お葬式 / 山崎努
全体の平均評価点: (5点満点)
(26)
解説・ストーリー
俳優・伊丹十三の記念すべき監督デビュー作にして大ヒットを記録した傑作コメディ。突然、妻の父がなくなったことで初めてお葬式を出すことになった一家の途方に暮れるさまと、お葬式に集まった多彩な人々の生態をアイロニーを交えてユーモラスに描く。俳優の夫婦である井上佗助と雨宮千鶴子は、二人でCF撮影中に千鶴子の父の訃報を聞く。さっそく家族で父のいた別荘へ向かった佗助だったが、お葬式を出すのは初めてとあって、何もかも勝手が分からないことばかりだった……。
俳優・伊丹十三の記念すべき監督デビュー作にして大ヒットを記録した傑作コメディ。突然、妻の父がなくなったことで初めてお葬式を出すことになった一家の途方に暮れるさまと、お葬式に集まった多彩な人々の生態をアイロニーを交えてユーモラスに描く。俳優の夫婦である井上佗助と雨宮千鶴子は、二人でCF撮影中に千鶴子の父の訃報を聞く。さっそく家族で父のいた別荘へ向かった佗助だったが、お葬式を出すのは初めてとあって、何もかも勝手が分からないことばかりだった……。
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「お葬式」 の解説・あらすじ・ストーリー
解説・ストーリー
俳優・伊丹十三の記念すべき監督デビュー作にして大ヒットを記録した傑作コメディ。突然、妻の父がなくなったことで初めてお葬式を出すことになった一家の途方に暮れるさまと、お葬式に集まった多彩な人々の生態をアイロニーを交えてユーモラスに描く。俳優の夫婦である井上佗助と雨宮千鶴子は、二人でCF撮影中に千鶴子の父の訃報を聞く。さっそく家族で父のいた別荘へ向かった佗助だったが、お葬式を出すのは初めてとあって、何もかも勝手が分からないことばかりだった……。
「お葬式」 の作品情報
「お葬式」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ
お葬式の詳細
収録時間: |
字幕: |
音声: |
124分 |
日(大)日(小)英語 |
1:ドルビーデジタル/モノラル/日本語
|
レイティング: |
記番: |
レンタル開始日: |
|
GNBR1061 |
2004年12月20日
|
在庫枚数 |
1位登録者: |
2位登録者: |
15枚
|
2人
|
3人
|
お葬式の詳細
収録時間: |
字幕: |
音声: |
124分 |
日(大)日(小)英語 |
1:ドルビーデジタル/モノラル/日本語
|
レイティング: |
記番: |
レンタル開始日: |
|
GNBR1061 |
2004年12月20日
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在庫枚数 |
1位登録者: |
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15枚
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ユーザーレビュー:26件
説明しすぎの感が・・・
投稿日:2007/05/26
レビュアー:こんちゃん
※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。
レビューを表示する
どうでもいいことですが、この作品では特に、宮本信子がドリカムの吉田美和に見えてしまいます・・・。
公開当時に、この作品が大ヒットした理由がよくわからないんですよね。確かに、タブーとされる葬式を題材とし、なおかつ題名も「お葬式」と、そのものずばりなので話題性はあったのでしょう。
しかし、この数年前には筒井康隆が「荒唐無稽文化財奇ッ怪陋劣ドタバタ劇−冠婚葬祭葬儀編」という戯曲を発表しているので(大笑いしながら読みました)フロンティアといえるほどでもなし・・・。
伊丹十三の初監督作品と言うことで注目されていたと言うことでしょうか?思いつきで書いた脚本は、どことなく中途半端で、斬新な試みという点では、次作の「タンポポ」のほうが観るべきモノがあったかもしれません。
