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ヴァージン・スーサイズ

ヴァージン・スーサイズの画像・ジャケット写真

ヴァージン・スーサイズ / ハンナ・ホール

全体の平均評価点:(5点満点)

113

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DVD

旧作

ジャンル :

「ヴァージン・スーサイズ」 の解説・あらすじ・ストーリー

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旧作

解説・ストーリー

美しくてかわいく、それでいてどこか謎めいたところのあるリズボン家の5人姉妹。ヘビトンボが、美しい郊外の街を覆いつくす6月、そんな5人姉妹の末妹セシリアが聖母マリアの写真を胸に抱きながら、剃刀で腕を切った。一命はとりとめたものの、彼女は数日後、自宅で開かれたパーティーの最中、窓から身を投げて命を落とす。繊細でかつ危うさを秘めた思春期の少女達の揺れ動く心情を、巨匠・F・コッポラの娘にしてこれが監督デビュー作のソフィア・コッポラが瑞々しいタッチで描いたドラマ。

「ヴァージン・スーサイズ」 の作品情報

作品情報

製作年:

1999年

製作国:

アメリカ

原題:

THE VIRGIN SUICIDES

「ヴァージン・スーサイズ」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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ユーザーレビュー:113件

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6〜 10件 / 全113件

妙な気分が残るのは、なぜ?

投稿日:2004/05/19 レビュアー:オタエドン

 映像感覚、音楽の使い方など、とても素敵なんです。 
 出演者も皆、うまいな〜と、感心してしまう位に。 
 それぞれが、光っているし、お話も、良くできています。 
 70年代もうまく表現されていたと思います。 
 所々、泣かされたシーンもありました。 
 でも、好きか?と、聞かれたら、ノーと答えます。 
 何故だか、自分でも分かりませんが・・・ 
 今まで、無意識に見るのを、避けて来ました。 
 ロスト・イン・トランスレーションを見るために、 
 見ましたが、あ〜肌が合わないんだ、と。 
 自分の娘に自殺されたら、私は、生きていけるかな? 
 と、母親の気持ちで感じてしまうからかな? 
 

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★★★ 憂鬱だった10代を送った人たちへ ネタバレ

投稿日:2007/02/07 レビュアー:ガラリーナ

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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ティーンエージャーの揺れ動く心理、刹那的な生き方、耽美や怠惰への憧憬など、処女作で扱ったモチーフはそのまま現在公開中の「マリー・アントワネット」に通じている。5人の美人姉妹の末娘が風呂場で手首を切ったことがきっかけで「死」への憧憬は、またたくまに他の4人の少女たちに伝染する。10代の少女特有の情緒不安定な心理を描いた映画はたくさんあり、近年の日本映画なら援助交際を扱った作品などが思い浮かぶ。

しかし、今作を見て私の脳裏によぎったのは、日本の耽美派少女漫画の世界である。こりゃあ、萩尾望都か竹宮恵子じゃないのか、と思った。娘を愛するあまり、家から一歩も出させない厳格な両親というキャラクターなんぞ、まさにそんな感じ。金髪の美少女が5人も揃って庭駆け回る様子もしかり。というわけで、ソフィア・コッポラは日本の少女漫画オタクなんでは?と思わず勘ぐってしまうのだ。

5人姉妹の自殺の理由を映画の中に求める人は、映画を楽しめないのは当たり前だろう。だって確たる理由なんてないのだもの。悲しいことに昨今いじめによる自殺を報道することが、また別の自殺をうながすような状況が頻繁に起こっている。ティーンエージャーにとって、「生きる」ことはとても曖昧で、「死」は甘美な世界に思えてしまう。そんな綱の上を歩くような若者の精神状態をソフィア・コッポラは、実に儚く、揺れるような映像美で見せる。

隣家の兄弟にとって、5人姉妹は少女の儚さ、美しさを永遠にとどめたまま存在し続ける。彼女たちの存在はまるで夢であったかのようだ。美しい宝石箱を見せられて、パタンと蓋を閉じられたような感覚。エンディングはまさに新作「マリー・アントワネット」と同じ余韻だ。

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ほんとうは怖いお話 ネタバレ

投稿日:2009/10/14 レビュアー:港のマリー

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 幸いにも深夜の衛星映画劇場で見ることができました。それこそソフィア・コッポラの「処女作」ということで、もう少し幼い映画かと想像していたのですが、違いました。けっこう見せます。

