沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇

沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇の画像・ジャケット写真

沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇 / イザベル・ユペール

全体の平均評価点:(5点満点)

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「沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇」 の解説・あらすじ・ストーリー

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解説・ストーリー

フランスの名匠C・シャブロルが、ミステリーの女王ルース・レンデルの小説をもとに映画化したミステリー作品。カトリーヌは、工場主の夫ジョルジュ、ジョルジュの先妻の娘ミリンダ、そして高校生の息子ジルと快適な館に住み、自らもギャラリーのオーナーを務める理想的な現代女性。そんなある冬の朝、彼女は新しい家政婦ソフィーを迎えに駅へと赴いた。仕事ぶりは完璧で、その上真面目で善良そうなソフィーに一家は満足するが……。

「沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇」 の作品情報

作品情報

製作年: 1995年
製作国: フランス
原題: LA CEREMONIE/A JUDGMENT IN STONE

「沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇」 のキャスト・出演者/監督・スタッフ

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ユーザーレビュー:18件

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1〜 5件 / 全18件

家政婦は見た聞いた ネタバレ

投稿日:2011/07/17 レビュアー:ひろぼう

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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緻密なサイコ・サスペンス。じりじりした不穏な空気感で物語を進行するので派手さは少なく、
それを期待するとひどく退屈な作品となるので注意しましょう。私はどうだったかと言うと、
主人公のソフィーの奇妙な態度、言葉が少ないので主に彼女の危なっかしい行動が気がかりで
最後まで見入ってしまいました。

特典で監督が詳細に語っていて、繰り返しやわざとずらした切り替えしのカットの積み重ねで、
ソフィーと友人とブルジョワ一家との関係、人としてのつながりやずれを描写しているとの
解説にすごくうなずいてしまいました。それとはっきりとは示さないが見続けるうちにすっと
気持ちに忍び込んでくるのは、ブルジョワ一家とソフィーたちの絶対に相容れない関係。初め
ての夕食後の後片付けシーンは、使用人には当たり前の行為なのに人的には不遜な扱いとして
見えます。ソフィーの友人の車を修理した娘が、友人にハンカチを返す態度にも同様な考え
から来る行動が見えます。不親切ではないがそっけない、そこには生まれついての主従の関係
があることを、見えないが絶対に超えられない壁が確実に存在することを明らかにします。
それはソフィーたちを下品な者とわざと強調したかの性格付けと、浮かれ騒ぎ振りに、ソフィー
の秘密からも無教養さを滲ませ、ブルジョワ一家との一層の対立を煽るかのようです。
ブルジョワ一家から見たソフィーは人ではあるが、自分たちとは同じ人でない。惨劇の後、
幾度もブルジョワ一家の横たわる体をまたぐソフィーは、無意識であったのか、彼らを自分が
受けたように扱っているとも思えます。革命の歴史は繰り返される、それは持って生まれた壁
の存在からくる対立で、この先も永遠に交わることはない、そんなことも考えさせられました。
やや足りないと思ったのは妖艶さですか。未成熟な思想から来る危なっかしさは満点だった
のですが、妖しさから来る危険さはなかったかなと思いました。これは私の好みの問題ですが。

クライマックスはかなり刺激的ですが、坦々とした描写の積み重ねに味わいがありそれで深み
が生まれる作品。数年前、この場でレビューを始めた頃に観ていたら、つまらない作品と私は
感じたことでしょう。様々なジャンルの映画を見続けて、分からない作品もレビューという形
にして見つめ直すことで気付いたり、もちろん皆様のレビューを拝見して気付かして頂いたり
して、本作が味わえるまでに自分も成長したんだなぁと思います。★4−


仕事が忙しく、様変わりし続ける『レビュー広場』にはついていけない感が強く、この場での
レビューは終わりとしますので、感謝の言葉で幕を閉じたいと思います。
皆様、短い間でしたがお世話になりました。さようなら。

