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サッド ヴァケイション

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サッド ヴァケイション / 浅野忠信

全体の平均評価点:(5点満点)

39

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旧作

ジャンル :

「サッド ヴァケイション」 の解説・あらすじ・ストーリー

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旧作

解説・ストーリー

「レイクサイド マーダーケース」の青山真治監督が、「Helpless」「EUREKA ユリイカ」に続く“北九州サーガ”の集大成として撮り上げた人間ドラマ。北九州の小さな運送会社を舞台に、そこに暮らす男女の人間模様と、偶然の再会を果たした母と息子の愛憎の行方を描く。北九州の港。中国からの密航者を手引きしていた健次は、船内で父を亡くした少年アチュンを自分の家に連れ帰る。そこには、かつて世話を託された友人の妹で知的障害者のユリも一緒に暮らしていた。一方その頃、若戸大橋のたもとにある間宮運送には、かつてバスジャック事件の被害に遭った梢が身を寄せていた…。

「サッド ヴァケイション」 の作品情報

作品情報

製作年:

2007年

製作国:

日本

「サッド ヴァケイション」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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エクステ

恋に至る病

風花

恋する歯車

ユーザーレビュー:39件

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6〜 10件 / 全39件

★★★★ 青山流ギリシャ悲劇にてとどめ ネタバレ

投稿日:2009/04/23 レビュアー:ガラリーナ

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

レビューを表示する

「Helpless」「ユリイカ」と続けて見ましたが、私にはこれを「母性の物語」と捉えることはできません。その件は、後回し。

本作、私には健次の悲劇が完結したという印象です。「Helpless」というタイトルは、本作の方がふさわしい。美しい髪を蛇に変えられたギリシャの魔神メドゥーサは、見るものを石に変えることができる。健次は、まさにメドゥーサのごとき実母によって石に変えられてしまいました。成り行き上とは言え親友の妹を引き取り、密航者の子供をかくまい、女を愛することも知り、人としての優しさを随所にかいま見せる健次に何という仕打ち。兄が弟を殺し、実母が兄を地獄に突き落とす、さながらギリシャ悲劇のような顛末に唖然とします。

「会うべき人に会うのだ」という川津裕介の言葉もあり、人には抗うことのできない宿命が用意されている、とも捉えられます。千代子が健次を捨てたのも、健次が偶然千代子に再会したのも宿命であった。その人生を受け入れなければならなかったのに、健次は浅はかな復讐劇を企てたがために人生を狂わせてしまったのでしょうか。健次が哀れでなりません。

さて、千代子という女性の資質を母の包容力と捉えることには違和感を覚えます。包み込むというよりも呑み込む、と言った方が適切でしょう。もし、「母性」という言葉を「母親が持つ性質全般」を意味するならば、彼女から母性の「ひとつの側面」として際立ってくるのは、子供を手中に収めておきたいという支配欲です。これは、実に一方的な欲望で、子供を苦しめることはあっても、幸せにはしません。そういう類の母性です。この支配欲は子供が小さい時には守られている安堵感を子供に与えるため、良きことのような錯覚を母親自身に与えますが、子供が成長するに連れて手放さねばならない代物です。しかし、千代子は小さい頃に健次を捨てているため、その続きを間宮運送で行おうとするのです。こんな横暴な女性は、母と呼ぶにすら値しない。しかも、千代子は健次に刑務所の面会室でとどめを刺します。子供を救う母親はいても、子供にとどめを差す母はそうそういません。しかし、考えようによっては、それもまた母の権利と言えるのかも知れません。「自分で生んだ子供に自分でとどめを刺して何が悪い」と。

私が、この千代子を通じて感じるのは、あくまでも「母性」の負の側面です。とりわけ、息子への異常な執着ぶりというのは、是枝監督の「歩いても、歩いても」や西川監督の「蛇イチゴ」でも、見受けられます。しかし、青山監督は母への復讐を許さない。前作「ユリイカ」でバスジャックの生き残りとなった直樹はとある行動に出るのですが、私はあれは自分を捨てた母への復讐の代替行為だと感じました。そして、健次同様、彼も刑務所に入ってしまう。

「生まれてくるものを大事にすればいい」という千代子の言葉。施設の園長(とよた真帆)の突き出た腹のクローズアップ。命を生み出す存在としての女が再三に渡って強調されています。確かに、出産は女性にしかできない行為でしょう。しかし、青山監督の意図がどこにあろうとも、女は子供を産むから太刀打ちできない、という印象を与えてしまうのは罪深いと私は思います。「だから、女は強い」なんてことは決してないのです。子供を産むのは女にしかできないからこそ、そこに苦しみが宿っていることも多々あるのですから。

