ボヴァリー夫人

ボヴァリー夫人の画像・ジャケット写真
ボヴァリー夫人 / リス・エヴァンズ
全体の平均評価点:
(5点満点)

5

  • DVD
ジャンル:

「ボヴァリー夫人」 の解説・あらすじ・ストーリー

フローベールの傑作小説を『アリス・イン・ワンダーランド』のミア・ワシコウスカ主演で映画化した文芸エロス。結婚に憧れる少女・エマは医師の妻となるが、その生活は退屈なものだった。やがてエマは、心の隙間を埋めるかのように不倫に溺れていく。※R-15

「ボヴァリー夫人」 の作品情報

製作年: 2014年
製作国: ドイツ/ベルギー/アメリカ
原題: MADAME BOVARY

「ボヴァリー夫人」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

ボヴァリー夫人の詳細

  • 旧作
収録時間: 字幕: 音声:
119分 英:ドルビーデジタル5.1ch
レイティング: 記番: レンタル開始日:
R-15 KWX1826 2016年11月02日
在庫枚数 1位登録者: 2位登録者:
7枚 0人 0人

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ユーザーレビュー:5件

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1〜 5件 / 全5件

“マダム”と呼ばれた少女

投稿日:2019/07/19 レビュアー:MaiKo88

本作がフローベール原作の《マダム・ボヴァリー》じゃなかったら。
つまり、ただ「結婚生活に失望して浪費と不貞に走り、身を持ち崩す19世紀の人妻物語」なら。
これはこれで、まぁ、こういう作品もあるよね、と。
ところが、本作はフローベール原作《マダム・ボヴァリー》を謳っているので、どうしても原作を引き合いに出して比べてしまう。
舞台はフランスのようだが、それが感じられるのは地名や名前だけで、本編はすべて英語。
主人公エマの夫「シャルル」も英語読みの「チャールズ」だし。いっそ『ボヴァリー夫人』を名乗らない方が、サブタイトルに持って来るぐらいの方がよかったんじゃないかと思うくらいには別の作品だと感じた。

それでも星をみっつ付けるのは、いくつかこころに引っ掛かる、残る、印象的な場面があったから。

新婚初夜。服を着替えたい、しかし「ひとりじゃ脱げないわ」と、夫となったチャールズに重装備の服(コルセット)を脱ぐ手伝いを促すエマ。夫は「あぁ、失礼」と応じるものの、言われるまで気が付かないこのぼんやり振り。(原作のシャルルは「愚鈍」な人物という設定だ)
それに続くベッドの中では夫が一方的に動くだけで、苦痛に耐えるばかりの彼女は明らかにひどく失望している。絵的にはほんの一瞬のミア・ワシコウスカの表情なのだが、怒りを含んでいるような…頑なさ。これが「結婚」への失望すべてを物語るもので、千の言葉よりも明解だった。それでもその後、夫に歩み寄ろうと彼女は夫を散歩に誘ったりする。しかし夫は彼女に付き合うこともなく、彼女の意志や希望をことごとく、頭ごなしに否定するのだ。エマの不満と孤独は深まる。

この辺りのミア・ワシコウスカの表情はとても印象的で、“なぜエマは退廃に走ったか”の理由としては、女性(或いは妻の立場)の共感を得るには十分なものだと感じた。エマ、この夫には確かにほんと、ガッカリだよね…、と。ただ、彼女は夢見がちで無垢な文学少女で、結婚に憧れを抱いていたという前提が本作では描かれていない。そのため原作の持つ説得力に乏しく、彼女の失望の度合いその落差が伝わり難い。

ミア・ワシコウスカは非常に知的聡明で、“文学少女”の面影を十分に感じさせる。自我の表出に目覚めた、19世紀近代の女性。マダムと呼ばれはするが、中身は都会の華やかさや贅沢な生活に憧れる、未熟な少女。ほんとうの“マダム”、成熟した女性になる前に、大きな期待とその期待が裏切られた絶望に転落の人生を辿り自滅した、女性。このヒロイン像を演じるには期待できる役者だと思うのだが…原作にある子どもの存在やエマは後妻だということをカットしているくらいの本作、もう少し夫婦の関係性を描くことでエマの転落に説得力を持たせることは出来なかったのだろうか。原作を切り取り描く部分が中途半端な印象は否めず、全体的にもったいないと感じる作品だった。

映像は、風景、セット、衣装、目に映るものどれもとても雰囲気があり、取り分けエマの衣装やボヴァリー家の調度品、森や丘の緑、落ち葉、狩のシーンなど、とても美しく見応えがあった。

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ヒロインの気持ちをセリフで説明している…

投稿日:2018/01/23 レビュアー:コタロウ(!)