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秀作

投稿日:2011/06/09 レビュアー:よふかし

 今年はあたかも「日本におけるシャブロル年」の様相を呈していて、この6月には遺作も含めてかなりの未公開作品を劇場で観ることができます。そのうえ、『クロード・シャブロルとの対話』という本が出版されたり(清流出版)、本作や『主婦マリーがしたこと』がdvd化されました。ファンとしては嬉しい限りです。
 いまなお瑞々しい『美しきセルジュ』や『いとこ同志』でヌーヴェル・バーグの一角を担ったシャブロルは、その後ミステリやスパイ映画、ヒチコック的スリラー映画のような、ジャンル映画をこのんで撮りました。出来は玉石混交といわれ、僕が観た中でもかなりの傑作と「なんじゃこりゃー」が入り混じっています。
 この『沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇』は、晩年の秀作の一群の皮切りとなる作品と言えるのではないかと思います。VHS版で何度か観ている作品ですが、やはりdvdは画質が格段によく、戸外―屋内の光の表現がとても繊細な作品であったのだとあらためて感じました。
 先のインタビュー本によると「最後のマルクス主義映画」という評も公開当時にはあったそうですが、ブルジョワ一家とそこに入り込んだ労働者階級の女二人の対立をめぐる物語です。女ふたりを演じるイザベル・ユペールとサンドリーヌ・ボネールがとても素晴らしい。静のボネールに対する動のユペールの鬱陶しいことこの上ない見事な演技が映画を引っ張ります。ふたりの共犯関係も微妙に演出されていて、どちらが主導なのか、繊細に、曖昧に描かれているとろがいいなあと思います。
 いっぽう、ブルジョワ一家の夫婦にジャン・ピエール・カッセルとジャクリーヌ・ビセットが扮しています。彼らの「善人だが少しだけ高慢、しかし高慢でないふりをする」というところがよく表現されています。彼らには大きな落ち度があったわけではないのですが、積み重ねたわずかな傲慢な振る舞いによって、惨劇の引き金を引いてしまったとも言えます。
 映画としては、随所での長まわし(眼鏡を回に行ったボネール、ユペールの部屋での食事シーン)や、屋敷の入り口や窓の捉えかた、テレビやソファ、屋敷への田舎道などのイメージの積み重ねがサスペンスを醸成しています。シャブロル自身による演出の解説が少しだけ収録されていて、興味深く観ました。
 ラストのユペールの運命やある品物のどんでん返し風な使い方はちょっとまとめ過ぎという感じがしないでもないですが、いずれにしても大好きな素晴らしい作品です。75点。

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邦題どおりの展開だけど見ごたえあり ネタバレ

投稿日:2012/08/16 レビュアー:みなみ

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若い女性ソフィーが、片田舎の屋敷にメイドとして働きに来る
…という冒頭と、この邦題から予想できるとおりのシンプルな展開だけど、
キャストがすばらしいし、人物像がきっちり描かれていて引き込まれます。

格差社会の中、住み込みの使用人という弱い立場であるにも関わらず、堂々とした態度のソフィー。
彼女には秘密があり、日常生活で度々それがバレそうな危機が訪れるけど、
これまで生きながら身に付けた、彼女ならではの知恵で、それをやり過ごすのが見事。