さて、命の連鎖の呪縛のようなものから解放されている女性は、宮崎あおい演ずる梢です。そういう位置づけとして、彼女は間宮運送に配置されているのかも知れない。彼女は間宮運送に骨は埋めないでしょう。梢には、あらゆる束縛から解放された自由な存在として、旅立って欲しい。地獄に堕ちた健次を哀れに思いながら、私の希望は梢に向けられて仕方ないエンディングなのでした。

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「EUREKA ユリイカ」ほどのインバクトが無い

投稿日:2008/03/03 レビュアー:asami

うーん。
これだけの役者を使って・・・。
あの独特の長い間、無駄とも言えるセリフの無いシーンの長さは、いいんですよ。
そういう映画もありだと思います。
人生は、常にしゃべっているわけじゃないのでありだと思う。
でも、この映画は、「ユリイカ」より破綻していて、何を伝えたいのかが全然分かりません。

あと、邦画でも日本語字幕は、必須です。
耳が悪い人や、年寄りの方には聞き取りづらいです。
音量を最大にしましたが・・・聞き取れないところが多かった。


★別件ですね、ツタヤのコミックレンタルをネットでもして欲しいな★

このレビューは気に入りましたか? 5人の会員が気に入ったと投稿しています

主人公は石田えり?!

投稿日:2009/08/16 レビュアー:じゃじゃまる

『ユリイカ』の集大成と言われましても、共通の出演者は宮崎あおいちゃんだけですが。。

『HELPLESS』は見てません。

でもまあ、それなしでも見れますが。

最初のほう、声が小さすぎて、何喋ってるか分からなくて、人間関係の把握が30分ぐらい分からなかった。


浅野忠信主演のはずが、描かれているのは恐ろしいほどの母親のエゴ。

それをすごい迫力で石田えりが演じます。圧巻です。

でも同じ母親として、すごく利己主義で、むかつきましたけどね。

弟役の子、おやっ??高良健吾くんではないですか!
今年に入って『ハゲタカ』と『蟹工船』でお目にかかって、目つきがよいな〜ひねくれたあの目つき!と思っていたのですよ。

あと、飄々とした中村葦津雄がよかった。

彼の器が一番大きい気がします。

くもの巣にからめとられたと感じた、ラストの、浅野忠信の苦悩、少々救いのないラストでした。

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包み込むもの ネタバレ

投稿日:2008/10/11 レビュアー:ひろぼう

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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密航の手引きを行う健次は、行き掛りであるかのように中国人の子供を引き取るのですが、その子供の姿に自分を重ねたのでしょうか。人は血縁というしがらみを簡単には切り捨てれず、その関係を別の繋がりに投影することで保とうとしたのかと思いました。

健次はある日偶然自分を捨てた母と再会し、義父が経営する運送会社で働くこととなります。その運送会社で働く者は、社会で普通に暮らせない者達ばかりなのですが、社長はいきさつを知った上で面倒を見るかのように雇い入れます。また、健次は異父兄弟と共に暮すことを選択するのですが、そこには彼の企みがあって、ある雨の日に過去からの亡霊に導かれるたのように健次は行動してしまうのですが、それは亡霊の持つ邪悪な囁きに惑わされた行為であって、彼の本意ではなかったかのように私には思えました。
この物語の頂点に君臨し、全てを見知り許容し受け止めるかの存在が健次の母であり、そのうっすらとした微笑がはりついた顔は菩薩の様でもあります。しかし彼女は自らの損得で常に動いており、菩薩の持つ悟りとは対極の場所にいる存在なのです。自分自信に強い執着がありその血縁を未来永劫続けさせようと、ダメな遺伝子は切り捨て、役に立つと思ったら敵さえも己の内に封じ込めようと、母性のまがい物で絡め取ろうとしたのだと思います。
そう思うと、義父は全てに赦しを与える者と見えてきます。社会の落後者を雇用し、実子を陥れた健次にさえ許容の態度を見せる義父に、真の菩薩の姿が重なってきます。
女の掌の内で遊ばされていた男は、実は遊ばされていることに気付いていて、それでも遊ぶことを止められないという物語なのかと思いました。