医師チャールズ・ボヴァリーの若く美しい妻・エマは、満たされることがない日々の中、
不倫と浪費に溺れていく…というフローベール原作「ボヴァリー夫人」の映画化です。

小説を上手く映像化しているとは思えませんでした。
けっこう簡略化してあります。
なぜか、魔改造という言葉が浮かんだw

終盤、不倫や浪費に至ったヒロインの気持ちを、登場人物が説明していた。セリフで…
これをやると、途端に安っぽくなると思うのです。

エマは後妻であるとか、子供もいるとかを省くのはいいけど、貴族の舞踏会に招待されたり、
折々に出没する顔の崩れた盲目の浮浪者まで省いていた…

エマの満たされない気持ち、心の飢餓感の根源とも言える夫・チャールズのダメさ加減が
伝わらないので、エマがただの欲求不満な人にしか見えませんでした。
どうでもいいけど、チャールズより「シャルル」の方がしっくりくる。
舞台はフランスなんだし。

エマ役のミア・ワシコウスカは清楚で可憐な容姿で好き。
バストトップまで晒して熱演しているのに、こんな仕上がりで可哀相。

エマの若い恋人・レオン役が好演。
地方勤務時代の純朴さが、華やかなパリ暮らしで失われた様子が良かったです。

エマが身に着ける衣装がとても美しかったです。

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『ボヴァリー夫人』なのはタイトルだけ

投稿日:2016/12/09 レビュアー:hinakksk

 冒頭の森の草木がとても鮮明ではっとするような現実感がある。エマが着ている手の込んだ上質なからし色の衣裳に目を奪われる。作中でエマの着るクラシックなドレスはどれも品があり極めて美しく、すらりとした彼女を引き立てている。映像や美術、衣装は実に見事。しかし、中身は『ボヴァリー夫人』とは全くの別物。

 借金や不倫で破滅する女性はなにもエマだけではない。そういう意味で、この映画は『ボヴァリー夫人』に登場するエマやシャルル(チャールズ)を描いてはいない。ロマンティックに憧れる無垢な少女から、底なしの絶望の果てに贅沢と不倫に溺れ、崩れていくエマを描くのに、知的で理性的なミア・ワシコウスカは魅力的だが適役とは言えない。

 危惧していたように煽情的では全くなかった点は良かったけれど、フランス語で極めて緻密に構築された、近代小説の傑作としか言いようのない原作に敬意を表するのなら、少なくとも台詞は英語ではなく、フランス語にするべきだろう。この映画にはシャルルもエマも存在しない。

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暴罵詈不尽ネタバレ

投稿日:2019/06/30 レビュアー:ポッシュ

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小説の映画化において、原作エピソードを刈り込んだり省略したりってのは仕方ないもんですが、
余計なシーンやセリフを追加するとか、内容を改変するって・・・暴挙でしょ。
それで原作のエッセンスがより鮮明になるならまだしも、登場人物の人となりを
矮小化してどうするんだ?という、ちょっと残念な作品でした。

自分が思うに、エマという女性は“自己愛性人格障害”っぽくて、劇的にロマンチックな状況や、
何かしら超越した世界こそが我が身にふさわしいと思い込んでいる人なのですね。
アタシは特別!という根拠のない自信が自分を形作っている。
だから憧れていた結婚生活が、なんてことない地味な日常だと分かるや、
素敵な殿方との禁じられた恋愛に身を投じ、美しいドレスや調度品を際限なく買い込んで、
“特別感”を自分で演出せずにはおれなくなってしまう。