郵便局の性悪女と知り合って、仲良くなる。
無表情なソフィーと、浅はかにほえまくる郵便局員が対照的。
ある日、二人の不満が爆発する…

これは格差社会が生んだ悲劇なのか?私はそうは思わない。
この二人が逆の立場だったら、使用人をアゴで使う高慢な人間になりそう。

悪人の団結って、ひがみから来てるのかな。たまたま同じ境遇、考え方の人が2人寄ったら、突っ走ってしまうのね。
ねたみが理不尽な怒りに変わる…おそろしい。

他人を家に入れるときは、もっと慎重にしないとね…

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女の描く「女の狂気」 ネタバレ

投稿日:2011/08/02 レビュアー:忙中有閑

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原作者のルース・レンデルはイギリスの女流ミステリー作家で、若い頃ミステリー・ファンだった私は2作ほど読んだことがありますが、何を読んだか覚えてないくらい印象が薄いのは作風が私の好みに合わなかったからなのは間違い無く、この「ロウフィールド館の惨劇」も読んでませんが、映画観た限りではオハナシとしてどうも「しっくり来ない」んですねぇ。しかし、フランスの大御所映画監督でDISCASのレビュアー諸氏にも人気の高いクロード・シャブロル(昨年80歳で逝去)はかなりこの作家がお気に入りのようで、本作の他に「石の微笑」(2004年)でも監督し脚本にも参加しています。両作とも「女性の犯罪」を犯罪者の側から描いており、それも一見普通に見える女性の「内面の狂気」が徐々に醸成され発現して遂に発火点に至る「過程」を静かに追いかける、という展開が「シャブロル流」の絵画的演出技法にピッタリ来るんでしょう。私は私で「女性が描く」「女性の内面の狂気」というのがどうにも生々し過ぎて苦手なもんで「しっくりこない」んでしょうかね。
ただ「石の微笑」に比べれば今回割と面白く観られたのは主人公ソフィー(サンドリーヌ・ボネール)の「動機」の大きな部分を占める「難読症」という「病気」の扱い方がかなり興味深かったからです。この「難読症(Dyslexia)」についてはケイト・ウィンスレットが2009年のアカデミー主演女優賞を獲った「愛を読むひと」のレビューでBINさんと「論争(?)」したことがあるんでちょっと調べてみたことがあるんです。日本では症例が少ないこともあり、あまり一般的には認識されていない「病気」なんですが、欧米では所謂「文盲(Illiteracy)」とは明確に区別されていて「無学、無教育」とか「低知能、怠慢」に起因するのではなく大脳形質的異常、異変による「文字認識障害」であることは既に定説化されているんだそうで、我々映画ファンに馴染みの深いところではトム・クルーズ、キーラ・ナイトレイなどが既に「自分はDyslexiaである」と公言しているそうですし、高名な学者、企業人などにも多くの症例があることも公表されているんだとか。「愛を読むひと」のヒロインは時代が第二次世界大戦当時ということもあり「文字が読めない」ことを「恥」と感じ、それをひた隠しにして、その為に不幸な一生を送るのですが、この映画のソフィーは自分の「病気」をどのように認識していたんでしょうか?少なくとも映画ではソフィーの「症状」が「病気」であることは明確に描写されており、惨殺されてしまう一家もソフィーが「文盲」であることを論ったのでは無い。
レンデルはソフィーの「内面の狂気」をどのようなものとして描こうとしたのか?そしてシャブロルはそれをどのように解釈し表現しようとしたのか?私はそこが気になってしょうがなかったですね。まぁ、ただのミステリー映画でそこまで考えるのは映画の鑑賞法として正しく無いんでしょうけど。

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柵を越える。

投稿日:2011/12/23 レビュアー:港のマリー

 イギリスの女性ミステリー作家、ルース・レンデルの原作を、フランスふうの洒脱で繊細な味わいに仕上げた映画本篇にも大いに堪能できましたが、目からうろこ、映画ってこんなに周到に撮られるものなの!と感嘆したのは、特典映像のシャブロル監督自身による解説。とても勉強になりました。

 惨劇に見舞われることになるジャクリーン・ビセット一家の紹介場面。テーブルを囲む家族の顔の切り返しが確かに微妙にずれている。背後の空間を強調したり、突然料理の皿のアップがはさまれたりと。
この一家、夫婦は再婚で子どもは互いの連れ子であるという設定。どこかぎくしゃくしている雰囲気を表現したということです。
 ぎくしゃくしながらも、ブルジョワ的な俗物性に知らずにまみれていながらも、富める者の傲慢と偽善で気付かず人を傷つけていたとしても、一家は平穏に生活していた。家事のわずらわしさから逃れ、「奥様」と呼ばれたいがゆえにあの家政婦(サンドリーヌ・ボネール)を邸に招き入れるまでは。

 そのサンドリーヌ・ボネールが「共犯者」イザベル・ユベールと村はずれで落ち合い、イザベルの家に車を走らせるシーンも監督によって解説されています。イザベルは背景の林から柵を乗り越え、スカートに「茸」をくるんで現れる。「柵を越える」ということは、狂気に向けて走り出すことを暗に示しているそうです。イザベルの始終エンストを起こす古い小型車は、狂気の駆動を表現しているのでしょうか。
 監督は言っていませんでしたが、「茸」というのも、なんだか象徴的な感じがしました。毒とか幻覚とかのイメージがつきまとう。魔女が二人、茸をいためてランチ。長回しのカメラが緊張感だけではなく、二人の女の気持ちの接近をとらえているのが見事です。こういう柔らかさ、ハネケには出せまい。
 挑発するようにベッドに横たわったイザベル・ユベールの、目の覚めるような決めショット。同盟成立を決定的に印象付けます。