このドラマが内包するテーマは実に様々な姿形を見せ、それらが密接に連携して展開しているような気がします。主軸となるのは前述した男と女、母と息子の関係なのですが、謎の中国人とかヘタレのオダジョーが語るルーツを暴くかの言葉や、“梢捜索隊”にも存在を感じさせます。ユーモアと音楽がよく絡んで話の進みを滑らかにし、深刻と軽妙とのバランスが絶妙で、意図的なテーマの協調を感じさせない作りなのではと思いました。
また幾つか歳を取ったら感じ方が違うかもしれない。そう思わせる素晴らしい作りだと思います。★4.5個。

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君臨する不気味な母性

投稿日:2008/06/09 レビュアー:ケチケチ

「Helpless」では父性の崩壊した殺伐とした光景、「ユリイカ」ではそんな世界での人々の足掻きを描き、そして本作で描かれるのはそのような世界に君臨する母性ですね。巣を作り育み、命を受け継ぐことは雄大な印象を与えますが、一方では父性の崩壊した世界での突出した母性は不気味さを漂わせます。

行き場を失った人々が流れ着く間宮運送は、殺伐とした中でのオアシスのような場所ではあるんですが、君臨する女王蜂や女王蟻のように石田えり演じる千代子の許容力は不気味です。その巣を破壊するがごとく健次(浅野忠信)は行動し、また彼がその巣に存在すること自体が千代子の巣を破壊することではあるんですが、それさえも千代子は受け入れ許容するんですよね。

青山真治の脚本は、人間洞察の深さに感心させられ、前2作で描かれた人々以外の後藤(オダギリジョー)や間宮(中村嘉葎雄)の背景までもが存在感を持って迫ってきます。脚本の構成もそれら人間描写の局面を切り取って提示するもので、「ユリイカ」同様に主人公の心理の動きを説明的に追うものではありません。ヒッチコックに代表されるような、巧みな伏線と物語構築により観客を納得させるというような手法とは対極に位置するような手法だと思いますね。
事件により展開するストーリーは何の伏線もなく唐突に展開しますが、こういった手法で形作られる物語は、主人公を追い主人公を奏でる物語とは違い、掘り下げて表現できる人間の数が主人公だけに留まりませんし、非常に幅の広い表現が可能だと思います。また、クソリアリズムに捕らわれたドキュメンタリー的な表現とは一線を画して、形作られた物語の体をなしながらも描かれる人間は非常にリアルな印象を与えてくれます。仮にドラマツルギーによる物語の構築が姑息な手段とするなら、それらの姑息さを取り除いたところにリアルな印象を与え得る可能性を見いだす手法とでも言うんでしょうかね。
しかしこういった手法も一歩間違えば観る観客を極めて限定してしまいますが、説明すべき所はしっかりと説明が挿入されていますし、このバランス感覚が素晴らしい出来じゃないかと思いますね。
確かに全2作との繋がり上、説明に捕らわれたところもあって、前半での茂雄(光石研)と秋彦(斉藤陽一郎)のやりとりなどは作品的には傷と感じるところはあるんですが、全体から見ればやむを得ない程度の傷で、それを補って余りある作品の出来ではないかと思います。

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6〜 10件 / 全39件

サッド ヴァケイション

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★★★★ 青山流ギリシャ悲劇にてとどめ

投稿日

2009/04/23

レビュアー

ガラリーナ

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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「Helpless」「ユリイカ」と続けて見ましたが、私にはこれを「母性の物語」と捉えることはできません。その件は、後回し。

本作、私には健次の悲劇が完結したという印象です。「Helpless」というタイトルは、本作の方がふさわしい。美しい髪を蛇に変えられたギリシャの魔神メドゥーサは、見るものを石に変えることができる。健次は、まさにメドゥーサのごとき実母によって石に変えられてしまいました。成り行き上とは言え親友の妹を引き取り、密航者の子供をかくまい、女を愛することも知り、人としての優しさを随所にかいま見せる健次に何という仕打ち。兄が弟を殺し、実母が兄を地獄に突き落とす、さながらギリシャ悲劇のような顛末に唖然とします。

「会うべき人に会うのだ」という川津裕介の言葉もあり、人には抗うことのできない宿命が用意されている、とも捉えられます。千代子が健次を捨てたのも、健次が偶然千代子に再会したのも宿命であった。その人生を受け入れなければならなかったのに、健次は浅はかな復讐劇を企てたがために人生を狂わせてしまったのでしょうか。健次が哀れでなりません。