しかしですね。この悲しき女性が小説の中では実にイキイキと魅力的、魅惑的に描かれている訳で。
愚かではあるのだけど、「バカじゃね?」って突き放せない。
「あああ、ダメだよ、こんな男にダマされちゃあ」ってハラハラしながら見守ってしまう。
彼女が抱える「こんなハズじゃなかった」の絶望は、実は普遍的なものとも思えるし。
我が身、我が人生における「足りない何か」を求めてしまう気持ちって
案外、誰にでもあるんじゃないのかな。
そこを普通は、理性とか平常心でグッと抑え込むのだけど。(違います?)
快楽や愉悦とひきかえに失うものの大きさ、その可能性を考えて尻込みするのが自分のような凡人だとすれば、
凡庸さこそが最強のリスクヘッジと言えるでしょうかね(笑)。

で、また、小説の「ストーリーテリング」が実に巧みで。美しい比喩表現、スリリングな演出の数々。
ロベルトとエマが最初に急接近するイベント会場のシーン、2人がいる室内と、屋外から聞こえる
スピーチが交差しつつ、スピーチの内容に絡めながら2人の気持ちが語られ、
徐々に高まりあっていく様の緊張感たるや!
それが映画の方では、ただ人目を避けてますーってサラッと終わっちゃう。
その後の展開も、エマの方が辛抱たまらずロベルトにグイグイ迫ってって、すごい下品。
小説ではロベルトってゲスな男の術中に陥ってしまう、って感じなんだけど。

2番目の恋人レオンとの関係にしても、原作では、再会から恋愛へと進む過程が、
もうジリジリじらされて、ちょっとユーモラスでさえあって、そういう「もどかしさ」からの
恋愛成就!のシーンが面白いのなんの。
助走からの〜ホップ、ステップ、ジャーーーンプ!序、破、急〜〜っ!!って。
(すいません、なんのこっちゃ?ですよね)
「黄色いロールスロイス」(1964)って映画は、ここから着想を得たんちゃうかなー。知らんけど。
それが映画の方は、やっぱりサラリ。出来事の羅列で済ませてしまっている。

あの、ここで描くべきことって「はいっ!エマ、次の不倫に突入しましたーっ!」って
レポートする事じゃないと思うのだよねー。
かつて清らかな心で愛した人に再会してしまった。でも、今の自分は禁断の恋の味を知った上で、
それが陥穽であったことも分かってしまっている。
そういう懊悩があって、それでも、もしかしたら今度こそ本物の幸せが掴めるかもしれない、
新しい「恋」の魔力・磁力に引き寄せられそう・・・という揺らぎ。
そしてレオン君が、ウブだったあの頃と違って、今や都会の絵の具に染まって
(by木綿のハンカチーフ・・・嗚呼、また古い例えでスミマセン)、危険な香りがプンプンしてる・・・
という、もう、人の世の複雑怪奇と人生の機微がギュギュッと詰まってるところを、
きちんと映像表現として見せてほしいのですよね。
原作はそこんとこが見事。

フィクションで大事なのって、そういう「表現」だと思います。
筋書きが全てじゃない。

あと、この監督さん、どうもエマに対する視線が冷たい。
わざわざ、村の女性たちがエマを冷たい目で見る、という原作には無い(と思う)シーンを
繰り返し差し挟んでくるあたりが意地悪。
そして、夫に対して「あの人が不幸の元凶」とか安っぽいセリフまで付け足して
作品世界を貶めようとする意図が分からんです。
夫チャールズ(シャルル)もモラハラ夫っぽく仕立て上げられて、原作で感じられた
「人の好さ」が3割減ぐらいになってる。気の毒。

すみません、けなしまくってしまいましたが、他レビューにもあるように衣装や景色、
建物や室内装飾など、ビジュアルはとてもキレイで、そこは良かったです。
画(え)は楽しめるかなー。
あと、薬剤師オメーという、わりと重要な登場人物を大好きなポール・ジアマッティが
演ってたのは嬉しいサプライズだった。星半分は彼に!

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点数のみ

投稿日:2020/05/28 レビュアー:Goose

星2

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