 さらにすばらしいのは、一家の娘によってサンドリーヌ・ボネールの秘密が暴かれてしまうシーン。何不自由ないブルジョワのお嬢さんと、「障害」を、かたくなに劣等感として、隠し通したい秘密としてしか認識できない、教育から見放された貧しい女との、決して越えられない距離が、闇に熔ける長い廊下として表現されています。ここはライティングにこだわったそうで、夕陽の残照がしだいに消えていくところに、もう、終わりは近いなと、思わせます。
 惨劇の本番は、唐突のようで唐突ではない。「石の微笑」でも感じたのですが、正常に異常をいつのまにか滑り込ませるというか、必然の流れに置かれた飛び石を一歩一歩たどって、気がついたらこうなっていたみたいな、破局への道筋の描写には、独特のなめらかさと流麗さがあります。サンドリーヌの台詞ではありませんが、「これでいい」と納得してしまう。
 おそらくそれは、監督自身の言うようにこの映画が「韻を踏んでいる」からだと思われます。イザベルのボロ車と一家の高級車の対比、くり返される「柵越え」、型にはまったサンドリーヌの台詞、至る所にリズムがあります。
 さらに狂気の爆発の後に広がる虚無感、あまりに酷い現実はかえって非現実感を引き起こすという現象を、怖ろしいほど的確にこの映画は伝えています。シャブロルは「浮遊感」「不安定感」との言葉を使っていますが、部屋や家具や物、その中を行き来する人物を普通に映して、観る者の心理をどうしようもなくかき乱す技には脱帽してしまいました。
 前後しますが、二人が吹き抜けの二階から、テレビでオペラを見ている一家を見下ろすシーンも実に決まっています。二人と一家についての様々な情報、感情、過去にあったこととこれから起こることへの予感、あらゆるものを一つの画面に重ねた、これこそ映画以外ではできない表現ですね。

 原作の「ロウフィールド館の惨劇」は最初の一行で、事件と犯人と動機を述べてしまう異色のミステリーです。
イギリス人らしくリアルでシニカルでブラックユーモアもある書きぶりで、女二人は美しさのかけらもない、どちらと言えば醜い、50がらみの中年です。家政婦は感情や共感の能力の欠如した不気味な人間、共犯者の方は新興宗教の狂信者で既に狂気の域に突入しています。原作に忠実にキャスティングしたら…こんなに面白い映画にはならなかったはず。
別の凄味は出たかもしれませんが。

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1〜 5件 / 全18件

沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇

ユーザーレビュー

入力内容に誤りがあります。

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ユーザーレビュー:18件

家政婦は見た聞いた

投稿日

2011/07/17

レビュアー

ひろぼう

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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緻密なサイコ・サスペンス。じりじりした不穏な空気感で物語を進行するので派手さは少なく、
それを期待するとひどく退屈な作品となるので注意しましょう。私はどうだったかと言うと、
主人公のソフィーの奇妙な態度、言葉が少ないので主に彼女の危なっかしい行動が気がかりで
最後まで見入ってしまいました。

特典で監督が詳細に語っていて、繰り返しやわざとずらした切り替えしのカットの積み重ねで、
ソフィーと友人とブルジョワ一家との関係、人としてのつながりやずれを描写しているとの
解説にすごくうなずいてしまいました。それとはっきりとは示さないが見続けるうちにすっと
気持ちに忍び込んでくるのは、ブルジョワ一家とソフィーたちの絶対に相容れない関係。初め
ての夕食後の後片付けシーンは、使用人には当たり前の行為なのに人的には不遜な扱いとして
見えます。ソフィーの友人の車を修理した娘が、友人にハンカチを返す態度にも同様な考え
から来る行動が見えます。不親切ではないがそっけない、そこには生まれついての主従の関係
があることを、見えないが絶対に超えられない壁が確実に存在することを明らかにします。
それはソフィーたちを下品な者とわざと強調したかの性格付けと、浮かれ騒ぎ振りに、ソフィー
の秘密からも無教養さを滲ませ、ブルジョワ一家との一層の対立を煽るかのようです。
ブルジョワ一家から見たソフィーは人ではあるが、自分たちとは同じ人でない。惨劇の後、
幾度もブルジョワ一家の横たわる体をまたぐソフィーは、無意識であったのか、彼らを自分が
受けたように扱っているとも思えます。革命の歴史は繰り返される、それは持って生まれた壁
の存在からくる対立で、この先も永遠に交わることはない、そんなことも考えさせられました。
やや足りないと思ったのは妖艶さですか。未成熟な思想から来る危なっかしさは満点だった
のですが、妖しさから来る危険さはなかったかなと思いました。これは私の好みの問題ですが。