 基調にあるのは、思春期の少女特有の儚さ、脆さ、透明感、二度と取り戻せない一瞬の美しさへの陶酔、愛惜、讃美でしょうが、決してそれに溺れていない姿勢は立派です。少女たち自身に語らせるのではなく、彼女たちに憧れその生と死を眺めてきた近所の少年たちの目を通して描くという方法がよかった。いやでも映画に客観性が盛り込まれます。彼女たちの残したものを「すべて凡庸」と言い切る醒めた目には感心しました。

 それでもカメラが捉える少女たちは、神秘的かつ官能的、妖精と生身の肉体が交互に現れるようで蠱惑的なこと、この上ない。共感し同調する想像力が生んだ映像です。末娘の死の後、残された4人が子猫のようにからだを寄せ合って寝ころんでいる部屋の前で、父親がハッと立ちすくむシーンがありますが、少女たちの発するなまめかしい匂いがこちらにも立ちこめてくるようでした。初体験の後、朝霧のなか一人芝生に取り残される少女の姿の俯瞰もよかった。心細さと喪失感を生々しく伝えています。
 客観と主観、間接性と直接性が若々しくせめぎ合っているようで好感が持てました。

 もうひとつ、思春期などあったことすら忘れている人間には、この映画がサスペンス・ホラーに見えたことを述べておきます。
 リズボン家に起こった出来事は恐怖の極み、不吉な死に神の乱舞でしょう。そこは、お父さんの指導かもしれませんが、夢見る乙女の透明感のなかに何ともいえない不気味でシャープな映像を忍び込ませていて、目を奪われました。刻々と不吉な影を帯びていく邸宅とか、写真の虚ろの瞳のアップとか。
 なかなか侮れない映画でした。

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幻滅を味わう前に現実から去ってしまおうと決めた少女たちの映画

投稿日:2009/01/16 レビュアー:bokensdorf

キルスティン・ダンスト狙いで観た。最初に言っておくが、キャスリーン・ターナー狙いの人は覚悟したほうが良い。あの綺麗だった人が普通のおばさんだ。でも、「マリー・アントワネット(2006)」のマリアンヌ・フェイスフルよりはマシだ。あの黒い革の上下を着てオートバイに乗っていたスリムなセクシーダイナマイトがただのデブになってしまった。

この映画はそういう幻滅を味わう前に現実から去ってしまおうと決めた少女たちの映画だ。
これを書いたのは絶対オヤジのオタクだと思いながら観ていたが、特典でその人が出てくる。
やっぱりオヤジのオタクだった。

ソフィア・コッポラという人も、これで観るのはたった三作目だが、マリー・アントワネットのレビューに書いたとおり、女性なのにオヤジ目線を持っている監督だ。この少女たちを理解できるのは同世代の女の子か、オヤジだけだと思う。母親には無理(子供を失いたくないという気持ちのほうが強くて共感できないだろう)。若い男の子なんかもっと無理。それは「はかないキラキラしたもの」を感じ取れるのは少女たち自身か、そこからもっとも遠いオヤジだけだからである。

だから、この映画は女性がオヤジ目線で撮った少女映画なのである。
キルスティン・ダンストの輝きを見れば分かる。キルスティン・ダンストをここまで輝かせることができるのは、他にはキャメロン・クロウ、サム・ライミぐらいだ。キルスティンがもともとキラキラしたキャラクタだから誰が撮ってもキラキラになるが、この三人は特別である。これを「キルスティン・キラキラ・三監督」と呼ぶ。

しかし、この作品は映画の撮り方自体も非常にうまい。初監督作品とは思えない。
特典ではパパやいとこが出てきて、どうもコッポラファミリーの力が背景にあるようだ。
少女のキラキラ【dazzling beauty】を描いた映画としては「マリー・アントワネット」より良くできている映画だ。

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インテリア感覚

投稿日:2006/10/17 レビュアー:ゆみゆみ

高校生の時に映画館へ行って観ました。
ソフィア・コッポラの初監督作品ということと、綺麗な映像のCMを見て軽い気持ちで観に行ったんですけど、すっごい難しかった・・・