「タンポポ」を見終わると無性にラーメンが食べたくなるということはありますが、この作品を観て、お葬式について、今一度考えると言うことはないでしょう。(もちろん、無性に葬式を出したくなるわけもありません)
無駄なエピソードがあちらこちらにちりばめられることによって、散漫な作品になってしまっているという印象は否めませんし、やはり映画というモノは脚本にしても、演出にしてもある程度の時間をかけて、練り混んでいかなければ良い作品はできないと言うことでしょう。
ごくまれに発想自体が素晴らしくて面白い作品に仕上がっている例外もありますが、その場合もしっかりとプロットを組み立てた方が、もっと面白い作品になったかもしれませんし。
本作でも、葬式という、通常厳格な儀式であり、笑いとは無縁なシチュエーションの中に、滑稽な部分を見いだし、笑いを作り出す発想は良いのですが・・・。
二代目桂枝雀という上方落語家が、(私は天才だと思っていますが)
「笑いとは、緊張の緩和。緊張が緩和に移行する途中の痙攣の別名である」
と主張していました。緊張が強ければ強いほど、その緩和には大きなパワーが生まれ、笑いも大きいのだと。そういう意味で言えば、葬式というセレモニーは、笑いへと向かうためのとても大きな力を蓄えているとも言えるのです。
実際、日本の葬式における儀礼は、滑稽と思えるモノがかなりありますし、伊丹監督は良い素材を見つけながら、調理の段階で生焼けのものにしてしまったのでしょうか。
伊丹監督も、桂枝雀も自殺という人生の終焉を選びました。天才には、私たち凡人には理解しがたい苦悩があるのでしょうか。もったいないと思います・・・。
誰か、もう一度この素材を上手に料理してくれるシェフたる監督はいませんかね?
このレビューは気に入りましたか?
16人の会員が気に入ったと投稿しています
多彩な出演者が一番の見所かも
※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。
レビューを表示する
確か四方田犬彦だったの思うのだけれど、この映画のことを蓮實理論を駆使して作られた引用の織物だといった評価を読んだ記憶があったので、果たしてどんなものかと思ったが奇を衒ったものでもなければ、後の作品のようなベタベタのウケ狙いでもなく、そしてもちろん理論などを取り立てて感じさせることもない、それなりのごく普通の映画だった。私程度の映画的な知識と素養では何がどう引用されているのか確定的なものは見つけ出せなかったが、でも始めから30分程度までの葬式のゴタゴタがいよいよ始まる前までは明らかにハリウッドを意識した作りが成されいた。ここで言うハリウッドとは言うまでもなく50年代までの黄金時代のハリウッドのことだ。そしてこの部分がこの映画において最も素晴らしかったと思う。理論的なものを感じさせなかったとは言うものの、インテリ伊丹十三が作った作品であるから、それも雑誌「モノンクル」などを手掛け知識人俳優として権勢を振るっていた時期に作られた作品だから様々な趣向が凝らされており、カメラワークやフレーミングなどは半ば展覧会的ですらあったと思う。でもそうした姿が本格的に現れてから以降は、冒頭部分の引き締まった感じがとたんに緩んでしまい結果的に凡庸な作品になってしまったと思う。もし。冒頭30分のペースとトーンでそのまま進んでいれば、独自性こそなかっただろうが非常にカッチリとしたかなりの作品になっていたと思うのでちょっと残念だ。
またこの作品にはいろいろな俳優が出ていて、そこが結構愉快だった。恐らく「スィート・ホーム」の作成に既に入っており伊丹十三との蜜月関係の絶頂期にあった黒沢清、(制作時には)まだ大学に在学中で新進気鋭の俳優としての活躍が始まっていた利重剛、状況劇場のトップスターを退いたばかりの小林薫といった若手俳優や藤原鎌足や笠智衆、吉川満子と言った往年の名優達、さらには井上陽水や高瀬春菜のお尻など種々雑多な人びとがたくさん出ており、その人選と人脈にはさすがだなと感じさせるものがあった。
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11人の会員が気に入ったと投稿しています