クライマックスはかなり刺激的ですが、坦々とした描写の積み重ねに味わいがありそれで深み
が生まれる作品。数年前、この場でレビューを始めた頃に観ていたら、つまらない作品と私は
感じたことでしょう。様々なジャンルの映画を見続けて、分からない作品もレビューという形
にして見つめ直すことで気付いたり、もちろん皆様のレビューを拝見して気付かして頂いたり
して、本作が味わえるまでに自分も成長したんだなぁと思います。★4−


仕事が忙しく、様変わりし続ける『レビュー広場』にはついていけない感が強く、この場での
レビューは終わりとしますので、感謝の言葉で幕を閉じたいと思います。
皆様、短い間でしたがお世話になりました。さようなら。

秀作

投稿日

2011/06/09

レビュアー

よふかし

 今年はあたかも「日本におけるシャブロル年」の様相を呈していて、この6月には遺作も含めてかなりの未公開作品を劇場で観ることができます。そのうえ、『クロード・シャブロルとの対話』という本が出版されたり(清流出版)、本作や『主婦マリーがしたこと』がdvd化されました。ファンとしては嬉しい限りです。
 いまなお瑞々しい『美しきセルジュ』や『いとこ同志』でヌーヴェル・バーグの一角を担ったシャブロルは、その後ミステリやスパイ映画、ヒチコック的スリラー映画のような、ジャンル映画をこのんで撮りました。出来は玉石混交といわれ、僕が観た中でもかなりの傑作と「なんじゃこりゃー」が入り混じっています。
 この『沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇』は、晩年の秀作の一群の皮切りとなる作品と言えるのではないかと思います。VHS版で何度か観ている作品ですが、やはりdvdは画質が格段によく、戸外―屋内の光の表現がとても繊細な作品であったのだとあらためて感じました。
 先のインタビュー本によると「最後のマルクス主義映画」という評も公開当時にはあったそうですが、ブルジョワ一家とそこに入り込んだ労働者階級の女二人の対立をめぐる物語です。女ふたりを演じるイザベル・ユペールとサンドリーヌ・ボネールがとても素晴らしい。静のボネールに対する動のユペールの鬱陶しいことこの上ない見事な演技が映画を引っ張ります。ふたりの共犯関係も微妙に演出されていて、どちらが主導なのか、繊細に、曖昧に描かれているとろがいいなあと思います。
 いっぽう、ブルジョワ一家の夫婦にジャン・ピエール・カッセルとジャクリーヌ・ビセットが扮しています。彼らの「善人だが少しだけ高慢、しかし高慢でないふりをする」というところがよく表現されています。彼らには大きな落ち度があったわけではないのですが、積み重ねたわずかな傲慢な振る舞いによって、惨劇の引き金を引いてしまったとも言えます。
 映画としては、随所での長まわし(眼鏡を回に行ったボネール、ユペールの部屋での食事シーン)や、屋敷の入り口や窓の捉えかた、テレビやソファ、屋敷への田舎道などのイメージの積み重ねがサスペンスを醸成しています。シャブロル自身による演出の解説が少しだけ収録されていて、興味深く観ました。
 ラストのユペールの運命やある品物のどんでん返し風な使い方はちょっとまとめ過ぎという感じがしないでもないですが、いずれにしても大好きな素晴らしい作品です。75点。

邦題どおりの展開だけど見ごたえあり

投稿日

2012/08/16

レビュアー

みなみ

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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若い女性ソフィーが、片田舎の屋敷にメイドとして働きに来る
…という冒頭と、この邦題から予想できるとおりのシンプルな展開だけど、
キャストがすばらしいし、人物像がきっちり描かれていて引き込まれます。

