・ドロンには、冷酷なサディストがよく似合う。
この作品で怖いのは、アラン・ドロン演じるウィリアム・ウィルソンと同姓同名で顔かたちまでそっくりの人物が現れ、それがウィリアム・ウィルソンの影のように付き纏うこと。
いわば、もう一人の彼は、ウィルソンの「良心」の部分をもった分身のようだった。
成人して士官となったウィルソンは、カードの賭けでブリジット・バルドーにイカサマで勝つ。
勝者のウィルソンは、彼女を鞭打つが、そこにもう一人のウィルソンが現れて、ゲームのからくりを暴く。
ウィルソンは、もう一人のウィルソンを追いかけ、ナイフで刺してしまう。
・・・誰でも気づくと思うけど、死んだはずのウィルソンが瞬きをするのがハッキリ見えるのだ。どうした、アラン・ドロン?・・・
第3話『悪魔の首飾り』
これが一番怖かった。
この作品があって、初めて“世にも怪奇な”物語が成立したとも言える。
冒頭の空港の雰囲気からして、観客の心を掴む。
エスカレーターの上でボールを持った不気味な少女は、みんなの目にも見えているのか?それとも・・・
報酬にもらったフェラーリを暴走させるダミットの狂気は、アル中のせいだけではないはずだ。
フェラーリのライトが照らし出す景色だけが、目まぐるしく画面に映し出され、観ている方は行く先の見えない恐怖と不安に鼓動が速くなる。
工事中の橋の上。
この先は行き止まり。
夜の濃い霧の中で、どこにどう続いているのか分からないが、ダミットは道の向こうにボールを持った少女の姿を見たのだった。
悪魔に魅入られるとは、正しくこういうことだろうか?
フェラーリをバックさせ、急発進。全速力で突き進むダミット。
夜が明け、霧が晴れたあとには、血の滴るワイヤーと少女の姿。
少女の手からボールが転がり、替わりに少女が手にしたのは、ダミットの首・・・
映像の美しさとともに、人間の心理に訴えてくる「得体の知れないもの」への恐怖がよく描かれている3作品だった。

重厚で芸術的

投稿日

2010/09/09

レビュアー

みなみ

DVD雑誌の「映画ファンに聞いた怖い映画ベスト100」の
40位にランクインしていたので、
ホラー好きとしては見ておくべきかなと思い、レンタルしました。

3つとも巨匠と言われる監督(私は知らないんですが)の作品だったんですね。
道理で重厚な感じでした。
登場人物は、みんな美しいです。
今は個性の時代ですが、昔の映画は絵に書いたような美男美女揃いですね。

面白くて引き込まれるというものでもないし、怖くもないですが
高貴で芸術的で、たまにはこういう作品を見るのもいいかも。
3作目の「悪魔の首飾り」は特に映像が芸術的で
空港のシーンとか、ダリオ・アルジェント監督もこの作品の影響を受けてるのでは?と思ったりしました。

フェラーリとの「道行き」

投稿日

2008/06/29

レビュアー

港のマリー

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

 ポーの原作をもとにした、第1話ロジェ・ヴァディム、第2話ルイ・マル、第3話フェデリコ・フェリーニによるホラーオムニバス。それぞれに趣があるが、私のなかでは1+2<3と思えるほどフェリーニ編は素晴らしい。ただヴァディムのエロティシズムは味わい深かった。監督がヒロインを妻(ジェーン・フォンダ)に演じさせるのはよくあることだが、妻の相手役に実弟(ピーター・フォンダ)というのがなかなか倒錯的。城で毎夜繰り広げられる淫らな宴より、この姉弟のツーショットのほうにはるかにどきどきしました。
 