作り込みすぎ
伊丹十三の映画は作り込み過ぎていてつまらないですね。こっちの予測を超えるイメージも出してくれないし。私はこの映画が何で面白いといわれるのか、今もよく分かりません。エンターテインメントとしても中途半端じゃないでしょうか。paroleさんのおっしゃるとおり、蓮見理論云々についても全然分かりませんでした。もっとも私は蓮見先生の言ってることがサッパリ分からず佐藤忠男及び石田一が偉いと思っていますので、蓮見理論なんて高尚なものは最初から分からないのでした。
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7人の会員が気に入ったと投稿しています
「 やあ、いらっしゃい 」
( ネタばれあり )
この春、NHKで放送された伊丹十三特集番組「こだわり男とマルサの女」をきっかけに、改めて映画や著作でその足跡をたどり、「つづき」で後述しますように、今月松山旅行した折、伊丹十三記念館に行くことができて思いを新たにしました。
俳優になった時、大映の永田雅一社長に、父。万作の苗字と、阪急・東宝創設者の小林一三にちなんで「伊丹一三」と命名されましたが、のちに自ら「十三」と改名、「マイナスをプラスに転じる」というのが公式の理由ですが、13とは不吉な数字をつけたものだなとずっと思っていました。
「伊丹十三は13歳で父・万作と死別。」と先の番組で示唆されていましたが、そこから こじつけと思い込みを承知で踏み込めば、父と死別した年齢を芸名にしていたのでしょうか。
「 反抗期だったときにその相手がいなくなってしまって、その感情がほどけるのにずいぶん時間がかかり、自分に子供ができてようやく父に親しみを感じた」「ぼくは一夜漬けで大人になった」
大人びた子供で、早くに自立し、さまざまな才能を発揮した人ですが、不在ゆえに幻である父・万作の存在はあまりに大きく、見えない壁として横たわっていたのでしょうか。
横浜のタマさんがレビューで書いておられるように、山口瞳の「伊丹十三はこの作品で父万作のお葬式を出した」という指摘は目からウロコ。
親の葬儀は、「子どもでいられることが終わった」確認と覚悟の通過儀礼ですが、そこをくぐり抜けてようやく監督として出発できたのだと。
妻・宮本信子の父親の葬儀の折、「小津安二郎の映画みたいだ」という夫婦の会話が、本作制作のきっかけのようですが、作風はぜんぜん違いますね、
登場人物が大人の小津作品に対して、本作の登場人物は年配のはずなのに、大人の振る舞いができずおろおろとしています。
小津作品では肉親の死という非日常が、見た目は日常と変わらず淡々と描かれるのに対して、本作では登場人物の「日常」というものが、かつての日本的なものとすっかり様変わりしています。
都会の自由人が、ふだんは縁の薄い血縁とのつながりや、なじみのない社会的なしきたりに、いきなり遭遇して肉親の死以上の事件のように右往左往。
お金や段取りのことを描いて下世話ですし、高瀬春菜の愛人とのことを始め、おどろくほど不謹慎ですね、
でも親の死を冒涜しているというより、そういう不謹慎な自分たちを風刺していると思います。
近所の老人会役で、香川良介、田中春夫、吉川満子そして藤原釜足といった老優が出演。
以後の作品でも、大犮柳太朗、原泉、加藤嘉といった先輩俳優を起用。 晩年には亡くなった出演俳優を追悼する会を開くなど、映画界とは伊丹十三にとって親族や親戚のようなものだったのではないでしょうか。
( ちなみに、本作で菅井きんが演じた妻の母親役、第一候補は高嶺秀子でしたが、本人にもう引退しているからと断られてしまいました。 )
人見知りは激しく、人付き合いは苦手であることの反動か、たとえば早く帰ってほしい呑ん兵衛にわざわざ取って置きの酒を出してくる主人公に投影されているように、過剰なまでのサービス精神が、伊丹作品には見られます。
そして映画は時を経て追憶の装置となることを、伊丹十三は知っていたように思います。
「 やあ、いらっしゃい 」 旅行で訪ねた記念館では、笑顔の写真とともに、伊丹さんが出迎えてくれました。
このレビューは気に入りましたか?