彼女たちは何故自殺したのか?
親が厳しく閉鎖的な環境に息が詰まったからなのか。
結局、今でも理由がわかりません。
もしも5人姉妹ではなかったとしたら、違う結末になってたのかなぁ。
一人や二人の姉妹だったら、家出したり現状から逃げようとするんぢゃないかと思います。
でも、歳の近い姉妹があまりに近くに居過ぎて、共鳴してしまうというか同化してしまうというか。

泣けるわけでもないし感動するわけでもなし面白いわけでもない。
でも、7年経った今でも記憶に残る映画ですね。
それは、とにかく映像が淡くて儚い感じで、とっても綺麗だからかもしれません。
音楽も映像とマッチしてて、今でも蘇ってくるようです。

じっと観てるのは辛い気もします。インテリア感覚で流れてるといい作品かも。

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ヴァージン・スーサイズ

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妙な気分が残るのは、なぜ?

投稿日

2004/05/19

レビュアー

オタエドン

 映像感覚、音楽の使い方など、とても素敵なんです。 
 出演者も皆、うまいな〜と、感心してしまう位に。 
 それぞれが、光っているし、お話も、良くできています。 
 70年代もうまく表現されていたと思います。 
 所々、泣かされたシーンもありました。 
 でも、好きか?と、聞かれたら、ノーと答えます。 
 何故だか、自分でも分かりませんが・・・ 
 今まで、無意識に見るのを、避けて来ました。 
 ロスト・イン・トランスレーションを見るために、 
 見ましたが、あ〜肌が合わないんだ、と。 
 自分の娘に自殺されたら、私は、生きていけるかな? 
 と、母親の気持ちで感じてしまうからかな? 
 

★★★ 憂鬱だった10代を送った人たちへ

投稿日

2007/02/07

レビュアー

ガラリーナ

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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ティーンエージャーの揺れ動く心理、刹那的な生き方、耽美や怠惰への憧憬など、処女作で扱ったモチーフはそのまま現在公開中の「マリー・アントワネット」に通じている。5人の美人姉妹の末娘が風呂場で手首を切ったことがきっかけで「死」への憧憬は、またたくまに他の4人の少女たちに伝染する。10代の少女特有の情緒不安定な心理を描いた映画はたくさんあり、近年の日本映画なら援助交際を扱った作品などが思い浮かぶ。

しかし、今作を見て私の脳裏によぎったのは、日本の耽美派少女漫画の世界である。こりゃあ、萩尾望都か竹宮恵子じゃないのか、と思った。娘を愛するあまり、家から一歩も出させない厳格な両親というキャラクターなんぞ、まさにそんな感じ。金髪の美少女が5人も揃って庭駆け回る様子もしかり。というわけで、ソフィア・コッポラは日本の少女漫画オタクなんでは?と思わず勘ぐってしまうのだ。

5人姉妹の自殺の理由を映画の中に求める人は、映画を楽しめないのは当たり前だろう。だって確たる理由なんてないのだもの。悲しいことに昨今いじめによる自殺を報道することが、また別の自殺をうながすような状況が頻繁に起こっている。ティーンエージャーにとって、「生きる」ことはとても曖昧で、「死」は甘美な世界に思えてしまう。そんな綱の上を歩くような若者の精神状態をソフィア・コッポラは、実に儚く、揺れるような映像美で見せる。

隣家の兄弟にとって、5人姉妹は少女の儚さ、美しさを永遠にとどめたまま存在し続ける。彼女たちの存在はまるで夢であったかのようだ。美しい宝石箱を見せられて、パタンと蓋を閉じられたような感覚。エンディングはまさに新作「マリー・アントワネット」と同じ余韻だ。

ほんとうは怖いお話

投稿日

2009/10/14

レビュアー

港のマリー

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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 幸いにも深夜の衛星映画劇場で見ることができました。それこそソフィア・コッポラの「処女作」ということで、もう少し幼い映画かと想像していたのですが、違いました。けっこう見せます。

 基調にあるのは、思春期の少女特有の儚さ、脆さ、透明感、二度と取り戻せない一瞬の美しさへの陶酔、愛惜、讃美でしょうが、決してそれに溺れていない姿勢は立派です。少女たち自身に語らせるのではなく、彼女たちに憧れその生と死を眺めてきた近所の少年たちの目を通して描くという方法がよかった。いやでも映画に客観性が盛り込まれます。彼女たちの残したものを「すべて凡庸」と言い切る醒めた目には感心しました。