格差社会の中、住み込みの使用人という弱い立場であるにも関わらず、堂々とした態度のソフィー。
彼女には秘密があり、日常生活で度々それがバレそうな危機が訪れるけど、
これまで生きながら身に付けた、彼女ならではの知恵で、それをやり過ごすのが見事。

郵便局の性悪女と知り合って、仲良くなる。
無表情なソフィーと、浅はかにほえまくる郵便局員が対照的。
ある日、二人の不満が爆発する…

これは格差社会が生んだ悲劇なのか?私はそうは思わない。
この二人が逆の立場だったら、使用人をアゴで使う高慢な人間になりそう。

悪人の団結って、ひがみから来てるのかな。たまたま同じ境遇、考え方の人が2人寄ったら、突っ走ってしまうのね。
ねたみが理不尽な怒りに変わる…おそろしい。

他人を家に入れるときは、もっと慎重にしないとね…

女の描く「女の狂気」

投稿日

2011/08/02

レビュアー

忙中有閑

※このユーザーレビューは作品の内容に関する記述が含まれています。

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原作者のルース・レンデルはイギリスの女流ミステリー作家で、若い頃ミステリー・ファンだった私は2作ほど読んだことがありますが、何を読んだか覚えてないくらい印象が薄いのは作風が私の好みに合わなかったからなのは間違い無く、この「ロウフィールド館の惨劇」も読んでませんが、映画観た限りではオハナシとしてどうも「しっくり来ない」んですねぇ。しかし、フランスの大御所映画監督でDISCASのレビュアー諸氏にも人気の高いクロード・シャブロル(昨年80歳で逝去)はかなりこの作家がお気に入りのようで、本作の他に「石の微笑」(2004年)でも監督し脚本にも参加しています。両作とも「女性の犯罪」を犯罪者の側から描いており、それも一見普通に見える女性の「内面の狂気」が徐々に醸成され発現して遂に発火点に至る「過程」を静かに追いかける、という展開が「シャブロル流」の絵画的演出技法にピッタリ来るんでしょう。私は私で「女性が描く」「女性の内面の狂気」というのがどうにも生々し過ぎて苦手なもんで「しっくりこない」んでしょうかね。
ただ「石の微笑」に比べれば今回割と面白く観られたのは主人公ソフィー(サンドリーヌ・ボネール)の「動機」の大きな部分を占める「難読症」という「病気」の扱い方がかなり興味深かったからです。この「難読症(Dyslexia)」についてはケイト・ウィンスレットが2009年のアカデミー主演女優賞を獲った「愛を読むひと」のレビューでBINさんと「論争(?)」したことがあるんでちょっと調べてみたことがあるんです。日本では症例が少ないこともあり、あまり一般的には認識されていない「病気」なんですが、欧米では所謂「文盲(Illiteracy)」とは明確に区別されていて「無学、無教育」とか「低知能、怠慢」に起因するのではなく大脳形質的異常、異変による「文字認識障害」であることは既に定説化されているんだそうで、我々映画ファンに馴染みの深いところではトム・クルーズ、キーラ・ナイトレイなどが既に「自分はDyslexiaである」と公言しているそうですし、高名な学者、企業人などにも多くの症例があることも公表されているんだとか。「愛を読むひと」のヒロインは時代が第二次世界大戦当時ということもあり「文字が読めない」ことを「恥」と感じ、それをひた隠しにして、その為に不幸な一生を送るのですが、この映画のソフィーは自分の「病気」をどのように認識していたんでしょうか?少なくとも映画ではソフィーの「症状」が「病気」であることは明確に描写されており、惨殺されてしまう一家もソフィーが「文盲」であることを論ったのでは無い。
レンデルはソフィーの「内面の狂気」をどのようなものとして描こうとしたのか?そしてシャブロルはそれをどのように解釈し表現しようとしたのか?私はそこが気になってしょうがなかったですね。まぁ、ただのミステリー映画でそこまで考えるのは映画の鑑賞法として正しく無いんでしょうけど。

柵を越える。

投稿日

2011/12/23

レビュアー

港のマリー

 イギリスの女性ミステリー作家、ルース・レンデルの原作を、フランスふうの洒脱で繊細な味わいに仕上げた映画本篇にも大いに堪能できましたが、目からうろこ、映画ってこんなに周到に撮られるものなの!と感嘆したのは、特典映像のシャブロル監督自身による解説。とても勉強になりました。