6人の会員が気に入ったと投稿しています
当時はタブーを破った映画だったのでしょうか
監督・脚本:伊丹十三(1984年・日本・124分)
今回が初見のつもりでしたが、「お棺の頭はどっちだ?」のシーンに見覚えがありました。
公開時の1984年は、私はまだ若くて近親者のお葬式の経験もなく、あまりピンと来なかったのだと思います。
今は、夫と自分の両親4人を見送った経験もあり、映画の内容には思い当たる点がいくつもありました。
映画で葬儀のシーンは珍しくはありませんが、「葬儀」そのものを題材として“身内の死”から順を追って葬儀屋さんや式場の手配、お坊さんへのお布施、喪主の挨拶など、葬儀が終わるまでを描いた作品は、海外を含めてそうはないと思います。
私の母が亡くなった時は父が喪主で、父の弟などが力になってくれました。
でも、父の時には未経験で独身の弟が喪主を務め、頼りの叔父はすでに他界しており、本作の内容のように右往左往しました。
本来、悲しみの最中ですし、厳粛なはずのお葬式ですが、そういう場であればあるほど、ちょっとしたことが笑いや不謹慎なシーンに繋がったりして、人間の精神のバランス感覚とは不思議なものだと思いました。
本作の中での可笑しみも、非日常に普通の日常の感覚が紛れ込み、そこに生まれる違和感やギャップ、思い違いなど、そういったものが生み出す不謹慎な笑いでしょうか。
撮影に使われたのは、湯河原にある伊丹十三の別荘だそうです。
お棺を運ぶには、玄関までの階段を上ったり下りたりが大変そうでしたが、自然に囲まれて見晴らしも良くて、ロケーション的には素敵な場所でした。
そんな美しい景色を一望できる場所にブランコがありました。
お寺の鐘つきの棒みたいな丸太ん棒のブランコです。
そのブランコに妻(宮本信子)が乗って揺らします。そこから妻が見下ろす景色の中に夫の浮気現場が見えるのじゃないかと心配しました。
違いました。ブランコの意味は、もっと意味深でした。
「失楽園」よりも前にこういうシーンが映画になっていたのですね。
お坊さんがお経をあげている最中に電話が鳴り、マネージャーの里見(財津一郎)が立ち上がりますが、足がしびれていて転びます。これもドリフよりも前にあったのですね。(笑)
出演者も豪華で、今では懐かしい方々ばかり。
大滝 秀治、左右田一平、江戸家猫八 、笠智衆、藤原釜足、津川雅彦等々。
電報配達人役で井上陽水、劇中でCM撮影の助監督役は黒沢清。
本作のモノクロ撮影には浅井慎平の名がありました。
私が個人的に面白かったシーンは、病院での支払いのシーンや、大滝秀治演じる伯父が北枕の方角にこだわったり、葬式のやり方に異議を唱え、その度に「そうではなくて・・・」と周囲が困り果てるのがツボでした。
自分の体験と似ている部分には、本当に感情移入して、焼香客を早く帰したいのに珍しいお酒を振舞ってしまう夫など、思い当たって可笑しかったです。
浮気のシーンなど、子どもには見せられないシーンがあります。そこだけは、お気を付け下さい。
このレビューは気に入りましたか?