さて、千代子という女性の資質を母の包容力と捉えることには違和感を覚えます。包み込むというよりも呑み込む、と言った方が適切でしょう。もし、「母性」という言葉を「母親が持つ性質全般」を意味するならば、彼女から母性の「ひとつの側面」として際立ってくるのは、子供を手中に収めておきたいという支配欲です。これは、実に一方的な欲望で、子供を苦しめることはあっても、幸せにはしません。そういう類の母性です。この支配欲は子供が小さい時には守られている安堵感を子供に与えるため、良きことのような錯覚を母親自身に与えますが、子供が成長するに連れて手放さねばならない代物です。しかし、千代子は小さい頃に健次を捨てているため、その続きを間宮運送で行おうとするのです。こんな横暴な女性は、母と呼ぶにすら値しない。しかも、千代子は健次に刑務所の面会室でとどめを刺します。子供を救う母親はいても、子供にとどめを差す母はそうそういません。しかし、考えようによっては、それもまた母の権利と言えるのかも知れません。「自分で生んだ子供に自分でとどめを刺して何が悪い」と。

私が、この千代子を通じて感じるのは、あくまでも「母性」の負の側面です。とりわけ、息子への異常な執着ぶりというのは、是枝監督の「歩いても、歩いても」や西川監督の「蛇イチゴ」でも、見受けられます。しかし、青山監督は母への復讐を許さない。前作「ユリイカ」でバスジャックの生き残りとなった直樹はとある行動に出るのですが、私はあれは自分を捨てた母への復讐の代替行為だと感じました。そして、健次同様、彼も刑務所に入ってしまう。

「生まれてくるものを大事にすればいい」という千代子の言葉。施設の園長(とよた真帆)の突き出た腹のクローズアップ。命を生み出す存在としての女が再三に渡って強調されています。確かに、出産は女性にしかできない行為でしょう。しかし、青山監督の意図がどこにあろうとも、女は子供を産むから太刀打ちできない、という印象を与えてしまうのは罪深いと私は思います。「だから、女は強い」なんてことは決してないのです。子供を産むのは女にしかできないからこそ、そこに苦しみが宿っていることも多々あるのですから。

さて、命の連鎖の呪縛のようなものから解放されている女性は、宮崎あおい演ずる梢です。そういう位置づけとして、彼女は間宮運送に配置されているのかも知れない。彼女は間宮運送に骨は埋めないでしょう。梢には、あらゆる束縛から解放された自由な存在として、旅立って欲しい。地獄に堕ちた健次を哀れに思いながら、私の希望は梢に向けられて仕方ないエンディングなのでした。

「EUREKA ユリイカ」ほどのインバクトが無い

投稿日

2008/03/03

レビュアー

asami

うーん。
これだけの役者を使って・・・。
あの独特の長い間、無駄とも言えるセリフの無いシーンの長さは、いいんですよ。
そういう映画もありだと思います。
人生は、常にしゃべっているわけじゃないのでありだと思う。
でも、この映画は、「ユリイカ」より破綻していて、何を伝えたいのかが全然分かりません。

あと、邦画でも日本語字幕は、必須です。
耳が悪い人や、年寄りの方には聞き取りづらいです。
音量を最大にしましたが・・・聞き取れないところが多かった。


★別件ですね、ツタヤのコミックレンタルをネットでもして欲しいな★

主人公は石田えり?!

投稿日

2009/08/16

レビュアー

じゃじゃまる

『ユリイカ』の集大成と言われましても、共通の出演者は宮崎あおいちゃんだけですが。。

『HELPLESS』は見てません。

でもまあ、それなしでも見れますが。

最初のほう、声が小さすぎて、何喋ってるか分からなくて、人間関係の把握が30分ぐらい分からなかった。


浅野忠信主演のはずが、描かれているのは恐ろしいほどの母親のエゴ。

それをすごい迫力で石田えりが演じます。圧巻です。

でも同じ母親として、すごく利己主義で、むかつきましたけどね。

弟役の子、おやっ??高良健吾くんではないですか!
今年に入って『ハゲタカ』と『蟹工船』でお目にかかって、目つきがよいな〜ひねくれたあの目つき!と思っていたのですよ。

あと、飄々とした中村葦津雄がよかった。

彼の器が一番大きい気がします。

くもの巣にからめとられたと感じた、ラストの、浅野忠信の苦悩、少々救いのないラストでした。

包み込むもの

投稿日

2008/10/11

レビュアー

ひろぼう

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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密航の手引きを行う健次は、行き掛りであるかのように中国人の子供を引き取るのですが、その子供の姿に自分を重ねたのでしょうか。人は血縁というしがらみを簡単には切り捨てれず、その関係を別の繋がりに投影することで保とうとしたのかと思いました。