 惨劇に見舞われることになるジャクリーン・ビセット一家の紹介場面。テーブルを囲む家族の顔の切り返しが確かに微妙にずれている。背後の空間を強調したり、突然料理の皿のアップがはさまれたりと。
この一家、夫婦は再婚で子どもは互いの連れ子であるという設定。どこかぎくしゃくしている雰囲気を表現したということです。
 ぎくしゃくしながらも、ブルジョワ的な俗物性に知らずにまみれていながらも、富める者の傲慢と偽善で気付かず人を傷つけていたとしても、一家は平穏に生活していた。家事のわずらわしさから逃れ、「奥様」と呼ばれたいがゆえにあの家政婦(サンドリーヌ・ボネール)を邸に招き入れるまでは。

 そのサンドリーヌ・ボネールが「共犯者」イザベル・ユベールと村はずれで落ち合い、イザベルの家に車を走らせるシーンも監督によって解説されています。イザベルは背景の林から柵を乗り越え、スカートに「茸」をくるんで現れる。「柵を越える」ということは、狂気に向けて走り出すことを暗に示しているそうです。イザベルの始終エンストを起こす古い小型車は、狂気の駆動を表現しているのでしょうか。
 監督は言っていませんでしたが、「茸」というのも、なんだか象徴的な感じがしました。毒とか幻覚とかのイメージがつきまとう。魔女が二人、茸をいためてランチ。長回しのカメラが緊張感だけではなく、二人の女の気持ちの接近をとらえているのが見事です。こういう柔らかさ、ハネケには出せまい。
 挑発するようにベッドに横たわったイザベル・ユベールの、目の覚めるような決めショット。同盟成立を決定的に印象付けます。

 さらにすばらしいのは、一家の娘によってサンドリーヌ・ボネールの秘密が暴かれてしまうシーン。何不自由ないブルジョワのお嬢さんと、「障害」を、かたくなに劣等感として、隠し通したい秘密としてしか認識できない、教育から見放された貧しい女との、決して越えられない距離が、闇に熔ける長い廊下として表現されています。ここはライティングにこだわったそうで、夕陽の残照がしだいに消えていくところに、もう、終わりは近いなと、思わせます。
 惨劇の本番は、唐突のようで唐突ではない。「石の微笑」でも感じたのですが、正常に異常をいつのまにか滑り込ませるというか、必然の流れに置かれた飛び石を一歩一歩たどって、気がついたらこうなっていたみたいな、破局への道筋の描写には、独特のなめらかさと流麗さがあります。サンドリーヌの台詞ではありませんが、「これでいい」と納得してしまう。
 おそらくそれは、監督自身の言うようにこの映画が「韻を踏んでいる」からだと思われます。イザベルのボロ車と一家の高級車の対比、くり返される「柵越え」、型にはまったサンドリーヌの台詞、至る所にリズムがあります。
 さらに狂気の爆発の後に広がる虚無感、あまりに酷い現実はかえって非現実感を引き起こすという現象を、怖ろしいほど的確にこの映画は伝えています。シャブロルは「浮遊感」「不安定感」との言葉を使っていますが、部屋や家具や物、その中を行き来する人物を普通に映して、観る者の心理をどうしようもなくかき乱す技には脱帽してしまいました。
 前後しますが、二人が吹き抜けの二階から、テレビでオペラを見ている一家を見下ろすシーンも実に決まっています。二人と一家についての様々な情報、感情、過去にあったこととこれから起こることへの予感、あらゆるものを一つの画面に重ねた、これこそ映画以外ではできない表現ですね。

 原作の「ロウフィールド館の惨劇」は最初の一行で、事件と犯人と動機を述べてしまう異色のミステリーです。
イギリス人らしくリアルでシニカルでブラックユーモアもある書きぶりで、女二人は美しさのかけらもない、どちらと言えば醜い、50がらみの中年です。家政婦は感情や共感の能力の欠如した不気味な人間、共犯者の方は新興宗教の狂信者で既に狂気の域に突入しています。原作に忠実にキャスティングしたら…こんなに面白い映画にはならなかったはず。
別の凄味は出たかもしれませんが。

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