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ユーザーレビュー
説明しすぎの感が・・・
投稿日
2007/05/26
レビュアー
こんちゃん
※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。
レビューを表示する
どうでもいいことですが、この作品では特に、宮本信子がドリカムの吉田美和に見えてしまいます・・・。
公開当時に、この作品が大ヒットした理由がよくわからないんですよね。確かに、タブーとされる葬式を題材とし、なおかつ題名も「お葬式」と、そのものずばりなので話題性はあったのでしょう。
しかし、この数年前には筒井康隆が「荒唐無稽文化財奇ッ怪陋劣ドタバタ劇−冠婚葬祭葬儀編」という戯曲を発表しているので(大笑いしながら読みました)フロンティアといえるほどでもなし・・・。
伊丹十三の初監督作品と言うことで注目されていたと言うことでしょうか?思いつきで書いた脚本は、どことなく中途半端で、斬新な試みという点では、次作の「タンポポ」のほうが観るべきモノがあったかもしれません。
「タンポポ」を見終わると無性にラーメンが食べたくなるということはありますが、この作品を観て、お葬式について、今一度考えると言うことはないでしょう。(もちろん、無性に葬式を出したくなるわけもありません)
無駄なエピソードがあちらこちらにちりばめられることによって、散漫な作品になってしまっているという印象は否めませんし、やはり映画というモノは脚本にしても、演出にしてもある程度の時間をかけて、練り混んでいかなければ良い作品はできないと言うことでしょう。
ごくまれに発想自体が素晴らしくて面白い作品に仕上がっている例外もありますが、その場合もしっかりとプロットを組み立てた方が、もっと面白い作品になったかもしれませんし。
本作でも、葬式という、通常厳格な儀式であり、笑いとは無縁なシチュエーションの中に、滑稽な部分を見いだし、笑いを作り出す発想は良いのですが・・・。
二代目桂枝雀という上方落語家が、(私は天才だと思っていますが)
「笑いとは、緊張の緩和。緊張が緩和に移行する途中の痙攣の別名である」
と主張していました。緊張が強ければ強いほど、その緩和には大きなパワーが生まれ、笑いも大きいのだと。そういう意味で言えば、葬式というセレモニーは、笑いへと向かうためのとても大きな力を蓄えているとも言えるのです。
実際、日本の葬式における儀礼は、滑稽と思えるモノがかなりありますし、伊丹監督は良い素材を見つけながら、調理の段階で生焼けのものにしてしまったのでしょうか。
伊丹監督も、桂枝雀も自殺という人生の終焉を選びました。天才には、私たち凡人には理解しがたい苦悩があるのでしょうか。もったいないと思います・・・。
誰か、もう一度この素材を上手に料理してくれるシェフたる監督はいませんかね?
多彩な出演者が一番の見所かも
投稿日
2006/01/06
レビュアー
parole
※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。
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確か四方田犬彦だったの思うのだけれど、この映画のことを蓮實理論を駆使して作られた引用の織物だといった評価を読んだ記憶があったので、果たしてどんなものかと思ったが奇を衒ったものでもなければ、後の作品のようなベタベタのウケ狙いでもなく、そしてもちろん理論などを取り立てて感じさせることもない、それなりのごく普通の映画だった。私程度の映画的な知識と素養では何がどう引用されているのか確定的なものは見つけ出せなかったが、でも始めから30分程度までの葬式のゴタゴタがいよいよ始まる前までは明らかにハリウッドを意識した作りが成されいた。ここで言うハリウッドとは言うまでもなく50年代までの黄金時代のハリウッドのことだ。そしてこの部分がこの映画において最も素晴らしかったと思う。理論的なものを感じさせなかったとは言うものの、インテリ伊丹十三が作った作品であるから、それも雑誌「モノンクル」などを手掛け知識人俳優として権勢を振るっていた時期に作られた作品だから様々な趣向が凝らされており、カメラワークやフレーミングなどは半ば展覧会的ですらあったと思う。でもそうした姿が本格的に現れてから以降は、冒頭部分の引き締まった感じがとたんに緩んでしまい結果的に凡庸な作品になってしまったと思う。もし。冒頭30分のペースとトーンでそのまま進んでいれば、独自性こそなかっただろうが非常にカッチリとしたかなりの作品になっていたと思うのでちょっと残念だ。