 さて、第3話「悪魔の首飾り」、これはすさまじく怖い。怖いと同時に西洋近代の宗教・思想史のダイジェスト版をみせられたような深遠さを感じた。
 イタリア国際空港にイギリス人俳優トビー・ダミット(テレンス・スタンプ)が降り立つ。イタリア映画への出演のオファーに応じるためだ。トビーの様子はこの時点で既に尋常ではない。痩せた蒼白な顔に落ち着かない表情、怯えたような不安げな瞳。アルコールと薬物で深く精神が蝕まれているのである。そんな彼の目に映る空港の様子もどこか不吉な気配をはらんでいる。彼を招いたプロデューサーというのがキリストの贖罪劇を西部劇スタイルで描こうという怪しげな企画を持っていて、トビーのそのキリスト役だという。フェリーニのキリスト教へのこだわりが早くも出現する。

 テレビ局で気怠げにインタビューに答えているトビーに突然「神を信じますか」という問いが降りかかる。しばしの沈黙の後「信じません」と答え、「悪魔ならば信じます」と付け加える。空港で、おそらく彼だけに見えた白い衣装の少女を思い浮かべたのだ。彼はこの少女に何度か会っており、正体が悪魔であることにも気づいているらしい。ただまだ悪魔は決定的な攻撃を仕掛けてはこない。トビーのほうにも破滅へと完全に踏み出すにはためらいが残っている。酒とクスリで自暴自棄になりながらも彼はまだ何かを「待っている」のである。

 「待っているもの」がけっして来ないことを知るのはイタリアオスカー賞の授賞式でのことである。このシーンも幻想的で妖しく禍々しくて、その中に青白いテレンス・スタンプの顔が沈んでいる様子など息を呑んでしまう。その彼に一人の女が話しかける。メークは濃いが神秘的な顔立ちの女だ。「私はあなたを昔から知っていたわ」と。彼女こそトビーが待っていた人間であり彼女によってトビーは孤独とエゴイズムから永遠に救われるのだと囁かれる。おそらくこれはキリスト教の救済思想のことなのだろう。しかしトビーは微笑を返すことで拒絶する。そして自分はほんとうは何も待ってはいなかったことに気づいて会場を飛び出す。そこには彼への報酬である金色のフェラーリが待機していた。

 ここからがほんとうの死と絶望への道行きだ。同行するのはひとではなく機械。轟音をあげて爆走するマシーンと一体化して深夜の街路をひた走る。途中車を止めてトビーは天に向かって叫び声を上げる。何度もだんだん大きく。しかし当然天からは何の返答もない。
 「この無間の空間の永遠の沈黙は私をおびえさせる」
再びフェラーリを走らせる。高速道路に出たが突然車が跳ね返された。先にある橋が崩落しており車止めが設置してあったのだ。橋の下で小屋がけしていた男が迂回路を教えてくれた。これがトビーの引き返す最後のチャンスだったのかもしれない。が、崩落した橋の向こう側で彼はあの少女を見つけてしまう。夜目にも白いその姿。悪魔がカードを切った瞬間だ。トビーは一瞬ためらう。小屋の男に話しかけるがすげなく窓を閉められてしまう。トビーは誘いに乗ってしまった。フェラーリで橋を飛び越えようとしたのだ。一瞬視界は闇と夜霧に閉ざされる。どこかで犬の吠える声がする。決定的な瞬間にニーチェもよく犬を吠えさせたっけ。試みは成功した。しかし橋の上にはワイヤーが張ってあり車はカブリオレタイプだった。ワイヤーの一部にべったり血が・・。この後のシーンは私には不要に思われる。

 昔はあの白い少女が怖かった。今はそれほどでもない。かわりにわかっていながら破滅へとトビーを向かわせるその力が怖い。救われるチャンスをことごとく逃して、誤った道を選び続ける人間の、愚かさというのとは少し違う、傲慢さのようなものが怖い。もっともそれもなにものかの力でそう仕向けられるのか。
 「恐怖と宿命はいつの世にもある」とポオは書いた。「誰のうえにも」とそれに付け加えるべきであろう。
 それにしてもフェリーニは凄い。

6〜 10件 / 全40件