健次はある日偶然自分を捨てた母と再会し、義父が経営する運送会社で働くこととなります。その運送会社で働く者は、社会で普通に暮らせない者達ばかりなのですが、社長はいきさつを知った上で面倒を見るかのように雇い入れます。また、健次は異父兄弟と共に暮すことを選択するのですが、そこには彼の企みがあって、ある雨の日に過去からの亡霊に導かれるたのように健次は行動してしまうのですが、それは亡霊の持つ邪悪な囁きに惑わされた行為であって、彼の本意ではなかったかのように私には思えました。
この物語の頂点に君臨し、全てを見知り許容し受け止めるかの存在が健次の母であり、そのうっすらとした微笑がはりついた顔は菩薩の様でもあります。しかし彼女は自らの損得で常に動いており、菩薩の持つ悟りとは対極の場所にいる存在なのです。自分自信に強い執着がありその血縁を未来永劫続けさせようと、ダメな遺伝子は切り捨て、役に立つと思ったら敵さえも己の内に封じ込めようと、母性のまがい物で絡め取ろうとしたのだと思います。
そう思うと、義父は全てに赦しを与える者と見えてきます。社会の落後者を雇用し、実子を陥れた健次にさえ許容の態度を見せる義父に、真の菩薩の姿が重なってきます。
女の掌の内で遊ばされていた男は、実は遊ばされていることに気付いていて、それでも遊ぶことを止められないという物語なのかと思いました。

このドラマが内包するテーマは実に様々な姿形を見せ、それらが密接に連携して展開しているような気がします。主軸となるのは前述した男と女、母と息子の関係なのですが、謎の中国人とかヘタレのオダジョーが語るルーツを暴くかの言葉や、“梢捜索隊”にも存在を感じさせます。ユーモアと音楽がよく絡んで話の進みを滑らかにし、深刻と軽妙とのバランスが絶妙で、意図的なテーマの協調を感じさせない作りなのではと思いました。
また幾つか歳を取ったら感じ方が違うかもしれない。そう思わせる素晴らしい作りだと思います。★4.5個。

君臨する不気味な母性

投稿日

2008/06/09

レビュアー

ケチケチ

「Helpless」では父性の崩壊した殺伐とした光景、「ユリイカ」ではそんな世界での人々の足掻きを描き、そして本作で描かれるのはそのような世界に君臨する母性ですね。巣を作り育み、命を受け継ぐことは雄大な印象を与えますが、一方では父性の崩壊した世界での突出した母性は不気味さを漂わせます。

行き場を失った人々が流れ着く間宮運送は、殺伐とした中でのオアシスのような場所ではあるんですが、君臨する女王蜂や女王蟻のように石田えり演じる千代子の許容力は不気味です。その巣を破壊するがごとく健次(浅野忠信)は行動し、また彼がその巣に存在すること自体が千代子の巣を破壊することではあるんですが、それさえも千代子は受け入れ許容するんですよね。

青山真治の脚本は、人間洞察の深さに感心させられ、前2作で描かれた人々以外の後藤(オダギリジョー)や間宮(中村嘉葎雄)の背景までもが存在感を持って迫ってきます。脚本の構成もそれら人間描写の局面を切り取って提示するもので、「ユリイカ」同様に主人公の心理の動きを説明的に追うものではありません。ヒッチコックに代表されるような、巧みな伏線と物語構築により観客を納得させるというような手法とは対極に位置するような手法だと思いますね。
事件により展開するストーリーは何の伏線もなく唐突に展開しますが、こういった手法で形作られる物語は、主人公を追い主人公を奏でる物語とは違い、掘り下げて表現できる人間の数が主人公だけに留まりませんし、非常に幅の広い表現が可能だと思います。また、クソリアリズムに捕らわれたドキュメンタリー的な表現とは一線を画して、形作られた物語の体をなしながらも描かれる人間は非常にリアルな印象を与えてくれます。仮にドラマツルギーによる物語の構築が姑息な手段とするなら、それらの姑息さを取り除いたところにリアルな印象を与え得る可能性を見いだす手法とでも言うんでしょうかね。
しかしこういった手法も一歩間違えば観る観客を極めて限定してしまいますが、説明すべき所はしっかりと説明が挿入されていますし、このバランス感覚が素晴らしい出来じゃないかと思いますね。
確かに全2作との繋がり上、説明に捕らわれたところもあって、前半での茂雄(光石研)と秋彦(斉藤陽一郎)のやりとりなどは作品的には傷と感じるところはあるんですが、全体から見ればやむを得ない程度の傷で、それを補って余りある作品の出来ではないかと思います。

6〜 10件 / 全39件