またこの作品にはいろいろな俳優が出ていて、そこが結構愉快だった。恐らく「スィート・ホーム」の作成に既に入っており伊丹十三との蜜月関係の絶頂期にあった黒沢清、(制作時には)まだ大学に在学中で新進気鋭の俳優としての活躍が始まっていた利重剛、状況劇場のトップスターを退いたばかりの小林薫といった若手俳優や藤原鎌足や笠智衆、吉川満子と言った往年の名優達、さらには井上陽水や高瀬春菜のお尻など種々雑多な人びとがたくさん出ており、その人選と人脈にはさすがだなと感じさせるものがあった。
作り込みすぎ
投稿日
2006/10/07
レビュアー
勝王
伊丹十三の映画は作り込み過ぎていてつまらないですね。こっちの予測を超えるイメージも出してくれないし。私はこの映画が何で面白いといわれるのか、今もよく分かりません。エンターテインメントとしても中途半端じゃないでしょうか。paroleさんのおっしゃるとおり、蓮見理論云々についても全然分かりませんでした。もっとも私は蓮見先生の言ってることがサッパリ分からず佐藤忠男及び石田一が偉いと思っていますので、蓮見理論なんて高尚なものは最初から分からないのでした。
「 やあ、いらっしゃい 」
投稿日
2012/10/25
レビュアー
ロキュータス
( ネタばれあり )
この春、NHKで放送された伊丹十三特集番組「こだわり男とマルサの女」をきっかけに、改めて映画や著作でその足跡をたどり、「つづき」で後述しますように、今月松山旅行した折、伊丹十三記念館に行くことができて思いを新たにしました。
俳優になった時、大映の永田雅一社長に、父。万作の苗字と、阪急・東宝創設者の小林一三にちなんで「伊丹一三」と命名されましたが、のちに自ら「十三」と改名、「マイナスをプラスに転じる」というのが公式の理由ですが、13とは不吉な数字をつけたものだなとずっと思っていました。
「伊丹十三は13歳で父・万作と死別。」と先の番組で示唆されていましたが、そこから こじつけと思い込みを承知で踏み込めば、父と死別した年齢を芸名にしていたのでしょうか。
「 反抗期だったときにその相手がいなくなってしまって、その感情がほどけるのにずいぶん時間がかかり、自分に子供ができてようやく父に親しみを感じた」「ぼくは一夜漬けで大人になった」
大人びた子供で、早くに自立し、さまざまな才能を発揮した人ですが、不在ゆえに幻である父・万作の存在はあまりに大きく、見えない壁として横たわっていたのでしょうか。
横浜のタマさんがレビューで書いておられるように、山口瞳の「伊丹十三はこの作品で父万作のお葬式を出した」という指摘は目からウロコ。
親の葬儀は、「子どもでいられることが終わった」確認と覚悟の通過儀礼ですが、そこをくぐり抜けてようやく監督として出発できたのだと。
妻・宮本信子の父親の葬儀の折、「小津安二郎の映画みたいだ」という夫婦の会話が、本作制作のきっかけのようですが、作風はぜんぜん違いますね、
登場人物が大人の小津作品に対して、本作の登場人物は年配のはずなのに、大人の振る舞いができずおろおろとしています。
小津作品では肉親の死という非日常が、見た目は日常と変わらず淡々と描かれるのに対して、本作では登場人物の「日常」というものが、かつての日本的なものとすっかり様変わりしています。
都会の自由人が、ふだんは縁の薄い血縁とのつながりや、なじみのない社会的なしきたりに、いきなり遭遇して肉親の死以上の事件のように右往左往。
お金や段取りのことを描いて下世話ですし、高瀬春菜の愛人とのことを始め、おどろくほど不謹慎ですね、