 それでもカメラが捉える少女たちは、神秘的かつ官能的、妖精と生身の肉体が交互に現れるようで蠱惑的なこと、この上ない。共感し同調する想像力が生んだ映像です。末娘の死の後、残された4人が子猫のようにからだを寄せ合って寝ころんでいる部屋の前で、父親がハッと立ちすくむシーンがありますが、少女たちの発するなまめかしい匂いがこちらにも立ちこめてくるようでした。初体験の後、朝霧のなか一人芝生に取り残される少女の姿の俯瞰もよかった。心細さと喪失感を生々しく伝えています。
 客観と主観、間接性と直接性が若々しくせめぎ合っているようで好感が持てました。

 もうひとつ、思春期などあったことすら忘れている人間には、この映画がサスペンス・ホラーに見えたことを述べておきます。
 リズボン家に起こった出来事は恐怖の極み、不吉な死に神の乱舞でしょう。そこは、お父さんの指導かもしれませんが、夢見る乙女の透明感のなかに何ともいえない不気味でシャープな映像を忍び込ませていて、目を奪われました。刻々と不吉な影を帯びていく邸宅とか、写真の虚ろの瞳のアップとか。
 なかなか侮れない映画でした。

幻滅を味わう前に現実から去ってしまおうと決めた少女たちの映画

投稿日

2009/01/16

レビュアー

bokensdorf

キルスティン・ダンスト狙いで観た。最初に言っておくが、キャスリーン・ターナー狙いの人は覚悟したほうが良い。あの綺麗だった人が普通のおばさんだ。でも、「マリー・アントワネット(2006)」のマリアンヌ・フェイスフルよりはマシだ。あの黒い革の上下を着てオートバイに乗っていたスリムなセクシーダイナマイトがただのデブになってしまった。

この映画はそういう幻滅を味わう前に現実から去ってしまおうと決めた少女たちの映画だ。
これを書いたのは絶対オヤジのオタクだと思いながら観ていたが、特典でその人が出てくる。
やっぱりオヤジのオタクだった。

ソフィア・コッポラという人も、これで観るのはたった三作目だが、マリー・アントワネットのレビューに書いたとおり、女性なのにオヤジ目線を持っている監督だ。この少女たちを理解できるのは同世代の女の子か、オヤジだけだと思う。母親には無理(子供を失いたくないという気持ちのほうが強くて共感できないだろう)。若い男の子なんかもっと無理。それは「はかないキラキラしたもの」を感じ取れるのは少女たち自身か、そこからもっとも遠いオヤジだけだからである。

だから、この映画は女性がオヤジ目線で撮った少女映画なのである。
キルスティン・ダンストの輝きを見れば分かる。キルスティン・ダンストをここまで輝かせることができるのは、他にはキャメロン・クロウ、サム・ライミぐらいだ。キルスティンがもともとキラキラしたキャラクタだから誰が撮ってもキラキラになるが、この三人は特別である。これを「キルスティン・キラキラ・三監督」と呼ぶ。

しかし、この作品は映画の撮り方自体も非常にうまい。初監督作品とは思えない。
特典ではパパやいとこが出てきて、どうもコッポラファミリーの力が背景にあるようだ。
少女のキラキラ【dazzling beauty】を描いた映画としては「マリー・アントワネット」より良くできている映画だ。

インテリア感覚

投稿日

2006/10/17

レビュアー

ゆみゆみ

高校生の時に映画館へ行って観ました。
ソフィア・コッポラの初監督作品ということと、綺麗な映像のCMを見て軽い気持ちで観に行ったんですけど、すっごい難しかった・・・

彼女たちは何故自殺したのか?
親が厳しく閉鎖的な環境に息が詰まったからなのか。
結局、今でも理由がわかりません。
もしも5人姉妹ではなかったとしたら、違う結末になってたのかなぁ。
一人や二人の姉妹だったら、家出したり現状から逃げようとするんぢゃないかと思います。
でも、歳の近い姉妹があまりに近くに居過ぎて、共鳴してしまうというか同化してしまうというか。

泣けるわけでもないし感動するわけでもなし面白いわけでもない。
でも、7年経った今でも記憶に残る映画ですね。
それは、とにかく映像が淡くて儚い感じで、とっても綺麗だからかもしれません。
音楽も映像とマッチしてて、今でも蘇ってくるようです。

じっと観てるのは辛い気もします。インテリア感覚で流れてるといい作品かも。

6〜 10件 / 全113件