でも親の死を冒涜しているというより、そういう不謹慎な自分たちを風刺していると思います。
近所の老人会役で、香川良介、田中春夫、吉川満子そして藤原釜足といった老優が出演。
以後の作品でも、大犮柳太朗、原泉、加藤嘉といった先輩俳優を起用。 晩年には亡くなった出演俳優を追悼する会を開くなど、映画界とは伊丹十三にとって親族や親戚のようなものだったのではないでしょうか。
( ちなみに、本作で菅井きんが演じた妻の母親役、第一候補は高嶺秀子でしたが、本人にもう引退しているからと断られてしまいました。 )
人見知りは激しく、人付き合いは苦手であることの反動か、たとえば早く帰ってほしい呑ん兵衛にわざわざ取って置きの酒を出してくる主人公に投影されているように、過剰なまでのサービス精神が、伊丹作品には見られます。
そして映画は時を経て追憶の装置となることを、伊丹十三は知っていたように思います。
「 やあ、いらっしゃい 」 旅行で訪ねた記念館では、笑顔の写真とともに、伊丹さんが出迎えてくれました。
当時はタブーを破った映画だったのでしょうか
投稿日
2021/09/29
レビュアー
kazupon
監督・脚本:伊丹十三(1984年・日本・124分)
今回が初見のつもりでしたが、「お棺の頭はどっちだ?」のシーンに見覚えがありました。
公開時の1984年は、私はまだ若くて近親者のお葬式の経験もなく、あまりピンと来なかったのだと思います。
今は、夫と自分の両親4人を見送った経験もあり、映画の内容には思い当たる点がいくつもありました。
映画で葬儀のシーンは珍しくはありませんが、「葬儀」そのものを題材として“身内の死”から順を追って葬儀屋さんや式場の手配、お坊さんへのお布施、喪主の挨拶など、葬儀が終わるまでを描いた作品は、海外を含めてそうはないと思います。
私の母が亡くなった時は父が喪主で、父の弟などが力になってくれました。
でも、父の時には未経験で独身の弟が喪主を務め、頼りの叔父はすでに他界しており、本作の内容のように右往左往しました。
本来、悲しみの最中ですし、厳粛なはずのお葬式ですが、そういう場であればあるほど、ちょっとしたことが笑いや不謹慎なシーンに繋がったりして、人間の精神のバランス感覚とは不思議なものだと思いました。
本作の中での可笑しみも、非日常に普通の日常の感覚が紛れ込み、そこに生まれる違和感やギャップ、思い違いなど、そういったものが生み出す不謹慎な笑いでしょうか。
撮影に使われたのは、湯河原にある伊丹十三の別荘だそうです。
お棺を運ぶには、玄関までの階段を上ったり下りたりが大変そうでしたが、自然に囲まれて見晴らしも良くて、ロケーション的には素敵な場所でした。
そんな美しい景色を一望できる場所にブランコがありました。
お寺の鐘つきの棒みたいな丸太ん棒のブランコです。
そのブランコに妻(宮本信子)が乗って揺らします。そこから妻が見下ろす景色の中に夫の浮気現場が見えるのじゃないかと心配しました。
違いました。ブランコの意味は、もっと意味深でした。
「失楽園」よりも前にこういうシーンが映画になっていたのですね。
お坊さんがお経をあげている最中に電話が鳴り、マネージャーの里見(財津一郎)が立ち上がりますが、足がしびれていて転びます。これもドリフよりも前にあったのですね。(笑)
出演者も豪華で、今では懐かしい方々ばかり。
大滝 秀治、左右田一平、江戸家猫八 、笠智衆、藤原釜足、津川雅彦等々。
電報配達人役で井上陽水、劇中でCM撮影の助監督役は黒沢清。
本作のモノクロ撮影には浅井慎平の名がありました。
私が個人的に面白かったシーンは、病院での支払いのシーンや、大滝秀治演じる伯父が北枕の方角にこだわったり、葬式のやり方に異議を唱え、その度に「そうではなくて・・・」と周囲が困り果てるのがツボでした。
自分の体験と似ている部分には、本当に感情移入して、焼香客を早く帰したいのに珍しいお酒を振舞ってしまう夫など、思い当たって可笑しかったです。
浮気のシーンなど、子どもには見せられないシーンがあります。そこだけは、お気を付け下さい。
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